Side 凰 鈴音
・・・夜中の2時を過ぎても、まるで眠れる気がしないわ。
昼間の戦闘でのダメージも残ってんだけど、あんまり気にならない。
あー、私も結構、メンタル弱いわね・・・。
「・・・ふぅ」
ダメだ、どうせ寝れないんだったら何かしよう。
そう思って、ベッドの上で勢い良く身体を起こす。
クローゼットを開いてジャージとか取り出して、ベッドの上に投げる。
それから、パジャマのボタンを外して・・・。
「・・・・・・」
・・・備えつけの姿見に映る自分を見て、ふと手を止める。
所々にフリルとかついた、ちょっと可愛らしい、女の子らしいパジャマを着てる自分を見つめる。
日本に来てから買ったパジャマ、本当はもっと装飾の少ないシンプルなのが好きなんだけど。
男の子に、一夏にうっかり見られても良いように頑張って選んだ。
「・・・あほくさ」
それが今はやけに馬鹿らしく思えて、普段よりも少しだけ乱暴にパジャマを脱ぐ。
中国にいた頃は、候補生の養成所にいた頃は・・・こんな格好、しようとも思わなかった。
でも、ここには一夏がいるから。
だけどその一夏も、今は委員会の監視下にある。
委員会の命令に対し服従義務がある私には、どうしようも無い。
一夏や箒や楓を、助けてあげることはできない。
そんなこと、候補生になった時からわかってたこと。
「・・・一夏に会うために、候補生になったのにね」
少し大げさかもしれないけど、今にして思えばそう言う動機だったのかもしれない。
そんな、馬鹿みたいなことを考える。
・・・「中国の代表候補生」である私が、「世界唯一の男性操縦者」である一夏にできることなんて、本当は何も無いのに。
私、馬鹿みたいね。
「・・・っ」
くしゃ、と片手で頭を押さえる。
胸の奥に起きたさざ波を抑えて、無かったことにする。
それは、意外と労力のかかる作業だったけれど・・・。
・・・ピピピッ。
その時、待機状態の『甲龍(シェンロン)』が電子音を鳴らした。
手の甲で目元を拭って溢れた水分を散らした後、それを見る。
・・・メッセージ? こんな時間に・・・?
「・・・脱走・・・?」
そのメッセージに記された内容に、私は血の気が引いていくのを感じた。
それは、私に対しての命令。
差出人は・・・「委員会」。
国際、IS委員会。
Side 篠ノ之 箒
はっ、はっ、はっ・・・。
自分の口から漏れる息が、まるで他人事のように耳に響く。
唇が嫌に渇く、息が苦しい、身体を激しく上下させているので酷く疲れる。
それでも、やめるわけにはいかない。
私の身体の下には、妹の楓がいる。
狭い部屋の床に横になっている楓は、虚ろな目をしたまま動かない。
衣服の胸元をはだけさせて、両掌を押しつけて一定間隔で押し続ける。
「嫌だ、嫌だ、嫌だ・・・」
妹の胸を強く圧迫しながら、血液を全身に送り続ける。
楓の心臓が鼓動を刻むまで、その役割を果たさなければならない。
「いやだ、いやだ、いやだ・・・!」
うわ言のように同じことを呟きながら、楓の胸を押し続ける。
一定の回数それを行った後、中断して妹の口元に手を添えて呼吸を確かめる。
息をしていない、その事実に泣きそうになる。
いや、もう泣いている、泣きながら妹を助けようとしている。
指先で額を押し、顎先に指を添え―――授業で習ったように―――妹の唇に自分のそれを重ねる。
柔らかさと冷たさを唇に感じて、微かに眉を動かす。
それから呼気を2度吹き込み、離れ、もう一度楓の胸に手を・・・。
「箒・・・」
「うるさい!!」
何度繰り返したかわからない行為を続ける私に、一夏が辛そうな顔で声をかけてくる。
いや、何度繰り返したかなんて問題じゃない。
何分間続けたかなんて、関係無いんだ。
「・・・箒っ」
「うるさい! うるさい! うるさいうるさいうるさい!!」
だって、戻って来ないんだから。
なら、戻るまで続けるのが当たり前じゃないか。
妹が、楓が目を覚ますまで、何度でもいつまででも・・・!
「箒!」
「は・・・離せ! 楓、楓、かえでえぇ・・・っ!!」
一夏に後ろから抱き抱えられて、遮二無二暴れる。
抵抗する、でもそれは一夏に対してじゃない。
現実に対して、私は抵抗する。
だって、認められない。
認めてしまったら。
「楓が私を置いて逝くなんて、あるわけが無いんだっっ!! そうだろう!?」
「箒・・・!!」
「離せ、離せぇ・・・離してぇ・・・っ」
傍でこんなに騒いでいるのに、横たわる楓はピクリとも動かない。
アレから5分は経ったろうか、良く分からない。
だけど。
「わ、たしが・・・っ!」
視界が歪む、頬に熱い液体が流れるのを感じる。
もう、わけがわからない。
震えているのは私の身体なのか、私を抱き締める一夏の身体なのか、あるいは両方なのか。
「私、が、私が、守って・・・やるって・・・言った・・・っ・・・!」
「・・・箒」
「言った・・・のに・・・ぃ・・・っ」
最後に覚えている妹の顔は、泣き顔だった。
最悪だ、きっと怖い思いをたくさんしたろうに。
さっきみたいに、私に助けを求めていたろうに。
それなのに、それなのに、それなのに!
「うぅあああああああああああああああああああぁぁっっ!!」
声が、まるで他人の物のように聞こえる。
だがそれは紛れも無く、私の唇から出ている物だった。
それを、私の心が認識していないだけだ。
「・・・離して・・・くれ・・・」
「・・・」
しばらくして、静かに一夏に懇願した。
今度は一夏も聞いてくれて、ゆっくりと私を離す。
私はヨロめきながら、無様な程にノロノロと楓の傍まで這って・・・。
妹の身体を、抱き上げた。
頭を抱えて、頬に手を添えて・・・楓の頬が濡れているのは、たぶん私のがかかったのだろう。
それを拭ってやろうとして、できずに・・・そのまま自分の顔を押し付ける。
擦りつけるように、押し付ける。
「・・・出よう、ここから。ここは、嫌だもんな・・・なぁ、楓・・・」
語りかけても、妹は答えてはくれない。
それがまた、私の心を引き裂きそうで・・・。
『・・・もっぴー』
「・・・」
『コレ・・・楓ちんの』
「・・・ああ・・・」
その時、部屋の隅で何かゴソゴソしていた狐の着ぐるみ・・・本音が何かを私に差し出して来た。
それは、楓の『黒叡(こくえい)』の指輪だった。
部屋の隅に重ねて転がしている黒服の所から、取り戻してくれていたらしい。
そうだな、コレは・・・楓の宝物だものな。
「ありが・・・・・・な、何だ?」
「指輪が、光ってる・・・?」
本音から受け取って楓の指に嵌めてやろうとすると、楓の指に収まる前に指輪が淡く光を放った。
それはとても温かな光で、見る者の心を和ませる・・・そう。
それは、まるで楓のようだった。
Side 篠ノ之 楓
―――――――――――――――。
――――――――――。
―――――Reboot a system。
・・・?
何、だろ・・・凄く、寒い。
身体・・・動かな・・・ぃ・・・?
「・・・! ・・・! ・・・!」
・・・ここ、暗い・・・怖、い・・・。
冷たく、て、気持ち・・・悪い・・・。
子供の頃、何度も感じた・・・終わる、感覚・・・。
「・・・で! ・・・ぇ・・・! ・・・ぇでっ!!」
・・・こえが、する・・・。
凄く、好きな・・・声・・・。
呼んでる、誰・・・大好きな、ひと・・・。
「楓! 楓・・・楓っ!!」
「・・・ぇ、さ・・・?」
最初に戻って来たのは、音。
次に光、薄く開いた瞳に光に続いて色が戻ってくる。
そして、触角・・・誰かに、抱かれてる。
戻って来た視界、最初に飛び込んで来たのは。
・・・世界で一番、大好きな人の顔・・・。
「箒、姉さん・・・」
「楓、ああ・・・ああ、楓っ!!」
ぎゅううう・・・っと、抱き締められる。
ちょっと、苦し・・・箒姉さん、泣いてるの・・・?
泣かないで、箒姉さん・・・箒姉さんが泣いたら、私も・・・。
「・・・こわ、かっ・・・た・・・」
「すまない・・・すまない、二度と離さない、離れない・・・っ」
最後に、記憶が戻ってくる。
怖かった想いが、全部一度に戻ってきて。
私は、力の入らない手で箒姉さんにしがみついた。
「こ、怖かっ・・・た。怖かったよぉ・・・!」
「もう大丈夫だ、大丈夫、大丈夫・・・っ」
箒姉さんの胸に顔を押し付けて、頭の後ろの髪を優しく撫でられる。
姉さんの温もりと薫りに包まれて、とても安心・・・だけど・・・。
身体、重い・・・そうだ、アレは・・・。
「『黒叡(こくえい)』、は・・・?」
「ああ、ちゃんとあるぞ。お前の左手の中指に」
「良かった・・・」
箒姉さんの言う通り、私の左手にはちゃんと黒い指輪が嵌まっていた。
それに、私は安心する。
良かった、取られて無かった・・・。
「か・・・楓? 大丈夫か?」
「ごめ・・・身体、ダルくて・・・」
『しょうがないよ~、心臓が5分超も止まってたんだもん~』
「いや、でも・・・とにかく、箒。ここから出ようぜ」
「ああ、そうだな」
あ、本音ちゃんと一夏さんの声だ・・・。
それに、また安心する。
どこかに行くみたいだけど、でも私、歩けない・・・。
すると、箒姉さんが私を抱き上げてくれた。
お姫様抱っこ、えへへ・・・ちょっと、恥ずかしいな。
箒姉さんの胸に頬を擦り寄せて、眠るように目を閉じる。
箒姉さんと・・・いっしょ・・・。
Side 更識 楯無
ISの運営や配備、そして操縦者の行動に関しては国際IS委員会への細かな報告と承認が必要。
これはアラスカ条約に記載されているIS保有国の義務であり、事実上、IS操縦者への指揮権を国際IS委員会へ委譲する項目でもある。
ISコアの移動権限を掌握することで、各国が委員会の命令を拒否できない仕組みを作った。
そして、IS条約特別規約第二項。
非常時における全IS操縦者の指揮権を国際IS委員会が握り、国益に関係無く「真なる中立の意思」と「公平なる正義」の名の下にISを動かす、特別な規約。
あまりに強力かつ独裁的な規約、これは「白騎士事件」を受けて条約に盛り込まれた条項なの。
要するに、いつか来る「篠ノ之束」との全面戦争に向けての約定。
「全ての国にとって、篠ノ之博士は恐怖と憎悪の対象だった」
政治・経済・社会・・・その全てに巨大な影響を与え、既得権益を破壊した「白騎士事件」。
世界はそれを恨みこそすれ、感謝などしなかった。
たとえ、表向きには女尊男卑の風潮が流れようと・・・世界の根幹を握る者は変わらない。
篠ノ之博士の破壊的な変革は、彼らの権益を犯しただけ。
「それが、今は篠ノ之博士によって利用されている・・・?」
『そうだ』
『ミステリアス・レイディ』のプライベート・チャネルを通じて織斑先生と話す、地下の状況を。
国際IS委員会の壊滅、その情報を得る。
もちろん、表向きの委員会の機能はアラスカにあることになってる。
でも、IS委員会事務局はダミー。
本体・・・21の国の「影の代表」によって構成される常設委員会は、学園の地下の特別な通信装置によってのみ会合が行われていた。
21人の委員は篠ノ之博士に発見されないよう、1人や2人が欠けても他に繋がらないよう、細心の注意を払って通信会合を行っていた。
お互いの顔も経歴も一切知らず、それがお互いを守ると信じて。
『今の命令は、間違いなく束の意思で出されていると見て良い』
「・・・けど、それなら何故一夏くんや妹さん達を拘束させるの・・・?」
委員達がそれぞれどこにいたのかは、私も知らない。
と言うより委員達も知らなかったはず、この世に存在しない情報。
けれど篠ノ之博士は、それすら無視して蹂躙した。
「それに、それがわかってもどうにもなりません。地下の委員会はあくまでも影の委員会。代表・代表候補生に与えられている命令は表からの命令・・・」
表は影の指令で命令書を作るから、影が掌握されている今それを止める法的手段が無い。
特に特別規約が「21人の委員の全会一致」で発動されている今、手が無い。
たとえその命令が、偽物だとわかっていても。
現に代表達は今、無人機の残骸を分け合ってそれぞれの国に持ち帰る作業の最中。
一夏くん達の身柄については、一度アラスカに護送された上で配置を決めるとだけ・・・。
・・・アラスカに、呼びたいの・・・?
『・・・アラスカに行く、許可が欲しい』
「・・・本気ですか?」
『ああ、そちらはそちらで策を進めておいてくれて構わない。私はアラスカに行き・・・可能ならば接触する』
「接触・・・・・・わかりました」
どの道、学園はしばらく機能しない。
ならば私は、更識家はかねてよりの盟約に従って行動する。
織斑先生との通信を切った後、私は背後を振り向く。
「さて・・・どうしましょうか、十蔵さん?」
「さぁ、どうしましょうね」
轡木十蔵、この学園の事実上の支配者。
まぁ、支配者は言い過ぎかもしれないけれど・・・。
十蔵さんは、いつも通りの穏やかな微笑みを浮かべるばかり。
「まぁ、しばらくここでキミとお茶が出来なくなるのは寂しいですね」
「まぁ、お上手ですね」
「ははは、いやいや」
さて・・・どうしようかな。
いろいろと、ね。
とりあえずは、本音ちゃんとシャルロットちゃんの回収かな・・・。
Side 篠ノ之 箒
あの後、いろいろと隠蔽工作をしてくれると言う本音と別れて、施設の外に出た。
外と言っても、汚水を外に排出・運搬するいわゆる下水口からの脱出だが。
学園施設に隣接する下水処理場から外に出ると、あたりはすっかり深夜になっていた。
「な、なぁ箒、俺達、なし崩し的にヤバいことしてないか?」
「仕方が無いだろう、それとも一夏、お前はあのまま捕まっていた方が良かったのか?」
「いや、そうじゃないけど・・・うわぁ、千冬姉に見つかったら何て言われるか」
「ぐ」
千冬さんに見つかったら、か。
確かに怖くはあるが、それでも・・・。
「それでも、私はもう見切りをつけた。吹っ切れたと言っても良い」
3年前、そして今日だ。
2度も良いようにされれば、もうたくさんだ。
言うことを聞いてやる義理も無い、ここを出て行くことに決めた。
それに・・・紅の装甲に包まれた私の腕の中で眠る妹を見つめる。
私の腕の中で、安心したように身を預けてくれる楓を。
・・・この子と、引き離されたくない。
この子を守ることで、きっと私は私でいられるから。
「・・・まぁ、束さんの例もあるからお尋ね者になるのは良いとしてさ。行くアテも無いだろ、まさか篠ノ之神社や俺の家に行くわけにもいかないし」
「ぐ」
ゆ、雪子叔母さんに迷惑をかけるわけには・・・今で十分、かけているような気もするが。
「金も無いし・・・ISがあるって言っても何の慰めにもならないし」
「む」
た、確かに金は無い。
しかし私は剣士だ、ボロを纏おうと心は錦、武士は食わねど高楊枝・・・。
「のほほんさんのことも気になるし・・・着ぐるみだけど」
「ぬ」
た、確かに本音のことは気がかりだ・・・感謝はしているが、楯無先輩達は何を考えているのか。
もしコレで、先輩方に何かあれば助けに行かざるを得ないだろう、本末転倒も甚だしい。
「それに、他の皆も・・・」
「く」
本音や楯無先輩達だけでなく、学園の友人達に迷惑をかけることになる。
クラスメートや、剣道部の皆・・・しかし、それでも。
このままここにいて、私や楓、一夏が無事でいられると言う保障が無い。
手前勝手ではあるが、私は・・・私達は、今は自分達の身を守ることを考える他ないと思う。
それ以外を考える余裕が、無いと思う。
「それに」
「ああ、もう、一夏。少しは前向きにだな・・・」
「さっきの、楓・・・」
「・・・」
・・・腕の中の妹を、そっと見つめる。
あどけない・・・私と同い年だとは思えない程に、どこか幼い私の双子の妹。
あの人の後をついていき、私に憧れを抱き、歩いて来たのだと言う妹を。
さっき、『生き返った』妹・・・楓を。
先程、本音は楓を怖がらせないように嘘を吐いた。
楓の心臓が止まっていた時間は、5分では無い。
・・・・・・15分だ。
「・・・そう言うことも、あるのだろう。医学的には」
「箒・・・」
信じてもいないことを口にして、私は楓を抱く腕に力を込める。
専門ではないから、心臓が止まって何分生きられるかなんてわからない。
だけど妹はこうして生きている、蘇生した、その事実だけがあれば十分じゃ無いか。
そう、十分だ・・・十分、なんだ。
きっと『黒叡(こくえい)』の指輪を嵌めたこととは、無関係なんだ・・・無関係に、決まってる。
関係があるなんて、あるわけが無い。
・・・絶対に。
Side 織斑 一夏
何かの本で読んだと思うんだけど、人間が心臓が止まって生きられる限界って・・・5分くらいじゃなかったっけ。
それ以上は、確か人工的な処置がどうこうってレベルで・・・つまり、楓が何の問題も無く生きてるのは、おかしいってことになる。
いや、もちろん生き返ってくれて嬉しいんだ、嬉しいんだけど。
楓が死んだってなった時は、それこそマジで怖かった。
だから生き返ってくれて、本当に嬉しかった。
だけど・・・。
「・・・とにかく、ここでこうしていても仕方が無い。一夏、とにかく学園から離れよう」
だけど、ああして大事そうに楓を抱いてる箒を見ると、何も言えなくなっちまう。
大切な宝物を抱えてる幼馴染に、「それはおかしい」なんて言えない。
どうしたもんかな・・・たぶん、束さんとかなら何か知ってる気がするんだけど。
「一夏、早く」
「あ、ああ・・・」
・・・そうなんだよな、今は学園から逃げなくちゃいけない。
どうしてこうなったのかはさっぱりだが、拘束されてたのは事実だし。
その過程で楓は一度死ん・・・呼吸が止まったわけだし、俺や箒だってどうなるかわからない。
だけど、やっぱりまず千冬姉に相談とかするべきだと思うんだよな。
・・・プライベート通信が出来ればなぁ、千冬姉はIS持ってないから。
うーん・・・何か、泥沼にハマってってる気がする。
のほほんさんのことも気になるし、楯無さんが何かしてるんだと思うんだけど・・・ああ、もう! 誰か俺に状況を教えてくれよ! 何もかも滅茶苦茶じゃないか!
「・・・まぁ、逆ギレしても何も変わらないんだけどな」
溜息を吐いて、『白式(びゃくしき)』を装着したまま下水の通路から外に出る。
俺も箒も、あと楓もISをステルス・モードにしてる・・・光学迷彩って奴だな。
だから、基本的に誰にも見つからないは
ガキュンッ!
・・・見つからない、そう思って踏み出した俺の足元に、見覚えのあるゴツい武装が突き刺さった。
何かなんて見るまでも無い、2本の青竜刀が合体した、黒い刃に赤の紋様が描かれた特殊な武装。
これは・・・『甲龍(シェンロン)』、鈴の「双天牙月」。
「・・・ISはね、相互のコア・ネットワークでお互いの機体がどこにあるのか、おおまかにわかるようにできてんのよ」
頭上から降りて来た声に、俺の頬に一滴の汗が伝う。
そうか、お尋ね者ってことは・・・。
「だから隠れたいなら光学迷彩や電子的な潜伏措置だけでなく、コア・ネットワークそのものからの潜伏(ステルス)設定が必要・・・テスト勉強を見てあげた時に、教えたでしょ」
「そう、だな・・・物覚えが悪いからな、俺」
顔を上げた先には、細い鉄塔の上で明る過ぎるくらいに明るい半分の月をバックに立つ、赤と黒のカラーリングのISが立ってる。
それを身につけているのはもちろん、黒髪にツインテールの・・・細い体躯の女の子。
・・・お尋ね者ってことは、そりゃ代表候補生に追われることもあるよな。
例えば、今、俺達の前にいる・・・。
セカンド幼馴染とか、さ・・・!
Side 凰 鈴音
2人・・・あるいは3人のISの位置を探って、こうして待ち伏せすることができた。
だけど正直、出会いたくなんて無かった。
間違いであってほしいと、これ程に願ったのは生まれて初めてだった。
「・・・警告してあげる」
青竜刀を量子化して回収、両手に再構成して構えながら静かに告げる。
実は腕部の『衝撃砲』が使えなかったりスラスターの出力が6割だったりと、ダメージが割と深刻なんだけど・・・それは、この際無理を通す。
眼下には、顔を歪めてる一夏と気を失った楓を抱えた箒。
「今すぐに元の場所に戻りなさい、そうすれば最悪の事態だけは回避できるわよ」
「いや、もうすでにこの時点で最悪の事態なんだが・・・」
「私が口添えてあげても良い。だからお願いよ一夏、戻って。誰がアンタ達をここまで誘導したのかは知らないけれど・・・」
静かに首を振って、溜息を吐く。
本当、誰がこんな余計なことをしたのか。
一夏達だけなら、こんな場所まで絶対に逃げられるはず何て無いんだから。
・・・心当たりは、そんなに多くは無いけど。
「アンタ達に力を貸した人間の名前を教えて、そしてISを大人しく提出さえすれば悪いようにはならないよう、私も頑張る。だから・・・」
「ISを提出、とは・・・・・・『黒叡(こくえい)』もか、鈴」
「当たり前じゃ無い」
箒の声に、微かに苛立ちを込めて告げる。
そう、そんなの当たり前のこと。
委員会に提出を求められたらISを提出する、そんなの議論の余地も無いくらいに当たり前のことよ。
それすらわからずにISに乗っているのだとすれば、それこそ別の意味で降りた方が良い。
「そうか」
一方の箒は、私の言葉に目を閉じて頷く。
そして次に目を開いた瞬間、全身から展開装甲のエネルギーを放出した。
紅の輝きが、噴き上がるエネルギーの余波と共に夜の闇を照らす。
「事情が変わった、絶対に逃げる」
「な、アンタね・・・!」
「『黒叡(こくえい)』は渡さない、何があってもだ」
・・・そんなに、妹が大事なのか何なのか、知らないけど。
「ふざけんじゃないわよ!?」
こっちもISからエネルギーを放出しながら、鉄塔を踏み折る勢いで体重を前にかける。
そう、ふざけてんじゃないわよ。
私がどんな想いで、ここに立ってると思ってるわけ!?
私が箒と睨み合ってると、一夏が慌てて間に入って来た。
「待て待て待て、落ち着け! 何でそんな喧嘩腰なんだよ!」
「・・・一夏」
「・・・何よ一夏、一夏は大人しく戻ってくれるわけ?」
私がそう言うと、一夏は酷く困った顔をした。
昔、何度も見た懐かしい顔で。
「いや、そう言うわけにも・・・」
・・・私の言葉を、聞いてくれない。
別にそれは珍しい事じゃ無いけど、この状況で箒を背中に庇いながら言われると。
まるで一夏が私より箒をとったみたいな感覚に陥って、胸が張り裂けそうなくらいに痛む。
でもそんなことは、私の胸が裂けようがどうしようがどうでも良い。
一夏達の事情は、わからない。
もしかしたら、楓が気絶してることと何か関係があるのかもしれない。
だけど、どんな事情でも一夏の助けになりたい。
一夏を助けてあげたい、守ってあげたい。
だから一夏、貴方達を・・・。
「・・・・・・拘束する!!」
問答をしても意味が無い、なら腕づくででも止めて見せる。
今ならまだ間に合う、他の誰かに見つかる前に私が拘束して戻らせる。
そうすれば、3人の罪を最小限度で留められるかもしれない。
「り・・・鈴・・・!」
「ちっくしょう、やるしか無いのかよ・・・!」
・・・ウイングスラスターと脚部を潰す!
それ以外に、一夏達を助ける手段が無い!!
そう決断して、私を2本の青竜刀を連結して・・・投擲する。
2人がそれを弾き飛ばしたら、衝撃砲を叩きつける意思を込めて。
だけど、連結青竜刀が一夏達に届くことは無かった。
どこかから放たれたショットガンの一撃が、私の青竜刀を正確に撃ち落としたから。
そしてこの攻撃パターンは、私も『甲龍(シェンロン)』も良く知っている物。
つまり、コレは。
「・・・シャルロット・・・ッ」
歯ぎしりしながら、私は私の邪魔をした奴を睨みつける。
硝煙を漂わせるショットガンを構えた、オレンジ色の機体を。
Side シャルロット・D・コルデ
「はい、一夏、箒」
「お、おう・・・?」
一夏達の傍に降りて、手に持っていた鞄を放り投げる。
中身は一夏や箒の部屋の私物、全部は流石に無理だったけどね。
お財布とか着替えとか、後は引き出しに入ってた小物をいくつか。
勝手に部屋の物に触ったのは、この際許してほしいな。
「行って、一夏、箒」
「な・・・シャルロット!」
「鈴のことは僕に任せて、2人は早く・・・楓を一刻も早く安全な場所へ。後ろからラウラが追ってきてるよ」
鈴の声を無視する形で、僕は一夏達に逃げるように告げる。
ちら・・・と下水処理施設の屋上を見つめながら、僕は一夏達を背中に隠すようにして鈴と対峙する。
そんな僕を、鈴が射殺さんばかりの眼光で睨みつけてくる。
「大丈夫、後で連絡する。そうすれば全部説明できるから・・・今はとにかく、逃げて」
「いや、でも」
「早く!!」
「・・・すまん、シャルロット。行くぞ、一夏」
「な、おい・・・ああ、もう!」
箒が一夏の腕を掴んで、PICの範囲に楓を含めてから、音速で飛ぶ。
第4世代の加速の速度は、僕や鈴の機体では追いつけない程に速い。
だからこうして、一度空に逃がしてしまえば追いつける機体は存在しない。
「一夏ぁっ!!」
「鈴・・・すまん!」
悲鳴のような声を上げる鈴、その声に胸が痛む。
本当にごめん、でも一夏を・・・3人をここで委員会の好きにさせるわけにはいかないんだ。
あの3人は、たぶん希望になるはずだから。
「・・・シャルロット・・・! アンタ、どう言うつもりよ!?」
「・・・・・・キミが本当はしたかったことを、したつもりだよ」
「はぁ!?」
「ここで一夏達を委員会に引き渡したら・・・鈴には、説明しなくても伝わると思う」
「だからって、ここで逃がしたってどうにもならないでしょうが!?」
頃合いを見計らって、更識家で保護する。
理由はわからないし、どうして出来るのかはわからないけど・・・会長はそう言ってた。
そのための準備は、10年前から出来てるって。
だけどそれを、鈴に教えるわけにはいかない。
「僕は鈴と違って候補生じゃない、だから委員会に背いて一夏達を守れる」
「・・・」
僕の言葉に、鈴の目の色が変わった。
嫌われた、かな。
でもそれも、仕方が無いと思う。
「だからキミがあくまでも一夏を追うなら、僕はそれを止めるよ」
「・・・上等、じゃない」
量子化・再構成で青竜刀を両手に持ちながら、鈴が低い声で言う。
「・・・私は一夏達を追う、追いかけて連れ戻す。そうじゃないと守れない、だからアンタをここで潰すわ」
「僕は一夏達を助けるよ、だからここで鈴を止めるんだ。行かせない」
両手に武器を呼び出しながら、鈴と睨み合う。
昨日の試合とは違う、実戦特有の重苦しい緊張感があたりを包んで行く。
「アンタのこと好きよ、シャルロット。でも私はそんなことに関係無く、アンタを殴れる」
「・・・うん、僕も鈴が大好きだよ。だけどそんなこととは関係無く、キミと戦える」
敵だからって、憎まなくちゃいけない理由は無い。
僕も鈴も、自惚れで無ければ友達だと思う。
それでも感情と戦闘は、心と任務は、まったく別の次元で行われる物だから。
だから愛し合っていても、認め合っていても、友達だろうと恋人だろうと。
それが役目なら、相手を倒し・・・殺すことができる。
それが、国家に所属する代表候補生と言う存在だから。
Side セシリア・オルコット
・・・潜伏(ステルス)モードで隠れていたのですが、流石はシャルロットさんですわね。
おそらく、コア・ネットワークから切り離した『ブルー・ティアーズ』の位置情報が「見つからない」ことを逆手に取り、狙撃手として配置されていると踏んだのでしょう。
そして、この下水処理施設で最も狙撃に向いたポイントであるこの場所に当たりをつけた。
その読みは的確で、シャルロットさんが邪魔で一夏さん達を撃てませんでしたわ。
追撃しようにも、この装備では第4世代の加速にはついていけませんし・・・。
「・・・撃てなくて良かった、と言う気持ちも皆無ではありませんけれど」
「何か言ったかしら、オルコット候補生」
「いえ、何でもありませんわ。アデリタ代表」
ここに配置されていたのは、私とスペイン代表のアデリタ代表。
事実上、ここの指揮官ですが・・・もう少しすれば、ラウラさんがアメリカのジーナ代表と共に下水口の中から出てくるはずですわ。
その意味では、すでに一夏さんと箒さんは包囲の輪を脱したと言えるのでしょう。
今度こそISを潜伏(ステルス)モードに設定したのか、『ブルー・ティアーズ』のセンサー類にも反応がありません。
「・・・器用な子ね、あのフランスの子」
「ええ・・・」
アデリタ代表の呟きに、今度は私が応じます。
私とアデリタ代表は、それぞれのISの狙撃スコープ越しに眼下の戦闘を見ています。
隙あらばシャルロットさんを撃墜するためですが、その隙がありません。
シャルロットさんは常に物陰か、あるいは鈴さんを盾として射線に身を晒すことがありません。
これでは、撃てません。
もちろん、鈴さんへの配慮を無視すれば撃てなくはありませんが・・・。
・・・積極的に撃ちたくないと言うのもありますが、ここでの戦闘にどれ程の意味があるのか。
『・・・欧州の取り分の輸送機への積み込みが完了した』
その時、欧州軍の専用チャネルにレディア代表から通信が入りました。
欧州の取り分と言うのは、昼間の無人機の残骸のことですわ。
コアは自壊してしまいましたが・・・欧州連合・日中・米豪の関係各国で分け合うことが決まり、『ゴーレムⅣ』の残骸も含めてそれぞれの国へ持ち帰ることになっています。
アジアは、日本のIS特務機関と中国のIS軍事部門へ。
欧州はティアーズ、レーゲン、テンペスタの生産企業へ。
太平洋同盟は、アメリカのアワー・アルレート社と豪州のヴィクトリア社へ。
中には外装がそのまま残っている物もありますので、かなりの研究価値があるでしょう。
「・・・一夏さん、箒さん、楓さん・・・」
レディア代表と通信で話すアデリタ代表を横目に、私はスコープから目を外して夜空を見上げます。
今はもう、見えなくなってしまった級友を。
・・・せめて、個人として無事を祈らせて頂きますわ。
Side 織斑 千冬
私が地上に上がった時には、すでに全てが遅かった。
すでに事態は動いていて、しかもそれは収拾不可能な状態に近かった。
私の考えが正しければ、この状況は1人の女の掌の上で起こっていることだと言うのに。
「・・・一夏ッ!!」
常人には見えない距離、それでも私には見える。
遥か遠方、学園島の施設の中から飛び立つ2条の光が。
それは、私の弟とアイツの妹達が学園の外へ飛び出した証でもある。
一夏と篠ノ之姉妹が、私の手から離れたことを意味する。
「・・・山田先生! 学園周囲に教師陣は巡回しているか!?」
『お、織斑先生? 今どこに・・・あ、巡回? いえ、それが委員会の命令で学園のISは封印措置が』
その回答に通信を切り、らしくも無く舌を打つ。
く・・・おそらくは、更識姉あたりが動いた結果だろうが。
それさえも、アイツの予定通りの可能性が高い。
そして我々が委員会の命令で動かされているように、もし・・・。
「・・・やはり、あの時に壊滅させておくべきだった!」
数年前は一夏を救出できたことで良しとしたが、それが今となっては裏目に出ている。
いや、一夏の命に関して心配はしていない。
あの連中にとって、おそらくあの3人は生きていてこそ価値があるはずだから。
だが、もし一夏があのことを聞いてしまったら。
10年前・・・60年前から続いて来た、IS開発の全貌を知ってしまったら。
『白騎士事件』の時代に、私に・・・私達に何があったのかを知ってしまったら。
一夏は、どう思うだろうか。
「お前だって、妹達に知られたくは無いだろうに・・・!」
ISのこと、そして我々の親のことを。
アレに手を出した結果を、お前は妹達に見せると言うのか。
もしそうだと言うならば、私は全力でお前を止めるぞ・・・10年前のように。
その時、一夏達が飛び立った後、学園区画に隣接する施設で爆発が起こった。
どうやらいくつかのISが戦闘を行っているらしい、私もそちらに向かわねばならないだろう。
教師陣が動けないとあれば、私しか強制的に事態を収拾できない。
だが・・・私もいつまでも、学園に留まっているわけにはいかない。
「・・・取り戻す、必ず!」
アレは、私のモノだ。
誰にも渡さない、私の家族だ。
私が守る、私のたった1人の弟。
相手が誰だろうと、必ず・・・そう、例えそれがお前だとしてもだ!
「・・・たぁばぁねえええええええええええええええええええええっっ!!」
Side シャルロット・D・コルデ
・・・セシリア(だと思う)に狙撃されないポイントを探りながらだから、動きに制約がある僕が不利。
でもそんなことは関係無く、鈴は強い。
しかも今の鈴は、必死だ。
一夏を・・・大切な人を助けようと、必死だ。
死に物狂いだと言っても、差し支えは無いと思う。
それこそ、僕のような細くて軽い人間は一撃でヘシ折られてしまう程に。
「・・・だけど!」
鈴の青竜刀との打ち合いに耐え切れずに砕けたブレードを捨てて、新しい武器を
だけど、僕だって一夏を助けたいと思ってる。
一夏は、僕に変わりたいと思わせてくれた恩人だから。
僕の窮地を救ってくれたのは会長だけど、きっかけをくれたのは一夏だから。
「悪いけど、キミを行かせるわけにはいかないんだ・・・!」
「どきなさいよ・・・私は、一夏を助ける!!」
「できない!」
「なら、無理矢理どかせるわ。早くしないと追いつけないから!」
・・・鈴の『甲龍(シェンロン)』の武装は、『衝撃砲』と青竜刀のみ。
パッケージも無いし、何か隠していたとしても数は少ないだろうから対処はできる。
今までの戦闘データで、大体の作戦は想像がつくよ。
だから、守りに徹していれば勝てないまでも負けることは無い。
「見せてあげるわ・・・『龍砲』のもう一つの使い方を!」
『衝撃砲』の・・・もう一つの、使い方?
プラフである可能性も考慮しながら、僕が身構えた次の瞬間。
『衝撃砲』が、これまでとは違う出力で火を噴いた。
それは砲弾と言うよりも、スラスターに近い形で。
「・・・!」
気が付いた時には、懐に飛び込まれていた。
下から斬り上げてくる暴風のような青竜刀を、紙一重で回避する。
鼻先を掠める切っ先、急速に後退・・・しようとした刹那、鈴の肩の『衝撃砲』が火を噴く。
その衝撃と勢いは、鈴の身体を機体ごと瞬間的に加速させる。
連続して放たれる『衝撃砲』は、鈴の動きをより直角に、より鋭角にと加速させていく。
『リヴァイヴ』のセンサーが、熱源が多過ぎて対処しきれずに警告音(アラート)を鳴らし続ける。
これじゃ、的を絞り切れない・・・!
「どけえええええええぇぇぇっっ!!」
「・・・かはっ!?」
胴体、青竜刀が直撃した。
シールド・エネルギーが大幅に削られる、防御を抜いて鈍い痛みが脳を焼く。
鈴の動きに、僕もISもついていけていない。
それでも攻撃を受けて後方に流されながら、左手に武装を展開する。
「おそおぉいっっ!!」
ゴウッ・・・豪風と共に、その左手の武装が青竜刀で砕かれる。
銃器の黒い破片が舞う中、今度は普通に『衝撃砲』が放たれる。
見えない砲弾が直撃して、大きなダメージを受ける。
そこから、青竜刀の嵐が僕を襲う。
「私は!」
ISの動きが鈍い、僕の高速切替(ラピッドスイッチ)に『リヴァイヴ』がついてこれない。
「一夏を!」
ISコアの稼働率が40%を超えられない、楓のセーブ機能が抑制しているから。
「守る!!」
ああ、鈴は強いなぁ・・・想いが明確で、真っ直ぐで、羨ましいよ。
そんな鈴だから、きっと一夏も信頼してたんだよね。
それに比べて、僕なんて・・・何も。
『だったら、ここにいろよ』
何も・・・。
『特記事項21だ、この学園にいれば、国や企業に帰属しないしで済むし、そう言う勧誘は本人の意思で断れるんだろ?』
『・・・良く覚えたね、55もある特記事項』
『勤勉なんだよ、俺は』
・・・何も、無い・・・はずが、無い。
僕だって・・・同じだ!
同じだけの想いを・・・持ってる、だから。
上から振り下ろされた青竜刀の刃を、『リヴァイヴ』の右腕で受け止める。
右腕の装甲にとてつも無い圧力がかかって一部が吹き飛ぶけど、それでも止めた。
豪風が収まり、静寂が戻る。
「・・・僕も、だよ」
「何、ですってぇ・・・?」
「僕も・・・・・・一夏を、守りたい・・・っ」
今まで出したことも無いような雄叫びを上げて、左足でハイキックを繰り出す。
鈴は青竜刀を手放して離れて、結果として僕の蹴りは鈴の青竜刀の一本を砕くことに成功する。
「守りたい・・・恩を、少しでも返せるように・・・だから!」
<ISコアエネルギー、200%蓄積完了>
「だから・・・ここで止める! 僕が! キミを・・・鈴!!」
<『アクセレラシィオン・システム』、発動します>
ISからの電子音声の直後、僕の『リヴァイヴ』の装甲の隙間からオレンジ色の粒子が溢れ出す。
今まで蓄積してきたエネルギーを、一気に解放したように。
そう言えば、楓が言っていた。
『本来50%の稼働率の所を40%に押さえて、10%分のエネルギーをコアの中に常時プールしておく』
『それは消えること無く次回の起動時に持ちこされる』
『そして、エネルギーが一定量に達したら・・・』
<Acceleration―une>
電子音と共に、『リヴァイヴ』の動きが加速する。
驚く鈴の懐に潜り込んで、今度は僕が攻勢に転じる。
一夏の所には、行かせない。
◆ ◆ ◆
―――――私は、一夏が好き。
―――――僕は、一夏に感謝してる。
―――――箒のことも好きだし、楓のことも好きよ、私の大事な友達。
―――――箒のことも楓のことも好きだよ、僕の大切な友達だから。
―――――だから、アンタを突破して追いかける。
―――――だからこそ、この身に代えてもキミを止める。
―――――でも、アンタを抜いた所でもう遅いってわかってる。
―――――だけど、キミを止めたとしても意味が無いことはわかってる。
―――――でも追う、追いかけて連れ戻す。
―――――それでも止める、3人ができるだけ遠くへ逃れられるように。
―――――それが、アイツらを助けることになるって信じてるから。
―――――そうすることで、あの3人を守ることに繋がると思っているから。
―――――だから必死になる、必死で・・・自分の全てを使う、だって。
―――――そのために全力を出し尽くす、全霊の力で・・・どうしてかって? それは。
―――――私は、一夏が・・・アイツらが。
―――――僕は一夏が、箒が、楓が。
「「大好きだから!!」」
◆ ◆ ◆
Side 凰 鈴音
「『Acceleration・・・due』!」
声が聞こえた時には、シャルロットの姿が視界から消えてる。
疾風(ラファール)、シャルロットの機体の名前の通りの動き。
吹き抜けて行く風のように、無駄なく自然に駆け抜けて行く。
「く、この・・・っ!」
青竜刀の腹を盾代わりにランダムに動き、『衝撃砲』で鋭角かつ急速に小刻みに移動を続ける。
昨日の試合でも少しだけ出したけど、『衝撃砲』の砲撃タイミングでPICの力を弱めればアトランダムな動きが可能になる。
まぁ、砲弾の逃がす場所によっては周囲に大損害を与えるわけだけど。
でも、その急速かつ変則的な動きにシャルロットはついて来る。
ついて来て、場面に応じて武装を持ち変えて攻撃を仕掛けてくる。
私の機体の装甲には絶えず実弾がぶつかり続け、『甲龍(シェンロン)』が悲鳴を上げる。
「このっ・・・」
・・・負けない。
負けられない、負けてたまるか、負けてなるものか。
ここで私が負けたら、誰が一夏達を助けてあげられるの・・・!
「・・・シャルロット!」
「ごめん、鈴。僕も退けない、だから・・・」
「・・・っ・・・な」
銃弾の雨の中から飛び出して来たオレンジ色の機体が、私の身体に蹴りを加えてくる。
その衝撃を『衝撃砲』で相殺しながら、地面を削りながら後退する。
背中に鈍い衝撃、施設の壁なり鉄塔なりにぶつかったんでしょ。
そして目前には、『
トドメに来ているのか・・・オレンジ色のエネルギーを背景に立つシャルロットは、びっくりするくらいに綺麗だと思う。
だけど、だけどね、シャルロット。
私を・・・私達を!!
「舐めんなああああああああああああああああああぁぁぁっっ!!」
―――――『甲龍(シェンロン)』!
我が朋友・・・私の姉妹(きょうだい)! お願いよ、力を貸して!
ほんの少しで良い、一夏を・・・私の大事な人を助けられるだけの力が欲しい!
<戦闘経験値が一定量に達しました。朋友、貴女の要請に応じる>
シャルロットのパイルバンカーが眼前に迫る、けれどそれは私の身体には届かない。
それが私の・・・『甲龍(シェンロン)』の装甲を吹き飛ばす直前、逆に『甲龍(シェンロン)』の装甲が輝きを発してシャルロットを弾き飛ばしたから。
「な・・・!」
「うあああぁぁ・・・っ」
身体に生まれた熱に浮かされて、変な声が漏れる。
一瞬、『甲龍(シェンロン)』の装甲が全て光の粒子に消える。
粒子が集まって目前に浮かんだ「それ」の柄を掴んだ次の瞬間、再び私の身体に赤黒い装甲が展開される。
大量のデータを内包した光の帯が消えさった後には、真新しい装甲に身を包んだ私がいる。
形状と紋様が変わって、それまで露出してた胸部や腹部に追加装甲、そしてパッケージ『風(フェン)』を思わせるウイング・スラスターが備わってる。
<
燭陰(ショクイン)・・・赤龍(チーロン)!
まさに甲龍・・・コウリュウの名に相応しいじゃない。
手にした「それ」を回転させて構えると、ナノマシンで構成された紅の炎が斬撃の跡を作る。
方天戟(ほうてんげき)、『燭陰(ショクイン)』。
それがこの武装の名前、槍の発展形にして我が祖国に伝わる武器。
「鈴、その姿・・・
「やるわよ、それくらい。私は、一夏を助けに行くんだから・・・!」
瞬時加速、これまでは不可能だった速度で動ける。
ISの動きがこれ程に軽快に、思い通りに動けたことは無いわ。
さっきまでついていけなかったシャルロットの動きに、今は私も『甲龍(シェンロン)』もついていけてる。
「・・・『Acceleration―trois』!」
そしてシャルロットも、最終段階に入る。
お互いに今さら退けないのはわかってる、ならとことんまでやるしか無い。
私は戟を持って突撃、シャルロットを向かい合って一旦止まる。
高速切替(ラピッドスイッチ)、シャルロットがアサルトライフルを手にした。
―――――戟を縦に振るって、砕いた。
高速切替(ラピッドスイッチ)、シャルロットがハンドガンを手にした。
―――――戟を横に振るって弾き飛ばす。
高速切替(ラピッドスイッチ)、シャルロットが連装式ショットガンを手にした。
―――――戟を回転させて弾丸を弾く、だけど左肩の『衝撃砲』が吹き飛ばされた。
高速切替(ラピッドスイッチ)、シャルロットがアサルトカノンを手にした。
―――――右肩の『衝撃砲』を撃ち抜かれる、けれどシャルロットの右腕の装甲を武装ごと砕いた。
高速切替(ラピッドスイッチ)、重機関銃を手にした。
―――――無数の弾丸に装甲を削られる、それでもその重機関銃を踏み砕いて壊した。
「うああああああああああああっ!!」
「はああああああああああああっ!!」
雄叫びを交わして、お互いのISにダメージを積み重ねて行く。
装甲を削って、武装を破壊して、回避して、防御して、壊し合う。
まだよ、まだ・・・だって、私は。
一夏を、助けるんだから!!
シャルロットの近接ブレードを半ばから戟でヘシ折って、最後の『衝撃砲』加速で懐に飛び込む。
下から戟を突き上げ、たたらを踏んでシャルロットがかわせば・・・チャンス!
そのまま戟を下へと斬り下げて、シャルロットを地面に押し倒す。
シャルロットの顔の横に戟の切っ先を突き刺し、足で胸を踏みつける。
この状態なら、もうシャルロットは動けない・・・・・・勝っ・・・。
「・・・ごめんね、鈴」
真下にいるシャルロットの目を、何かが覆う。
それはISに備えつけられている、対閃光・対ショックゴーグル、で・・・!?
私の顔に、小さな黒いプラスチック製の筒みたいな物があった。
私がシャルロットを倒す寸前に投げられていたらしいそれは、まさに今、落下してきた物で。
こ、れ・・・・・・スタン。
「閃光手榴弾(スタングレネード)」
それから暴力的な輝きが放たれる直前、私の胸にあらゆる感情が去来した。
失望感、無力感・・・あるいはそれ以外の何かだったかもしれない。
けれど、想ったことは一つだけ。
―――――い、ち
Side 篠ノ之 箒
IS学園の存在する人工島からかなりの距離を飛んだ段階で、一旦地表に降りた。
ISのステルス機能は起こしたまま、深い山の中に身を隠す。
どこかへ行こうにも、何も考えずに飛び出して来てしまったのだから。
「・・・シャルロットのISコアの反応がネットワークから切れたな」
「ああ・・・」
私の言葉に、隣で座り込んでいる一夏が重々しく頷く。
気持ちはわかる、私だってこれから先のことを考えると憂鬱にならざるを得ない。
鈴のコア反応は活きているから、単純にシャルロットがその場を逃れたと言うことだろう。
なら、ある程度の所で連絡してくれるだろうか・・・。
・・・いずれにせよ、私達のせいで鈴とシャルロットが衝突したのは事実だ。
その事実がまた、どうしようも無い感情を胸の内に生む。
もしかしたら、他の連中も私達を追ってくるかもしれない。
ただそれでも・・・。
「・・・『黒叡(こくえい)』は渡せない」
「・・・そうだな」
今度は単純な気遣いだろう、一夏が私の呟きに頷いてくれる。
『黒叡(こくえい)』と楓の体調は無関係だ、無関係に決まっている・・・が。
それでも、渡すわけにはいかない。
腕の中で穏やかに眠る妹の顔を見つめながら、私はそう決意する。
「・・・なぁ、相談なんだけどさ」
「言わないでもわかる」
一夏の言葉を遮って、最後まで言わせない。
言いたいことはわかってる、何を言うつもりなのかも。
そしておそらく、その提案はこの状況で最善に近い物なのかもしれないこともわかってる。
だが、感情が頷かない。
あの人・・・あの人に頼るのは、可能な限りしたくないから・・・。
「ま、まぁ・・・とりあえず、何か食い物でも探してくるよ。こう見えて山菜取りは得意なんだぜ?」
「子供の頃・・・道場で山に行ったな」
「そうそう! それで千冬姉と束さんがさー・・・・・・ええと、すまん」
・・・謝らなくて良い。
一夏が不器用ながら元気づけてくれようとしているのがわかって、それが純粋に嬉しい。
こんな状況で無ければ、さぞや胸は高鳴ったことだろうが・・・。
「・・・とんだ茶番だな」
・・・!
その時、「ぞわり」と肌が泡立つの感じた。
反射的に楓を抱えたまま前に跳び、背後からの脅威をかわす。
一夏と共に振り向いた時には、私達がもたれかかっていた巨木が横にズレて倒れていた。
そして木の葉が舞う中、姿を現したのは―――――濃厚な青色のIS。
その名は、『サイレント・ゼフィルス』。
「お前・・・っ」
「貴様、どうしてこんな所に!!」
意味がわからない、私達のISのステルスは完璧だったはずだ。
それなのになぜ、『サイレント・ゼフィルス』がここにいる・・・!
「オータムは、本当に無能だな・・・今頃、どこで待ちぼうけているのか」
「何だと?」
「いや、こちらの話だ・・・織斑一夏、篠ノ之箒、どうやら私と同じく世界の敵になったようだな」
「一緒にすんな! 誰がお前なんかと!」
バイザーをつけたまま唇を笑みの形に歪めた『サイレント・ゼフィルス』のパイロットは、つい・・・と指先を動かした。
その次の瞬間、私と一夏の周囲を射撃ビットとエネルギー・アンブレラが包囲する。
反応できなかった、だが・・・。
「この程度の武装で、私達をどうにかできると・・・」
「思っていないさ、お前達についてはな」
面白そうなその視線を追えば、奴は私の腕の中の楓を見ていた。
ISを身に着けていない、無防備な私の妹を。
・・・私がいかにPICの範囲に楓を収めていても、BTレーザーや高性能爆薬の衝撃から生身の楓を守れるかどうか。
「そう怖い顔をするな、篠ノ之箒。織斑一夏、瞬時加速(イグニッション・ブースト)に入るなら注意することだ、そのアンブレラはわずかでも触れれば自爆するように設定してあるからな」
「・・・!」
「・・・そう、それで良い」
愉快そうな声に、私は睨みつける視線に力を込める。
だが、視線で敵を倒せるわけでもない。
結局は、妹を抱いて歯ぎしりすることしかできない。
「そう睨むな、別にお前達を殺しに来たわけではない」
「何を今さら・・・」
「知りたくは無いか?」
一夏の言葉を遮って、奴が語りかけてくる。
唇に浮かんだ笑みは、より一層深くなっていく。
「なぁ、篠ノ之箒。お前の姉が10年前に何を作ったのか、知りたくは無いか?」
「何を、作った・・・?」
「なぁ、織斑一夏。お前の姉が10年前に何をしたのか、知りたくは無いか?」
「何をしたって・・・何のことだ、てめぇ!」
「お前達の姉がお前達のために、何をしたのか、知りたくは無いか?」
10年前・・・あの人が、何をしたのか。
あの人・・・いや、何だ、違う。
違う、何がだ・・・?
「篠ノ之箒、お前の姉がお前の妹に何をしたのか、知りたくは無いか?」
私の姉が、私の妹に・・・・・・何を、した?
あの人は、楓に何かしたのか。
そしてそれは、楓の体調のことに関係しているのか。
「織斑一夏、お前の姉がどうして現役を退いたのか、知りたくは無いか?」
千冬さんの引退の理由は・・・誰も知らない。
それこそ、弟の一夏も知らない。
だがコイツは、それを知っていると言うのか。
「お前の妹は、随分と具合が悪そうだな」
指摘されて、腕に抱く妹の顔を見る。
その顔色は、幼い頃を思わせる程に青白い。
ぎり・・・と、歯ぎしりする。
すぐに医者に診せたい、だが今は・・・。
「私達なら、お前の妹を救ってやれるぞ。理由は・・・そうだな、あえて言わない」
言わない。
その選択に、私の心が揺れる。
何だ、コイツは何を知っている・・・?
「ついてくるが良い、さもなくばこの場で篠ノ之楓を殺す。誘い、脅そう。そして、そうすることが・・・」
ゆっくりとした動作で、顔を覆うバイザーを外す。
軽い音が響いて外れたバイザーの下には・・・。
千冬さんと、同じ顔があった。
年齢の差があるが、しかし異常に似ている。
まるで、私と楓・・・双子の姉妹と言われても信じてしまいそうな。
だが顔を覆う笑みは、酷く歪んでいる。
「そうすることが、私の・・・「M」の、織斑マドカの、復讐なのだから」
織斑・・・マドカ。
一夏や千冬さんと同じ名字の少女は、壊れた笑い声を形の良い唇から漏らしていた。
その姿に私は本能的な恐怖を感じ、楓を抱く手に力を込めた・・・。
オータム:
・・・・・・あ、スコール?
いや、何かアイツら来なくて・・・あ? もう確保した?
はあああああああああああああああ!?
え、ちょ・・・マジか!?
じゃあ何だ、私がここで張ってんの無意味か!?
くおおおあああああああああっ!
またあのガキが「はっ、無能が」的な視線で見てくるじゃねーか畜生おおおおおおおおおおおおおっ!!
・・・・・・うん、ごめんスコール、落ち着く。
うん、うん・・・わかった、戻る。
良いんだ、スコールさえわかってくれてれば良いんだ、うん・・・。
ちょ、おま・・・通信でンなこと言うなよ、恥ずかしいだろ・・・。
えへへ・・・うん、すぐ戻るよ。
・・・スコール。