インフィニット・ストラトス―黒き叡智―   作:竜華零

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第33話:「その姉妹、危機的」

―――――日本列島東方、太平洋沖。

すでに日が沈みかけ、夜の闇に覆われ始めた海の上で。

 

 

それは公表された訓練スケジュールには含まれていない、極秘の行動だった。

5日間の日程で行われたPSI海上阻止訓練の実施海域から十数キロ進んだポイントには、各国の混成艦隊に先行する形で、飛行方が展開している。

早期警戒管制機、対潜哨戒機、そして最たるモノが・・・。

 

 

「報告。『八咫烏(やたがらす)』、観測ポイントに到達」

 

 

日本の超高々度・超広範囲観測用IS『八咫烏(やたがらす)』などの、偵察仕様装備の各国のIS数機がその空域に展開していた。

そして彼女達の周囲にはフランスの『リヴァイヴ』隊が直衛に当たり、万一に備えている。

敵の存在しない訓練ポイントを哨戒するにしては、厳重な警護体制であった。

 

 

「米原子力潜水艦及び海上自衛隊潜水艦との情報リンク確立、欧州連合諸国の軍事衛星との共有リンク接続・・・」

 

 

『八咫烏(やたがらす)』の操縦者、白川(しらかわ)暁陽(あさひ)は特殊なバイザーに覆われた黒い瞳に緊張の色を深めながら、与えられた仕事を完遂する。

すなわち、8000メートルとも言われる深い海溝の下に何があるのかを突き止め・・・。

 

 

・・・否、それはもはや確認作業に過ぎない。

そこに何があるのか、いや・・・「誰がいるのか」を、その場にいる全員が知っていたのだから。

緊張していると言うのならば、それはこの場の全員に言えることなのだから。

 

 

「・・・本当に、この下にいるのね」

 

 

フランスの『リヴァイヴ』隊の1人が、唾を飲み込みながら自分の機体のハイパー・センサーに視線を集中させながら呟いた。

訓練とは言え、作戦行動中の私語である。

しかしそれを注意する者は・・・誰もいない。

 

 

何故ならそう、この「下」に「いる」のだから。

かつて、世界を大混乱に陥れた張本人―――――。

 

 

「稀代の天才、篠ノ之束が」

 

 

その名前は、世界の軍・企業関係者にとって、鬼門ですらあった。

それは、絶対に超えられない壁。

しかし、それも今日まで。

 

 

全員が、そう信じていた。

否、「信じたかった」のである。

これでようやく、「彼女」の影に怯える夜が終わるのだと・・・。

―――――信じたかった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

Side 篠ノ之 楓

 

多目的室での軍事演習のモニタリングの5日後、11月に入ったばかりのその日に中間試験が終わった。

まぁ、内容についてはあえて何も言わないけども。

少なくとも、赤点は無いんじゃないかなぁ。

 

 

まぁ、終わった試験についてはもう良いよね。

来週に成績表が出るらしいけど、それ以外は気にすること無いから。

むしろ、11月の学園イベントである「専用機持ちタッグトーナメント」の方が・・・。

 

 

「・・・ねぇ、箒姉さん。もう良いから適当な服着て行こうよ~」

「馬鹿なことを言うな、お前も年頃の女子なら少しは服装を気にしろ」

「えぇ~・・・」

 

 

ちなみにテストが終わった日の午後6時、私は寮の箒姉さんの部屋にいる。

何をしているのかと言うと、試験後に行われる1年生の打ち上げパーティーの準備。

まぁ、パーティーって言ったって形式ばった物じゃなくて、アリーナでバーベキューとかそんな軽いイベント。

 

 

・・・のはずなんだけど、女子ばっかりの学園だから、それなりに・・・まぁ、ね。

でもだからって、そんな気にしなくても良いのに。

と言うか、箒姉さん。

むしろ、私を着せ替え人形にして楽しんで無い?

 

 

「うーん・・・悪くないが、もう少し似合いそうなコーディネートがあるような気がする」

「いや、これで良いから・・・」

「まぁ待て、私がちゃんと選んでやる。とりあえずそれは脱いで・・・」

「・・・はぁ」

 

 

ブラウスやらスカートやら脱がされて、またキャミソール姿に逆戻り。

良く良く考えてみれば、このキャミも前に鈴さんと買い物に行った時の物だしね。

・・・下着も含めて箒姉さんにコーディネートされるって言うのも、シュール・・・。

 

 

・・・いや、束お姉ちゃんの所にいた頃もそんな感じだったかな。

くーちゃんさんといろいろ着替えさせられたなー・・・何だか懐かしいや。

こうして姿見の前で、ポーズなんてとってみたりして・・・。

 

 

「おい箒、楓、もう皆集まって・・・・・・って、げ」

「・・・・・・あ」

 

 

ガチャッ・・・部屋のドアが開く音がしたのは、まさにそのタイミングで。

声は、男の子の声・・・って言うか、この時点で可能性は絞られるわけで。

箒姉さんは普通にお出かけチックな服を着てるから、良いとして。

私、姿見の前で下着姿で・・・ひゃ?

 

 

「きゃ・・・・・・って、何だ、一夏さんか」

「いや、その反応は違くないか!?」

「一夏さんも大概だと思うけどね・・・」

 

 

着替え中の乙女の部屋をノックも無しに入るとか、今もドア開けっ放しとか、いろいろ。

まぁ、男の人に見られるのは流石に嫌だから悲鳴を上げかけたけど・・・一夏さんだし。

将来的に義兄になるわけだから、別に良いよね。

ね、ねー、箒姉さん。だからさ、その・・・。

 

 

「・・・一夏・・・?」

「ほ、箒・・・さん? こ、これは・・・これは、違うんだ!?」

「ふ、ふふふ・・・私の妹の肌を見るとは、よほど刀の錆になりたいと見えるな」

 

 

・・・い、命だけは、助けてあげて欲しいなぁ。

と言うか、自分のお風呂上りを見られた時よりも怒ってない?

 

 

「これより「ショケイ」を開始するが・・・言い残すことは?」

「ほ、箒・・・さん。き、今日も綺麗だな!」

「そうか、死ね」

「え、ちょ、刃を立てるな刃を・・・って、うおっ、うおおおおおおおおおおおおおおおおっっ!?」

 

 

ちょ、箒姉さん落ち着いて!?

今、一夏さんがさらりと滅多に言わない台詞を言ったよ!?

 

 

 

 

 

Side 凰 鈴音

 

打ち上げねぇ・・・テスト終わって開放感があるのは確かだけどね。

でもだからって、それでパーティーするってヴァイタリティは尊敬するわ。

それにしても、アリーナの使用許可って良く出たわねコレ。

 

 

「イヴニングドレス着るとか・・・アンタってホントにカッコつけよねー」

「なっ・・・淑女として、当然のたしなみでしてよ!?」

「いや、女子高生の打ち上げに着てくる服じゃないから」

「ぬぐぐ・・・っ!」

 

 

ムキになって剥れるセシリアを笑いながら、中間試験の打ち上げパーティー会場を見渡す。

まぁ、第3アリーナなんだけどね。

第3アリーナを借り切ってバーベキュー、第2と第4では2年生と3年生が打ち上げしてるらしいけど。

 

 

ちなみに周りの娘達は普通の服を着てるわよ、ちょっと気合い入ってる娘もいるけど。

セシリアみたいに青のイヴニングドレスを着る娘はいないし、別に正式なパーティーってわけじゃないし。

私? ちょっと良いお店(ブランド)の黒のワンピース。

飾りの皮ベルトがお気に入り、腕には『甲龍(シェンロン)』の待機状態のリング。

 

 

「・・・まぁ、ラウラよりはマシだけどね」

「何だ、私がどうかしたのか」

「別に何も無いわよ」

 

 

すぐ傍でチキンを黙々と食べてるラウラは、何と軍服姿だった。

臨海学校の時に見たやつで・・・と言うか、何で軍服?

軍人の正装は軍服だとか言うんでしょうね、絶対。

 

 

「シャルロットは・・・ああ、ルナって娘に捕まってるのね」

 

 

少し離れた所に、特別に招待されたデュノアの娘がいるんだけど。

シャルロットはその娘の傍でいろいろ世話を焼いてるみたい、大丈夫かしら。

本当、シャルロットって苦労症って言うか・・・幸薄そうな感じよね。

だからってわけじゃないけど、放っておけないのよね・・・。

 

 

・・・どうでも良いけど、中国人とフランス人とイギリス人とドイツ人が日本語でコミュニケーションしてるって、ある意味で凄くない?

まぁ、日本はIS先進国だから不思議じゃ無いのかもしれないけど。

 

 

「そういえば、箒さんと楓さんはまだですの?」

「一夏はどうした」

「何で2人して私に聞くのよ、そんなの私が知るわけ・・・って、あ、来た来た!」

「待たせてすまない、妹の着替えに手間取ってな」

 

 

いつに無くおめかしした感じの箒と楓・・・は、良いとして。

箒がにこやかに笑ってる後ろで、楓が凄く心配そうに自分の横を見てるんだけど・・・。

具体的には、いつに無くボロボロになってる一夏を。

 

 

まぁー・・・たぶん、一夏が何かやったんだろうけど。

それにしても今日は、いつになく殴られたのね。

わ、私の膝で良ければ、貸したげても良いわよ・・・?

 

 

 

 

 

Side 篠ノ之 箒

 

私の妹の肌を見た男は死ね。

四の五の言わずに死ね、御託は良いから死ね。

一夏は私の想い人だが、そんなことは関係無い。

 

 

私は1人の乙女である前に、楓の姉だからな。

姉とは妹を守る者だ、特に楓はISのこと以外はボンヤリしているからな。

男からはもちろん、他の国の勧誘からも・・・私が。

今度こそ、私が守るんだ。

 

 

「だからって、これは流石に無いだろ・・・首が戻らないんだけど」

「ふんっ、自業自得だ。今度からはノックを徹底することだな」

 

 

首が曲がって元に戻らないらしい一夏が恨みがましそうにそんなことを言うが、楓の下着姿を見たのだから当然の報いだ。

少しは反省して、女子の部屋のドアを開ける時にはノックする習慣をつけろ。

 

 

「ほ、箒姉さん。私はそんな気にしてないし・・・」

「お前は黙っていろ」

「あうぅ・・・」

 

 

楓は優しいからな・・・私が代わりに怒ってやらなければ。

甘い顔をしていると男はつけ上がると、楓と以前に一緒に読んだ雑誌に書いてあっただろう。

うん、それにアレだ。一夏は女子に良い顔ばかりをして・・・。

 

 

「ほら一夏、屈め。首を治してやる」

「ああ、悪いなラウラ・・・」

「・・・ふんっ」

 

 

・・・良い顔を、してばかりだからな!

デレデレと(私の視点で)ラウラに首をゴキッと(「げはっ!?」)治して貰っている一夏から目を逸らして、腕を組んで鼻を鳴らす。

気のせいで無ければ、最近ラウラが一夏の傍に良くいるような気がする。

 

 

鈴は元々一夏に想いを寄せているし、セシリアはその鈴の味方をしているようだ。

シャルロットは・・・どうだろう、だが一夏のことを好ましくは想っているはずだ。

蘭のこともあるし、楯無先輩も良くちょっかいを・・・。

 

 

「・・・うん?」

「何だ?」

 

 

その時、不意にアリーナの照明が落ちた。

真っ暗になったのは数秒のこと・・・すぐにスポットライトが空に。

そこには・・・黒茶色のISが。

そのISを認識すると同時に、どこからともなく重低音の音楽が流れてくる。

 

 

『はーいっ、皆おっつかれ様―――ッ! 試験が上手く行った人も行かなかった人も、パーっといこ―――――ッッ!!』

「わ、アルトさんだ」

 

 

楓の言葉に、マイク片手にISを纏っている女子を見上げる。

アルトゥール・カスティーヤ・メネセス・・・だったか、アイドルで代表候補生の。

 

 

『それじゃあまずは1曲目ー・・・行ってみよーッ!!』

 

 

欧州のアイドルの飛び入りに、パーティーはさらに盛り上がりを見せた・・・。

 

 

 

 

 

Side 篠ノ之 楓

 

いやぁ、盛り上がってるねぇ。

ライヴとか行ったこと無かったから、ある意味でこれが初ライヴ体験なのかな。

うーん、この学園に来てから、本当にたくさんのことを経験した気がする。

 

 

アルトさんのライヴの光の中で、不思議といろいろなことを思い出す。

最初は束お姉ちゃんに言われて、箒姉さんや一夏さんの様子を見に来ただけだったかもだけど。

でもこの学園に来て、いろいろな人に出会って、いろいろな物を見たよ。

見て、聞いて、触れて、感じて・・・たくさんのことを、知ったよ。

 

 

「はぁ~、ヨーロッパはやっぱり派手ねぇ」

「いえ、別にこれが全てではありませんのよ?」

 

 

鈴さんと、セシリアさん。

実は、最初の頃はちょっと怖かったんだよね。

一夏さんに喧嘩ふっかけてたし・・・でも今は、良い人達だってわかってる。

 

 

「あぁ・・・疲れたよ・・・」

「おお、シャルロット。カフェオレでも飲むが良い」

 

 

シャルロットさんと、ラウラさん。

編入してきたばかりの頃は、あんまり話したこと無かったかな。

でも今は、2人とも凄く優しい人だってわかってる。

 

 

「いや、だから悪かったって・・・」

「ふん、お前なんて鈴に餌付けされていれば良いんだ」

 

 

一夏さんと、箒姉さん。

ここに来た時はちょっと戸惑ったけど、でも昔と変わらない。

でもできれば、一夏さんに箒姉さんの想いに気付いてほしい。

なるべく、早く。

 

 

他にも千冬姉様とか山田先生とか、会長さんとか・・・。

たくさんの人に、この学園で出会ったよ。

それはきっと、あのまま束お姉ちゃんの傍にいたら叶わなかったことで。

それに・・・。

 

 

「おお~、楓ちん、みっけ~」

「か、楓・・・」

「あ、簪ちゃん、本音ちゃん」

 

 

それに、簪ちゃんと本音ちゃんに出会えなかった。

本音ちゃんは、この学校で出来た最初のお友達で。

簪ちゃんは、とっても可愛い親友で。

シスターズ、3人の「妹」のお友達グループもできなかった。

 

 

「・・・どうし、たの?」

「んー? 別に、どうもしないよ?」

 

 

私が簪ちゃんと本音ちゃんを見てニコニコしてるのが不思議なのか、簪ちゃんが首を傾げてた。

そうしてるだけで、どうしてかとても幸せな気分になれる。

どうしてだろうね、こんな気持ちになるのは。

 

 

でも、わかってることもあるんだよ。

束お姉ちゃん、私ね。

ここが好きだよ。

ここで触れたり、感じたりしたことを・・・今は。

 

 

「幸せだねぇ」

「え・・・う、うん・・・?」

「私は、ケーキ食べるともっと幸せだよ~?」

 

 

今はただ、守りたいって・・・そう思えるんだ。

私に、それができるなら。

 

 

 

 

 

Side ラウラ・ボーデヴィッヒ

 

私は本来、こう言う場は好みでは無い。

特に命令も無くこうした場に出ることは、軍人としては控えるべきだ。

まぁ、食事がこう言う場で行われる以上は仕方が無いが・・・。

 

 

「あれ? ラウラ、どこに行くの?」

「もう休ませてもらう、こう言う場は好かん」

「あ・・・ちょっと、ラウラ!」

「こんな所にいたとは、流石に動き回るのが得意なようですね?」

「うわ、ちょ、ルナ・・・」

 

 

デュノアの娘に捕まったらしいシャルロットを放って、足早にその場を去る。

このような状況では、一夏や篠ノ之姉妹への勧誘も無いだろう。

であれば、早々に部屋に戻って休息するなりトレーニングするなり・・・。

 

 

「何だ、ラウラ。もう良いのか?」

「き・・・教官」

「先生だ」

「織斑・・・先生」

 

 

ピットからアリーナの外へ出ようとした時、ピットの側のアリーナの壁に寄りかかって立っている織斑教官と出会った。

紙コップを片手に立つ教官はいつものスーツ姿で、どことなく厳格な空気がいつもより薄い。

 

 

「まだメネセスのライヴも続いているようだし、もう少しいたらどうだ?」

「いえ、私はこう言う集まりはどうも・・・」

「まぁそう言うな、もう少し付き合え」

「は、はぁ・・・」

 

 

どこから用意したのか、私の分らしき紙コップを渡される。

中に入っているのはブラックコーヒーで、いかにも教官の好みそうな飲み物だった。

教官の横に立ち、ポルトガルの代表候補生のライヴで盛り上がる打ち上げの光景を見つめる。

どうも、やはり・・・。

 

 

「合わないか?」

「え・・・ええ、私はどうも、こう言う賑やかな集まりは苦手で」

「賑やかなのも良い物だぞ、たまにはな」

 

 

そう言って笑う教官の横顔を、ぼんやりと見つめる。

そこには、ドイツではあまり見なかった温かな表情が浮かんでいた。

ドイツでは、私にだけ・・・少しだけ、見せてくれた表情で。

 

 

そんな教官の表情を見つめていると、どうしてか胸が苦しくなる。

ほんの、少しだけ。

しかし、無視するには強過ぎる疼きで。

 

 

「ん? どうした、ラウラ?」

「い、いえ・・・」

「何だ、お前が言い淀むとは珍しいな。お前も一夏達のがうつったか?」

 

 

アルコールが入っているわけでもないのに、教官は上機嫌なようだった。

今月は、侵入者やら何やらの騒ぎが無かったかからかもしれない。

 

 

「・・・教官、ご機嫌が良いようですね」

「うん? そうかもしれんな。何しろ、勝負勝負言われなくなったからな」

 

 

そっちですか、教官。

どうやらモンド・グロッソ時代の仲間からの挑戦を断る必要がなくなっているからだったらしい。

現在、太平洋沖で訓練を続けているはずだからだ。

 

 

不意に、教官が私の頭の上に手を乗せた。

そのままサラサラと頭を撫でられる。

他の誰かなら振り払う所だが、教官がそうするなら・・・。

 

 

「まぁ、お前も最初に比べれば柔らかくなったな」

「そう、でしょうか」

「ああ、随分とな」

 

 

・・・頬が熱を持ち出したのを知られたく無くて、軽く俯く。

目を閉じると、ますます頭を撫でる教官の掌の感触を感じることができる。

ドイツで、私を「人間」にしてくれた手だ・・・。

 

 

ドイツで、あの場所で・・・あの、宝物のような時間で。

弟である一夏でさえも知らない、私と教官だけの時間。

眠るように目を閉じて私は1人、少しだけ昔に戻る・・・・・・。

 

 

 

 

 

Side セシリア・オルコット

 

んぐっ、んぐっ、んぐっ・・・ぷはぁっ!

景気良くスポーツドリンクを傾けて、気持ち良さそうに生きを吐きだしたのは、アルトゥールさんです。

控え室代わりのBピットの中で、アルトゥールさんはタオルで汗を拭います。

 

 

「いやぁ~、10曲は歌ったかな! やっぱり若い子はノリが良くて良いね!」

「アルトゥールさんも同い年くらいだったかと思うのですが・・・」

「そうだっけ? あくせく働いてると自分の年を忘れちゃうんだよね」

 

 

私が苦笑しながら応じると、アルトゥールさんは髪先から汗を飛ばしながら快活に笑います。

女性にとって汗はあまり気持ちの良い物では無いはずですが、アルトゥールさんのそれはどこか美しくすら見えます。

まるでその汗すらも、アルトゥールさんの一部であるかのようですわ。

 

 

「ああ、早くシャワー浴びたいね!」

「あ、それはそうですわよね。お疲れ様でしたわ、素敵なライヴでしたわよ?」

「ありがと」

 

 

けれどもやっぱり、不快な物は不快だったようですわ。

ISスーツには汗を吸収する機能がありますが、それでもやはり気になりますものね。

そこは、誤魔化しが効きませんし。

 

 

それでも、久しぶりにアルトゥールさんの歌を聞けたことは嬉しかったですわね。

昨年のアゾレス諸島での英国・ポルトガルの合同訓練の休憩時間の時に、聞いて以来ですから・・・。

・・・あの頃は、まだ自分の強さの源泉を自覚してはいなかった。

 

 

「うーん、セシリア。君、少し雰囲気が変わったね」

「そ、そうですか?」

「うん、前に会った時よりもこう・・・・・・偉そうになったね」

 

 

それは、もしかしなくても褒めてませんわよね?

 

 

「あはは、冗談冗談。でも、本当に変わったよね。何と言うか・・・良い意味で、自信に充ち溢れてる気がする」

「・・・あまり、変わって無いような気がしますけど」

 

 

―――――アンタは、強いのよ。

脳裏に響くのは、いつかのあの声。

挫けそうな時、歩みを止めそうになる時、いつだって甦るだろうあの言葉。

 

 

もし、私が以前よりも変われたと言うのなら・・・。

それはきっと、その言葉が心に刻まれているからですわ。

認めるのは、本当に癪ですけど。

 

 

「おっと、そろそろ時間だね」

「時間?」

「ああ、うん。これから仕事なんだ」

 

 

ピピッ、と電子音が響いたかと思えば、アルトゥールさんが立ち上がりました。

スポーツドリンクとタオルをその場に置いて、身軽そうに。

ISスーツが、鍛えられていながら細身の身体のラインをはっきりと見せて。

 

 

「こんな時間から、アイドル稼業なのですか?」

「ん? んー・・・秘密」

 

 

唇に指先を当てて笑うアルトゥールさんに、私はそれ以上は聞きませんでした。

何故ならばそれは、言外に「アイドル稼業とは別の仕事だ」と言っているに等しいのですから。

軍務か・・・あるいはそれに準じる仕事、いずれにせよ裏の仕事。

 

 

内容は定かではありませんが・・・イギリスの人間である私に仕事に存在を匂わせると言うことは、おそらくは欧州連合からの命令。

まぁ、代表・代表候補生には良くあることではあります。

 

 

「そうですか、では次に会えるのは・・・」

「上手くいけば、またすぐ会えるよ。その時は一緒にセッションしようね」

「・・・そうですわね、その時は」

 

 

私がピアノで、アルトゥールさんが歌う。

昔、一度だけアゾレスでやったことがありますの。

そして近い内に果たされるだろう約束を楽しみに、私はアルトゥールさんと。

 

 

「・・・じゃあね」

 

 

別れて・・・・・・?

気のせいでしょうか、アルトゥールさん。

別れ際、どこか笑顔に陰りがあったような・・・。

 

 

・・・気にし過ぎ、ですわね。

単純に、ライヴで疲れていただけかもしれませんし。

気になるのなら、「次」に会った時にでも聞けば良いのですわ。

 

 

 

 

 

Side シャルロット・D・コルデ

 

「ねぇ、シャルロット。一緒にフランスに帰りましょう? お母様は私が責任をもって黙ら・・・・・・説得しますから! お父様はボコ・・・・・・泣き落としますから!」

「うん、ルナ。ちょっと落ち着こう」

 

 

仕事があるらしいルナを・・・オレンジ色の髪の、僕の腹違いの姉妹をアリーナの外まで送ったら、フランスに帰ろうと言われた。

いや、そりゃあ僕だって帰りたくないわけじゃないけど。

 

 

「それに今、僕がフランスに帰るわけにはいかないんだよ。わかるでしょ?」

「わかりたくありません!」

「わからないじゃなくて、わかりたくないんだね・・・」

 

 

それって、ある意味で一番タチが悪いんだけど。

理解した上で拒絶するって、凄く困る。

そしてそれが、感情で言っていることならなおさら。

 

 

でも実際の所、僕ってかなり不安定な・・・と言うか、ギリギリな立場だから。

未だに僕のことを「シャルル君なんじゃ?」って女子はいるし、だいたい今の僕は日露二重国籍保持者だから。

機体だけが、フランスからロシアへの貸与品扱いになっていて・・・。

この『リヴァイヴ』だけが、辛うじて僕をフランスに繋ぎ止めてる。

 

 

「シャルロットはもう、フランスが嫌いになってしまったのですか?」

「そうじゃないよ、フランスは・・・今でも、母国だって思ってる」

 

 

フランスは、お母さんと暮らした土地だから。

デュノアは別に好きでも嫌いでも無いけど、フランスは僕の母国だ。

僕と・・・お母さんの、母国だ。

だから、嫌いになんてなれない。

 

 

「いつか・・・いつか、帰るよ。でもそれは、今じゃ無い」

「シャルロット・・・」

「ありがとう、心配してくれて」

 

 

目をウルウルさせるルナに苦笑しながら、僕は言う。

子供の時に初めて会った時から、ルナは僕にくっつてい回って。

・・・まぁ、単純にお友達ができた、くらいの感覚だったんだろうけど。

本妻の娘であるルナは、ある意味で僕以上に友達少なかったしね・・・。

 

 

だけど、悪い子じゃないんだ。

ただ極端になっちゃうだけで、うん、ちょっと、少し・・・うん。

でも、嫌いじゃないよ。

楓の言葉を借りるなら・・・「姉妹だから」ね。

 

 

「シャル「おっ、いたいた。ルーナ~!」・・・・・・何か?」

「うん、そろそろ召集じか・・・・・・もしかして、邪魔した?」

「邪魔? 何をです? まさか私が雑草などと会話する趣味があるとでも? だとすればとんだ侮辱ですね」

 

 

・・・うん、極端な子なんだよ。

アリーナの中から駆けて来たアルトさんに対して、僕のことを「雑草」呼ばわりだからね。

まぁ、別に良いけど。本音はちゃんとわかってるしね。

 

 

「では行きましょう。全く、雑草の側にいると薔薇も枯れるのですから」

「いや、それちょっと意味がわからな・・・わ、待ってよ、ルナ。あ、じゃあ、またね~」

 

 

コツ、コツ・・・と足音を立てながら去って行くルナと、それを追いかけるアルトさん。

さっきまで、一緒にフランスに帰ろうって言ってくれてたのに・・・。

 

 

「なかなか、極端な娘なのねぇ」

「ええ、そうなんですよ・・・・・・って、いつからそこにいたんですか、会長」

「ついさっきよ、ほんの最初から」

 

 

それ、つまり最初からいたってことじゃないですか・・・?

いつの間にそこいたのか、楯無会長がかき氷片手に立っていた。

いつもは扇子を持っている手に細いスプーンを持って、かき氷をシャクシャクしてる。

・・・いえ、会長。そんな「頭がキーンってする~」的なリアクションをされても。

 

 

「楯無会長って、いつもいきなり出て来ますよね」

「やん、褒めても何も出ないわよ?」

 

 

褒めてませんよ・・・。

 

 

「それよりシャルロットちゃん、お疲れ様。デュノアさんの相手は疲れたかしら?」

「まぁ・・・」

「でも、楽しかったでしょ?」

「・・・まぁ」

 

 

・・・それは、まぁ。

久しぶりに友達と言うか、家族と言うか・・・会えて、嬉しく無かったわけでもないけれど。

でもどうしてか、会長に言われると素直に頷きたく無い自分がいる。

こう言う時、自分が「汚されたなぁ・・・」っていう気分になるよね。

口には出さないけど。

 

 

「それはそれとして、こんなに急に召集だなんてね。シャルロットちゃん、何か聞いてる?」

「え・・・いえ、特には」

「ふーん・・・そ」

 

 

いくらルナでも、部外者の僕に任務の内容を漏らすようなことはしない。

だから、僕もルナやアルトさんがこれからどこへ行くのかは知らない。

 

 

「・・・そう」

 

 

だけどそのことを不思議に思うよりも・・・楯無会長が。

会長が目を細めて、瞳を鋭く輝かせていることの方が気になった。

それは、僕が初めてみるかもしれない・・・。

 

 

・・・「更識(サラシキ)」としての、楯無会長だった。

後から思えば、この時が最初で最後だったのかもしれない。

楯無会長が、こんな目を僕に見せたのは。

 

 

 

 

 

Side 篠ノ之 楓

 

学校って、本当に楽しい。

授業は面白い、お友達がたくさんできて嬉しい、皆で食べるご飯は美味しい。

千冬姉様や山田先生に怒られたり褒められたり、整備科の人達とお話するのも新鮮の連続で。

 

 

セシリアさんと鈴さんと、一夏さんを取り合ってみたり。

ラウラさんとシャルロットさんと、ISのことを話してみたり。

楯無会長と虚先輩から、本音ちゃんと簪ちゃんのことを聞いてみたり。

簪ちゃんや本音ちゃんと、遊んだり。

それから、それから・・・。

 

 

「・・・おや?」

 

 

打ち上げも終わって、何となく第2整備室に足を運ぶ。

特に意味なんて無くて、何となく寝る前に来たくなっただけ。

だから別に、深い意味は何も無かったんだけど・・・。

 

 

「ブリュンヒルデ・トレース・システムが動いてる・・・?」

 

 

『Brunhild Trace System』・・・ブリュンヒルデ・トレース・システム、ISシミュレーター。

束お姉ちゃんの基礎理論にいろいろとくっつけて私が造ったそれが、動いてた。

まだ一つしか造れて無い(生産費が半端無いんだよ)から、使う人はあんまりいないはずなんだけど。

・・・あ、止まった。

シミュレーターの扉が開いて中から人が出て来たから、何となく物陰に隠れてみる。

 

 

「かぁ~・・・やっぱ、シミュレーションでも上手く出来ない動きの方が多いなぁ」

「・・・!」

 

 

中から出て来たのは、見知った男の子・・・と言うか、一夏さんだった。

どう言うわけかISを動かせる、唯一の男子。

束お姉ちゃんも、そのあたりは良く分からないって言ってたけど。

 

 

「えーっと。確か千冬姉と山田先生の講義だと・・・」

 

 

シミュレーターの中から出て来た一夏さんは、その側に座り込むと整備室の床に積んであった教科書の1冊を手に取って読み始めた。

良く見るとそれには付箋がいっぱいしてあって、クラスメートが持っているモノよりボロボロになっていることがわかる。

 

 

一夏さんは何かブツブツと呟きながらそれを読んでたかと思えば、『白式(しろしき)』のディスプレイを呼び出して何かの映像を見たりしてた。

遠目に見る限りでは、実技授業とかイベントとかで見た代表候補生―――鈴さんとかセシリアさんとか―――の映像らしかった。

 

 

「あー・・・やっぱ候補生って動きに無駄が無いよなぁ・・・。でもこのくらいはできないと・・・」

 

 

・・・練習、してるんだ。

私はあんまり・・・と言うか全くしてないけど。

皆が打ち上げで疲れて寝ちゃった後でも、一夏さんは練習を続けてるんだ。

 

 

「・・・っし、とにかくやってみるか!」

 

 

一夏さんがそう言って立ち上がって、私は反射的に身体を引っ込める。

シミュレーターの扉が閉まる音がした後に、ちょっとだけ顔を出すと・・・。

一夏さんの姿は、そこに無くて。

 

 

・・・一夏さん、頑張ってるんだ。

箒姉さんのため・・・だけじゃ無いって、わかってはいるけど。

それでもやっぱり、箒姉さんのためだけに頑張ってほしいな。

無理だって、わかってはいるけど。

 

 

「箒姉さんは、一夏さんのそんな所が好きになったんだろうから・・・」

 

 

トコトコと稼働中のシミュレーターに近付いて、『黒叡(こくえい)』のコードを差し込む。

そして・・・。

箒姉さんと・・・一夏さんのために。

私が今、できることを。

 

 

・・・束お姉ちゃん、私、箒姉さんと一夏さんの助けになれてるかな。

束お姉ちゃんは今、どうしてる?

私は今、凄く楽しいよ。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

―――――日本列島東方、太平洋沖。

日が完全に沈み夜の闇に覆われた海の上には、PSI実働訓練参加国の艦隊・部隊が集結していた。

 

 

その数、空母含む艦艇33隻、戦闘機含む航空機96機。

そして、フランス『リヴァイヴ隊』6機を筆頭にIS17機。

IS部隊が参加した合同軍事演習としては、最大規模の訓練だった。

・・・そして今からは、訓練では無くなる。

 

 

「お待ちしておりました。デュノア候補生、メネセス候補生」

 

 

太平洋上に展開する艦艇の1隻、日本国海上自衛隊所属のヘリコプター搭載護衛艦の甲板上で、IS『八咫烏(やたがらす)』の操縦者である白川(しらかわ)暁陽(あさひ)は2人の欧州の代表候補生を出迎えた。

そんな彼女の前には、本土からの超音速移動を終えたばかりの2人の候補生がいる。

 

 

すなわち、フランス製第2世代型『ラファール・リヴァイヴ・ビー』を駆るルナ・デュノア。

そして第3世代試験機『ベルナルディーノ』に乗るポルトガル代表候補生、アルトゥール・カスティーヤ・メネセス。

 

 

「これが国際IS委員会理事国首脳連名での、篠ノ之博士への召喚を求めた書簡になります」

「はいはい、お疲れー」

 

 

白川から書簡を受け取ったアルトゥールは、ライヴの時と同様、飄々とした態度でそれをデータ化して自分のISに取り込む。

それを確認した後、白川は正式な敬礼を2人に返しながら自分達の都合を告げる。

 

 

「作戦の性質上、憲法の制約を受ける我が国はこれ以上の参加が不可能となります。どうかご了承ください」

「海中の哨戒作業は?」

「海溝の最深部まで到達できる艦艇はありませんが、ISならば問題無く侵入できます。推定100~300の機雷らしき反応もありますが、そちらもISならば・・・」

「入れる?」

「そう思われます」

「ふーん・・・そ、お疲れ様」

 

 

2人の候補生に与えられた任務は、日本海溝最深部に潜む篠ノ之束に対し、国際IS委員会への召喚状を渡すこと。

そして応じない場合は捕縛、あるいは・・・。

 

 

「こう言う任務は、普通は代表クラスがやるものだと思うけどねー」

「代表と違って、候補生には代わりがいくらでもいますから」

「世知辛いねー」

 

 

ルナの言うように、代表候補生には代わりがいる。

モンド・グロッソ級の代表操縦者は、国によっては「人間資産」扱いされることもあるのである。

そんな貴重な代表クラスに、万が一のことがあっては国家の損失である。

逆に、候補生クラスであればいくらでも補充が効く―――――。

 

 

「召喚、捕縛、そして・・・ねぇ」

 

 

やるせない溜息を吐きながら、アルトゥールは海上自衛隊の哨戒部隊から提供された海底のデータを眺める。

そして・・・。

 

 

「・・・セシリアとセッション、できると良いけど」

 

 

ぽつりと呟いた後・・・ISのシールドを展開し。

―――――海中へ。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

篠ノ之束の生活は、極めて不規則である。

3日連続で徹夜したかと思えば、1日中寝ていることもある。

かと思えば3時間睡眠したかと思えば、不規則な時間帯で食事を繰り返したりする。

 

 

そして今も、束から「くーちゃん」と呼ばれる少女はキッチンで食事の用意をしていた。

何枚もパンを焼いては黒焦げにし、そして今ようやく、半分だけ上手く焼けたパンができた所である。

少女がいつものように、こんな粗末なモノを主に差し出すことしかできないことに落ち込んでいると・・・。

 

 

「・・・!」

 

 

ピクリ、と。

パンを持った手をかすかに震わせて、動きを止めた。

全ての身体の動き・・・呼吸すらも止めて、手元を凝視する。

閉ざされた瞳を開くこと無く、見つめ続ける。

 

 

それから、ゆっくりとした動作で天井を見上げる。

それはとてもゆっくりとした動作で、焦りや混乱とは無縁の動き。

表情を変えないままに、ただ淡々と・・・閉ざされた瞳で見上げる。

 

 

「・・・・・・侵入者」

 

 

少女の形の良い唇から漏れた声は、どこまでも平坦で。

・・・氷河よりもなお、冷たかった。

 




くーちゃん:
招かれざる客・・・。
・・・束さまの目に触れない内に。
排除します。

*次回、ひょっとしたら学園サイドのお話が少ないかもしれませんです。
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