Side 織斑 一夏
ここの所、毎日のように入ってた大部屋に踏み込む。
するとそこは、いつもは寝室と繋がった遊び場で明るすぎるくらいだったのに、薄暗かった。
どうやら、照明が壊れているらしい。
俺は『白式(びゃくしき)』のセンサーを暗視用に切り替えながら、歩こうとして・・・。
「うおっ・・・と?」
何かが足にぶつかって、コケそうになった。
危ない・・・と思った時、『白式(びゃくしき)』の足が何かに沈む込むような感触がした。
ニチャッ、と嫌な音を立てた、まるで水を吸って重くなった絨毯を踏んだみたいな感触だった。
何だ・・・と思った時、ISのハイパーセンサーが暗視用のそれに切り替わった。
大部屋の中が、良く見えるようになる。
そして見た瞬間、俺は。
「・・・ひっ・・・」
情けない声を挙げて、腰を抜かした。
ISを身に着けたまま、尻餅をついて後ずさる。
それでも目を逸らすこともできずに、俺はそれを見続ける。
濁った水みたいな物が手について、慌てて払う。
だけどそれは、妙な粘り気を持っていて取れなかった。
「な、何・・・何だ、何で・・・」
んぐっ、と唾を飲み込みながら、俺は何とか呼吸を続ける。
気を強く持たないと、息ができない気がした。
正直、気絶しなかった自分を褒めてやりたいくらいだ。
声をかけるくらいはした方が良いだろうか、だけど無意味な気がした。
ISが示す数値は、「生命反応、ゼロ」。
そして、箒や楓を連れてこなくて良かったと思う。
女の子には、ショッキング過ぎるだろうから。
と言うか、俺にもショッキング過ぎる。
吐きそうになる口元を押さえようとして、手がそもそも汚れていることに気付いてやめる。
「・・・アイツ、オータム、あの、野郎・・・!」
自己防衛、わかってるけど他に意識を向ける。
オータム、子供達の面倒は見ると言い切ってやがったあの女。
ここの所、一緒に過ごしてたから忘れてたけど・・・やっぱり、ただの、人殺しじゃねぇか!
こんな・・・こんな、事を、して。
「・・・つあ・・・っ」
突然、だった。
急に、頭が痛くなる。
何と言うか、頭の中心を鍼で刺された後にグチャグチャやられるみたいな、そんな痛みだ。
周りが見えなくなるくらいの、激痛。
「な、何、だ・・・くそ・・・っ」
たまらず、何とか立ち上がって・・・ふらふらの足取りで、通路に出る。
反対側の壁に身体を押し当てて、何とか身体を支える。
俺の身体についた赤い液体が、壁に擦りつけられる。
俺は両手で頭を押さえて、霞む視界で何とか前を睨む。
すると、ISの画面に楓から貰ったマップのコピーがいつの間にか展開されていた。
そこには、赤いラインでルートが設定されていて・・・。
「こっちに・・・行けってのか、『白式(びゃくしき)』・・・?」
ズズ、ン・・・と、施設が揺れる。
俺はもう一度だけ、大部屋の方を見ようとして・・・途中で、やめた。
・・・ごめん・・・。
「ぐっ・・・くそ・・・」
再び強まった頭の痛みに、顔を顰めると・・・両方の頬が、透明な滴で濡れている気がした。
怖ぇ・・・情けねぇ・・・何で、俺は。
何で俺は、何もできねぇんだよ・・・!
どうしようもない気持ちを、抱えながら。
それでも俺は、もう一度前に進み始めた。
進むしか、無かった。
◆ ◆ ◆
「・・・危なかったですね」
白いISが見えなくなったのを見計らって、大部屋から通路に出て来た者がいる。
それは、美しい少女だった。
銀の髪に白い肌、閉ざされた瞳に細い体躯・・・身体には、潜伏(ステルス)状態の
「ここで一夏さまに見つけられると、いろいろと仕事に支障が出ますので・・・後で、お詫びを申し上げておかなければ」
本当に・・・本当に申し訳なさそうに、少女は告げる。
肩のあたりで切り揃えた髪を片手でかき上げ、ふともう片方の手に持っている物を見る。
するとその表情は、小さな・・・しかしどこか歪んだ笑みへと変わる。
その手に持っているのは、灰色の丸い掌サイズの球体だった。
朱色の液体に濡れたそれを、目を細めて見つめて・・・。
少女はISの光学迷彩を起動して、その場から姿を消した。
忽然と・・・突然と。
「・・・さて、向こうの私が楓さまと箒さまを守る間に、仕事を終わらさなければ」
◆ ◆ ◆
Side 織斑 千冬
・・・数年前のことだ。
私が、第2回のモンド・グロッソの決勝戦に臨もうとしていた時のことだ。
まぁ、世界大会なんぞには興味が無かったが、賞金(せいかつひ)は魅力的だったからな。
だが私は、決勝戦で棄権せざるを得なかった。
理由は単純にして明快、弟が「謎の組織」に誘拐されたからだ。
謎の組織・・・つまりは亡国機業(ファントム・タスク)が、一夏を誘拐したからだ。
だから決勝戦を蹴って、弟を助けに行った。
何か、間違っている所があるか?
「さて、翻って・・・お前は、何なんだろうな」
一夏を誘拐した理由は、実の所よくわかっていない。
おそらくは私の機体・・・『暮桜(くれざくら)』を狙ってのことだろう。
あるいは、私の命、だな。
あの時は、随分と大仰なお出迎えをされた覚えがある。
一夏の所に行くのを邪魔した連中は、悉く壊してやったがな。
「実際の所、なるほどお前は私に良く似ている。異常な似方だが・・・だが、私に似ているわけじゃない」
一夏はコイツを見て、間違いなく私を連想するだろう。
それはアイツが、知らないからだ。
自分の母親の顔を、知らないからだ。
写真の一枚も見たことが無いのだから、仕方が無いがな。
「お前は・・・・・・織斑四春(ははおや)の娘、か?」
一夏に、両親の話をしたことは無い。
蒸発したとしか、伝えていない。
どうやって蒸発したかも、伝えていない。
それでも私は母親の・・・織斑四春の「娘」だ。
似ているのは当然だ、何しろ「遺伝子的に同じ」なのだからな。
となると、目の前のこの小娘も、また。
「いいや、違うよ、ねぇさん」
だが目の前の小娘は、私を見て歪んだ笑みを見せる。
笑んだまま、私の考えを否定する。
自分は、私と同じ存在では無いと告げる。
「私は、織斑一夏と同じ存在だよ」
一夏と、同じ存在。
エムだかマドカ知らないが、小娘がそうほざく。
「それはあり得ない」
一夏が生まれた瞬間を、私は誰よりも近くで見ていたのだから。
アイツは間違いなく、1人で生まれて来た。
一夏と同い年に近いこんな娘が、一夏と同じであるはずが無い。
もし、可能性があるとすれば・・・。
「・・・まさか」
「そうだよ、ねぇさん・・・織斑一夏が生まれ落ちた直後、織斑四春が蒸発した。その後、秋三も蒸発する・・・・・・2人はすでに、この世に亡い。何者かが今は亡きIS委員会に引き渡したのさ・・・」
あの日、あの夜。
産まれたばかりの一夏の目の前で、四春は消えた。
秋三も数年後に、妻を探して消えた。
残されたのは、私達2人だけだった。
だが・・・そこに、「続き」があるのだとすれば。
「・・・そして、私が産まれた・・・!」
緩やかに海水が浸入する格納庫の中で、私はその声を聞く。
織斑マドカの声には、あらゆる感情が込められていた。
その感情の名を、憎悪と言う。
Side 篠ノ之 箒
「くーちゃんさん!」
「く・・・くーちゃん?」
妹の喜色に満ちた声に、少し困惑する。
聞き慣れない名前だ・・・と言うより、名前なのかそれは。
くーちゃん、どう考えてもあだ名のようだが・・・。
だが、先程まで格納庫の出来事にショックを受けていた楓は、そのくーちゃんとやらの姿を認めると、私の手を離れて駆けて行った。
あ、おい・・・と呼びかける間も無く、楓はくーちゃんとやらに飛びつく。
「くーちゃんさん!」
「楓さま」
くーちゃんとやらは12、13歳程なので楓よりも若干小さい、そのため楓の胸に顔を埋めるようにしながら楓を抱き止めていた。
な、何だ? やけに親しそうだが・・・。
「お、おい、楓・・・」
「あ、ごめん箒姉さん。箒姉さんは、初めて会うよね?」
「あ、ああ・・・」
「この子はね、くーちゃんさん。束お姉ちゃんの所で、3年間一緒に住んでました!」
束お姉ちゃんの所で、3年間一緒に住んでいた。
その言葉に、私は1歩下がる気持ちだった。
束・・・あの人の、姉さんの所で、一緒に?
まさか、このタイミングであの人の名前を聞くことになるとは思わなかった。
「初めまして、箒さま。私(わたくし)、束さまより『くーちゃん』と呼ばれてございます。どうぞ親しみと愛着を込めて、そのまま『くーちゃん』とお呼びください」
にっこりと笑って、くーちゃんとやらは挨拶してきた。
どう言う関係かは具体的には知らないが、あの人に親しくされているということはわかる。
だが・・・何と言うか、独特な容姿をした女の子だった。
銀の髪・・・は、ラウラで見慣れているから良いとしても、盲目なのか、眼が閉ざされている。
吹けば飛びそうな細い身体は、とてもではないが鍛えているようにも・・・。
・・・こいつは、どこから来たんだ?
ここは、『亡国機業(ファントム・タスク)』の拠点(ホーム)のはずだ。
それなのに、身一つでこんな所で偶然に出会うことなどあり得ない。
「お前は・・・」
「はい、箒さま。私、箒さまと楓さまをお迎えに参ったのです。束さまが、お2人に会いたがっておいでですので」
「束お姉ちゃんが?」
「ええ、とても会いたがっておいででした。私を遣わされたのは、そのためなのです」
喜色を浮かべる楓とは違って、私はやはり1歩下がる想いだった。
この娘がどんな存在なのかはともかく、あの人が私に会いたいと言う話を聞いては。
私としては、下がらざるを得ない。
そして、その下がった分だけ致命的になった。
始まりは、隔壁の閉鎖だ。
十字路の内、3方向の通路までもの隔壁が何重にも閉ざされる。
私がそれに気を引かれた、次の瞬間だった。
「くーちゃんさん!?」
顔を戻した時には、床に尻餅をついている楓と。
楓を突き飛ばしたのか、腕を出したくーちゃん、そして。
その腕が、赤い液体を撒き散らしながら宙を舞っていた―――――。
Side 篠ノ之 楓
いきなり、くーちゃんさんに突き飛ばされた。
クムリナちゃんはただのそっくりさん・・・だったのかもだけど、私と箒姉さんを迎えに来てくれたくーちゃんさんは、一緒に過ごしてたあのくーちゃんさんで。
「くーちゃんさん!?」
ピピッ・・・叫ぶ私の頬に、何かの液体がかかる。
私の両目の視界には、くるくると綺麗に回る何かが飛んでるのが見えてる。
そしてそれは、私を突き飛ばしたくーちゃんさんの―――――左腕。
それが、少し離れた位置の床に落ちるのと同時にようやく意識が現実に戻る。
目の前では、くーちゃんさんが左手のことは何も気にしていないように動いていて。
ゆっくりと、隔壁に閉ざされていない方の通路を見て・・・黄金色の光に、今度は身体を貫かれた。
金色のレーザーが幾筋も走って、くーちゃんさんの細くて小さな身体を撃ち抜いて行く。
「く・・・くーちゃんさん!!」
「楓!!」
飛び出そうとした所を、箒姉さんに後ろから抱かれて止められた。
その数瞬の間にくーちゃんさんの身体が吹き飛んで、隔壁まで転がって止まる。
それからは、動かなくなった。
動かなくなったくーちゃんさんの身体の下からは・・・どんどん、赤い液体が流れ出てて。
それは、さっき見た格納庫の人よりも、生々しくて。
心臓を、ぎゅっと掴まれたかのような感覚に陥る。
「見るな・・・!」
両眼を、箒姉さんの腕で塞がれる。
視界が消えたことで、むしろ消えた正解の中で、さっきの光景が延々とリピートされることになる。
飛んだ左手、黄金の矢で撃ち抜かれるくーちゃんさん。
倒れて、もう動かない。
「・・・ふー・・・っ・・・ふー・・・っ・・・」
呼吸が、心臓の鼓動が、早く、深く。
瞳が熱い、喉が痛い、胸が苦しい。
「・・・スコール・・・ッ!」
耳元で、箒姉さんの声がする。
視界は戻らない、自分の呼吸音がやけに大きく聞こえる。
「貴様、いきなり、なんのつもりだ!? やはり、所詮はテロリストか・・・!」
「・・・まぁ、こんな状況でも妹を守ろうとする度胸は、買うけれど」
ガシャッ・・・と響くのは、たぶんスコールさんのISの駆動音。
音は、そう遠く無い。
そして他にわかることは、たぶん今のがスコールさんの仕業と言うこと。
スコールさんが・・・くーちゃん、さんを。
「フー・・・ッ、フー・・・ッ」
ISで、くーちゃんさんを、死なせ・・・殺し、て。
格納庫の映像が、フラッシュバックする。
ISを使って、人殺しをする人達。
人、殺し。
「貴様らは、殺しはしないのでは無かったか・・・!」
「もちろん、「人」殺しはしない主義よ。一応はね」
「何を、わけのわからないことを・・・!」
人、殺し。
人殺し、人殺し、人殺し。
ISを、何だと、思って。
「フゥー・・・ッ、フゥー・・・ッ、フゥー・・・ッ」
人を、殺すために、ISを、使う。
束お姉ちゃんが、優しさで作った物を、勝手に。
勝手に、人殺しに使って・・・人を、くーちゃん、さんを。
殺、し、て・・・。
悪いのは、IS?
違う。
悪いのは、悪いのは、悪いのは。
「・・・楓?」
悪いのは、それを使う人間。
人間が、悪い。
人間が・・・お前らが、悪い。
優しい人が作った物を、人殺しに使う、お前らが。
『いつかわかるよ、楓ちゃんも。それから、箒ちゃんもさ』
に ん げ ん な ん て
『取るに足らない、ゴミだってことにね』
人間なんて、人間なんて、人間なんて。
こんな・・・こんな、こんな!
こんな物を見たくて、私はあの障子の向こう側に憧れたわけじゃ。
こんな汚ないモノを見るくらいなら。
「ふぅー・・・っ・・・!」
< Trismegistus System - copycat mode >
こんな汚ないモノを見るくらいなら。
そんなモノは、無かった方が良かった。
―――――作り直して、やる。
◆ ◆ ◆
「どぅおぉりゃあっ!!」
雄叫びと共に、虎模様(タイガー・ストライプ)のISがバリケードごと人間を吹き飛ばす。
吹き飛ばすという表現は、この場合は少し優し過ぎる表現になる。
何しろ相手は生身の人間であり、パワータイプの彼女のISで「殴る」ということは・・・言ってしまえば、速度無制限道路(アウトバーン)を走る自動車の前に人間を投げ込むような物なのだから。
「コーリング隊長、第1~3地点(ポイント)制圧完了しました!」
「おーし、後は出入り口付近だけだな」
イーリス・コーリング・・・アメリカ代表、空軍所属の士官でもある。
彼女は自身の『ファング』隊を率いて、国際テロ組織『亡国機業(ファントム・タスク)』の拠点を制圧しろと命令を受けている。
情報の出所や確度、外部の情勢や国内外の政治動向などは、イーリスは興味が無かった。
イーリスのすべきことは一つ、命令の完遂。
それ以外のことには興味が無いし、そういうわかりやすい仕事だからこそ、彼女は今でも前線勤務を好んでいる。
彼女は両手の装甲にこびり付いた敵兵の血を払うと、グルグルと肩を回した。
「うーし、んじゃ残りも制圧すっぞお前ら。先頭私、右側面ジェシカ、左側面ミーシュ、エレンとウーゴは援護」
「「「「アイ・マム!!」」」」
「うし、んじゃあ行くぞ・・・・・・3、2、1、go! go! go!」
前の行動から次の行動へ、彼女と部下は瞬時に動く。
そしてそれを、対IS措置が取られた特殊な弾丸が迎え撃つ。
『亡国機業(ファントム・タスク)』の格納庫スタッフであり、武装兵も混じっている。
しかしISが出てこない限りにおいて、全員がISを持つイーリス達の敵にはなり得ない。
彼女らはこれまでにも、中東やアジアのテロ組織を相手に豊富な戦闘経験を・・・。
「・・・お?」
不意に、イーリス達は自分の身体が重くなるのを感じた。
そして擦過する弾丸がイーリスの頬を掠め、赤い液体が流れた時・・・。
・・・イーリスは、迷わず部下達に撤退を命じた。
「うおおおおおおおおおおおおおおおっ!?」
部下達共々、自分達がこれまで突破してきたバリケードに身を隠す。
ちなみにこのバリケード、亡国機業(ファントム・タスク)製である。
「た、隊長! ISが起動しないであります!」
「何のコントだ畜生!」
憤慨するイーリス、その視界に黒い粒子のような物体が映っていた。
そして、ISの突然の不調。
この状態を、一応はイーリスも報告書では聞いている。
これは・・・。
◆ ◆ ◆
Side 織斑 一夏
頭が、痛い。
何と言うか、中学の時にバイトし過ぎて倒れた時に似てる気がする。
目を開けてるのが辛い、目の奥が痛い感じだ。
「・・・っ、くそ・・・っ」
壁に手をついて、頭を軽く振って痛みを飛ばそうとする。
それでも、痛みは継続する。
足は自分の物じゃないみたいに進むけど、歩いてる感覚が無い。
目の前では相変わらず、マップとそれに記されたルート設定。
段々視界が霞んできた、でも自分の行き先はわかる。
第・・・07、格納庫・・・?
「・・・アレは」
カシャッ・・・と、通路の先にあった手摺に寄りかかる。
壁面に沿って作られた鉄製の通路で、眼下には広い格納庫が見える。
無数の積荷に折り重なるように、大人の男が倒れてて・・・格納庫の床には、海水なのか水が流れ落ちてる。
そして、低い位置に積まれた荷物の上で腕を組んで立ってるのは・・・。
「・・・って、千冬姉!? え、何でいんの!?」
頭の痛みは横に置いて、俺は思わず身を乗り出した。
いや、マジで千冬姉か!?
しかも学園にいた時と同じで、こんな所でも黒のスーツて・・・しかも。
「あれは・・・エム!?」
しかも、エムまでいた。
こっちは完全にISで武装していて、今にも千冬姉に飛びかかりそうな・・・。
・・・何か、話してる?
普通は聞こえないはずだけど、『白式(びゃくしき)』が音を拾ってくれる。
「私は・・・人工受精で生まれた、試験管ベビーだ。硝子と培養液が私の母体、戦うために私は生まれた、だがそれは良い・・・・・・私が、お前を許せないのは」
・・・何の話だ?
「私がお前を許せないのは、お前が自分の役割から逃げたことだ! 『オリジナル・コア』も砕かず、篠ノ之束も殺さない。お前のせいで私は産まれた、生み出された。祈りも願いのしないのに、勝手に1人で造り出されたんだ!!」
エムは・・・見ただけでわかるけど、怒っていた。
怒鳴っていた、それまでの超然とした態度がウソみたいに。
感情のままに、叫んでいた。
この感情は・・・たぶん、憎悪って言うんだろうか。
だけど、それに対して千冬姉は。
「知らないな、そんなことは」
超然と、腕を組んだまま答えた。
感情も何も無い、「私には関係無い」という態度で。
「誰に言われるまでも無い、束は私が殴る。だがそれは役割云々では無く・・・殴りたいからだ。そして殺すつもりは、無い。何故なら」
「何故なら・・・?」
「私にとっては、弟との生活が全てだからだ」
弟が、全て。
・・・・・・その割に、学園とかで優しくされた覚えが無いんだけども、千冬姉。
だけど、俺も同じだ。
俺も、千冬姉に幸せになってほしいし・・・助けになりたいって、ずっと思ってた。
今の所、何も返せて無いけど。
「・・・ふふ・・・く、ははは・・・っ、ふふ、ふふふふ・・・っ」
・・・何だ? エムの奴、俯いたまま笑い始めやがった。
何と言うか、不気味だぞ。
千冬姉も、訝しげに首を傾げている。
「・・・何がおかしい」
「お、弟・・・弟か、なるほど、いや何度聞いても笑えるな・・・弟、か!」
・・・ッ!
『白式(びゃくしき)』のセンサーが、『サイレント・ゼフィルス』の銃剣にエネルギーが充填されるのを察知した。
それに気付いた次の瞬間には、俺は手摺に足を乗せていた。
「千冬姉ッ!!」
俺が呼ぶと、千冬姉は俺の方を見た。
すげぇ、驚いた顔してる・・・珍しいな。
だけどそのせいで、エムの方への警戒が遅れる。
だから、俺が瞬時加速で飛び出す。
千冬姉は・・・俺が、守る!!
Side 織斑 千冬
視界を、一陣の白い風が駆ける。
それが私の前に舞い降りると同時に、足元に衝撃が走った。
ぐらり、と足場にしていた積荷が揺れるが、倒れるまではならなかった。
まぁ、私にとってはどんな衝撃も意味を成さないのだが。
髪が風に靡き、エネルギーが鎬を削って紫電を走らせる。
靡く髪はそのままに、私は組んでいた腕を解いた。
そして、叫ぶ。
「―――――一夏ッ!?」
「千冬姉、大丈夫か!?」
「織斑・・・一夏!!」
私の目前で、一夏がマドカと刃を交えていた。
『サイレント・ゼフィルス』の銃剣と『白式(びゃくしき)』の『雪片(ゆきひら)』が鎬を削り、蒼と白のエネルギーが絡み合うようにあたりに放電されていた。
「邪魔を・・・するな!」
金属が削れるような音を立てて、銃剣が雪片の刃を滑る。
風を切るように回転し、瞬時に3連続で雪片の刀身が撃ち据えられる。
一夏は雪片の刀身に腕を押し当てるようにしながらその衝撃に耐えて、脚部のブースターを吹かせて逆に押し返そうとする。
「千冬姉、下がってくれ!!」
一夏の必死な声に、ようやく我に返る。
自分の処理速度の遅さに内心で舌打ちしつつ、腕を振って声を張る。
「馬鹿者、お前こそ逃げろ! お前では勝てない!」
「勝てる勝てないじゃ、無い!」
半歩下がった後に1歩進み、たたらを踏んだマドカに上段からの斬り下げ。
それを受けて、マドカが弾かれるように離れる。
一夏は雪片を振り切った体勢のまま、私の方を見て。
「そんなことは関係無い・・・俺は、千冬姉を守りたいんだよ!」
一夏。
一夏、一夏・・・一夏。
私の弟、私の全て。
私の持たない輝きを持つ、強い瞳の子。
「は・・・ははっ、滑稽だな、織斑一夏・・・いや、にぃさんっ!!」
そして・・・マドカ。
何もかもが私に似過ぎた、「妹」を名乗る少女。
昏い輝きを放つ瞳が、一夏を射抜くように睨む。
「うるせぇ、お前なんか妹じゃねぇよ!」
「妹さ! そしてそこにいる姉は、お前が想っているような奴じゃ・・・」
「俺が千冬姉をどう思ってるかだって? ああ言ってやる、何度でも言ってやるさ」
ヒュ、ヒュヒュンッ・・・白剣で空を斬り、名乗りを挙げるように一夏が叫び返す。
「千冬姉は・・・俺の姉ちゃんだ。誰よりも綺麗で、誰よりも強い! そして俺は、その弟だ・・・だから、千冬姉は、俺が守る!!」
目を閉じて・・・その言葉を反芻する。
一夏の想いを、噛み締める。
胸の奥の痛みが、その答えだった。
Side 更識 楯無
施設の中枢室には、意外なことに誰もいなかった。
土砂降りの名を持つあの女がいるとばかり思ったけれど、本当に意外ね。
少し引っかかるけど・・・あまり、この施設の防衛自体にはこだわって無いのかもしれないわね。
「データは・・・見事に消されちゃってるわね」
「そうですね・・・まぁ、当たり前の対応と言えば、そうですけど」
シャルロットちゃんと2人、この潜航施設の中枢室でデータを洗う。
どうも特定のパスワードを入力すると、自動的に重要な物からデータが消去されていく仕組みだったみたいね。
さて、マップは織斑先生から貰ったので何とかなるけれど・・・ただ各所で隔壁が落ちまくってたから、ここまで来るのに複雑な遠回りをさせられたのよね。
もしかしたら、それが目的なのかもしれないけれど。
・・・でも、拠点にしては人員の配置が少なすぎる気がする。
スタッフもそうだけど、更識で掴んでる情報とISの数が合わない。
「・・・まさか」
脳裏に、あの金髪の・・・「お構い無しの雨」の名を持つ女の顔が浮かぶ。
かつて交わした言葉の中から、その思想を読み取る。
そして私が知る限りのISの秘密と、重ね合わせる。
その行動を、可能な限りシミュレートする。
「・・・仕方無いわね。シャルロットちゃん、行きましょうか」
「え、もう良いんですか?」
「拾える情報は拾ったし・・・それにたぶんだけど、ここには・・・」
「・・・何です?」
「ええ、一夏くんと箒ちゃんと・・・楓ちゃんのIS反応をようやく掴んだから」
戦闘に入ったからか、3人のISの潜伏(ステルス)設定が解除されてた。
と言うか一夏くんとは、入れ違いになったっぽいわね。
箒ちゃんと楓ちゃんは、そう遠く無い。
そして、2人の近くにもう1機・・・この反応は、知っている機体ね。
「シャルロットちゃん、拾えた情報はあった?」
「いえ、やっぱりほとんどデータが壊されてて・・・」
「そう、残念ね」
言葉ほどには、残念じゃ無いけど。
だけど、もし私が考える通りなら・・・あの人、スコールは。
「・・・死ぬつもり、なのかしらね」
共感はするけど、だけど彼女に同情はしないわ。
彼女と私では、違うもの。
出会う所が違えば・・・なんて、映画みたいな台詞があるけれど。
だって彼女は、諦めたのだから。
亡国機業(ファントム・タスク)のスコール、本名は―――――。
世界で2番目に三次移行(サード・シフト)を果たした、IS操縦者・・・。
Side スコール
Trismegistus・・・トリスメギストス、
その語源は、世界の神秘を味わいつくそうとした古物収集家・研究者にあると言う説もある。
三倍の意味については諸説あるけれど、共通するのは知識の宝庫であると言うこと。
世界の全てから盗み取った知識でもって、「彼女」は世界に君臨する。
其は、黒き叡智。
「そう・・・コレが、ISの秘密よ」
黒い・・・知識と情報を盗み取り、対象をこの世の理に縛るナノマシン。
その奔流の中で、私は呟く。
けれどこの呟きは、相手の耳に確実に届く。
植え付けるのは、疑念。
あの悪魔に対する、疑念そのもの。
その疑念が、いずれあの悪魔を殺してくれる。
ISという「寄生虫」から、世界を守ってくれると・・・。
「最初の症状は、頭痛から始まるの。そこから徐々に痛みの素が下へと下がって行く・・・心臓へ、さらに下へ、そしてそれが・・・」
ツ・・・と唇の端から温かな液体が流れ落ちるのを感じながら、それでも笑う。
常に余裕を持って、優雅に。
それくらいのことは、しても良いでしょう。
「・・・それが、ISというこの「核(コア)」の秘密・・・」
斜めに袈裟がけに切れた胸部の装甲に視線を落として、それを視界に収める。
ナノマシンでコア稼働率を落とされ、エネルギー・シールドを抜けて来た衝撃の強さ。
ひび割れた斬撃の後が、与えられたダメージの大きさを物語っているわ。
顔を上げれば、後頭部が隔壁にコツンと当たる。
叩きつけられ、ずり落ちるようにしてその場にもたれかかっている。
そしてその視界には、2人の女の子が見える。
『紅椿(あかつばき)』の少女と、『黒叡(こくえい)』の女の子。
「貴女達の姉は、こんな物を生み出して、いったい何がしたいのかしらね・・・」
意識して笑みを浮かべて、目の前の娘達を見つめる。
そして・・・その女の子、青ざめた楓ちゃんの顔を見る。
黒い装甲に包まれたその手に握られているのは・・・刀。
武装を持たないはずの『黒叡(こくえい)』、でもその手に握られているのは・・・『紅椿(あかつばき)』が持つそれと同じ。
黒いナノマシンで形成された、複製(コピー)された武装。
他のISの情報を盗み、他のISの動きを封じ、そして盗み取った情報(ちしき)を自分の物として使う。
・・・これが、三倍(トリスメギストス)の全て。
第3世代最後機・・・第4世代機『黒叡(こくえい)』の全能力。
「こんな、人を喰う・・・ISという何かを作って」
あの悪魔が、妹に与えた世界最高の叡智。
最強の力を与えた次女、全能の力を持つ長女。
それを支えるのは・・・世界で最も、悪魔に近い叡智を持つ三女。
織斑姉弟と、篠ノ之姉妹。
今も、昔も。
常に、世界の中心にいた血。
私は、それを・・・。
Side 篠ノ之 箒
突然のことだった。
『 Trismegistus System 』の発動と共に、楓が飛び出した。
そこまでは良い、まだ理解できる。
だが、理解できないのは・・・その後だ。
楓の機体・・・『黒叡(こくえい)』には、戦闘用の武装は無い。
ソード・ビットは防御用、驚異的な解析能力も『 Trismegistus System 』もそれ自体には攻撃力は無い。
だが、楓の手にあるアレは・・・。
「か・・・『空裂(からわれ)』・・・?」
カラーリングは黒1色だが、形状は確かに私の『空裂(からわれ)』で間違いない。
展開装甲が無いので、特殊能力も無いただの近接ブレードに過ぎない。
だが、私は見逃さなかった。
黒いナノマシンが羽虫のように密集し、刀の形に一瞬にして凝固した瞬間を。
そして私は、アレと同じ能力を見たことがある。
あの時、学園を襲った「ゴーレムⅣ」の・・・驚異の能力を。
他のISのデータを奪い、自分の武装として使った能力を。
それと同じことを、今、楓がした。
「・・・か、楓・・・?」
声をかけると、楓が刀を取り落とし・・・床に触れる前に、ナノマシンに返って四散した。
そして私の方を振り向いた楓の顔は、困惑と恐怖で引き攣っていた。
今、自分が何したのかわからない。
そんな顔で、震えて・・・崩れ落ちた。
「楓!」
「・・・ね、ねぇさん、姉さん、私・・・私・・・?」
「楓・・・」
ISを装備したまま楓の肩を抱き、支える。
混乱しているのは、私も同じだ。
だが行った楓と見た私では、意味合いが違う。
「ISは・・・人間を喰うのよ」
そしてその声は、ナノマシンの刀で斬られた金髪の女が発した物だ。
黄金に輝く装甲で全身を覆ったスコール、だが今は胸部装甲が斬撃の形に砕け、壁に寄りかかるように座り込んでいる。
「定期的にISコアを初期化し、外装を入れ替えるのは・・・このためよ。二次、三次の移行を目指すのであれば初期化する必要は無いの。だけど・・・」
「す・・・スコール、それは」
「二次移行(セカンド・シフト)で操縦者はISコアと意識をリンクする・・・そして三次移行(サード・シフト)で肉体をISコアとリンクさせられる・・・」
ボロボロになった胸部装甲の向こう側に、ISスーツに包まれたスコールの身体が見える。
何か・・・木の根が這い巡らされているかのような、見ようによっては浮き上がった血管にも見える、そんな物が・・・肌の下を這いまわっているような状態だった。
そしてそれは、まるで心臓の鼓動のように脈動を続けているのがわかる。
「貴方達は、ISが何だか、知っているの?」
スコールのその問いは、最初に私達にかけられた物だった。
それが今は、まったく別の問いのように聞こえる。
「物質の量子化、絶対防御(エネルギー・シールド)・・・そんな空前絶後の技術が、何のリスクも無しに使えるわけが無い。それを可能とするエネルギー源は? ISコア? では・・・」
まるで独白のような声、その中には強い諦観の感情が透けて見えた。
手遅れだと宣告された、重病患者のような色合いが。
「では、ISコアのエネルギー源は、何?」
ISに無限にエネルギーを供給する「特殊なレアメタル」、ISコア。
『オリジナル・コア』から造られた言う、コア。
そのエネルギー源は、何か。
・・・・・・わからない、それは誰も知らない。
この世でただ一人、あの人を除いては。
だが、スコールは言う・・・「ISは人間を喰らう」のだと。
なら、ISコアのエネルギー源は。
まさか。
「・・・違う」
ぽつりと・・・声を漏らしたのは、楓だ。
楓が、否定する。
だが、その言葉は。
「お姉ちゃんが・・・束お姉ちゃんが、そんなモノを造るわけが無い!!」
その唇から発せられたのは、叡智でも理論でも無い。
「束お姉ちゃんはそんなモノを造らない! そんな事はしない! 絶対・・・絶対!!」
ただの、感情の奔流だった。
それに合わせるように、黒いナノマシンの濃度が上がる。
しかし、それは瞬間的なことで。
まるで操縦者の感情に促されるように、それは徐々に勢いを失って・・・消えてしまった。
『 Trismegistus System 』が、終了する。
後に残ったのは、感情的で・・・否定的な、黒い叡智の妹の叫びだけだった。
悲鳴のような、妹の声だけだった。
Side 織斑 一夏
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
ウイングスラスター4機を使って、二段階加速(ダブル・イグニッション)で『サイレント・ゼフィルス』に迫る。
『雪片(ゆきひら)とクロー・モードの『雪羅(せつら)』を使い分けて、銃剣を構える蒼の機体を打つ。
千冬姉はおろか、箒にも劣る太刀筋だけど・・・今なら、通用する。
何故なら今は、『白式(びゃくしき)』は楓の『 Trismegistus System 』の影響下にあるからだ。
どう言う理由かはわからないけど、楓のシステムが動いているおかげで機体が軽い。
対して、エムの『サイレント・ゼフィルス』の動きが極端に鈍い。
これなら、俺でも・・・!
「俺でも勝てる・・・と、言いたげな顔だな」
俺の斬撃を斬り抜けながら、それでもエムは不敵に笑う。
ビットもアンブレラも使わない、ただ銃剣だけで俺の攻撃を捌いてる。
この力を受け流される感覚、どこかで・・・。
「だが、それはできない相談だ」
俺の攻撃は、全部受け流されて通じない。
流されて、捌かれて、いなされて、打ち消されて、通らない。
普通なら慌てる所だと思うけど、何故か俺の心は落ち着いていた。
これと同じ・・・いや、もっと洗練された物を、俺は知ってる・・・?
でも、どこで。
―――――くっそ、おおおおおおぉっっ!!
―――――おお~、おりむー、本気だね~?
・・・そうだ、IS学園で。
俺は、自分の攻撃が全く通用しなかった経験を知ってるじゃないか。
振り下ろす、その攻撃は当然のように受けられて・・・。
「・・・ど」
流された刃、それを無理矢理止める。
こらえて止めて、力の方向を入れ替える。
縦から、横へ。
そしてそのまま、全力で振り切り直す。
「ぉおおおおおぉりゃああああぁっ!!」
「何・・・っ」
初めて、直撃する。
いきなりの力づくの方向転換に、エムが驚いた顔をする。
そこからは、乱打だ。
エネルギーの消費をお構いなしで、雪羅を引っ込めて両手で雪片を握って振るう。
剛でも柔でも無い、速度でも精度でも無い。
ただ気迫を込めて、雪片・・・千冬姉から継いだ刀で打撃する。
エムの銃剣を打ち、払い、斬って弾いて。
「バカな・・・!」
「俺は・・・千冬姉を守る!!」
「はっ、あんな守る価値も無い女のためにか!」
「お前が、勝手に、千冬姉の価値を決めてんじゃねぇっ!」
千冬姉は、世界で一番強くて綺麗だ。
だから俺は憧れた・・・千冬姉に。
千冬姉を否定するってことは、俺の憧れを否定するってことだ。
「は・・・ははっ、価値、価値か! なぁ織斑一夏、お前は織斑秋三の物語の一端を知っているはずだな!?」
「だったら何だ!」
「秋三が織斑四春を・・・お前の、我々の「母親」を救い出したのは、何年前だったか知っているか!?」
織斑秋三と、織斑四春。
楓が機業のデータベースから拾ってきた、IS誕生秘話に出て来た名前だ。
・・・やっぱ、その2人が俺の両親なのかな。
・・・・・・いや、待てよ、それはちょっとおかしいんじゃ。
「気付いたな!? そうさ、我々の「母親」が伴侶たる織斑の男に出会ったのは・・・「20年前」だ! それ以上でもそれ以下でも無い。さぁ、私達の「姉」の年齢はいくつだったかな・・・!?」
年齢が、合わない。
いや・・・いや、惑わされるな。
秋三とか言う奴が何年前に四春さんって人を助けてたとしても、それ以前に出会ってて千冬姉が産まれた可能性だってあるじゃないか。
それにまだ、俺はその2人が親だって認めたわけじゃない。
「お前の言うことなんて・・・・・・信じられるか!」
―――――『零落白夜』。
展開装甲が煌めき、白いエネルギー刃が現れる。
俺の・・・『白式(びゃくしき)』の最強の攻撃。
気のせいか、『零落白夜』を出した瞬間、頭痛が増した気がするけど。
エムが銃剣を上に構えて、防御の構えを取る。
俺はそこに、雪片を叩き込む。
白いエネルギーの刃は、特殊な金属で出来た銃剣と一瞬だけ拮抗して・・・断ち切った。
視界の端に、半ばから切断された銃剣が舞う。
それを認識する前に俺は剣を突き出して、『サイレント・ゼフィルス』の胸部に左手を押しつけてスラスターを噴かす。そして・・・。
「・・・殺さないのか」
・・・そして、俺は格納庫の壁までエムを掴んだまま飛ばしていた。
壁に押しつけるような形で、俺とエムは向かい合ってる。
エムの顔には皮肉げな笑みが消えないけど、この状況なら。
「俺は千冬姉を守りたい・・・だけど、お前を殺したいわけじゃない」
この状況なら、流石に俺の。
「そうか・・・」
俺の勝ち・・・。
・・・って、何だ、エムが手を伸ばして。
俺の肩を掴んで、そして。
―――――ちゅっ
Side 織斑 マドカ
織斑一夏の肩を引き寄せて、身を乗り出す。
突然の出来事に、織斑一夏は反応できない。
しかし、効果は覿面だったようだ。
「ん・・・んんっ!?」
織斑一夏のくぐもった声が、やけに近い。
さら・・・と互いの前髪が触れて、血と汗と鉄の匂いが鼻腔をくすぐる。
唇に、やけに熱を感じる。
閉ざしていた目を開けば、そこには驚いている織斑一夏・・・「兄」の顔がある。
驚きが過ぎて、私を押しのけることも忘れて呆然としているようだった。
そして片手で織斑一夏の後頭部を押さえつつ、顔をずらして視線を動かせば・・・。
そこには、ねぇさんの姿が見せる。
目を見開いて、こちらを見ている。
「・・・っ」
その顔を見た時、背筋に何とも言えない何かが走った。
胸の奥がザワめき、息継ぎの仕方がわからぬ戸惑いも消えて行く。
もっと・・・もっと、あの澄ました顔を歪めてやりたい。
そして視界(センサー)の端に、同時に漆黒の粒子の濃度が急速に低下する旨の数値が見えている。
それが確認できた時、私は織斑一夏から身を離した。
驚愕のあまり固まっている織斑一夏の目の前で、余韻を確かめる用に自分の唇を舌先で撫でる。
そうすることで、熱と残り香を思い出せるような気がした。
「織斑、一夏・・・」
「・・・って、おま・・・な」
続きは、言わせない。
否定の言葉も、戸惑いの声もいらない。
それ以上に、私は。
織斑一夏に、死んでほしいのだから。
その刹那、織斑一夏の顔が再び別の種類の驚愕に染まる。
そして、私が触れていた唇から・・・赤い、本当に赤い血液が溢れ出る。
かはっ・・・と吐き出されたそれの原因は、私の手元。
高エネルギー体さえ切断する、『サイレント・ゼフィルス』の近距離兵装・・・刃が桃色に輝くナイフが、織斑一夏の腹部に深々と突き刺さっていた。
「な・・・か、か・・・っ!?」
驚愕、困惑、恐怖、激痛・・・織斑一夏の表情を彩る全てが、愛しくてたまらない。
私は今、愛と言う感情を知った。
それが、とても嬉しく思える。
突き刺さったナイフの刃を伝って、織斑一夏の血が私の手を濡らす。
その熱く、真紅の若々しい血は・・・まさに、織斑一夏が人間であることを示している。
ザシュッ・・・と一息で抜いて、織斑一夏から手を離す。
「・・・くふふ・・・」
織斑一夏の血がついた指先を唇に寄せて、舌を這わせて舐め取る。
それは・・・思いの外、美味かった。
その美味さに、また愛しさを覚えた。
ああ・・・これが、兄妹愛と言うものだろうか。
胸の奥が満たされるような感覚に・・・私は、私は、生まれて初めて。
心の底から、笑顔を浮かべた。
Side 織斑 千冬
マドカが一夏にした行為は、2つともが問題だった。
だが前者はともかく、後者は最悪を極めていた。
そして意識が現実を認めた次の瞬間、マドカに蹴り飛ばされた一夏が私の横を掠める形で吹き飛んだ。
「い―――――」
まずバックステップ、積荷の上に手を当てて反転。
空気を蹴るような要領で数十メートル後ろ・・・格納庫の反対側の壁まで吹き飛んだ一夏の傍に着地する。
床に着地する炉、海水はすでに座り込んだ私の腹部にまで浸水していた。
中途半端にシールド機材が働いているのか、海水の侵入量にムラがあるのが幸いした。
「―――――一夏ッ!!」
『白式(びゃくしき)』を纏ったままの一夏の身体に触れ・・・ると、滑りのある液体が手に触れた。
真紅の色に染まるそれは、確認するまでも無く一夏の。
「一夏、しっかりしろ、一夏!」
「う、ぐ・・・えほっ」
「く・・・!」
・・・不味い。
一通り一夏の身体の様子を見た私の胸に、焦燥感が湧き立つ。
白い装甲を貫いた一夏の腹部の傷は、大きさ、深さと言い下手をすれば命に関わる。
・・・どうする。
ここには、医療機材は無い・・・あるとすれば。
「一夏・・・一夏、『白式(びゃくしき)』の保護機能を任意で起動させろ。そうすれば傷は塞げる」
ISの操縦者保護機能は、操縦者の生命を守る。
特に『白式(びゃくしき)』にはある特殊能力がある、保護機能下で眠れば治癒も可能なはずだ。
そうすれば、少なくとも命は助かる。
「ぐ、ふぅ・・・」
「一夏、早くしろ」
「ふ、ぅ・・・バカ、言うなよ・・・」
「一夏」
痛いだろうに、苦しいだろうに・・・一夏は、壁に手をついて起き上がろうとしていた。
だがガクリと膝をついた瞬間、腹の傷口が広がってしまった。
傷口から血が噴き出し、一夏が咳き込む。
「一夏!!」
「お・・・俺が、眠っちまったら・・・誰が、千冬姉を・・・守る、んだよ・・・」
「馬鹿者! 今は私よりも自分の心配をしろ!」
「だ、大丈夫だって。何でか頭がいてーけど、全然ベストコンディション・・・だ、ぜ・・・」
頭、だと・・・腹では無く、頭と。
・・・今、明らかに助けを必要としているのは私では無く一夏だ。
一夏に・・・お前に死なれたら、私はどうすれば良い。
何のために今までを過ごして来たのか、わからなくなってしまうだろうが。
「俺・・・今まで、千冬姉に守られてばっかで、さ・・・」
「・・・当たり前だ。姉は、弟を守るものなのだからな」
「へへ・・・そ、だな。姉弟だもん、な・・・」
姉弟。
この世でたった2人だけの、家族だ。
だから、守るのに理由はいらない。
「だか、ら・・・今日くらい、俺が・・・俺、が」
「馬鹿者・・・」
「おれ、が・・・姉ちゃんを、まも・・・」
「馬鹿者、馬鹿者、馬鹿者・・・」
ガクッ・・・と崩れ落ちた一夏を、抱き止める。
頭を胸に抱いて、「馬鹿者」と言い続ける。
姉弟なのだから、守り合うのは当たり前だ。
命を懸けて、守るのは当たり前だ。
ズキリ、と、鼓動のような痛みが胸に走る。
だが、その痛みへの・・・怯えは、今は無かった。
胸の中で気を失いかけている一夏・・・弟への気持ちが、それを消し去ってくれる。
私はもう、恐れない。
だから、『白式(びゃくしき)』・・・いや。
「・・・頼む、『白騎士(しろきし)』。一夏を、弟を守ってくれ」
私の言葉に、初期化されていたはずの『白式(びゃくしき)』の・・・『白騎士(しろきし)』のコアが輝いた。
それは操縦者保護機能が働いた証、ISが主人を守ろうと特殊なフィールドで一夏の身体を覆う。
・・・まだ、私を主と認めてくれるか、友よ・・・。
「ち・・・ちふゆ、ね・・・」
「後は・・・後は私に任せろ、一夏」
懐から、ある物を取り出す。
それは、銃型の注射器だ。
束が私に持ってきた・・・IS抑制剤。
私はそれを一夏の首に押し当て、空気が抜けるような音と共に打つ。
頭が痛い、と言ったな・・・なら、コレで対応は正しいはずだ。
「私に任せて・・・眠れ。起きた時には全てが終わっている」
「ちょ、まてよ・・・なんだ、よ、そ・・・ん・・・」
「・・・おやすみ」
すまないな、一夏。
だが姉と言う生き物は、常に弟にこうしてしまうものなんだ。
篠ノ之姉あたりなら、わかるかもしれんな。
白い装甲が光に消えて、一夏が深い眠りにつく。
それを確認した後・・・頬に、口付ける。
普段なら絶対にしないが・・・いや、幼い頃には、何度もしていたかな。
両親が蒸発して、2人で・・・生活費を切り詰めて生きていた頃には。
寒い夜には、一つの布団で2人で眠ったこともあった。
そして朝には、早朝の仕事(バイト)に行く時にいつもこうしていた。
「・・・いってきます」
一夏から、離れる。
一夏のことは『白騎士(しろきし)』に任せて、立ち上がる。
そして振り向くと、積荷の上から私を見下ろすマドカと目が合った。
蒼いISを身に着けて、何が嬉しいのか愉快そうな笑みを浮かべる「妹」とやらと。
「ふん、今度はお前自身が私を満たしてくれるのか? ねぇさん」
「・・・ああ」
パシャッ・・・と振り向き様に足元の水が跳ねる。
しかし跳ねた水滴は、落ちない。
何かに巻き上げられるかのように浮き上がり、そのまま静止する。
「ふん、機体も持たな・・・ぃ・・・」
マドカの言葉が、途中で止まる。
静止した水滴に添えるように前に出した左手を、私は握り込んだ。
そして、紅色の電流が私の周囲を蛇のように這い駆ける。
スーツの左袖の隙間から覗くのは、紅桜の色に染まったブレスレット。
・・・後、一度だけ纏おうと思っていた。
と言うより、あと一度が限界だと知っていた。
「・・・ふ」
それを今、使う・・・束を止めるだけでなく、今この場で使おうと言う。
左胸から、「心臓」から下へ・・・「子宮」へと、何かが身体の中を移動する感触。
オリジナル・・・母親、「女王」と同じ特性。
痛みを伴うその感触に、思わず漏れたのは笑みだった。
我ながら、本当に愚かな判断だと思う。
だが、何故かな・・・充実感がある。
10年前、そしてモンド・グロッソの時。
一夏のために戦う、その時だけが。
私にとって、どれほど充実した時間か・・・アイツは、知らないのだろうな。
もしわかる人間がいるとすれば、篠ノ之姉くらいな物だろう。
「・・・今一度、私に力を貸してくれ、友よ」
囁き、口付ける。
すると、温かい何かに抱かれるような感覚がある。
いや、感覚じゃ無い。
これは、実体だ。
現に私の身体は、紅桜と同じ色合いの装甲に包まれている。
その一つ一つが、我が友の手であり肌だ。
そしてその声は、もはや私の声と何もかもが「同じ」だ。
<
「ああ・・・久しいな、友よ。すまないが・・・付き合って貰うぞ」
<・・・
「・・・ありがとう」
紅桜色の甲冑に身を包んだ女騎士と、誓いの抱擁を交わす。
次に目を開いた時には、私の身体は黒いスーツを纏っていなかった。
私の身体を覆うのは、数年ぶりに纏う漆黒のISスーツ。
何年も前に生産が終わった、古いタイプのスーツだ。
そして私が背負うのは、一対の翼。
紅桜色の装甲、今の世代に比べれば洗練さに欠けるが・・・だが、力強いフォルム。
私の肌を覆うそれからは、霞のようなナノマシンが放出されている。
それが・・・これが。
「「『暮桜(くれざくら)』」」
私の声に、マドカの声が重なる。
そして私の身に纏っているこの機体こそ、私を世界最強(ブリュンヒルデ)の座に押し上げた機体。
日本製第1世代型IS2号機、『暮桜(くれざくら)』。
「・・・さぁ、マドカ。これで何もかもが対等だ」
「対等? 時代遅れの機体を纏って、対等? ねぇさんにユーモアの才能があったとは知らなかったな」
「・・・・・・」
「ふん・・・まぁ、良いだろう。ならば、本当に対等になったのか・・・確かめて、やる!!」
桃色に輝くナイフを振りながら、蒼い装甲に身を包んだマドカが構える。
私はそれに特に反応しない、マドカは構わずに瞬時加速(イグニッション・ブースト)に入る。
瞬間的に音速に限りなく近付く動き、だが。
私と『暮桜(くれざくら)』にとっては、何もかもが遅すぎる。
顔を上げれば、そこにナイフを構えた蒼いISがいる。
ギリ・・・ッ、久しぶりに纏う機体を身体に馴染ませるように、拳を握り込む。
そして握り込んだその拳は、吸い込まれるように。
「・・・ごっ・・・っ・・・!?」
『サイレント・ゼフィルス』の・・・マドカの腹に、突き刺さった。
マドカのナイフは私の髪を2、3本散らせたのみで、私の身体にも『暮桜(くれざくら)』の装甲にも届かない。
届かせない。
シールドエネルギーさえ貫く一撃に、マドカがその場で悶絶して膝をつく。
私は追撃も何もせず、ただそれを見下ろす。
ただ見下ろして、そして告げる。
事実だけを。
「・・・お前の敗因は、たった一つだ」
「・・・っ!?」
ダメージに一区切りつけ、立ち上がるマドカ。
衝撃に揺れるその瞳を見つめて、告げる。
「私の弟を―――――傷付けたな」
もう良い、もう・・・死ね、マドカ。
私もあの世まで・・・地獄まで。
一緒に、逝ってやる。
それで、良いだろう?
・・・「妹」よ。
織斑 千冬:
・・・・・・うん? 私か。
そうだな、最後かもしれんし・・・たまには、良いだろう。
私の身体については、また束あたりがベラベラ喋るだろうしな。
まぁ・・・ある程度、想像がついている奴もいるかもしれんが。
ただ、私の行動の起点にはいつだって弟がいる。
一夏だけが、私を動かせる。
私は、姉だからな。
だから、弟のためだけに動くと決めた。
今までも、今回も。
これから・・・は、無いかもしれないが。
では・・・またな。
弟を、守りに行ってくる。
それから・・・聞きわけの悪い、妹も。