インフィニット・ストラトス―黒き叡智―   作:竜華零

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第51話:「その女、世界征服」

 

―――――日本時間1月1日午前0時ジャスト、その時、全世界のネットワークが大混乱に陥った。

それまで流れていた映像が、音楽が、その全てが。

1人の「ウサギ」によって、乗っ取られてしまったからである。

 

 

電波ジャックなどと生温い、これはまさに世界中を繋ぐ情報ネットワークの「乗っ取り」だった。

何の前触れも無く、唐突に、全てが奪われてしまう。

開放されている民間ルートから軍の極秘チャンネルまで、全てである。

しかも、僅かの誤差も無く同時に。

 

 

「何だ・・・どう言うことだ、これは!」

「放送を止めろ!」

「誰か、説明しろ!」

 

 

様々な言語で、世界中で同じ言葉が繰り返される。

しかし誰も、説明することも止めることもできない。

何故ならこれは、1人の人智を超えた天才の仕掛けた物なのだから。

 

 

政・軍・財の混乱から一般家庭によるテレビ局の抗議まで含めて、その原因は1人の天才。

その天才の名は―――――。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

Side 篠ノ之 楓

 

『もすもす終日(ひねもす)ー、皆のアイドル、束さんだよ~んっ♪』

 

 

テレビの中のウサギさんがクネクネ踊ると、聞き覚えがありまくる声が響いて来た。

それは、聞き間違えるはずの無い声だった。

世界で一番・・・大好きな声、だった。

 

 

・・・いやいやいや、何やってんのさ束お姉ちゃん!?

何? 何で新年早々テレビ局の電波を乗っ取っちゃってるわけなの?

暇? 暇だったから? それとも単純に面白そうだったからー!?

 

 

『やっほー、箒ちゃーん、楓ちゃーん、みーてるー?』

「はぇ・・・?」

「・・・!」

 

 

私はぽかんと、箒姉さんはどこか緊張して。

もしかしなくてもこれ、全国ネットだよね?

だとすると、全国ネットで名前呼ばれたわけで・・・わわわ、はずかしー。

と、私がどこかズレたことを考えていると。

 

 

 

『そろそろ時間だよ、帰っておいでー』

 

 

 

・・・帰っておいで。

帰っておいでと、束お姉ちゃんは言った。

顔は見えないけど、たぶん、いつもみたいに楽しそうにニコニコしながら。

 

 

帰るって、どこに?

篠ノ之神社・・・じゃ、無いよね?

あそこはもう、実家ではあっても私達の「家」では無いし・・・。

・・・と言うか、「時間」?

時間って、何・・・説明、足りなさ過ぎるよ束お姉ちゃん。

 

 

『あーあとね、いっくんとちー・・・』

『束さま、それでは楓さまと箒さまに細かい点が伝わらないかと思われます』

 

 

不意に、別の声が聞こえた。

画面はそのままだけど、確かに聞こえた。

どこか抑揚が無くて、静かなその口調は。

 

 

「くーちゃん・・・さん?」

『はい、楓さま』

 

 

私の声が聞こえたわけでもないだろうけど、また聞こえた。

私の名前、呼んでくれた。

くーちゃんさん。

 

 

・・・生きてた。

生きててくれた、無事だったんだ!

嬉しい、けど、何で?

確か、スコールさんに酷い事されて・・・そのまま、あの施設に残して来たはずなんだけど。

 

 

『えー? わかるよ、きっと』

『いえ、その・・・たぶん、混乱なさっておいでかと思われます』

『うむー、じゃあ、くーちゃんが説明したげてよ。お馬鹿さんにも伝わるように』

『畏まりました、お馬鹿さんにも伝わるように』

 

 

・・・何か、凄く馬鹿にされたような。

画面の中で、ぴょこん青い水滴みたいなマークが追加される。

どうも、アレがくーちゃんさんを表してるらしい。

 

 

・・・けど、何だろう。

場の空気、ぶち壊しって言うか・・・私は、束お姉ちゃんとくーちゃんの声を聞けて嬉しいとも思えるけど。

箒姉さんは、顔が引き攣ってるし・・・一夏さんは、反応に困ってる。

束お姉ちゃんを割と良く知っている人間でこの反応だから、他の人は・・・推して知るべし。

 

 

『それでは、不肖私めが補足させて頂きます』

 

 

・・・帰っておいでと、束お姉ちゃんは言った。

今、このタイミングで・・・どこに帰るんだろう。

束お姉ちゃん・・・。

 

 

 

 

 

Side 篠ノ之 箒

 

間違いない、こんなふざけたことをするのはあの人だけだ。

周囲の都合など何も考えない・・・いや、違うな。

あの人なりに考えた結果がこれなのだから、余計にタチが悪い。

 

 

いつだってそうだ、あの人の価値観は他人と重ならない。

だけどあの人に、悪気があるわけじゃない。

あの人はこれがベストだと考えて行動しているのに、価値観のズレがわからないから。

だから誰にも・・・理解が、できない。

 

 

『まず日時は、1ヵ月後・・・2月14日、午後19時00分』

「ば、バレンタイン・・・?」

「いや、たぶん関係が無い」

 

 

楓の声に否定を返す、あの人がわざわざバレンタインを選んで何かするはずが無い。

まぁ、それ以外にならばどのような理由があってその日を選んだのかはわからないが。

いずれにしても、深く意味を追求すれば混乱するだけだ。

だからあの人の話は、9割聞き流してちょうど良いんだ。

 

 

『箒ちゃん、ひどぉいっ!?』

「画面越しに考えを読まないでください!」

「箒、箒、落ち着けよ」

「す、すまない・・・つい」

 

 

く・・・思わず取り乱してしまった。

しかしさっきもそうだが、画面越しでなぜ私の考えていることがわかるんだ・・・?

・・・まぁ、あの人のやることを常識の範囲で考えていたら廃人になるが。

 

 

『・・・続けても良いでしょうか・・・?』

『あ、うん、やっちゃってやっちゃってー、くーちゃん♪』

「やる気の無い電波ジャックねぇ・・・」

 

 

ぽつりと感想を述べたのは、未だにスルスルと年越し蕎麦のお代わりを食べている楯無さんだ。

こ、この人はいつでも冷静だな・・・いろいろな意味で。

 

 

『では続けさせて頂きます、箒さま、楓さま』

 

 

・・・だから、全国ネットで私達の名前を連呼するのをやめてくれ。

頼むから、切実に。

ちらりと楓を見るが、困惑はしているが嫌がっている素振りは無い。

相変わらず、簪とくっついている。

 

 

『・・・来たるべき2月14日、我々・・・いえ、束さまは』

 

 

おっと、続きか。

何のつもりなのかは知らないが、適当な所で切り上げてほしい。

妹としていたたまれない、恥ずかしい・・・第一、意味不明だ。

 

 

『束さまは、いずれかの宇宙港ないし射場を占拠。宇宙への進出を開始なさいます』

 

 

・・・何?

今、何と言ったか。

どこかの宇宙港、あるいは射場を・・・「占拠する」、だと?

 

 

あの人は・・・いったい、何を考えているんだ!?

これまでも意味不明な奇行を繰り返してはいたが、今回は極め付けだ。

本気で言っているとは思えないが、しかし本気だろう、あの人なのだから。

・・・本気で、宇宙に行こうとしているのか。

 

 

 

 

 

Side 更識 楯無

 

正直に言えば、出て行ってくれるなら出て行ってくれて構わないのだけど。

篠ノ之博士も含めて、箒ちゃん、楓ちゃん、一夏くんが全員「いなくなる」。

争いの種がまとめて出て行ってくれると言うのは、悪い話じゃ無いわ。

 

 

ただし、条件がいくつかあるのよね。

例えば、「篠ノ之博士が誰にも迷惑をかけずに出て行ってくれるかどうか」とか。

あるいは、「簪ちゃんが寂しがるかしらねぇ」とか。

・・・我ながら、落差のある思考だわ。

 

 

『ちゃっちゃら~ん~っ、名付けて、天才・・・天才の! 束さんの「チキチキ! バレンタイン大脱出さくせ~んっ、ちゅっ」だよ!』

『・・・ちゃっちゃらーん・・・』

 

 

うん、このテンションなら悪い冗談としか思えないのだけど。

空になったお蕎麦の器を置いて、温かいお茶の入ったお湯のみを両手で持つ。

あー、炬燵が温かいわね。

最近は、ちょっとしたことじゃ驚かなくなったわ。

 

 

『概要は以上です。2月14日に非常に分かりやすい形でいずれかの宇宙港を拝借させて頂きますので、箒さま方はごゆるりとお越しくださいませ』

「・・・だそうよ?」

「いや、何をどうごゆるりとしろと」

 

 

一夏くんに声をかけると、良く分かってない顔で頭を掻いていたわ。

まぁ、無理も無いと思うけどね。

だけど、少しは光栄に思ったら良いのにね。

 

 

天才に選ばれたのだから、70億もいる人間の中でたった3人だけ。

地球上で並ぶ者のいない、誰も並べない・・・並びようが無い程に規格外の突然変異、空前絶後の天才。

それは、酷く哀しく辛い事でもある。

―――――誰も、彼女と同じ物を見ることができないと言うことだから。

 

 

「・・・私にも、少しだけ覚えがあるわよ。篠ノ之博士・・・」

 

 

誰に聞かせるでもなく、口の中だけで呟く。

誰にも聞こえない、それ程の小さな声量で。

生まれ落ちたその時から、「更識」としての全ての機能を備えた私。

もちろん、篠ノ之博士ほどに破格と言うわけじゃない。

 

 

でも、別格ではあった。

努力さえすれば、大抵のことはできるようになるこの身体と魂。

同じだけの努力をしていて、でも出来ない子達をたくさん見てきた。

そういう時、少しだけ思ったことがあるの。

・・・ああ、寂しいなって。

 

 

『・・・それでは、当日に』

『ああ~、待って待って、くーちゃんくーちゃん。まだ大事なことを言ってないよ?』

『ああ・・・申し訳ありません』

『もぅ、しょうが無いくーちゃんだなぁ』

 

 

まぁ、でも私には虚ちゃんがいたから。

もしかしたなら、篠ノ之博士にとっても織斑先生が、私にとっての虚ちゃんだったのかもしれないわね。

決定的な違いが、あるとすれば。

 

 

私が世界を肯定する側に立っているのに対し、篠ノ之博士は世界を否定する側に立っているってことかしらね。

ううん、否定とも違うのか・・・あの人はそもそも、この世界を見ていないのだから。

あの人に見える物は、私には見えない・・・つまり。

私達に見えている物が、篠ノ之博士には見えないのだから。

 

 

 

 

 

Side 篠ノ之 楓

 

―――――宇宙!!

束お姉ちゃんの・・・そして、私の夢でもある。

皆で、一緒に、宇宙に行くことが。

 

 

そこにはきっと、まだ私達の知らないことがたくさんある。

そう思えばこそ、身体の髄から震えるんだ。

だから嬉しいんだ、だって。

 

 

「やっぱり、お姉ちゃんは・・・」

 

 

お姉ちゃんは、ただ宇宙に行きたかっただけなんだ。

ただそれだけで・・・他には、何も考えて無かったんだ。

自分が、恥ずかしいよ。

いろいろと考えて、束お姉ちゃんを疑ってた自分が恥ずかしい。

 

 

もし仮に、スコールさんとかが言っていたことが本当だったとしても。

でも、それは束お姉ちゃんが狙ってやったとは限らないじゃないか。

そうだよ、束お姉ちゃんは昔から作りっぱなしで・・・それ以降のことは何もしない人だったじゃん。

だからきっと、わざとじゃない。

むしろ私が教えてあげれば、きっと改善してくれる・・・きっと、だから!

 

 

「箒姉さん、行こう! 束お姉ちゃんの所へ! 一夏さんも!」

「・・・・・・楓、それは」

「・・・?」

 

 

炬燵から立ち上がって言うと、箒姉さんは物凄く歯切れが悪そうだった。

えーと、やっぱり箒姉さんは束お姉ちゃんが苦手なのかな。

ふと、隣で箒姉さんと同じような顔をしてる簪ちゃんを見て・・・あ、そっか。

 

 

「大丈夫だよ、皆も一緒に・・・束お姉ちゃんに2人でお願いしよう? 皆も連れて行っても良い? って」

 

 

きっと、束お姉ちゃんも許してくれるよ。

皆、良い人だもん。きっとわかってくれる。

束お姉ちゃん、優しいもん。

 

 

「だから・・・・・・だから、あの・・・」

 

 

・・・でも、何だろう。

皆の反応が芳しく無いから、段々と私も自信が無くなってくる。

箒姉さんと簪ちゃんは、どこか辛そうに私を見てる。

何、何で・・・そんな顔、するの・・・?

 

 

だって、束お姉ちゃんが呼んでるんだよ。

そりゃ、凄く変な人で迷惑もいっぱいかけるけど、悪い人じゃないんだよ。

優しくて、頭がよくて何でも出来て、綺麗で。

本当に優しい、お姉ちゃんなんだよ。

 

 

『・・・束さんは、この惑星(ちきゅう)を出て行くよ』

 

 

その時、テレビから束お姉ちゃんの声がした。

可愛くデフォルメされたウサギさんが、束お姉ちゃんの声に反応して明滅する。

それにしても、どうやってジャックしてるんだろ・・・。

 

 

『でもその前に、やっておかなくちゃいけないことがあるよね。束さんは天才で完璧だから・・・やり残しは許されないんだよね』

 

 

やり残し・・・?

ちょっと、意味がわからないよ束お姉ちゃん。

 

 

『いっくん、箒ちゃん、楓ちゃん・・・それから、ちーちゃん』

 

 

うん、それじゃ私達以外には誰か伝わらないよお姉ちゃん。

・・・でも、何故かな、凄く・・・胸が、ザワザワする。

束お姉ちゃんの声が、とても低い。

まるで、それは。

 

 

『束さんが大人しくしてるのを良い事に、随分とちょっかいをかけてくれたよね。皆、束さんのモノだって散々伝えてあげたのに』

 

 

いや、はたして大人しくしてたかはわからないけど。

・・・何?

束お姉ちゃんが何を言おうとしているのか、わからない。

ううん、わかってる、けど。

認めない、違う。

 

 

『だからね』

 

 

ウサギのマークが、消える。

映像が切れたわけじゃない、デフォルメされた映像が消えて・・・本物の。

本物の束お姉ちゃんが、映る。

 

 

スタイルの良い身体を青と白のワンピースに無理矢理押し込めた、綺麗な女の人。

長い髪、どこか眠そうな瞳の・・・私と箒姉さんの、お姉ちゃん。

束お姉ちゃんが、画面の向こうでにっこりと笑って、そして。

どこか暗い部屋で、カメラ(かどうか知らないけど)に向かって・・・満面の笑みを。

 

 

『壊れちゃえ♪』

 

 

驚くほど、無邪気な束お姉ちゃんの声に。

あんまりにも、邪気が無い声のせいで。

私は一瞬、その言葉の意味がわからなかった―――――。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

アメリカ東部テネシー州、そこにはある企業の工場が存在する。

アワー・アルレート社、略称「OUL」として知られる民間総合兵器開発会社所有の工場である。

“バタフライナイフからISまで”をキャッチコピーに年間総収益280億ドル、全米3位の規模を持つ軍需企業だ。

 

 

この企業の最大の特徴は、民間軍事会社としての特徴を持っている所だ。

千人単位の傭兵を抱え、企業内部では「傭兵も兵器の一つ」と認識されている。

そこにはもちろん、ISとその操縦者も含まれる。

そしてこの工場にはつい先日、日本から持ち込まれたある物が運び込まれており―――。

 

 

「うわあああああああああっっ!?」

 

 

新年直前の午前9時(時差の関係で、日本時間からマイナス15時間程度)、その静寂が破られた。

年末・・・休日の工場に残っているのは、夜勤の研究班と警備員くらいの物だ。

そしてその夜勤の研究員の悲鳴を聞いた―――そしてほぼ同時に流された工場内の異常感知システムの警告音(アラート)を聞いた―――重武装の警備員が、即座に駆け付ける。

 

 

普段から数十名の傭兵が警備員として巡回しているために、こう言う場合の反応も早い。

ほどなくして数名の研究員が駆け付けた先は、工場内の研究施設だった。

組み上げたISの性能チェックや解析を行うための設備の一つで、IS学園で言う所の整備室に当たる。

そして駆け付けた警備員が見た物は、床の上で腰を抜かした研究員らしき男女。

どうやら夜勤中に逢引し、そのまま帰ろうとした所だったらしい。

 

 

「何だ―――どうした!? エイリアンでも出たか、あ?」

 

 

その2人は以前から似たような逢引を繰り返していた2人なので、ある意味で顔見知りな警備員達は気を抜いた。

以前にも臆病な男の方が、組み上げ途中のISを暗闇の中で見て驚いたことがあったからだ。

だが、どうも今日は様子が違う。

男は女の肩を抱いたまま、口をパクパクさせながら目の前を指差している。

 

 

「あん・・・?」

 

 

警備員達がその先に視線を動かせば、そこには先日、日本から運び込まれた物が鎮座していた。

どことなく戦乙女に似た容貌、両手のブレードと砲門が鈍い輝きを放っているようにも見える。

それは、「ゴーレムⅢ」と呼称されるISの無人機だった。

米国政府直々の命令で、アワー・アルレート社が解析を行っている機体だった。

と言っても、コアが自壊したために金属の塊に過ぎないはずだが。

 

 

「何だよ、アレがどうかしたのか?」

「う・・・動いたんだ、目のモノクルも光った!」

「はぁ? ISってのはコアが無いと動かないんだろ、なぁ?・・・だろ?」

 

 

傍らの別の警備員(あいぼう)に同意を求め、その通りの答えが返ってくる。

それに満足した警備員は、研究員のカップルに笑みを浮かべて見せた。

・・・だが、2人の表情は晴れない。

 

 

「・・・ったく、しょうがねぇなぁ」

 

 

業を煮やした警備員は無人機に近付くと、その装甲を手の甲でコンコン、と叩いた。

動かない、当然だ、コアが無いのだから。

警備員がそれに笑みを浮かべて背後を振り向いた、次の瞬間。

 

 

キュキュインッ・・・と言う音とほぼ同時に、研究施設の天井に風穴が開いた。

 

 

耳元で爆音が鳴り響き、至近距離にいた警備員の鼓膜が千切れ飛ぶ。

耳の内部で急に発生した警備員が両耳を押さえて倒れるのと、第2射が放たれるのは同時。

それほど狭く無い研究設備の壁が破壊され、斜めに輝いた光の斬撃が機械を切り裂く。

そして続くのは、轟音と爆発だ。

 

 

「何・・・なんなんだ、畜生!!」

 

 

鼓膜が破れ、背中に重度の火傷を負った同僚を何とか引き摺り寄せた別の警備員は、研究員のカップルを背後に庇いながら喚いた。

そんな彼の目の前では・・・戦乙女の姿を象った無人機「ゴーレムⅢ」が、モノクルを赤く輝かせながら歩を進めている所だった。

 

 

動いている・・・ISコアを失ったはずの研究素体が、動いているのだ。

しかも今、研究設備を破壊し、今度はその片腕の砲門を自分達に向けている。

とっさに構えた軽機関銃、その小ささに絶望した次の瞬間。

赤いレーザーが、彼らの頭上を擦過し―――なかった。

 

 

「人ん家(ち)で暴れてんじゃねぇぞ、クソヤロウ」

 

 

鉄塊からそのまま研ぎ出したかのような無骨なフォルムの幅広の刀(ファルシオン)が、無人機の砲身をひしゃげさせる勢いで振り下ろされたのである。

それを成したのは、会社のロゴが入った薄青色のISスーツを着込んだ少女。

その少女の顔を知らない人間は、この企業にはいない。

 

 

「おお、エリスちゃんだ! エリスちゃんじゃねぇか!?」

「本当、エリスちゃんだわ!」

「エリスちゃん、こっちに来てたのかい!?」

 

 

「ちゃん」付けで呼ばれる度、エリス・シール―――薄青混じりの白髪の小柄な少女―――の額に怒りマークが増えて行くが、暴走を始めた無人機を前にそこをつっこむ余裕は無い。

なお、エリスは自分の専用機の調整のために早朝から工場を訪れていたのだが・・・とんだ災難である。

いや、彼女がいて僥倖と言うべきだろうか・・・?

 

 

不意に、足元が揺れる。

ケーブルやチューブを振り千切って動き始めた目前の無人機が発した物とは別の轟音が、工場の別の場所で発生したのである。

爆発、だ。それも生半可な爆発では無い。

 

 

「・・・な、何だ・・・!?」

「ま・・・まさか、ここの機体だけで無く、滑走路の方の機体も動いたんじゃ・・・!」

 

 

2機、いた。

この工場に届けられた「ゴーレムⅢ」は2機、しかもどちらもが外装に損傷の無いタイプだ。

つまり、無傷の「ゴーレムⅢ」が2機、動いていることになる。

破壊を、撒き散らしながら。

 

 

「・・・朝っぱらからお祭り騒ぎだ、クソヤロウ」

 

 

10基の小型スラスターから成る独特のフォルムを持つ機体、『タイニー・ウィッチ』を完全装着しながら・・・エリスは毒吐く。

ヒ・・・ヒュンッ、と両手のファルシオンを回転させて、自分の所属する企業の社員を背に構える。

 

 

まさか、他の場所に運ばれた機体も動いているんじゃあるまいな―――――確信に近い直感がそう告げるのを、エリスは確かに聞いた。

そしてそれは、残念ながら現実に起こっていることを正しく捉えていたことになる・・・。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

オーストラリア・ヴィクトリア州北部にもまた、同じような事情を抱える企業が存在する。

ヴィクトリア社・・・州の名と同じ名称を持つこの企業のマザー工場も、やはりヴィクトリア州に存在する。

オーストラリアにとって非常に重要なこの工場は、代表クラスの搭乗ISを数多く製造して来た「実績」があるのだが・・・。

 

 

豪州の財産とも言えるその工場は、今まさに焼失しようとしている所だった。

数日前に日本から運び込まれた無傷の「ゴレームⅢ」が、突然動き出したのだ。

コアが自壊し、動くはずなど無いと油断していたためにダメージは大きかった。

 

 

「・・・こちらアーノルド中佐、目標の排除に成功しました・・・」

 

 

燃え盛る工場の中でそう呟くのは、ソフィー・アーノルド空軍中佐。

豪州の代表、まさに日本からその無人機と共に戻って来たIS操縦者である。

絵に描いたような金髪碧眼の美女だが、その美しい顔は今は苦々しげな色を浮かべている。

 

 

彼女の周囲は、かつては飛行場程はあっただろう大工場の成れの果てだった。

すでに炎は全体に広がり、彼女の周囲に限って言えば燃える物が無くなったが故に火の勢いが弱まっている程だ。

焼け焦げた鉄骨や木材が散乱し、中には内に籠った熱が再び発火する物もある。

深夜1時・・・新年を迎えたばかりの夜空を、赤く明るく染め上げる程に。

 

 

「死者がいないのが、せめてもの救いでしょうか・・・」

 

 

そう、これ程の災厄を前にしても重傷者はいても死者はいない。

ここまで来ると、逆に恐ろしい・・・むしろ誰か犠牲になってくれた方が普通の事態だと安心できる。

最も、それは極めて不謹慎な考えではあるが。

 

 

そして彼女の足元には、戦乙女タイプの無人機が転がっている。

完全な状態では無く・・・透き通った空色のIS『ヴィクトリア』の片足で頭部を踏み潰されたそれは、上半身のみの状態だった。

ソフィーがそうしたわけではない、最初から上半身と下半身に分離された状態で運れ込まれていたのだ。

つまりこの惨状は、上半身のみの無人機が引き起こしたことで・・・。

 

 

「・・・っ!?」

 

 

ソフィーが『ヴィクトリア』からの警告音(アラート)に気付き、振り向く。

その次の瞬間、炎の中から揺らめくように現れた「ゴーレムⅢ」の下半身が・・・。

・・・引火性の強い内部の疑似血液(ねんりょう)を撒き散らすようにして、爆発した。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

夜の帳が降り始めたイタリア北西部、フランスとの国境にほど近いピエモンテ州西部。

そこには、イタリアのテンペスタ社の出資で年末に新設されたばかりのフランス・デュノア社の工場がある。

デュノアの工場をイタリア国内に置くことで、フランスの量産技術を自国に取り込みたいと言うイタリア政府の強い意向で新設された工場でもある。

 

 

製造ラインまでは流石に完成していないが、研究施設などはすでに稼働状態にある。

そしてこの工場の初の仕事が、「日本から運ばれた無人機の解析、可能ならば技術の転用」であった。

初期投資は1億4000万ユーロ、そして順次規模を拡大し最終的には仏伊と東欧諸国を含む7ヵ国共同で9億7000万ユーロが投じられる予定だった。

・・・そう、「だった」のである。

 

 

「避難してください・・・早く!」

 

 

新設された工場で新年のカウントダウンを・・・と言うコンセプトで開かれた立食パーティー、仏伊の政財界の大物が集まるこのパーティーは最悪のタイミングで開かれたと言って良い。

そしてそこには当然、デュノア正妻の娘であるフランス代表候補生、ルナ・デュノアもいた。

 

 

その身に纏うのは華やかなドレスでは無く、蜂を思わせるような色と形状の専用機『ラファール・リヴァイヴ・ビー』である。

腹違いの妹であるシャルロットと同じ髪の色の少女の顔は、しかし妹とは違い焦りと怒りの色で染まっていた。

 

 

(せっかく、デュノア社の再建第一歩だったのに―――!)

 

 

自分達がこの工場の稼働にどれだけの労力と資金と社運を懸けていたか、関係者で知らない者はいない。

それが今や、こうして工場の製造ライン建設予定地に集められたパーティー参加者―――フランス企業の社長やイタリア政府の閣僚とその家族など―――を避難させるのに必死だ。

 

 

カウントダウンに彩られるはずだった電光掲示板は一刀のもとに破壊され、先月稼働したばかりの研究設備は現在進行形で焼け落ちそうになっている、客達に無人機をお披露目するために詰めていた研究員達は無事であろうか。

 

 

「ど、どう言うことだねこれは―――!?」

「こ、これだから気位の高いだけのフランス企業は・・・」

「何を!? 怠け者のパスタ野郎に何が・・・」

「み、皆様、どうか落ち着いてまずは避難を・・・!」

 

 

逃げもせずに口論に入っている客を見つけては、ルナは仲裁しかつ避難誘導する。

幸い屋外、火の手にさえ気を付けていれば何とかなる。

父親はどこかと探せば、同じように他の客に詰め寄られては宥めている。

 

 

ルナにとって唯一の希望は、精神的には「シャルロット、お姉ちゃん頑張ってるよ」と夜空を見上げて現実逃避をすることであり、物理的には通報先のイタリア軍の到着を待つことである。

具体的には、アヴィアーノ空軍基地の―――――。

 

 

「・・・お嬢様、来ました!」

 

 

ルナと共に避難誘導にあたっていた年配の給仕の女性が、夜空を指差す。

するとそこにいくつかの光点が生まれ、ルナのISからなら映像で見えるようになる。

そこには、イタリア空軍の誇る精鋭部隊の姿が映っていた。

 

 

『―――こちらイタリア空軍アヴィアーノ基地所属、テンペスタ隊指揮官レディア・アルミス』

「・・・お待ちして、おりました!」

『―――状況説明を、願います』

 

 

通信機越しに聞こえたイタリア代表の声に胸を撫で下ろしながら、ルナは未だ破壊が繰り返されている工場の研究区画を睨んだ。

少し離れたそこには、デュノア社の命運を摘み取ろうとする憎い敵がいるからである。

そしてルナは、レディアに対し状況の説明を開始した。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

Side セシリア・オルコット

 

「ティアーズ社の研究拠点が、全焼!?」

「お嬢様、お声が・・・」

「あ、ああ・・・ごめんなさい、チェルシー」

 

 

自室で午後のお茶を嗜んでいた休日、チェルシーからの突然の知らせに私は叫びました。

しかし私はオルコット家の当主、他の使用にに不安を与えるような真似をしてはならない。

チェルシーに諭され、立ち上がりかけた身体を抑えて椅子に座り直して・・・屋敷のテラスから外を見ます。

もちろん、ここからティアーズ社の様子が伺えるはずもありませんが・・・。

 

 

ですがティアーズ社の研究拠点は、言ってしまえば軍事機密の塊です。

情報のバックアップ体制は万全でしょうが、しかし全焼となるとダメージが大きすぎますわ。

私の『ブルー・ティアーズ』によって得たデータも、そこに収められているのですから。

 

 

「・・・研究所に詰めていた者達は?」

「重軽症者多数ですが、奇跡的に死者は出ていないようです」

「そうですか・・・」

 

 

ひとまず、ほっと胸を撫で下ろします。

ティアーズ社の研究施設には私の『ブルー・ティアーズ』担当もおりますので、中には顔見知りの方々もおります。

怪我は心配ですが、犠牲者が出なくて良かった・・・。

 

 

「・・・・・・無関係、と言うわけではないでしょうね」

 

 

そして私の目の前には、テーブルの上に置かれた携帯端末とディスプレイ。

今では、普通にニュース映像が流れていますが。

そこには先程まで、間違いなく篠ノ之博士が・・・箒さんと楓さんのお姉さんが、映っていましたわ。

その時の言動を、思い返します。

 

 

・・・どこをどう考えても、無関係とは思えません。

そう考える度に、私の中に楓さんが「そんなことないもん!」と叫ぶのがアレですが。

私はカップの中の紅茶を多少はしたないながらも一気に飲み干すと、今度こそ立ち上がりました。

 

 

「お嬢様、どちらへ?」

「いつ呼ばれても良いように支度します、手伝ってくださいな」

「畏まりました、お嬢様」

 

 

恭しく傅くチェルシーに頷きを返して、私は着替えのために室内に戻りました。

そして、そんな私の背中を追うように・・・。

 

 

『・・・緊急ニュースが入りました。先程、バーミンガム近郊の政府施設で大規模な火災があり・・・』

 

 

私の背中を追うようにニュースが流れるのと同時に、待機状態の『ブルー・ティアーズ』がメッセージを受信します。

どうやら、思ったよりも事態は切迫しているようですわね。

 

 

『サイレント・ゼフィルス』の喪失に加えて、今回の惨事。

・・・他の皆さんも、無事であれば良いのですが・・・。

 

 

 

 

 

Side ラウラ・ボーデヴィッヒ

 

午後の訓練の最中、急な命令を受けた。

内容は単純にして明快、「暴走した無人機を排除せよ、外国が介入してくる前に」だ。

我が部隊に休暇はあっても休日は無い、新年だろうが何だろうが関係無い。

 

 

それ故に我々は黙々と準備をし、定められたルートを通って現場に急行する。

ISの音速移動能力を使用すれば、極めて短時間で移動することなど造作も無い。

例えそれが、本国最南端のバイエルン州であったとしてもな。

 

 

「・・・本当に、動いているようだな」

「そのようですね、隊長」

 

 

音速飛行から通常速度での飛行に移行した後、ぐるりと現場を1周して観察する。

その間、私の『シュヴァルツェア・レーゲン』のセンサーは要救助者を探している。

それと同時に、確認する。

そこにはコアが自壊し、動くはずの無い・・・IS学園で鹵獲した無人機「ゴーレムⅢ」が動いている様子が映し出されていた。

 

 

命令と共に受けた報告の通りだ、ミュンヘン北東の我が空軍基地の一部が壊滅しつつある。

その原因は、我らの眼下で基地を赤色のレーザー砲撃によって攻撃し続ける無人機にある。

ここには整備連隊や補給部隊などはいても、専門の戦闘部隊がいない。

第3世代相当の「ゴーレムⅢ」を止められずとも無理は無いが・・・・・・空中で制止、僚機も止める。

肩のレールカノンを起動、適当に狙いを定めて「ゴーレムⅢ」を撃つ。

足元の地面を爆発させた砲弾で、「ゴーレムⅢ」がその動きを止める。

 

 

「クラリッサ、援護しろ。正直言ってアレを沈黙させるのは骨が折れるぞ」

「了解しました、隊長」

「空港の処置はまだ済んでいないようだ・・・そちらへの被害の拡大を防がねばならん」

 

 

ここまで共に飛んで来た僚機・・・『シュヴァルツェア・レーゲン』の姉妹機である『シュヴァルツェア・ツヴァイク』のAICが起動したのを確認すると同時に、私は両手のプラズマ手刀を展開して急降下する。

すると「ゴーレムⅢ」は基地への攻撃を一旦やめて、上空から急接近する私へとモノクルの目を向けてくる。

 

 

行動を冷静に選択しながらも・・・私は、胸の奥がチリチリと焦げるような感情を感じていた。

人はこれを、「怒り」と呼ぶのだろう。

それは、燃え盛る基地の中に同胞の姿を見たからかもしれない。

彼らは訓練された軍人だ・・・・・・だがそれ以前に人間なのだ、炎に巻かれれば悲鳴も上げる。

軍服を、肌を焼かれれば・・・誰だって、叫び声を上げるだろう。

 

 

「・・・き」

 

 

ISの鋭敏なセンサーが拾う、同胞が、仲間が助けを求める声、悲痛な悲鳴。

それに対して私は歯を食い縛り、そして後に声を上げる。

ガキュンッ、と、6本のワイヤーブレードの安全装置を解除しながら。

 

 

「きぃさぁまぁああああああああああああああっっ!!」

 

 

怒声―――――それは、物言わぬ目の前の無人機に向けられた物か。

それとも、どこかで私達を嘲笑っているだろう天才に向けた物か。

私自身も判別がつかない、だが1つだけわかっていることがある。

 

 

それは、この感情を持つ者が私だけでは無いだろうと言うことだ。

あの天才に関わった全ての存在が、今、同時に制裁を受けているのだとすれば。

今まさに、「わたしたち」は1つになっている。

 

 

 

 

 

Side 凰 鈴音

 

「ふっ・・・ざ、けんじゃないわよっ!!」

 

 

後数十分で新年だって時に、私はISを身に着けた腕を地面に叩きつける。

拳を地面に叩き付けた勢いを利用して、立ち上がる。

それから首を振って唾を吐けば、ちょっとだけ血が滲んでる・・・唇でも噛んだかしらね。

 

 

グルンッ・・・腕を使って二次移行(セカンドシフト)で得た新武装・方天戟を回転させて、最後に手で掴む。

そして戟の刃を後ろに逸らすみたいな形で、身体を低くしながら構えを取る。

戟から発せられるナノマシンの炎が、周りの火と混じり合って陽炎を作る。

 

 

「てか、何よコイツ・・・コア壊れてたんじゃ無いの・・・?」

 

 

私の疑問に、目の前の無口な無人機は答えてくれない。

そう言えば、IS学園に入学した時からの腐れ縁よね、コイツとも。

全っ然、嬉しく無いわ。

 

 

今の状況を説明すると・・・軍の寮で寝てたら、自分の基地の整備区画の爆発音で叩き起こされただけ。

いや、だけって言うのもアレだけどさ、基本はそんだけなのよ。

ただ秘匿情報だったからか、ここに日本から持ち帰った「ゴーレムⅢ」が収容されてるなんて知らなかった。

管理官も教えてくれなかったしね、それに大して興味も無かった。

 

 

「ま、どーせまた碌でもない理由で動いてるんだろうけど・・・っとぉっ!?」

 

 

戦乙女タイプの無人機の片腕の砲門が、やたらに太い赤色のレーザーを撃ってきた。

私はそれを何とかかわす・・・かわすんだけど、問題は。

 

 

「・・・っ、しまっ・・・た!」

 

 

私の後ろ、整備用の壁をブチ破って風穴を開ける―――対空爆用に設計された多重壁をいともたやすく。

抉れた地面と壁はチリチリと焦げてて、焼けた土と鉄は物凄い熱気を放ってる。

そして、爆発。

 

 

背中で受けた爆風は、とてもじゃないけどISでも立ってられないくらいの威力。

頬を汗が流れる、正直、本職のお姉様達が来るまで保たせる自信が無いわよ。

と言うか、本当、何でコイツ動いてんのよ・・・まさか他のも動いてるんじゃないでしょうね。

ISにはISでしか対抗できない、軍のオッサン達が展開し終わるまでは私が抑えないと。

あー・・・出世なんてするんじゃ無かった。上には睨まれて、後輩とかも出来ちゃうしさー。

 

 

『私達、先輩みたいになりたいんですっ』

 

 

・・・あー、もう、しょうが無いわね。

あんな顔見たら、逃げるに逃げれないじゃない。

カッコ良い所を見せよう、なんて思わないけど。

情けない所を、後輩に見せるわけにはいかないからね。

 

 

「来なさいよ木偶の坊、言っておくけど・・・私はアンタみたいなのに関しては、一番の経験者(ベテラン)よ」

 

 

戟の刃を前に向ける、刃の先から産まれた火が刃の線を視覚化する。

確かに相手は強い、正直、1人じゃキツい。

学園の時みたいに、背中を任せて安心な仲間がいてくれないと。

けど、ところがどっこい・・・私には『甲龍(シェンロン)』がいる。

 

 

「まぁ、それでも厳しいんだけど・・・ね!!」

 

 

戟を構えて、突撃する―――――同胞を守るために、そしてほんのちょっぴりの先輩としてのプライドのために。

・・・あー、それでもやっぱり本当に面倒くさい。

 

 

一夏達ってば、何してんのかしら・・・まさか年越し蕎麦でものんびり食べてんじゃ無いでしょうね。

だとしたら、次に再会した時はこの世の不条理を拳に乗せて殴ってやるんだから。

待ってなさいよ、皆・・・私もすぐ、「そこ」へ行く。

 

 

 

 

 

Side 篠ノ之 楓

 

『・・・以上の理由から、我が特務機関の徳島の施設も壊滅状態にあります。地下施設だったのが幸いして、外への被害はほとんどありませんが・・・再建には億単位での資金がかかるでしょう。死者はいないものの重傷者は多数、人的資源の補充にもかなりの時間がかかります・・・』

 

 

新年になって1時間もしない内に、会長(たてなし)さんと簪ちゃんのISに立道さんから連絡があった。

2人は説明の手間を省くためか、その映像と音声をリアルタイムで私達にも見せてる。

映像の中の立道さんの顔には疲労の色が濃くて、今の今まで対処に追われてたんだなってわかる。

 

 

連絡の内容は、四国のIS地下研究所に運び込まれた無人機が暴走したと言う事実。

立道さんは日本の代表候補生だけど、同時に更識家の縁の人でもあるみたい。

だから、政府への報告とは別にこうして会長さん達にも連絡を入れてくれる。

 

 

『しかも不味い事に、IS学園地下に遺棄されていたはずの無人機「ゴーレムⅠ」ならびに「ゴーレムⅡ」も起動したらしく・・・』

「・・・コアは? コアは自壊したって・・・」

「・・・・・・擬態だったか、あるいは自己再生したんじゃないかしら」

『そんなことが・・・』

 

 

会長さんの出した結論に、立道さんや簪ちゃんだけでなくこの場の全員が息を飲むのがわかる。

ISコアの自壊擬態、あるいは自己再生能力の付与。

不可能じゃ無い、人間で言う所の「人工冬眠」理論みたいなプログラムを組めば良いんだから。

私には無理だよ、もちろん・・・机上の空論にもならない。

だけど、この世界でたった1人だけ例外が存在する・・・机上の空論を現実にできる人が。

 

 

『・・・さらに悪いニュースがあるようです』

「・・・何?」

『・・・・・・京都の特務機関本部に集約されていた、我が国や他国のIS関連情報や実験データ。その全てが、破壊(クラック)されてしまったようです・・・』

「・・・!」

『確認中ですが、おそらく他の国々も似たような状況でしょう・・・』

 

 

無人機による物理的な破壊と、それを隠れ蓑にした情報の破壊工作。

国の財産であるIS関連のデータの全損は、たぶん、国家の安全保障の観点から見れば取り返しようも無い大損害。

しかも、その膨大な情報を・・・国内各所に分散保存された情報を、一度にこんな短時間で破壊(クラック)する。

私にはできない、でもやっぱり、出来る人は知ってる。

 

 

1人しかいない、そう、1人しか、いないんだ。

こんなことが出来るのは、世界に1人しかいない。

もう、誤魔化しようが無い・・・無いよ。

 

 

『そろそろ時間だよ、帰っておいでー』

 

 

優しい、本当に優しい声でそう言ってくれた。

嬉しかった、本当に。

連れて行ってくれるんだって、本当に嬉しかったんだよ。

 

 

だけど、こんなの無いよ・・・無しだよ、絶対ナシだよ・・・。

 

 

でも、だけど、それでも・・・だって、だって。

それでも、お姉ちゃんなんだよ。

何よりも大事な、お姉ちゃんなんだよ・・・信じる、信じたい、でも。

 

 

「これ・・・」

 

 

ぽつり、と呟くけど・・・誰も、私を見ない。

皆、俯いたり、何かを考えたり・・・顔を、上げなくて。

でも、私は言わずにはいられなかった。

ずっと前から思ってたけど、それでも口にしなかった、必死に目を逸らしてた可能性を。

 

 

「これ・・・束お姉ちゃんの・・・せい?」

 

 

・・・・・・誰も、答えてくれなかった。

沈黙だけが、答えだった。

その表情だけが、答えだった。

 

 

ただ、炬燵の中で簪ちゃんが右手を握ってくれて。

そしてゆっくりと歩いて来た箒姉さんが傍に屈んで、私の頭を抱き締めてくれて。

箒姉さんの温かい胸の中で、私は目を閉じる。

・・・・・・頬に、熱い水が流れるのを感じながら。

 




くーちゃん:
―――――問うて差し上げましょう、貴方は。

世界と家族、どちらを取りますか?

世界の敵となった家族を助け、世界を敵に回すのか。

それとも家族を裏切り、世界を守るのか。

選ぶのは、貴方達です。

・・・それでは、ごきげんよう・・・。
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