Side シャルロット・D・コルデ
「仕方無いわね、隔壁を破って進みましょう」
楯無会長―――もう会長じゃないけど―――がそう言ったのは、中枢室周辺の通路が全部隔壁で閉じられていることを確認した後だった。
言葉だけ聞くと万策尽きたからやむを得ず荒事に転じようって言ってるように聞こえるけど、実は会長は何の努力もせずに「破っちゃいましょう♪」って言ってるからタチが悪い。
しかもその上、実行するのは僕だし。
まぁ、別に良いけど・・・パイルバンカーで吹き飛ばせば良いわけだし。
それにしても、本当に誰にも会わないな・・・不気味なくらいだ。
「・・・あれ?」
「どうしたの、シャルロットちゃん」
「いえ、この向こうに・・・」
10枚くらい隔壁を破ったあたりで、IS反応をキャッチした。
僕が今触れている隔壁の向こうに・・・3機。
そしてこの3機のコア反応を、僕も会長も知ってる。
ここは、慎重に・・・。
「『
慎重に行こうと思った矢先、水蒸気爆発が隔壁を吹っ飛ばした。
・・・えぇー・・・。
「大丈夫よ、ISならこの程度でダメージなんて無いもの」
「いや、そうかもしれませんけど・・・」
「心配無用」と書かれた扇子を広げて・・・って、扇子まで量子化して持ち運んでるんですか!?
そして、いちいち驚いても仕方が無いってわかってる自分が嫌だ。
「し・・・シャルロット・・・か?」
「・・・箒!」
水蒸気爆発で風穴が開いた隔壁は、数十センチの分厚い物だったけど・・・その穴の向こう側に、知っている顔が見えた。
まぁ、ISコアの反応でわかってはいたけど・・・本当に、いた。
ISを起動しておいてくれた助かった、潜伏(ステルス)設定のままだと見つけられないから。
とにかく、軍に見つかる前に2人を見つけられて良かったよ。
箒の傍に楓もいるし、後は一夏だね。
と、思っていると・・・会長が静かにそのまま歩いて行った。
箒と楓の横を通り過ぎて、向こう側に。
「・・・久しぶりね、『
「ええ・・・こんな格好で失礼するわ、17代目タテナシ」
金色のISを纏った・・・金髪の女の人が、一つ向こうの隔壁にもたれかかるようにして座っていた。
胸部装甲が、何かに斬り裂かれたように大きく破損してるのが気になるけど。
楓は武装持ってないし、さっきの『Trismegistus System』からしても・・・箒が、倒したのかな。
Side 織斑 マドカ
言ってしまえば、私は「織斑千冬(ねぇさん)」と言う空前絶後の戦闘性能を持った戦闘機の後継機なのだ。
国際IS委員会・・・かつての『オリジナル・コア』の欧米人研究グループが「織斑四春」に代わる素材として期待したねぇさんは、しかし委員会の言いなりにはならなかった。
委員会を潰し得る・・・そして<
だから委員会は「織斑四春」の代わりとしての「織斑千冬」の、さらなる後継として「織斑マドカ」を造った。
冷凍保存されていた「織斑四春」の卵子から、私が生み出された。
そして薬品を用いて、無理矢理に身体を今のサイズまで成長させて。
「・・・だから、基本性能は私の方が上なはず」
ねぇさんが生まれた時代から時が進み、データも経験も比べ物にならない程に蓄積されている。
そしてその全てを注ぎこまれた私と言う存在は、ねぇさんに比べて遥かに高い性能を持っているはず。
そうで無ければ、後継機の意味が無い。
言ってしまえば、30年前の戦闘機に今の戦闘機が負けるような物だ。
そんなことは、通常はあり得ない。
だと、言うのに・・・っ・・・何故ッ!?
「・・・ぐ・・・ぅ・・・」
何故、私は床を舐めるハメになっている・・・!?
ごぽっ・・・と視界の端に空気の泡を捉えて、私は床に浸水した海水から顔を上げる。
身体の上に乗っていた積荷を弾き、その場に膝をつく。
腰のあたりにまで浸水した水の冷たさが、ISを通して伝わってくるが・・・。
立てない。
膝が笑うと言う感覚を、初めて知った。
まだねぇさんとの戦闘が始まっていくらも経っていないのに、身体に直接ダメージを受ける程にまで追い詰められている。
何故・・・何故だ、何故!
「・・・何故、だっ!!」
背部のウイングスラスターを噴かし、震える足を無視して立ち、そして飛ぶ。
飛翔する先は、当然・・・ねぇさんだ。
紅桜色の装甲、『暮桜(くれざくら)』を纏った「織斑千冬」だ。
エネルギーを切り裂く桃色のナイフを構えて、直進する。
だがただ直進するわけでは無い、左側面からの左の蹴りも絡めた瞬間的な連続攻撃。
学園に侍っていた代表共も、この攻撃には対応できなかった。
これで、仕留める!
「・・・ッ!?」
ステップを踏み、ねぇさんの左側面に回り込んだ時。
数秒にも満たない一刹那、しかし。
ねぇさんと、目が合った。
特定の構えも無く自然体で立ったままのねぇさんが、ゆっくりと・・・しかし音速の域で後退する。
私の蹴りは空を切るが、構わずに本命のナイフを突き出す。
そしてそれにも、音速の域に入っているはずなのにゆっくりとした動きで、ねぇさんは対応する。
そっ・・・優しく、本当に優しく、ねぇさんが突き出した私の手に触れる。
たったそれだけのことで、ナイフの刃が切断された。
「ご、は・・・っ!?」
気が付いた時には、紅桜色の装甲に包まれた細腕が私の腹に突き刺さっている。
な、何だ、見えな
「ぶっ・・・!?」
左拳、顔だ。
殴られた方向に身体が揺れると、いつのまにか真下に潜り込んでいたねぇさんが下から右拳を打ち上げてくる。
回避・・・しようとして、何故か動きを読まれたかのようにねぇさんの拳が顎を打ち抜いてきた。
ISが防御しているはずなのに、その一撃が私の脳を揺らしたような錯覚を覚える。
錯覚と言えば・・・何故だ、何故、私の攻撃ポイントがわかる。
私の動きが見切られているとでも言うのか、そんなことはあり得ない。
まるで、霞でも相手にしているかのような・・・。
「ごぷ・・・っ!?」
再び床に沈み、海水に顔をつけるハメになりながら・・・。
・・・私は、理解できない事態に混乱していた。
性能で勝る私が、何故こうも圧倒されるのか。
それとも、これが・・・世界最強。
世界の頂点に立った者の、力だと言うのだろうか。
そんな・・・こんな、ことが。
Side 織斑 千冬
・・・なるほど、確かに高性能だ。
私に関する研究と観察の結果を踏まえて「設計」されたのだろう、基本性能は私より上だろうな。
基礎体力、反射速度、身体のバネに感覚のセンス。
その全てが、私より上だ。
研究所の数値の上では、私は奴に・・・マドカに及ばないだろう。
何よりアイツは若く伸び盛りの身体だ、成熟期に入りつつある私より勢いもあるだろう。
「だが、それでもお前は私には勝てない」
「・・・!」
私の言葉に、海水から顔を上げたマドカが目を細めて私を睨む。
だがどれだけ凄んで見せても、私には露ほども圧力をかけることができない。
そこまでの差が、私とマドカの勝負にはついていた。
「舐めるな・・・旧式がっ!!」
近接では不利と考えたのか、マドカが6基の射撃ビットを展開する。
BT兵器、おそらくはオルコットよりも正確で速い。
おまけに、6本のレーザーそれぞれが偏向射撃(フレキシブル)によって不規則な軌道で曲がる。
そしてその全てが、『暮桜(くれざくら)』ごと私の身体を貫いた―――――ように、見えただろう。
「な・・・っ」
しかしBTレーザーがこの身に届くより速く、私はマドカに肉薄している。
レーザーが貫いたように見えたのは、いわば私の残像に過ぎない。
『暮桜(くれざくら)』の装甲面から放出される紅桜色のナノマシンの力で作り出した、水滴を利用した光の屈折と乱反射による幻影。
『真経津鏡(まふつのかがみ)』
私が・・・私と『暮桜(くれざくら)』が共に成長する過程で発現した兵装。
第三次移行(サード・シフト)した段階で得た、史上初めてのナノマシン武装。
空気中・・・あるいは水その物を活用して鏡とし、敵操縦者を幻惑する。
本来は、豊富な太陽光が降り注ぐ屋外でこそ真価を発揮するのが・・・。
「・・・ぬぅんっ!!」
上段からの蹴り、着地と同時に半ば回転するようにして揺らいだマドカの頭部を拳で撃ち抜く。
今は、肉弾攻撃以外にダメージを与える術が無い。
だが、第1世代の・・・戦争の時代に私達にとっては、それが全てだ。
「ぐっ・・・おおぉっ!!」
何とか私の打撃をこらえ踏みとどまったマドカが、拳を放つ。
そして私は、あえてその一撃を左手で受け止める。
2機の装甲が衝突し、『暮桜(くれざくら)』の左腕部装甲に紫電が走る。
流石に2世代分の差があるのか、機体の強度も基本は相手の方が上のようだ。
だが、それでも・・・。
「お前は、私達には勝てない」
「あり得ない・・・私は、ねぇさんよりも強く造られているはずだ!!」
「ああ、良く研究されているよ、お前は。私よりもはるかに強い能力を持っている」
「ならば・・・何故!!」
なぜなら。
「10年前の私と、同じ動きをするんだな」
「・・・・・・っ!?」
マドカが、さっと表情を変えた。
そう、そう言うことだ。
マドカの動きは、まさに完璧だ。
パワーもスピードも技術も、何もかもが完全無欠だ。
まさに、非の打ちどころが無い。
だからこそ、読みやすい。
完璧だからこそ、次にどう動くのかが読めてしまう。
柔軟性が無いと言うわけでも、教科書通りと言うわけでも無い。
特にマドカの動きは、10年前の私ならそうしたろうと思える物ばかりだ。
だから私には、私達には勝てない。
「10年遅いんだよ、小娘」
「な、く・・・く、くおおおおおぉ・・・っ」
ギシッ・・・マドカの右拳を受け止めた左手を、そのまま強く握る。
金属が潰れるような音が響き、次第にマドカの身体が下がり・・・左腕を押さえて、膝をつく。
私はそれを見下ろしながらも、同時に自分の限界点を探ってもいた。
ズキン、ズキンと痛む下腹部。
「子宮」に到達しつつある「それ」に、知らず笑みを浮かべる。
本当に、手のかかる弟妹だな・・・。
Side 篠ノ之 箒
シャルロットは、私がスコールを倒した物と思っているようだ。
楯無先輩はどうだかわからないが、私はその勘違いを最大限利用することにした。
シャルロットには申し訳ないし、スコールが何か言えば崩れてしまうが・・・。
楓のために、私はあえてそのままにすることにした。
だが、余計なことは言わずにそのままにするだけだ。
私は、嘘を吐くのが得意では無いからな・・・。
「さて、スコール。教えてくれないかしら」
「・・・何を知りたいのかしら、17代目のお嬢さん?」
そして今、私と楓の前で・・・楯無先輩が倒れたスコールと会話している。
こちらはIS4機、いかにスコールといえど逆らえないと観念したのだろうか。
とても、そうは思えないのだが・・・。
「あれは・・・」
そして私と楓のすぐ傍で、シャルロットが息を飲む。
スコールの身体の異常に気が付いたのか、顔を青ざめさせていた。
楓は・・・俯いたまま、表情が見えないので不安になる。
楓・・・。
「いろいろ聞きたいことはあるけど、直近の物から聞くわ」
「・・・どうぞ?」
「・・・この施設の自爆シークエンスを止める方法を、教えて」
「「「・・・え?」」」
こればかりは、楓も顔を上げて私とシャルロットと声を揃えた。
今・・・何と言ったか?
「あら・・・気付いていたのね、偉いわ」
「おかしいと思ったのよ、データを消すのは良いとして・・・素人でも「データが消された」とわかるよう偽装した跡があった。大量のデータ消去の跡に紛れこませて、自爆シークエンスを作動した痕跡を隠していた」
「ふふ・・・立つ鳥は跡を濁さないものでしょう?」
力無く、それでも愉快そうに笑うスコール。
それに対して、楯無先輩の表情は苦り切っていた。
「な・・・仲間ごと、この施設を吹き飛ばす・・・?」
「そうよ、小さな小さなお嬢さん」
どこか呆然とした楓の声に、スコールは声に笑みの色を深めて応じる。
仲間ごと・・・その時、私の脳裏に浮かんだのはエムやオータムばかりでは無い、スタッフや・・・子供達だ。
あの子達も、全て・・・!?
「問題ないわ・・・この施設にいる『亡国機業(ファントム・タスク)』の構成員は、もう両手で数えられる程度の人数でしか無いはずよ」
さらに続けられたスコールの言葉は、私達の理解を超える物だった。
生き残りが・・・もういないと、何、何だそれは!?
「ふざけるな! お前達はいったいどう言、ぅ・・・」
私の言葉は、スコールの強い瞳で封じられる。
そこには、いつもの微笑は存在しなかった。
ぐったりとした身体で・・・しかし、瞳だけは強い。
「貴女達ごときが、私達を語るな」
そして・・・スコールは、自分の胸を指差した。
指先でそっと撫でるように、装甲の下の胸に自分で触れる。
それはまるで、私達に言い聞かせるかのようで。
そして、見せつけるかのようでもあった。
「コレをこの世から消すためなら、私達は何でもするわよ」
その言葉に、私は立ち尽くすしかなかった。
それを作った者の身内の私は、返す言葉を持たなかった。
何年も前、あの人がISを作った時にも、同じことを想った。
・・・姉さん。
貴女はどうして、ISなんて造ったんですか。
私には・・・私には。
わからない。
Side 篠ノ之 楓
・・・わからない。
箒姉さんに手を引かれて通路を走りながら、私はずっと考えていた。
さっきのスコールさんの身体のこと、「ISは人間を喰べる」って言う言葉。
あの後、隔壁の向こうから誰か・・・会長さんの話だとアメリカ軍なんだって。
それに見つかるわけにもいかないから、会長さんとシャルロットさんに先導される形で07の格納庫に向かってる所。
そこから外に出て、軍に見つからないように脱出する手筈なんだって。
一旦ロシアに出て、そこから・・・。
「最終的には、更識の屋敷に貴女達を匿うけど、構わないかしら?」
「は、はい。ありがとうございます」
「良いのよ、後輩を助けるのも先輩の務めだしね」
「シャルロットも、すまない」
「ううん、僕も似たような立場だから。それに、お友達だしね」
箒姉さん達の会話を聞きながら、グルグルと考え続ける。
さっきの、気持ち悪い・・・スコールさんの話。
それに、『Trismegistus System』が変な感じに発動した。
そう言えば、このシステムについても私、何にも知らない・・・。
「スコールさん、どうするのかな・・・」
「・・・さぁな」
私の呟きには、箒姉さんだけが答えてくれた。
スコールさんがあの場から歩いて去るのを、私も誰も止めなかったから・・・。
ISを装着したまま、『紅椿(あかつばき)』に引っ張られる形で『黒叡(こくえい)』が通路を進む。
・・・わからない。
わからないよ、どう言うことなの?
皆・・・皆、死んじゃったの? クムリナちゃん達も?
それにIS、ISコアが人間に悪影響を及ぼすなんて話、私、聞いて無いよ。
じゃあ、私にも・・・箒姉さんにも、簪ちゃん達にも何か影響があるの?
「・・・束お姉ちゃん・・・」
私、何も聞いてないよ。
ISコアのこと、何も教えて貰ってない。
何で、何が、どうして。
もう、わけがわからない。
何を信じたらいいのか、わからない。
わからない・・・わかんないよ!
束お姉ちゃんを信じれば良いって、わかってる。
だけど・・・っ、だけど。
もう、わかんない。
「・・・織斑先生!!」
07の格納庫について、4人ともISを身に着けてるからそのまま空中に飛び出す。
私は箒姉さんに手を繋がれたままで、空中から格納庫の下を見る。
会長さんの呼び声に、その人は顔を上げる・・・って、千冬姉様IS着けてる。
無骨な赤色の装甲の下には、身体のラインがはっきりわかるスーツが、スタイルの良い身体を押し込めているのがわかる。
「・・・っ」
「あ・・・ああぁ・・・っ」
息を飲む箒姉さんに対して、私はもう、悲鳴を上げたかった。
何故なら・・・千冬姉様の身体に、顔に、胸に、肌に、スコールさんと同じ物が見えたから。
木の根が這い回ってるかのような、何かが根を張っているかのような、血管が。
・・・おねぇ、ちゃん。
お姉ちゃん、束お姉ちゃん、束お姉ちゃん・・・!
信じて良いよね、信じて・・・良いんだよね!?
・・・束お姉ちゃんっっ!!
―――――でも、お姉ちゃんは何も答えてはくれなかった。
Side 織斑 マドカ
・・・スコールは、破れたか。
オータムは、最初から期待などしていない。
まぁ、あの鬱陶しい連中がどうなろうと知ったことでは無い。
「何て顔をしているんだ、お前達は」
耳障りな・・・耳障りな程に優しげなねぇさんの声が、耳に届く。
座りこむと、すでに胸から下が海水に沈む。
格納庫の広さと海水の侵入量を考えれば、時間としては戦い始めて10分と言った所か。
だが、そのたった10分で私はねぇさんに叩きのめされていた。
打ち据えられ、叩き潰され、打つ策全てが看破されていなされて。
それにスコールが基地の自爆装置を動かし始めたとすれば・・・もう、時間はそうは無いだろう。
「篠ノ之・・・は無理そうだな。更識姉、一夏を頼む。そこに寝ているから、勝手に連れて行け」
「・・・ええと、はい。わかりましたけど・・・」
「ち、千冬さん! ここもうすぐ自爆するらしくて・・・ええと」
「落ち着け、イーリス達は撤退しているのか?」
目の前で、まるで世間話でもするかのようにねぇさんが会話する。
織斑一夏も回収され、撤退の段取りまで話される。
だと言うのに、私はもうまともに立ち上がることすら困難な状態だ。
この私が、この私がこうまで一方的に。
いったい、何故だ。私はねぇさんの能力を研究して造られた後継機だったはずではないか。
国際IS委員会にそのために生み出され、『亡国機業(ファントム・タスク)』に下げ渡されて。
悪くとも互角、本来なら私が圧倒してしかるべきなのに・・・!
格下の第1世代機を相手に、第3世代機の『サイレント・ゼフィルス』が戦闘続行不可能の直前まで追い込まれている。
「ち、千冬さんはどうするのですか・・・?」
「私はコイツを片付けてから行く・・・何、心配するな、3分とかからないさ」
「・・・!」
・・・何だ。
何だ、その言い草は。
私は、私は・・・貴女に会って、殺すために・・・復讐するために。
今日まで・・・生きて、きたんだぞ!?
それが、こんな所で。
こんな体たらくで、無様を、無能を晒して、終われるか。
何の存在価値も示さないままに、終わって・・・たま、るか!
ねぇ、さん・・・ねぇさん、ねぇさん。
「ねぇ・・・さあああぁぁ・・・っ!」
―――――『サイレント・ゼフィルス』、安全装置(セーフティ・ロック)解除。
ISコア、直列励起。
量子化収納していた活性化ナノマシンの注射器を手に取り、首に押し当てて躊躇なく撃つ。
1本、2本、3本・・・そして。
「こんのおおおおおぉぉぉ・・・っ!!」
ISコアが輝き、体内に撃ち込んだナノマシンの効果と相まって一気に同調率が上がる。
無理矢理に高められたそれはコアを「従属」させ、強制的に次の段階へとデータを書き加える。
・・・すなわち。
『サイレント・ゼフィルス』、二次移行(セカンド・シフト)。
私に・・・ねぇさんを殺せる力を寄越せ。
後のことはもう・・・何も、何も。
ねぇさんのこと以外はもう、どうでも良い。
それ以外は、何もいらない。
ねぇさんだけがいれば・・・・・・良い!
Side 織斑 千冬
・・・随分と、無茶な方法を取るモノだ。
二次移行(セカンドシフト)の輝きに身を包むマドカを見て、私は溜息を吐いて腕を組む。
やはりこの体勢が、最も落ち着くな。
「織斑先生!」
「・・・ああ、大丈夫だ。だから早く一夏を連れて行ってやってくれ・・・・・・そいつがそこで寝ていると、私は本気で動けない」
更識姉の呼びかけに、私は鷹揚にそう答える。
何、そんなに深刻なことじゃないさ。
単純に、弟に見られるのが気恥かしいだけさ。
・・・見られたくない、と言う気持ちもあるがな。
ちら、と顔を上げれば・・・篠ノ之姉妹の顔が見える。
シャルロットに伴われて、ISを身に着けて、衝撃を受けたような顔で私を見ている。
気付いたな、アレは。
まぁ、そうで無くともこんな身体だ。
人に見られて嬉しい物では無いが・・・恥じる身体でも無い。
「篠ノ之姉妹!」
「は、はいっ!」
「・・・はい?」
「良く見ておけ、そして受け止めろ。その先にどう言う判断をするのかは、お前達次第だ」
下腹部の鈍痛を感じながら、私はそう言った。
楽観するのも、悲観するのも、受容するのも、拒絶するのも、お前達次第だ。
束の妹である、お前達次第だ。
思えば、私達の弟妹に生まれたのがお前達の運の尽きだったな。
そこの所はもう、諦めてもらうしかないな。
上を見ればキリが無いだろうが、まぁ、下を見て前向きに生きて行くが良い。
「更識姉、私と束を除けば、お前は回答に最も近い所にいる。せいぜい抗ってみることだな、お前の妹達のために」
「・・・言われるまでも無く」
「シャルロット、一夏はやらんから覚悟しておけよ」
「はい・・・・・・って、僕だけ何か違うんですけど」
すまん、他の3人に比べてお前のことを良く知らんのだ。
まぁ・・・こんな所かな、細部は更識姉に任せておけば良いだろうさ。
後は、私次第だ。
「『暮桜(くれざくら)』」
何も言わずとも、戦友は私の意図を汲み取ってくれる。
・・・『真経津鏡(まふつのかがみ)』、背部最大展開。
紅桜色の奔流が、6対の羽根のような形を取って私の背中を覆う。
脈動するコアの輝きが、放たれるエネルギーの余波が、紅の桜のようにも見える。
変化していく装甲形状と変動するデータ数値、その全ては『暮桜(くれざくら)』が担ってくれる。
私はただ、それに身を任せていれば良い。
「さぁ、行け。ここは私に任せるが良い」
私の言葉に、まず更識姉は素直に応じる。
一夏を抱えてPICの範囲に含め、格納庫の壁に脱出口を開く。
シャルロットは少し逡巡したようだが、それでも篠ノ之姉妹の手を引いて更識姉に続く。
「ち、千冬さん・・・!」
篠ノ之姉、せいぜい末の妹を守ってやれ。
お前のそう言う所は、私は嫌いでは無かったよ。
「・・・そんな顔をするな、篠ノ之妹」
「千冬姉様・・・」
「お前はお前の道を見つけて、勝手に進め。周りも勝手に付き合ってくれるさ」
姉の敷いたレールでは無く、自分の道をな。
それさえ出来れば、お前は1人の「人間」だよ。
そして・・・。
「・・・一夏」
振り向かず、見ることもなく、私はその名前を口にする。
一夏、強く・・・強く生きろよ。
私の弟なのだから、できるだろう。
疑ったことは、一度も無い。
「・・・さて、では始めようかマドカ」
「ねぇさん・・・!」
そして、私の不肖の「妹」。
思えば、哀れな娘だ。
まぁ、一度くらい「遊んで」やるのも良いだろう。
更識姉の空けた脱出口から、海水が一気に溢れ出る。
施設の崩壊も秒読みに入ったのか、揺れが酷くなってきている。
そして水も岩も跳ねのけて飛び出してくるのは、蒼の装甲に身を包んだ「妹」。
「ねぇ・・・さあああああああああああぁぁっ!!」
「そう喚くな。聞こえている、ちゃんとな」
私は・・・年甲斐も無く、受け入れるように両腕を広げた。
そして、飛び込んできた「妹」を、私は。
いつか、一夏にそうしたように・・・。
―――――ただ、抱き締めてやった。
Side 織斑 一夏
・・・夢を見た気がする。
何と言うか、すげー懐かしい夢だった。
毎晩・・・毎朝早くに、千冬姉が寝てる俺に「いってきます」を言って、仕事に出る時の夢だ。
あの時の俺は本当にガキで、今と同じで何も出来なかった。
家にいない時間の方が長い千冬姉の代わりに、家事をやったり、中学の時には知り合いに頼んでバイトしたりしたけど・・・千冬姉の助けには、なれてなかったような気がする。
『そんなことは無いさ、お前は十分に私を助けてくれているよ』
そう言って、いつも頭を撫でられてた気がする。
いつしかそれが気恥かしくて、振り払ったりとかするようになったけど。
でも本当は、すげー嬉しかったんだぜ。
俺、千冬姉のことが大好きだからさ。
まぁ、結局は何の役にも立ててなかったわけだけど。
千冬姉は強くて美人で、俺の自慢だったんだから。
今だから言うけど、剣道だって千冬姉の真似で始めたんだぜ?
その結果、箒と楓に出会ったんだ。
『まぁ、後はお前の甲斐性次第だろうな。女子と交際する際は私の許可を取れよ、弟』
いや、甲斐性って何だよ。
千冬姉のことは尊敬してるけど、たまに変なこと言うんだよな。
今にして思うと・・・女子関係に限ってそんな感じだったような気がする。
はは・・・あー、ホント、敵わないよなぁ。
どうしたら、千冬姉みたいになれるんだか。
本当、いつになったら・・・俺は。
俺は、千冬姉の助けになれるんだろう・・・。
・・・・・・。
「・・・・・・ぅ?」
急に、視界が明るくなった。
気が付くと、俺の目の前には真っ暗な空が・・・星の光がやけに明るい、空が見えていた。
頭の後ろがやけに柔らかくて、何だかこの感触は覚えがある・・・って。
「・・・楯無・・・さん」
「・・・ん、楯無おねーさんだよ、一夏くん」
視界にあったのは、楯無さんの顔だった。
特に表情も無く、俺の髪を撫でてて・・・ってこれ、もしかしなくても楯無さんの膝枕か?
前にもあった気が・・・。
「一夏、大丈夫か?」
「・・・一夏さん・・・」
「箒・・・に、楓・・・?」
そして、傍には俺を心配そうな顔で見つめる箒と楓。
顔立ちは同じなのに、雰囲気が違うって不思議だよなー・・・なんて、バカなことを考える。
楯無さんの膝から頭を起こして周りを見ると、そこは船の甲板だった。
すぐ傍の手すりに寄りかかるようにして立っているシャルロットに気付くと、シャルロットはほっとした顔で俺に手を振ってきていた。
え、と・・・ちょっと、状況がわからないな。
俺、いったい何して・・・。
・・・っ!
「千冬姉はっ!?」
そうだった・・・俺、マドカに刺されて。
腹を探ってみると、傷が完璧に消えていた。
いや、それはどうでも良いんだよ。
俺の声に、楯無さんを含めて全員が俺から目を逸らした。
この船が何なのかはわからないけど、千冬姉が乗って無いことはわかった。
俺はふらつきながら立ち上がって、シャルロットの隣まで行って手すりに手をかけて船の後ろを見る。
「い、一夏、まだ動いちゃ・・・」
シャルロットが心配してくれるけど、今はそれどころじゃない。
俺は身を乗り出して、船の後方を見る。
夜の闇に飲まれて何も見えない・・・『白式(びゃくしき)』も、動いてくれない。
だけど、気のせいで無ければ氷山が崩れるような、闇の向こうから緩やかに轟くような音が聞こえる気がした。
ぎり・・・と、鉄製の手すりを握り締める、意味は無いけどそうしなくちゃいけない。
そうしないと。
「ち・・・」
そうしないと、自分が保てなかったから。
俺は、何で。
「千冬姉えええええええええええええええええええええええぇぇっっ!!」
俺は何で、こんなにも弱いんだよ・・・!
Side スコール
・・・ここも、もう終わりね。
あの子達も去ったようだし、本当にここにいるのは私一人。
エムは、本懐を遂げたのかしらね・・・。
「・・・今となっては、確かめようも無いわね」
メイン機構の自爆によって、この施設・・・巨大な潜航艦のような役割を果たすこの基地は、もうすぐ北極海の深みへと沈む。
私が今いるのは、数少ない残された空間。
・・・有り体に言って、閉じ込められてるようなものね。
逃げ出す気も、特に無いけれど。
もとより、この身は何年も前から手遅れなのだから。
量子演算や質量召喚の際にISコアが私の頭脳と直接繋がり、脳の使用されていない部分を勝手に使って計算処理を行うと言うこの機能のおかげで。
だから、「ISは人を喰う」のよ。
脳の、身体の、本来なら使われない部分の全てを使い、蝕んで行くこの機械は。
「おかげで・・・寿命が、何十年縮んだことか・・・」
歩くのも疲れたから、品は無いけど床に座り込んで、壁にもたれかかる。
電力供給も途絶えているから、もはや非常灯の明かりがかすかに残るだけ。
そんな中で、私は最期の瞬間を待っている。
人生を振り返る、なんて柄じゃないけれど・・・。
「・・・無様ですね・・・」
誰もいないはずの空間に、1人の少女が現れた。
肩で切り揃えられた銀色の髪に、閉ざされた瞳・・・誰かしら、見たことの無い顔ね。
だけどこのタイミングで来ると言うことは、死神の仲間でしょう。
身に着けている装甲面の少ない
「放っておいても良いのですが、コアを残しておくわけにもいきませんし・・・「私」を1人、殺してくださりましたものね」
・・・言っている意味が、良く分からないわね。
言葉にしようとしたそれは、声にはならなかった。
それだけの体力が、私には無かったから。
「では、退場して頂きます」
鋭利な音が響き、その子の右手首の装甲から銀色の実体剣が姿を現す。
すでに何らかの液体が付着しているそれは、鈍い輝きを放ちながら切っ先が私に向けられて・・・。
貫く。
柔肌を貫いたそれは、思ったよりも重い音をあたりに響かせた。
液体が飛び散る音と、傷口が抉られる粘着質な音、独特の鉄の香り。
それら全てが、1人の人間の身体から発せられている・・・。
「かっ・・・?」
貫いているのは、実体剣では無く・・・床を突き破って伸びた、鉄の槍。
まるで蜘蛛の脚のようなそれは、少女の細い腹を深々と抉り抜いていたわ。
たたらを踏んで銀髪の少女が後ずさり、ズッ・・・と蜘蛛の脚が腹から抜ける。
「コアを抜いたはず、なのに・・・なぜ・・・」
腹から血と臓物を垂れ流しながら取り落としたそれは、鈍く輝く球形の「核(コア)」。
確かに、ISのコアだった。
あのコアは、確か・・・。
そう言えば・・・あの子、無事かしらね。
単純でガサツで子供で、だけど可愛らしいあの子は・・・。
・・・私がいないと、泣くかもしれないから・・・。
「・・・人間、舐めるんじゃねぇぞ・・・っ」
「き、ざま・・・ッ!」
「こ、の・・・クソガキ、がぁ・・・ッ」
何か重い金属を引き摺るような音と共に、そんな声が聞こえる。
視界は暗く、もうその声が誰の物かも判然としない。
息をするのも、割と疲れて・・・きて・・・。
最期に感じたのは、誰かが私の上に倒れこんでくる感触。
そして、それごと何かに貫かれる感覚。
ああ・・・そこで初めて、私はそれが何なのか悟る。
「・・・・・・・・・」
最期の一呼吸で、私はその名前を呟く。
今日この瞬間が・・・。
・・・あの悪魔の、終わりの始まりでありますように。
Side 篠ノ之 束
終わらないよ。
むしろ、ここから始まるんだよ。
―――――全てが。
「・・・束さま、申し訳ありません」
秘密ラボの束さんの部屋から、世界の「全て」を見つめている束さんに、くーちゃんが声をかけてくる。
その声はとてもとても弱々しくて、まるで捨てられた子犬さんみたいだった。
手元の移動型ラボ『
「うん? 何が?」
「その・・・機業の「私達」と連絡が取れなくなってしまって・・・」
「そうなんだ、大変だね」
まぁ、そう言うこともあるよね。
くーちゃん「自身」がここにいてくれる限りは、束さんは何も言わないよ。
ママだからね、受け入れるのが仕事だよ。
「・・・で?」
「その、箒さまと楓さま、それと一夏さまの居場所なのですが・・・見失ってしまって。もちろん、すぐにまた探し出して見せます!」
「・・・で?」
「あ・・・えと、あの・・・亡国機業(ファントム・タスク)の北極海拠点は壊滅しました。米露を中心とする多国籍軍は、明朝にもテロリスト殲滅の共同声明を発表するかと」
「・・・で?」
「う・・・その、北極海拠点の沈没後に、その・・・脱出したIS反応は無くて・・・」
「・・・で?」
「あ、う・・・も、申し訳ありません!」
「・・・で?」
「・・・・・・・・・」
うん、まぁ、そんなことは良いんだよ。
だって、知ってるからね。
くーちゃんのことで束さんが知らないことがあるとすれば、お料理の上達速度くらいな物だよ。
・・・およ?
何でくーちゃんは、そんなにビクビクしてるのかな?
プルプル震えて、チワワみたいで可愛いねぇ。
ならば、束さんはダックスフンドだ!
ちなみに箒ちゃんはジャーマン・シェパードで楓ちゃんはシェットランド・シープね。
「大丈夫だよ、くーちゃん」
まぁ、冗談は置いておいて。
くーちゃんが心配するようなことは、何も起きて無いよ。
だって「わかる」んだもん、束さんにはね。
大大だぁ~いの、親友だからさ。
こう、びびびーっとお腹の奥に来るんだよね。
「あー、でもね、くーちゃん」
「はい」
「束さんは、「潰しといて」って言ったよね? それが出来てないのは、流石にちょっといただけないにゃあ」
「え、でも・・・」
「拠点一つ潰したって、それは「潰した」の内に入らないよねぇ?」
おお、またプルプルし始めた。
んもー、可愛いなぁ。
まぁまだお子様だもんね、全部一人でって言うのは辛かったかもね。
「しょうが無い子だなぁ、くーちゃんは」
「も、申し訳ありません・・・」
「くーちゃんは、罰として漢字の書き取り100回ねー」
「う・・・」
うんうん、やっぱり怒る時には怒らないとダメだよねー。
ママだからね、辛くても心を鬼にしないといけない時があるのさ。
「その間に、残りは束さんが潰しといてあげるから」
えーと、アレってどうなってたんだっけかな。
カチカチコショコショ・・・ふーむふむふむ、はい3秒で全部見つけたーっと。
亡国機業(ファントム・タスク)幹部会構成員13名の所在確保ーっと。
適当に脱税の罪とかで引っ張らせれば良いよねぇ、資産は・・・まぁ、株でも下げるか。
実働部隊の残りの拠点は6か所、はいみっけー。
これは「ゴーレムⅣ」を10機ずつ投げれば終わるかなぁ、あー退屈。
国際テロ組織ってネットワークがしっかりしてる分、見つけやすいんだよねぇ。
殺さないのはちーちゃんと束さんの約束だけど、むしろ死なせてあげた方が楽になれると思うんだけどなぁ・・・まぁ、束さんはどうでも良いけど、ちーちゃんのサディストー。
「んー・・・さて、そろそろ楓ちゃんもいろいろ限界かなぁ」
箒ちゃんはどうかなぁ、束さん嫌われちゃってるからねぇ。
楓ちゃんのメールでも箒ちゃんの電話でも良いけど、出来れば直接会いにきてほしいかなぁ。
うーん・・・。
やっぱアレだよね、「そろそろ帰っておいで~」って伝えた方が早いよねぇ。
でもお姉ちゃんの居場所、知らないからー・・・ぽく、ぽく、ぽく、ぴーんっ。
思い付いたよ流石は束さん、天才的だねっ。
メタンハイドレードの吸い上げもそろそろ終わるし、コアの数も揃ってきたし。
外の子達の情報蓄積も十分、これ以上は外に何を期待しても無駄だしねぇ。
「うふふ~、箒ちゃんも楓ちゃんもいっくんも、おっどろくぞ~♪」
妹達の驚く顔を想い浮かべると、束さんは胸がウキドキワクしちゃう。
えっへへへ~・・・うん。
じゃあ、行こうかな。
束さんとちーちゃんが夢見た、外の世界へ。
箒ちゃんと楓ちゃん、いっくんとくーちゃんを連れて。
皆で、行こうね。
今回のお話で、一応、8巻分(原作では未出)が終わったとお考えください。
つまり、福音編までとそれ以降を2部構成とした場合の「第3部」が終了したことになります。
次の本編更新からは「第4部」、通称「新年編」が始まります。
*作中の中での「新年」です、あしからず。