インフィニット・ストラトス―黒き叡智―   作:竜華零

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第53話:「その身心、限界」

Side 篠ノ之 箒

 

あれから、時間が過ぎるのが早かった気がする。

基本的には、楯無さんからの知らせが来るまでは鍛錬の日々だった。

そして・・・あっという間の、1ヵ月だった。

 

 

身体を動かして、簪にISの練習に付き合って貰って、シャルロットと屋敷の家事を手伝ったりもした。

一夏が頑張っているから、それに対抗する意味合いもあったのかもしれない。

あるいは、単に深く考えられないように自分を誤魔化していただけなのかもしれない。

だがそれも良いと、そう思えるようになった時。

私は、すぐ傍で進行している事態に気付けていなかった。

 

 

「げほっ、けほっ・・・えほっ、はっ・・・」

「お、おい、本当に大丈夫なのか・・・?」

「・・・っん、ふっ・・・かふっ、けふっ」

 

 

2月に入ったある日のことだ、私はいつものように楓の部屋にいた。

だが楓はここのところ体調が思わしく無くて、風邪だと言うかやけに長引いている。

咳も酷いから、こうして背中を撫でてやっているのだが・・・。

 

 

撫でている楓の体温は、襦袢越しには普通と変わらない。

だから幼い頃と違って、私も対応に困っている。

高熱が出るとか起きていられないとか、そう言うのがあればわかりやすいのだが。

咳だけと言うのが、どうも・・・より悪い病気で無ければ良いのだが。

 

 

「やはり、楯無先輩に頼んで病院に・・・それか、医者に来てもらうとか」

「い・・・良いよ、そん・・・げふっ、えふっ」

「ああ・・・」

 

 

よ・・・弱ったな、楓は医者と言うものに抵抗感が強いんだ。

子供の頃、医者にかかりきりだったから・・・良いイメージが無い。

とは言え、正直なところ心配で・・・。

 

 

「・・・ん?」

 

 

ふと、白い掛け布団の内側に染め色とは異なる色を見つけた。

・・・赤色?

 

 

「楓、それ・・・」

「え・・・あ」

 

 

ぱぱっ、と隠されてしまった。

赤・・・赤色、赤色・・・まさか。

1ヵ月前、嫌というほどそういう色の液体を見たから・・・。

 

 

「え、えへへ・・・その、油断してて、当ててなくて・・・」

「あ・・・ああ、そうか。気をつけないとな、ちゃんと把握してな」

「うん・・・・・・けふっ、えふっ」

 

 

照れたように笑う楓の言葉にほっ・・・と、胸を撫で下ろす。

そしてまた咳き込み始めた楓の背中を、撫で擦って呼吸しやすいように手伝う。

こうしていると、昔を思い出して懐かしい気持ちにもなるが。

 

 

「ほ、本当に、大丈夫なのか・・・?」

「うん、うん・・・げほっ、かはっ・・・む」

「・・・・・・」

 

 

・・・何だろうな、凄く嫌な予感がする。

胸騒ぎ、と言うのだろうか。楓が体調を崩した1週間ほど前から続いている。

何と言うか、何かを見落としているような・・・はっきりとしない、感覚だった。

 

 

 

 

 

Side 織斑 一夏

 

リズム・・・武道においても、リズムは大切な物だと教わった。

気の合う相手とは「息が合う」って言うし、どうしても好きになれない奴とは「肌が合わない」って言うのもそう言うことの一つだ。

つまり、人はリズムで生きているってことだ。

 

 

武道における試合は、基本的に相手の「リズムの崩し合い」とも言えると思う。

相手の呼吸のリズムの間に身体を滑り込ませて、相手の不意を突く。

もちろんそれは、相手も同じことが言えるわけだけど。

 

 

「・・・」

「ほいほいほーい~」

 

 

ゆーらゆーらと目の前で身体を揺らすのほほんさんのリズムを読むのは、やたらに大変だけど。

でも流石に1ヵ月も組み手やってれば、不思議と何となく読めてくる。

ファイトスタイルとか、のほほんさんは特に独特だから。

 

 

のほほんさんは、基本的に「待ち」の人だ。

「静」ってわけじゃないのが、わかりにくい所だけどさ。

制圧って感じの千冬姉とは、ある意味で真逆だ。

知らず知らずの内に、あるいは意識して、俺は千冬姉の戦い方の影響を受けてたんだと思う。

それは、弱い俺にとっては致命的なまでの影響だったんだと思う。

 

 

「・・・しっ!」

 

 

飛び出し、手を出す。

伸ばした右手を掻い潜るようにのほほんさんがゆっくりと・・・でも俺の「リズム」の間を抜くように、急に加速してかわす。

そして同時に、俺の腕にのほほんさんの両腕が蛇のように絡みついている。

 

 

1ヵ月前までの俺だったら、ここで投げられて終わりだ。

 

 

だが今日は、違う。

投げられる、そう思った・・・想うよりも早く、俺の腕に絡んだのほほんさんの腕にさらに自分の腕を絡め返す。

ぎゅっと、のほほんさんの細い腕を掴む。

 

 

「ひょ・・・っ?」

 

 

耳元でのほほんさんの息を飲む声、この1ヵ月でのほほんさんの柔術に対抗する術を考えた結果、結局はこれしか無かった。

投げられそうになる身体を、のほほんさんの腕を掴んで、片足に全力を傾注して・・・踏み留まる。

ぎしっ・・・と道場の床が軋む程の勢いで、歯を食いしばって耐えて。

 

 

俺の結論、力任せ。

 

 

呼吸の間に来るってことがわかってるんだから、だったら。

呼吸の間に、全力を出し尽くす。

そしてのほほんさんの腕を捻り上げ、て・・・って、うお!?

 

 

「ほぇあ~?」

「どわああああっ!?」

 

 

ズルっと、持ち堪えられなかった足が滑った。

俺が耐えるものとして次の行動を選択していたのほほんさんも、これには対応できなかった。

何せ、まさかの「コケる」だからな。

 

 

がちんっ、と俺の頭とのほほんさんの額がぶつかる(「はぅあっ!?」)。

さらに言えば、このままの体勢でのほほんさんと身体を絡めたまま倒れることになる。

何せ、のほほんさんは俺の体重を支えられる程の腕力が無いから。

と、言うわけで・・・。

 

 

「・・・」

「・・・えーと」

 

 

結果として、四つん這いになった俺の下にのほほんさんがいるような体勢になる。

俺は手をついてて、のほほんさんは床に背中をつけて。

のほほんさんの長い髪が床の上に散らばるみたいに広がってて、ほわほわした顔も今はびっくりしたような表情を浮かべてる。

 

 

数秒の間、見つめ合った。

かなりの至近距離だから、のほほんさんの閉じた目とか染み一つ無い艶々した肌とかも見えるわけで。

それからお互い、状況の確認に時間を割いた上で・・・。

 

 

「えーと・・・これ、俺の一本ってことで良いのかな・・・?」

「ん~・・・しょうが無いね~」

「お、おおおぉぉ・・・!」

 

 

ヤバい、これはマジで嬉しいぞ。

この1ヵ月間まともに試合すらできなかったのほほんさんから、ついに一本取った。

何か物凄くカッコ悪い勝ち方だったけど、とにかく一本は一本だ。

 

 

「おりむー、どいて~足踏んでるんだよ~」

「あ、悪い。すぐどこから・・・お?」

 

 

 

俺が喜びに浸り、とにかくこの体勢を解いて立ち上がろうとしたタイミングで、道場の戸が開いた音がした。

身体の下に女の子特有の柔らかさをいろいろ感じながら、俺の背筋に冷たい何かが走った。

がばっ、と道場の戸を見る。

こう言う場合、そこには必ずと言っていい確率で箒が・・・いなかった。

 

 

その代わり、タオルを持った別の女の人がいた。

長い髪を頭の後ろで束ねて、眼鏡姿が知的でクールな印象を受ける・・・虚さんだった。

虚さんは俺達の状況を見て、かなり驚いてる様子だった。

それでもとにかく箒で無かったことに、俺はほっとして・・・。

 

 

「あ、ああ、すみません虚さん。コレは事故で、すぐどきます・・・ん、で?」

 

 

でも次の瞬間には、何故か虚さんは俺の目の前にいた。

俺はまだ倒れてるんで、自然、見上げる形になるんだけど。

・・・え? あれ? え?

今、戸の所から瞬間移動しなかったか?

戸の所には、タオルだけあって・・・あれぇ?

 

 

「お姉ちゃん、コレは違うんだよ~」

 

 

のほほんさん!?

何その、聞き手によってはニュアンスが怪しくなるようなお言葉。

そしたら、何て言うのかな・・・場の空気が、こう、冷たく。

 

 

「・・・・・・・・・織斑くん」

「は・・・はい」

 

 

あれ? 虚さん、眼鏡外すんですか?

あはは、眼鏡無い方が美人ですねって、ああいや別にそんなつもりじゃ。

あ、痛いですよ痛いですよ、そんな風に頭掴んで持ち上げたらららららららら―――――。

 

 

 

 

 

Side 更識 楯無

 

あらあら、一夏くん達は相変わらず仲が良いわねぇ。

道場から聞こえてくる賑やかな声に、おねーさんってばクスクスと笑っちゃうわ。

一夏くんと久しぶりにお話しようと思ったのだけど、またの機会にした方が良さそうね。

 

 

と言うわけで、「無病息災」の扇子をヒラヒラしながら道場から離れる。

久しぶりに帰って来たんだけど、皆元気そうで何よりだわ。

私も、簪ちゃんに会いたいわ。

と言うわけで、屋敷の中に戻って当主用の書斎に行く私。

スキップしながら。

 

 

「(かんざしちゃーん・・・?)」

 

 

蚊の鳴くような声で、こそこそっと書斎の扉を開ける。

まぁ、和風だから襖なんだけどね。

でも奥の大きな机に座ってる簪ちゃんは、手元の書類を黙々と処理してる。

集中してるみたいで、私のことにも気付いていない。

ダメねぇ・・・暗殺者だったらこの時点で死んじゃってるわよ?

 

 

まぁ、足音も気配も消してる私が言うのも難だけれどね。

と言うわけで、気配を殺して・・・一足で簪ちゃんの背後まで回る。

瞬歩、やってみたら出来るものね。

と、言うわけで。

 

 

「か~んざ~しちゃん♪」

「へ・・・は、きゃあああああああああああっ!?」

「はぱっ!?」

 

 

後ろから抱きついたら、驚いた簪ちゃんが頭を後ろに跳ね上げた。

鈍い音がして、簪ちゃんの後頭部と私の額が当たる。

あいったー、とおでこを押さえて下がると、椅子の背に手を置いた簪ちゃんが今度はそのまま身体を跳ね上げる。

 

 

・・・おお?

ひゅひゅんっ―――空中で回転して身体を反転、そのまま踵落とし。

私は扇子の先でぺしっと踵を払って、次いで椅子の背に置かれていた簪ちゃんの手を払って身体に手をかける。

そのまま遠心力を利用して簪ちゃんの身体を回して、最終的に両腕の中に簪ちゃんの身体を収める。

完成、お姫様抱っこ♪

 

 

「はわ・・・お、おねーちゃん・・・?」

「ただいま、簪ちゃん。相変わらず良い身体のキレしてるわね」

「お、おかえり・・・?」

 

 

いきなり攻撃された時はびっくりしたけど、まぁ、あんなのは私にとっては攻撃の部類に入らないしね。

むしろ、こうして簪ちゃんを抱っこできたのは役得よね。

簪ちゃんが小さい頃は、抱っことかおんぶとかもしてたんだけど。

 

 

今の自分の状況に気付いたのか、簪ちゃんが顔を真っ赤にしてパタパタする。

あはは、かわいーわねぇ。

・・・さて簪ちゃん、私がいない間にお仕事はちゃんとできたかしら?

 

 

 

 

 

Side 更識 簪

 

まったくもぅ、楯無姉さんは・・・。

心の中でブツブツ言いながら、私は書斎から出て足早に廊下を歩く。

ちょっと怒ってるのもあるけど、照れもある・・・。

 

 

何も「ちょっと太った?」なんて言うこと無いのに、太ったんじゃ無くて育ったんだもん・・・。

・・・でも、楯無姉さんに会えて、嬉しく無いわけじゃない。

ただちょっと、デリカシーとかいろいろ・・・うん、いろいろ。

 

 

「・・・外国の情勢は、わかった」

 

 

思考を真面目な物に切り替えて、胸に抱えた書類を持つ手に力を込める。

この1ヵ月間、楯無姉さんは外国を飛び回って各地の暗部・・・政府系諜報・防諜機関から大規模反政府組織に至るまで、単身で数百の組織の説得と盟約参加取り付けをやって・・・。

・・・物理的に無理だと思うんだけど、どうやったんだろう・・・?

 

 

それにこのかかった経費、虚さん泣くんじゃないかな・・・。

・・・え、コレ、更識家の資産が・・・。

・・・まぁ、当主は楯無姉さんだから良いのかもしれないけど・・・ほとんど、姉さんが当主になってから増やした財産だし。

 

 

「問題は、日本・・・」

 

 

篠ノ之博士が「占拠する」って宣言した宇宙港・ロケット射場や宇宙センターを持っている国は、世界でも限られてる。

廃棄された物も含めても、20ヵ国あるか無いか・・・代表は米欧露、中国、インド、そして日本。

日本以外の国の動きは速くて、すでに非常時の軍隊動員の検討も終わってる。

ISの配備を前提に、現地で軍事演習を行った国だってある・・・。

 

 

ただ、日本だけが具体的な対策を公表して無い。

在日米軍の方は、もう沖縄のキャンプ・ハンセンで「九州・沖縄有事(種子島宇宙センター等対象)」を前提とした訓練をやってるけど・・・日本の自衛隊は、動いて無い。

もちろん制服組はそうでも無いけど、政治の動きが・・・鈍い。

一応、緊急時には自衛隊を動かすって言ってるけど・・・。

 

 

「・・・もう、2月なのに」

 

 

話し合ってる間に、もう時間が無い。

アメリカからの圧力があるみたいだけど、それにも応じて無い。

・・・もう、どうするつもりなんだか・・・。

 

 

ふと立ち止まって、縁側の廊下から空を見上げる。

赤みがかった空は、夕方になって・・・また1日が過ぎたことがわかる。

ほぅ・・・と、いろいろ考えて、溜息を吐く。

 

 

「・・・え?」

 

 

―――――とくん。

・・・その時、心臓が嫌な感じに脈打った気がした。

嫌な予感が、した。

 

 

凄く、凄く嫌な・・・予感。

胸の奥がザワザワするような、そんな感覚。

 

 

 

 

 

Side シャルロット・D・コルデ

 

楯無会長の私有戦力としての僕の意味は、「国家の意思に縛られない候補生クラスの専用機持ち」だって所にある。

国に関係無く、自分の意思で自由に動ける所だ。

 

 

「急に呼びだしてゴメンね、皆」

 

 

更識の屋敷の自分の部屋、日本風の部屋にも随分と慣れた。

まぁ、やっぱりお布団よりはベッドの方が良いなって思うこともあるけどね。

でも今は、それはあんまり意味が無い。

重要なのは、部屋の中で何をしてるのかって所だから。

 

 

『いや、構わない』

『ええ、こちらはまだ午前中ですので』

 

 

僕の『リヴァイヴ』のモニターには、3つの通信画面が開かれてる。

1人はラウラ、遥か遠くドイツまで。

そしてセシリア、同じく遠くイングランドまで。

IS学園で出来た友達、僕がフランスから抜けても変わらない。

 

 

・・・と言うか、向こうから当たりをつけてきたんだよね。

僕と言うか、更識家に。

おかげで僕が2人との―――さらに言えば、英国とドイツとの―――連絡役にされちゃって。

それに、もう1人。

 

 

『・・・・・・』

 

 

う、うわー・・・画面越しに物凄く睨んでるよ・・・。

た、確かにその、あの時は酷いことしちゃったって自覚はあるんだけど、でも僕にも僕の事情って物がね? あってね?

 

 

『しかし鈴、お前、我々と違って個人で良くシャルロットに当たりをつけたな』

『そうですわね、私達は更識家経由でようやくですのに』

 

 

うん、それはねラウラ、セシリア。

鈴はね、学園からの逃走で僕と戦った時点で、もう僕に目を付けてたんだよ。

スタングレネードの後に僕をむざむざと逃がしたのは、そのためなんだって。

 

 

だって、僕が生徒会預かりで会長の保護下にあったことを良く知っていたし。

それに僕の「国に縛られずに一夏達を守れる」って台詞を、正しく察してくれたみたいで。

実の所、一番最初に僕に連絡付けて来たの、鈴なんだよ。

それから、『さぁ、話して貰うわよ・・・?』って流れになってね・・・うん。

 

 

『・・・で、会長はマジでそれ、やるわけ?』

「あ、ああ、うん。本気みたいだよ」

 

 

やっと口を開いた鈴が確認したのは、2月14日に決行する作戦の骨子部分。

最後の決め手は、一夏と箒・・・あと、楓。

この3人で、篠ノ之博士を止めるって策。

 

 

『しかし・・・難しいだろう、それは』

『本人たちの承諾、取れていないのでしょう?』

「うん・・・と言うか、話して無いんだ、まだ」

 

 

有り体に言って篠ノ之博士の、殺害計画。

各国が更識家に協力する条件は、細かい点を除けばそれだけだった。

皆、あの人が怖い・・・利己的な部分をかなぐり捨てる程に。

そして憎いんだ、篠ノ之博士が。

自分達を弄ぶ、1人の天才が。

 

 

でも、僕達や軍隊ではたぶん、篠ノ之博士を斃せない。

だけど一夏達だけは、それが出来る。

だってあの3人だけが、篠ノ之博士に触れることができるから。

・・・織斑先生とも、連絡が取れないままだからね。

 

 

 

 

 

Side 篠ノ之 箒

 

夕方になって、やっと楓の体調も落ち着いてくれた。

咳も弱くなったし・・・夜になるにつれて、良くなってきたような気がする。

これなら、明日か明後日くらいには治るかもしれない。

正直、ほっとした。

 

 

「あー・・・喉痛いかも」

「まぁ、あれだけ咳をすればな」

 

 

少し病状が良くなると、人間と言うのはやたら動きたくなるらしい。

楓も少しずつ横になっていることに疲れて来たのか、やけにソワソワするようになった。

大人しくさせるために、膝枕で寝かしつけることにした。

けして、私の趣味では無い。

 

 

「・・・姉さん、これ恥ずかしいんだけど・・・」

「何? 何が恥ずかしいんだ?」

「いや、何って言うか・・・」

 

 

しかしやはり気恥かしそうにモゾモゾするので、仕方が無いので普通に布団をかぶせて寝かしつけた。

私は構わないのに・・・。

・・・ふぅ。

 

 

しかし、どうした物だろうな。

布団に横になる楓を眺めながら、私はこの1ヵ月間続けている問答を繰り返した。

楓が、あの人への憧れや好意を抱き続けていることはわかっている。

しかしだからと言って、今あの人の行為を無条件で認めることはできない。

あの人は・・・そう、やり過ぎた。いつも以上に、やり過ぎた。

 

 

「・・・なぁ、楓」

「・・・何?」

「その、あの人・・・姉さんの、ことなんだが」

 

 

少し、いやかなり、言いにくい。

楓の体調の悪さは、もしかしたら精神的なことも影響しているのではないかと思うからだ。

そしてそれ以上に、私自身、あの人への感情を決めかねている。

ただわかるのは、あの人のやっていることを認めてはいけないということだけだ。

 

 

「あの人は、もしかしたら・・・悪気は無いのかもしれないが。だが、その行動で多くの人に迷惑をかけていることも確かだ。それは、お前もわかるだろう?」

「・・・でも、お姉ちゃんはただ・・・宇宙に・・・」

「・・・そう、なのかもしれないが」

 

 

ただ、どうだろう・・・私は宇宙に行きたいと言う楓の言葉を素直には受け取れずにいる。

あの人が何を目的としてISを作り、今も何を思って行動しているのか。

私にはわからない、わかるはずもない・・・。

・・・そう、わかるはずが無いんだ。

 

 

「だが、あの人はそのために多大な被害を世界に与えている。それは、許されないことだ」

 

 

そう、許されない。

自分の願望のために他者に害を与えるなど、あってはならない。

それが、世の理と言う物だろう。

 

 

「・・・・・・何のために?」

「何?」

「何のために、束お姉ちゃんの邪魔をするの・・・?」

 

 

邪魔、と言う表現が気になるが・・・やはり、楓としてはあの人の意思を優先したいのだろう。

気持ちはわかる、と思う。

だが、それでもあの人を止めるために多くの人間が努力をしている。

ならば、妹である・・・家族である私達が、率先して間違いを犯そうとしている姉を止めるべきではないのか?

10年前、3年前・・・そして今まで、それは叶わなかったのだから。

 

 

「・・・私ね、箒姉さん。ずっと考えたよ、束お姉ちゃんのしようとしてること」

「・・・ああ」

「でも、何回考えても・・・箒姉さんとか、簪ちゃんとか一夏さんとか、皆がやめてほしいって言うなら、私も束お姉ちゃんにお願いしても良いと思った。つまり、私・・・そこまでなんだよ」

 

 

・・・そこまで。

 

 

「世の中のためとか、他の人に迷惑がかかるからとか、そんな理由で・・・束お姉ちゃんに「やめて」なんて、言えないよ。だって私、そんな・・・そんな曖昧な理由で、束お姉ちゃんの邪魔をしたくない」

「楓」

「ねぇ、何で? なんで箒姉さんは、そんなに迷わずに束お姉ちゃんを止めるって言えちゃうの? それ、そこが、私にはわからないよ・・・」

「・・・楓!」

 

 

違う、そう言うことじゃない。

そうじゃないんだ、そんな次元の話じゃ無い。

そんな・・・そんな、寂しいことを。

 

 

―――馬鹿者! そんな・・・そんな奴らを、庇ったばかりに! 放っておけば・・・。

 

―――そんな・・・寂しいこと、言うなよ。

 

 

脳裏に、臨海学校の時の会話が甦る。

犯罪者を庇うなど必要ないと言った、あの時の私の言葉が。

そして、本当の意味で理解する。

あの時の、一夏の感じていた気持ちを。

 

 

ああ・・・あの時、一夏はこのような気持ちで私を見ていたのだろうか。

そして今、私は・・・あの時、一夏に貰った言葉で楓を説得しようとしていた。

 

 

 

 

 

Side 篠ノ之 楓

 

何度考えても、答えは出なかった。

何度考えても、私の感情は・・・最後には、束お姉ちゃんのことを擁護する。

擁護って言うのも、何か違う気がする。

 

 

これで・・・ISを人殺しに使う人達を見ていなければ、まだ自分を誤魔化せたかもしれない。

でも、前みたいに束お姉ちゃんは間違ってないって、言い切ることもできない。

苦しい、苦しい、苦しいよ。

その心が、叫ぶ。

誰か、助けて。

 

 

「それでも、束お姉ちゃんは私の・・・私達のお姉ちゃんだよ」

「・・・だからこそだ。だからこそ、私達が止める、止める義務がある」

「義務・・・義務って何? 義務で止めるの? 家族なのに」

「家族だからだ」

「そんなに・・・束お姉ちゃんのこと、嫌い?」

 

 

箒姉さんは、私には凄く優しいけど。

でも束お姉ちゃんのことは出来るだけ「姉」って呼ばずに、「あの人」って呼ぼうとしてる。

私、ずっと気になってた。

箒姉さんは、私と違って悩まないんだねって。

それがずっと、心の奥に引っかかってた。

 

 

「束お姉ちゃん、ずっと箒姉さんのことを気にしてたよ」

「それは・・・・・・今は、関係無いだろう」

「あるよ! 束お姉ちゃんは今も、きっと、私達のことを考えてくれてるよ」

 

 

3年間、束お姉ちゃんと過ごした。

その間ずっと、束お姉ちゃんは箒姉さんのことを気にしてた。

鳴らない電話を、ずっと待ってたよ。

 

 

「なのに、箒姉さんは・・・悩まないんだね。束お姉ちゃんと話もしないで、周りに迷惑がかかるからって、それだけで止めるって決めちゃうんだね」

「・・・それが、普通だろう」

「普通? 普通って何? 私にはそれがわからない、わからないよ、箒姉さん・・・」

 

 

けふ、けふっ・・・と、喋ってたらまた咳き込んできた。

寝てると辛いから、身体を起こす。

口元を押さえながら、背中に伸びて来た箒姉さんの手を振り払って続ける。

病人扱いなんて、ゴメン、だよ・・・!

 

 

「普通とか、義務とか・・・そんな言葉で、どうして割り切れちゃうのかがわかんない。私には無理だよ、だって・・・だって、束お姉ちゃん、大好きなんだもん・・・!」

「・・・っ」

「えふっ・・・くる、くるし・・・苦しぃよ、辛いよ、箒姉さん」

 

 

苦しいよ、箒姉さん。

胸が裂けそうで、苦しい。

選べない、どうしたらいいかわからない。

痛い、よ。

 

 

「束お姉ちゃん、あんなに・・・箒姉さんのこと、想ってるのに。『紅椿(あかつばき)』だって、箒姉さんのために作ってくれたじゃない」

「・・・『紅椿(あかつばき)』のことは、感謝してる。だが、あの人は・・・」

「あの人・・・あの人、あの人、あの人! どうして・・・ちゃんと、お姉ちゃんって呼んであげないの!?」

「・・・っ、お前には関係無い!!」

「関係あるよ! 妹だもん! 私以上に関係のある人間、他にいないでしょ!?」

 

 

私は、束お姉ちゃんに何も及ばない。

だけど、箒姉さんは違う・・・だから束お姉ちゃんは、箒姉さんのことを想ってる。

そして、どれだけ寂しがってるかも。

 

 

「あんなに・・・箒姉さんのこと、大事にして、愛してくれてるのに!」

「愛? 愛だと? 愛してるなら・・・愛してると言うのなら、何故! 何故・・・!」

 

 

ぎゅっ・・・手首の『紅椿(あかつばき)』を握り締めながら、箒姉さんが唸る。

同じように胸を押さえて、私も深く息を吐く。

・・・本当に、苦しい。

 

 

 

 

 

Side 織斑 一夏

 

・・・ああ、酷い目にあった。

あの後、楯無さん以上に完成された空中コンボと言う物を俺は経験した。

妹想いの姉には、本当に気を付けようと改めて誓った。

うん、いや・・・リアルに殺される所だった。

 

 

・・・い、いやいや、過ぎ去った恐怖の時間は置いておくとして。

まさか、夕方になるまで空中コンボが続くとは思わな・・・いやいやいやいや。

とにかく俺は、箒と楓がいる部屋の襖を開けた。

すると、そこには別の地獄が広がっていた。

 

 

「あの人の・・・「愛」とやらは、「愛」なんかじゃ無い。あんなものが愛であって・・・たまるか!」

「けほっ・・・そ、んなこと、無い! 何で・・・そんなこと、言うの!?」

「愛していると言うのなら、何故・・・何故、あんなことをする!? あんなことが出来る!? そんなもの、理解できるはずが無いだろう!?」

「本気で・・・えふっ、ぃ・・・言ってる、の・・・!?」

 

 

・・・楓と箒が、布団を挟んで口喧嘩してた。

え、いや・・・何だ、どうした?

 

 

「あの人は、私達のことなんて愛していない! 自分が楽しければ、それで良い人なんだ! どうしてそれがわからないんだ!?」

「箒姉さんこそ、どうしてわかってくれないの!? 良いじゃない、世界の敵だって何だって! 束お姉ちゃんの方が世界なんかよりずっと大事じゃない!!」

 

 

えーと・・・いや、2人とも、何でそんなに興奮してるんだ?

喧嘩の内容は、良くあるこう・・・売り言葉に買い言葉と言うか、興奮した結果話が飛躍した感じ。

と、とにかく、止めないとな、うん。

 

 

「ふ、2人とも、途中からだから良く分からないけど、とにかく落ち着こうぜ、うん」

「家族の話だ、お前は黙ってろ!」

「えええええ」

 

 

いや、そりゃ無いだろ箒。

この前、お前、運命共同体がどうとか言ってたじゃ・・・って、おい?

 

 

「か・・・楓? 大丈夫か?」

 

 

箒が俺の方を向いた時、同じように俺に何か言おうとした楓は、その場に膝をついて蹲った。

さっきの喧嘩の最中も咳が・・・俺がそう思った時、当の楓が「かふっ」と嫌な咳をした。

それは本当に、嫌な・・・ホースの途中に穴が開いて、空気が漏れたみたな音で。

 

 

口元を押さえた楓の左手の指先から、何かの水が漏れ出した。

 

 

げふっ、げふっ・・・と嫌な咳を続ける楓は、背中を丸めて布団に顔を埋める。

俺は反射的に動いて、布団をどかして楓の身体を。

 

 

「・・・っ」

「・・・えふっ」

 

 

肩を掴んで抱き起こすと、咳と一緒に楓の小さな唇から赤い水が口の端を流れるのが見えた。

それは本当に真っ赤で、あの時の子供部屋の光景が甦って、たじろぐ。

だけど俺の腕の中で掠れた呼吸を繰り返す楓の胸を・・・胸・・・。

 

 

「・・・な、おい、一夏!?」

 

 

心配してるんだか怒ってるんだかわからない箒の声を無視して、楓の襦袢の帯を解いて前をはだける。

すると当然、そこには楓の白い肌が見えるわけで・・・ふだんなら、こんなことは絶対にしないんだけど。

・・・まぁ、下着つけてなかったのはビビったけど。

 

 

問題は、楓の白い肌が・・・脈打ってることだ。

木の根みたいな、血管みたいな・・・な、んだ、コレ。

俺を止めようとした箒が、目を見開いて楓の胸に見入る。

 

 

「こ、れは・・・・・・楓、ISを外せ!」

「馬鹿! 無理だって!」

「無理も何・・・も・・・あ」

 

 

箒は楓の指に嵌められてる『黒叡(こくえい)』を外そうとした、驚いて止める。

学園から逃げた時のことを思い出して、箒が顔色を変える。

そう、楓はISを外せないんだ。

ここまでで十分に混乱してるが、さらに楓が俺を押しのけて縁側に転がり出るもんだからさらに混乱する。

 

 

「か、楓! 外に出たら・・・」

「だ、だいじょ・・・けふっ、けふっ」

 

 

とにかく、楯無さん達に知らせた方が良いよな?

正直に言って、俺たちじゃ手に余・・・。

 

 

その時、『黒叡(こくえい)』の指輪が輝いた。

 

 

いや、『黒叡(こくえい)』だけじゃない。

箒の手首の『紅椿(あかつばき)』も、その装甲と同じ色の輝きを放ってる。

これまでISが輝く時は、いつも頼もしかったり優しかったりって感じだったけど・・・。

今は、何と言うか。

 

 

「・・・怯えてる?」

 

 

明滅の仕方が、力強いと言うよりは弱々しい。

もし俺の手元に『白式(びゃくしき)』があったら、同じように輝いてたと思う。

でも、こんな光り方を見るのは初めてだ。

見てるこっちまで、怖くなっちまうくらい・・・。

 

 

 

「あーあ・・・可哀想に」

 

 

 

ISの・・・コアの怯えるような輝きが頂点に達した時。

「その人」は、まるで最初からそこにいたかのように。

突然と、忽然と・・・現れた。

 

 

 

 

 

Side 篠ノ之 箒

 

突然と、忽然と・・・その人は、現れた。

いや、現れたなんて物じゃない。

まるで最初からずっと縁側に座っていたかのように、その人はそこにいた。

 

 

まるで十五夜の月見のように、積み上がった団子と熱燗を並べて。

今の今まで、月を見上げて一献していたかのような雰囲気で。

青と白のワンピースの「一人不思議の国のアリス」状態の女が、縁側に座っていた。

最初からそこに、いたかのように。

 

 

「な・・・な・・・」

 

 

私の唇が、言葉を発想として戦慄く。

手首の『紅椿(あかつばき)』は、カタカタと振動しながら明滅を続けている。

まるで、何かに・・・あの人に、怯えているかのように。

 

 

「何で・・・!」

「いや、何でここにいるんですか、束さん!?」

 

 

人の台詞を取るな、馬鹿者。

私達に背中を見せてお猪口を傾けていたその人は、一夏のその言葉でピコンッと頭のウサギのような耳飾りを反応させる。

それから、やけにゆっくりと振り向いた後・・・・・・にっこりと、緩い笑みを浮かべる。

 

 

「やぁやぁ、いっくん! 久しぶりだねぇ。それにしても相変わらずカッコ良いねぇ、ISに乗るようになってから身体、引き締まったんじゃない?」

「え・・・あ、どうも」

「馬鹿者、呑気に挨拶をしている場合か!」

 

 

状況を考えろ、ここは更識家の屋敷だぞ!?

招待されたわけでも無く、当たり前のような顔をしていて良い場所では無いんだ!

・・・良く考えれば、臨海学校の時もこの人は当たり前の顔をしてその場にいたが。

 

 

「えぇ~、箒ちゃんつめた~い、お姉ちゃん泣いちゃうよ~?」

 

 

むしろ、泣け!

ああ、もう・・・この人に関わらないといけないが、今はそれどころじゃ・・・!

 

 

「た、束お姉ちゃん・・・?」

 

 

縁側で座りこんだまま、楓が呆然とした顔であの人を見ている。

それはそうだろう、縁側に出たらあの人がいたんだ。

普通、驚くだろう。

だが楓は、慌てて襦袢の袖で口元を拭った・・・見せたくなかったのだろう。

 

 

しかし結果、唇についた血が口紅のように引き伸ばされ、白い襦袢も染めて余計に目立つことになる。

それを呆然と見つめて、困ったような、泣きそうな顔であの人を見る。

その目は、「違うんだ」と言っているようだった。

それに対して、あの人は・・・。

 

 

「ちゅう~♪」

 

 

楓を抱き寄せて、その頬に口付けた。

ちゅっ、ちゅっ、ちゅ~~~っと、熱烈に。

楓が目を白黒させて、バタバタと両手を動かす。

それからあの人は楓の顔に自分の頬を擦りつけ―――その際、楓の口元の血があの人の頬に付着するが気にもせずに―――混乱する楓を、「よっこいしょ」と抱き上げた。

 

 

「大丈夫だよ、楓ちゃん」

「え、え・・・? けふっ、えふっ」

「安心して、お姉ちゃんが何とかしてあげるからね」

 

 

こんこんと咳き込む楓を、あの人は優しい眼差しで見つめている。

・・・どうしてだろう、それがとても、不快だった。

理由は、わからない。

 

 

 

「また元気にしてあげる。記憶も心も何もかも、そのままにね」

 

 

 

・・・相変わらず、意味のわからないことを言う。

だがそこで、私は嫌な記憶を思い出す。

それは昨年末、エム・・・マドカが言っていた言葉だ。

曰く、「篠ノ之束が篠ノ之妹に何をしたのか、知っているのか」、と。

 

 

あの人は・・・妹に、何かした。

それはきっと、私にはわかりようも無い何かだ。

楓の健康診断の結果を見て・・・予測するしかない、ことだ。

 

 

「箒ちゃん」

「・・・っ」

 

 

気が付けば・・・あの人は、楓を抱いたあの人は。

私に、手を差し伸べていた。

私に向けて、片手を・・・招くように、差し出していた。

 

 

「おいで、いっくんも・・・連れて行ってあげる」

 

 

どこへ、とは聞かない。

聞くはずもない、だが私の足は、一歩を。

隣の一夏も、自然と足を震わせていたように思う。

そして、私は・・・。

 

 

・・・『紅椿(あかつばき)』の輝きが、増した。

それは、手首を締めつけられたかと錯覚するほどの輝きだった。

ずきりと、手首が痛む。

 

 

「・・・っ」

 

 

そしてその「怯え」とは違う輝きが、私を止める。

隣の一夏の手を掴んで、踏みとどまる。

行くなと、気持ちを込めるように。

 

 

「箒・・・?」

 

 

行くな・・・行きたくない・・・いや、行かない。

行かない、行かない、行かない・・・私は!

 

 

「私は、行かない!!」

 

 

胸の奥で湧き上がった本能のままに、叫ぶ。

空気を震わせる程の叫び、こんな大声を出したのは久しぶりだ。

そしてその意思は、確かにあの人に伝わったようで。

あの人は困ったように、差し伸べていた手を引っ込めた。

それから、「やれやれ」と言いたげに肩を竦めてから・・・頬を緩めて、笑った。

 

 

「待ってるよ、箒ちゃん」

 

 

待っている・・・?

その言葉と同時に、あの人は後ろへ「飛んだ」。

ふわりと、飛翔するように・・・ま、待

 

 

「楓ッ!?」

 

 

 

 

 

Side 更識 簪

 

「・・・楓ッ!?」

 

 

嫌な予感に突き動かされるように廊下を駆けて、楓の部屋に行く。

角を曲がって縁側に立つと、そこには池のある庭に面した楓の部屋が・・・。

・・・いるはずの無い人が、そこにいた。

 

 

「あ・・・」

 

 

そこにいたのは楓と箒さんと、織斑くん。

そしてもう1人、青と白のワンピースの女の人。

その女の人は、臨海学校の時に見た人。

楓と箒さんのお姉さん、そしてここにいては・・・いるはずの無い、人。

・・・・・・篠ノ之博士!?

 

 

篠ノ之博士は私の声にも反応せずに・・・たぶん、眼中にないんだと思う。

けど、私は見るしかない。

楓を抱えたまま・・・白い襦袢を朱色に染めた楓を抱いたまま、空へと飛ぶ篠ノ之博士の姿を。

 

 

「ま・・・待って、待ってください! 篠ノ之博士・・・・・・楓!」

 

 

私の声に反応したのは、楓だけ。

篠ノ之博士の腕の中で身じろぎして、何か言おうとしたみたいだけど。

でもそれよりも早く、篠ノ之博士の身体が中空に溶けようとして・・・。

 

 

「『打鉄弐式(うちがねにしき)』!!」

 

 

クリスタルの指輪を輝かせて、ISを装着する。

着ていた着物は量子分解して、登録していたISスーツへと装甲ごと切り替える。

攻撃するつもりは無い、だけど・・・このまま、行かせるわけにもいかない。

 

 

だから、ゆっくりと飛翔する篠ノ之博士の前へ・・・瞬時加速(イグニッション・ブースト)で回り込む。

両手を横に広げて、道を塞ぐように。

いろいろな意味で、行かせるわけには・・・っ。

 

 

「ま、待ってください、篠ノ之博、せ・・・」

 

 

――――――――――怖い。

篠ノ之博士と・・・目を合わせた瞬間、私は恐怖した。

恐怖・・・? 違う、これはもっと、別の感情・・・だと、思う。

 

 

畏怖。

 

 

怖い、じゃない・・・これは、畏(おそ)れ。

篠ノ之博士が、怖い。

篠ノ之博士の前に立つと言うことが、恐ろしくて・・・仕方が、無い。

動けない。

 

 

「・・・なんだ、おまえ」

 

 

低い・・・低い声が耳に届いて、それが篠ノ之博士の声だって気が付くまでに数秒かかった。

目を、目を合わせたくない、怖い。

その目が、瞳が、その奥にある何かが、怖い。

まるで・・・まるで歩いていたら靴に不快な虫がついてた、みたいな。

 

 

<―――警告―――>

 

 

『打鉄弐式(うちがねにしき)』の警告音にも、反応できない。

身体が、腕が、足が、指が・・・動かない。

動け、な・・・。

 

 

視えない・・・ISが知覚できない何らかの攻撃が、私を襲った。

 

 

でも私は、その攻撃の後も無事。

私が防いだわけでも、かわせたわけでも無い。

ただ、守られただけ。

私の・・・。

 

 

「・・・楯無、姉さん!?」

「あら簪ちゃん、こんな所で何をしているのかしら?」

 

 

『ミステリアス・レイディ』が、私の前に出てた。

私を庇うように前に出て、楯無姉さんが水のカーテンで私を守ってくれていた。

それに安堵した次の瞬間、『ミステリアス・レイディ』の右腕部が弾け飛んだ。

武装が、パーツごとにバラバラになって・・・弾け飛んで、姉さんの腕が露になる。

楯無姉さんが左手で私の身体を掴んで、地面まで引き下ろす。

 

 

私は地面に膝をついて、大きく息を吐く。

腰が抜けて、立てないくらいに消耗してた・・・ただ、前に立っただけで。

ふと、そんな私の視界に・・・ポタポタと、水が滴る。

楯無姉さんの操る水じゃ無い・・・赤いそれは、血。

楯無姉さんの右腕から滴り落ちる、血。

 

 

「ね、ねぇさ「さて篠ノ之博士? せっかくの御来訪は有難いのですけど・・・」ん」。

 

 

相手に、こちらの負傷を気取られてはならない。

基礎中の基礎が、私にはできてなかった。

姉さんはあんなにも、涼しい顔をしているのに。

 

 

「何? キミも束さんの邪魔するの? これだから凡人は空気を読んでくれないんだからねぇ、嫌いだよ」

 

 

ど、どっちが・・・。

 

 

「いいえ、邪魔はしませんよ」

「ちょ、楯無さん!?」

「でも」

 

 

織斑くんの言葉を無視して、楯無姉さんはにこやかに続ける。

 

 

「バレンタインデーには、とびっきりのプレゼントを差し上げるつもりです」

「いらないよ、凡人のプレゼントなんて見るまでも無くわかるからね」

 

 

それ以上の会話は不要とばかりに、篠ノ之博士は楓を抱いたまま・・・ま、待っ・・・。

止めようとしたら、楯無姉さんに止められた。

止められなくても・・・もしかしたら、自分で足を止めていたかもしれないけど。

 

 

「ま・・・待て、姉さん!!」

「あっはははははっ、やぁっとお姉ちゃんって呼んでくれたねー♪」

 

 

箒さんの声に、それだけが返って来た。

声だけが返ってきて・・・篠ノ之博士と楓は、夜の闇に溶けた。

理屈も理論も、わからない。

ただ、消えた。

 

 

忽然と、突然と。

現れた時と同じくらい、いきなり。

いなく、なった。

 

 

「「か・・・楓ええええええええええええええええっ!!」」

 

 

私と、箒さん。

2人の声だけが・・・響いて。

その日は、終わった。




本日のNGシーン:(Side 更識 楯無)

うふふ、簪ちゃんってば書類に集中して私に気付いてないわね。
私が入ったことにも気付いてないし、こうやって背後を取られても気付かないなんて。
さて、じゃあ・・・抱きつき!

「か~んざ~しちゃん♪」
「へ・・・は、きゃあああああああああああっ!?」
「はぱっ!?」

後ろから抱きついたら、簪ちゃんが悲鳴を上げて頭を後ろに跳ねて、私のおでこにぶつけ

「・・・あれ? 姉さん? 楯無姉さん? お、お姉ちゃ―――んっ!? え、嘘・・・き、気絶、してる・・・あ、あわわわ」

―――30分後、テイク2入りました。
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