インフィニット・ストラトス―黒き叡智―   作:竜華零

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第54話:「そのパーティー、結成」

Side 更識 楯無

 

「・・・以上が、更識家の立案した策の全てです」

「なるほど、よくわかりました」

 

 

早朝、東京都内のある場所で私は1人の男性と密会していた。

密会と言っても別に楽しい集まりでは無くて、とてもビジネスライクな話なのだけれど。

会っている相手は・・・少しお年を召した殿方。

 

 

吹き抜けの硝子の天井から漏れる明るい朝の陽光が、テーブルに座る私達2人の姿を照らす。

テーブルの上には、虚ちゃんに貰ったお茶と相手が出してくれたお茶菓子。

私の目の前で柔和な微笑みを浮かべる男の人の着ているスーツは随分と年代物らしいけど、くたびれた感じは無い。

私の視線に気付いたのか、相手が少し照れくさそうにスーツの襟をつまんで見せた。

 

 

「これですか? 家内がしっかりと管理してくれているので、みすぼらしい格好をせずに済みます」

「まぁ、仲がよろしいんですね」

「はは、いやいや、世話になりっぱなしで・・・いつ見捨てられるかとヒヤヒヤしていますよ」

「あら、うふふふ・・・」

 

 

お互いに笑った後、お茶を一口飲んで、仕切り直す。

 

 

「日本政府の説得、ありがとうございました。十蔵さん」

「いえいえ、更識家のお役に立てたなら、幸いですよ」

「いえ、本当に有難かったです。ここで総選挙なんてされたらと思うと、ゾっとしますから」

 

 

私は今日、十蔵・・・IS学園用務員にして影の支配者、轡木十蔵さんに会いに来た。

これから篠ノ之博士との戦いに臨むにあたって、十蔵さんのバックアップがあるのと無いのとでは安心感の度合いが違う。

 

 

実際、この1,2カ月の間に世界を周って主要国を説得して回って・・・無人機の襲撃で世界経済が混乱している今、大半の政府は自分達の権力を守るために篠ノ之博士の排除に協力せざるを得ない。

その意味では、篠ノ之博士の「制裁」は渡りに船だったわ。

だけど日本政府だけは、どうしても私の要請に応じてくれなかった。

と言うより、応じられなかった・・・無人機襲撃による経済的混乱、篠ノ之博士掃滅に際する集団的自衛権の行使、その他諸々、誰も責任を取りたがらなかったからね。

 

 

「まぁ、私としても篠ノ之博士の行動には胸を痛めていますのでね」

「胸中、お察し申し上げます」

「いえいえ、私はただ家内と早く穏やかな隠居生活に入りたいだけなんですよ」

 

 

はにかむ十蔵さん、でもその内心は何を考えているのやら。

普通、隠居したいだけの老人が一国の首相を脅しつけたりはしない物だと思う。

まぁ、おかげで今日の記者会見で首相辞任と衆議院の解散を宣言されずに済んだわけだけど。

 

 

「・・・それにしても、確かなのですか」

「ええ、十中八九間違いありません。<女王>は、日本から離れれば離れる程に力を失いますから・・・確実に、彼女は九州沖に来ます」

 

 

九州・・・種子島へ。

篠ノ之博士は、必ずあそこへ来る。

10年前、『白騎士事件』の舞台となったあの海域へ。

 

 

そしてそれに備えて、私はISを持つ全ての国に協力を求めた。

先代楯無・・・お母様が遺してくれた道筋を正しく通って。

針の穴ほどしか無いその道を通って、全てのISを一ヵ所に集めるために。

 

 

「・・・信じていますよ、17代目の楯無君」

「必ず、ご期待に応えて見せます・・・先祖の名に懸けて」

「疑念はありません・・・ああ、そうそう、実は知人から言いお酒を頂きましてね」

「・・・・・・あの、一応私、未成年なんですけど」

 

 

そりゃ確かに大人っぽいって言われますけど、私もまだ10代女子なんですよ?

十蔵さんは側に置いていた紙袋からガサゴソと洋酒の瓶を取り出すと、それを私に見せて来た。

先端に可愛いリボンのついた、まさにプレゼント用。

学生が飲んで良いアルコール度数じゃないような・・・。

 

 

「IS学園の区画の中に、『クレッシェンド』と言う学園の先生方の行きつけのバーがあるんですが、そこのマスターと私は同期でしてね」

「はぁ・・・『クレッシェンド』ですか」

「ええ、織斑先生や山田先生のお気に入りのお店ですよ」

「・・・・・・なるほど、行きつけのお店は、大事にしないといけませんね」

 

 

・・・そっと瓶を受け取り、瓶の口を撫でる。

結ばれたリボンの間には、丸められた紙切れが巻いてある。

私はそれを見て、目を細める。

行きつけのお店は、本当に大事ね。

 

 

「・・・それで、勝率はどのくらいですか」

「さぁ・・・何しろ、相手は稀代の天才ですから・・・ただ」

 

 

ただ、天才の思いも付かない策を考えてこその凡人。

本当の天才と対している時だけ、私は自分がただの凡人だってことを実感できる。

ある意味で、今までの人生で一番楽しいかも・・・不謹慎ね、簪ちゃんに怒られちゃうわ。

 

 

 

 

 

Side セシリア・オルコット

 

ヒュイ―――・・・と独特の音を響かせて、軍用輸送機が空を飛びます。

本当なら自家用機で行きたい所ですが、軍務とあれば仕方がありませんわね。

それにしても・・・。

 

 

「・・・こんな形で、日本に戻ることになるとは思いませんでしたわ」

「そうだな」

 

 

私の言葉に淡泊に応じるのは、輸送機の隣の座席に座るラウラさんですわ。

ドイツ軍の黒の軍服に身を包んでいるのは、当然これが軍務だからです。

英国軍所属の私とどうして同じ輸送機に乗っているのかと言うと、これが欧州連合の・・・正確には、北大西洋条約機構(NATO)欧州連合軍最高司令部の命令だからです。

 

 

欧州連合各国は持てる能力の全てを投入し、篠ノ之博士の暴挙を止める。

それが、先日の首脳会議で出た結論。

事実ハンガリー空軍所属のこの輸送機「C-17・GlobemasterⅢ」には、私やラウラさんの他にアデリタ代表とレディア代表が乗っています。

後部の格納スペースには、ケーブルで機材に繋がれたままの私達4人の専用機が収容されていますし。

 

 

「それにしても、本当に全てのISが集まるのでしょうか・・・?」

「さぁな。国際刑事裁判所(ICC)が篠ノ之束関連の案件の付託を拒否したことで、腰が引ける国もあるだろうが」

 

 

国際犯罪者を捌く国際刑事裁判所が篠ノ之博士の案件について審議拒否を決定したのは、つい1週間前の話ですわ。

国際正義の象徴が、篠ノ之博士の制裁を恐れて役割を放棄したのです。

各国の判断に影響を与えるには、十分過ぎる程のインパクトがあったでしょう。

最も・・・このまま篠ノ之博士を放っておける程、各国政府に余裕が無いのも確かでしょうけれど。

 

 

と言って更識会長の求めるように九州沖への「全ISの集結」が実現できるのかは、疑問ですわ。

アジアや米州のこともありますが、国防のことを考えればISの配備数を減らすこと自体が自殺行為でしょう。

シャルロットさんを通じて聞いた更識会長の言葉、「全てのISコアが揃わなければ篠ノ之博士には勝てないわ」とは、いったい。

研究機まで動員していると言うことですし・・・。

 

 

「・・・会長はどう言う根拠で、カゴシマに博士が来ると読んだのでしょうか」

「さぁな、現場の我々が心配しても始まらないさ。こうして国や部隊に関係無くバラバラのルートで日本に向かうのも、要するにそう言うことだろう」

「はぁ・・・」

 

 

欧州は、最もアジアに戦力を持っていない地域です。

IS操縦者はこうして空路で運べますが、本国の主力艦隊はどう考えても14日には間に合いません。

英国やフランスなどは、太平洋方面の艦を多少は使えますが・・・予算が。

欧州財政同盟に参加しているドイツはもちろん、財源を永久国債に頼っている我が国も資金的余裕が・・・。

 

 

「さぁ、少しは寝ろ。もうすぐ給油地点だぞ」

「シートが固くて・・・」

「野宿(キャンプ)よりマシだろう」

 

 

まぁ、そうなのですけど・・・と、私が若干の不満を感じた時。

座席近くのスピーカーから、操縦席のハンガリー人の悲鳴のような声が聞こえました。

最初は何と言っているのかはわかりませんが、落ち着きを取り戻したのか、ハンガリーの言葉から流暢な英語へと次第に変化していきました。

 

 

『ガルシア島が・・・!』

 

 

ガルシアとは、我々が向かっている補給拠点のことです。

ディエゴ・ガルシア島、インド洋の真ん中に浮かぶイギリスの属領で、現在はアメリカ軍に全島を貸与している状態です。

ここで補給し、シンガポールを経由して九州沖に入る予定だったのですが・・・。

 

 

『・・・敵だ!』

「「―――――!」」

 

 

私とラウラさんは、即座に反応しました。

その私達よりも2歩早く、座席で腕を組んで眠っていたアデリタ代表とレディア代表が後部へと向かいます。

機体の元へ、そしてそこに辿り着いた時。

 

 

「―――伏せろ!」

「きゃっ!?」

 

 

何かを感じたらしいラウラさんが、私を庇います。

その次の瞬間、後部格納庫のハッチが赤黒い爆炎に包まれます。

衝撃が走り、次いで気圧の差から空気が物凄い勢いで外へと流れます。

ボリュームのある髪を片手で押さえながら、私はハッチの向こう側へと視線を向けます。

 

 

そこには昇り始めた太陽に照らされる大洋と、青白い空へと黒煙を上げる島々。

その中でも西側に4000メートル級の滑走路を備えた大きな島が、地面のいたる所に大穴を開けている様子が見て取れましたわ。

さらに・・・。

 

 

「・・・無人機・・・!」

 

 

誰かが苦虫を噛み潰したような声で唸ると、破壊したハッチに無骨な手を伸ばしてヘバりついている戦乙女タイプの無人機がこちらを見ましたわ。

学園で見たあの無人機、目の部分のモノクルが赤く輝き―――――。

 

 

 

 

 

Side 凰 鈴音

 

上海の基地に集まった艦艇は、晴天その物の空の下で太陽の光を反射してとても綺麗だった。

まさに威風堂々、国家の力の象徴に相応しい威容だった。

十数隻も海上に並ぶ艦艇の中でも特に目立つのは、中国初の原子力空母「鄭和」―――。

 

 

『同志諸君、建国以来、我が国はアジアの強国であると常に宣言して来た・・・』

 

 

で、今私はその空母の上で、居並ぶお姉様方(あいえすぶたい)の後列に立ってる。

いくら二次移行(セカンド・シフト)してるって言っても、IS部隊の中では小娘だし。

それに私自身、そこまで目立ちたいわけじゃないからね。

・・・まぁ、もう十分に注目されてる気はするけど。

 

 

とにかく私は、中国保有の空母の上で東海艦隊のお偉い中将さんの話を聞いてる。

正直見た目はただの中年のオッサンだし、党機関紙に書いてるようなことしか言わないから興味無い。

でも聞いてないと下手打つと軍法会議だし、TPOは弁える。

姿勢を正して、空軍少校相当軍属として恥ずかしく無い態度で。

 

 

『釣魚島を基点とする海域は疑いようの無い我が国の領土・領海であり、ガス田はまた我が国の核心的利益である。自覚せよ同志諸君、我々の使命は祖国の・・・』

 

 

釣魚島、まぁ、島自体には個人的には興味は無いわ。

日本と揉めてる東シナ海の島だってことは知ってるし、「中国の領土」だってことも理解する。

相手側の納得は、残念ながら必要無いから。

実際、もう何年も前から日本の要請を無視してガス掘ってるしね。

東海艦隊は、東シナ海を管轄する中国の艦隊だし・・・今回の「遠征」の担当。

 

 

『海洋開発の秩序を守り、我が国の権益の安全を保障することは重要な任務である。昨今、世界で横行する暴虐的行為から国家海洋権益を守るため・・・』

 

 

基本行動はわかってる、ブリーフィングで何度も確認した。

黄海でロシア太平洋艦隊と合流して、演習を装いながら南下する。

そして米州機構・欧州連合との取り決めに従って、大隅海峡に向かう。

それから、篠ノ之博士と戦って・・・。

 

 

・・・東シナ海の日本の離島を、いろいろ理由を付けて占領する。

 

 

まぁ、ドサクサで頂いちゃおうってわけね。

日本には悪いけど、今度はこっちが実効支配しようって寸法。

これで一夏達と関係が悪化したりとかはしないと思うから、個人的にはやっぱりどうでも良い。

でも問題は、会長の言う通り篠ノ之博士が日本の宇宙港を襲うのかどうか・・・。

 

 

「・・・うん?」

 

 

その時、空母の甲板から・・・空がキラッと輝くのが見えた。

私がそっちに気が行くのとほぼ同時に、前列に並んでたIS部隊のお姉様達が動く。

つまり・・・。

 

 

「敵襲―――――敵性ISだ!!」

 

 

その声に、私を含めてその場にいた全員がザワめく。

同時に緊張が走って・・・走った、次の瞬間。

私達のいる空母の甲板にベコボコと大きな音を立てて穴が開いて、次いで爆発した。

 

 

 

 

 

Side 更識 簪

 

・・・良し、これで・・・大丈夫。

ふぅ、と息を吐いて、私はその場に立ち上がった。

私の目の前には、2機の機体がある。

 

 

1機はもちろん、私の『打鉄弐式』。

マルチロックオン・システムのようなソフト面はもちろん、装甲やスラスター、武装とかのハードも十分にチェックして整備した。

本音にも手伝って貰って、更識の屋敷の中で・・・。

 

 

「ふぃ~・・・学園から持って来れたのが2日前だから、突貫作業だったねかんちゃん~」

「・・・ん」

 

 

もう1機は、本音の専用機。

専用機と言っても、無人機の暴走で半壊した学園の格納庫に埋もれてたのを持ってきて・・・本音用にチューンしただけ。

授業で使う時と違って、完全に本音専用のコアになってるはず。

 

 

『打鉄(うちがね)』のカスタム機・・・簡単に言えば、『打鉄(うちがね)・改(かい)』。

世代的には、2.2世代・・・くらいかな・・・電子戦用にいろいろ仕様を変えた。

だから、戦闘力的にはあんまりかも・・・?

まぁ、とりあえずこっちも大丈夫・・・それぞれ待機状態にして、アクセサリーにする。

私は指輪、本音はチョーカー・・・。

 

 

「かんちゃんかんちゃん、コレ何だか首輪っぽくない~?」

「く、首輪?」

「むむむ~・・・わんわん~、ご主人さま、遊んで~」

「・・・ばか」

 

 

ちょっと可愛かったけど、言うと調子に乗るから言わない。

本音は置いておいて、クリスタルの指輪をぎゅっと抱き締める。

・・・これで、楓を。

 

 

・・・10日前、篠ノ之博士の前で動けなかった私。

思い出すと、今も怖い・・・けど、今度は、ちゃんと。

・・・でも、楓はお姉さんといれた方が嬉しいのかな・・・。

 

 

「かんちゃんかんちゃん」

「・・・なに?」

「頑張るワンッ」

 

 

ぴょこん、と掌を頭の上に置いてそう言う本音。

・・・励まそうとして、くれてる・・・のかな、たぶん。

私が本音に何か返そうとした時、クリスタルの指輪・・・『打鉄弐式(うちがねにしき)』から、通信が入ったって知らせがあった。

相手は、立道。

 

 

『・・・先程、記者会見で首相が自衛隊の「国民保護等派遣」措置を決定した旨を発表しました。これにより、IS特務機関は鹿児島に臨時司令部を置くことになりました』

「そう・・・防衛出動じゃ、無い・・・?」

『流石にそこまでは決断出来なかったようです、今の首相ではこれが限界でしょう』

「・・・特務機関にサイバー攻撃があったのに・・・」

 

 

特務機関のIS関連情報が全損したことは、まだ一般人には知られて無い。

篠ノ之博士のことも含めて、政府が「秘密保全法」に基づいて国家の特別機密に指定したから。

だから、実は日本人は篠ノ之博士のテロのことをほとんど知らない・・・。

これが、外国との協調が遅れてる一つの理由でもあるんだけど。

だって、存在しない脅威のために他国軍と行動を共にする必要、無いから。

 

 

『後ほど、日本の代表候補生の集合場所を添付したメッセージを送付します。確認してください』

「・・・うん、ありがとう」

『・・・では』

 

 

通信が切れた後も、何となく映像の消えたディスプレイを見つめる。

日本の代表候補生として、か・・・。

・・・気が付くと、本音がきゅっと手を握ってくれていた。

見ると、いつも通りニコニコしてる。

私もそっと握り返して、何とか笑ってみた・・・。

 

 

「・・・あ、いたいた。簪さん、ちょっと良いかな」

「え・・・あ、シャルロットさん・・・」

「うん、家の人が呼んでるよ。お客さんだって」

 

 

その時、外からシャルロットさんが入って来て、来客を教えてくれた。

お客様・・・。

こんな、タイミングで?

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

―――オーストラリア北部、ダーウィン基地。

米豪軍が「同居」するこの基地は、インド洋・南シナ海方面の有事に備えることを主要任務としている。

しかし場合によっては沖縄、グアム両拠点と連携し、東アジア全域へ派遣されることもあり得る。

 

 

『―――我々は、世界の秩序と自由を守護する崇高な義務を共有していることを再確認した!』

 

 

そのダーウィン基地の米豪軍兵士の共同食堂の大型ディスプレイには、生放送である映像が流されている。

具体的に言えばそれは、米国大統領と豪州首相の共同記者会見の様子だった。

現在、ワシントンで行われている会見である。

 

 

「崇高な義務、ねぇ・・・」

 

 

不味くも美味くも無い―――――そう評判の共同食堂のマカロニサラダをフォークの先で突(つつ)きながら、アイシャは感銘を受けた様子も無く呟いた。

実際、大統領やら首相の言葉で瞳を輝かせるような人間はいない。

彼女らは国を愛しているが、それと指導者への敬意は別の次元の話だからだ。

 

 

『私は大統領として、熟慮の上に戦略的な決定を下した。同盟国・友好国防衛のため、条約上の誓約を守るため、国際的なテロリストの脅威に対してリーダーシップとプレゼンスを発揮し・・・』

「そりゃまぁ、熟慮の上で決定されない戦略は戦略じゃないしな」

「・・・いちいち、揚げ足を取らない方が良いですよ」

 

 

同じように不味そうでも美味しそうでも無い表情でマカロニサラダを食していたソフィーは、向かいの席で子供のように唇を尖らせる同僚を嗜める。

ヴィクトリアの専属工場が焼失してからは、彼女は正式にこの基地に配属されていた。

前髪で隠れた片目は、思慮深く隠されていて見えない。

 

 

「・・・豪州軍の品格が疑われますし」

「別に気取っても仕方ないと思うけどねぇ」

「名誉の問題です」

 

 

そんな会話をしながらも、2人の視線は食堂の大型ディスプレイに注がれている。

自分達の事実上の総指揮官である豪州首相が同盟国である米国で表明した内容は、基本的には想定通りの物だった。

想定以上の物など、そうそうある物では無い。

「米国と緊密に連携し、地域の平和を守るためにあらゆる手段を講ずる」、シンプルな物だ。

 

 

「良いねぇ、シンプル・イズ・ベスト! ウチの大統領(プレジデント)はアレだから好きだぜ」

 

 

その時、無遠慮なまでに遠慮なく、アイシャの隣の席に山盛りポテトと共に金髪の女が座った。

アメリカ空軍の肩章を見せつけるように座るその女は、アイシャも良く知っている顔だった。

 

 

「げ、ジーナかよ・・・」

「げ、とは何だ。階級私の方が上だぞコラ」

「何でいん・・・いるんですかー」

 

 

階級と言う言葉に弱い、アイシャであった。

 

 

「何故ここに? 貴女の配属先は別だったはずですが?」

「んー、ああ、ちょっとここの連中を連れて行こうと思ってよ」

「ここの・・・?」

 

 

ソフィーは少し首を傾げる。

ここの、とは当然ダーウィン基地のことを指している。

ジーナはそれに笑うと、ポテトの刺さったフォークを右に左に揺らして見せた。

 

 

「MEU・・・オーストラリア駐在の海兵隊遠征隊2500人、そっくりそのまま日本に連れて行く。仲良く世界の正義を守りに行こうぜ、豪州軍(おなかまさん)?」

((別に私達は、世界の正義とかどうでも良いんだけど・・・))

 

 

パチッ、と魅力的なウインクをするジーナに対し、アイシャとソフィーはげんなりとした雰囲気を纏う。

しかしこの後、ダーウィン駐在の米豪連合部隊合計3600名は空海に別れて日本に向かうことになる。

そして太平洋沖で在日米軍・・・第7艦隊と合流、九州沖へ。

 

 

「ウチの大統領(プレジデント)はホントに良い仕事してくれたぜ、何せ住民の反対運動を無視して日本に軍を増派できるんだからな」

 

 

寄港した港で「米軍帰れ」とデモを行う日本人達を見て、ジーナは機嫌良くそう言ったと言う。

地位ある軍人の言葉としてはあまりにも不穏当なので、後世では捏造とする説が有力となるが・・・。

・・・事実とは、案外とつまらない物なのである。

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

Side 織斑 一夏

 

・・・たたたんっ!

道場の畳を足先で激しく打つ音が続いて、次いで視界が回転する。

相手に投げられた勢いを利用して距離を保ち、そこから相手のリズムを自分のリズムに巻き込んで・・・。

 

 

「―――御首(ミシルシ)」

 

 

空気の裂ける音と同時に、背後、首筋に悪寒が走る。

チリチリとしたその感触に脱力することで反応する、この「脱力」を身につけるのに随分かかった。

身体から無駄な力を抜き、沈むようにして下へ。

 

 

「頂戴(チョウダイ)」

 

 

流れた髪先に、細くて白い2本の手が掠る。

下手な刀よりも鋭いそれは、眼鏡をかけた上級生の掌打・・・いや、手刀だった。

脱力して下に逃げてなかったら、冗談で無く首が飛んでたかもしれない。

そして・・・半分まで折った足に、力を込めて脱力状態から脱する。

 

 

「・・・でぇいっ!」

 

 

腰を曲げて離れながら両手を突き出し、眼鏡の上級生・・・虚さんの腹部にビシッ、と突き付ける。

虚さんは表情を変えずに、手刀を振り切った体勢のままで止まってる。

俺も止まる、頬に汗が伝うのを感じながら静かに虚さんの反応を待つ。

 

 

・・・待つこと数秒、虚さんが構えを解いて眼鏡を指先で押し上げる。

俺も息を吐いて、虚さんのお腹から両の拳をどかす。

と、虚さんが眼鏡を押し上げていた手を振るう。

反射的に俺は虚さんの手を握って裏拳をパシィッ、と止めた。

・・・いや、来ると思ってましたけどね。

 

 

「・・・驚いたわ、この1ヵ月で随分な上達ね」

「いや、武術は昔やってたんで・・・」

「篠ノ之流ね、それでも凄いわ。一応、私も本音も本職仕込みなのだけれど」

 

 

そう言って、俺を労ってくれる虚さん。

でも俺がのほほんさんに勝てたのって結局、この間の一回だけなんだよなぁ。

今の虚さんとの組み手だって、虚さんが手加減してくれたから何とかなったわけだし。

 

 

「あら、そんなことないわよ。私はお嬢様や本音と違って才能なんて無いから、今で十分に本気よ?」

「でも全力でも無い、とか言うオチじゃないですよね?」

「・・・」

 

 

その笑顔は何ですか、虚さん。

 

 

「まぁ・・・でも、ありがとうございました。虚さん、のほほんさんもな」

「良いのよ、私も良い気分転換になったから」

「いえ、俺も・・・俺も、勉強になりました」

 

 

両手を合わせて、虚さんに礼をする。

本当に、この1カ月間でのほほんさんや虚さんにはお世話になった。

楯無さんもそうだけど、ここの人達はどうしてこんなに良い人なんだろう。

使用人のお姉さん達も料理を教えてくれたり、警備員らしきオッサンには差し入れ貰ったり。

 

 

良い所だ、ここは。

でも、それも今日までだ。

今日、俺達はここを立って・・・南へと向かう。

そして・・・。

 

 

「あら、男の子の顔ね」

「え? ど、どんな顔ですかそれ」

「うふふ」

 

 

クスクスと微笑む虚さん、その表情と仕草が年上の女の人を思わせて、不覚にもドキッとしてしまう。

普通ならそのままドキドキするんだろうけど、この間ののほほんさんとの誤解の件では別の意味でドキドキさせられたからな。

・・・俺の周りは、妹想い(シスコン)度数がやたらに高いな。

そうだ、シスコンと言えば・・・。

 

 

「箒さんの所に、行ってあげなくても良いの?」

「あ、いや・・・」

 

 

考えを読まれたのか、虚さんにそう指摘された。

俺が頭を掻いて笑うと、虚さんはまたおかしそうにクスクスと微笑んだ。

俺は頭を掻きながら、虚さんの笑い声に顔が熱くなるのを感じた。

 

 

 

 

 

Side 篠ノ之 箒

 

楓の部屋はそのままにしたい気持ちもあったが、きちんと掃除をすることにした。

人様の部屋だし、何よりも感傷に過ぎないとわかってもいた。

だから、数日はそのままにしていた楓の部屋を片付けた。

 

 

私物らしい物は無く、全て更識家で用意して貰った物ばかりだった。

当然だろう、学園から逃げ出して以降は私物を補充するような余裕は無かったのだから。

・・・まぁ、楓ならISの中に量子分解して隠してそうではあるが。

 

 

「・・・良し」

 

 

掃除のために身に着けていた割烹着を脱ぎながら、私は満足気に頷いた。

使用人の人達には自分達がやるので良いと言われたが、ここは私がやりたいと無理を通した。

世話になりっぱなしでは、申し訳ない。

 

 

それに、楓も自分の使っていた部屋を赤の他人に掃除されるのは抵抗があるだろうと思う。

良く見ると部屋の所々に・・・上手く誤魔化されてはいるが、赤い染みを拭き取ったような跡がある。

掛け布団の中身だったり、座布団の下であったり、何故気付かなかったのかと言う程に。

 

 

「箒」

 

 

すっかり片付け終えた楓の部屋でぼんやりと膝を折って座っていると、縁側の障子が開いて一夏がやってきた。

楯無会長が用意してくれた私服では無く、IS学園の制服に着替えている所が一夏らしい。

最近、どこか表情が大人びて来たような気もする。

いろいろと経験したからか、改めて武術に取り組み始めたからか・・・千冬さんが、いないからか。

 

 

「・・・・・・」

「・・・あー、その、さ」

 

 

そして一夏は、ここ数日、何かと気を遣ってくる。

理由はわかっている、楓があの人に連れて行かれてしまったからだ。

3年前と、同じように。

一夏はそれで私がショックを受けていると思って、慰めようとしてくれているのだろう。

 

 

確かに、ショックだった。

3年前に続いて、また私だけが置いて行かれた。

自分でそう望んだとは言え、傷付かなかったわけではない。

あの人の考えはわからないし・・・楓と喧嘩のようなことをした直後だったと言うのも、マイナス要因だった。

だが・・・。

 

 

「・・・ふふ」

「な、何だよ」

「いや、何でも無い」

 

 

あの朴念仁の一夏が、私に気を遣ってくれている。

私のためだけの心遣いに、嬉しくなる自分がいる。

一夏の優しさが、嬉しかった。

 

 

「・・・一夏」

「おう」

「私は、あの人を・・・姉さんを止める」

 

 

その気持ちは変わらない、変わりようが無い。

だけどそれは世界を守るとか、そんな理由じゃ無い。

それはとても、単純な理由だ。

それこそ姉妹喧嘩レベル、私の勝手な気持ち。

 

 

「私は、あの人が嫌いだからな」

 

 

楓に指摘された時はかなり動揺したが、よくよく考えてみれば好きになる要素が無い。

嫌いになって当然、むしろこれ以上迷惑をかけられてたまるか。

そんな私の言葉が意外だったのか、一夏は一瞬だけポカンとした表情を浮かべた後・・・。

 

 

爆笑し始めた。

 

 

こう、障子の木枠に手を当てて肩を震わせて・・・何故か、オータムを思い出したぞ。

まぁ、今回は自覚があるので大目に見ることにした。

しかし一夏は一向に笑いが収まる気配が無く、それどころか「ヒーヒー」言いだしたので・・・。

 

 

「笑い過ぎだ!!」

「す、すまん・・・だから刀しまえって刀・・・」

 

 

『紅椿(あかつばき)』を部分展開して迫り、一夏は笑みを崩さないながらも私を宥める。

まったく、すぐに調子に乗るのだからな一夏は。

昔からそうだった、大体コイツは・・・。

 

 

「・・・あらあら、まぁまぁ」

 

 

縁側にまで一夏を押し出していたので、その声は良く聞こえた。

しかも、聞き覚えがある声だ。懐かしさすら感じる。

首を動かして左を見ると、そこに予想外の人物が立っていた。

黒髪に和服、どこか母を思い出させる落ち着いた感じの美人。

 

 

「雪子、叔母さん?」

「え、叔母さん・・・って、うえ?」

 

 

私と一夏、2人が驚いたような声をあげる。

と言うより、驚いている。

何しろそこには、篠ノ之神社にいるはずの雪子叔母さんがいたのだから。

何か細長い筒のような物を抱えた雪子叔母さんは、そんな私達を見て柔和に微笑んだ。

 

 

 

 

 

Side シャルロット・D・コルデ

 

その女の人は、会長が呼んだらしい。

会長は今ちょっと留守にしてて、入れ違いになったみたいなんだけど。

でも厳密には、会長が「箒ちゃんのために」呼んだって言うのが正しいみたいだ。

 

 

「え、えと・・・雪子叔母さん、まずはお久しぶりです」

「ええ、いろいろ大変だったみたいだけど・・・元気そうで安心したわ」

 

 

叔母さん、と言うことは箒 (つまり楓や篠ノ之博士)の親戚さんなんだね。

何か、届け物をするためにはるばるここまでやってきたらしいえど。

簪さんと一緒に同席させて貰いながら―――僕はお茶汲みだけど―――僕は、そっと雪子さんの様子を伺った。

正座で畳の上に座る雪子さんに日本茶をそっと渡すと、小さな声でお礼を言われた。

・・・どことなく、僕のお母さんに雰囲気が近いかも。

 

 

「そ、それで、雪子叔母さん。どうしてここに・・・」

「更識と言う方に、貴女が大変困っていると教えられて・・・様子を見に来たの」

「そ、そうですか。ご心配おかけして、申し訳ありません」

「良いのよ、家族じゃない・・・楓ちゃんにも、会いたかったのだけど」

「あ・・・」

 

 

雪子さんと向かい合って正座している箒と一夏に、雪子さんは困ったような顔をする。

本当に、ただ心配で来たって感じもするけど。

両者の間に座る形になった簪さんは、双方の顔を見て・・・雪子さんに視線を定めた。

 

 

「それで・・・篠ノ之の現在の代表である貴女が、このタイミングで・・・?」

「このタイミングだからこそ、です。更識の当主代行」

 

 

そう言って、雪子さんは側に置いてあった紫色の長い袋を手に取った。

そしてその中から出て来たのは・・・黒い鞘に収められた、日本刀だった。

紅色の小さな宝石が柄に嵌められたそれは、何だかISコアみたいに見えた。

 

 

「叔母さん、それは・・・?」

「篠ノ之神社に代々伝わる宝刀、"緋宵(あけよい)"」

「・・・"緋宵(あけよい)"!?」

 

 

・・・アケヨイ?

良く分からないけど、価値のある物なんだろうと思う。

箒の驚き方が、尋常じゃなかったから。

 

 

「篠ノ之家当主に代々伝えられる宝刀であり、同時に当主の証でもある。貴女のお父様・・・柳韻さまが1度だけお使いになられた剣」

「父が・・・」

「篠ノ之の家は代々土地神を祀り、舞によって霊魂を神のもとへ送るが務め。武と舞が交わり剣となす、女のための神楽」

 

 

そ・・・と刀を置いて、雪子さんが静かな瞳で箒を見る。

箒は居住まいを正して、どこか緊張した面持ちでそれを受ける。

そこに、簪さんが首を傾げながら。

 

 

「・・・貴女は、篠ノ之と織斑、更識の関わりを・・・」

「存じています、故に来たのです」

 

 

着物の襟元を正しながら、雪子さんは箒を見つめる。

 

 

「お父様・・・柳韻さまが、この剣をお使いになられたのはいつか、わかるかしら」

「・・・20年、前・・・です、か?」

「ええ、その通りよ・・・一夏くん、だったわね」

 

 

20年前、篠ノ之と織斑と更識の関わり。

ここまで言われれば、僕でも大体の状況は飲み込めるよ。

つまり、この刀は。

 

 

「柳韻さまが、ある物質を封じる際にお使いになられた刀。そして同時に、同じ力を宿していると聞いているわ。残念ながら、私は篠ノ之流の遣い手では無いので振るえないけど・・・けれど」

 

 

箒が、息を飲む音が聞こえた気がする。

 

 

「けれど柳韻さまに篠ノ之流の剣術を叩き込まれ、かつ今まさにアレに挑もうとしている箒ちゃん。貴女なら、この刀を振るうことが許されるはずよ」

「いや、しかし・・・その」

「IS・・・との兼ね合いなら、心配はいらないと思うわ。もちろん、いろいろ都合はあるでしょうけど・・・箒ちゃんに、使ってほしいの」

 

 

箒は、迷ってるみたいだった。

たしか、箒のお父さんは生きてる・・・んだよね、一応。

それを指し置いて自分が使って良いのか、悩んでいるんだと思う。

 

 

だけど雪子さんの気持ちも有難いから、無下にはできない。

だからといって・・・と言う、グルグル具合が見ていてよくわかるよ。

雪子さんがその様子にクスリと笑うと、箒はどこかバツの悪そうな顔をした。

 

 

「そ・・・その、雪子叔母さんは、20年前の件、どこまでご存知なのですか?」

「ほぼ完全に把握していると思う。それを伝えるのも、ここに来た理由なのよ」

 

 

雪子さんは、一口お茶を飲んで喉と唇を湿らせて・・・話を続けた。

 

 

「ただ、かなり衝撃的な話になると思うの。大丈夫?」

 

 

大丈夫か、と聞かれたのは・・・この場の全員、だよね。

正直、怖いと感じる所もあるけど。

けど・・・。

 

 

「・・・」

 

 

誰も、否とは言わなかった。

雪子さんはしばらく黙っていたけれど、少ししてから頷いて。

唇を、開いた。

 

 

「まず、そもそもの始まりは―――――」

 

 

 

 

 

Side 更識 簪

 

雪子さんの・・・話が、終わった後。

話は午後の遅い時間まで続いて、雪子さんは屋敷に留まることになった。

元々、篠ノ之神社に戻るつもりは・・・無かったみたい。

 

 

代理人(ちじん)に神社の管理を数日任せて、自分は事が終わるまで身を隠すつもりだったって。

更識家なら、うってつけだから。

神社の方は、日本政府の人間がワラワラやってくるから落ち着かないって。

・・・えと、何だかごめんなさい・・・。

 

 

「ここの部屋を、使ってください・・・」

「はい、ありがとう」

 

 

にこり、と柔和に微笑む雪子さんに、少し気恥かしくなる。

何と言うか、お母さんみたいな雰囲気を纏ってる人。

楯無姉さんとは別の意味で、敵わないような気がする・・・。

目元の趣のある皺とか、柔らかだけど芯のある立ち姿とか。

 

 

案内した部屋は、屋敷にいくつもある客間の一つ。

箒さんの親戚と言うことで、和室に通す。

今日から事態が収拾される数日は、使用人の人達にお世話をして貰うことなるけど。

 

 

「ありがとう、更識のお嬢さん」

「いえ・・・篠ノ之の方々には、先代以前からお世話になってますから」

 

 

会ったのは今日が初めてだけど、家としての付き合いは数百年単位で続いてる。

江戸時代くらい、からかな。

詳しくは、当主の楯無姉さんしか知らないと思うけど。

でも、さっきの話で大体は予想できる。

 

 

「簪さん・・・だったわよね」

「はい、そうです」

「まぁ、楓ちゃんのお友達なのよね?」

「は、はい・・・」

 

 

ちょっと恥ずかしくて、はにかんで頷く。

すると、雪子さんは「まぁまぁ」と嬉しそうに笑った。

ぱん、と手を合わせて喜んでる。

 

 

「あの子は昔から身体が弱くて、お友達を作る機会も少なかったから・・・本当、良かったわ」

「は、はぁ・・・そんな、私の方こそ・・・」

「いいえ。ありがとうね、あの子のお友達になってくれて」

「・・・はぅ」

 

 

は、恥ずかしい・・・な、何だか、友達のお母さんに会うのってこういう気分なのかな。

本音のお母さんとかは、たぶん家同士の付き合いだから別だと思うし。

こう、本当の意味での「保護者」みたいな存在と会うのは、初めてかも・・・。

 

 

「ねぇ、良ければ学校での楓ちゃんのこととか教えてくれないかしら? 箒ちゃんは想像できるんだけど、楓ちゃんは私もほとんど知らなくて・・・」

「は、はい」

 

 

それから、楓のことをたくさん話した。

恥ずかしかったし、照れくさかったけど。

・・・大切なお友達のお話をするのは、楽しかった。

 

 

 

 

 

Side 篠ノ之 箒

 

少しずつだが、ISコアを巡る状況が見えて来たような気がする。

前の戦争の時代に発見された「特殊なレアメタル」、ISコアの祖「オリジナル・コア」。

その発見者と、実験台にされた妻と娘。

 

 

私達の世代の前に、発見者の娘を巡る一つの物語(じんせい)があった。

私の父と、一夏の父、それから楯無先輩の母の物語。

安っぽく言えば被検体の娘を一夏の父が仲間達と救うヒロイック・サーガだ、特筆すべき点は何もない。

ただ幼い頃の私と一夏、千冬さんとあの人の間に交流があった理由はわかった。

あれは・・・そう言う所から、来ていたのだろう。

 

 

「いや・・・その、何と言うか」

 

 

冬の寒い夜、珍しく満月のその夜に・・・一夏と2人、縁側に座って星空を見上げる。

私の隣で、一夏が困惑したように頭を掻いている。

気持ちはわからないでもないが、やはりおかしな気分になってくる。

 

 

「な、何だよ・・・」

「いや、何でも無い」

 

 

口元に手を当ててクスクスと笑うと、一夏が不満そうな顔で私を見る。

それが、何だか嬉しい。

自分の行動に、反応を返してくれるのが。

 

 

「まぁ、あんな話を聞かされて困る気持ちはわかるが・・・気にしても始まらないだろう」

「・・・意外だな、箒ならもっと気にすると思ったんだけど」

「そうだな・・・数ヵ月前の私なら、死ぬほど塞ぎこんだかもな」

 

 

ただ今は、「ようは先代達の話だろう」程度に思えるようになった。

何故なら私は、自分のことよりも優先しなければならないことが多々あるからな。

その意味では、「変わった」と言えるのかもしれない。

それに、何だ・・・その。

 

 

「・・・姉と妹が、ああだから」

「ああ・・・わかる気がする」

 

 

と言うか、私達の家族で普通な人間が少数派なんだが。

そして多数派の中には、たぶん私や一夏も入っているのだろう。

・・・うん、嫌でも前向きにならざるを得ないな。

 

 

まぁ、そればかりでも無い。

私達には、支えてくれる仲間や友人がいる。

昔に比べれば、友人が増えたと見るべきだろう。

それが、どれほど有難いことなのか。

楯無先輩などは、どうしてこんなに良くしてくれるのかわからないこともあるが。

 

 

「一夏」

「何だよ」

「・・・何でこんなことになったのか、未だにわからないが」

 

 

本当に、どうしてこんな事態になっているのかわからないが。

何より、納得がいかないが。

そもそも、意味がわからないが。

 

 

「全部が終わったら、また皆で学校に行けると良いな」

「・・・だな」

 

 

IS学園で過ごした日々は、短かったが・・・忙しくも楽しい日々だった。

それを取り戻すための戦い、そう思えば戦意も上がる。

それが難しければ難しい程、余計に。

でも、だからこそ夢見るのだろう。

 

 

そんなことを思いながら、一夏の30センチ隣で空を見上げる。

あの人が目指すと言う、あの空の向こう側を見ようとするように。

何年も前から、多くの人間がそうしていたように。

 

 

 

「な、何だよ、人の顔をじっと見て」

「い、いや、何でも無い」

 

 

この距離感が、今の私の精一杯。

だが、悪い気はしなかった。

今は・・・この距離が、心地良かった。

 

 

30センチの間に並んだ私と一夏の手は、触れそうで触れない。

だけど、触れそうな肌が温もりを感じさせてくれる。

・・・夢見るように、私は目を閉じた。

 

 

 

 

 

Side 篠ノ之 束

 

10年前は・・・何だったかな、リムパックだかリンパ管だか言う軍事演習に喧嘩売ったんだよね。

細かい話をすると、『白騎士(しろきし)』でちーちゃんがミサイルぶった切ったら、その演習に参加してた艦隊がちーちゃんに喧嘩売ったんだよ。

 

 

ちーちゃんと、この束さんにね。

束さんとちーちゃんは超絶無敵の最強天才コンビだから、まぁ正直遊びの片手間で十分だった。

束さんが内側を、ちーちゃんが相手の外側を壊して。

全力全開で遊んだのは、アレが生まれて初めてだったかなぁ。

 

 

「はんはん♪ はんははは~ん♪」

 

 

大して使いもしないお化粧道具、くーちゃんが「身嗜みです」とか言って通販してたけど。

でも束さん、お化粧なんてしたこと無いんだよねぇ。

そう言えば、子供の頃に箒ちゃんが何かしてたような気もするけど。

蒸しタオルで顔を拭ってファンデ、眉を整えてチークでー・・・。

 

 

「ん~、楓ちゃん、キレーキレーだねー?」

 

 

「鉄の糸」が幾重にも重なる天井が遠くに見える広い広い大広間、階段の上のファンシーな造りの大きな椅子の上。

真っ黒なゴシックロリータな服装、キメ細やかな青白いお肌を彩る束さんのメイク。

黒いリボンとフリルに覆われたモコモコな身体に、束さんが白いリボンを巻いて行く。

 

 

きゅっと締まった足首、ぷにっと柔らかそうな太腿、細くて折れそうな首、そして「指輪の無い」小さな小さな可愛いおてて・・・。

うーん、楓ちゃんっておっぱいは無いけど小尻なんだよね、束さん羨ましいなぁ。

束さんがリボンを巻き終わって手を離すと、その「楓ちゃん」はくたりと椅子の肘かけに立折れちゃった、あららら。

 

 

『・・・束さま』

 

 

その時、くーちゃんの声がする。

特に驚かないけど、でも今日はいつもと違って声はすれども姿は見えず。

おやおや?

 

 

「んー? なぁにー、くーちゃん?」

『北米地区に向かわせた無人機が、全滅しました』

「ふーん?」

 

 

ふん? それはおかしいねぇ。

束さんの邪魔をしようとか言うから、ゴーレムⅣを10機くらい投げて懲らしめようとしたんだよね。

まぁ、あんまり興味無かったから忘れてたけど。

でも、ゴーレムⅣ10機が全滅って言うのは興味深いかもねぇ。

 

 

『モハベ砂漠のレアアース鉱山に向かった所、途上で2機の所属不明機に遭遇、識別する間も無く破壊された模様です。内5機はBTレーザー、残り5機は近接格闘で瞬く間に』

「・・・へぇ」

『それで・・・最後の1機の集音記録が途切れる際、束さまへの伝言らしき言葉が吹き込まれていました。お聞きになりますか?』

「うん」

 

 

前半はともかく、後半のくーちゃんのお知らせに束さんは嬉しくなる。

うふふ、どこにいるかと思っていたけれど。

 

 

『「首を洗って待っていろ、すぐに・・・・・・そこに、行ってやる」、以上です』

「・・・あは」

 

 

・・・うふふふ、うふふふふふふふ・・・あっはははははっ!

うん、待ってる―――――待ってるよ、束さんはここにいる。

ここにいるよ、だから早く見つけてね。

さぁ、それじゃあ始めようか。

 

 

くるくる、クルクル、狂狂(くるクル)、人差し指の上で「それ」を回しながら。

束さんは、明日が楽しみで仕方が無かった。

10年前には無理だったけど、ようやく治ったからね、今度は大丈夫。

ああ、早く遊びたいなぁ・・・。

 

 

「そいじゃくーちゃん、行ってみようか~」

「畏まりました、移動式ラボ<大綿津見神(オオワタツミ)>、潜伏(ステルス)及びナノマシン散布状態で浮上します―――――最終目的地は」

 

 

―――――種子島。

10年前、純白の騎士が世界にその勇姿を示した場所。

そして、全部の「はじまり」の場所・・・束さんとちーちゃんの。

思い出の、場所。

 

 

 

 

 

Side 織斑 一夏

 

その翌日の朝、2月13日。

つまり、束さんの指定した日の前日の朝だ。

楯無さん家のお屋敷とも、今日でお別れだ。

 

 

「一夏くん」

「はい・・・って、うおっ」

 

 

屋敷の正門前に行くと、戻って来たばかりらしい楯無さんから何かを投げ渡された。

光り輝くクリスタル、陽光を反射して輝くそれを手の中に収める。

すると、それは・・・『白式(びゃくしき)』のコアクリスタルは、まるで俺の手に吸いつくような自然さでそこに収まった。

 

 

すぐに白いガントレットの形態になるそれに、俺は懐かしさすら感じる。

・・・よう、『白式(びゃくしき)』。

この間は悪かったな、そしてありがとう。

明日は、よろしく頼むぜ。

 

 

「・・・良いんですか?」

「ん、虚ちゃんから様子は聞いてたからね。今の一夏くんなら大丈夫でしょう」

 

 

「心配無用」と描かれた扇子を振りながら、楯無さんは綺麗に笑う。

俺は何も言わずに、頭を下げる。

本当、俺はいろんな人に頭が上がらなくなってくよな・・・千冬姉。

 

 

「何だ、どうした一夏。また何かやらかしたのか」

「あはは、一夏は腰が低いから」

 

 

そして俺が頭を上げた頃、屋敷の方から何人かの女の子が歩いて来るのが見えた。

箒とシャルロット、どっちもIS学園の制服姿なのは何でなんだろう、俺もだけど。

それと簪さんと本音さん、簪さんは深緑色の軍服みたいな制服だけど、のほほんさんは黒スーツでSPみたいだ。

・・・でものほほんさん、スーツでも袖が長いってどう言うことさ。

 

 

「袖が長い服が好きなんだよ~、本当はもっと長くしようとしたんだけど~」

「・・・私が、止めた・・・」

 

 

うん、簪さんの対応は間違ってない。

それから箒の方を見ると、その手には雪子おばさんに貰った刀を持っていた。

IS戦闘では使えないだろうけど、量子変換して収納することはできるからな。

箒は俺と視線を合わせると、少し寂しげに微笑んだ。

 

 

何だかいつもと雰囲気の違う箒に、不覚にもドキッとしてしまう。

昨日、おばさんから聞いた話が影響しているのかもしれない。

俺にとっても、たぶん他人事じゃない話だ。

千冬姉、生きてたら怒るかな・・・いや、きっと生きてるから殺されるな、俺。

 

 

「お嬢様」

 

 

その時、楯無さんの後ろから姿を現した虚さんが、楯無さんの耳元で何かを囁いた。

楯無さんはそれに頷くと、俺達の方を見て。

 

 

「各国の対IS潜伏(ステルス)衛星が、大隅海峡で巨大な未確認物体を発見・・・種子島海峡に入ったそうです」

「じゃあ・・・」

「ええ、行きましょうか」

 

 

楯無さんの言葉に、皆が頷く。

特に箒は、刀を握り締めて緊張した顔になった。

・・・箒は、束さんが嫌いだから束さんのやることを邪魔しに行くんだ、みたいな言い方をしてたけど。

 

 

俺はもっと、単純な理由で束さんの邪魔をしようとしてる。

千冬姉なら、きっとそうしたろうなって理由で。

真似とか言うな、行動指針って言ってくれ。

まぁ、俺1人じゃ絶対に無理だけど・・・。

 

 

「みんな」

 

 

俺には、仲間がいる。

俺より強くて、俺より賢くて、俺より視野が広い仲間が。

だから。

 

 

「頼りにしてるよ」

 

 

俺のその言葉に、皆は一瞬、呆けたような顔になって。

でもすぐに、それぞれ力強い笑みを浮かべてくれる。

それぞれ、サムズアップだったり袖振ったり扇子開いたり反応は色々だけど。

 

 

「「「任せとけ」」」

「おう!」

 

 

じゃあ、まぁ、行こうか。

家出した幼馴染のお姉さんを、連れ戻しに。

そして、やっぱり幼馴染な妹分を、迎えにさ。




本日のNGシーン:(Side 織斑一夏)

「―――御首(ミシルシ)」


空気の裂ける音と同時に、背後、首筋に悪寒が走る。
チリチリとしたその感触に脱力することで反応する、この「脱力」を身につけるのに随分かかった。
身体から無駄な力を抜き、沈むようにして下へ。

「頂戴(チョウダイ)」

良し、ここだ、ここで脱力を―――。

―――ガインッ。

・・・あ。

「あ・・・」

脱力が間に合わず、虚さんの両手の手刀が俺の首の頸動脈を着実に打った。
衝撃で、意識が飛ぶ。
抗うこともできずに、俺は床に倒れる。

最後に見たのは、珍しくうろたえた虚さんの顔だった―――。


「あ、あああ~・・・ど、どうしましょう。お、織斑くん? 織斑くーんっ!?」
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