むぅ・・・私にもっと力があれば・・・!
では、どうぞ。
*今回、「くーちゃん」に関するオリジナル設定らしき描写があります、ご注意ください。
side 篠ノ之 楓
中間テストも終わって、いろいろと普通の日々に戻りつつある今日は11月の5日。
成績表も返ってきたし、もう完全に中間テストは終わったことにされてる。
まぁ、結果は人それぞれだけど。
「どうにか、赤点の危機は脱したぜ・・・」
ぷしゅ~っと空気が抜けた風船みたいに食堂のテーブルに突っ伏しているのは、一夏さん。
朝のHRの時間に返ってきた成績表片手に、本当にほっとしてる感じ。
そしていつものように、周りに座ってる箒姉さん達が生温かい視線でそんな一夏さんを見てる。
「どれどれ~・・・って、何よ一夏。ホントにギリギリじゃない」
「うわっ、バカお前、勝手に見るなよ!」
「うっわ何コレ、IS関係ヤバ過ぎでしょ」
「見んなってば!」
ああ、今日も鈴さんと一夏さんは仲が良いなー・・・でも何故か箒姉さんのために頑張る気になれないタイプの絡み方だけど。
あ、ちなみに私の成績はー・・・まぁ、別にいらない情報だよね。
「まぁまぁ、とにかく無事に赤点も無くて良かったよ」
「当然だ、私が勉強を見てやったのだからな」
シャルロットさんとラウラさんが口々に言うけど、一夏さんをフォローできてるかは微妙。
まぁ、今はとりあえずお昼ご飯の時間だからね。
私は、箒姉さんとお揃いの焼き魚定食ー。
・・・ふとその時、聞き覚えのある音楽がなった。
ついこの間に聞いたような気もするそれは、セシリアさんの携帯電話からの音だった。
ぶっちゃけ、メールの着信音。
そして、この音楽は・・・。
「アルトゥールの曲だな」
「ええ、せっかくですので・・・配信されていた物を設定しましたの」
箒姉さんの指摘に、セシリアさんは微笑みながら答える。
その手には、つい最近出たばかりの最新モデルの携帯電話が。
しかも、ISにも接続できる準軍用モデル・・・1個いくらするんだっけ。
「そう言えばアルトさん達、今はどこでお仕事してるんだろうね」
「さぁ、それは私も・・・・・・?」
携帯電話の準空中投影ディスプレイに映し出されたらしいメッセージを見て、セシリアさんが眉を顰めた。
メッセージの文字は特殊なディスプレイ加工で、他の人には見えない。
誰からのメールだろ・・・?
ふと顔を上げれば、食堂の大きな有機ELテレビにニュースが出てた。
そこにはいつかの時みたく、芸能ニュースが流れてて・・・。
『ポルトガルの代表候補生アルトゥール・カスティーヤ・メネセスさんは、2日未明から東南アジアでのPV撮影に向けて長期の合宿に・・・』
「あ、アルトゥールさんだ」
「おお、マジだな。噂をすればって奴だなー」
ふーん、東南アジアにいるんだ。
大変だねー、アイドルって。
「・・・?」
ふとセシリアさんを見ると、携帯の画面を見たまま固まってた。
気のせいで無ければ・・・だけど。
顔色が、悪かった。
◆ ◆ ◆
―――11月2日、未明時点―――
◆ ◆ ◆
日本海溝最深部、深度8000メートル・・・。
この深度まで安定して潜航できる艦艇は無く、地球上では唯一、ISが存在するのみである。
過酷な宇宙空間に耐えられるようエネルギー・バリアのシステムが設定されているISにとっては、深海8000メートルであろうと潜航することは不可能ではない。
「まぁ、それでも水中用パッケージが無ければペシャンコなんだけどねー」
機体名と同じ名の武装、3つのかぎ爪を模した近接ブレード『ベルナルディーノ』の刃からレーザーを消しながら、アルトゥール・カスティーヤ・メネセス―――ポルトガルの代表候補生は、そう声を漏らした。
深い海の中を進んできたというのに機体も身体も濡らさず、飄々とした態度のままで。
「まったくもって酷い話だよ、代わりがいるからって私みたいな可愛い女の子を深海8000メートルの暗闇の中に放りこむなんてさ」
『・・・無駄話はやめて、早く目標を見つけてください』
「はいはい。誘導頼むよ、ソーニャ。・・・それにしても」
通信に応えつつアルトゥールが背後を振り向くと、そこには壁があった。
それ自体は特に不思議では無い、ただ・・・問題無く壁があることの方が不思議なのである。
深海の底にあるこの施設を訪れた―――「訪れた」と言う表現が正しいかは別として―――際、出入り口が見つけられなかったため、壁に穴を開けて入らざるを得なかった。
無論、通常の方法では傷一つ付けられない構造の壁だったようだが。
しかしISだけは、例外的に中に入ることができた。
とは言え、『ベルナルディーノ』で開いた穴からは当然、多量の海水が侵入してくるはずである。
アルトゥールはそれを、自分のISの装備で埋めるつもりだったのだが・・・。
「・・・自己修復する金属製の壁ね、まさに規格外だ」
とは言え、自己修復する金属・・・機械と言う意味なら、ISが最たるものである。
より正確には、ISコアが。
ISコアの構造に関しては、ある意味でオーパーツ以上の謎だった。
そもそも、その無尽蔵に近いエネルギーの源が何なのかもわかっていないのだから・・・。
「まぁ・・・塞ぐ手間が省けて良かった、と言うことで」
『ポジティブですね』
「まぁね、じゃないと歌手なんてやってられないからね」
ストレス業界だから、アルトゥールはそう言って歩き始めた。
ISを装着したままでも悠々と歩ける高さと広さの通路、しかし壁や天井のそこかしこに血管のような太いケーブルが無数に張り巡らされている。
まるで蛇が這っているようにも見えるのは、見る側の心理の問題だろうか・・・。
カシッ、カシッ、カシッ・・・アルトゥールの機体が歩く度に脚部から漏れる空気音だけが、唯一の音源だった。
他には、無言で圧力をかけてくる灰色の壁と天井、そしてケーブルのみで・・・。
ケーブルの隙間からかすかに除く「ネズミ」の赤く眼光が、不気味に輝いていた。
◆ ◆ ◆
・・・深い海の底、いわゆる「超深海層」と呼ばれる場所に、それはあった。
一見すれば、何の変哲も存在しない海溝の底。
深く暗く冷たいその場所には、海底の岩や一部の深海生物を除いて何も存在しない。
「・・・しかし、それはフェイク」
深海8000メートルと言う極限環境にありながらクールにそう呟くのは、耐水圧仕様の全身装甲型のISを身に着けた若い女性だ。
名前はソーニャ、ソーニャ・ヴィーシニャ・リトヴィク。
ロシア人の血を引くが国籍はアメリカ、ウッズホール海洋研究所所属の軍属である。
米国マサチューセッツ州の海洋研究所に所属する専用機持ちであり、今は軍属として任務に就いている。
無論、この環境に耐えられるのは海洋調査・深海潜航に特化した彼女のISの恩恵による。
『クトゥルフ』と言うのがその名前であり、特殊なコードで繋いだ30機の超小型遠隔音響探知装置によって一定範囲の海底の形状や状況、生物・無生物の有無などを把握することができる。
米国の最新鋭の探査システムであり、それをもってようやく発見することができた。
「篠ノ之博士の秘密ラボの所在は、世界最大の謎とされていたけれど・・・」
日本のIS学園から送られてくる電波―――具体的には、妹からのメール―――を国際的に追跡することで、ようやく足取りを追えたのである。
それでも、ここまで大がかりな準備を必要としたわけだが。
しかし今、ソーニャの目の前には大規模なドーム状のラボが見えている。
機雷と深海の水圧、そして完璧なステルスで守られたそれは・・・奇しくも、篠ノ之博士の生み出したISによって発見されたのである。
これは、この10年間で初のことである。
そして発見した以上、国際IS委員会が取れる手段は3つしかない。
『・・・こちら『ベルナルディーノ』。広い空間に出た』
「了解。中の情報は基本的には目視に頼るしかない。構造解析のためにも、通信はそのままに」
『了解』
すなわち放置か、懐柔か、あるいは・・・。
そして「篠ノ之束」を放置出来る程に精神の強い者は、委員会には存在しなかった。
かと言って直接的に第3の選択肢を選べる程に精神の強い者も、存在しなかったのである。
「『ベルナルディーノ』、状況を」
『・・・おや』
「・・・? 『ベルナルディーノ』、どうしましたか」
『・・・・・・誰かいる』
その言葉に、ソーニャは緊張する。
そして同時に、30機の有線探査機を操作して海上にまで通信のチャネルを伸ばす。
アルトゥールが通信機の精度を上げ、機体の集音声を高めているからだ。
ソーニャの『クトゥルフ』を経由して、その音は海上の各艦に届くことになる。
しかしこれが、なかなか苦労する。
何しろ、周囲をたゆたう機雷のセンサーを誤魔化しながらの作業なのだから。
1つが爆発すれば、連動して他の200~300の機雷も一斉に爆発する・・・。
『・・・どちら様でしょうか・・・』
そして通信の先から聞こえて来た声は・・・。
想像以上に、幼い声だった。
◆ ◆ ◆
どのくらいの時間歩いたろうか、アルトゥールは少し開けた空間に出た。
そこは天井が太いケーブルで覆われた場所で、床や壁は通路と同じく無機質な色合いの空間だった。
床のそこかしこにネジやコードが落ちているのが、何ともそれ「らしい」空気を醸し出している。
「・・・どちら様でしょうか・・・」
不意に、アルトゥールが立っている側とは反対側の通路から小さな声が響いた。
小さな声に比して声が響いて聞こえるのは、声が反響して聞こえるからだろうか。
不思議なことに、何人もの声が唱和しているようにも聞こえる。
しかしアルトゥールは、そんなことを気にしている暇は無かった。
実の所、彼女はここに「篠ノ之束以外の誰か」がいることを想定していなかったのである。
可能性はあったかもしれないが、篠ノ之束は家族以外には冷酷だと言う前情報があったからだ。
家族・・・。
「・・・篠ノ之博士の、ご家族の方かい? もしかして妹さん、とか」
「答える義理はありません・・・が、あえて答えましょう。私ごときをあの御方の妹さまと同列に扱うのはおやめください」
束さまへの侮辱です―――――少女の声が、アルトゥールの耳にまるで呪文のように響く。
小さいが良く響く声で、その少女は答える。
その声はやはり反響し、まるで複数の声が重なっているように聞こえる。
そしてその容姿も、なかなかに独特だった。
10代前半と思われる小柄な身体に、腰まで伸びた銀色の髪は太い三つ編みになっている。
そして何よりも目を引くのが、閉ざされたまま動かない瞳。
「そして繰り返しますが・・・どちら様でしょうか」
「これは申し遅れたね。私はポルトガル代表候補生、アルトゥール・カスティーヤ・メネセス。国際IS委員会の遣いとして、篠ノ之博士に召喚状をお持ちした。篠ノ之博士に直接お会いしたい」
「2つの理由でお断り申し上げます」
「ふん?」
「1つは、アポイントメント無しのご訪問には応じかねます」
少女のその言葉に、アルトゥールは苦笑する。
まさかあの篠ノ之博士がアポイントメントを要求してくるとは・・・よりにもよって、あの篠ノ之束が!
「それで、もう一つは?」
「束さまは、誰にもお会いになりません」
「むしろ、それ一つで良いだろうに・・・」
どうしてアポイントメント云々の話が挟まったのだろうか。
「そう言うわけですので、速やかにお帰りください」
「悪いけど、そうもいかないんだよね」
それで帰って良いなら、そもそもこんな所には来ていない。
ここに来た時点で、篠ノ之束をいずれかの形で連れ帰るしかアルトゥールには選択肢が無いのだ。
それが彼女の任務であり、それが祖国の命運を左右すらするのだから。
「委員会は、篠ノ之博士を召喚することをすでに決めている。待遇は応相談」
「・・・・・・そうですか」
特に期待していたわけでも無いだろうが、銀髪の少女は無表情のままに頷く。
話して帰らない、ならば少女の取るべき道は一つだった。
主のため、侵入者を排除するのみ。
少女の形の良い唇が、ゆっくりと開かれる。
アルトゥールが頭の中で警戒のレベルを上げる中、少女の小さく開かれた唇の内側から血のように紅い小さな舌が覗いた。
アルトゥールは目を見開く、何故ならそこには・・・少女の舌先には、
それはまるで、貝の中に収まる真珠のようにも見える。
だがそれは、真珠でも宝石でも無い。
「・・・IS・・・!」
アルトゥールの囁きを肯定するように、その石が青い輝きを放った。
そして同時に、アルトゥールの機体が無数の敵性反応を捉えた。
アルトゥールがそれに反応し、顔を上に上げると・・・。
紅い目をギラつかせた無数の機械の「ネズミ」が、アルトゥール目がけて落ちて来た。
◆ ◆ ◆
―――――フランス海軍防空駆逐艦『リグリア』。
フランス、イギリス、イタリアの共同開発により建造されたIS搭載型の最新鋭防空駆逐艦であり、PSI実働訓練のためにフランスから派遣された艦隊・IS部隊の旗艦である。
実働訓練参加艦隊の全体指揮は米国の原子力空母に乗る米国人司令官にあるが、フランス部隊に関してはこの艦に直接の指揮権がある。
「―――――・・・ッ!」
その甲板上で顔を顰めるのは、フランス製2・5世代機『ラファール・リヴァイヴ・ビー』の操縦者にして代表候補生、ルナ・デュノアである。
黒と黄色にカラーリングされたその機体の周囲には同色の蜂のような形状をしたビットが合計8機飛んでおり、実はこれが海中の『クトゥルフ』の探査機との間に情報のリンクを作っているのである。
ルナが顔を顰めたのはそのビットを通じて繋がる通信から、耳をつんざくような声が響いたからだ。
それはほとんど、悲鳴と言っても良い。
それまでが静かだっただけに、ルナの戸惑いも増幅されたのだ。
「『ベルナルディーノ』、状況は?」
『・・・ちょ・・・冗談じ・・・っ・・・シャレになってな・・・っ!』
「・・・『クトゥルフ』! 情報のリンクが途切れがちですが、中の状況は?」
『『ベルナルディーノ』が高速で移動中のため、情報送受信に齟齬が生じている模様』
アルトゥールとの通信が不安定になったため、ソーニャへ繋ぐルナ。
しかしソーニャの返答は、とてもではないが満足のいくものでは無かった。
事実上、通信が途絶せざるを得ない状況に陥ったのだから。
彼女には、8000メートル下の状況に介入することはできないのだから。
そして残念ながら、援軍の予定は無い。
何故なら委員会は、篠ノ之束と全面戦争をする気は無いのだ。
今回の件は、いわばデータ収集に過ぎない。
「・・・この先いつか起こる、篠ノ之博士との決戦に備えて・・・」
ルナの予測に過ぎないが、まるきり外れと言うわけでも無い気がした。
篠ノ之束の影に怯えるIS委員会、各国政府、軍上層部・・・デュノア社の本妻の娘であるルナは、それを嫌というほど見て来たのだから。
無視するには怖すぎて、受け入れるには恐ろしい。
だから今回は、ちょっとしたちょっかいに過ぎない。
上層部は最初から、ここにある戦力で篠ノ之束を捕縛なり何なりできるはずが無いと知っている。
たかが十数機のISで、生みの親を抑えられるはずが無い。
だから、これは・・・「ただの」データ取り。
「・・・」
ルナが視線を横に向ければ、そこにはフランス軍では無い黒いスーツの男達がいる。
国際IS委員会直属の、人間達がいる。
アルトゥールにいくつかの対IS用兵器を渡していた者達を・・・。
・・・たとえ篠ノ之束の制裁を受けても、誰も死なない。
そして、IS委員会のメンバーには何のダメージも無い。
無辜の民衆に負担が行くだけで、何も変わらない。
だから何度でも、同じ過ちを犯すことができる。
候補生など、いくらでも代わりがいるのだから・・・。
「・・・願わくば」
祈るような声音で、ルナは囁く。
自分の周囲に展開している艦隊やIS部隊を見やりながら、どこか冷めた気持ちで。
それでも彼女は、海中で戦う友が生還できることを祈った。
◆ ◆ ◆
<
その「ネズミ」は、そう言う名前だった。
与えられた役割は単純明快、「不要な金属を食べ、分解する」こと。
そしてその対象には、あらゆる金属で外装を覆われているISすらも含まれる―――――。
「まったく、冗談じゃない・・・!」
『チュチュチュー・・・ヂュギャッ』
まさにその<
先程の広い空間から急速に移動し、リスの群れと銀の髪の少女から何とか逃れた所である。
木の根のように太い金属のケーブルの間に身を潜めながら、機体のダメージをチェックする。
何しろ、リスのような外見の機械仕掛けの「ネズミ」に機体のあちこちを噛み砕かれる等と言う経験はそうそうできる物では無いのだから。
実際、彼女の機体『ベルナルディーノ』の装甲のいくつかには何かに食い千切られたかのような損傷がそこかしこに残されている。
「げ・・・ビット兵器の制御コードが千切れてる・・・となると後は近接武装だけか・・・離れ過ぎたからかソーニャとの通信も途切れたし・・・」
まさに、孤立無援。
まぁ、それで諦める程にアルトゥールの神経は細くは無い。
元よりポルトガルのIS運用は、単独行動が基本であって・・・。
カリカリカリカリ・・・・・・。
不意に、一昔前の磁気式記憶装置(ハードディスク)の書き込み音に似た音が響く。
ディスプレイ越しに顔を上げると・・・すぐ側のケーブルの上でネジを齧っているリスと目が合った。
無論、そのリスは機械仕掛けである。
視線を動かせば、ケーブルの隙間から無数の紅い眼光・・・。
「・・・ま」
彼女がそれに反応を示そうとした次の瞬間、ISが警告を発した。
それに従い、即座にアルトゥールは動く。
そしてさらにそれに反応して、無数のリス達がアルトゥールに飛びかかる。
しかしそのリスクを背負っても、アルトゥールは動かなければならなかった。
「・・・大人しくして頂けると、手間がかからないので有難いのですが」
アルトゥールが先程まで背にしていたケーブルに、銀色に輝く刃が突き出ている。
それはゆっくりと引き抜かれて・・・幾筋かの銀の線が走ったかと思うと、樹齢数十年の木の幹のように太いケーブルがなます切りにされてしまった。
ボトボトと床に散らばるそれを踏みつけて姿を現したのは・・・目を閉じた銀髪の少女。
その細い身体は、深い海の色の装甲に覆われている。
装甲が少なく、肩や膝などの装甲が流線形にデザインされているそれは、軽装の女騎士を模しているようにも見える。
それを見て、アルトゥールは唇を歪める。
「白に黒、紅と来て・・・青か。それも第4世代型だったりするのかな」
「そうですが、何か」
世界で話題になっている3機のISのカラーを念頭に皮肉ったのだが、平然と答えられてしまった。
「第4世代型量産機、『海宮(かいぐう)』。束さまがお作りになられた物です」
「へぇ、そう」
特に驚いた風も無く、アルトゥールは応じる。
篠ノ之束はコアを作れるのだから、知らない機体があった所で驚かない。
しかしその平静も、無数の機械仕掛けのリスに喰いつかれている状態ではいつまで保つかわからないが。
ガリガリガリガリ・・・と、彼女の耳に機体が喰われる音が響く。
IS自身も、悲鳴のような警告音を発している。
「ご安心ください、命を奪ったりはしません。ただ速やかにお帰り願うのみです、束さまは今の所、殺人を行うつもりが無いようなので」
「・・・」
それには答えず、アルトゥールは次の行動に出る。
と言うより、そろそろ機体のダメージが深刻になってきたので動かざるを得ない。
ぐっ・・・と右腕に力を込めて。
『剥離剤(リムーバー)』と呼ばれる対IS用兵器を、投擲した。
いつの間に展開していたのか、アルトゥールが投げた40センチ大の四本足の兵器が銀髪の少女の胸に命中する。
開いた足が少女の身体を掴み、『海宮(かいぐう)』と言う深海色(ディープ・ブルー)のISを強制解除する。
何かが破裂する音と共に、少女の身体に電流が走る。
「それじゃ・・・Adeus!」
その様子を確認した後、母国語で別れを告げながら―――――。
―――――『瞬時加速(イグニッション・ブースト)』。
◆ ◆ ◆
前方では無く、後方へ。
後方の通路へ向けて真っ直ぐ、一気に加速した。
加速の衝撃で、機械仕掛けのリスがボトボトと剥ぎ取られていく。
急速に離れて行く銀髪の少女の姿を望遠で視界に収めながら、アルトゥールは思う。
「わざわざ機体を見せてまで出て来たということは・・・」
この方角で、間違いないと言うわけだ。
適当に深く、先へ先へと進んでいたが・・・あの銀髪の少女が追いかけてこざるを得ない程に。
この先に、来てほしく無い何かがあると言うことだ。
何か?
言うまでも無い。
「ほっ、ほっ、ほっ・・・っと」
銀髪の少女やリスに纏わりつかれないようにするため、『瞬時加速(イグニッション・ブースト)』で常時移動する。
流石に、候補生の技量と言えるのかもしれない。
しかしそれでも、機体のダメージは無視はできない。
アルトゥール自身にはダメージが無いとは言え、『ベルナルディーノ』の装甲は3分の1程が削り取られてしまっている。
『瞬時加速(イグニッション・ブースト)』の加速Gには耐えられる物の、装備のいくつかは使用できなくなってきている。
と言うよりも、この深海から浮上するのにも耐えられるかどうか・・・。
「・・・怖いこと考えちゃった」
その「怖いこと」を頭から振り払った、ちょうどその時。
アルトゥールは、動きを止めた。
行き止まりに突き当たったからだ。
具体的には、扉である。
無機質な扉に似合わないことに、そこにはファンシーなウサギの表札がかかっている。
まるで中学生の図工の作品のようなそれには、こう書かれていた。
<たばねおねーちゃんのおへや>
「・・・何か、一曲書けそうな気分」
ステージのスポットライトの熱の感触を思い出しながら、くすりと笑う。
早くこんな任務を終わらせて、ステージに帰りたいものだ。
多くのファンが、自分を待っているのだから・・・。
◆ ◆ ◆
ぷしゅっ・・・と空気が抜けるような音と共に、その部屋の扉が開く。
その部屋は、奇妙な部屋だった。
床には何かの機械の部品が散らばり、天井や壁には樹海のようにケーブルが広がって。
無数のディスプレイの明かりに包まれたその部屋の中央には、恐竜の骨組のような銀の椅子がある。
そしてその椅子の上に、「彼女」はいた。
青のワンピースに白のエプロン、さながらそれは「1人不思議の国のアリス」。
すらっと伸び、均整のとれた身体。
眠っているのかそうでないのかはわからないが、その背中からは退屈そうな雰囲気が見え隠れしている。
「・・・篠ノ之、博士ですね?」
声をかけるも、返答は無い。
あまりにも無反応なので、聞こえなかったのかと疑いたくなる程に。
彼女にこうして声をかけるのは、ドイツのラウラ・ボーデヴィッヒに続いて2人目である。
「・・・国際IS委員会の遣いとして、貴女に「ああっ、そっかぁっ~!」」
アルトゥールの声に被せるように、篠ノ之束が手を打って叫ぶ。
アルトゥールがあっけに取られている間に、束は空中投影型のキーボード8個を「同時」に操って、何かのデータ入力を始める。
アルトゥールの存在は、まるで気にした様子も無い。
「そうそう、そーだよねぇ。せっかく遠隔操作(リモート)できるんだから、こーすれば良かったんだよねぇ・・・どうしてもっと早く思い付かなかったんだろ、暇だったからかな?」
「あの・・・」
「むぅ、むむむのむぅ~、うふふふ、ちーちゃんってば驚くぞ~?」
「・・・えっと」
束の人格については人伝てに聞いていたアルトゥールではあったが、ここまでとは思っていなかった。
そもそも、会話が成立しない。
正直に言って、困る。
「・・・束さまが、貴女の声に応じることはあり得ません」
声に応じてアルトゥールが振り向くと、そこには銀髪の少女がいる。
ISは『剥離剤(リムーバー)』で剥ぎ取られたままだが、その背後には・・・無数の機械仕掛けのリスの紅い眼光。
「・・・世紀の天才様は、私みたいな凡人には興味が無いってことかな?」
「違います」
淡々と・・・淡々と、束の「娘」は告げる。
「・・・そうですね。どう言えば伝わるのでしょうか・・・」
「・・・?」
「例えば、貴女の足元で小さな虫の類が這っていたとしましょう。毒も何も無い、無害で小さな虫です」
とんっ、と足で床を示しながら、少女が告げる。
可愛らしく、首を傾げながら。
「それが鳴いたからと言って、いちいち反応しないでしょう?」
アルトゥールの胸の内が、ざわっ・・・と揺れた。
それは、怒りにも似た感覚だ。
つまりそれは、アルトゥールや他の人間が束にとっては「無害で小さな虫」のような存在だと言っているに等しいのだから。
「気分を害されましたか?」
無表情、しかし気のせいか形の良い唇は笑んでいるようにも見える。
その感情を、アルトゥールは知っている。
それは、「嘲弄」と呼ばれる種類の物だ。
しかしそれで平静さを失う程、アルトゥールは愚かでは無い。
頭の中であらゆるシミュレーションをし、次の行動を検討している。
「・・・別に、怒ったりはしないけどね」
「そうですか、それは良かった」
「―――――では、速やかにお帰り願いましょう」
「・・・ッ!」
不意に・・・不意に、前から聞こえる物と同じ声が、「背後から」も聞こえた。
束の声では無い、銀髪の少女・・・「くーちゃん」の声で。
嫌な予感のそのままに、アルトゥールは振り向く。
そこにいた「銀髪の少女」と真正面から向き合ったかと思うと、腹部に。
シャキンッ。
「2人目」の銀髪の少女、IS「海宮(かいぐう)」を身に着けた少女の右手が、アルトゥールの腹部に押し付けられていて。
装甲の手甲部分から飛び出した銀の刃が、アルトゥールの腹部を抉っていた。
◆ ◆ ◆
「ふ・・・双子・・・!?」
「違います」
朱色に染まった刃を振って血を払いながら、少女・・・「2人目」の銀髪の少女は静かに告げる。
対して、3歩程たたらを踏んだ後、アルトゥールは床に膝をついた。
その周囲を、静かに機械仕掛けのリスが包囲していく。
「ご安心ください、重要な臓器や血管は避けてあります。適切に処置すれば死ぬことはありません」
「・・・それはどうも」
腹部の傷口を押さえながら、アルトゥールが呻くように応じる。
事実、痛みと出血の割に身体は動く・・・と言って、傷が深く無いわけでは無いが。
しかしアルトゥールには、それ以上に衝撃を受けていることがあった。
(エネルギー・シールドを、無視してきただと・・・!)
シールド無視の実体剣装備など、聞いたことが無い。
アルトゥールは、手甲部分から飛び出す形の実体剣を睨み据える。
自分の血と、そしてそれとは別に真紅の色に変わった刃を・・・。
それに何より、目の前の銀髪の少女・・・顔も声も雰囲気も、纏うISも全て同じ2人の少女。
双子かと思ったが、本人は違うと言う。
だがこの容姿の相似性は、異常だ。
となると、残る可能性は・・・。
「それでは、お客様にはお帰り頂きます」
「ご安心ください、命までは取りません」
「「ただ、脳に電極を埋め込ませて頂くだけです」」
かなり物騒なことを言いながら、2人の少女と機械仕掛けのリスの群れがジリジリと近付いてくる。
アルトゥールとしては、もはや通常の方法ではこの重囲を逃れることはできない。
だが、黙って脳に電極を埋め込まれるつもりは無い。
と言うより、埋め込まれた後に訪れる未来を思えば・・・。
「近寄るな・・・っ!」
右手で腹部を押さえ、床に膝をついたまま・・・しかしそれでも顔を上げて、左手に持った「それ」を掲げる。
それは、アルトゥールが出撃前に委員会から受け取っていた対IS用兵器。
その中でも、特に強力な兵器だった。
見た目は黒く丸い、変形した手榴弾のように見えなくも無い。
だがそれは、ISのエネルギーシールドの向こう側に衝撃を届けることができる・・・。
「それは、仏伊共同開発の『大花(ミーラス)』」
「兵器カテゴリー・・・対IS用兵器」
「「結論、戦術兵器」」
唱和するような少女達の声に、アルトゥールは笑みを浮かべる。
対IS用戦術兵器・ミーラス。
爆発の範囲を半径30メートル以内に絞った、対象ISを「吹き飛ばす」だけのために開発された兵器。
それ故に海溝の最深部で起爆しても、周囲への影響は最小限に留められる。
外からの計測の結果、このラボには少なくとも50メートル四方の規模があることもわかっている。
被害は最悪、ラボ内部に留めることができる。
周囲の機雷については、戦術核では無いことは確認済みだ。
最終的な影響がどうなるかは、保障できないが・・・。
「貴女の今の状態で、それを使うとは思えませんが」
「さぁ、どうかな? 私がここで篠ノ之博士を道連れにすれば、委員会でプールされてるISコアが3つ、ポルトガルに引き渡されることになっててね・・・!」
これは事実だ、ポルトガルの国費で歌手として成功したアルトゥールには・・・自身の全てでもって国に奉仕することが契約と言う形で定められている。
その中には、命も含まれるのだから。
しかし無論、それでもこの状態で戦術兵器―――それも、対IS用の調整が施された―――を起爆させるつもりは無い。
言ってしまえば、時間稼ぎに過ぎない。
目の前の少女達はともかく、篠ノ之束は生身なのだから駆け引きの余地も・・・。
「ああ、ちょうど良かった」
その時、どこか気の抜けた声が響いた。
不意に、アルトゥールの左手から「それ」の重みが消える。
気が付いた時には、その左手は何も持っていなかった。
「・・・え?」
理解できなかった。
間の抜けた声を上げて、顔を上げれば・・・。
「ここらで一度、死んでおこうかと思ってたんだよねぇ」
そこに、青いワンピースの女がいた。
その手には、黒い戦術兵器(ミーラス)を持っていた。
ニコニコと笑いながら、玩具を見つけた子供のように笑っていた。
アルトゥール以外には押せないはずの起爆スイッチを、当たり前のような顔で押していた。
それが何か、理解していないわけでは無いだろうに。
ISを身に着けているようには見えない生身の身体で、戦術兵器の起爆スイッチを。
目の前で。
「なっ・・・な、ばっ・・・なぁっ!?」
「そうすればきっと、ゴミ共が箒ちゃんと楓ちゃんにちょっかいかけてくれるよねぇ、勝手に」
「あ・・・貴女は、馬鹿かっ!?」
次の瞬間、アルトゥールの視界が反転する。
床に顔を打ちつけられ、腹部の傷口を踏まれ、極めつけに両足の骨をISの脚部ごと踏み折られた。
「か、が・・・ぁあぁぁ・・・っ!」
「それ以上、束さまを侮辱すると・・・殺しますよ」
静かな・・・それでいて怒気と殺意に満ちた声に、アルトゥールは歯を食い縛って声を止める。
泣き叫びそうになる口を、無理矢理に閉ざす。
「ダメだよ、くーちゃん。女の子がそんな汚い言葉を使っちゃ、め!」
「申し訳ありません、束さま」
まるで母親のように、少女を叱る女。
それは・・・とても、気持ち悪かった。
気味が悪かったと言っても良い。
少なくとも、起爆寸前の戦術兵器の前ですることでは無い。
気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い。
それは・・・あまりにも、理解できない。
理解したくない、光景だった。
「・・・っ」
そして同時に、アルトゥールは悟る。
コレは・・・コレらは、理解できないモノだと。
IS学園で会った真面目で型物な次女と柔軟で頑固な三女とは、違う。
ステージが、違う。
あまりにも違い過ぎて、人間に見えているだけの「ナニカ」だ。
報復が怖いとか才能が異常だとか、そう言う次元の話では無い。
直感的にそれを悟れてしまう程、その2人は異常だった。
(・・・セシリア、コイツらはダメだ)
この時アルトゥールが想ったのは、IS関係者の中で最も古い友人の顔だった。
彼女の歌を待つ一般人のファンでは無く、「次に」篠ノ之束に挑むことになるだろう友のことを。
国際IS委員会と欧州連合によって「次に」指名されるだろう、代わりが効く候補生(とも)のことを。
思い出して、想って、そして。
「じゃ、ま、いっぺん、死んでみようか!」
「・・・っ・・・うあぁ・・・!」
抵抗するようにアルトゥールが身じろぎした、次の瞬間。
束の手の中の「それ」が、眩い光を放ち始めて―――――。
◆ ◆ ◆
―――ザザッ、ザッ・・・ピ―――――――。
◆ ◆ ◆
Side セシリア・オルコット
砂嵐のような音が響いて、メールに添付されていた映像は途切れました。
私の『ブルー・ティアーズ』の専用アドレス―――親しい人間しか知らない―――に送られてきた、「アルトゥールさんの」メールに添付されていた、映像が。
そこに映し出されていたのは・・・いわば、アルトゥールさんのミッションレコーダー。
しかも、かなり不味い状況の。
どうしてアルトゥールさんが、私にこのようなメールを送って来たのかはわかりません。
さらに言えば、それがどうして今さら私の手元に届いたのかも。
「・・・偽物だとしても、意図がわかりませんわ」
それは、昼間のニュースの内容とは明らかにかけ離れた内容。
悪戯として考えるにはタチが悪いですし、メールは確かに『ベルナルディーノ』の専用アドレスから送られてきています。
つまりコレを送ってきたのは、アルトゥールさん本人のみ。
だから私、確認いたしましたの。
欧州連合への問い合わせ・・・は意味が無いでしょうから、オルコット家のツテを使って。
欧州委員会のイギリスの委員が、私の祖父とコネクションを持っていた人物なので・・・。
そして、午前3時になってようやく返ってきた返答が。
『アルトゥール・カスティーヤ・メネセス候補生は、すでにポルトガル政府よりMIA申請されている』
・・・MIA、Missing In Action。
遺体が確認できない状況下での・・・戦死認定。
戦死。
事実はどうあれ、欧州連合とポルトガル政府はすでにアルトゥールさんを戦死したものとして扱っていたのです。
理解ができません、ついこの間別れたばかりですわよ。
ですが、いえ・・・私達候補生は、軍務でいつ死ぬとも限らない。
だと、しても。
「仮に・・・仮に、もし仮に、アルトゥールさんに万が一のことがあったとして・・・」
この添付映像は、いったい。
私の専用アドレスに送られてきたと言うことは、私以外には誰も知らないのか。
それとも、アルトゥールさんの任務の様子を見ていた誰かが他にいるのか・・・。
・・・意味が、わかりません。
ダメですわね、私も混乱しているようです。
友人に万が一のことがあったかもしれないという状況下では、冷静ではいられません。
しかも、それが・・・あの人が、関わっているとなると。
「アレ、は・・・・・・篠ノ之、博士・・・?」
箒さんと・・・楓さん、の。
・・・お姉、さん。
*今回のオリジナルキャラクター「アルトゥール」に対する描写は、投稿時の希望に基ずいて描かれています。ご了承ください。
新登場キャラクター:
ソーニャ・ヴィーシニャ・リトヴィク(専用機:クトゥルフ)。
・・・黒鷹様提案。
ありがとうございます。
篠ノ之 束:
うふふふふ・・・バイバイ♪