インフィニット・ストラトス―黒き叡智―   作:竜華零

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第56話:「12時間戦争・午前7時~午前9時」

Side 篠ノ之 箒

 

・・・あれから、1時間以上が経った。

状況は、動いていない。

あの人が関わっているにしては、恐ろしい程に何も変化が無かった。

宇宙センターは相変わらず占拠されたまま、そして種子島の周囲は自衛隊や米軍の艦船が包囲したままだ。

 

 

あるとすれば、種子島宇宙センターのある南側以外の地域・・・2つの港と1つの飛行場に1万人近い人間が押しかけて大変なことになっていると言う情報が入ったくらいだ。

前日までに自主的に5000人程が近隣の島に避難したと聞いているが・・・それでも、2万人以上の人間があの島で今、怯えているんだ。

あの人の、せいで。

 

 

「・・・静かですわね」

「そうだな、通信量も徐々にだが減って来た・・・小康状態か?」

 

 

すぐ傍では、セシリアとラウラも状況の停滞ぶりに眉を潜めているようだった。

軍属の彼女らから見ても、この静寂は不可思議らしい。

それはそうだろう、『大日孁貴神(おおひるめのむちのかみ)』とか言うあの人の作ろうとしている物は午後7時には完成するんだ。

 

 

その前に何としても攻撃するのが、軍隊らしい行動だと思うのだが。

まぁ、それは素人考えだとしても・・・楯無先輩から来た最後の暗号通信によれば、あの人が作ろうとしている物が宇宙に上がれば、その過程で地上に多大な被害を与えることになると言う。

それは止めなくてはならない、ならないのだが。

 

 

「なぁ、今なら俺達が出ても行けるんじゃ無いか?」

「バカ言ってんじゃないわよ。アンタ、まだ委員会の手配解けて無いのよ? こんな艦隊だらけの所に出て言ったら、あっという間に撃ち落とされるわよ」

「でも、このままじゃ時間ばっかりが過ぎちまう」

「それは、そうだけど・・・」

 

 

私と同じように、一夏も痺れを切らしているようだ。

その一夏を宥める鈴も、どこかもどかしい思いを感じているようだった。

気持ちはわから、それ程に静かなのだから。

いったいどうして、これ程までに静かなのだろうか。

 

 

「・・・とにかく、今は会長からの合図を待つべきだよ。中枢に近い会長なら、最善のタイミングを僕達に教えてくれるはずだから」

 

 

最も冷静に状況を見て、そして最も楯無先輩の考え方を知っているだろうシャルロットがそう言う。

実際、今はそうするしかない。

この静かすぎる状況が、何らかの動きを見せるまで。

 

 

・・・わかっては、いるのだが。

『紅椿(あかつばき)』の装甲に覆われた右手を、強く握りしめる。

姉さん・・・楓・・・。

 

 

 

 

 

Side 更識 楯無

 

―――沈黙の2時間。

全部がどうにか丸く収まったら、私は更識家の歴史書にそう刻み込むことを決めた。

それ程までに、何も起こらなかった時間だった。

 

 

これがデートの待ち合わせで彼氏を待ってるとかならまだ良いんだけど、残念ながらそんなフワフワした話じゃない。

正直、ここで2時間のロスはキツい。

最長で12時間しか無い内の2時間、つまり6分の1を無為に過ごした。

・・・太平洋上でアメリカ中心の米州機構軍を配置する時間は稼げたけど、それだけね。

 

 

「・・・動きが、無いようだな」

「・・・ええ」

 

 

ロシア太平洋艦隊司令長官、アレクサンダル・フレザーノフ海軍大将も戦闘指揮所のシートに座って所在なさげにしてる。

正直、私自身が外に出て何とか状況を動かしたい所だけど・・・大隅海峡内に停船してる状態のロシア艦隊と中国艦隊をこの場に留め続けるためには、ロシア代表として(そしてロシア連邦保安庁の保証付きで)私がここにいてフレザーノフ大将の傍にいないといけないの。

 

 

少なくとも、ロシア・中国艦隊が完全に戦局に巻き込まれるまでは。

そうでないと、最悪の場合ロシア・中国艦隊は日米(加えて、後から来る欧州軍)艦隊を見捨てて安全圏に下がりかねない。

種子島の北部、本土への侵攻の壁としていてもらう必要があるのよ。

 

 

『・・・お嬢様』

「・・・虚ちゃん」

 

 

プライベート回線で、虚ちゃんの声が私にだけ聞こえる。

誰にも聞こえないように日本語で小声でコソコソと話す、大将閣下が怪訝そうな顔をしてるけど、まぁ良いわ。

それより虚ちゃん、私、実はかなり焦ってるんだけども。

 

 

『良い報告が1つと悪い報告が2つがありますが、どれからお聞きになりますか』

「・・・良いことから」

『・・・日本政府が、武力攻撃事態法・国民保護法等に基づき種子島の事態を「大規模テロ(準武力攻撃事態・緊急対処事態)」と認定し、在日米軍に種子島住民保護への協力を求めました』

 

 

虚ちゃんのその報告に、私は「やっとか」と安堵したわ。

正直、これ以上待たされたら私のここ数ヵ月の苦労が全部無駄になっちゃうから。

あと、たぶん地球も終わる気がするし。

 

 

「で、悪い方は・・・」

『まず1つ目、種子島宇宙センターの北部射場で建造中と思われる宇宙船『大日孁貴神(おおひるめのむちのかみ)』ですが、建造速度が想像以上です。全体が不明なので何とも言えませんが、完成まで12時間も必要としないのではないでしょうか・・・?』

「・・・2つ目は」

『自衛隊は防衛出動しません、あくまでも国民保護活動として行動します。なので戦闘には参加せず、かつ日米安保条約の枠外で在日米軍に協力を求めています』

「・・・そう」

 

 

結局、日本政府は戦後初めての自衛権発動には踏み切れなかった。

日本政府の期待する所としては、在日米軍が種子島住民保護を名目に島に近付けば篠ノ之博士がそれに攻撃を加える、後は自衛隊とは関係無くあくまで篠ノ之博士と米軍の戦闘であると言い張るって所かしら。

 

 

自衛隊は良くて後方支援、自衛隊が参戦しなくても在日米軍が攻撃されればNATOや米州機構、太平洋安全保障条約、米韓、米比、五ヵ国防衛取り決め・・・などの同盟条約が勝手に連鎖発動する。

そうすれば、自衛隊はほとんど動かずに事態だけが収束してくれるって寸法。

なるほど、誰の得にもならない中途半端な策だわ。

 

 

「司令長官、動きます」

 

 

それでも、私はロシアのフレザーノフ海軍大将に状況が変わったと伝える。

正直、事件後の日本政府の立場を慮ってる暇は無い。

とにかく、状況を作らないと。

 

 

 

 

 

Side イーリス・コーリング

 

とにかく、島に一刻も早く橋頭保を作らねぇといけねぇ。

そう思いながら、私はアメリカ級強襲揚陸艦『トリポリ』の巨大な飛行甲板の上でジリジリとしていた。

戦闘態勢で待機っつー話だから、かれこれ2時間は冬の太陽の下で待ちぼうけだ。

 

 

いや、別にそれ自体は構やしねぇ。

私と一緒に縦一列に『トリポリ』の250メートルの飛行甲板に並んでる私の部下達も―――当然、『ファング・クェイク』装備で―――黙って出撃命令を待ってる。

アラスカからこっちにトばされたのには参ったが、島に上陸して制圧するなら私ら『ファング』隊が必要だからな、仕方ねぇさ。

 

 

「・・・何で自分の国の人間助ける判断すんのに2時間もかかるんだよ・・・」

 

 

紛争地帯だったら、手遅れな時間のかけ方だぜ。

これだから1世紀近く戦争してない連中は、判断が遅ぇ。

私らの後方支援するっつぅ日本軍(じえいたい)、頼りになんのかねホント。

まぁ、情報収集と負傷者の後送くらいならできるか・・・な?

私ら世界最強だから、出番あるかは知らねぇけど。

 

 

『隊長、バイパーが出ます』

「おう」

 

 

ようやくか・・・と思って、私は『ファング・クェイク』のディスプレイを呼び出す。

そこには種子島周辺50海里の限定マップが展開されていて、全体の状況がわかるようになってんだ。

今、私らが乗ってる『トリポリ』の後部甲板のバイパーって名前の攻撃ヘリが2機、飛んだ所だ。

背中にヘリの飛ぶ時独特の風が舞って、ほどなく甲板の横を擦り抜けるように飛んで行く。

 

 

それだけじゃ無い、数キロ離れた位置を進む2隻のサン・アントニオ級ドック型輸送揚陸艦からエア・クッション揚陸艇が数隻出て、海兵隊の連中を運び始めた。

その周辺を護衛艦と攻撃ヘリ、潜水艦が固めて進む様子が手に取るようにわかる。

普通ならここで護衛艦が300発程ミサイルぶっ放して、空間と戦場を制圧にかかるんだが・・・あの島、どこに民間人がいるかわからねぇんだよな。

 

 

「足を引っ張りやがる同盟国さまだぜ・・・」

 

 

私がボヤいてる間にも、空母打撃群から発艦した航空機の光点がレーダーに映る。

艦載のレーダーには映りにくいステルス機だが、ISのレーダーにははっきりと映る。

ジェラルド・R・フォード級航空母艦から出たのは、F-35が12機。

私らが気付いてるってことは、当然、相手も気付いてるはずだが・・・。

 

 

「・・・反応、ねぇな」

 

 

呟いた矢先、ディスプレイの端に上層部からの暗号メッセージが出る。

艦の右舷中央・・・艦橋の塔をちらりと見れば、拡大望遠の映像に愛しの司令官が立ってるのが見えた。

ちゅっ、と投げキッスを飛ばしてウインクすると、「さっさと行け、バカ娘が」って目で見られた。

畜生、何だよつれねーな。

 

 

「・・・おぅしっ! てめぇら、暗号メッセージは確認したな? 発艦と同時に解凍、上空の日本機(やたがらす)の管制に従って島に向かう!」

『『『了解!』』』

「良いかぁ、身を呈してどうこうしようとか考えんな、祖国と自分と家族のことだけ考えろ。後は訓練で叩き込んだもんでどーとでもなる。緊張しつつも気楽にやれ、復唱!」

『『『緊張しつつも、気楽に!』』』

「うしっ! 上等だ!!」

 

 

甲板上がにわかに騒がしくなる、戦闘機と違ってISはすぐに出れるから信号とかはいらねぇ。

甲板の電源に繋がってたケーブルが外れて、私と部下3機の『ファング・クェイク』が完全に『トリポリ』から独立する。

アラスカでも生き残った猛者共だ、今回もきっと生き残ってくれる。

 

 

『ファング1、発艦を許可する』

「了解! ファング1、発艦する!」

 

 

つーわけで、一番槍は私のもんだ。

ディスプレイ上でISの各部の確認をして、両手の拳を打ち合わせる。

そしていよいよ飛ぼうとした、その瞬間だ。

 

 

ビリビリと、ISが震えた気がした。

不調かと思ったが違う、私は本能的に顔を上げた。

それは太平洋の沖合・・・あの妙な巨大潜航艦のある方向だ。

そしてそっちから、どこかで見たことのある黒い嵐が迫ってくるのが見えた。

 

 

 

 

 

Side アイシャ・ブライト

 

オーストラリア海軍が位置してるのは、種子島の東20キロの海域だ。

ANZUS条約に基づいて米軍を支援することが決まって、哨戒艇と駆逐艦と強襲揚陸艦を含めた6隻が派遣されてる、稀に見る規模だぜ。

 

 

私がいるの艦はキャンベラ級強襲揚陸艦『アデレード』、軽空母相当の能力を持ってる揚陸艦で豪州のIS部隊とアメリカの海兵隊1000人が乗ってる。

今まさに移動して、在日米軍の動きに呼応して海兵隊を島に送ろうとしている所だった。

だが、その直前・・・5キロ西にいる巨大潜航艦から、黒い何かが放たれた。

何かなんてもんじゃない、私はアレを良く知ってる・・・!

 

 

「・・・くぁっ・・・!?」

 

 

黒い風が、海の表面を滑るように幾重にも重なって・・・まるで、カーテンみたいに見える。

そしてそれは留まる気配も無く進み続けて、揚陸艇を、ヘリを、艦艇を、そして飛行甲板上にいた私達を襲った。

それも、今までにない程に強烈な奴だ。

 

 

今までの奴は、ISの動きが極度に鈍くなるだけだった。

だけどあくまでも鈍くなるだけだった、加速や武装やレーダーの働きが極端に鈍るだけだった。

コアの稼働率は最高で5%はあった、だけど今回は違う。

漆黒のカーテンが飛行甲板の上を滑って、両手を交差して身構えた私達の上を通り過ぎる。

そして、ISの機能が完全に「落ちた」。

 

 

「な、く・・・ソフィー!」

「・・・ダメ、こっちも落ちた」

「マジかよ・・・」

 

 

私と一緒に『アデレード』の甲板にいたソフィーも、首を振って。

今度は、IS自体が動かない。

黒いカーテンに触れた瞬間、一瞬だけ抵抗するようにISから紫電が放たれたが・・・肌を焦がすそれに悲鳴を上げたのはほんの一瞬、次の瞬間には現実が私達を襲う。

・・・やられた!

 

 

別に私達だって何の準備もしてなかったわけじゃない、相応のナノマシン対策はして来たはずだ。

技術部の連中は精一杯のナノマシン遮断の装甲とシステムを機体に組み込んでくれた、でもまるで効果が無かった。

重くなった・・・まさに鉄の塊でしか無い機体を引き摺って空を見上げる。

そこにはナノマシンの影響を受け無いらしい航空機とヘリ、そして低空で艦を守っていたISが、黒いナノマシン・フィールドの範囲に入ったISが・・・・・・落ちて行く、海へと。

シールド無し、鉄の塊を身に着けたまま・・・海に!

 

 

「ぐ、く・・・っ、こん、畜生!」

 

 

ヤバい、アレはヤバい。

甲板上で仲間の兵に動揺が広がるのがわかる、海に沈んだISの引き揚げ作業をやらなくちゃならない。

じゃないと、溺れちまう。

 

 

『ザザッ・・・こち・・・ザ・・・『クトゥルフ』、海中ではナノ・・・ンの効果は、限定的・・・』

『・・・ジジ・・・ジッ・・・こちら『八咫烏(やたがらす)』、一万メートル上空に影響軽微、管制を続け・・・』

 

 

微かに漏れ聞こえてくる通信、海中のアメリカ機と上空の日本機だ。

それが聞こえてすぐ、海上に落ちたISの操縦者が顔を出すのが見えた。

どうやら海の中と超高高度の上空なら、何とか影響を凌げるらしい。

おかげで、操縦者達は溺死を何とか免れた・・・良かった・・・。

それでもある程度上空にいる奴は中途半端に海面に叩きつけられるから、救助は必要になる。

 

 

「野郎・・・ッ」

 

 

舐めやがって、舐めやがって、舐めやがって!

安堵の次に来たのは、怒りだ。

侮られて、手加減されて、嘲笑われてることへの・・・怒りだ。

これじゃ10年前と、何も変わらねぇじゃねぇか。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

状況は、急激に変化した。

それは巨大潜航艦から放出された漆黒のナノマシン・フィールドによって機能停止に追い込まれた各国のIS部隊が最たる物だったが、しかしそれ以外にも状況は変化した。

 

 

「艦長、前方12時の方角より放出音多数、魚雷音!」

「距離4500、速度40、魚雷音測定・・・不能! 推定14ないし16!」

「敵か!?」

「前方、巨大潜航艦の方角からです!」

 

 

バージニア級原子力潜水艦、第7艦隊潜水艦部隊所属の『イリノイ』は、突如ソナー及びレーダーに映った多数の魚雷の危機に直面していた。

艦長のジェームズ・ブルック少佐は、困惑し動揺していた。

 

 

「『クトゥルフ』より入電、「貴艦前方に雷撃跡は無く、突然出現した、ステルス魚雷と思われる」!」

 

 

ステルス魚雷だと、「思われる」!

あまりに簡単に非常識なことを言われたので、ブルック少佐はかぶっている帽子を床に叩きつけたい衝動に駆られた。

しかし彼は艦長であり、艦と部下と任務に対して責任を負う軍人だった。

 

 

「9時方向に囮弾発射、左舷回頭!」

「イェッサ! 囮弾発射、左舷回頭!」

「左舷回頭―――!」

 

 

艦と音紋パターンを同じくする囮弾をありったけ放出し、『イリノイ』は前方から殺到する魚雷群から身をかわそうとする。

4門の発射口から短距離型の魚雷も放ち、前方の魚雷に誘縛させる形で道連れにする。

 

 

もちろん命も惜しいが、それ以上に彼らには任務があった。

バージニア級潜水艦は唯一、アメリカ海軍の特殊部隊「SEAL」を輸送できる潜水艦なのである。

今もセイル前方側面の格納庫で潜水装備の特殊部隊員が種子島への上陸のために待機しているので、彼らを運ぶまで『イリノイ』は沈むことを許されない。

 

 

「・・・・・・どうなった!?」

「音源、遠ざかって行きます! 囮に引っかか・・・いえ、待ってください・・・」

 

 

ドン、ドン・・・と少し離れた位置に衝撃を感じながら、ブルック少佐の副官が部下に確認する。

注意深く周波数の異なる複数のソナーを使いながら、部下が魚雷の行き先を探る。

しばしの、沈黙。

 

 

「・・・ッ、魚雷じゃない!!」

「何だと、どう言うことだ!?」

スラスター(・・・・・)音です! 魚雷ではなく―――――」

 

 

部下の言葉が終わる前に、『イリノイ』の艦体に多数の大きな質量を持った何かが張りつくような音が艦内に響いた。

ゴン、ガン・・・と言うその音の正体は、潜水艦の中からは確認のしようも無いが・・・

銀色に輝く装甲、それも全身装甲型の・・・戦女神(ヴァルキュリー)型(タイプ)のISが、楕円に近い艦体にいくつも取り付いていたのだった。

 

 

「・・・神よ」

 

 

誰かの呟きの直後、艦内への激しい浸水が始まった。

悲鳴と怒号が飛び、鉄の塊が海中を進む・・・。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

「日本機(やたがらす)より入電、敵巨大潜航艦より飛翔体多数! 無人機と思われますが識別データ無し、新型と思われます!」

「補足しきれません、敵無人機・・・130以上、いえ、1000機は超えます!」

「1000機以上だと!?」

 

 

副官の狼狽する声に、ズムウォルト級駆逐艦『マイケル・モンスーア』艦長ジョン・コーアン中佐は思わず唸った。

第7艦隊旗艦を護衛するミサイル駆逐艦の役割は、いわゆる「イージス・システム」によって本艦隊に接近する敵機・敵ミサイルなどを迎撃・撃墜せしめることにある。

それは新たな兵器としてISが登場した後も変わらない、10年前はまるで歯が立たなかったが。

 

 

「落ち着け、所詮は無人機だ。旗艦との連絡は?」

「・・・入電! 暗号文読みます、『敵飛翔体を撃滅せよ』、以上です!」

「了解した、本艦は敵無人機の撃滅任務に入る。『SM-6』、用意」

「イェッサ! 『SM-6』用意!」

 

 

レーダー、情報処理システム、そしてスタンダード対空ミサイル・システム。

それがいわゆるイージス艦をイージス艦たらしめている存在であり、その全てはイージス戦闘システムと直結している。

そして艦の中枢である戦闘指揮所において、中佐は42インチ大の2面の空間投影ディスプレイを睨みながら「敵」と自分達の状況を把握している。

 

 

「敵無人機先頭集団、距離1200! 速力44!」

「武器管制システム、射撃指揮システム、オールグリーン」

「垂直発射機、オープン」

 

 

着々と進行して行く手順、そして艦長である中佐が告げる。

 

 

「・・・SM-6、発射!」

「イエッサ! SM-6、発射!」

「SM-6、発射!」

 

 

次の瞬間、駆逐艦の垂直発射機から64発ものミサイルが一度に放たれる。

それも、ただのミサイルでは無い・・・今日に備えて長年研究し、開発してきた対IS兵器である。

『スタンダードSM-6 Brockα』と言うそのミサイルは、日米共同開発の短距離・中距離対応の防衛用対空ミサイル。従来は弾道ミサイル撃墜のために使用していたミサイルを改良発展させ、対IS兵装として実用化させた物である。

 

 

なお生産国はアメリカ、開発資金拠出国は日本である。

日米共同開発のアクティブレーダー・パッシブレーダー・画像赤外線による複合シーカーを搭載し、推力偏向機能を活用することで小型かつ高機動のISに対処する。

元々は弾頭に「剥離剤(リムーバー)」と同様の効果を附属する兵器を積む予定だったが、条約違反と言うことで日本側が難色を示し、代わりに日本が開発した別の兵器を乗せることになった。

 

 

「SM-6、命中!」

「SM-6、命中! 日本機(やたがらす)及び衛星の誘導、正常に作動!」

「戦果計測・・・」

 

 

『マイケル・モンスーア』を含む複数の艦から同時に放たれたミサイルの群れが、巨大潜航艦から発された無人機の群れの先頭集団に叩き付けられて爆発する。

オレンジ色の閃光を青空に花開かせたそれは、300発以上のミサイルを同時に放ち制空権を奪うに十分な火力だった。

 

 

「・・・敵機撃墜、未確認!」

「敵機群、損害軽微! 速度変わらず、距離500!」

 

 

戦闘指揮所にオペレーターの声が反響する、そこには微かな動揺が走っていた。

放たれたミサイルは1機の無人機も撃墜することはできず、無人機は無数の紅の閃光を放って逆にミサイルを迎撃したのである。

直撃した物もあるにはあるが、大半がエネルギー・シールドによって無効化されてしまった。

ここまでは、10年前と同じである。

 

 

・・・白い霧。

一見して、白い霧のような物が空にたゆたっていた。

無人機の1機がその霧の中に入ると、微かにその装甲に紫電が走る。

それを確認した後、全ての旗艦護衛の駆逐艦の艦載砲が火を噴いた。

57mmL80・・・スウェーデン製のICM砲である。

 

 

「撃って撃って撃ちまくれ、奴らを七面鳥にしてやれ!!」

 

 

副官が通信機越しに砲座の人間にそう叫ぶのを聞きながら、コーアン中佐はディスプレイ越しに映しだされる外の状況を見ていた。

砲身長80口径の四連装ICM砲が、分間450発の破片調整弾を空に打ち上げる様は壮観だった。

簡易レーダー搭載の近接信管+着発信管の破片調整弾は、無人機の傍を通過するだけで炸裂する。

弾薬が切れれば随時揚弾ホイストによって換装される、空をオレンジ色の弾丸が雨のように貫き、シールドの弱った正面の無人機を薙ぎ倒していく様に戦闘指揮所から歓声が上がる。

 

 

「効いてる・・・効いてるぞ!」

「ざまぁみやがれ、空のバケモノめ!!」

「私語は慎め、戦闘中だぞ!!」

「「イエッサ!」」

 

 

注意する副官の声にも、明るさが灯る。

・・・本来ならISに実体弾はほぼ効果が無い、しかしSM-6と組み合わせることで効果が高まりダメージを通せるようになる。

『白霧(はくむ)』。

それが、SM-6のミサイル弾頭に積まれた兵器の名前である。

 

 

ナノマシン滞空型アクティブジャマー、ようするにナノマシンで構成された霧を滞空させ、観測機器・センサーの類の稼働を妨害する兵器である。

IS以外を想定していない、極めて使い所の狭い兵器だが・・・群がるように迫る無人機の正面に叩き込めば、かなりの戦果が見込めた。

そこへさらにICM砲の物量で押し切れば、通常艦艇でも十分に勝機がある。

しかし、それも長くは続かない。

ICM砲の隙間の無い火線を、『白霧(はくむ)』の霧を振り切って直進してくる無人機が出て来たからである。

 

 

「敵機群、健在です!」

「『白霧(はくむ)』の減退効果を受けていない機体がいます!」

「敵機内部から個別に別種のナノマシン反応を確認、外部からの干渉を完全に遮断している模様!」

「何だと!? まさか、この短時間で自機のデータを変更して・・・!」

 

 

コーアン中佐は部下達のそんな声を耳にいれながら、キリキリと痛む腹を押さえつつ神に祈った。

クソッタレな神が二物以上を与えに与えた天才が、いきなり神に愛想をつかされるように。

その次の瞬間、彼の指揮する艦に無人機が群がり始めた―――――。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

Side 更識 簪

 

「おら! 戦えねぇ嬢ちゃん達は下がってろ!!」

「キミ達のISが頼りなんだから、消耗しないでくれよ!」

「露払いは、おいちゃん達に任せな!」

 

 

そう行く先々で声をかけられて、私はナノマシン・フィールドに取り込まれて碌に動けない『打鉄弐式(うちがねにしき)』の重みに閉口しながら、山道を昇る。

私の周りには、陸上自衛隊の人達が私達を守るように展開してる。

山の上に展開した高射部隊の人達が、様々な火砲を撃ちながら空に殺到してくる無人機を防いでくれてる。

 

 

ちなみに政府からは発砲許可は一切、出ていない。

そんな物を待っていたら、私達はやられてた。

現場の人達―――海上自衛隊の鹿屋基地の人達―――が下がって陸上自衛隊に保護して貰うように言ってくれなかったら、今頃・・・。

 

 

『―――ザザ―――こちら鹿屋基地、こちら鹿屋基地、どうぞ―――』

『こちら第42普通科連隊第3中隊、どうぞ!』

『弾着さらに引いて100、どうぞ!』

『了解、弾着さらに引・・・って、ちょっと待て鹿屋基地。その座標だと基地に直撃・・・』

『構わん、基地ごと撃って・・・・・・急いでくれ! もう保たな―――』

『・・・頭、下げてろよ!!』

 

 

そんな通信が割り込んできた次の瞬間には、超高高度の管制機『八咫烏(やたがらす)』の管制システムと連結した長距離射程の迫撃砲が轟音を立てて砲弾を放つ。

1基だけじゃ無くて、何基もの迫撃砲が砲撃を繰り返す。

その先には、さっきまで私達がいた鹿屋基地がある。

今や、自衛隊の人達よりも無人機の数が多い。

 

 

フィールドが展開された後、途中までは飛べたんだけど、機体の稼働率が「10%」を切った。

でも私はまだ良い方、他の機体は山田先生や本音を含めて「0」に近いから。

私の機体だけが稼働率が少し高いのは、理由はわからない。

ただ、「ISを隠せ」って基地の人が慌てて私達を逃がしてくれた。

基地の裏の山、陸上自衛隊が展開してる場所に・・・基地の人達は、時間を稼ぐって言って残って。

・・・代表候補生の、IS乗りの、私が逃げて・・・普通の、おじさん達が残った。

 

 

「更識さん、あんまり自分を責めちゃダメですよ」

「山田、先生・・・」

「酷な言い方ですけど、あの人達は自分の仕事をしただけです。だから更識さんも、自分の仕事をちゃんとすることを考えてください」

「・・・はい」

「おお、まやまやが物凄く良い事を言った気がする~」

「一応、先生ですから」

 

 

・・・私の、仕事。

遠くを見れば、赤く燃えて黒煙を撒き散らす基地と・・・その空を羽虫のように覆う無数の無人機。

前に戦った時と、また形状が変わってる気がする。

ISを、何とか動かして・・・アレを倒すのが、私の仕事。

 

 

「来たぞ!」

 

 

山の中腹に差し掛かったあたりで、周りの自衛隊のおじさん達が慌て始めた。

実戦は初めてだから混乱してる所もあるけど・・・それでも、頑張って動いてる。

牽引式のICM砲が数千数万の破片調整弾を撃ち放ち、自走式の中距離地対空誘導弾の束が空を駆ける。

様々なオレンジ色の爆発で空を彩るそれらは、上空の無人機を私達に近付けまいと必死に行動する自衛隊の人達の魂が乗り移っているかのようだった。

 

 

そうして時間を稼いでいる間に私達を機体ごとトラックに乗せて、無人機から離す。

私達IS乗りがやられてしまったら、それこそ反撃のチャンスが無くなるから。

だから、必死で隠して守る・・・それが、「仕事」だから。

男の人の、仕事・・・だから?

 

 

『・・・簪ちゃん、聞こえる?』

 

 

その時、酷い砂嵐の響く通信の向こうから・・・楯無姉さんの声が聞こえた。

トラックに揺られながら、私は楯無姉さんの話を聞いた。

逆転のために必要な、策を。

 

 

 

 

 

Side 更識 楯無

 

私が虚ちゃんと簪ちゃんに連絡を取るために戦闘指揮所を離れた3分の間に、状況は最悪の方向へと向かっていたわ。

戦況自体のことでは無くて、ロシア太平洋艦隊の行動と言う意味での最悪よ。

 

 

ロシア艦隊は中国艦隊などと共に国際海峡である大隅海峡に停泊していたわ、つまり九州と種子島の間。

ここに配置したのは、無人機などの九州への進出を中露の艦隊に抑えてもらおうと思ったからよ。

でも現実は中国艦隊もロシア艦隊も動かず、九州南部の自衛隊の基地にまで無人機を素通りさせてしまった。

おそらく・・・いえ、絶対にだけど、日本人を守るために損害を受けるのが嫌だったみたい。

 

 

「現状、無人機共は反撃をした部隊のみを攻撃しているようだ。であれば、下手に動いて損害を被ることも無い。切り札のIS部隊も温存しておきたい」

「よくわかります、しかしそれでは・・・」

 

 

そこで状況の静観を希望するフレザーノフ海軍大将に対し、私はそれでは意味が無いと説得しなければならない。

もちろん、九州南部から種子島に向かおうとしている簪ちゃん達のことや、屋久島から種子島に行こうとしている一夏くん達のことも念頭にはある。

だけどそれ以上に、ここでの静観はロシアや中国のためにならないと言わなければならない。

 

 

そしてそれはあながち、嘘でも無い。

篠ノ之博士が種子島で建造している宇宙船『大日孁貴神(おおひるめのむちのかみ)』は、その装甲から電子機器に大きな影響を与える独特の電磁波を放出していることがわかってる。

それが飛行状態になり地球の重力を振り切って宇宙(ソラ)に上がる過程で、地上に大きな影響を与えるだろうことも推測できる。

 

 

「だがそれはあくまで推測であって、確証を得ているわけでもない」

「それもわかります。ですが起こってから後悔しても遅いのです」

 

 

ユーラシア同盟と中華の力は、篠ノ之博士と戦う上でどうしても必要。

だからここで、中露艦隊に日米豪の艦隊を見捨てさせるわけにはいかないのよ。

この慎重な司令官をどうにか動かして、国連軍を支援させないといけない。

 

 

でも現実としてナノマシン・フィールドの脅威は存在する。

あれを何とかしない限りは、ロシア軍も容易には戦線に加わろうとはしないでしょう。

さて、どう言って説得するか・・・と私が考え始めた時。

 

 

「司令官、モスクワから暗号電文です」

「ん? うむ・・・」

 

 

副官が持ってきた暗号電文の記載された書類を見て、フレザーノフ大将は眉を潜めた。

それから怪訝そうな顔で私の顔を見る、そんな「何かやったなコイツ」的な目で見られましても。

とりあえず、私はにっこりと微笑みかけることにした。

フレザーノフ大将は不満そうな顔をするけど、それ以上のことは何も言わない。

 

 

・・・彼も軍人である以上は、逆らえない物が一つだけある。

それは、上層部からも命令。

つまり・・・。

 

 

「・・・大統領令により、我が艦隊はこれより戦線に参加する! 中国艦隊にも連絡をしろ!」

 

 

大将の言葉に、様々な場所から了承の答えが返ってくる。

間に合ってよかった、流石はフェリックスおじ様。

中国の方も、党主席の名前ですでに命令が行っているはず・・・。

 

 

これで何とか、東西の戦力を合一することに成功したかしらね。

後は第3世界の部隊だけど・・・そちらも、様々なルートを通じて命令が行っているはず。

更識家の財産の9割をつぎ込んだんだから、これくらいはね・・・。

・・・さて、じゃあ私も動こうかしら。

 

 

 

 

 

Side 織斑 一夏

 

しばらく待機していたら、状況が一気に動いた。

俺の『白式(びゃくしき)』のセンサーには、この周辺の海域での戦闘の様子がデータで反映されるようになってる。

そしてそれが無くても、望遠映像で十分に状況が切迫してるってことがわかる。

 

 

飛び交う火線や何かが爆発する光、海に浮かぶ鉄の塊に群がる滅茶苦茶な数の無人機。

まるで象にすげー数の蠅が纏わりついてるみたいだけど、その蠅は象を殺す毒を持ってる。

爆発と衝撃と光華、近い物はIS学園でも見たことがあった。

だけどこれは実戦で、アリーナでは無くて、そしてあの鉄の塊にはたくさんの人間が乗っているんだ。

 

 

「・・・っ」

 

 

自然、唾を飲み込んで拳を握り込んだ。

実戦、始まって初めて、少しずつ腹の底にストンと落ちる感覚だった。

これは、戦争だって。

あの人が・・・束さんが引き起こしてる、戦争だって。

 

 

でもたぶん、束さんにはそんなつもりは無いんだと思う。

意識の上でも、現実の上でも。

束さんは周りの人間が何を考えているかなんて気にしてないし、周りの人間に何かを望むことも無い。

そう言う次元には、いない人だから。

せいぜい、「邪魔しないで」くらいじゃないかなぁ・・・。

 

 

「・・・」

 

 

ふと、隣に立ってる箒のことを見る。

紅色の装甲を纏った箒は、厳しい表情で自分のディスプレイを睨んでる所だった。

その横顔に何かを感じて、俺は箒の声を・・・。

 

 

「皆、準備は良いかしら?」

「うわおっ!?」

 

 

かけようとした時、いきなり頭上から声が降って来た。

別にファンタジー的な何かじゃ無く、木の上から逆さまになった虚さんが俺達を見下ろしてただけだ。

いや、それもそれでどうかと思うけど。

 

 

「な、何だ、虚さんですか。おどかさないでくださいよ」

「ごめんなさいね、急いでいたものだから」

 

 

急いでいてそこから出現って、どうなんですかねそれ。

虚さんは木の上からスタッと降りると、俺達を見回しながら立ち上がった。

紺色のISスーツ姿で、腕を組んで立つと身体のいろいろな部分が強調されて目のやり場に困る。

・・・まぁ、もう慣れたけど。

 

 

「楯無お嬢様からの伝言よ、種子島の方はこちらで阻止するから、貴方達には海上の巨大潜航艦・・・篠ノ之博士を止めてほしいそうよ」

「止めろって言われたって・・・ねぇ」

 

 

虚さんの言葉にボヤいたのは、鈴だ。

俺と箒以外は、ナノマシン・フィールドの展開と共に稼働率が「10%」を切るようになった。

まぁ、ある程度は想定していたみたいだけど。

 

 

「詳細はわからないし、厳しいのはわかる。でも篠ノ之博士を止められるのは、やはり貴方達しかいないのよ」

「・・・・・・楯無先輩も、私達に、私に・・・あの人を殺してほしいと思っているのですか?」

 

 

箒の言葉に、虚さんは黙って箒を見つめる。

その視線は静かで、どこかスコールを思い出させる瞳の色だった。

・・・虚さんは、ポニーテールの先を揺らしながら首を振る。

 

 

「・・・私には、お嬢様のお考えはわからないわ。ただ一つ言えることは、お嬢様は少なくとも、貴方達の判断を支持するだろうと言うことよ」

「俺達の・・・」

「・・・判断」

 

 

俺と箒が噛み締めるように呟くと、虚さんは頷いた。

 

 

「かく言う私もその1人。私や楯無お嬢様、簪お嬢様、本音は・・・貴方達「織斑」と「篠ノ之」の判断を支持する。だから貴方達をあそこに送り出すために、あらゆる手を打つ」

 

 

織斑と、篠ノ之と、更識。

この3つの家の関係は、実の所、俺も上手く把握できてるとは言えない。

箒の叔母さんが説明してくれたけど、当事者としては感じられないからだ。

・・・無責任、というか、頭が悪い、かな。

 

 

「とにかく、タイミングを間違えないで・・・それじゃ」

「あ、ちょ・・・!」

 

 

俺が呼びとめる間も無く、虚さんはタタタタ・・・っと駆け出して、手近な崖から海に向けて飛び下りた。

え、ちょ、えええええぇぇっ!?

 

 

俺達が慌てて崖まで行って下を見ると、虚さんは電動式のサーフボードみたいな物に乗って海の上を移動してる所だった。

ISスーツ姿の眼鏡美人が波に乗りながら進む様は、何と言うか絵になってたけど・・・。

・・・忍者みたいな人だな。

 

 

「・・・それで、どうするのよ?」

「そうですわね、ISの稼働率も上がりませんし・・・」

「とは言え、いつまでもここにいることもできん」

 

 

鈴やセシリア、ラウラの話について行けるほど、俺は凄く無い。

正直、状況がこうなってしまうと素人の俺には厳しい。

と言うか、プロにだって厳しいだろうと思う。

 

 

「・・・」

 

 

それでも何とか話し合いに加わろうとした時、やっぱり箒のことが気になった。

箒は崖に立ったまま、じっと海の向こうを見つめてる。

そこに見えるのは、束さんなのか・・・それとも・・・。

 

 

 

 

 

Side 篠ノ之 楓

 

・・・温かい何かに、包まれている夢を見た。

それは束お姉ちゃんに包まれた時よりも、箒姉さんに抱かれた時よりも・・・温かくて。

覚えていないけど、知ってる・・・そんな不思議な、温もりだった。

 

 

小さな頃、ううん、それはきっと生まれる前。

生まれる前から感じていて・・・誰かと、共有していた温もり。

同じ存在に抱かれて、自分の半身と穏やかにたゆたっていた記憶。

そう、この温もりは・・・・・・。

 

 

「(・・・ママ?)」

 

 

遠い遠い、記憶の彼方。

記憶の・・・心の奥深くにしまわれてしまって、思い出すこともできない。

そんな記憶に想いを馳せて、何かを喋ろうとした時・・・。

 

 

私は、現実の自分がそれが出来ないことを知った。

 

 

それを自覚した瞬間、急速に全ての感覚が脳に情報を送りつけてくる。

それはまるで、海の底から海面に浮上する時のような急激さと性急さをもって。

私の意識は、覚醒する。

 

 

「ごぼ・・・っ」

 

 

でも、私の口から漏れたのは言葉でも何でもなく、ただの気泡だった。

気泡? 瞬間的には意味がわからなかった。

肌を覆う生温かい感触に次いで戻って来た視界(ひかり)、でも眼球が液体に触れる感触にすぐに閉じる。

何? 何・・・どうなってるの、私、今、どうなってるの!?

 

 

混乱する中でも、死なないために私の身体は正しい行動を取る。

丸めていたらしい身体を伸ばすと、周囲が冷たい何かで覆われた狭い空間だと言うことがわかる。

口元を押さえようと手を動かすと、途中で何かのコードみたいな物に引っかかった。

それをまさぐると、それが何かわかって・・・私はそれを掴んで口に押し付ける。

本能的な、行動だった。

 

 

「(・・・人工、呼吸器?)」

 

 

詳しくはわからないけど、液体に慣れた目を開けると、私が口に押し付けているのはまさに「人工呼吸器」だった。

鼻と口を覆うタイプの黒いそれは、太めのチューブや何本もの細いケーブルで天井に繋がってる。

そこから漏れる空気を頼りに不自由に呼吸しながら、私は少しずつ気持ちを落ち着けていった。

 

 

気持ちが落ち着けば、周りの環境を確認する余裕もできる。

だけど、それもあまり持ちそうに無かった。

私がいる場所は、あまりに普通じゃ無かったから。

 

 

「・・・・・・」

 

 

人間が1人入れるかどうか、そんな大きさのカプセル・・・と言うか、ガラス張りの水槽・・・?

控え目に言っても、水槽なんて優しい物じゃ無くて・・・培養槽、みたいな。

良心的に言えば、次世代型の浴槽と言えるのかもしれないけど。

天井と床の部分は固定されていて、中は透明だけど温かな水で満たされてる。

明るいのは、天井と床の部分に小さな自然色のライトがいくつもついているから。

 

 

そしてその中にたゆたうように、私が浮かんでる状況。

服は着て無い・・・裸だから、外からはたぶん丸見えだと思うけど。

でもそれに羞恥心を覚える以上に、状況の異常さが私の呼吸を乱す。

少なくとも、目の前のガラスに掌を叩きつけるくらいには。

 

 

「(・・・だして!)」

 

 

でもやっぱり、言葉にはならずに気泡になって終わる。

ごぼ、ごぼっ・・・と生まれた泡が、私の視界を覆うばかりで。

どれだけ懸命に叩いても、ビクともしない。

呼吸器からも手を離して、透明な水の中でもがきながら。

私は、叫んだ。

 

 

 

「(だれか、たすけて―――――っっ!!)」

 

 

 

けれどその声は、がぼがぼと泡を立てるだけで。

誰にも、届くことは無かった。




登場兵器:
試製橘花様提案「スタンダードSM-6 Brockα」。
伸様提案「57mmL80 ICM砲」。
フィー様提案「白霧」。
ありがとうございます。
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