Side スコール
ロシア海軍ヤーセン級原子力潜水艦、アメリカ海軍バージニア級原子力潜水艦それぞれ3隻。
カナダ海軍ヴィクトリア級通常型潜水艦、ノルウェー海軍ウーラ級通常型潜水艦それぞれ1隻。
いわゆる北極海会議参加国中心の多国籍艦隊、合計8隻の潜水艦がこの施設を攻撃してきてるわね。
氷の上には、ロシアの原子力砕氷船を先頭に、ロシア海軍北方艦隊の重航空巡洋艦。
アラスカからアメリカ空軍の戦闘航空団と・・・そしてその陰に隠れる形で、米欧露のIS部隊。
氷上に米加の北極圏用装備の上陸部隊、それを支援する凍土装甲車を持つ欧州部隊。
相手はロシアも準加盟する、NATO軍か。
とはいえ決議が出てわずか3日、周到な準備の結果では無く即応部隊をただ動かしただけか・・・。
「アメリカ側からの侵攻は想定していたけれど、さて、誰がロシアを動かしたのか・・・」
何しろ、ロシアは私達をアメリカへの盾として利用していた所があるから。
ある意味、IS保有数でアメリカに劣る分、私達を頼みにしていたはずだけど。
まぁ、アメリカとしては中東とアジアに兵力を割かれている分、ロシアの兵力をアテにしているのでしょうけど。
しかし現実として、米ロ2強国が一致して私達を攻めている。
幸いなのは、ここが北極海の氷の下ということね。
これ程に攻めにくい地形も、そうは無いでしょう。
まぁ、この程度はハンデとして認めてほしい物だわ。
ただこのハンデは、通常兵装の軍相手には効いてもISには効果が無い。
「オータム、あの子達を逃がしてあげて頂戴。D-4のルートでね」
『あ? それは良いけどよ、何でそんな遠回りのルートで・・・』
「良いから、言う通りにして頂戴」
『・・・わかったよ。で、お前は?』
「私も私で何とかするわ、基地と心中するつもりは無いもの」
基地の司令機能を集約した中枢室で、私はオータムに通信を繋ぐ。
何しろ人が少ないから、私が全部をしなければならないのよ。
基地周辺の軍事状況を見ながら、さてどうしようかしらと考える。
意外と、楽しい作業よ。
どうすれば、最も効率的に全てが思い通りになるのかを考えるのは。
まぁ、あの悪魔には敵わないでしょうけど。
と言うより、あの悪魔は私達なんて気にも留めていないのでしょうけど。
それでも、あの子達に貴女への疑念を埋め込むことはできるのよ。
「・・・まぁ、そうは言っても時間は必要だから」
目前に浮かぶ無数のウィンドウの中から1つを選んで、通信を繋ぐ。
おそらくは、この基地で最大の戦力。
鼻持ちならない、私達の妹分へ。
Side 織斑 マドカ
500メートル程度の海中であれば、ISのシールドならばいくらでも潜っていられる。
もちろん、空気やら酸素やらの配慮は必要だろうが。
だがそれでも、私の『サイレント・ゼフィルス』にとっては大した物では無い。
「了解した、スコール。これより敵の排除行動に入る。だが・・・」
『・・・ええ、チフユ・オリムラが来るまでで良いわ』
「・・・良し」
ねぇさんが来る。
これは予測では無い、確信だ。
私の・・・あの氷の上に、ねぇさんがいる! 私にはわかる!
くふふふ・・・ねぇさんが聞いたら、どんな顔をするだろうか。
あの織斑一夏が、どんな顔で私に接していたか。
私にねぇさんのことを聞きたいが、素直に聞けないというあの顔を見たら、どう思うだろうか。
目前に餌をブラ下げられた犬のような顔で、私に接していたと知れば。
いったい、どんな顔で・・・悔しがって、くれるだろうか。
「あぁ・・・」
冷たい水の中―――PICのシールドの中は、適温に保たれているが―――で、私は自分の身体を抱いた。
ねぇさんと全てが同じな、この身体を。
胸の奥から湧き上がる衝動を、抑えきれない。
もう・・・我慢しなくて、良いのだと。
『でもエム、外部の人間は殺してはダメよ。誰1人としてね』
「あぁ・・・ああ、わかっているさ、スコール。それが、それだけが我ら『亡国機業(ファントム・タスク)』の唯一にして無二の矜持」
私としては、どうでも良い矜持だが。
まぁ、スコールにはスコールなりのこだわりがあるのだろう、詳しくは興味が無い。
元より宇宙空間での使用を想定されているこの機体、海中であろうと射撃ビットは問題無く動かせる。
とは言え、BTレーザーで焼けばそれだけで潜水艦は沈む。
そうなれば、乗組員は全滅だろう・・・欠陥の多い乗り物だ。
そんなことを考えた矢先、『サイレント・ゼフィルス』のセンサーが海中を高速で突き進んでくる物体を複数捉えた。
「ふん、アメリカのMkシリーズとロシアのVAシリーズか・・・1発200万ドルもする物を良くもポンポン使える物だ」
してもいない感心をしながら、私は射撃ビットを展開する。
それぞれに個別にシールドを付与した上で、目前に迫る魚雷の群れにそれぞれ突撃させる。
加えてシールド・アンブレラも展開、横に広げて撃ち漏らしの魚雷も防ぐ。
上は氷だ、戦闘艦の配備もままなるまい。
そしてこの震度では、ごく一部の潜水艦しか機能しえない。
機雷は敷設されるとしても遥か頭上だ、まさに我らの基地は守りやすい。
「私達3人しか、ISを持っていないがな」
織斑一夏達にはここが「本拠地(ホーム)」と言ったが、それは半分正しく半分外れだ。
ここはあくまで機業のIS部門・・・つまりスコールのチームの拠点(ホーム)に過ぎない。
機業の幹部会が存在する本拠地(ホーム)は、別に存在する。
リスクヘッジと言う奴だな、私には関係ないが。
「弾切れまで、あとどれくらいかな・・・」
無駄な魚雷を撃ち込んでいる相手を眺めやって、そう呟く。
攻撃が無意味だと悟れば、勝手に撤退するだろう。
そしてその時こそ、ねぇさんが来る・・・。
私の復讐の時間が、始まる。
そう思えば、この退屈な時間も大した労力では無い。
そうだろう、ねぇさん・・・?
Side 織斑 一夏
<警告、本施設はこれより深部潜航状態に入ります。総員は速やかに中心の隔離域内に・・・>
「おい、何かヤバいこと言ってるぞ!」
「ままま、待って待って、まだマップをアップロード出来て無いから!」
とにかく、ヤバいことになってるってのはわかる状況。
いつまでもこんな所にいるわけにもいかないから、とにかく逃げないといけない。
楓が言うには、ISさえ身に着けていればどんな状況・状態でも生きてはいけるってことだけど。
「でも、急がないと子供達が危ない!」
「この状況で他の人を心配するとか、流石は一夏さんと言いたい!」
半分泣きそうになりながら空中投影のキーボードを叩いている楓、ほとんどヤケクソになっている。
正直すまないと思うけど、だけどやっぱり俺にはアイツらを見捨てられない。
自分達も危ない状況で、しかも楓や箒達まで巻き込んでやることじゃない。
けど、子供を捨てるってことが俺にはできない。
正義感じゃない、親に捨てられた俺が子供を見捨てたら・・・そう思う。
きっと、千冬姉もそうするだろうし。
千冬姉なら、もっと簡単に全てを助けてしまうのだろう・・・。
「ごめんな、2人とも。マップだけ渡してくれたら、2人は先に・・・」
「・・・先に逃げろ、そう言ったら私はお前を許さないぞ、一夏」
身勝手だと思うけど、2人まで付き合うことは無い・・・と思ったら、箒がどこか怒った風に機先を制して来た。
静かに楓の作業を見守っていた箒が、腕を組んだまま俺を睨んで。
「共にIS学園を抜けた時から、私達3人は運命共同体だったはずだ。それとも、そう思っていたのは私だけだったのか、お前にとっての私達はその程度でしかなかったのか」
「いや、そう言うわけじゃないけど。でも危ないだろ、だから先に」
「それが水くさいと言うのだ!」
「あー、もー! 人の頭の上で騒がないでよー!!」
と、俺達が騒いでいると・・・食堂(だと思う、いつもここで飯食ってたし)の自動扉が開いた。
やってることがやってることだから身構えてそっちを向くと、8本脚の独特な形状を持つISを身に着けた女が呆れたような顔で立っていた。
「・・・何をやってんだ、このガキ」
「あたっ」
「な・・・き、貴様!」
かと思えば、そのままツカツカ歩いて来てハッキング中の楓の頭をハタいた。
当然、箒がキレるわけだが・・・オータムは「あーはいはい」と取り合わない。
前から思ってたけど、コイツ実は凄いよな・・・いろいろな意味で。
「おら、今ので私のISからマップ送信されたろ」
「え・・・あ、ホントだ」
「そこに載ってるD-04ってルートあるだろ、それ使って逃げな。私ら用の脱出口があるから、ISで逃げ・・・あ、潜伏(ステルス)設定忘れるなよ」
「え、あ、はい・・・」
矢継ぎ早に言われて、楓は目を白黒させてる。
だけど、何でコイツが俺達を逃がそうと・・・?
「・・・罠だな」
「お前らみたいなガキを罠に嵌めて、私らに得があんのかよ。自惚れんなよクソガキ共、自分らが特別だとでも思ったら大間違いだ、タコ」
「じゃあ、何で」
「スコールの命令だよ、他に何かあんのか? 別に私はお前らなんて死んで良いと思ってんだがな」
あまりに心底嫌そうな顔で言うので、たぶんオータムは俺らを本気で嫌ってるんだろう。
厄介者、せいぜいがそんな所だろう。
未だに疑いの気持ちを捨てることが出来ない俺達に、オータムは苛立たしげに後ろの扉を指で示して。
「おら、さっさと行けよ。ここはもうすぐ戦場だ、お前らがいると邪魔で戦争が出来ねぇ」
「こ・・・子供達は、クムリナちゃん達は・・・?」
「お前らみたいなガキにガキ共の面倒が見れるわけねぇだろクソが。アイツらの面倒は私が責任をもって見てやるよ、貴重な投資対象だからな、回収できるまでは私達が責任を負う」
お前らみたいなガキとは、違うんだよ。
オータムみたいな最低な奴にそんなことを言われても、俺は。
俺には、何の力も無かった。
それが、悔しくて仕方が無い。
悔しいよ、千冬姉・・・。
Side 織斑 千冬
・・・何となく誰かに呼ばれた気がして、私は空を見上げた。
北極の空は白い、日本の空ともアラスカの空とも違う。
肌を刺すような空気は、否応なく人間の感覚を削いでいく程に冷たい。
「いや、お前、スーツ姿でンな感想言われてもな・・・」
「軍用ISをそんな色にカラーリングする奴に、感性を疑われたくない」
「潜伏(ステルス)にすりゃ色は関係ねーし、ウチの軍じゃ割と普通だぜ?」
そんなアメリカ軍は、嫌だ。
ちなみに私の傍で呆れたように声を出すのは、虎模様(タイガー・ストライプ)のIS『ファング・クエイク』を装着したイーリスだ。
アメリカのIS部隊を率いている女で、実際、周囲には奴と色違いの(まともな軍用色)の同型機を身に着けた連中がいる。
ちなみに私は、学園時代と変わらないスーツを着用している。
私はISを展開しないからな、こんな物だろう。
当然、いかに私でもスーツで北極は厳しい。
ここでこうしていられるのは、ISのPICで覆って貰っているからだ。
「・・・更識姉、その手の動きをやめろ」
「え、何のことですか織斑先生。これは『ミステリアス・レイディ』のPICの範囲を決めるのに必要な動きなんですよ」
「・・・・・・そうか」
・・・私の周りの女は、どうしてこうも妙な性格の奴ばかりなんだ。
ISを身に着けた更識姉がここにいるのは、ロシア代表ということもあるが・・・もっと別の役割のためにでもある。
何しろ、下にいる一夏達を他の軍に知られずに匿わねばならないからな。
もちろん、この件に関しては・・・。
「しっかしチフユよぉ。お前どうやってウチの大統領(プレジデント)説得したんだ? 議会工作もやたらに早かったし・・・」
「・・・企業秘密だ」
今の大統領(プレジデント)のことは、正直に言って良くは知らない。
だが、「米国大統領」とは10年前から契約をしている。
それだけでは無く、様々な組織と・・・例えば。
「・・・シャルロットちゃんも、潜伏(ステルス)設定で先行してます」
そっと囁く更識姉の言葉に、イーリス達に気付かれないように頷く。
・・・例えば、更識家とかな。
先代楯無には、随分と世話になったな・・・。
・・・痛みだ。
左胸の痛みが徐々に強まるのを感じながら、氷下の弟を想う。
一夏、心配するな。
今、私が行って全てを片付けてやる。
Side オータム
あー・・・ったく、ガキの相手ってのは本当にイラっとするぜ。
青臭い正義感だり姉妹の絆だりで馬鹿みたいに動いて、それでテロリストの本拠地でハッキングだぁ?
どんな馬鹿だ、超弩級の馬鹿だな、すぐに死ぬタイプだ。
ったく、ガキは大人しくそこらの喫茶店ででもキャイキャイ騒いでりゃ良いんだよ。
何を好き好んでISなんて手に入れて、戦ったりなんてしてんだか。
本当に超弩級の馬鹿だな、後先考えねぇガキは本当に鬱陶しいぜ。
だから私は、ガキが嫌いだ。
「・・・本当に嫌いだよ、ガキは」
あのガキ共を逃がした後、ガキ共・・・ああ、面倒だなこの区別。
織斑と篠ノ之の3代目をスコールの言ったルートで逃がした後、私はこの施設で匿った遺伝子強化素体(アドヴァンスド)のガキ共が寝起きしてる部屋に行った。
織斑にも言ったが、アイツらの面倒は私が見無けりゃいけねぇからな。
まぁ、私も似たような境遇だからな、だからわかることあんだよ。
「ああ、嫌いだ、ガキなんて・・・」
格闘モードにした『アラクネ』の8本の脚部の先に下げた「それ」を、大部屋の床に投げ捨てる。
何かそれなりに重い物が落ちる音と、少し粘り気のある液体が跳ねる音が響く。
手に持っていたハンドガンを捨てて、それが床と打ち合って鳴らす音に眉を顰める。
一歩動けば、にちゃり、と嫌な感触と音が響く。
私にとっちゃ慣れた音だし、大した感慨も湧かねぇ。
けど、やっぱ嫌いだ。
「ひぃ、ふぅ、みぃ・・・・・・これで15人、全員だな」
私達『亡国機業(ファントム・タスク)』は、殺しはしない。
他の部門ではどうだか知らないが、少なくとも私達スコールのチームはしない。
相手に死者を出してしまえば、それは亡国の意思とは無関係になってしまうからだ。
まぁ、もっと言えばスコールのこだわりみてぇなモンらしいけどな。
「ガキを始末するってのは・・・本当、気分が悪いな」
その場に膝を吐いて、転がしたガキの目に手を添えて閉じてやる。
赤い・・・血の海に沈んだガキの目を。
たった今、私が始末・・・殺したガキの目を。
ああ、そういやコイツは篠ノ之の・・・どっちかのスカートめくってやがったかな、あの時は大爆笑したもんだぜ。
立ち上がって周囲を見れば、他のガキ共も似たような状態で転がってる。
ベッドのシーツは血を吸って重そうだし、壁紙や天井はもう使い物にはならねぇだろうな。
合わせて15人、全員私が『アラクネ』で殺した。
コイツらはガキだが機業の構成員だ、だから組織を守るために組織の他のメンバーに殺される義務がある。
まぁ、それは私やスコールも条件は同じだ・・・それに連れて逃げる余裕も残念ながら無ぇ。
「・・・外の連中に捕まったら、もっと酷い目に合うんだからよ」
実験室に送られるか、軍の研究所で飼われるか・・・どんな状態にしても、人間扱いはされない。
何しろ遺伝子弄って生まれた「存在しない子供」だからな、実験材料にはうってつけだろ。
コイツらは・・・私は、多かれ少なかれそう言う目に合って生まれてきたんだからよ。
だから、ここで殺しておくんだ。
これ以上、外の連中に弄ばれねぇように。
私が殺してやった方が、苦しまずに死なせてやれるからな。
半分は寝てる時に殺せたからな、死んだことにも気付いてねぇだろ・・・。
「・・・・・・悪ぃな」
できれば、もう少しマシな人生にしてやりたかったが。
次に生まれる時は、ちゃんと銀のスプーンを咥えて母親の胎(はら)から生まれてくるんだぜ。
・・・ともかく、これで全員の始末はつけたな。
後は、私らがここからトンズラして、施設は囮として潜航させて・・・。
・・・そういや、篠ノ之の妹の方、何か変なこと言ってやがったな。
くむ・・・なんだったか、そんな名前のガキのことを気にしていやがったが。
・・・そんなガキ、いたっけな。
「いや、でも全員の名前はちゃんと覚えてたはず・・・」
なんだが、と言葉を続けようとした、次の瞬間。
『アラクネ』の警告音に気付いた時には、全部が遅い。
腹を、何かに貫かれるような灼熱感を感じた。
Side スコール
「・・・オータム・・・?」
突然、私の機体とオータムの『アラクネ』のリンクが解けた。
オータムと私はどんな時でも、お互いの安否や挙動がわかるようにお互いの機体をリンクさせていた。
それが解けた、それが意味することはたった一つ。
私は無事、ならばオータムの側に何らかの問題が発生したのね。
しかも、リンクを切断しなければならない程に切迫した事情で。
確か、オータムはあの3人をD-04ルートに誘導した後・・・。
「画像投影、G-10ルーム」
<了解、画像投影G-10―――――投影不能、リアルタイムでのデータに破損アリ>
「・・・できない?」
今の映像を映せない・・・つまり全てのカメラが破壊されたか。
代わりに映し出されたのは、過去の映像。
あの大部屋で、子供達と遊ぶあの3人の映像・・・いえ。
1人だけ、篠ノ之楓だけが不自然ね。
「1人」で本を読んで、何をしているのか・・・いえ、今はそれは良いわね。
問題はオータムと連絡が取れないことね、もしかするとすでに敵兵がいた・・・?
しかし、私の機体に気付かれずにこの施設内で行動することはできないはず。
できるとすれば、それは私の機体の能力を抜く術を持つ、あの・・・。
<警告、第04、07格納庫に異常発生>
・・・来たわね、考えをまとめるには遅すぎる、か。
子供達とオータムのことはひとまず置いて、私は別の映像に目を向ける。
そこには、ちょうどエムが敵の潜水艦隊を迎撃しているのとは反対側から侵入してきた敵の制圧部隊の姿が映し出されている。
ちょうど、施設の後ろ左と右の格納庫・・・07はともかく、04はちょっと不味いわね。
制圧部隊は・・・当然だけど、IS部隊ね。
こちらには私、オータム、エムの3機しかISは無い。
後は、対IS装備の少数の武装兵と通常兵装の武装構成員が数十名のみ。
残りは整備や施設管理、その他雑務を遂行するスタッフのみ。
さて、構成員達は身の処し方をそれぞれ知っているからとりあえず良いとして。
「私も、そろそろ時間ね・・・」
あらゆる意味で、私の時間は少ない。
彼女と違って、施設管理のためにISを常に起動状態にしている分、進行が早い。
それに、あの子達に出くわすためにはここからも離れないと・・・。
「じゃあ、最後の仕掛けに行きましょうか」
D-04のルートは、この中枢室から最も近いルート。
施設内で高速移動するのは、初めてだけどね。
だけど、これも先々のためには必要なこと。
あの、夢見がちの坊やとお嬢さんに。
ISとは何かを、本当の意味で教えてあげないといけないから。
そう思い、決断して、徐々に痛みを増して来た左胸を意識から外して。
私は、その場を後にした。
Side 篠ノ之 箒
フォーメーションは、私が先頭、私の後ろに楓、そして殿(しんがり)に一夏。
楓には戦闘技能が無いし、何よりルート設定や情報の面でサポートして貰わねばならない。
現に私の視界のハイパーセンサーには、楓の管理するこの施設の地図が映し出されている。
「・・・なぁ、楓。子供達の様子ってわかるか?」
「え、えー・・・っと、ちょっと待ってね」
「一夏、楓の仕事を増やすな」
「すまん、でも気になって・・・」
「気持ちはわかるが・・・」
私とて、それなりの時間を過ごしたあの子達のことは気になる。
だが・・・正直に言って、一夏ほどに無条件に心配できるかと言えば、そうでも無い。
この短期間で、私は随分と心の狭い人間になってしまったのかもしれない。
私の最優先事項は、楓を守りながら一夏と逃げること。
それ以外のことを考えている余裕が、私には無い。
楓はどうだかはわからないが、こう言う時には一夏が凄いと感じる。
そう言えば、臨海学校の時も密漁船を守ろうとしていたか・・・私には、できなかったが。
「あ、あれ・・・映像が出ない、おかしいな」
「出ない? 故障か何かか?」
「ううん、箒姉さん。違うけど・・・子供達のことは、ちょっとわかんないかな。他のカメラにも映ってないみたいだし・・・」
今や、楓の『黒叡(こくえい)』にはこの施設の8割方の情報が入ってきている。
それでも映らないとなると・・・どう考えるべきか。
そう考えつつも、私を先頭に通路を進む。
だがさらにいくらか進んだ所で、私の後ろの2人が立ち止まる気配を感じた。
振り向けば、困った顔の楓と思い詰めた顔の一夏・・・。
・・・正直、嫌な予感がした。
「・・・悪い、箒、楓。俺やっぱり様子を見てくるよ」
「いやいやいやいや、落ち着こうよ一夏さん。状況、状況を考えようよ。前にも同じことを言った覚えがあるけど」
「いや、でもやっぱ・・・俺、放っておけないんだ!」
「気持ちは、そりゃ、わかるけど・・・わかるけどもっ」
「お前達、何を揉めているんだ!?」
聞くまでも無いことだが、あえて聞いた。
どうも、一夏はやはりあの子供達のことが気になるらしい。
確かにここまで、不自然な程に誰にも出会わなかったが・・・。
「一夏・・・」
「箒、悪い。楓のこと頼むな」
「一夏さん!? もうすぐ出口だよ!? あと道一本進んだ所に第04格・・・一夏さん!?」
「一夏!」
私達の制止を振り切って、白い鎧を展開した一夏は瞬時加速(イグニッション・ブースト)で瞬時に姿を消した。
瞬時加速の残すエネルギーの余波から妹を庇いながら、私は心の中で確かに舌打ちをした。
追うか、と思ったまさにその瞬間だ、後ろの方で何か大きな音がした。
これまでに聞いたことも無い音だが、床を通じて伝わる衝撃とISのハイパーセンサーが拾う複数の人間の声は、とてもではないが平時のそれでは無いとわかる。
「な、何・・・?」
「・・・わからん」
腕に抱えた妹と、一夏が行ってしまった通路の先を交互に見て。
私は確かに、胸の奥に苛立ちを感じた。
何故、こうも・・・裏目に出てしまうのか!
Side 篠ノ之 楓
―――――ねぇ、束お姉ちゃんはどうして『IS』を作ったの?
―――――ん~? うふふ、それはねぇ、皆でこの星から出て行きたいな~って思ったからだよ?
―――――宇宙に、行きたかった・・・の・・・?
いつか束お姉ちゃんと交わした言葉が、私の頭の中で再生される。
束お姉ちゃんは、宇宙に行くためにISを作った。
そりゃ、作りっぱなしでいろいろ迷惑をかけることもあるけど。
行き過ぎて、恨みを買っちゃうことも一度や二度じゃないし。
もしかしたら、IS学園のことに何か関係してるのかも・・・って、思ったりもしたけれど。
だけど、私はまだ束お姉ちゃんの「皆で宇宙に行きたい」って言葉を信じてるんだよ。
それに少なくとも、束お姉ちゃんは。
「・・・皆、何、してる・・・の・・・」
束お姉ちゃんは、少なくとも。
「・・・何、を・・・」
人殺しのために、ISを作ったんじゃないよ―――――!
「楓・・・っ」
ふらふらと外に出ようとした私を、はっと気付いた箒姉さんが抱き締めて止める。
そこは、いくつかあるこの施設の格納庫の一つ。
私達がいるのは3階部分で、壁面に備えられた鉄製の細い通路から下を見ることができる。
そしてそこでは、ISと人の戦闘が行われていた。
戦闘と言う名の、人殺しが行われていた。
ここは水中だからか、壁に開けられた穴から海水が物凄い勢いで流れ込んできてる。
その穴を塞ごうとしてるISが見えるけど、それよりも目を引くのは別の所。
あの形状は、たぶんアメリカの第3世代『ファング・クエイク』・・・でも、今は種別なんて意味が無い。
「ねぇ、箒姉さん。あの人達は何をしているの・・・」
「見るな、見ないで良い・・・!」
もう、見てしまった。
私が息を切らせて走ってきて、下を見た時には。
虎模様(タイガー・ストライプ)の『ファング・クエイク』が、格納庫の積荷をバリケードに対IS用に改造された機銃を撃っていた人達を、積荷ごと殴り飛ばしていた所を。
もちろん、生身の人間に「絶対防御」なんていう便利な機能は無い。
ISの剛腕に殴り飛ばされれば、タダじゃ済まない。
私が見た時には、人間の頭が吹き飛ば―――――。
「・・・っ、うぇ・・・っ」
「楓・・・く、とにかくここを・・・っ」
その瞬間の光景がフラッシュバックして、反射的に口元に手を当てる。
半ば引き摺るように、箒姉さんが私を元来た通路へと戻してくれる。
そしてその間にも、格納庫からは怒声と悲鳴、爆発音と何かがグシャリと潰れる音が聞こえる。
「・・・殺・・・抵抗を排・・・!」
女の人の声かな、指揮官っぽいことを言っていた気がする。
殺せ・・・って言ってる。
人を殺せと、そう叫んでる。
ISを使って、人を殺せ、殺せ、殺せ・・・。
・・・ラウラさんやセシリアさんに、どうしてISに乗っているのかって聞いた時。
祖国のためだって、皆は答えた。
個々人で細かい理由は違うけど、基本的には自分の国のためだって。
それなのに・・・。
「ISを人殺しに使うことが、自分の国のためになるの?」
ISだけじゃない、他にもいっぱい、ある。
国のために人殺しをする道具を、たくさん使ってる。
その中にはお姉ちゃんみたいに、全く別のことのために作った物もあるのに。
どうして皆、それを人殺しに使うの?
「ねぇ、箒姉さん・・・何で、どうして」
「楓・・・」
「何で皆、そんなに人を殺したいの―――――!?」
「楓!!」
箒姉さんに引き摺られて、十字路みたいな通路に出た所で肩を掴まれる。
正面から、両肩を掴まれて・・・びくっ、と震える。
「落ち着け、私の目を見ろ、ゆっくりだ」
「で、でも、でも・・・」
「見ろ!」
震えながら、箒姉さんの強い目を見る。
惹かれてやまない、綺麗な目を見る。
そのまましばらくすると、何とか私も落ち着いて来て。
「・・・ご、ごめんなさい・・・」
「いや、無理も無い。私も胸がバクバクしてる。とにかくこちらからは無理だ、一夏と合流して別の出口から出るしか無いな」
「う、うん・・・」
肩を離された後、掴まれていた場所を擦りながら、箒姉さんの言葉に頷く。
少し、落ち着いたけど・・・。
でも、私のさっきの光景が焼き付いたまま離れない。
ISを・・・あんなコトに使うなんて。
何て・・・。
「何て・・・醜いのでしょうね」
ドキリ、とした。
自分の心の声が外に漏れたのかと思ったけれど、そんなはずも無く。
その言葉は、私以外の誰かが喋った言葉。
箒姉さんでも無い・・・けど、知ってる声だった。
「お優しい楓さま・・・あのような者達の行為に心を痛められて」
コツッ・・・と、一夏さんが行った方でも格納庫の側からでも無い、十字路の別の通路から足音が聞こえる。
視線を向ければ、そこには・・・長い銀髪、閉じた瞳、日に当たったことが無いみたいな白い肌。
似てるだけじゃ無い、髪の短いクムリナちゃんとは違う・・・本当の。
「さぁ、不肖この私(わたくし)が、お迎えにあがりました」
十字路の中心にまで歩み出て、そっと誘うように手を伸ばしてくる。
それはまるで、ダンスでも誘うような優雅さで。
場違いなくらい、綺麗だった。
「共に参りましょう、箒さま、楓さま・・・・・・束さまが、お2人を心待ちにしておいでです」
本物のくーちゃんさんが、そこいた。
数ヵ月前に別れたあの日と、変わらない姿と笑顔で。
Side 織斑 千冬
事前に更識姉から仕入れていた情報によると、ここは第07格納庫と言うらしいな。
もう片方にはイーリスが突入したようだが、ここには私と更識姉、そして・・・。
「ふぅ、何とか制圧しました」
「流石はシャルロットちゃん、強い強い。おねーさん感心しちゃうわ♪」
「いや、会長も働いてくださいよ・・・」
潜伏(ステルス)モードで海中に先行していたシャルロットと、私を連れて来た更識姉がいる。
本命はあくまでも04格納庫のイーリス達で、制圧もあっちの仕事だ。
しかし、これ以上の手伝い・・・と言うより、配慮は無い。
だがここまで我々の行動を黙認して貰っているだけでも、私と更識姉が払った代償は大きい。
まぁ、一夏のためなら安い物だ。
「いや、私の家にとっては安く無いんですけどね」
「そうか、それはすまないな。後で本人から徴収してやってくれ」
「事実上のツケ宣言ですか・・・」
そう言えば、更識の家とはそれなりの付き合いになるな。
先代楯無には随分と世話になったが・・・17代目も、なかなかに良い仕事をする。
先代に比べると、今の楯無は良く自分で動くようだが。
それも、妹と言う存在がいればこそかな。
「では、2人は篠ノ之姉妹を探して来い。私は一夏を探す」
「あ、はい・・・でも、私達が見つけた場合は」
「その場合は殴ってでも私の所へ連れて来い。私が殴るまで気絶させるなよ」
シャルロットの「うわぁ・・・」と言いたげな視線を受け流しながら、更識姉に目配せをする。
更識姉は苦笑しながら頷くと、引き続けているシャルロットを連れて施設の奥へと消えて行った。
周囲に倒れている機業の構成員には目もくれず、ただ奥を目指す。
さて・・・そろそろか。
先程から、チリチリと脳を焦がすかのような不快な気持ちを感じる。
そして私は、先ほど更識姉が塞いだ壁の侵入口を見据える。
そこには特殊な器具が取りつけてあり、アリーナのシールドと同種の半透明の壁が出来ている。
それが、海水の浸入を防いでいるわけだが・・・。
「・・・来たか・・・」
不意に、火花を散らして壁面に幾筋もの線が走る。
そして次の瞬間、膨大な海水が中に侵入を始める。
しかしその穴は、再び塞がれることになる。
空けられた穴から、海水と共に入って来た深い青色のISによって。
イギリスから強奪されたと言う第3世代機、『サイレント・ゼフィルス』。
操縦者は小柄な小娘だ、黒髪・・・瞳と顔は、バイザーで見えない。
だが、それが誰なのか私にはわかる。
私が立ち位置を変えて正面から向き合う形になる間に、その小娘はバイザーを外して投げ捨てる。
そこに現れるのは、憎々しい色に染まった黒い瞳だ。
「やっと・・・会えた・・・っ」
そいつの口から漏れた声は、何と言うか、場違いなことに。
長く離れていた家族に再会でもしたかのような、感動の色が見え隠れしていた。
・・・私の家族は。
・・・・・・一夏だけだ。
篠ノ之楓:
ISは、人を殺すために作られたわけじゃない。
もっと・・・もっと、優しい目的のために作られた物。
私は、そう信じてる。
束お姉ちゃんを、信じてる。
妹の私が信じないで、誰が信じるの。
信じて良いよね。
束お姉ちゃん・・・。