Side ラウラ・ボーデヴィッヒ
人には、生まれながらに持つ七つの罪があると言う。
色欲、怠惰、暴食、傲慢、憤怒、強欲、嫉妬。
それらは過ぎれば身を滅ぼす要素となるのだろうが、しかし同時に人間を構成する重要な要素でもある。
私には、それが無かった。
冷たい試験管を母体に産まれた私は、遺伝子強化素体(アドヴァンスド)。
人間では無い、戦うための兵器だったからだ。
だから私は、人間の持つ感情も原罪も持ち合わせてはいなかった。
『私が今日から貴様を教える、織斑千冬だ。私が貴様を世界で2番目に強い存在にしてやろう』
しかし、あの人と出会って私は「にんげん」になった。
色欲を覚え、怠惰を覚え、暴食を覚え、傲慢を覚え、憤怒を覚え、強欲を覚えて。
そして、その後の私を決定づける感情を与えてくれた。
『―――――私には、弟がいる』
怜悧な表情の中に温かな何かを浮かべて、あの人はそう言った。
その時、私は「嫉妬」と言う感情を覚えた。
それはとても醜い感情だったのかもしれないが、今にして思えば、あれが私は「人間」にした決定的な要素だったように思う。
あの人の弟、織斑一夏への嫉妬心が私を人間へと育てた。
ただの遺伝子強化素体(アドヴァンスド)だった頃に比べて、実の所、数値的には衰えたと思う。
しかし、それで良いと思える自分もいる。
感情を持たない私は、安定的な強さを持っていたように思う。
今の私の能力平均値は低いが・・・感情次第で変化することができるのだから。
変わることが、できるのだから。
「・・・結果、こうなっているわけだが」
崩れた床―――それを見上げている今となっては天井だが―――を仰向けに倒れたまま見上げながら、私はそんなことを呟いた。
敵の小娘(くーちゃん)とAICを使った大技をぶつけあった後、その衝撃で10メートル近い厚みのあった特殊鉱物製の床が砕けて抜けたのだ。
稼働率の回復を狙って時間稼ぎのつもりだったが、しかしいつまでも倒れているわけにもいかない。
追撃を喰らって主導権を渡すのも面倒だし、それにこの地下・・・かはわからないが、空間には出口も何も無いようだ。
となれば上の小娘(くーちゃん)を打ち倒し、教官の所まで進まねばなるまい。
・・・・・・ああ、一夏の心配も一応はしている。
他の連中については、篠ノ之姉妹を除いて実力を信用しているので心配はしない。
「・・・さて」
行こうか、『シュヴァルツェア・レーゲン』。
私が呼びかけると、機体の各部からエネルギーの光が漏れ出して輝きを放つ。
戦闘準備は万全、そう告げる機体に知らず笑みを浮かべる。
Side くーちゃん
・・・ようやく、上がって来ましたか。
まさか床がAIC同士の衝突に耐えきれず、崩れるとは思いませんでした。
とは言えこの下は構造的に密閉された空間ですから、待っていれば出てくるとは思いましたが。
「ようやく上がって来ましたか、そのままドブネズミのように穴に隠れているかと思いましたのに」
「詩的表現に欠ける品の無い言動だな、主の程度が知れると言う物だ」
「・・・貴様」
遺伝子強化体(アドヴァンスド)の言葉に、私は胸の奥がザワめくのを感じました。
目の前の遺伝子強化体(アドヴァンスド)は、銀髪と言う点では私と同じですが・・・まぁ、生体の製造過程で重複している部分があったのでしょう。
しかし、相入れることはありません。
左肩のレールカノンを起動させ、放ちます。
当然、遺伝子強化体(アドヴァンスド)はAICによってそれを防ぎます。
一対一の状態では、AICは極めて有効な兵器です。
故に正面からの攻撃は、基本的には通用しません。
そして私もまた、遺伝子強化体(アドヴァンスド)の砲撃を自身のAICで止めます。
「この調子では、埒が明かないな・・・」
ぼそり、と呟いたのは遺伝子強化体(アドヴァンスド)。
実際、お互いにAICを展開し合っている今、致命打を与えにくい状態ではあります。
・・・本来なら、ね。
私は一旦身を低くすると、個別連続瞬時加速(リボルバー・イグニッション・ブースト)に入ります。
各部のスラスターを噴かしながら段階的に加速し、遺伝子強化体(アドヴァンスド)の背後に回り込みます。
当然、遺伝子強化体(アドヴァンスド)は私の動きを呼んで腕を後ろに向け、私をAICの停止結界の中に取り込もうとします。
「何・・・?」
「ふ・・・」
驚く遺伝子強化体(アドヴァンスド)に、私は唇を歪めて笑みを浮かべます。
遺伝子強化体(アドヴァンスド)の驚きは無理もありません、何しろ・・・。
自分のAICを、私のAICによって中和されたのですから。
AICはPICに干渉する兵器です、ならばそのAICそのものにAICで干渉すれば良い。
わかりやすく言えば、AIC同士が反発し合って中和され、最終的に無効化されているわけです。
もちろん、より高い集中力が必要になりますが・・・。
「ぐっ・・・!?」
「・・・せぇやっ!!」
AICの結界を中和し、遺伝子強化体(アドヴァンスド)の首を掴んで床へと叩き付けます。
それから背中を打った遺伝子強化体(アドヴァンスド)の胸を、右足で踏み抜きます。
遺伝子強化体(アドヴァンスド)は両腕を交差してそれを防ぎますが、それでも衝撃は殺しきれずに装甲が軋む音と共に床に小さなクレーターができました。
このまま、踏み潰して差し上げます。
床が崩れようと繰り返し、ドブネズミのように殺してやる。
束さまを侮辱する者は、何人たりとも許さない。
Side 織斑 千冬
さて、どうやら作戦の第1段階はどうにかしたようだが・・・後が続くかどうかは別問題だからな。
とは言え外にはイーリスやジーナ達がいる、みすみす数に押されてやられるようなことはあるまいよ。
まぁ、それも時間の問題なのだろうが。
「わかんないなぁ」
「ふん?」
ひゅるんっ、と空中で回転し、弾き飛ばされた勢いを殺して着地する。
金属質な床と『暮桜(くれざくら)』の脚部の装甲が打ち合い、甲高い音が広い空間に反響する。
特に急ぐことなく体勢を整えて、ゆったりとした動作で立つ。
私の視線の先には、玉座でも気取っているのか、十数段続く階段の上の鉄製の椅子を前に立つ束がいる。
青と白のふざけたワンピース姿で、頭にはウサミミを気取ったヘッドギアが揺れている。
だが他の奴には見えなくとも、私には視えている。
ザザ・・・と、画像が崩れるように束の周囲の空間が「歪む」。
それは光学迷彩で巧妙に隠されてはいるが、束の身体をISの装甲が覆っていることを意味している。
「お前にわからないことがあるなんて、珍しいこともあるものだな」
「まぁ、束さんは天才だから、大体のことはわかるんだけどね」
にへら、と笑いながら首を傾げる姿に、何故か殺意を覚えた。
・・・ああ、私がこいつに殺意を覚えるのはいつものことか。
「たぶんだけど、ちーちゃんってひょっとして世界を守ろうとかしてる?」
「よくわかったな、花マルをやろう」
「わーい」
嬉しそうに両手を上げる束、その姿は子供のようだった。
まぁ、20代の半ばを過ぎた女がやるにしては幼稚な仕草だが。
「束、昔から言っているだろう・・・他人に迷惑をかけるな」
「ふみ? ちーちゃんにだけは言われたくないって思うのは何でだろう?」
「お前にそんなことを言われるとはな、死にたくなってきた」
割と本気で。
「んー、わかんないなぁ。世界なんてどーでもいーじゃん、どうせほっといたって殺しと盗みと差別しかできないお馬鹿さんばっかりじゃん」
「どこのゲームのラスボスに影響を受けたんだ? 今時ジュブナイル小説くらいでしか聞かんぞ、そんなフレーズ」
「んー・・・でもさ、実際」
お父さんたち、殺されちゃったじゃん。
その後に続けられた束の言葉に、私は一瞬だけ口を閉ざす。
束の言ったことは、事実ではあるからだ。
「それにちーちゃんだって、碌な生まれ方してないしさ。他にも何だっけ・・・遺伝子強化体(アドヴァンスド)だっけ? ちーちゃんを『再現』しようなんて人体実験、束さん100個以上は潰したよ?」
それもまた事実、<女王>を失った委員会が<女王>のことを知ろうとすれば私を知るしかないからな。
私と言うサンプルを経て、幾重にも枝分かれしていった実験計画。
その内の一つは、束が今言ったドイツの遺伝子強化体(アドヴァンスド)の実験。
有り体に言えば、ラウラだな。
「こんな世界、ちーちゃんが守る価値があるとは束さん思えないんだけどなぁ」
「まぁ、そう言うな」
「言うよー、束さん的には我慢できないもん」
「お前はいい加減、我慢を覚えろ」
「してるよ、たくさん」
そう言えば、ラウラもここに来ているはずだったか。
マドカが一夏以外に連れてくるとすれば、篠ノ之姉やら一夏のガールフレンド衆だろうからな。
まぁ、他の奴については自信が無いが。
ラウラが来ているのならば、ここまでは辿り着くだろう。
それくらいは信頼している、私の教え子でもあるし・・・何よりも。
アイツはもう遺伝子強化体(アドヴァンスド)じゃなく、ラウラ・ボーデヴィッヒと言う完成された個体なのだから。
Side ラウラ・ボーデヴィッヒ
ゴリッ・・・そんな鈍い音を立てるのは私の両腕だ。
腕を交差させた状態で背中を床に預け、小娘(くーちゃん)の蹴りに耐えている。
まさか、AICを相殺されるとはな・・・つまり、奴の方がAICの操作が上手ということか。
当然、AICの相互作用による中和については私も知ってはいた。
ドイツではAIC保有機体同士での模擬戦もあった、ただ私はドイツで最もAICの適合率が高かった。
それ故に、自分のAICが無効化されると言う状況はなかなか無かった。
仮にあったとしても、AIC以外の武装で十分に対応できるレベルだった。
例外は、教官ぐらいなものだった。
「潰れなさい・・・!」
金属が軋む音が響き、交差した腕の中心に重い衝撃が走る。
その衝撃は私の身体を抜けて背中を押しつけている床を穿ち、罅割れを起こしながら私の身体を徐々に沈めて行く。
センサー類からは異常な圧力に対する警告音が響き渡り、私は顔を顰める。
このまま床を抜いて逃れるのも策だが、それまで機体が持たない可能性がある。
「どうしましたか、遺伝子強化体(アドヴァンスド)。へらず口はお終いですか?」
ギリリッ、と踏み込んだ足をグリグリと捻りながら、小娘(くーちゃん)が愉悦を込めた口調で笑う。
挑発の結果、攻撃が単調になったのは良いが・・・。
どうも、不味いな。
「・・・っ」
小娘(くーちゃん)が息を飲む声が聞こえる、それもそうだろう。
私は交差した両腕を押し上げる形で、小娘(くーちゃん)の脚部を押し返していたのだから。
金属同士が擦れる独特な音を立てながら、徐々にだが私と『シュバルツェア・レーゲン』が小娘(くーちゃん)を押しのけて行く。
「おおおぉぉ・・・!」
「ぐ・・・この」
小娘(くーちゃん)の顔が苦悶に歪み、逆に脚部の力を増して私を踏み潰そうとしてくる。
両腕の機関を全開にして、それに耐えつつ逆に押し上げる力を強める。
すると、徐々にだが私の身体が上半身を起こせるまでになり・・・。
ドスッ、と鈍い音が身体の中で響いた。
何・・・だと。
視線を下げれば、左の脇腹をワイヤーブレードの刃先が抉っていた。
軽い音を立てて噴き出す赤い血を、呆然とした心地で見つめる。
その武装は知っている、だが、馬鹿な。
エネルギーシールドを抜いてダメージを与えるような武装では、無かったはずだ。
「・・・これだから、失敗作の遺伝子強化体(アドヴァンスド)は」
耳に届くのは、愉悦に歪んだ小娘(くーちゃん)の声。
その時には私は自分の身体を支えきれず、再び相手の足によって踏み潰されえる。
背中と後頭部をしたたかに打ちつけながら、私は状況の把握を急いでいた。
何故、ワイヤーブレードにシールド貫通の効果が・・・しかしそれは、すぐに氷解する疑問だった。
私の脇腹を抉ったブレードの刃の先が、黒い輝きを放つビーム状の刃を展開していたからだ。
・・・展開。
「展開、装甲か・・・!」
「見た目だけで判断するから、そうなるのですよ。私の機体が貴女の機体の猿真似に過ぎないと言う先入観が、貴女を殺すのです」
なるほど、確かに先入観だったかもしれんな。
同じ機体だと思っていたが、相手は別の機体の情報も活用することができるのだから。
「・・・潰れろ、遺伝子強化体(アドヴァンスド)!」
脇腹を抉ったブレードを足で踏みつけた瞬間、そこから強力なエネルギーが発せられた。
それは電流のようなスパークを放ち、私の意識を焼き切りにかかる。
程無くして、「私」の意識は途絶えた。
Side くーちゃん
・・・可愛げの無いことですね、悲鳴の一つも上げないなんて。
まぁ、私も造り物の人形をいたぶって悦ぶ趣味は持ち合わせていないので、構いませんが。
束さまを侮辱したことを悔いて恥じさせる時間くらいは、欲しかった物です。
ワイヤーブレードを通したエネルギーの放出を止めると、遺伝子強化体(アドヴァンスド)の身体から白い煙が上がっているのがわかります。
ふふ、脳でも焼き切れたのかもしれませんね・・・無様な最期です。
まぁ、所詮は欧州の一国程度の技術力、大したことはありません。
「さて・・・では束さまの下へ向かい」
ましょう、と告げかけた私の言葉が止まります。
脚部に違和感、何事かと視線を下げれば・・・。
遺伝子強化体(アドヴァンスド)の手が、私の機体の脚部を掴んでいるのが見えました。
「な・・・」
馬鹿な、脳を焼き切ったはずなのに。
そう考えた次の刹那、あり得ないことが起こりました。
何が起こったかと言うと、遺伝子強化体(アドヴァンスド)が私の機体の脚部を砕いたのです。
それも、握力で単純に握り潰した。
あり得ない、こんなパワーが残っているとはとても。
「なっ・・・く、貴様!」
辛うじて足首を潰される前に離れ、大きく後退して体勢を整えます。
整えた直後、私の顔に黒い装甲に覆われた拳が叩き込まれました。
エネルギー・シールドで直撃こそ避けた物の、衝撃は殺せずに吹き飛ばされます。
ガクン、と機体が・・・身体が揺れる。
何事かと思えば、機体の各所にオレンジ色のワイヤーに繋がれたブレードが巻き付けられていました。
いつの間に、と思う間もなく引き寄せられ、漆黒のISの拳に身体を折られる。
かふ・・・っ、肺から息が漏れるのを感じながら蹴り上げられ、打ち上げられます。
「な・・・!?」
何が起こっているのですか、今!?
そう考えた刹那、私の目前に長い銀髪の少女の顔がありました。
床に背を向けて浮いている状態の私に、覆いかぶさるように回り込んだのは遺伝子強化体(アドヴァンスド)。
空中で間近で向かい合うと言う、特異な状況に息を飲みます。
遺伝子強化体(アドヴァンスド)の左眼(ヴォーダン・オージェ)が、爛々と輝いていました。
瞳が金色に輝きを放ち、死んだように虚ろな右眼とのギャップに強い違和感を感じます。
コイツ、意識が無いのか・・・本人の意識はオちているのに、身体だけが反応しているのか。
反射だけで、ここまでの・・・!
「がはっ!?」
腹部を何かに撃ち抜かれて、私はそのまま床に背中から墜落しました。
何に撃ち抜かれたのかわからない、レールカノンでは無いはずですが。
そこまで考えた所で、私は自分が動けなくなっていることに気付きました。
指一本、まるで金縛りにでもあったかのように・・・まさか。
「馬鹿、な・・・!?」
AICの停止結界に、取り込まれた!?
あり得ない、私のAICで完全に中和していたはずです。
なの、に・・・!?
混乱した矢先、胸を踏まれて息を詰めます。
先程とは逆、しかも私は防御態勢を取れていません。
AICで捕縛されている以上、後は嬲り殺されるしかありません。
そして眼前に、レールカノンの砲口が置かれた時・・・私は確かに恐怖しました。
「や、やめ―――――」
砲口の中が輝き、エネルギーが充填されていくのが嫌でもわかります。
それに息を飲み、私は閉ざしたままの目をさらにキツく閉じます。
シールドにありもしない期待をかけながら・・・。
・・・。
・・・・・・。
・・・・・・・・・?
しかしどれほど経っても、砲撃はありませんでした。
不思議に思い、意識を再び遺伝子強化体(アドヴァンスド)へと向けます。
するとそこには、自分の顔を押さえたまま戸惑っている遺伝子強化体(アドヴァンスド)の姿がありました・・・。
Side ラウラ・ボーデヴィッヒ
・・・どうやら、夢を見ていたようだな。
顔に手を当てて頭(かぶり)を振りながら、私は小娘(くーちゃん)を踏みつけていた足をどけ、そのまま後退した。
「・・・どういう、つもりですか?」
「いや、何・・・私としても不本意だったのでな」
「不本意・・・?」
首を傾げながら立ち上がる小娘(くーちゃん)の様相は、先程までとは打って変わった物だった。
先程まで、つまり私の意識がトぶ数十秒前までは、ほとんどダメージらしいダメージは負っていなかったはずだった。
それが今や、至る所の装甲に罅が入り、何より操縦者本人の精神的ショックが大きいようだった。
正直に言って、不本意ではある。
たかが数十秒でここまで状況を好転させたのは、「ラウラ・ボーデヴィッヒ」と言う個人では無く、「遺伝子強化体(アドヴァンスド)」としての生存本能に過ぎないのだから。
修羅の、夢だ。
「ここからは、もう一度私が相手をしよう。修羅の夢を見たまま倒してしまったのでは、寝覚めが悪いからな」
「・・・ふふ、あははは・・・理解はできませんが、自ら勝機を捨てると言うのであればそれも良いでしょう」
「・・・」
勝利などいらない、とは言わない。
しかし、「ラウラ・ボーデヴィッヒ」として敗れるのであれば・・・「遺伝子強化体(アドヴァンスド)」として勝利するよりは、救われる気がした。
くだらない意地だ、兵士としては失格かもしれないな。
小娘(くーちゃん)の周囲で6本のワイヤーブレードが蠢き、その刃先には黒く輝くビーム状の刃が煌めいている。
展開装甲、シールドエネルギーを無視する力。
直撃すれば、今の機体の状況から考えてひとたまりもあるまい。
正直、今の私の持つ武装では対応するのは極めて難しいな。
「『シュヴァルツェア・レーゲン』」
<了解(ヤー)>
右拳を握り、そこにAICの全てのエネルギーを振り向ける。
徐々に渦を巻くように白みがかったエネルギーの渦が右腕を覆い始め、硬化を始める。
一夏や鈴のように二次移行(セカンド・シフト)をするわけでも、箒のように戦闘経験値による新武装を得るわけでも、シャルロットのように楓にシステムを乗せてもらうわけでも無い。
今ある装備、能力でもって対応する。
それが基本だ、都合良く何かの変化が起こるわけでは無い。
左眼の『
機体の稼働率が低い状態でも、最善を尽くすとしよう。
「・・・常に、最強の自分を想え」
武装でも、システムでも無く・・・ただ、己と機体の状態を限りなく最強の状態へと持って行く。
それが出来れば、結果は自然とついてくる。
そして私が思い描く「最強」とは、常にあの人のことだ。
世界最強、織斑千冬。
私と言う
いつか隣に立ちたいと願う、あの人のように。
私は、最強の自分になる。
Side くーちゃん
衝突は、一瞬です。
AICの威力は互角か私の方が上、ならば後は単純に機体の出力と武装の威力で勝敗が決定します。
6本のワイヤーブレードを束ねて1つの槍とし、遺伝子強化体(アドヴァンスド)の繰りだした拳へとぶつけます。
すると案の定、稼働率の差か・・・遺伝子強化体(アドヴァンスド)の機体の腕の装甲が弾け飛びました。
元々のダメージが深かったのです、出力の上がりきらないまま最善を尽くした所でタカが知れています。
あのまま私を倒していれば勝利の可能性もあったでしょうに、愚かですね。
「・・・っ」
私のワイヤーブレードの槍を突破できず、苦悶に歪む遺伝子強化体(アドヴァンスド)の顔を見ていると愉快な気分になります。
まったく、手こずらされましたが・・・
私は、束さまを・・・篠ノ之の姉妹を守るために生まれたのだから。
「・・・?」
衝突し、火花を散らしながら互いを削り合う槍と拳。
しかし遺伝子強化体(アドヴァンスド)はその拳を開き始めています、何をするつもりなのでしょうか。
そして拳を開き切り、今度は逆に掌で包むような仕草をします。
すると軋むような音を立てて、ワイヤーブレードの一本が変形を初めて・・・AIC!?
AICの分割個別展開、並の集中力では成せないはずですが・・・流石は遺伝子強化体(アドヴァンスド)と言った所でしょうか。
「しかし無駄なあがきです、コアの稼働率の上がらないAICなど恐るるに足ら・・・」
言葉を終える前に、ブレードが一本、完全に砕けました。
握り締めた拳を再び開き、また閉じ始める遺伝子強化体(アドヴァンスド)。
すると二本目のワイヤーブレードがひしゃげるような音を立て始め、槍の威力が落ち始めます。
・・・馬鹿な!?
もちろん、遺伝子強化体(アドヴァンスド)の機体にもダメージはあります。
スラスター、装甲、武装・・・ハードの部分の損傷率は確実に相手の方が上。
しかしAICにおいて、私が徐々に押され始めています。
集中力に差があるのでしょうか、しかしそれでもコア稼働率10%ごときに・・・。
「この、ナノマシンは・・・?」
衝突を続けること30秒、私の視界・・・つまりISの視界に、これまでの物とは別種のナノマシンが流れて来ていることに気付きました。
それはこれまでのナノマシン・フィールドを構成していた物とは酷似していましたが、しかし効果はまるで逆のようです。
ぐしゃり、二本目のワイヤーブレードも砕かれました。
「ま、まさか・・・」
ナノマシン・フィールドが破られた? そんなバカな。
別の「私」からの情報伝達が鈍い、これもナノマシンの影響・・・?
そうこうする内に、三本目のワイヤーブレードが失われ・・・槍の出力が半減します。
馬鹿な・・・!
「貴様・・・!」
「・・・どうやら、私の仲間が何かしたらしいな」
増している・・・遺伝子強化体(アドヴァンスド)の機体から感じる圧力(プレッシャー)が増しています。
機体の稼働率も、AICの出力も、徐々にですが上昇しているのが『海宮(かいぐう)』のセンサーから判断できます。
「悪いな」
ぐぐ・・・っ、とエネルギーのぶつかり合いに震える拳を開きながら、遺伝子強化体(アドヴァンスド)が無表情に告げます。
馬鹿な、馬鹿な馬鹿な馬鹿な、機体特性と出来そこないの『
「これでも私は、1年最強と呼ばれているのでな」
震えながら広げられた『シュヴァルツェア・レーゲン』の右掌、それを見つめることしかできません。
そしてそれが、グンッと無情にも握り締められた時・・・残る3本のワイヤーブレードが、一斉に砕け散りました。
◆ ◆ ◆
2つのAICが最大出力で衝突した後、弾き飛ばされたのはAIC同士の対決に敗れた片方のみ。
残った片方は自らの長い銀髪を潰れた右手で払い、どこかへと消え失せてしまった左眼の眼帯を探すことを諦めて嘆息する。
自分の肩を抱くような仕草で自らの機体の装甲を労わるように撫で、折れて使い物にならなくなったレールカノンは外してその場に捨てる。
それから自分が反対側の壁の向こうに吹き飛ばした対戦相手の方に一瞥だけくれて、少女は勝利の歩を勧める。
赤い血が一筋流れる唇を、血よりも赤い小さな舌先で舐めて。
「・・・さて、任務を続行するとしようか」
―――――ラウラ・ボーデヴィッヒ、搭乗IS『シュヴァルツェア・レーゲン』。
ISコア瞬間最大稼働率、93.4%。
ラウラ・ボーデヴィッヒ:
ふん・・・私もまだまだだな、途中で意識がトぶとは。
教官にはとても言えん。
篠ノ之 楓:
でも「あっち」のラウラさん、気のせいか物凄く強そうだったよ?
ラウラ・ボーデヴィッヒ:
まぁ、他をかなぐり捨てて戦闘に特化したのが「アレ」だからな。
ただ私は、今では別の「私」として生きている。
あんな物に頼るつもりは、もう無い。
篠ノ之 楓:
「わたし」・・・か・・・。