インフィニット・ストラトス―黒き叡智―   作:竜華零

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第50話:「その新年、ウサギ年」

Side 篠ノ之 箒

 

12月31日、いわゆる大晦日。

実家にいれば、新年の準備諸々で大忙しだったことだろう。

雪子叔母さんは、私達のことを心配しているだろうか・・・。

 

 

「・・・楓、起きているか?」

 

 

だが私は今、実家のある関東では無く近畿にいる。

近畿の山奥、楯無先輩の家だ。

肌に感じる冬の山の空気は澄んでいて、楯無先輩が纏う涼やかな雰囲気に包まれているような気持ちになる。

 

 

そう、私達は・・・私と楓、一夏は日本に戻ってきているのだ。

ロシアを経由して、船とISを使って。

そうして今、更識家所有の和風の屋敷に囲われている。

状況は同じような物だが、『亡国機業(ファントム・タスク)』のホームにいた時よりは気が楽だった。

 

 

「ほら、今日はお前の好きなほうれん草の生姜おひたしだぞ」

 

 

厨房から直接貰ってきたお膳を持って、楓にあてがわれている部屋に来ている。

障子が閉め切られて澱んでいた空気も、私が入ることで多少は入れ替えることができる。

そんな私の目の前には、寝巻きの襦袢姿のままで座っている楓がいる。

 

 

部屋の隅で膝を抱えて蹲る、妹が。

以前のような快活な色はそこには無く、むしろ子供の頃の、寝たきりでどこか鬱屈としていた頃の楓が戻ってきたかのようだった。

いや、むしろ悪くなっているかもしれない。

 

 

「今日は、とても良い天気だぞ。庭に霜が降っていて、露に濡れた葉っぱが綺麗で・・・」

「・・・」

「朝食が済んだら・・・ちょっと庭に出てみないか、庭の池には鯉もいるんだぞ」

「・・・・・・」

 

 

フルフル、と蹲ったまま首を振る楓に、気付かれないように溜息を吐く。

・・・そう、子供の頃よりも悪くなっているんだ。

学園での失敗、機業ホームでの「くーちゃん」の一件とISの危険性に関する話、そして千冬さんのこと・・・どれもこれも、楓には厳しすぎる現実だったろう。

外への憧れが強かった分、特に。

 

 

「・・・・・・外に、出たくない」

「・・・そう、か」

 

 

蚊の鳴くような小さな声も、昔に戻ったような錯覚を私に与えてくる。

だが昔は「外に出たい」と言っていたのに対して、今は逆のことを言っている。

外は望んでいたような楽園では無く、怖いことや苦しいことばかりだった。

 

 

人間不信。

 

 

楓は今、まさにその状態にある。

ISを使って人殺しをする現場を目の当たりにしてしまったのが、決定的だった。

この屋敷に匿われて数日、私以外の誰とも口を聞かないのだから。

 

 

「・・・ほら、食べさせてやるから口を開けろ。朝食が済んだら身体を拭いてやるから・・・」

 

 

私だって、平気なわけじゃない。

あの人や機業のこと、ISのこと・・・考えたいことは山ほどあるし、私だって引き篭りたいぐらいだ。

だが、私は姉だから。

 

 

だから、妹の面倒を見てやらないといけない。

これが無ければ、私も塞ぎ込んでいただろうな。

本当に、姉で良かったと思う。

 

 

 

 

 

Side 更識 簪

 

楓が無事に屋敷についたと聞いた時は、本当に嬉しかった。

学園から逃げた時には、本当に、本当に・・・心配で。

けど、戻ってきた時には・・・。

 

 

「あ・・・」

 

 

朝、楓の部屋に行くと、箒さんが出てきた。

半分くらい食べ物が無くなったお膳を持っていて、障子を閉めて溜息を吐いてる。

私のことに気付くと、少しだけ微笑んでくれた。

 

 

「ああ、おはよう簪」

「お、おはよう・・・ございます・・・」

 

 

どうしよう、何て言えば良いのかわからない。

楓は、箒さん以外には会っても話してくれないし・・・私、にも。

それがとても寂しくて辛いけど、でも、楓は傷ついてるし・・・。

 

 

・・・外の、他の人達が怖いって言う気持ちは、少しだけわかるから。

どうしたら良いのかわからなくて、凄く苦しくなる。

あの気持ちは、一度囚われると・・・抜け出せ、ないの。

 

 

「か、楓は・・・?」

「うむ・・・今日も、相変わらずだ」

「そ、そうです・・・か・・・」

 

 

きゅっ・・・と、着物の裾を掴んで、俯く。

私が、あの気持ちから抜け出すことが出来たのは・・・本音と、楓のおかげ。

家では本音が、外では楓が、私の背中を押して、手を引いてくれたから。

 

 

「・・・そうだ」

「え・・・」

「簪、厨房を借りても良いだろうか?」

「え、は、はい・・・構わないと、思いますけど・・・」

 

 

箒さんは私にお礼を言うと、そのまま廊下を歩いて行った。

箒さんの赤い着物の裾が、曲がり角の向こう側に消えていくのを見送る。

何、しに行くんだろう・・・?

 

 

「えっと・・・」

 

 

ぽつん、と取り残されて・・・楓の部屋の前で、オロオロする。

ど、どうしよう、何か良い案は・・・何も、無い・・・。

こういう時、どうすれば良いのかわからない。

 

 

傍にいれば良いのか、離れれば良いのか。

優しくすれば良いのか、厳しくすれば良いのか。

話しかければ良いのか、そっとしておくべきなのか・・・。

 

 

「かんちゃ~んっ」

 

 

私がいよいよオロオロし始めた時、聞きなれた間延び声がした。

それから、箒さんと入れ替わりの形で廊下の向こうから同い年の女の子がヨタヨタと駆けて来るのが見えた。

淡い色にエプロンの使用人の着物を着ているのは、私の幼馴染。

 

 

「・・・本音、ど・・・どうしよう」

「あ~、楓ちんまだ出てこないんだね~」

 

 

本音はパタパタと私の傍に来ると、私の手をとって一緒に困ってくれた。

・・・解決策に、なってない・・・。

でも、私1人でいるよりはずっと気が楽になった。

やっぱり、本音は凄いな・・・。

私なんて、悩んでばっかりで前に進めないから。

 

 

「お~・・・?」

 

 

その時、凄く大きな音がした。

音って言うか・・・近くの山の中に何か落ちるみたいな。

そしてそれも、ここ数日で聞き慣れた物で・・・。

 

 

 

 

 

Side 織斑 一夏

 

「悪いんだけどね、一夏くん」

 

 

逆さまになった視界の中で、楯無さんが困った・・・本当に困った顔で首を傾げる。

その身体には装甲の少ない水色のISを纏っていて、右手に扇子を、左手に光り輝く菱形のクリスタルを持ってる。

・・・俺の『白式(びゃくしき)』の、コア形態だ。

 

 

「私、今冗談抜きで忙しいのよ。だからこうして一夏くんに構ってあげる時間は、残念ながら割と無かったりするのだけど?」

「構ってくれなんて―――――頼んで無いだろ!!」

 

 

更識の屋敷の近く、やはり更識家所有の雑木林の中で、俺はそう叫んだ。

楯無さんに・・・命の恩人に対して、吠えた。

それはきっと、弱い犬が虚勢を張っているような響きだっただろうと思う。

 

 

大きな木の幹に寄りかかるようにして逆さまに倒れてた状態から、身体のバネを利用して勢い良く立ち上がる。

楯無さんの持つ『白式(びゃくしき)』―――ついさっきまで、身に着けていた―――を睨んで、いつでも飛び出せるように身体を低くする。

 

 

「楯無さん・・・『白式(びゃくしき)』を、返してください」

「まぁ、普段の一夏くんならOKと言う所だけれど」

 

 

自分のISも解除しながら、楯無さんはますます困ったように笑う。

だけどその目は、何にも笑っちゃいない。

 

 

「ちなみに、これを返したら何をするつもりなのかしら?」

「・・・千冬姉を、探しに行くさ」

「迷惑よ」

 

 

楯無さんは、ダメともやめろとも言わなかった。

ただ一言、「迷惑」だと言った。

それは、誰にとっての「迷惑」なんだろうか。

 

 

「と言うかね、一夏くん。キミが今さら現場に戻った所で、何もできることは無いの。せいぜい、現場調査をしてる米露軍に捕縛されるのが関の山だよ」

「それでも、俺が行かなくちゃいけないんだよ!」

「だからそれが迷惑なんだって。キミから更識が篠ノ之姉妹を匿ってるって情報が漏れたら、もう私にはどうすることもできない。あの2人は、良くて実験室送りだね」

「俺が教えなきゃ良いだけの話だろ!」

「『喋らされる』んだよ、わかってないなぁ」

 

 

やれやれ、とでも言いたげに肩を竦める楯無さんに、イラっとする。

だけどそれ以上に俺の胸の奥で、何だか良く分からない感情が渦巻いてる。

焦燥感に似てるけど、それ以上に激しい何かだ。

 

 

「頼むよ、楯無さん・・・!」

「うん、聞きましょう」

「千冬姉を・・・姉ちゃんを、探しに行かせてくれよ・・・ッ!」

「迷惑よ」

 

 

千冬姉がどうなったのか・・・考えないようにしても考えちまう。

ロシアの集合地点に、千冬姉は来なかった。

俺のせいだ。

 

 

千冬姉は俺を守って・・・俺を助けようとして、消えた。

消えただけなら良い、前にもあった。

だけどもし、それ以上のことになっていたら・・・。

 

 

「くっ・・・くうううぉおおおおおおおおおおおおおぉっっ!!」

 

 

どうしようも無くて、感情の向け場がわからなくて、叫ぶ。

そんな俺を、楯無さんはとても静かな目で見つめて来ていた。

何を考えているのかは、わからない。

 

 

蒸発した俺の両親のこととか、ISコアのこととか、千冬姉が俺に何を黙っていたのかとか、わからないことがたくさんある。

だけど一つだけ、自意識過剰かもしれないけど、わかってることがある。

千冬姉の行動の全部は、俺のためを想っての行動だったってことだ。

厳しくて、怖くて、優しくされた記憶なんて少ししか無い。

 

 

「でも・・・俺にとっては、大好きな・・・姉ちゃんなんだよ! 何にも代えられない、たった1人の家族なんだよ!!」

「・・・そう」

「だから探しに行くなら、俺が行かなくちゃいけないんだ・・・俺が!!」

「そう、わかったわ」

 

 

わかった―――その言葉に、俺は少しだけ期待してしまう。

だけどその期待も、すぐに終わる。

何故なら、楯無さんの顔がすぐ傍にあったからだ。

そして次の瞬間、俺は空中コンボと言う物を実体験することになった。

 

 

「ならもう、私はキミを説得することを、この場では諦めることにするわ」

「え・・・」

 

 

こちらのリズムを完全に崩す『無拍子』の歩法、次の瞬間には俺の身体に掌打の雨が降り注ぐ。

17発目までは覚えていたのだけど・・・それ以降は、意識が途切れて数えられなくなった。

・・・畜生・・・。

 

 

大事な人も守れない・・・そして、大事な人にこんな真似をさせてしまう自分が。

嫌に、なる。

 

 

 

 

 

Side 更識 楯無

 

結果として叩き込んだのは、64発。

それだけしないと意識を刈り取れないんだから、随分とタフになった物だわ。

確実に基礎体力はついてきているのよね、一夏くんは。

 

 

「虚ちゃん、悪いけど一夏くんの介抱、お願いね」

「わかりました」

 

 

林の陰から出て来た虚ちゃんに一夏くんのことを任せて、私は足早にその場を後にする。

後ろ暗い気持ちももちろんあるんだけど、それ以上に本当に忙しいのよ。

ちなみに、『白式(びゃくしき)』は預かったままでね。

少なくとも、今の一夏くんには渡せない。

 

 

これ以上、問題を増やして欲しく無いのよ。

いや、本当に。

織斑先生の行方不明と言うか、失踪と言うか、そう言うのだけでも大変なのに。

 

 

「国際IS委員会と、亡国機業(ファントム・タスク)・・・」

 

 

第2次大戦末期からこれまで、ISコア関連の事態に対処してきた2つの抑止勢力が消えた。

委員会だけでなく、機業幹部会のメンバーの消息も捉えられなくなった。

残る一角は我が『更識家』のみ、でも私達だけじゃ世界を抑えきることはできない。

しかもどうも、こちらの制御を巧みに阻止してくる存在がいるみたいなのよねぇ・・・。

まぁ、誰かは言わなくてもわかると思うけれど。

 

 

いずれにしても、今、世界はとても不安定な状態にあるの。

一見、平穏だけど・・・すでにISを前面に押し出したパワーゲームが始まっているわ。

表向きはともかく、裏では超国家機関だった委員会の束縛を逃れて・・・大国が、仲間を集め始めてる。

情報を集めて、同盟国との絆を強め、疑心暗鬼に陥ってる。

委員会と機業というクッションが無くなって、それぞれの国が微妙に食い違い始めた。

 

 

「アメリカ、中露、EU・・・このあたりで、天下3分って感じかしらね」

 

 

まぁ、NATOとかいろいろあるから、一概には言えないけど。

英国や日本みたいに所属地域に縛られない国もあることだし、中露は必ずしも一致してるわけじゃない。

でもアフリカ連合やユーラシア同盟、米州機構の一部では紛争の気配が色濃く・・・。

 

 

「あら、簪ちゃんに本音ちゃんじゃない、どうしたのこんな所で」

「お、お姉ちゃん・・・」

 

 

考え事をしながら歩いていると、いつの間にか屋敷の裏門についちゃってたわ。

そしてそこで、心配そうな顔でオロオロしてる可愛い簪ちゃんがいた。

うふふ、お姉ちゃんだって。

 

 

「・・・楓ちゃんは、どう?」

「あ・・・」

 

 

楓ちゃんの名前を出すと、しょぼん、と沈む簪ちゃん。

思わず抱き締めて慰めたくなるのだけれど、ぐっと我慢する。

昔はちょっと、加減が下手だったから距離が開いたと思うのよね。

 

 

「お嬢様、楓ちん、話しかけても返事してくれないの~」

「そう・・・」

 

 

いつも笑顔な本音ちゃんも、こればかりはお手上げみたいね。

まぁ、楓ちゃんは今、箒ちゃん以外とは話さないから・・・。

でも正直、そこまでカウンセリングはできない。

 

 

だけど、私も箒ちゃんに負けないくらいに妹が大切なの。

簪ちゃんが辛そうな顔をしているのは、嫌なの。

私は簪ちゃんの頭に手を伸ばして、髪を撫でる。

 

 

「私が全部やってあげる・・・って言うのは、もうしない約束だったわね」

「・・・お姉ちゃん」

「大丈夫よ、簪ちゃん。楓ちゃんは、簪ちゃんと本音ちゃんのお友達でしょう?」

 

 

私の言葉に、簪ちゃんと本音ちゃんが頷く。

私の妹・・・妹達の素直な様子に、私は微笑みを浮かべる。

 

 

「なら大丈夫よ、楓ちゃんは今、ちょっと難しくなってるだけ。でもお友達の貴女達が向き合ってあげなかったら・・・きっと、とても寂しいことになると思うの」

「寂しい・・・?」

「そう、とても寂しいこと。それを避けるためにはね、本気でぶつかるしかないの。簪ちゃんと本音ちゃんには・・・それが、できるかしら?」

 

 

私がそう言うと、簪ちゃんと本音ちゃんは戸惑った顔で、でもしっかりと頷きあった。

その様子を見て、私はまた微笑む。

・・・うん、きっと大丈夫。

 

 

私の妹達は、とても良い子だから。

だからきっと、大丈夫。

もしダメでも、きっと大丈夫。

矛盾しているようだけれど、それでも・・・私は、簪ちゃんが強い子だって知ってるから。

私なんかよりも、ずっとね。

 

 

 

 

 

Side シャルロット・D・コルデ

 

あれから半月くらいかけて、更識家所有の屋敷に匿われたのは良いけれど・・・。

なかなか、上手くはいかない物だよね。

虚先輩を手伝って、いろいろな国の情勢を調べてはいるんだけど。

 

 

「委員会が無くなるなんてね・・・」

 

 

今頃、アラスカでは各国のIS当局者が集まってIS条約の改訂交渉を行っているはず。

でも多分、決裂するんじゃないかな。

委員会・・・「オリジナル・コア」に何らかの形で関わって、ISの秘密を握っていた人達が事実上、全滅してしまったから。

議論を裏で支配できる人がいないから、各国の利害が調整できない。

 

 

結論としては、現状維持派の先進国と委員会否定派の新興国の対立が解けない。

僕の古巣であるフランスはもちろん前者、でも僕や会長さんが属するロシアは後者。

さらに日本にも属してるから、僕や会長さんの立場はとても難しいわけで。

・・・会長さん、良くこれで上手く立ち回れるよね。

 

 

「すみません、厨房を・・・ああ、シャルロットか」

「・・・箒?」

 

 

特にすることも無くて―――一夏達の護衛以外は―――厨房でお昼ご飯の支度を手伝っていたら、箒が厨房にやってきた。

ちょっとした高級マンションのリビングよりも広い厨房の中には、更識家お抱えの料理人やお手伝いさんが忙しそうに下ごしらえをしたり食器を洗ったりしてるわけだけど・・・で、僕もそれを手伝ってる。

 

 

割烹着・・・って言うのかな、日本のハウスキーパーさんの制服みたいな。

更識家のお手伝いさん達に嬉々として着替えさせられてからは、ずっとこれ。

淡い色の着物と、白い和風のエプロン。

箒はそんな僕を見て、目を白黒させて驚いてる。

 

 

「箒、どうしたの?」

「ああ、ちょっと・・・な」

 

 

僕が首を傾げながら聞くと、箒がちょっと言い淀んだ。

実直な箒には珍しい反応で、僕はそれで楓絡みのことなんだなってわかる。

楓は、北極での一件以来ずっと塞ぎこんでるから・・・。

僕に何かできることがあるならって思うけど、僕も結局は「ISを人殺しに使う」側の人間だから。

だから多分、僕の言葉は楓には届かない。

 

 

「その・・・すまないが、砂糖を分けて貰えないだろうか。あと、水も・・・」

「お砂糖と、お水・・・?」

 

 

箒が分けてほしいって頼んできた品々に、僕はちょっと首を傾げる。

何かを作るつもりなんだろうけど、何を作るんだろう。

砂糖とお水で、できる物と言えば・・・・・・。

 

 

 

 

 

Side 更識 簪

 

息を切らせて屋敷の廊下を駆けて、もう一度、楓の部屋まで行く。

そして今度は躊躇せずに、障子の扉を開けて中に光を入れる。

狭くも無い和風の部屋の真ん中には、こんもりと盛り上がったお布団が見える。

 

 

・・・胸に手を当てて、一旦、深呼吸する。

着物に包まれた胸の奥は、心臓がバクバク言ってて・・・痛いくらい。

でも、楯無姉さんの手の感触が・・・私の背中を、押してくれる。

 

 

「・・・楓」

 

 

声をかける、でもやっぱり、返事は無かった。

私は、ゆっくりと・・・怯えながら、楓が丸まってるお布団の近くまで寄る。

膝を折って、正座して座る。

 

 

「お、お昼ご飯は、一緒に食べない・・・?」

 

 

返事は無いけど、話しかける。

これが正しいのかは、よくわからないけど。

 

 

「えと、ね・・・お手伝いさんに頼んでね、かき揚げうどんにして貰おう、よ」

 

 

そしたらそれを、本音と3人で食べよう。

 

 

「が・・・学校でも、3人で良く、食べたよね」

「・・・」

「えと、かき揚げの食べ方で喧嘩とか、したり・・・本音の食べ方が、一番なってなかった」

 

 

気のせいか、「かんちゃん酷い!?」って声が聞こえた気がする。

 

 

「喧嘩って言えば、ISのこととかでも良く、したよね。第二整備室でやると黛先輩とかが心配しちゃうから、最後の方は寮の部屋とかでした・・・」

 

 

そしたら、隣の部屋の人に「うるさい」って怒られた。

最終的には、織斑先生に怒られた。

徹夜で廊下で正座の罰は、正直に言ってキツかった。

 

 

「普段は別のクラスだけど、合同授業とか・・・一緒にいてくれて、嬉しかった。私、クラスに友達、いなかったから・・・」

 

 

入学当初に友達が作れないと、最後まで1人だったりするから。

でも、実習授業の時にずっと手を繋ぐのは恥ずかしかったけど。

 

 

「えと、他にも・・・たくさん、楽しかった」

 

 

臨海学校とか、学園祭とか、いろいろ・・・問題はあったけど、楽しかった。

本音と楓に引っ張り回されて、疲れたけど、楽しかった。

だから・・・。

 

 

「・・・外に、出よう・・・?」

 

 

膨らんだお布団に手を添えて、言う。

外に出ようって、言う。

 

 

「部屋の中にいたって、何も・・・悪くなる、ばっかりだよ」

 

 

楓に出会う前の私が、そうだった。

楯無姉さんへの鬱屈した気持ちで凝り固まって、周りに壁を作って、本音以外とは誰とも関わらなくて・・・それだけやっても、何も解決できなかった。

『打鉄弐式(うちがねにしき)』も、完成させられなかった。

 

 

本音が楓を連れて来てくれて、そこから全部が始まったんだよ。

本当はね、最初は嫌だったんだ。

篠ノ之博士の妹、でもお姉さんが大好きな楓は・・・私の嫌な部分を、見せつけてるみたいで。

だから最初はきっと、嫌いだったの。

 

 

「ねぇ、楓・・・」

 

 

でも・・・楓の笑顔を見て、変わって行った。

小さな頃は病弱で、外に出れなかったけど・・・今が、凄く楽しいって言う、楓の笑顔に。

お姉さんが優秀でも、及ばなくても、好きでいて良いんだって、教えてくれたから。

 

 

だから楓には・・・そのままで、いてほしい。

前の私みたいに、なってほしくない。

だって・・・お友達、だから。

 

 

「楓、外に出よう。怖い事もたくさんある、けど・・・でも、きっと、大丈夫だから」

「・・・」

「せっかく元気になって、外に出れるようになったんでしょ? だから・・・」

「・・・・・・やめてよっっ!!」

 

 

・・・!?

楓のお布団の端に手をかけようかどうしようか、考えてた時だった。

いきなり、お布団が吹き飛んだ。

 

 

びっくりして手を引っ込めると、悲鳴みたいな・・・涙声が聞こえた。

楓はお布団だから出て来てくれたけど、怒ってるみたいな、怯えてるみたいな、そんな顔で泣いてた。

泣いてて・・・そして睨んでた、私を・・・・・・楓。

ちょっと、痩せた・・・?

 

 

 

 

 

Side 篠ノ之 楓

 

学校で、皆に嫌われた。

ISが、人殺しに使われた。

そしてどちらにも、束お姉ちゃんの「匂い」がする気がする。

 

 

私達の行動の巻き添えで、千冬姉様がいなくなった。

くーちゃんさんが、いなくなった。

それを夢に見て・・・眠るのが怖くなった。

 

 

「外に出ても・・・良い事なんて、無かった」

 

 

そしてそれ以上に、自分が怖かった。

自分のISが、怖かった。

『 Trismegistus System 』・・・そして、黒い無人機と同じ、他のISの武装を再現する能力。

あれはきっと、『黒叡(こくえい)』に武装がついてない・・・必要の無い理由だったんだと思う。

 

 

そして私は、それを知らなかった。

 

 

知らなかった・・・ISが、人体に害を及ぼすなんて知らなかった。

スコールさんと、千冬姉様。

今はもう会えないけど、でも2人とも、明らかに異常をきたしてた。

あの光景を夢に見るから、眠ることができない。

知らなかった・・・そして、怖い。

もしISに・・・『黒叡(こくえい)』に、まだ私の知らない何かが仕込まれていたら。

そんなことになったら、私、束お姉ちゃんを―――。

 

 

「怖い、怖いよ・・・怖いんだよ! 外も、人も、全部・・・全部、怖いんだよぉっ!!」

 

 

外は怖い、外は怖い、外が・・・怖い。

子供の頃、病気で寝たきりの時に憧れてたことが全部間違ってた気がして。

もっと楽しくて、明るくて・・・光り輝く物ばっかりだと、思ってたのに!

 

 

「こんなの違う、こんなの・・・いらない!!」

「楓・・・でも」

「うるさい、うるさいうるさいっ。もう放っておいて・・・構わないでよ!」

「でも、こんな所にずっといたって」

「外に出たって一緒じゃない・・・何で、そんなこと言うの? そんなこと言うために来たなら・・・いらない、出てって。出てってよぉっ!!」

 

 

―――――あ。

傷付けた、簪ちゃんの顔を見てそう思う。

でも、外に出たくない・・・怖いもん。

怖くて、嫌で、そればっかりなんだもん・・・。

 

 

「・・・それだけ? 怖くて、嫌で・・・外は、それだけだった・・・?」

「そうだよ、そう言ってるでしょ。嫌な物しか、無かったじゃない!」

「・・・」

 

 

簪ちゃんが、無表情にすっくと立ち上がる。

出て行くのかな。

それにほっとする反面、何だか胸の奥が痛かった。

 

 

不意に、簪ちゃんに手を掴まれた。

 

 

そのまま、凄い力で引っ張られる。

私は四つん這いみたいになって引き摺られて、思わず立ち上がる。

そしたら、簪ちゃんは私を外に・・・いやっ!

 

 

「やだ、やだっ、やっ・・・!」

「・・・っ」

 

 

私が掴まれて無い方の手で簪ちゃんの手を掴むと、簪ちゃんも両手で私を外に引っ張る。

意外と力が強くて、離せない。

そのまま障子を踏み倒して、廊下に出る。

久しぶりに浴びる日の光に、肌が少し痛みを覚える。

 

 

外、そのことに恐怖する。

簪ちゃんと揉めながら、廊下から庭へと裸足のままで出る格好になる。

嫌だ嫌だと唸りながら、引っ張り合って、ぐるぐるして、そして。

 

 

「離して・・・っ、離してよぉっ!!」

「・・・痛ッ」

「あ・・・」

 

 

そんなつもりは無かったけど、でも・・・手を振り払った拍子に、簪ちゃんの顔に手の甲が当たる。

ほっぺ、叩いちゃった・・・。

私がそのことにびっくりして、動きを止める。

 

 

すると簪ちゃんが私の動きが止まるのを見計らったみたいに、簪ちゃんが私のお腹のあたりにタックルしてきた。

抱きつくみたいに突撃されて、私はそれを支え切れずに・・・。

・・・庭の池に、簪ちゃんと2人で落ちた。

 

 

 

 

 

Side 布仏 本音

 

・・・びっくりした~。

かんちゃんが楓ちんを引っ張り出したかと思えば、いきなり池に飛び込むんだもん。

今、冬だから・・・うひゃあ、冷たそ~。

 

 

「・・・なに、するの!?」

 

 

池の中で座り込んだまま、楓ちんが怒鳴る。

うわぁ、めちゃくちゃ怒ってるよ。

かんちゃんは、そんな楓ちんに覆いかぶさるみたいな形で、四つん這いみたいな状態で俯いてる。

ポタポタと髪の毛から滴が垂れて、100○万円の着物が水浸し~・・・。

 

 

「外・・・嫌だって言「私はっ!!」っ・・・っ!?」

 

 

・・・み、耳がき~んってしたぁ~。

かんちゃん、大声出すならそう言ってくれないと・・・。

 

 

「私は・・・楽しかった、よ。嬉しかった・・・家の外に出て、良かったと思った」

「わ、私は楽しくなんて無かった・・・嫌なこと、ばっかりだったもん!」

「楓とお友達になれて、嬉しかった」

「・・・ぅ・・・」

 

 

・・・かんちゃん。

 

 

「私、この家が嫌いだった。皆、姉さんと私を比べるし・・・普通の女の子がしないことを、しなくちゃいけなくて・・・私だって、本音だって、家が嫌いだった。外に出てもついて回るし、何もしたくなかった時だってある」

 

 

・・・うん。

更識と、布仏。

お姉ちゃんのことは好きだけど、怖いから嫌い。

訓練とか、嫌だったし~、お姉ちゃんにできることができないと邪魔者扱いだし~・・・ね。

 

 

「候補生になっても、IS学園に入っても、何も変わらなかった。私の前には楯無姉さんの背中がずっとあって、比べられて、逃げ場が無かった」

 

 

・・・まぁ、良い思い出は無かったね~。

私はそれ程でも無かったけど、かんちゃんは真面目さんだから。

ただ、「お姉ちゃんには敵わない」って諦めれば楽なのにね。

 

 

「でも、楓は・・・そんな私を、友達だって言ってくれた。嘘でも嬉しかった、認めてくれて、それで良いって言ってくれて・・・傍に、いてくれて」

「・・・」

「それで全部・・・全部、良かったことにしても良いって・・・こんな惨めで小さくて、卑怯で・・・どうしようも無い私だから、楓に見つけて貰えたんだって、思えたから、だから・・・っ」

 

 

ポロポロと・・・池の水のしずく以外の物を流して、かんちゃんが言う。

途切れ途切れに。

 

 

「だから・・・嫌なことしか無かったなんて・・・言わないで・・・っ」

 

 

・・・外には、嫌なことがたくさんあるよ。

辛い事とか、しんどい事とか、そっちの方がたくさんだと思う。

布仏の・・・更識の影として15年も生きてれば、嫌でもわかることだけど~。

 

 

でも、それだけじゃ無いよ。

かんちゃんもいるし、楓ちんもいるし・・・本当に、ほんのちょっぴりだけど。

それだけじゃ、無いよ。

 

 

「・・・ごめん、なさい・・・」

 

 

俯いて・・・ぽつりと、肩を震わせて泣くかんちゃんの目の前で。

 

 

「・・・ごめん、なさい。ごめんなさい、ごめん・・・ごめ・・・っ」

 

 

楓ちんが、かんちゃんに抱きつきながら・・・謝ってた。

ごめんなさいって、謝ってた。

私は・・・それをずっと、見てた。

 

 

私も行きたかったけど・・・でも~。

入っちゃいけない、そんな気がしたんだ~。

 

 

 

 

 

Side 織斑 一夏

 

「織斑くん、お嬢様も貴方のことを考えて・・・」

「それは、わかってます。でも・・・だけど、俺は行かなくちゃいけないんです!」

 

 

あれからすぐに意識を取り戻した俺は、虚さんの制止も聞かずに駆け出した。

楯無さんは屋敷に戻ったって言うから・・・早く『白式(びゃくしき)』を返して貰って、千冬姉を探しにいかないと。

 

 

楯無さんが俺のことを考えてああしてくれるのは、有難いと思う。

でも今の俺にとっては、千冬姉のことが全てだった。

それ以外のことは、考えられ・・・。

 

 

「うわっ」

「あわわ~」

 

 

楯無さんがどこにいるかわからないから、広い屋敷の中を虱潰しに探すことになる。

お手伝いさんとかに聞いても教えて貰えないし・・・と考えて虚さんを後ろに従える格好で歩き回っていると、途中でのほほんさんとぶつかった。

 

 

どしんっ、と尻餅をついたのほほんさんの周りに、白いタオルが散乱する。

な、何だ何だ・・・?

 

 

「あうぅ・・・あ、おりむーだ~。あれ、お姉ちゃんも~」

「本音? 何をして・・・ああ、もう、私が拾うから」

 

 

よくわからないけど、その場は虚さんに任せて先に進む。

まぁ、先なんてわからないんだけどな・・・。

虚さんの制止の声を背中に聞きながら、歩く・・・いや、走る。

そのまま楯無さんを探して先に進んでいると、何だろう・・・?

 

 

「・・・泣き声・・・?」

 

 

誰かの泣き声が、聞こえた気がした。

足を止めて、方向を確かめて・・・何となく、そっちに向かう。

人がいる方なら、楯無さんもいるかもしれないし。

 

 

しばらく進むと、来客用の部屋が続く長い廊下に出た。

木製の床と障子の引き戸が続いて、広い庭もが・・・。

・・・庭の池の中に、見覚えのある顔が2つあった。

 

 

「楓・・・?」

 

 

楓と、簪さんだった。

正直、俺はこの時になって初めて・・・楓の存在を、思い出した。

俺以外にも傷付いてる奴がいることを、思い出した。

 

 

「うあああぁぁ・・・っ」

「・・・うん、うん・・・」

 

 

何故か池の中で着物姿の簪さんと襦袢の楓が抱き合って、泣いてた。

着物や襦袢が水を吸って、2人の肌に張り付いてる・・・冷たいだろうに。

だけど、俺は何も言えなかった。

泣いてる2人を・・・友達を見て、何も言えなくなっちまった。

 

 

千冬姉がいなくなって、すげー・・・泣きそうで、認めたく無くて。

自分の力の無さが腹立たしくて、悔しくて、何かしないと立ってられなくて。

だけどそれは結局の所、自分のことしか考えてなくて。

俺、俺は・・・俺は、何を見てたんだろう。

 

 

「・・・一夏か・・・?」

 

 

後ろから声をかけられて、虚さんとのほほんさんが来たのかと思った。

けど、違った。

そこにいたのは、四角い半透明の物体を乗せたお皿を持った俺の幼馴染。

楓の姉、箒が・・・そこにいた。

 

 

 

 

 

Side 篠ノ之 箒

 

厨房を借りて、「ある物」を作って・・・戻って来た。

そうしたら、状況がよくわからない物になっていた。

何故、楓と簪が庭の池の中で抱き合ってるんだ・・・風邪を引くだろう。

 

 

「箒? それ・・・」

「ん、ああ、これはな」

 

 

ここ数日、碌に話せなかった一夏と話せて嬉しくなる。

最近は、楯無先輩に構ってばかりだったからな。

それでなくとも、千冬さんのことで話しかけにくかったし・・・。

 

 

「これは、べっこう飴だ。楓が最初に好きになった飴で・・・」

 

 

一夏に見せた皿の中には、砂糖と塩で手軽に作れる半透明な黄色の飴がいくつか乗っている。

べっこう飴は昔、良く母親が楓のために作って舐めさせていた。

普段はIS好きに隠れて目立たないが、楓は飴が好きだ。

私も母親ほどに上手く無いが・・・母親は私と違って、飴をきちんと同じ形に揃えていたし。

 

 

これで、少しでも元気になってくれればと思って。

他に出来ることが、あまり無いから・・・ダメな姉だな、私は。

すると一夏が廊下の柱に背中を押しつけて、崩れ落ちるように座り込んでしまった。

 

 

「ど・・・どうした?」

 

 

座り込んでいる一夏と泣いている楓のどちらに行くか、身動きが取れない。

だから取り合えず、一夏の方に先に声をかける。

わ、私は、誰かを慰めたりだとか気を遣ったりだとか、そう言うのは苦手で・・・勝手が、わからない。

 

 

「いや・・・箒は、すげーなって思ってさ」

「な、何だ、急に」

「俺なんて、自分のことばっかりでさ・・・」

「・・・あまり、自分を責めるな」

 

 

一夏が何を思い悩んでいるのか、正確にはわからない。

何となく、千冬さん関係のことだろうとは思うが・・・。

・・・だとしても、私には月並みのことしか言えない。

 

 

だが、私は一夏に「凄い」などと言われるようなことはしていない。

私だって、いろいろとショックが大きくて・・・出来れば、塞ぎこみたい。

だが私には楓が、妹が・・・下の者がいる。

だから、その世話を焼かないといけないし・・・世話を焼くことで、現実から逃げているんだ。

私は、ただの卑怯者だ。

 

 

「それでも、すげーよ。すげー・・・・・・っ」

「・・・一夏」

「千冬姉、千冬姉ぇ・・・!」

「・・・・・・うん」

 

 

片手で皿を持ったまま屈んで、もう片方の手で一夏の肩を抱く。

普段なら恥ずかしくてできないが、何故か今は。

今は、一夏の支えになりたいと思ったんだ。

 

 

好きだとか、恥ずかしいだとか、関係無く。

楓に抱くような気持ちを、自然に一夏にも抱ける気がした。

そしてこの気持ちは、きっと・・・。

 

 

 

 

 

Side 篠ノ之 楓

 

外は怖い、人は嫌い、外の世界は・・・醜い。

だからもう、何も見たくないって思った。

考えたくないし、外に出たくもないって考えた。

 

 

そうすればもう、傷付かずにすむからって。

 

 

本当は全部、私の中で答えは出ているのに。

私の中の理性的な部分の出したその答えを、感情的な部分が否定していて。

それが、とても苦しくて辛い。

 

 

「良いよ」

 

 

耳元で、か細く・・・でも、優しい声が響く。

囁きのようなその声は、私の世界に大きくさざ波を起こしてくれる。

冷たい池の水の中で、彼女の身体の温もりがぎゅうって私を抱き締めてくれる。

 

 

束お姉ちゃんみたいに包み込んでくれるわけでも、箒姉さんみたいに守ってくれるわけでもない。

ただ、必死に・・・温もりを、熱を、気持ちを伝えようとしてくれる、そんな温かさ。

簪ちゃんの、気持ち・・・想いが。

 

 

「そのままで、良いよ。楓は、そのままで・・・良いんだよ」

「・・・ぃ、の? 怖くて、何もできないけど・・・良いの?」

「良いよ・・・優しくて、可愛くて、明るくて・・・そんな楓が、好き」

 

 

ふわり、と笑って・・・簪ちゃんの両目から、透明な滴が流れる。

それはとても、綺麗だった。

世界で一番、綺麗だった。

 

 

「怖くて、良い。下手で、良い・・・んだと、思う。私も、上手くできないから・・・わからない、けど」

「でも、でも・・・簪ちゃんは、ずっと」

「うん・・・だから、一緒が良い。楓と一緒が、一番、良い」

 

 

怖くて良い、下手で良い、一緒が良い。

 

 

「外は・・・これから、きっと辛いこととか、嫌なこととか・・・たくさん、あると思う。でも、それでも、それ以外にも何かあるって・・・教えてくれたのは、楓」

「そんなことないよ、簪ちゃんが・・・強かったんだよ」

「・・・うん。でもそれはきっと、楓がいてくれたから。惨めで小さな私が、それでも強さを見せれたなら・・・それはきっと、貴女が傍で笑っていてくれた、から」

 

 

違うよ、簪ちゃんが強かったから。

私なんて、何もしてないよ・・・何も、何も。

だけど・・・信じても、良いですか。

 

 

「ふ、ぇ・・・」

 

 

こんな私でも、誰かに何かを・・・簪ちゃんの力になれるんだって。

そう信じても、良いですか。

怖くて、辛くて・・・下手で、何もできないけれど。

それでも、それだけじゃ無いって・・・信じても、良いですか。

 

 

「・・・ふぇ、ぐ・・・ふえええぇぇ・・・っ」

「・・・ん」

 

 

池の水の中に座り込んで、コツンと額を当てて。

鼻先が触れ合うくらいの近さで、簪ちゃんの前で、泣く。

簪ちゃんも、泣いてくれる。

「一緒」に。

 

 

・・・お姉ちゃん。

束お姉ちゃん、今、どこにいますか。

私・・・私ね、学校・・・上手くいかなかったけど。

 

 

「・・・楓、大好き」

「ぐすっ・・・ぇ・・・んっ、私も、簪ちゃんが大好きだよ」

 

 

お友達が、出来ました。

 

 

「ほーい、おまたせ~、ぱさぱさぱさ~」

「わっ・・・ほ、本音?」

「あはは~、タオルだよ~」

 

 

大事なお友達が、出来ました。

お姉ちゃん、束お姉ちゃん・・・私ね。

私・・・・・・。

 

 

私、お姉ちゃんに聞かなくちゃいけないことがあるんだ。

 

 

 

 

 

Side 更識 楯無

 

あら、何だか良い感じに収まったようじゃない?

屋敷の屋根の上から、「一件落着?」と描かれた扇子を振りながら眼下の様子を伺う。

一夏くんや、楓ちゃん達の様子を。

 

 

・・・傷の舐め合い、大いに結構。

今、重要なのは暴発しないことよ。

時期を待ち、相手の出方を待ち、そして待つ。

まぁ、時期と相手がいつで誰かって言う問題はあるのだけどね。

 

 

「お嬢様、こちらでしたか」

 

 

いつものようにいつの間にか、虚ちゃんが私の傍に現れる。

使用人用の割烹着姿で、私の3歩後ろに膝をついて。

私はそれに振りかえることもしないで、ヒラヒラと扇子を振る。

 

 

「ご苦労様、虚ちゃん」

「いえ」

「あら、嫌がらないのね。ひょっとして一夏くんのことが気に入ったのかしら?」

「うふふ、お嬢様は相変わらず冗談がお好きですね」

 

 

あん、さらりとかわされちゃったわ。

私は扇子を持っていない方の手で『白式(びゃくしき)』のコア・クリスタルを弄びながら、さてと考える。

まぁ、一番進行しているのは一夏くんだからね。

少し、離しておかないと。

 

 

「・・・それで、いかがですか」

「うーん、主要な所は押さえてるんだけど・・・全部は無理ねぇ」

 

 

主要国(せんしんこく)の暗部とは、話がついてるんだけど。

向こうは「現状の世界を続けたい」と言う意味では利害が一致してるから、難しくは無い。

問題は、今の世界じゃ満足できない人達なのよね・・・先代楯無と織斑・篠ノ之の盟約に参加していない、そう言う組織は。

 

 

「今すぐに発火しそうな所は・・・そうね。南米のフォークランド諸島、東南アジアのスプラトリー諸島、中東のシナイ半島・・・かしらね」

 

 

地域と当事国は違うけれど、これらの紛争は係争地が資源の宝庫で交通の要衝だと言う共通項がある。

そして一方もしくは双方がIS大国であり、後半の2つに関しては他の国が対抗できない程に強大な軍事力を仕掛ける側に国が持っているってこと。

そして、常に現状に不満を持っていること・・・か。

不満、不安、不信、それらは常にどの国、どの民族も抱えてることだけど。

 

 

「出来れば、戦力を・・・特にISを割かないでほしいのよね・・・」

 

 

紛争が起こることは仕方が無いわ、止めようが無い。

だけどISは動かさないでほしい、こっちの予定が狂うから。

私の予定だと、IS全機を・・・。

 

 

「・・・まぁ、何とでもなりましょう。収まるべき所に・・・ね」

 

 

結局の所、世界の全てを思い通りになんて出来ない。

それさえ弁えて、最小限のダメージで次に残ることが出来ればOK。

とりあえず、今の所は。

 

 

だけど、今年はそれで良いとしても・・・来年は、どうかしらね。

今日(おおみそか)を無事に過ごせたとして、明日(おしょうがつ)は。

どんな日に、なるのかしらね。

全てはあの天才次第、か・・・凡人の我が身を恨む日々は、まだまだ続きそうね。

 

 

 

 

 

Side 篠ノ之 箒

 

「さぁ、年越し蕎麦が出来たわよ~」

「皆、お待たせー」

 

 

あっという間に夜になり、そして深夜になった。

今日は大晦日、今日の夜が過ぎれば新年になる。

楓が閉じこもっていた部屋に炬燵とテレビを持ち込んで、皆で暖を取る。

 

 

あれからは、比較的に穏やかに過ぎた。

楓も屋敷内であれば、部屋の外に出るようになり・・・一夏は、楯無先輩に謝っていた。

夜は楓の部屋で皆で鍋を囲んで夕食を取り、その後は紅白歌○戦を見て談笑した。

楓は簪と本音にくっついて離れないので、ちょっと寂しかった。

 

 

「わぁ、関西風なんですね」

「ええ、寒いから温かい物の方が良いでしょう?」

 

 

一夏が感心したような声を上げると、楯無先輩と虚さん、そしてシャルロットの持つ盆の上で湯気を上げるお蕎麦がふわりと良い香りを立てた気がした。

関西風のお蕎麦、それもえぼ天が乗ったえび天そばだ。

 

 

「ほら、楓。火傷しないようにな、ネコ舌なんだから」

「う、うん・・・」

 

 

虚さんから受け取ったお蕎麦の器を渡してやると、楓は照れくさそうに笑ってそれを受け取る。

良くわからないが、少し元気になったようで・・・嬉しい。

だがやはり簪の傍を離れないので、姉としては少し寂しい。

 

 

それにしても、何と言うか楓と簪の距離がやけに近い気がするんだが。

1面に3人は入れる大きな炬燵だと言うのに、2人でぴったりとくっついているし。

たまに2人で見つめ合って、「くすり」と微笑み合ったりするし。

・・・大丈夫、だよな? 私の発想が下世話なだけ、だよな・・・?

 

 

「お、おい箒、何だどうした。凄い顔してるぞ・・・?」

「い、いや、ちょっと考え事を・・・」

 

 

かく言う私も、しっかりと一夏の隣をキープしている。

私は意識しているのに、一夏はちっとも気にした様子が無い。

ある意味で、これもいつも通りか。

 

 

「お蕎麦、うまうま~」

「ああ、ほらもう、溢さずに食べなさい・・・ごめんなさいね、シャルロットさん」

「い、いえ・・・あはは」

 

 

本音がシャルロットの分のえび天を貰って喜び、その口元を拭いたりして世話を焼いている。

シャルロットは複雑な表情でそれを見ているが、どこか楽しそうにしている。

 

 

「年末はやっぱり、年越し蕎麦とジャニ○ズのカウントダウン番組よねぇ」

「い、意外と庶民的な趣味なんですね、楯無さんは」

「あら、私だって女の子なのよ?」

「まぁ、それは良く知ってますけど・・・」

 

 

そして私を挟んで、楯無さんが一夏の隣でテレビのカウントダウン番組を見ながらお蕎麦を啜っている。

一夏め、私よりも楯無さんが良いと言うのか・・・何となく気に入らないので、私もするするとお蕎麦を啜ることにする。

・・・平和だ、状況は厳しいが・・・平和、だった。

 

 

皆で温かい部屋で温かい物を食べ、談笑して、新年の訪れを待つ。

こう言うのも、良いな。

そんな風に思って、久々に何もかも忘れて楽しむことができたと思う。

年越しの瞬間の、15分間・・・今までで一番、楽しかったかもしれない。

そして・・・。

 

 

「あ、皆~、カウントダウン始まったわよ」

 

 

楯無さんの声に、皆が会話を止めてテレビに見入る。

10からスタートした数字が、テレビの中のアイドルユニットと観客の声に合わせて減って行く。

そして、3・・・。

 

 

「に~、いーち~」

 

 

本音が炬燵のテーブルにタレながら本音が数を数え、皆が笑う。

そして最後は、恥ずかしながら私も含めて全員で。

 

 

「「「ぜろー」」」

 

 

テレビの中で花火やライトアップ、派手な演出で新年の訪れを告げる。

そして私達もまた、お互いに新年の挨拶をしようとした所で。

 

 

テレビの画面が、暗転した。

 

 

番組が途絶え、砂嵐の状態から全く別の映像が浮かび上がる。

ほんの数秒で入れ替わったそこには、ピンク色のウサギのマークが映っていた。

背景にデフォルメされたニンジンの絵があり、ウサギのマークが動くと同時にやや罅割れた声が響く。

 

 

『もすもす、終日~♪』

 

 

その声に、私は凍りつく。

凍りついて、気付いて、楓を見る。

楓も目を丸くして・・・隣の簪の手を、握っていた。

食い入るように、テレビを見つめる。

 

 

『はぁいはぁ~いっ、明けましておめでとーっ。あーテステス、ん~それでは自己紹介? いるの? あ、いるんだ、凡人共はこれだから全くー。ん-、私はねぇ・・・』

 

 

この声、この喋り方。

何よりも、こちらの都合を一切考えない一方的な登場タイミング。

間違えようが、無い。

 

 

 

『皆のアイドル、天才のぉ、たっばねさんだよ~んっ♪』

 

 

 

そしてそのふざけた声と言葉が。

私達にとっての、新年初の言葉になった。

私達姉妹と―――――世界に、とっても。

 




ここに来て、物語の中の国際情勢などを話すシーンが増えて来ています。
なので、基本的な各地域の情報を開示します。
基本的には、今の世界をISっぽくしたような感じになります。


*必要ないという方は、読み飛ばして頂いて大丈夫です。


米州:
アメリカが群を抜いて強く、米州機構IS委員会を通してアメリカの支配体制が確立している。
*キューバを除く。
ただし、近年は南米の国際IS委員会参加国であるブラジル、アルゼンチンを中心に反米グループが形成されつつある。また南米諸国(特に左派政権国)では欧州系列の企業の国有化が進んでおり、欧州連合は反発を強めている。極めて保護主義的で、アルゼンチン軍事政権は英国と領有権を争うフォークランド諸島において、同諸島で石油探査を行う英企業の船舶に自国の軍艦を監視につけて圧力を加えている。

欧州:
欧州連合内部は英独・仏伊の両陣営でIS開発の競争状態、ただし域外政策は共通(共通IS政策)である。東方にはロシアを盟主とする旧ソ連諸国の共同体「ユーラシア同盟」があり、欧州連合とは東欧の境界線を巡って数十年に渡る対立構造が存在する。永世中立国スイスは、両者の争いに関与せず沈黙を保っている。

東アジア:
日本と中国、2大IS大国が地域情勢に大きな影響力を持つ地域。日本は独自のIS技術を多く持ち、世界のIS内部の部品の6割は日本製であると言われている。米国が中国を抑止するために在日米軍基地のISを増強する計画があるが、地元住民の反対で頓挫している状況である。一方で中国はISを含めた軍備拡張を続け、南の東南アジア諸国に対する軍事的圧力を強めている。2年前、南シナ海において中国艦船とフィリピン・ベトナムの連合艦隊が睨み合った際、中国側がISを前線に送りだした事件が有名。東南アジア諸国唯一の委員会参加国インドネシアの国際IS委員会への提訴により、事態は収拾された。

南アジア:
軍事力・経済力共にインドが他国を圧倒する状況が続く、近年はインド洋セーシェルに開設された中国海軍基地の動向に神経を尖らせている。ベトナム、フィリピンに軍事援助を行っていると噂され、事実、両国の南シナ海の海域(中国が領有を主張)でインド企業が資源探査を続けている。隣国パキスタンとの関係は険悪、ISを保有していないパキスタンは核戦力の増強でインドに対抗しようとしている。

西アジア:
中東地域、IS保有国イスラエル、トルコ、サウジアラビアの3国の勢力均衡によってバランスが保たれている地域。イスラエルは隣国エジプトの経済制裁(ガス供給の停止、和平条約の無期限停止など)に反発し、パレスチナ自治区ガザを占拠してIS部隊を展開、エジプト政府に圧力をかけている。サウジアラビア、トルコはそれぞれ和平交渉の仲介を提案するも、イスラエル・エジプト両国はこれを拒否した。

オセアニア:
比較的安定した地域、オーストラリア北部のダーウィンには米国のIS部隊が常駐している。なお、オーストラリアとニュージーランドはISの共同運用協定を結んでいる。トンガ、フィジー、ソロモン諸島などで小規模な紛争やクーデターが起こるが、他地域に比べれば安定している。

アフリカ:
南アフリカを除き、ISの配備・持ち込みが禁止されている地域。名目上、南アフリカの保有ISはアフリカ連合の共同保有と言う形態を取っている。近年はアルジェリア、マリ、ギニアビサウ、ナイジェリアなどの西アフリカ地域での軍事クーデターや民族紛争が頻発し、同地域の統合機構である西アフリカ諸国経済共同体は東アフリカ共同体(盟主:タンザニア)や南部アフリカ開発共同体(盟主:南アフリカ)に援助を求めている。ただしそれぞれ域内に紛争国を抱えているので、余力が無い状況が続いている。
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