インフィニット・ストラトス―黒き叡智―   作:竜華零

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第62話①:「凰 鈴音」

Side 凰 鈴音

 

足腰が立たなくなる―――なんて表現を、私は正直、信じて無かった。

そりゃ足が震えるってのは聞いたことあるけど、足腰が立たないって何よって。

そして今まさに、その「足腰が立たない」って状況を私自身が実演してる所よ。

 

 

「・・・ぁ・・・っ!」

 

 

今のは左肩の傷口を蹴り抜かれて、私が上げた悲鳴でも何でもない呻き声。

女の子として、もう少し品のある声を上げたい所なんだけど。

残念ながら品がどうとか可愛げがどうとか、言っているような余裕は無い。

 

 

今にも崩れそうな―――文字通り、ガックガク震えてるんだけど―――膝を、無理矢理に真っ直ぐに伸ばして耐える、堪える、我慢する。

一瞬でも折れたら、たぶん私は床に崩れ落ちる。

身体は動かせなくても、頭で考えればISの装備は動かせる。

両肩の『衝撃砲』を動かして、不可視の砲塔を前に向ける。

 

 

「―――――遅い」

「・・・っ!?」

 

 

不可視の砲弾を放った時には、すでに相手の顔が鼻先スレスレの所にあった。

結果として砲弾は素通りして、向かい側の壁を爆発させて終わる。

そして壁が爆ぜるのと同時に、お腹にとんでも無く重い感触。

相手の4門の『衝撃砲』の砲弾が、私のお腹に集中して撃ち込まれた。

ISのシールドが数秒だけ防いでくれた後、ダンプカーにでも跳ねられたみたいな衝撃が走った。

 

 

「が―――・・・・・・げはっ、ぐ、ふ・・・っ」

 

 

吹き飛ばされた勢いのまま背後の壁にめり込んで、瓦礫と一緒に床に向けて落ちる。

慣性の法則に従って落ちる私の身体に、今度は下から胸に衝撃。

下に回り込んだ相手が連結した「双天牙月」を撃ち込んできたからで、肋骨と鎖骨が軋む。

打ち上げられて、次は背中に激痛が走った。

打ち上げられた衝撃と、戟の石突が背中を突く感触に肺が悲鳴を上げる。

 

 

そのまま床に叩きつけられて、バウンドした所をさらに蹴られる。

2回、3回と床を跳ねながら反対側の壁まで蹴り飛ばされた。

まさにボッコボコ状態、見るからに勝ち目は薄いように見えるでしょうよ。

 

 

「―――――ッッ!!」

 

 

ギシリ、と奥歯を噛み締めて、転がりながらも床を手で打って跳ね起きて、壁に足を打ちつけて無理矢理に身体の支えにして立つ。

身体はズタボロ、何とか『甲龍(シェンロン)』が守ってくれて・・・やっと立ってるような状態。

気持ちが折れたら、今にも意識が飛んじゃいそう。

 

 

だから、気持ちだけは折れない。

 

 

腕部の『衝撃砲』を加速剤にして、脚力の代わりにする。

右腕に握った方天戟(ほうてんげき)『燭陰(ショクイン)』を、横薙ぎに振るう。

そしてそれは、トドメを刺しに来てたんだろう相手・・・くーの身体を確実に捉えた。

 

 

「・・・でぇっ・・・ぃやああああああああああああぁぁぁぁぁっっ!!」

 

 

カウンター気味に入った戟の刃を、相手・・・くーは自分の戟を左腕で支えることで受け止めた。

鎬を削って、火花が散る。

満身創痍の私が放ったとは思えない重さに、くーの顔が歪む。

 

 

理解できない、そんな感情がありありと浮かんでるのが表情からわかる。

そうね、でも候補生なら、IS操縦者なら今の私の気持ちがわかるはずよ。

自分の機体を真似るような奴に、負けてやれるわけが無いって・・・!

 

 

 

 

 

Side くーちゃん

 

・・・何ですか、この小娘は!?

<女王>である私にとって、分体でもあるISを纏っての戦闘など造作も無いこと。

ただの人間が纏っているISに、遅れを取るなどあり得ない。

 

 

しかも相手が、何の才能も経験も持たないたかが代表候補生ごときともなれば。

この私が、手こずることも始末をつけられないなどと言うこともあり得ない。

事実、私はこうして一方的とも言えるほどに小娘を痛めつけていると言って良いはずです。

―――――なのに!

 

 

「ぎっ・・・っ・・・つ、ぅおおおおぉぉっ!!」

 

 

なのに、どうして倒れない!

今も私の攻撃を受けた後、倒れることなく・・・むしろ私の攻撃の威力を遠心力に変えて身体を回し、戟を私に撃ち込んできています。

無論、私も戟を縦にし、柄の部分に腕の装甲を重ねてそれを受け止めてはいます。

しかし・・・っ。

 

 

見るからに半死半生、ISのエネルギーなど雀の涙ほどにしか残っていないはずなのに。

頻度は私の10分の1以下、私が10発打ち据えた後にようやく1発を返せる程度でしかありません。

しかし、それでもなお立ち向かって闘志。

いかにノーダメージで捌いているとは言え、ここまで時間をかけさせられれば苛立ちもします。

 

 

「・・・しつこいっ、いい加減に沈みなさいっ!」

 

 

戟を振り下ろし、小娘の左肩に振り下ろします。

骨の軋む確かな手応えを感じ、赤黒い装甲の欠片が血飛沫と共に

先程、肉を抉って差し上げた損傷個所・・・声にならない声が、唇から漏れ出します。

 

 

私の、唇から。

 

 

かふっ・・・と吐息が漏れ、自然と視線がその原因に向けて動きます。

理解できない、いったい何が。

見れば、私の腹部に突き刺さる赤黒い装甲に覆われた脚部がありました。

私が相手の肩を打ち据えるのに合わせて、小娘が蹴りを繰り出して来たと言うのですか。

殊の外、衝撃が強く・・・1メートルほど下がります。

 

 

「・・・っ、小娘!!」

「こ、の・・・舐めんっ、なっ」

「―――――!」

 

 

息も絶え絶えに、しかし倒れることなく強い瞳で私を睨む目に、これ以上無い程の苛立ちを覚えます。

潰します、この小娘だけは。

束さまに頂いたこの身体、この機体、このナノマシンを、よくも。

 

 

打ち据えるだけで倒れないと言うのなら、それを上回る一撃を与えれば良いだけのこと。

方天戟(ほうてんげき)・『燭陰(ショクイン)』を両手で構え、身を低くします。

刃先から石突へ、黒いナノマシンの炎がの柄を這うように走ります。

これが、この武装の本当に使用方法。

ナノマシンによって武装が完全再現された今、完璧に使用することが私にはできます。

 

 

「束さまに刃向かった大罪、後悔に咽びながら―――――贖いなさいっ!!」

 

 

灰と消えろ、人間の小娘。

戟に纏ったナノマシンの炎で全身を包みながら、突貫します。

赤龍(チーロン)の一息―――――『炎鱗燭竜閃(えんりんしょくりゅうせん)』!!

 

 

全身を炎の槍と化した私を前に、戟を支えに立っていた小娘が顔を上げるのが見えました。

このタイミングで、もはや回避も防御も不可能。

特殊鉱物製の床を熱と速度で抉り溶かしながら、私は小娘を轢き潰しました。

 

 

 

 

 

Side 楊 麗々

 

現在、我が国に所属する全てのISは操縦者(国家代表及び国家代表候補生)と共に大隅海峡周辺海域に展開しています。

日本政府公認で兵を進める好機に、党上層部の同志達は一も二も無く乗ることにしたようです。

正直、西側やロシアの求めに素直に応じるとは思えませんでしたが。

 

 

上層部の同志諸氏の隠し口座の金額が妙に増えているらしいとの噂―――あくまで噂、口に出さなければ真実にはならない―――を聞くに及び、政治的には納得することにしました。

最も私の役割は中国代表候補生の管理であって、祖国のIS政策に意見を唱えることではありません。

 

 

「初めまして、私は凰(ファン)候補生の管理官・・・まぁ、直属の上司のような物とお考えください。候補生管理官の楊 麗々と申します。以後、お見知りおきを」

「は、はぁ・・・いつも娘がお世話になっております」

「いえ、凰候補生は大変優秀な候補生ですから、私などは大したことはしておりません。・・・それで、本日はどう言った御用向きでしょうか」

 

 

北京、北海公園近くの国防部前のオフィス。

その中の応接室の一室で、私は突然の来客の対応を押しつけられました。

ただの来客であれば警備にでも報告すれば終わりですが、何分、特別な事情があります。

「代表候補生の両親」と言う存在は、国としてもそれなりに優遇しなければならない人種ですから。

 

 

「ご夫婦・・・失礼、お二方は確か」

「ああ、はい。お恥ずかしい限りで・・・」

 

 

そして今までの会話でもわかる通り、相手はあの凰鈴音候補生のご両親です。

すでに離婚されていると聞いていますが、どう言うわけかお2人で訪問されました。

正直、忙しいので手短にお願いしたい所です。

 

 

「それで、御用向きは?」

 

 

改めて聞くと、取り立てて大した内容ではありませんでした。

要するにここの所、娘からの連絡が無く心配だと。

父親の方はそれ程でもないらしく、心配なのは母親の方。

いつもは大丈夫なのに、今回に限って「嫌な予感」がするのだそうよ。

 

 

「凰候補生は現在、祖国ならびに党をより強大たらしめんがための任務に就いています。そのため、その行動に関する一切の情報は開示することができません。お2方も祖国と党のため、ご息女の前途に不安などゆめゆめお抱えにならないように」

 

 

通り一辺の回答をし、私は席を立つことにします。

実際、これ以上のことは私には申し上げられませんので。

何か言いたそうな凰候補生の母親に一瞥をくれて、次の仕事に向かいます。

このお2方に良い顔をした所で、出世できるわけではありませんので。

まぁ、しかし・・・それでも。

 

 

「・・・この程度の任務をこなせないような、ヤワな鍛え方はしていませんよ」

 

 

眼鏡の縁に手をかけ、扉の外に出ながら・・・独り言を呟く。

それが相手に聞こえていたかどうかはともかく、それで終わりです。

扉を閉め、足早に廊下を歩く。

 

 

・・・そう、そんなヤワな鍛え方はしていません。

1年前、いえ、もうすぐ2年になるのですか。

凰候補生の担当者になり、彼女の才能を見込んで『甲龍(シェンロン)』をあてがった私の判断。

いろいろと問題はあれど、私はその判断を間違いだと思ったことは・・・。

 

 

「さて、次の仕事に行かなければ」

 

 

一度も、無い。

彼の天才もご照覧あれ、我が中国の技術と人材の粋を集めて鍛えた一本の戟。

その名は、凰 鈴音。

 

 

 

 

 

Side 凰 鈴音

 

あー・・・これ、もしかして走馬灯って奴だったりするのかしら。

というか、『燭陰(ショクイン)』にあんな使い方があったなんて知らなかったんだけど。

ISのシールドを溶かしてブチ抜くなんて、悔しいけど凄い技じゃない。

 

 

『何だてめー、変な奴だな』

『なんですってぇ!?』

 

 

で、全部の装甲破壊されて・・・違うわね、溶かされて消された後、熱で溶けた床の上に倒れた。

一応、五体満足、『甲龍(シェンロン)』の保護機能が命だけは守ってくれたみたい。

そんな状態で、朦朧とする意識の中で見るのは・・・子供の頃の夢。

まぁ、夢って言うのとはまた違う気がするけど。

中学1年の頃だっけ・・・一夏とは喧嘩ばっかりしてた、でも不思議と絶交とかはしなかった。

 

 

『離婚って・・・何で!? あんなに仲良かったじゃない!?』

『鈴・・・』

『ごめんね、もう決めたことなのよ』

『そんなの知らない、お父さんもお母さんも大嫌い!!』

 

 

夫婦って・・・どうして仲が良くても、離婚するのかしらね。

正直、今でもよくわからない。

お父さんがいて、お母さんがいる。

そんな生活がずっと、当たり前みたいに続いて行く物だって信じてたから。

 

 

『ぐすっ、ぐすっ・・・』

『んだよ、泣くなよ。別に死ぬわけじゃあるまいし、また会えるって』

『ぐす・・・ほんと? ほんとにほんと?』

『ああ、当たり前だろ』

『・・・じ、じゃあ、今度会ったら、私の酢豚・・・』

 

 

・・・何で、再会の折には酢豚を食べさせてあげようなんて言ったんだろ。

自分でも遠回り過ぎるわよ、あの朴念仁にそれで通じるわけが無かったじゃない。

実際、全く全然これっぽっちも伝わって無かったわけだし。

 

 

伝えられて、無かった。

 

 

それは、今も。

一夏はきっと、私の気持ちを今も知らない。

そんなことを考えたら、途端に怖くなった。

物凄く、怖くなった。

 

 

「・・・ぁ・・・」

 

 

火傷の直前みたいな喉の状態で、掠れきった息を吐いた。

怖くなって叫びたかったけど、それさえもできない。

ISの・・・『甲龍(シェンロン)』の生命保護機能が私の意識を刈り取ろうとしているのがわかる。

 

 

「・・・ぁ・・・ぅ・・・」

 

 

ダメ、ダメ、ダメよ。

まだ、まだダメよ、お願い『甲龍(シェンロン)』。

私、このまま眠りたくない・・・死にたく、無い。

だって、私、まだ。

 

 

<・・・しかし朋友、これ以上は貴女の生命に関わる>

 

 

それでも良い、死ぬよりも怖いことを避けられるなら、それで良い。

怖い、一夏が私の気持ちに気付いてくれてな・・・違う、伝えられてないのに、終わるなんて。

それだけは嫌、それだけはダメ、絶対、認められない、認めない!

 

 

今、ここで全部の命を使い切っても良い。

だからお願い、『甲龍(シェンロン)』・・・私の。

私達の朋友が、異国の朋友達が、私達をきっと待ってる。

皆の、一夏の所に、私を連れて行って・・・!

 

 

<朋友、しかし>

「・・・ぇ・・・ぃ・・・」

<朋友>

「・・・ぁ・・・っ・・・」

 

 

死にたくない、死にたくない、死にたくない。

終わりたくない、終わりたくない、終わりたくない。

まだ・・・ううん、もっと、もっと!

 

 

まだやれる、燃やせる、熱くなれる。

私と『甲龍(シェンロン)』は、もっと。

もっと、やれる・・・だって、皆が。

 

 

<・・・我らの、異国の朋友が>

 

 

私達を。

 

 

<「待ってる」>

 

 

だからここで、私達だけが倒されるわけにはいかないのよ。

しかもこんな、人の機体を盗み取るような奴に・・・!

 

 

「ぃ・・・ぅ・・・う、ぁぁぁあああああああっっ!!」

 

 

ISの保護機能で麻痺しかけた腕を、無理矢理上げた。

筋肉が引き攣って、すぐに落ちそうになったその手を。

誰か・・・凄く熱のこもった誰かが、握り締めるのを感じた。

 

 

 

 

 

Side くーちゃん

 

・・・今度こそ、終わったようですね。

あまりの温度に視界が揺れる空間の中で、私は戟を振るいながら後ろを振り向きました。

距離にしておよそ20メートル、その距離の床が熱で半分以上融解を始めています。

 

 

赤く輝く灰色の床が捲り上がり、視界を揺らす程の熱を放っています。

そしてそのちょうど中間地点に、あの小娘が仰向けに倒れていました。

全ての装甲は砕け散り、今やISの保護機能のみが彼女の身体を守っています。

 

 

「・・・赤龍(チーロン)の紅の鱗は、火の山の炎を象徴しているそうですが」

 

 

まさに灼熱の息吹のような武装、方天戟・『燭陰(ショクイン)』。

その最大発動状態、『炎鱗燭竜閃』を使用した際には一種の概念武装と化していると言っても過言ではありませんね。

流石は、第3世代型の二次移行武装と言った所でしょうか。

おそらく、同世代の中では最強の突撃力を持っていると見て良いでしょう。

 

 

まぁ、正直に言って、いかにISの保護があるとは言え放っておいてもあの小娘は死ぬでしょう。

しかしながら、緩やかに死の恐怖を味わわせると言うのも哀れと言えば哀れですね。

せめてトドメを刺し、楽にして差し上げるのが情けと言うものでしょうか。

くるりと戟を回転させ、逆手に持ちながら倒れている少女に近付きます。

 

 

「では・・・」

 

 

溶けて僅かに液体化した床を踏みつつ、小娘の傍に立ちます。

逆手に持った戟を片手で持ち、軽く持ち上げます。

その刃先を、小娘の細い首に・・・その喉元に突き付けます。

 

 

ここまでのダメージを負ってしまえば、絶対防御など働きようが無い。

ほんの一突き、それだけで命を奪うことができます。

まぁ、束さまが価値を見出さない命など何の意味もありません。

せめて束さまの城で冥府に旅立てることに感謝しながら・・・。

 

 

「・・・死になさい」

 

 

戟を持つ腕に力を込め、小娘の喉を突きます。

数秒で手応えを感じ、私は自分の任務を完遂する。

・・・はず、でしたが。

 

 

「な・・・」

 

 

戟が動かない、突き立てる直前で停止したまま動かない。

小娘は動いていない、ならば何が私の戟を止めたのか。

それは・・・腕。

赤黒い装甲で構成されたISの腕がまるで空間から生えるかのような状態で・・・小娘と一体化しないままに、ひとりでに動いて止めた。

自動防御ですか!? いえ、でもこれまでそんな素振りなど・・・。

 

 

「・・・なぁっ!?」

 

 

私が混乱した刹那、ISの腕が・・・いえ、小娘の身体が輝きを放ちました。

それはまるで、形態移行する際の光に酷似していたようですが・・・少し、違う気もします。

強く放たれた光から離れるように跳び退いて、自分を庇うように腕を交差します。

 

 

熱と、光・・・そして、炎。

それが視界内を踊り、光を放ちます。

そしてそれが、収まった時には・・・。

 

 

 

 

 

Side 凰 鈴音

 

―――――熱い。

熱のこもった吐息を吐いて、私は自分を抱き締めた。

肌が・・・ううん、熱病みたいに身体の奥から熱が発せられてるみたいな感覚に、身悶える。

 

 

胸が、焼けてしまいそう。

それぐらい、熱かった。

そして苦しいくらいに、温かかった。

 

 

『朋友』

 

 

不意に、声が聞こえた。

すると視界も開けて、熱しか感じなかった感覚が広がったような錯覚を覚える。

そこは、海だった。

砂浜と、波を打つ海の水、そして水平線に沈みかけた赤い大きな太陽。

夕暮れ時の、海だった。

 

 

どこかで見たことがある気がするけど、初めて見るようにも感じた。

そして、声。

声の方に振り向けば、この浜辺に私以外にもう1人いることに気付いた。

涼やかな声の持ち主は、声のイメージ通りのシャープな印象を受ける人だった。

 

 

『ようやく、会えた』

「・・・何、言ってんのよ」

 

 

掠れた声で、唇の両端を吊り上げながら笑顔を作る。

私よりもずっと身長も高くてスタイルが良い細身の身体を、軽鎧・・・って言うのかしら、昔の中国の武将が身に着けてそうな格好をしてる。

赤黒い・・・『甲龍(シェンロン)』を思わせる、鎧姿の綺麗な女の人。

首の後ろで縛ってるらしい長い黒髪が、海から吹く風に舞って揺らいでる。

 

 

「ずっと一緒だったじゃない。一緒に訓練して(がんばって)、一緒にデータ弄って(なやんで)、一緒に悔しがって(ないて)、頑張って来たじゃ無い」

『・・・そうですね、朋友』

「アンタは私の相棒で、友達で、姉妹で・・・かけがえのない朋友」

 

 

今まで、ずっと一緒に駆け抜けて来た。

どんな障害も『甲龍(シェンロン)』と一緒に超えて来たし、『甲龍(シェンロン)』と一緒なら何でもできるって信じてる。

出会ってから今まで、それこそ肌身離さず、離れることなく・・・一緒だった。

やってやれないことなんて無い、やればできる・・・それが、私達。

 

 

「さぁ、行くわよ『甲龍(シェンロン)』。皆が待ってる」

『はい、我らの異国の朋友達のために』

 

 

挑むように手を伸ばすと、応じるように手を出される。

掌を重ねて、指を絡めて握り合って、お互いの熱が交わり合う。

私と『甲龍(シェンロン)』、2つで1つの・・・熱を生み出す、命の交わり。

そして、全てが再び結ばれて―――――。

 

 

 

 

 

Side くーちゃん

 

・・・何ですか、これは。

何ですか、あれは。

何なのですか、それは。

 

 

「それは、束さまの造ったISなのですか・・・?」

 

 

私の『海宮(かいぐう)』のハイパーセンサーには、相手のISコアから情報を抜き取り、いわゆるステータスやパラメータを数値化して私に伝えることができます。

それは、ISコアが全て同種のコア・ネットワークに組み込まれているために可能なことです。

しかし今、私には相手の機体の能力値が読めなくなっています。

 

 

まるで潜伏(ステルス)状態にあるかのようなコア状態、しかしコアは戦闘(バトル)状態にまで活性化しているはずなので、ネットワークから斬り離されることは無いはず。

ならば何故、なぜ数値が読めない。

 

 

「・・・・・・そうね、元は篠ノ之博士が造った「物(こども)」だったかもしれないわね」

 

 

空気中の水分が蒸発して、白い湯気を噴き出しています。

真新しい赤黒い装甲が、白い水蒸気の向こう側から現れます。

三次移行(サード・シフト)したわけでも無い、しかしエネルギーと装甲が回復している?

これは、どう言うことでしょうか。

<女王>の生体端末である私にすら、見えないと言うのは・・・。

 

 

「だけど、もう違うわ」

「どう言う、意味ですか」

「子供はいつか、親にも言えないような秘密を持つようになるもんよ」

 

 

子供の秘密など、親にわからないはずが無い。

子供の浅知恵ごとき、子供を良く見ている親にとっては大したことではありません。

だからこそ、親なのですから。

 

 

「親の知らない間に、子供は育つわ・・・・・・いつか」

 

 

いつかなど来ない。

 

 

「いつか」

 

 

来るはずが無い。

 

 

「いつか!」

 

 

水蒸気が弾き飛んだ瞬間、全身に力を込めました。

来るとわかっていれば、対抗するなど容易い。

 

 

「いつか、踏み越えて行くためにっっ!!」

 

 

次の瞬間、突貫して来た小娘の一撃を正面から受け止めました。

相手の戟の刃を柄を滑らせるように流し、途上で膝を相手の腹部に撃ち込む。

これまでであれば、それは容易に小娘を蹴り飛ばしていたでしょう。

 

 

しかし肩にあったはずの『衝撃砲』がスライドし、私の足を受け止めた。

砲口を衝撃に歪めながら、しかし不可視の砲撃が私を迎え撃ちます。

馬鹿な、反応できるはずなど無いのに。

 

 

「く・・・っ」

 

 

右足を砲弾で弾かれ、衝撃を受けて回転しながら後退します。

脚部へのダメージは見た目ほどでは無い物の、視界が回転して小娘を見失ったのが不味い。

スラスターで姿勢制御、回転を止めて顔を上げます。

そして戟を持っていない方の手の拳を握り締め、それで。

 

 

「ずぇえええああああああぁぁっっ!!」

「・・・はぁっ!」

 

 

拳を繰り出し、小娘が振り下ろすように繰りだして来た拳にぶつけます。

衝撃が光となって走り、緩んだ足場が小さなクレーターを作ります。

ギシッ・・・と軋んだ腕を振るい、空中で縦に回転して着地した小娘を戟で突きます。

 

 

横に回避される、しかし刃先を返して追撃します。

相手もまた戟で防ぎますが、問題は小娘の動きではありません。

明らかにおかしいのです、今も小娘の『衝撃砲』の動きが読めずに戸惑っています。

小娘の目線も動きも、『衝撃砲』を撃つ予兆を何一つ示してはいないのに。

 

 

「・・・っ!?」

 

 

今度は胸部に直撃弾、装甲がへこむのでは無いかと思えるような衝撃に襲われます。

またです、相手の『衝撃砲』のタイミングが読めません。

まるで、機体が操縦者の意思以外の何かで動いているかのような・・・。

 

 

「どぅおおおおりゃあああああああああぁっっ!!」

「・・・っ」

 

 

振り下ろされた戟を、私も戟を横にして受け止めます。

完全に受け止めます、そして反撃に転じようとする刹那。

 

 

「かっ・・・!?」

 

 

戟を上げて無防備になった腹部に、重い『衝撃砲』の衝撃。

圧縮された弾丸に打たれ、足が床から浮いて吹き飛ばされます。

PICで姿勢制御、床に膝をつきながら同時に手もつき、衝撃を殺して止めます。

 

 

「・・・っ・・・調子に」

 

 

乗らないで頂きたいですね。

理由は不明ですが、所詮は手数が増えただけの話。

操縦者も機体も、性能面において比べるべくも無いのですから!

床を殴り、空中へと飛翔して・・・下にいる小娘に刃を向けます。

 

 

「その機体ごと、冥府に墜ちなさいっ!!」

 

 

方天戟(ほうてんげき)・『燭陰(ショクイン)』を両手で構え、炎のナノマシンに身体を包みます。

赤龍(チーロン)の一息、『炎鱗燭竜閃(えんりんしょくりゅうせん)』。

これをもう一度叩き込みます、今度は最大出力で手加減無く。

そうすれば、『衝撃砲』の不意討ちなど問題なく・・・。

 

 

「なに・・・?」

 

 

戟に両手を添えて構えながら下を見ると、先程は無かった光景が広がっていました。

私の放つ漆黒の炎に対抗するように、オレンジ色の明るい色の炎が。

そこに、ありました。

 

 

 

 

 

Side 凰 鈴音

 

1人じゃ勝てない、だから2「人」でやる。

方天戟を両手で構えて、身を低くしながら持つ。

やり方はさっき見せてもらったし、何よりも。

 

 

<朋友、装甲とエネルギーは見かけ倒し以上には役に立たない>

「そう」

<左肩の傷も塞いでいるように見せているが、見せかけ程度にしかならない>

「なるほどね」

 

 

ISに・・・機械に身体の中を弄られる感覚に、私はそれでも笑みを崩さない。

他人にされるのは勘弁だけど、『甲龍(シェンロン)』なら許して上げる。

中国人にとって朋友は、ある意味で家族よりも信頼できる友だから。

 

 

「それで、さぁ『甲龍(シェンロン)』。どうする? 敵さんはまたアレで来るみたいだけど」

<回避は不可能では無い。しかしその後が続かない、かといって防御はできない>

「OK、ならやることは一つ」

<敵よりも強力な火力でもって>

「ブチ抜く!」

 

 

キンッ、と戟の刃を返すと、刃の先からナノマシンで構成された炎が渦巻き始める。

オレンジ色の輝きが増していけば行くほどに、その中にいる私の感じる熱も増して行く。

そう言えば、生徒会長が水を操作してたけど・・・はは、今度使い方とか聞いてみようかしらね。

 

 

正直、熱過ぎて息をするのも苦しかったりするんだけど、それでも冗談を考えるくらいの余裕は持たないと、ね。

戟の柄がやたらに高温で、見かけだけの装甲とエネルギー・シールドじゃ熱量を遮断しきれない。

肌がジリジリと焼けていく感覚に、ともすれば顰みそうな眉を押さえて笑う。

 

 

<朋友、身体が>

「だぃ・・・じょぶっ」

 

 

ぎゅううっ・・・と戟を握り締めると、掌に感じる熱が増す。

 

 

「私の身体は、アンタの好きにして良い。その代わり、アンタの力の全部を頂戴」

<・・・>

「さぁ・・・っ、行く、わよぉ、ぉ・・・っ!?」

 

 

残ったエネルギーの全部を攻撃力に回す、すると当然、私の身体への負担が増す。

どう言う理屈かは知らないけど、ナノマシンの操作は上手くいってる。

まるで、『甲龍(シェンロン)』が誰かにその扱いを習ったみたいに。

 

 

「く、ぅ・・・ぁ、ぁああああぁぁぁ・・・っ」

 

 

熱い、ヤバい、熱い、熱い!

肌が、喉が、眼が、手が、燃えてるみたいに・・・実際、燃えていて熱い。

奥歯を噛み締めながら痛みと苦しみに耐えて、センサー画面の中の照準(ロックオン)システムを起動させる。

その中心に映すのは、当然、銀色の髪のくー。

 

 

<朋友>

 

 

『甲龍(シェンロン)』の声が聞こえたと思ったら、ほんの少しだけ熱が引いたような気がした。

目の錯覚かもしれないけど、さっきの海辺の女の人が私の手に自分の手を添えた姿が一瞬だけ見えた気がした。

粋なこと、するじゃない。

 

 

「その機体ごと、冥府に墜ちなさいっ!!」

 

 

視界の中で、くーが黒い炎に包まれて突っ込んで来るのが見えた。

黒い炎が渦巻いて、まるで龍みたい。

冷や汗をかく顔を笑みの形に歪めて、私は戟の先を振り上げた。

そして。

 

 

「中華人民共和国、人民解放軍空軍所属、少校相当軍属・・・国家代表候補生、凰(ファン) 鈴音(リンイン)!」

<同じく、国家代表候補生専用機、『甲龍(シェンロン)・燭陰(ショクイン)』!>

<「推して参る!!」>

 

 

方天戟・『燭陰(ショクイン)』の能力をフルに活用した、敵をブチ抜いて屈服させるためだけの技巧。

赤龍(チーロン)の一息、『炎鱗(えんりん)燭竜閃(しょくりゅうせん)』。

これが、本物!

 

 

床を蹴って跳躍した次の瞬間、くーと正面からぶつかった。

黒い龍と赤い龍が、中間で衝突する。

刹那、凄まじい衝撃が周囲に破壊を撒き散らせた。

衝撃に床や壁が吹き飛び、単純に2乗分になった熱が溶かして消滅させていく。

 

 

「う・・・」

 

 

ビリビリと震える戟から弾かれそうになるのを、奥歯を噛み締めて必死に耐える。

『甲龍(シェンロン)』が頑張って耐えてるのに、私だけが負けるわけにはいかない。

赤く染まる視界の中で、計測不能になりかねない程に数値が激しく変動するセンサー画面を睨みつける。

 

 

「うおおおおおぉ・・・」

 

 

黒と赤の炎が混ざり合って、絡み合うように吹き荒れる。

揺れる炎の向こう側にいるくーを睨むつもりで、その光景を見つめ続ける。

もっと、もっと・・・もっと。

 

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉっっ!!」

 

 

もっと、燃えろおおおおぉぉっ!

瞳が燃えるみたいに熱くなった瞬間、戟の柄に罅が入って・・・砕けた。

その瞬間、赤と黒の炎の龍が爆発して消えた。

 

 

当然、私もくーも爆風に煽られて吹っ飛ぶことになる。

戟が砕けたのはほぼ同時、ただ力の向く方向が違ったのか・・・私が上に、くーが下に吹き飛ばされた。

普通、このままなら床や壁にそれぞれ衝突するんだろうけど。

 

 

<朋友!>

「・・・っ、くあああああああああぁぁっ!!」

 

 

『甲龍(シェンロン)』が衝撃砲とスラスターの残りの全部を使って、私の姿勢を制御してくれる。

私の意思を待たず、『甲龍(シェンロン)』が自分でそうしてくれる。

最終的に天井を足場に、私は一気に跳んだ。

私と違って衝撃を受け切れずに倒れて、それでもとんでもない反射で立ち上がったくーに向けて。

 

 

「こ、の・・・小娘えええええええぇぇっっ!!」

「あああああああああああああああぁぁっっ!!」

 

 

戟は無い、だけど・・・・・・「双天牙月」!!

連結した青竜刀を両手で持って、空中で縦に回転しながら。

叫びながら立ち上がったくーに、叩き込んだ。

 

 

青竜刀の刃を振り切って、床を砕いた直後。

閃光と爆発が、私を包み込んだ。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

空間全体を覆う閃光と爆発の後、視界を奪う白い煙が全てを覆い隠した。

一瞬の静寂の後、煙を振り払うように赤黒い装甲に覆われた腕が振るわれる。

中から出て来たのは、少女が1人。

 

 

ツインテールは解け、日本人のそれとは異なる艶やかさを持つ黒髪が風に揺れる。

俊敏な猫を思わせるツリ目からは、額から流れた赤い血が涙のように流れている。

その身を覆う赤黒い装甲はほとんどが砕けて、もはや鎧の体を成していない。

少女は身体をフルフルと震わせた後、ゆっくりと両手の拳を握りしめて腰のあたりまで上げた。

そして、咆哮・・・その小さな口から出ているとは思えないほどの、猛々しい勝利の咆哮を上げる。

 

 

「っ・・・しゃあああああああああっ!!」

 

 

―――――凰 鈴音、搭乗IS『甲龍(シェンロン)・燭陰(ショクイン)』。

ISコア瞬間最大稼働率、91.6%。




凰 鈴音:
いよっしゃー! 勝ってやったわよちくしょーっ。
それじゃ、先に進むとしますかねー・・・何か身体中が物凄く痛いけどね!

篠ノ之 楓:
わぁ、鈴さんセカンドシフトしてるー。

凰 鈴音:
あ、楓じゃない。
言っておくけど全部終わったら足ツボの刑に処すからね。

篠ノ之 楓:
え。
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