インフィニット・ストラトス―黒き叡智―   作:竜華零

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第60話:「12時間戦争・午後15時~午後17時」

アメリカ級強襲揚陸艦『トリポリ』飛行甲板上では、他の艦に比して激しい戦闘が繰り広げられていた。

そこでは普段は沖縄に駐留する第3海兵師団第4海兵連隊に所属する海兵隊員の一部と、飛行甲板上に「上陸」してきた無人機「ゴーレムⅤ」との戦闘が繰り広げられている。

 

 

何故一部かと言うと、間の悪い事に海兵隊員を乗せた輸送船が出払った直後にナノマシン・フィールドが張られたためである。

それ故に、彼らは極めて寡兵での戦闘を余儀なくされていた。

発艦前に破壊された戦闘機やヘリの残骸をバリケードに立て籠り、甲板上が荒れるのも構わずに迫撃砲や重機関銃でもって無人機の強力な火力に対抗している。

 

 

「うおおおおおっ、くたばれ木偶人形共がああああああぁっ!!」

「やあああああぁぁぁぁってやるぜええぇぇぇぇぇっっ!!」

「ちくしょおおおらああああああああぁぁっ!!」

 

 

彼らの役目はたった一つ、彼らが押し込めたIS操縦者達のいる後部ハッチに敵を近付けないこと。

それ以外のことについては、現場の彼らは何も考えていない。

考える必要が無いし、いちいち考えていては戦争など出来ない。

 

 

「じぇらららららららああぁぁ・・・っと、弾が切れやがった! エディ、弾ぁあるかぁ!?」

「あん!? なんだって!?」

「弾だよ弾(タマ)! 余ってねぇかって!」

「んなもん、下半身についてんだろが! 一発キめてやれよ!」

「死ね!!」

 

 

とか何とか言いながら、焼け焦げたヘリの間をベルト状になった機関銃の弾が舞う。

それを受け取った後、一旦途切れた機関銃の一つが息を吹き返す。

それは戦闘の一コマでしか無く、同時に海兵隊側の窮状を示す物でもあった。

 

 

そしてその時、彼らの横―――つまり防衛線の一部―――で爆発が起き、海兵隊員が一人飛び出して来た。

飛び出したと言うよりは、無人機の腕に固定されたワイヤーに絡め取られて引きずり出されたと言った方が正しい。

ちょうど、バリケードと無人機の中間あたりで放り出されたそれは、まだ微かに動いているようだった。

身体のすぐ側を砲撃が擦過し、その海兵隊員が怯えるように身を竦める様子が見えた。

 

 

「にゃろ・・・っ、衛生兵、救護班! ついて来い。おいケビン、援護してくれ!」

「な・・・ちょ、ば・・・だぁクソ!」

 

 

何人かの海兵隊員が意図して機関銃の火線を集中させ、無人機の攻撃頻度を徐々に削り始める。

それを確認した後、別の集団が身を低くしながら慎重かつ素早く倒れた海兵隊員の襟を掴んだ瞬間。

全員まとめて、砲撃で吹き飛ばされた。

バリケードの内側で身を竦め、目を開いてみれば誰もいない。

後に残るのは小さなクレーターと、僅かばかりの肉片ばかり・・・。

 

 

「エディッ!? やぁろぉぉ・・・ふざけやがってえええええええええええぇぇぇっっ!!」

「あの先頭の奴を狙え! 俺らの仲間をヤった奴がどうなるか思い知らせろっ!!」

「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおっっ!!」」」」」

 

 

復讐心に駆られた兵士達が、砲撃を行った無人機に対して攻撃を集中する。

しかしその攻撃も、ほとんど意味を成さない・・・。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

Side 更識 楯無

 

ロシア太平洋艦隊が無人機の集団と戦闘状態に入ってから、幾許かの時が過ぎた。

時間が過ぎる程に兵士の疲労は溜まって行くし、時間が経てばダメージも蓄積されていく。

途中、戦場を銃弾した編隊(たぶん、一夏くん達ね)のおかげで一息吐けたけれど。

 

 

「駆逐艦『ヴィーストルイ』、航行不能!」

「ミサイル巡洋艦『ワリャーグ』、中破! 損傷軽微なれど航行に困難、後退要請を発しています!」

「T-50飛行隊、壊滅!」

 

 

ロシア太平洋艦隊旗艦キーロフ級ミサイル巡洋艦「スヴェルドロフ」のCICには、各方面から寄せられる悪い報告ばかりが寄せられて来るわ。

老朽艦が多いから、最新鋭の無人機に対抗できる防空能力を持つ艦が少ないのが大きい。

そしてISが使用不能になっている以上、私が外で出来ることは何もない。

後、できることがあるとすれば・・・。

 

 

「司令長官、もう少し戦線を左に持って行けないでしょうか? そうすれば自衛隊の第2護衛艦隊群を我々の戦闘に巻き込むことも、より広い海域で戦闘を行うこともできるはずです」

「もちろん、そうできるならそうしたいが・・・」

「調整はこちらでしますので、大丈夫です。私は今はロシアの代表です、なので自衛隊が受ける被害にまで長官がお気になさる必要はありません」

「・・・うむ。各艦、戦線を維持しつつ海峡を抜けよ! 太平洋に出るのだ!」

 

 

CIC各所から思い思いの返事が返ってきて、ロシア太平洋艦隊の残存艦艇に指示を飛ばす。

この期に及んで高みの見物を決め込んでいる海上自衛隊を戦闘に引き摺り込んで、自分達の負担を少しでも減らすために。

艦内における自衛隊・・・と言うより、日本政府への評価は低い。

 

 

何故、自分達が自衛隊に代わって日本を守ってやらねばならないのか?

 

 

その想いは、階級が下に行けば行くほど大きな物になるわ。

上層部の人間は篠ノ之博士の暴挙を止めると言う大目標を理解しているけど、一兵卒の全てがそう理解しているわけじゃない。

自分達の国くらい、他人任せにしないで自分達で身体を張って守ったらどうなんだと・・・。

 

 

「左舷、魚ら・・・いえ、海中の無人機が来ます!」

「上空敵機、急降下!」

「対潜防御、対空防御、回避行動!!」

 

 

各国艦隊が連携を取れない狭い海域の中で、私達は苦戦を強いられている。

ドスン、と言う衝撃と共に艦が揺れて、艦内への浸水と無人機の侵入を知らせる警告音(アラート)を聞きながら、私は奥歯を噛み締めた。

 

 

・・・まだ? まだなの?

私の描く策が、予測が、当たってくれない限り。

私達は、勝てない・・・っ。

 

 

 

 

 

Side 布仏 本音

 

種子島宇宙センターの機能を使って、宇宙への周回軌道調整を安定させる。

篠ノ之博士の考えてることは、たぶんそう言うことだと思うんだよね~。

ここは一応、無人宇宙船とかの発射機能とノウハウがあるからね。

 

 

でも、その機能は結局の所、電力供給によって賄われてるわけで~。

これを失うと、いかな篠ノ之博士と言えども宇宙船建造の遅延を余儀なくされるよね。

と言うわけで、私とお姉ちゃんはその電力供給を止めるべく動いてるわけ~。

 

 

「お姉ちゃん、仕掛け終わったよ~」

『・・・こちらも、発電機の破壊に目途がついたわ』

 

 

右耳のインカムから、ちょっと砂嵐混じりだけど、しっかりとお姉ちゃんの声が聞こえる。

私とお姉ちゃんは、今、少し離れた所にいる。

私はセンターの外の送電線の集約施設、種子島発電所からここに来てる送電線を全部カットするんだ~、いくつかある送電線を爆破するって方法で。

ちなみにお姉ちゃんは、センター内のディーゼル発電機を壊しに行った、自家発電用の奴~。

 

 

ヒルダ先生とオニール先生は~・・・私達2人のいる場所から一番遠い場所で、無人機の気を引いてる。

具体的には、宇宙船が建造されてる射場の広場に、ロケット弾とか撃ち込みに行ったよ。

空には楯無お嬢様の要請でロシアと中国の海軍航空隊がいて、やっぱり無人機の気を引いてくれてる。

 

 

「よいしょ~」

 

 

施設から十分離れた上で、右手のボタンをポチッとな。

すると次の瞬間、送電設備は物の見事に汚ない花火になった。

メキメキと送電塔が倒れて、建物を押し潰してスパークが走り、小火も上がる。

 

 

そしたら、センターの方からも爆発音が響いた。

それも3か所同時、全部の自家発電装備を吹っ飛ばした爆発に、空の上の無人機が戦闘機を追うのをやめるのが見えた。

うふふ、やっぱり人が乗って無いと対応が違うね~。

まぁ、私達は隠密みたいな物だから。

 

 

『・・・本音、次に行くわよ』

「あいあいさ~」

 

 

このままここにいると、無人機が来ちゃうからね。

私は身を低くしながら駆けて、お姉ちゃんとの集合場所に向かうよ~。

種子島宇宙センターには、3つの電力供給減があるんだよ。

 

 

送電線と自家発電は破壊したから、後1つ。

それはセンターの北側に敷設された、ソーラーパネル・・・つまりは太陽光発電施設。

ここを壊せば、センターの機能は無くなる。

難しいけど、たぶん大丈夫~。

お姉ちゃんに任せておけば、まぁ、なんとかなるから~。

 

 

 

 

 

Side 更識 簪

 

種子島宇宙センターの北18キロ、増田宇宙通信所。

衛生に対してコマンド通信も行える施設で、衛星に搭載している機器の監視も行える場所。

無人機は制空権を握ってるけど、島全体を占拠しているわけじゃない。

 

 

むしろ、そこまでやる気が無いように見える。

本当に宇宙船だけ組み上げて、さっさと飛んで終わるつもりだったの・・・?

もしそうだとするなら、私達がここまで真剣に止めようとしていることも歯牙にもかけられていないのかもしれない。

 

 

「楯無姉さんは、そこにつけ込もうとしてる・・・?」

 

 

通信所の観測棟、職員の人が避難して誰もいないその場所で。

私は、『打鉄弐式(うちがねにしき)』の全機能を使って通信所全体の機能を掌握していた。

広い管制室のような場所で、通信所のメイン・コンピュータに機体を接続して。

 

 

南で本音がセンターの電力供給源を落とせば、センターから放たれてる妨害電波は止まる。

そうすれば通信所のネットワークから介入して、センターの機能を奪取できる。

それによって、篠ノ之博士の宇宙船の建造を遅延させる。

でも、最大の目的はそこじゃない・・・。

 

 

「楓・・・」

 

 

楯無姉さんは、楓の存在が鍵を握るって言ってた。

楓が篠ノ之博士から自立して、この事態を止める側に回ってくれれば。

それをやるのは、織斑くんや箒さん、なんだろうって・・・。

 

 

そして自立した楓が、ナノマシン・フィールドを止めてくれれば・・・そう、思ってる。

私はここで、そのお手伝いをしなければならない。

内側からこじ開けようとする楓を助けて、外側から支援しなければならない。

それと、本音も・・・あの時、アリーナで・・・一瞬だけ、「ゴーレムⅣ」の能力を押し留めた時のように。

・・・3人で。

 

 

『・・・来ましたねー、やっぱり』

 

 

その時、外の受信設備にいるはずの山田先生から通信が入った。

ISじゃなくてインカムの方、山田先生はISを途中で乗り捨てたから・・・量子化もできないし。

その山田先生が「来た」と言うなら、それはきっと無人機が来たと言うこと。

 

 

『じゃあ、先生は外で足止めしてきますね』

「だ、大丈夫・・・ですか?」

『はい、先生はどちらかと言うと、ゲリラ戦の方が得意なので』

 

 

・・・大丈夫の意味が違う気がするけど。

とにかく、私は今から衛星とネットワークと低稼働率のISを使って。

この世で一番の天才に、挑まなければならない。

 

 

 

 

 

Side 篠ノ之 箒

 

キィ・・・ン・・・ッ、と、甲高い音が響く。

私が振り下ろした"緋宵(あけよい)"の刃は、水槽の中身はおろか水槽にすら届かなかった。

理由は、邪魔をする者が割って入ったからだ。

 

 

「・・・くーちゃん、さん」

 

 

私の背中にしがみついている楓が、静かにその者の名前を呼ぶ。

どこから出て来たのか、はたまた様子を見ていたのか、くーは私の刀を部分展開したISの腕で受け止めていた。

くーを斬りたかったわけではない、私は一旦刀を引いて、後ろに下がった。

 

 

その私達に対して、くーは水槽を守るように手を広げた。

三つ編みになった銀髪を深い海の色のISスーツを纏った身体に流して、小さな体躯を精一杯に大きく見せるようにしながら。

閉ざされた瞳の下で、強い感情が渦巻いているのがわかった。

 

 

「・・・お戯れが過ぎます、箒さま、楓さまも」

「・・・戯れだと?」

「そうではありませんか。楓さまよりこれが何なのか、お聞きになったはずです。これが無ければ、楓さまの肉体の構成物質を再生し続けることは叶いません。箒さまは、楓さまを亡き者にするおつもりですか?」

 

 

楓を、殺すつもりなのか。

くーがそう問うと、楓の身体が震えるのを感じた。

私はそれに背中を押されるように、くーに首を振ってみせる。

 

 

「違う、私は楓の心を救うためにそれを斬るんだ。斬らなければならない、そうでなければ・・・楓は、楓になれない」

「・・・正気ですか?」

「正気かだと? 正気なわけがない、私は・・・あの人が、許せない。心の底から、本当に」

 

 

許せない、楓がこんな形で生きたいと言ったのか?

妹に死んでほしいなどと願う姉はいない、だが。

だからと言って、妹の人としての尊厳を踏み躙って言い訳が、ないだろうが!

 

 

「こんな不自然な形で生かされたがために、楓がどれだけ傷付いたと思ってる? 悲しんだか、わかるか? そして今、どんな想いで立っているか、わかるか?」

「肉体など服と同じです、そこに経験と記憶が蓄積される限り・・・楓さまは生き続けます」

「・・・違う!」

 

 

腕を振るい、身体に紅色の装甲を纏う。

『紅椿(あかつばき)』、私の鎧。

あの人がくれた、私だけのIS。

 

 

感謝はしている、楓のこともあの人なりの「愛情」だったと認めよう。

だが私は、それを認めない。

認めないことで、楓を導けると信じているから。

楓にとって、私は常に真っ直ぐで・・・・・・強く在るべき、者だから。

 

 

 

 

 

Side 篠ノ之 楓

 

自分で考えて、自分だけが責任を持つ、自分だけの心。

他の誰でも無い、『わたし』だけの気持ち。

少し前の私には無かった、『わたし』と言う存在の感覚。

 

 

もちろん、まだ全部を受け入れたわけじゃない。

自分がクローンの身体に記憶を乗せただけの存在(にんげん)であることに代わりは無いんだから。

だけどこれは、『篠ノ之楓(ワタシ)』の意思だ。

私と『わたし』が融け合うために必要な、私だけの心だ。

 

 

「楓、あの人を止めるぞ」

 

 

紅色の光と共に、箒姉さんが私に背を向けたままそう言う。

その向こうには、無表情に私達を見つめるくーちゃんさんがいる。

束お姉ちゃんのために、『篠ノ之楓』の身体を守ろうとするくーちゃんさんが。

 

 

「あの人を止めて・・・両側から叱りつけてやるんだ、少しは世間体を気にしろとな」

「あはは・・・たぶん、聞いてくれないと思うけど」

「違いない」

 

 

箒姉さんと笑い合ってから、私は指先の『黒叡(こくえい)』を見る。

私のISであり、核(コア)である結晶を。

・・・その石に、そっと口付ける。

 

 

足元から風が吹いて、白いシーツが舞い上がりながら量子化して消える。

そのシーツが私の身体から離れた刹那、『黒叡(こくえい)』の中に設定されていた私のISスーツが私の身体を覆った。

熱のこもった羽根で撫でられるかのような感触が肌の上を滑って、私の身体を漆黒の装甲が覆う。

丸みを帯びた黒い装甲、背部の4基のコンデンサー・タンク、巻き起こる黒い風。

 

 

「『黒叡(こくえい)』、お願い」

<ナノマシン散布開始、領域を広げます>

「最初から、全開で行くよ」

<『 Trismegistus System 』、エネルギーチャージ>

 

 

施設の外と中に、『黒叡(こくえい)』の物と同じタイプのナノマシンが散布されていることはすぐにわかった。

そしてこのナノマシン・フィールドを何とかしない限り、どうしようも無いと言うことを。

タッグマッチトーナメントの時、「ゴーレムⅣ」のナノマシンを掌握したように。

 

 

「楓」

「・・・なぁに、箒姉さん」

「頼む、私を・・・皆を、助けてやってくれ」

「・・・了解(ログ)、箒姉さんがそれを望・・・ううん」

 

 

箒姉さんに望まれたからでも、束お姉ちゃんのためだからでも無い。

私が自分で考えてそれが必要だと判断したから、そうする。

自分で決めたことだから、誰の責任にすることもできない。

姉のせいには、できない。

 

 

「私がやるよ、箒姉さん」

「・・・頼む」

 

 

そんな私を見て、箒姉さんは微笑んでいた。

どこか寂しそうだったけど、でも嬉しそうでもあった。

たぶん私も、同じような顔をしてたと思う。

 

 

 

 

 

Side 篠ノ之 束

 

ふと違和感を感じて、目の前にディスプレイを開く。

24枚ざららっと並べて、外でどうも束さんの邪魔をしようとしてる馬鹿を見つける。

ふぅん、発電機を止めるくらいで束さんの邪魔ができると思うなんて、まぁ、凡人はこの程度かもね。

 

 

まぁ、そっちはどうでも良いよ。

問題はこっちだよねぇ、この船の中から束さんの邪魔をしようとする意思を感じる。

誰かなんて調べるまでも無いよ、箒ちゃんか楓ちゃんかいっくんか、あるいは全員だね。

他? 他に誰かいたっけ?

ゴミ掃除はくーちゃんの役目だから、そっちのことは知らない。

 

 

「どうした? 妹の反抗期にでもあったような顔をして」

「そうみたいなんだよねぇ、困ったなぁ。何が不満なのかなぁ、この年頃の子の考えてることって良くわからないよねぇ」

「天才のお前でも、わからないこともあるんだな」

「天才だからこそだよ、ちーちゃん」

 

 

まぁ、ちーちゃんもいっくんの反抗期に悩まされてそうだよねぇ。

その意味では、束さんとちーちゃんは本当に同じ境遇に身を置いてるよね。

ここはとりあえず、お互いの状況を整理して協力して弟妹の教育に当たることにしない?

 

 

そう言おうとしたら、ちーちゃんが殴りかかって来た。

 

 

いや、厳密にはちょっと違うけど・・・とにかく、グーパンチしようとしたんだよ。

そして『暮桜(くれざくら)』に覆われた拳が束さんの目の前で火花を散らしながら止まる。

束さんの眼前に展開された防御用のフィールドが、ちーちゃんの拳を阻む。

 

 

「うーん、ちーちゃん。『雪片(ゆきひら)』も"緋宵(あけよい)"も持ってない状態じゃ、束さんの<女王>には勝てないと思うよ?」

「そうかもしれないな」

「かもじゃなくて、絶対だよ、束さんは嘘を吐かないからね」

 

 

大きく弾かれる音がして、ちーちゃんが爪先で床を削りながら耐える。

それから大きく右に瞬時加速、二重で行って回り込んで束さんの左から蹴り。

もちろんそれも、束さんの<女王>の張るシールドで防がれる。

自動防御だから、束さん的には面白くないんだよねぇ。

 

 

そんなことを考えながら、束さんは両手でキーボードを叩き始める。

何をするかと言うと、たぶん楓ちゃんがやってるナノマシン・フィールド解除のためのハッキングを撃退するため。

まぁ、箒ちゃんも楓ちゃんも遊びたい盛りだからねぇ・・・こう言うのも、たまには良いかな。

指、3本くらいで良いかな。

 

 

 

 

 

Side 更識 楯無

 

虚ちゃんからの一方通行のメッセージが来た時、私は艦のCICにはいなかった。

CICから離れて階段を降りて、艦橋の下・・・予備のCIC室に転がりこんでいた。

ロシア代表としてのIDと権限で、各コンピュータを起ち上げて『ミステリアス・レイディ』のコードを繋げて直通にする。

 

 

ISとしての機能は失われていても、高度な電子戦用ツールとしては使用できる。

今、この海域の上空・・・衛星軌道上にはロシアの軍事衛星が4基、ある。

ロシア代表である私は、緊急時においてこれらの衛星を自由に使用できる権限がある。

 

 

「簪ちゃん達が相手のネットワークを掌握するにしろシステムを改竄するにしろ、バックアップは多いに越したことはないわ」

 

 

呟いて、唇を舌先でちょっと舐めてから・・・空中投影のキーボードに指を走らせる。

上空の衛星の容量を借りて、通信所の簪ちゃんとネットワーク上で連携する。

電子戦闘機を使う手もあるけど、正直、無人機に墜とされて終わると思うし。

まぁ、ここでも艦のアンテナが吹っ飛ばされたら終わるわけだけど。

 

 

「うふふ、姉妹で初めての共同作業ねぇ、簪ちゃん♪」

『・・・楯無姉さん、真面目にして』

「はぁ~い・・・」

 

 

右耳につけたインカムから、くぐもってるけど確かに簪ちゃんの声がする。

衛星経由の直通回線、繋ぐのにちょっと苦労したわよ。

ISのプライベート・チャネルは今、調子が悪いからね。

でも第一声が怒り声って言うのは、お姉ちゃんちょっと悲しいわ。

 

 

「良い? 簪ちゃん、お姉ちゃんの場所からだと遠すぎるのよ。サポートはするから、簪ちゃんメインでネットワークの掌握に努めて頂戴」

『でも・・・私じゃ・・・』

「大丈夫、簪ちゃんならできるわ」

 

 

と言うか、簪ちゃんに無理なら誰がやっても無理だと思う。

別に身内贔屓とかじゃ無くて、簪ちゃんは私よりも大きな才能を持ってるから。

事実、当主代行になって極めて短期間で、日本の暗部を形式だけでも取りまとめて見せたんだから。

 

 

「だから自信を持ちなさい、簪ちゃん。1人でやらせはしないから」

『・・・うん』

 

 

人は私を天才と呼んで、簪ちゃんを凡才と呼ぶけど・・・私と、あとたぶん虚ちゃんの見解は違う。

例えそうでなくても、私は簪ちゃんを信じてるから。

簪ちゃんが全力を出した結果なら、私はそれがどんな結果でも受け入れる。

幸い一夏くんや楓ちゃん達のおかげで、後始末は慣れてるからね。

 

 

 

 

 

Side 布仏 虚

 

・・・不味いわね。

宇宙センター最北の、衛星組立棟のさらに北。

そこに向かう途上で、私はらしくもなく途方に暮れていたわ。

 

 

途中、組立棟に敷かれてる回線を使って楯無お嬢様に連絡を取った。

それはお嬢様の策を動かすためには必要なことだったし、そのこと自体に問題はなかった。

問題なのは、そこで起こった出来事。

 

 

「こう言うのも、戦傷被害って言うのかしら・・・?」

 

 

先程まで縦横無尽にセンター内を駆けて発電関係の設備に対して破壊工作を行っていた私は、今はもう動けない状態になっていたわ。

具体的には、崩れた建物の下敷きになっていると言う意味で。

 

 

楯無お嬢様に連絡を取った後、予想外のことが起こった。

言葉を飾っても仕方が無いから、あえてはっきりと言ってしまうけれど。

無人機に撃墜された戦闘機の1機が、ここに墜ちて来た。

厳密には墜ちてきた戦闘機が建物の屋根を吹き飛ばして、1キロほど先の山の中に墜落した。

だけどその時に天井が崩れて、通信室にいた私の上に瓦礫の雨を降らせてきた。

 

 

「幸い、動けない怪我でも無い気がするけど・・・」

『・・・ザザ・・・ぇ・・・ち・・・?』

 

 

調子が悪い右耳の通信機(インカム)を片手で叩きながら、私はちらりと自分の状態を確認した。

幸い、瓦礫同士が支え合って出来た空間にはまり込んでる状態ね。

今すぐ押し潰されると言うことも無いでしょうけど・・・流石に無傷と言うわけでは無いわ。

特に瓦礫の間に挟まってどうにも抜けそうに無い、左足とかわね。

骨は大丈夫だと思うけど・・・あまり長期間圧迫が続くと、最悪の場合は切断も覚悟を・・・。

 

 

『・・・ジ・・・ぇちゃん? まだ~?』

「・・・本音、ちょっと問題が発生したわ」

『・・・問題~?』

 

 

右耳に聞こえてくる間延びした声が、今は何故か聞いていて心地良い。

言うと調子に乗るから、絶対に言わないけど。

私は努めて足の痛みを声に出さないようにしながら、告げる。

 

 

「悪いけれど、私はそちらには行けなくなったわ。だからそこは、本音1人で何とかして頂戴」

『・・・えええええぇぇぇぇ~~~っ!?』

 

 

キンッ、と耳鳴りがする程の大きな声が響いた。

出来ればオニール先生達に支援を求めたい所だけど、白兵装備で無人機の注意を引いてるだけで手一杯だと思う、これ以上の人員は連れて来れない事情もあるから。

 

 

「大丈夫、本音なら出来るわ」

『えぅ~、むりむりむりむりむりぃ~だよぉ~。お姉ちゃん、何とかしてよ~』

 

 

声音は明るいけど、その中に混じる不安を感じ取って眉を顰める。

行きたい、本音の所に行って私が何とかしてあげたい。

でもそれは叶わない、私は何とか本音を宥めすかすことしかできなかった・・・。

 

 

 

 

 

Side 篠ノ之 箒

 

金属同士が弾き合う音が響き、狭い空間の中で青と赤の輝きが映える。

弾かれるままに任せ、それを遠心力へと変えて「空裂(からわれ)」を振るう。

相手は手の甲から飛び出すような形で備えた銀の刃でそれを受け流す、互いの刃が火花を散らす。

 

 

「箒さま、おやめください!」

「その懇願を、却下する!」

 

 

両手で握った「空裂(からわれ)」を引き、相手の剣を削るようにしながら下がる。

下がると言ってもほんの少しだ、すぐに踏み込んで刀を振り下ろす。

そうなれば相手も下がれない、その場に踏み留まって私の刀を受け止める。

ガラスをひっかくような金属音が絶えず耳に響き、お互いの刃が拮抗して火花を散らす。

 

 

「それより・・・さっきから、気になっているのだが」

 

 

どうも違和感を感じる、何で私の方が常識が無いみたいな言い方をされなければならないのか。

もちろん、私とて常識を弁えていない所は多々あるだろう。

だが、あの人を止めると言う選択については非常に常識的であると自負している。

それでもくーの立場からしれば、私の方が異常に映るのだろう。

 

 

「何故、姉君である束さまの手を払うようなことをなさるのです、箒さま」

「遅めの反抗期のような物だよ」

「何と、やはり反抗期・・・!」

 

 

何が「やはり」なんだ、何が。

くーは何やら衝撃を受けたようだが、すぐに立て直して部屋に所狭しと並べられているガラス張りの水槽を守る構えを見せてくる。

その彼女の横を、私の周囲を、黒い粒子のような物が浮遊する。

 

 

それはまだ完全ではないが、徐々にこの空間を支配しつつあった。

後ろを振り向いてみれば、そう離れていない位置に『黒叡(こくえい)』を纏った楓がいる。

自分の意思で初めてISを纏った楓が、12枚のディスプレイを前に6枚のキーボードを叩き続けている。

 

 

「・・・楓さま、楓さまも反抗期なのですか!」

 

 

くーのその指摘に、私は心の中でコケる。

微妙にピントの外れた指摘をするのは、どこかあの人に通ずる所があるな。

そう言えば、くーはあの人の義娘なのだったな・・・。

 

 

「お2人とも、後で束さまに何と言われるか・・・私でも、庇い切れる物とそうでない物がございます」

「お前は私達の乳母か何かか、別に庇って貰わなくて結構だ」

 

 

何故ならこれは、私達がそれぞれ自分の意思で始めたことなのだから。

だが私には、あの人の張り巡らせたネットワーク・セキュリティを突破するなど出来ない。

だから楓がそれを成すまで、前に出て守る。

それが、妹を信じる姉の仕事だろうから。

 

 

 

 

 

Side 更識 簪

 

・・・来た。

何が来たのかはわからないけど、何となくそんな気がした。

4枚の球体型ディスプレイを叩きながら、私はネットワーク上の微妙な変化に気付いた。

 

 

国連軍を苦しめているナノマシン・フィールドに、揺らぎを感じる。

でも一瞬感じたその揺らぎも、すぐに消える。

何者かが、恐ろしい速度でそれを修正したから。

 

 

「・・・させない・・・」

 

 

呟いて、指先を走らせる。

楯無姉さんが用意してくれた4基のロシアの衛星を介して閉じたネットワークを作り、そこを橋頭保に相手のセキュリティに穴を開ける。

セキュリティは堅固、私1人じゃどうすることもできない。

 

 

有り体に言えば、腕が足りない、指が足りない、能力が足りない。

このネットワーク・セキュリティの向こう側にいる人は、本当に異常なほど優秀。

これだけ大掛かりな作戦を、ほとんど1人だけで操ってる。

ナノマシン・フィールド、無人機の軍団、宇宙船の建造、巨大潜航艦の維持、ハッキングへの対応。

そのどれをとっても、普通の人間が1人で管理できる物じゃない。

 

 

「攻性防壁、45層・・・かわしきれない。なら、いくつかダミープログラムを割り込ませて・・・」

 

 

数枚のディスプレイ上で激しく変動する数値を見ながら、広大なネットワークの世界で自分の位置を見失うことなく相手の本丸に攻撃を仕掛ける。

言うのは簡単だけど、いざやろうとすると物凄く難しい。

ましてや、相手はこちらのハックが終了するまで待ってくれてるわけじゃない。

絶えずこちらの位置を割り出し、逆に攻撃を加えてくる。

 

 

4基の衛星分の容量を上手く使って、『打鉄弐式(うちがねにしき)』のコアと特定されないように逃げ回らなければならない。

正直、とてもじゃないけど捌ききれない。

足の指も使って、プログラミングの速度を上げる。

多重照準・・・サイバー攻撃を仕掛けて一時的に本命から目を逸らさないと・・・。

 

 

「・・・できない・・・」

 

 

指を止めることだけはせずに、呟く。

でも止めないだけで、どうしようも無い。

相手の方が何枚も上手で、私がネットワーク上に仕掛けた罠(プログラム)がどんどん無効化されていく。

 

 

むしろ私の位置を知られるのも時間の問題で、そうなれば物理的にここは破壊されてしまう。

私には、そこまでのことはできない。

ここにいるのが楯無姉さんだったら、きっと上手くできているはずなのに・・・。

私じゃ、やっぱり・・・届かない・・・。

 

 

『大丈夫、簪ちゃんならできるわ』

 

 

その時、楯無姉さんの声が通信機から響いた・・・。

 

 

 

 

 

Side 布仏 本音

 

3000キロワットの太陽光発電施設、種子島発電所の一部として作られた発電設備。

種子島宇宙センターのエネルギー源の一つで、北の発電所とディーゼル発電機が無くなった今、後はここが無くなればセンターへの電力供給は止まるんだよね~。

 

 

「でも、1人でなんて無理だよ~」

『泣き事を言わないの、貴女しかいないんだから』

 

 

インカムから聞こえてくるお姉ちゃんの声は淡々としていて、優しさの欠片も無い。

昔からそうだった、お姉ちゃんはいつも私ならできるって言って、何でもさせるんだもん。

だからこう言う時は、何を言っても無駄だってわかってるけど~。

 

 

恋形変圧器とガス絶縁開閉装置、高圧閉鎖配電盤と6000枚の単結晶パネル。

それと、パワーコンディショナーシステム・・・ここの太陽光発電施設を構成するこれらを破壊しないといけない、それも一人で。

全部をいちいち回ってどうにかする時間は無い、だから発電システムそのものに介入してオーバーロード、自壊させるのが手っ取り早い。

 

 

『そこは電力会社への売電用でもあるから、完全に破壊してしまうと後で島民の生活に影響が出るかもしれないのよ』

「そうかもしれないけど、1人じゃ無理だよ~」

 

 

ぴー、と泣いてもお姉ちゃんは来てくれない。

通信機越しにくぐもった声が聞こえるだけで、それだけ。

私は沈黙してる『打鉄(うちがね)・改(かい)』のコア容量だけ使って、発電設備の管理システムにアタックをかけてる。

 

 

4枚のディスプレイと3枚のキーボード、楓ちんやかんちゃんじゃないんだから、一度に全部は無理だよ~。

そもそも何で、私がこんなこと・・・布仏だからかもしれないけど、それでも思うよ。

 

 

『攻性防壁を無理に抜く必要は無いわ、自壊・・・停止プログラムを置いておくだけで良いの』

「う~ん・・・何か発電所以外からの介入が凄いんだけど~?」

『それはたぶん、周囲の無人機の自動攻撃プログラムでは無いかしら? 彼らも電力供給源の減少には気付いているでしょうし・・・』

「・・・それって、無人機がここに来るってことじゃないの~?」

『そうね、でもオニール先生達が足止めをしてくれているはずよ』

「もー、そんな言うならお姉ちゃんがやってよ~!」

 

 

無理だよ、絶対~・・・お姉ちゃんにできることが私にできるわけが無いよ~。

だって今まで、一回だってできたこと無いじゃん~。

 

 

『大丈夫、本音、貴女なら出来るわ』

 

 

お姉ちゃんの声が、インカムから響く・・・。

 

 

 

 

 

Side 篠ノ之 楓

 

やっぱり、無理だ。

空中投影の6枚のキーボードを10本の指先で叩きながら、私は静かに絶望する。

途中までは、この部屋に限定すれば、空気中のナノマシンを『黒叡(こくえい)』のナノマシンに同調して支配下に置くことに成功した。

 

 

だけどその直後、急にナノマシン・フィールドの掌握が難しくなった。

ナノマシンの行動パターンに介入して来たそれは、瞬く間に私が占拠した場所に逆制圧をかけてくる。

電子戦は、アナログの陣地取りゲームに似ている。

武器やアイテムを使って、相手の支配している領土(エリア)を奪い合う。

攻撃側と防御側と言う立場の違いはあっても、やることは変わらない。

 

 

「正面ゲートを放棄して、防壁を張りながら別ルートで攻性プログラムで道を作る、両方の構築とフィルタリング、及び全体のプログラミングを断続的に変更・・・」

 

 

攻勢をかけていたはずが、いつの間にか守勢に回ってる。

これは、不味い。

掌握していたこの部屋のフィールドさえ、徐々に奪い返されてしまう。

 

 

焦る、だけど焦った所で彼我の差はどうしようも無い。

介入してきている相手は、間違いなく束お姉ちゃんだ。

タッグマッチトーナメントの時よりも、速くて正確。

あの時は3人がかりで一瞬の掌握だったことを考えれば、安定的な掌握を目指して1人で奮闘しているこの状況がいかによろしくないか、わかろうと言うものだよね。

 

 

「私なんかが・・・束お姉ちゃんに勝てるわけが・・・っ」

「大丈夫だ!」

 

 

ポツリと漏れた私の弱音に、威勢の良い箒姉さんの声が応じた。

箒姉さんは私の前でくーちゃんさんと戦いながら、紅色の残像を残しながら刀を振るう。

力強く前に進んで、真っ直ぐに。

子供の頃からずっと憧れてた、その姿のままに。

 

 

「お前なら、やれる!」

「・・・姉さん」

 

 

箒姉さんが私を信じてくれてる、それは私の力になる。

だけどそれは気持ちの上であって、私の指の動きや思考の速度を上げてくれるわけじゃない。

どうしたって、私は束お姉ちゃんに敵わない・・・敵いっこ、無い。

 

 

「・・・楓、お前は私を信頼しているか?」

「も、もちろんだよ。私は、箒姉さんを信じてる」

「そうか、ならお前を信じている私を信じろ」

 

 

ズダンッ・・・刀を弾かれた箒姉さんが一回転して、私の目前に着地する。

刀を正眼に構えながら、箒姉さんは言う。

 

 

「お前が自分を信じられないなら、私を信じていろ。お前を信じている私を信じろ、それで十分だろう」

 

 

箒姉さんは、妙に自信たっぷりにそう言った。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

「私は、ずっと見て来たから・・・簪ちゃんが、どれだけ頑張って来たのか」

 

 

攻撃の衝撃に揺れる艦内から衛星軌道上の衛星を掌握するという荒技を続けながら、更識楯無が言う。

彼女は知っている、妹がどれだけの努力をして自分について来ようとしていたのか。

そんな妹の姿を、どれほど好ましく想っていたのかを。

 

 

「貴女が・・・本音がいつも、私にどれだけの力を与えてくれていたのか」

 

 

瓦礫に挟まれた足の痛みを極力無視しながら、布仏虚が言う。

手堅く成果を出し、静かに役目を果たすことにかけて虚の右に出る者はいなかった。

役目を果たすだけの空「虚」な人生に光をもたらしたのは、妹の緩んだ笑顔だった。

 

 

「だからわかる、お前ならやれる、自信を持て」

 

 

銀髪の少女の攻めを凌ぎながら、篠ノ之箒が言う。

誰よりも近くで妹を見て来た、だからこそわかる。

自分の妹が、どれだけ優秀なのかを。

 

 

「「「おねぇちゃん」」」

 

 

各々のキーボードを叩きながら、3人の妹(シスターズ)が姉を呼ぶ。

それはどこか小さく、幼さを感じさせる物だった。

しかしそれでも、具体的に何かが動くわけではない。

 

 

 

「まぁ、可愛らしくはあるんだけどねー」

「お前が言うと、何か悪意を感じるな」

 

 

 

一連の会話を盗み聞いていた篠ノ之束と言う名の「姉」は、苦笑しながらそう言った。

それを見ていた織斑千冬と言う「姉」も、そんな彼女を見て苦虫を噛み潰したかのような表情を浮かべる。

 

 

「でも、おいたは程々にしようねー?」

 

 

篠ノ之束の言葉で、全てがひっくり返る。

ナノマシンも衛星も、果ては太陽光発電施設のシステムまで・・・全てを一瞬で掌握する。

ネットワークの繋がりが、彼女の全能性を支えている。

それを感じた妹達の表情に、焦りが浮かんだ後に絶望が忍び寄ってくる。

そして篠ノ之束が、目前のキーボードのエンターキーを鼻歌交じりに叩こうとした、その刹那。

 

 

 

全てのシステムが、ダウンした。

 

 

 

何が起こったのかわからない、異常は巨大潜航艦『大綿津見神(おおわたつみ)』の内部で発生していた。

ナノマシン・フィールドの発生装置・・・そこへのエネルギー供給が止まったのである。

海底のメタンハイドレートを加工して動力源とし、数百キロに及ぶ広範囲にナノマシンを散布する強力な兵器であったのだが、とにかくそこへのエネルギー供給が止まったのである。

 

 

電子戦では束が勝利したが、最終的な結果としては最悪の形ではある。

そして、それを成したのは・・・。

束がディスプレイを開き、千冬と共にその元凶を知る。

そこには・・・。

 

 

「どぅおおおりゃあああああああああああっ!!」

「・・・一夏(いっくん)!?」

 

 

そこには、『零落白夜』を発動した『雪片(ゆきひら)』を『大綿津見神(おおわたつみ)』の動力(エンジン)の一つに突き刺した織斑一夏がいた。

『白式(びゃくしき)』の周囲には機械仕掛けのリス達が集まっており、可愛らしく小首を傾げながら一夏を見ている。

なお、一夏以外の他人が同様の行動を取っていれば噛み殺していただろう。

 

 

篠ノ之束が危害を加えることを禁じている人間・・・それによって成された災厄だった。

この動力(エンジン)、実は複数ある動力の一つに過ぎない。

しかし場所が中央に近く、主要な動力源の一つであった。

それが一夏の手により停止させられたために、ナノマシン・フィールド発生装置へのエネルギー供給に乱れが生じた。

そしてそれは同時に、束の支配の揺らぎでもあった。

 

 

「「「―――――!」」」

 

 

そしてその隙を、見逃さなかった。

楓が、簪が、本音が・・・それぞれに、エンターキーを押した。

3人がそれぞれに組んだプログラムが、エネルギー供給ダウンによって生じた隙間に入り込む。

 

 

<『Trismegistus System』>

 

 

ナノマシンの支配権が、移動する。

内側から楓が、外側から簪が、そして宇宙センターの電源を落とした本音が。

3人の妹(シスターズ)がもたらした、勝利への・・・。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

Side 更識 楯無

 

ぞくり、と背筋を冷たい何かが走る。

コンソールに置いた手を止めて、右耳につけていた通信機(インカム)を外す。

その時に目を閉じて、大きく息を吐く。

 

 

そして次に目を開いた時、私の目の前には少し前まで見えていない物が映っていたわ。

それは『ミステリアス・レイディ』の起動状態、視覚の中に浮かぶISのディスプレイ。

装甲値やエネルギーなどIS自身の基本情報から、外気温やコア・ネットワークを通じた他のISの位置まで全て。

ISの諸機能が、回復してきていることを確認する。

 

 

「・・・戻った」

 

 

ぐっ、と右の拳を握り込みながら・・・感触を確かめる。

そこには確かに、まだ装甲に覆われてこそいないけれどISのPICによる守りを感じたわ。

回復してきている各種の数値は、上がることがあっても下がることが無かった。

それはすなわち、こちらの目論見が何とか功を奏したことを意味している。

 

 

『―――――サラシキ、各部隊からISの起動を確認したと言う報告が上がってきている、どう言うことか?』

 

 

その時、そのISの軍用回線を通じてCICのフレザーノフ司令官から通信が入った。

私の他の機体も回復したと言う確証を得ることができて、私は笑みを浮かべる。

これで戦える、やはり一夏くん達を中に入れて良かったわ。

正直、織斑先生の連絡を受けるまでは策の目途が立たなかったのだけれど。

 

 

あの日、十蔵さんから受け取ったお酒の瓶にはメモが挟んであったは。

内容は暗号文書、独特の数字の並びで相手に意思を伝えるための物。

そこには織斑先生のことと、後はその「妹」のことが記されていた。

だから私は、それを前提に策を練った。

あの稀代の天才を打倒するに、偶然と言う要素を味方につけないわけにはいかない。

 

 

「・・・司令長官、IS全機に発艦許可を願います」

 

 

当然、あの天才はこの状況からでもいくらでも逆転が可能だろうけど。

でもあの天才は、おそらくは同じ手は使わないでしょう。

もちろん、確証のない希望的観測に過ぎない。

それでもあの天才の人となりを鑑みれば、そう外れてはいないような気がする。

何故ならばあの天才にとって、この状況は「遊び」に過ぎないはずだから。

 

 

「―――――反撃、開始です」

 

 

そしてだからこそ、私はそこにつけ込むことができる。

天才が「遊び」だと考えていることを、私達凡人は「本気」で取り組む。

そこから来る差異は、きっと大きな結果として現れると信じて・・・。

 

 

 

 

 

Side 篠ノ之 束

 

「どうした、珍妙な顔をして」

 

 

ちーちゃんが意地悪を言う、束さんがコケたのがそんなに楽しいのかい。

プンプンしちゃうよ、プンプン~。

まぁ、別に良いんだけどねぇ、特に重要視してたわけじゃないし。

それだけ、箒ちゃん達が強く・・・取り戻して来たってことなんだろうし。

 

 

でも正直、いっくんには驚いたなぁ・・・普通、刺す? いきなり刺そうとか考える?

うっわ、第3動力炉が木っ端微塵になってるし・・・いっくん自身はエネルギー・シールドで守られてるから大丈夫だろうけど、『大綿津見神(おおわたつみ)』の動力が17分の1減ったよ?

相変わらずいっくんの思考回路はわかんないよねぇ、理知的でも合理的でも学術的でも無くて。

しかもそれで当たりを引いちゃうあたりが、ちーちゃんに似てるよね。

 

 

「当然だ、私の弟だからな」

「妙な所で自信たっぷりだよね、ちーちゃんって」

「まぁ、人と交わればわかることもあるさ」

 

 

人との交わり。

それは、私には興味が無いことけどね。

ちーちゃんのことは大概のことはわかるけど、そこは理解できないんだよね。

いったい、他人との交わりの何が楽しいのか。

 

 

「楽しいから人と交わるわけじゃない、人と交わるから楽しいのさ」

「ちーちゃんはたまに、そう言う言葉遊びをするよね」

「弟とその友人達の起こす騒ぎ、戦友との言葉を介さない会話、同僚と飲む酒の味・・・どれも、お前が見向きもしなかった物だろうからな、わからないのも無理は無いさ」

 

 

どれもこれも、束さんには必要の無い物だからね。

生まれ落ちたその瞬間から、生まれる場所を間違えたと悟った。

0歳の段階で、束さんは総(すべ)てを識(し)っていたから。

だから―――――こんな息苦しい閉塞した世界に、最初から用なんて無かったんだよ。

 

 

「束さんは、宇宙(ソラ)に行く・・・あれだけ広ければ、少しは死ぬまでの暇潰しになるだろうしね」

「ふん、玩具に飽いた子供の戯言だな」

「そうだねぇ、実際、この地球(おもちゃ)は大して面白くも無かったよ。ちーちゃんは?」

「そこそこに楽しんでいるさ、弟のおかげでな」

「ああ、そこはわかるねー。束さんも箒ちゃんと楓ちゃんのおかげで面白いからね」

 

 

だから皆、連れて行く。

それ以外の人間がどうなろうと、それは束さんにとってはどうでも良いよ。

無人機も宇宙船建造もナノマシンも、束さんの暇潰しに過ぎない。

 

 

「まぁ、その内に一夏達もここに来るさ・・・それまで、昔話でもしながら時を潰すとしよう」

「そうだねぇ、ちーちゃんがそう言うなら付き合ってあげても良いよ?」

 

 

束さんがその気になれば、どうせ誰も何もできないんだから。

ああ・・・つまらないなぁ。

どうして皆、あんなに無能なんだろうね―――――。




竜華零:
もうすぐラストです。
まだまだ、頑張ります。
最後までお楽しみ頂ければと思いますので、よろしくお願い致します。
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