Side 篠ノ之 箒
「お姉ちゃん、嫌い」
楓が囁くように、それでいてはっきりと示した拒絶の言葉。
それが及ぼす効果の結果を予測できた者が、いったいどれだけいただろうか?
最初は静寂、それもシン・・・とした静寂だ、不気味な程に。
何の反応も示さないあの人を不思議に思って、楓を抱いたまま顔を上げてあの人を見た。
見た瞬間、私は目を見開いた。
いや、むしろ固まってしまったと言って良い。
何故なら・・・今、私の目の前で起きていることは、それ程に衝撃的だったからだ。
「・・・えっ・・・うぐっ・・・ひっ・・・」
―――――泣いていた。
そう、泣いているんだ、あの人が。
20代後半と言う良い年齢の女性が、人目も憚らずにボロボロと大粒の涙を両目から流して泣いていた。
しとしとと淑やかに涙を流すのではなく、グシグシと子供のように瞼を擦りながら。
「な・・・なんでぇ・・・」
正直に言おう、私は明らかに引いている。
いや、むしろ引いていない人間はいないと思う。
先程まで、私達を圧倒的なまでに蹂躙していた稀代の天才が。
みっともなく、マジ泣きしていたのだから。
「い、嫌だよぉ・・・そんな、嫌いだなんて・・・嫌いだなんて、何でぇ・・・」
あの人のISのヘッドギアの黒い宝石が、やけに激しく白く明滅しているような気がする。
何度も「なんで」と呟きながら、目を擦りながら大粒の涙を溢している。
頬を伝って流れるそれを見ていると、そう言えばこの人が本気で泣くのを見るのは初めてだと気付いた。
初めて。
それはつまり。
「なんで、なんで、なんで、なんでなんでなんでなんでなんでなんで・・・」
つまり、誰にも・・・この後、どうなるかがわからないと言うことだ。
そのことに、今さらながらに気付いた。
自然、楓を抱く腕に力を込める。
「なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで――――――――――――なんでえぇっっっっ!!!!」
ビリビリと・・・空気が震えるような、声だった。
思わず、唇を固く引き結んでしまう程の圧力が身体中にかかった気がした。
子供のように両拳を握りしめ、肩をいからせて、俯きながら叫んだ実の姉に対して。
何とも言えない・・・そう、恐怖を感じていたからだ。
それは、原因を作った楓ですら混乱してしまう程の感情の昂りだった。
「ね・・・姉さん」
「あ、あの・・・たば、束お姉ちゃん、あのね・・・」
私が思わず「姉さん」と言ってしまい、楓が何かを言おうとしたまさにその時。
俯きながら涙を流すあの人の背後に、影が出現した。
それは、『ヴィクトリア』。
「仲間(アイシャ)の仇・・・!」
ソフィー代表が、ハンマーを振りかぶっての宣言だった。
それに対して、姉さんは反応しない。
いや、した、と言うより・・・。
「ううぅぅううううるぅううううぅさあああああああああああああああぁぁぁいっっ!!」
叫んで、文字通り爆発した。
全身からエネルギーを放出して、これでもかと言う程の。
周りの全てを、吹き飛ばした。
Side 織斑 一夏
・・・なんで、ねぇ。
束さんの起こした爆発に飲み込まれながら、俺はそれでも何故か冷静に腕を組んでうーんと考え込んでいた。
我ながら冷静だなと思うけど、これも一種の慣れだと思う。
「いったい何で、何でこんな面倒なことになったんだか」
「遊びが喧嘩に変わっただけさ、何も変わらんよ」
耐え切れずに吹っ飛ばされた俺の首根っこを掴んで止めて、千冬姉が疲れたように呟いた。
「何を吹き飛ばされている、しっかりしないか」
「あ、ああ、ごめん」
「いや・・・まぁ、仕方無いのかもしれないが・・・」
はぁ、と深い溜息を吐く千冬姉。
千冬姉はこの中で一番束さんと付き合いが長いから、ある意味で一番慣れてるはずなんだけど。
そして口調の割に、千冬姉の表情は険しかった。
苦虫を噛み潰した、と言った方が正しいだろうか。
「・・・10年ぶり、だな」
「何が?」
「いや、実は束がああなるのは二度目でな。一度目は10年前の『白騎士事件』の時なんだ、あの時は鎮めるのに手間がかかった・・・」
「・・・ちなみに、何で?」
「ISを着けるのを本気で拒絶した。そうしたらアレだ、機業が用意したミサイルを全て乗っ取った上に全世界規模でサイバーテロだ。知っているか? 実はミサイルや艦船の被害よりも、その裏で行われていた束のサイバーテロの方が被害が大きかったんだぞ」
ごめん、そこは知りたくなかった。
爆発の余波も過ぎ去って周囲を確認すると、箒や鈴達は無事だった。
俺を庇って撃墜されたアイシャさんはどうなったかわからないけど、他の人達は無事みたいだった。
まぁ、エネルギーが無差別に放出されただけだったから、ISが守ってくれたんだろうけど。
そして一方で束さんはどうなっているかと言うと・・・いろいろとヤバそうだった。
『黄泉津大神(イザナミ)』・・・だっけ、最初と形状が違う気がするけど。
その束さんのISの周りには、グロテスクな外観の黒いビットみたいなのがグルグル回ってる。
あれが、さっきまで見えなかった束さんのビットか?
だけどそれ以上に、俺が「ヤバい」と思った理由は。
「うるさい、うるさいうるさいうるさいうるさいうるさい! うるさいんだよぉっ!」
子供みたいに喚きながら、身体中を震わせながら、涙を浮かべながら叫ぶ束さんの姿だった。
何と言うか、目がイってる感じで・・・。
本能的に、ヤバいと感じた。
Side 凰 鈴音
な、何なのよ、もう・・・っ。
話の展開について行けない、説明を要求するわ。
ただでさえこっちは、少しずつ戦力が擦り減ってるって言うのに。
<朋友、エネルギーが>
「わかってる、本国艦隊の位置まで戻れれば補給を受けれるんだけど・・・」
『甲龍(シェンロン)』の警告に、舌打ちしながら当たりを見渡す。
篠ノ之博士の攻撃で国連軍は滅茶苦茶、ウチの艦隊とも連絡が取れない。
まぁ、そもそも戻れる程に余裕が無いんだけどね。
そう考えてから、私が母艦に戻れない要因を見つめる。
私達に取り囲まれるようにして佇んでる篠ノ之博士は、何だかヤバそうな雰囲気で・・・。
その篠ノ之博士が、不意に私の方を見た。
反射的に、息を飲んだ。
「そっか・・・まだ、足りないんだよね? 面白くないんだ・・・そうだよね、だって、そうないあと楓ちゃんが束さんを嫌いになるはずなんて無いんだもん。だってそんなのおかしいもん、おかしい・・・おかしいおかしいおかしい・・・・・・だから、お前達の・・・そうだよ」
怖い。
だから反射的に、ナノマシンで再構成した『燭陰(ショクイン)』の戟を構えた。
その次の瞬間には、漆黒のISを纏った篠ノ之博士が私の前に移動していた。
涙に濡れた顔で、無数の黒いビットを従えながら。
「お前達のせいだあああああああああああああああああああああっっ!!」
何が、とは聞かない。
意味がわからないし、わかろうとする余裕も無かった。
ただ怖かった、だから反射的に『燭陰(ショクイン)』を突き出した。
赤龍(チーロン)の一息、『
一瞬の躊躇も無く私が選択したのは、『甲龍(シェンロン)』最強の奥義。
全身をナノマシンの炎で覆って、篠ノ之博士を攻撃した。
任務だとかそう言うんじゃない、ただ自分の身を守るために。
そして。
「あ・・・」
戟も、炎も、何もかもが一瞬で消えた。
それどころか、『甲龍(シェンロン)』の全部のシステムがダウンした。
理由がわからず混乱する間も無く、全身の至る所に灼熱感を感じた。
腕、足、肩―――――グロテスクな形のビットの刃が、私の身体を貫いていた。
「あああああああああああぁあぁぁあぁああああああああああぁっっ!?」
何かが這入(はい)って来る―――――そんな感覚に、悲鳴を上げた。
自分の中の何かを強引に書き換えられるような感覚、刺された所から何か、血管の中に触手でも詰め込まれるかのような感覚に、目の前が白く染まって行く。
私が私で無くなる感覚に、本気で恐怖する。
嫌だ、嫌だいやだいやだいや、い・・・っ!?
<朋友―――――>
あ・・・?
墜ちる、そう感じた時・・・くーと戦った時に見た黒髪の女の人の幻が見えた。
すると、私の身体にかかってた負荷が消えて・・・代わりに、胸の奥にぽっかりと穴が開いたような気がした。
最後に、手を伸ばす。
だけど、届かない・・・私はもう、飛ぶことが出来なかったから。
『甲龍(シェンロン)』――――――・・・・・・ッ!
Side 更識 簪
「「鈴(さん)ッ!!」」
凰さんが、撃墜された。
そのことに一番最初に反応したのは、意外なのかそうでも無いのか、オルコットさんとシャルロットさんだった。
オルコットさんは自分は鈴さんを助けに行って、代わりにビットを自分の傍に束ねてBTレーザーを放った。
いくつもの青いレーザーが絡まって束になり、最終的には太いレーザーになる。
一方でシャルロットさんはサブマシンガン「フリッグ」でビットの反対側から攻撃、2方向から篠ノ之博士を攻撃する。
しかも実弾とBTレーザー、種類の違う攻撃を同時に捌くのは極めて難しい。
「うっ・・・とぉしいぃんだよぉっ!!」
篠ノ之博士が両手を外側に向けて振りまわすような仕草をする、すると黒いビーム刃を展開していたビットがシールド・ビットに変わって博士をレーザーと実弾から守った。
さらに博士の周囲に別種の白い光が生まれたかと思うと、複雑な機動を描きながらシャルロットさんとオルコットさんに向けて放たれた。
「『天之尾羽張(アメノオハバリ)』・・・!」
宣告と同時に、爆発と閃光が走る。
オルコットさんに5条、シャルロットさんに3条向かった白い槍が彼女達に衝突した瞬間、爆発した。
何の武装はわからない、だけど極めて強力な武装。
「クラリッサ!」
「了解(ヤー)!」
ボーデヴィッヒさんと部下の人が、爆発の中から墜ちたオルコットさんとシャルロットさん、凰さんの3人をAICで包み込んで抱えた。
盾と言うよりネットの要領で、3人の人間を抱える。
「大丈夫か!?」
「た、助かりましたわ・・・っ!」
「ら・・・ラウラ、危ない!」
「な―――――っ!?」
「ラウラ隊長!!」
AICの制御で動きを止めたボーデヴィッヒさんの目の前に、篠ノ之博士が飛び込んできた。
再びあの黒い炎みたいなビットを周囲に展開して、ボーデヴィッヒさんに手を突き出す。
凰さんとオルコットさんを抱えてるボーデヴィッヒさんには、回避できない。
そこへ身体を割り込ませたのは豪州の『ヴィクトリア』・・・ソフィー代表だった。
鈴さんと違って悲鳴こそ上げないけど、物凄い衝撃に襲われたんだと思う。
掴んだソフィー代表の身体を振り回すような要領で、篠ノ之博士が投げ飛ばす。
その手には、何か・・・コードのついた青い塊が握られてた。
撃墜されたソフィー代表は、アイシャ代表を回収した『
「・・・アレは・・・コアよ・・・」
「お姉ちゃん!? ダメだよ喋ったら・・・」
腕の中のお姉ちゃんが、震える声で呟くのが聞こえた。
でも、コアって・・・でもそんなの、何の機材も無しに取り出せるような物じゃ・・・。
相手が篠ノ之博士なら、あり得る。
そして目の前の篠ノ之博士は、さっきまでの遊びの雰囲気はまるでなかった。
怖い、どうしようも無く覚える自分がいる。
瞬く間に複数の代表と候補生を倒した篠ノ之博士の力が、怖い。
でも前と違って、覚え以外の感情も私の中にある。
だってそれは、まるで子供が駄々をこねているみたいに見えたから。
「束」
そして状況は、さらに動きを見せた。
暴走する篠ノ之博士の前に、紅桜色の輝きが舞い降りたから・・・。
Side 織斑 千冬
飛び出しかけた一夏を止めた後、凰達を保護しているラウラ達には下がるように促す。
さて、武装も何も無いこの『暮桜(くれざくら)』でどこまでやれるかな。
まぁ、説得でも試みてみるか。
「束、いい加減にしろ」
「うるさいなぁ・・・なんで邪魔するの?」
うむ、無理だな。
まぁ、元より期待などしていないが。
と言うよりも、束はかなり錯乱しているようだった。
「まぁ、落ち着け。そして篠ノ之姉妹の話を聞いてやれ、そう言う所があの2人も・・・」
「自分だっていっくんの話なんてまともに聞かない癖に、偉そうにしないでよっ!!」
一夏、今頷いたことについて後で話を聞くからな。
「あああああぁぁぁあもおおおぉぉ・・・っ、なんで、なんでいつもいつもいつもっ、ちーちゃんは束さんのこと邪魔するの!? 束さんのこと嫌いなの!?」
「ああ、だがな」
「・・・っ、ちーちゃんの・・・ばかああああああああああああっっ!!」
人の話は最後まで聞け。
だが束相手ではそうもいかない、実際に束はソード・ビット状態の『黄泉醜女(よもつしこめ)』を無数に放ってきた。
冥府におけるイザナミの下僕の名を冠した武装が、私に襲いかかる。
この武装には、ISを蝕むウイルスが込められている。
『真経津鏡(まふつのかがみ)』、ナノマシン散布。
グロテスクな形のビットが貫くのは私の残像、私自身は無傷のまま直進する。
束の懐に潜り込む―――束自身には、近接戦闘の心得は無い―――と、迷わず右拳を束の左胸に突き刺す。
シールドとスーツ越しに、束の柔らかな身体に拳がめり込む感触を感じた。
「・・・っ!」
確かに拳の先に感じた感触が、不意に消える。
だが私の身体と遺伝子に刻まれている感覚が、視界を右へと映してくれる。
右側に、束が私の拳を受けた際と変わらない体勢で存在していた。
横並びのこの立ち位置、束自身は反応しきれていないようだ。
私が攻撃を外した? 違う、確実に当たっていた・・・ならば回避されたと考えるべきだ。
しかしどのタイミングで? そうだな、攻撃が当たった直後と考えるのが妥当だろう。
時間が無い、2秒で結論を出せ―――――今、何が起こったのかを。
・・・背後から迫る『黄泉醜女(よもつしこめ)』から逃れて、空中で回転しながら一旦離れる。
「・・・なるほど」
頭の中で結論付けて、私は着地(空中で着地と言うのもおかしいが)と同時に嘆息した。
それは自分の中で出した結論に対する嘆息で、私自身も馬鹿らしく思えるような考えだ。
だが目の前にいるのは、「想像できることなら作ることは可能」を地で行く女、篠ノ之束だ。
だから私は、結論付ける。
「時間加速(タイム・アクセル)か」
別に本気で時間を加速させているわけじゃない、おそらくはデュノアの高速切替(ラピッドスイッチ)と原理的には似ている物だろう。
すなわち、本人が判断するよりも高速で判断し実行する者の存在。
ISが自己で未来の可能性を想定し、決定し、操縦者の意思に拠らないで行動を選択する。
つまり、<
<ご推察の通りです>
「・・・!」
本来、『暮桜(くれざくら)』の音声が聞こえるはずの場所から、あの銀髪の少女の声が響いた。
・・・これは。
<私は全てのISコアの母となった存在です。であれば、ISコアその物に干渉することも不可能ではありません>
まぁ、よくよく考えてみれば訓練を受けていない束が代表クラスの人間を立て続けに撃墜できるはずが無い。
となれば、何者かがイカサマ紛いのことをしたと考えるのが自然だろう。
それがこの場合、「くーちゃん」なわけだ。
「・・・『真経津鏡(まふつのかがみ)』、最大展開」
システム起動をマニュアル制御に切り替え、コアの機体システムへの介入を最小限とする。
そしてナノマシンを遮断する『真経津鏡(まふつのかがみ)』を最大展開し、ナノマシンを介してコアに干渉してきているだろう「くーちゃん」の影響を排除する。
身体ごとこちらを向いた束と、目を合わせる。
ゴリッ、と拳を鳴らして・・・今度こそ拳を叩き込んでやろうと心を定める。
機体反応が急加速すると言うのであれば、それを織り込んで攻撃すれば良い。
私にとっては、造作も無い変化だ。
「待って!!」
その時、私と束の間に2人の小娘が入り込んで来た。
予測できた闖入者ではあるが、いざ入られると少し鬱陶しいと考えてしまう。
だが、まぁ、良いさ。
「待って・・・ください」
私の方を向いて緊張した面持ちを作るのは、篠ノ之姉。
そして私に背を向けて束の方を向くのは、篠ノ之妹。
どちらも、私の可愛い妹分だ。
だから、まぁ・・・許してやるさ。
Side 篠ノ之 楓
話をする順番を間違えた、そんな気がする。
箒姉さんと2人―――「カエデお姉さん」も含めて3人―――で、何だか全面戦争に突入しそうだった千冬姉様と束お姉ちゃんの間に立つ。
視線を巡らせれば、鈴さん達を助けたラウラさん達が訝しげにこちらを見つめてるのがわかる。
ごめんなさい、私達のせいで。
心の中で謝って、束お姉ちゃんを見ると・・・見たことが無いくらい、怯えた目で私を見ていた。
・・・こんな束お姉ちゃん、初めて見た。
「あの、ね・・・束、お姉ちゃん?」
「か、楓ちゃん・・・? も、もう少し待ってね、そしたら邪魔者は全部いなくなるからね。そうしたらすぐにね、もっと面白い物を作ってあげるから、だから」
「聞いてよ」
聞いて、束お姉ちゃん。
あのね、私は束お姉ちゃんのことが大好きだよ。
きっと今も、そしてこれからもずっと。
だからこそ、もう。
「全部、やめてほしいの」
これが全部、私達のためだって言うんなら・・・全部、やめてほしい。
誰かを傷付けないでほしい、何かを壊さないでほしい。
束お姉ちゃんは本当は、そんなことを望んでいないはずだから。
そして、そしていつか、もっと別の方法で宇宙に行こう?
もっと、優しい方法で。
誰にも迷惑をかけない、そんな方法で。
だって束お姉ちゃんは、死んでしまった「私」を生き返らせたいって想ってくれる程に・・・優しい、思いやりのある人なんだから。
「だからね、束お姉ちゃん。
一旦、全部をやめよう?
そして、皆にごめんなさいって・・・言おう?
私も一緒に、私達のせいで傷付いた人達に謝るから。
束お姉ちゃんと一緒に、背負っていくから。
私達のために、こんな無理をしなくて良いんだ。
束お姉ちゃんが本当は凄く優しいんだって、知ってるから、だから・・・」
俯いて黙ってしまった束お姉ちゃんに、そっと近付く。
そして、出来るだけ優しく・・・ぎゅって、抱き締めた。
いつも束お姉ちゃんがそうしてくれていたように、出来るだけ温もりが伝わるように。
感謝と、願いを込めて。
「大好き、束お姉ちゃん」
今までの「ありがとう」を込めて、そう言う。
束お姉ちゃんの周囲に展開していた黒いビットも、その後に量子化して消えた。
すると不思議と、周りの空気も弛緩したような気がする。
私の胸に抱き締めた束お姉ちゃんの頭は、何かを考え込んでいるようにも見えるけど・・・。
「そう・・・・・・うん、わかったよ、楓ちゃん」
「束お姉ちゃん」
嬉しい、伝わった?
ちゃんと、私の「お願い」が伝わったのかな。
そう思って、束お姉ちゃんの頭を少し離そうとして。
ズム、と、お腹に不思議な感覚が走った。
そして、全身から力が抜ける感覚。
いつか感じた、意識が黒く塗りつぶされていく感覚。
最後に感じたのは、量子化して消えて行く『黒叡(こくえい)』の黒い装甲。
「もう良いよ、楓ちゃん」
それから、能面みたいに無表情の束お姉ちゃんの顔。
右手に、何か黒い塊みたいなのを持っていて・・・そして。
箒姉さんが。
「もう良いよ・・・全部――――
お わ ら せ ちゃ う か ら 」
「わたし」の意識は、そこで途絶えた。
・・・一度、そこで途絶えた。
Side 篠ノ之 箒
手を伸ばす、今度は届いた。
腕の中に抱き止めた楓は黒い装甲もISスーツも纏っていない、量子化して消えてしまった。
そしてかき抱いたその小さな身体も、私の手の中から流れるように消えてしまう。
いや、実際に消えてしまった。
『黒叡(こくえい)』と言う核を失ってしまった楓は、ただの「モノ」になってしまう。
だから、有機物無機物を問わず「モノ」を収納するISの―――この場合、『黄泉津大神(イザナミ)』の―――量子化収納の影響を簡単に受けてしまう。
「・・・っ」
理屈ではそうわかっていても、息が詰まってしまう。
予測できていた、私だけではなく楓も心のどこかで覚悟していた可能性だった。
だがそれでも、自分の顔が泣きそうに歪むのを止めることが出来なかった。
網膜に妹の消えゆく際の表情が刻まれていて、掌には最後の粒子が残っている。
それを握り締めて、私は唇を噛み締めた。
「造り直せば良い・・・そうだよ、きっとバグがあったんだね。途中でポッドから出ちゃったらしいし、そうだよね、そうじゃないと楓ちゃんがあんなこと言うわけ無いもんね。楓ちゃんは素直な良い子なんだから」
「・・・貴女は!」
どうして・・・わからない!
そして次は、私の番だった。
だが私は楓のように優しくない、対話などと言う器用な真似は私にはできない。
不器用な私は、結局の所、コレしか無い。
篠ノ之流、父から叩き込まれた、幼い頃から染み込んできた動き。
懐に飛び込み、『雨月(あまづき)』と『空裂(からわれ)』を振るう。
刀は防がれてしまうが、それで構わなかった。
砕け散る刀身を尻目に、私は右足で「それ」を蹴り上げた。
姉さんの手から離れた「それ」は、空中で黒い菱形の指輪へと形状を変える。
「・・・お見事~」
パシィッ、とそれを顔の前で掴み取ると、姉さんがパチパチと拍手していた。
普通にイラつくが、今はそんなことはどうでも良い。
姉さんは、可愛らしく小首を傾げながら言う。
「でもどうするの? 楓ちゃんがいないと緋宵(あけよい)も使えないよ?」
そう、今は量子化して収納してあるが・・・緋宵(あけよい)は楓のナノマシンがあって初めて武器足り得る物だ。
今は、折れた刀と言う以外に呼びようが無い。
「さぁどうするの? 楓ちゃんがいないと他の皆が動けなくなっちゃうよ?」
そう、今はまだ姉さんにその気が無いようだが・・・私の仲間達が全力で動けていたのは、楓のナノマシン・フィールドの補助があったからだ。
場の支配権が姉さんに移ってしまえば、もはやどうすることもできない。
「楓ちゃんの身体が無ければ・・・『黒叡(こくえい)』を持っていても何の意味も無いよ?」
そう、身体が無ければ楓は帰って来られない。
全ての鍵を握る楓が戻らなければ、最終的な勝利は姉さんの手に帰するだろう。
だが、それは。
だがそれは、楓の身体が無かった場合の話だ。
「・・・・・・身体が無い? いいや・・・・・・」
次の瞬間、姉さんの側面で衝撃が起こった。
『零落白夜(れいらくびゃくや)』を振るった一夏が、姉さんの不意をついたからだ。
驚いた顔をして、姉さんが一夏の方を見る。
「いっく・・・っ「行け、箒っ!!」・・・!?」
一夏に言われて、私は背中から落ちるように急降下する。
『紅椿(あかつばき)』、もう一仕事だ。
急速に下降する私の前に、何機かの無人機が立ちはだかるのが見えた。
反射的に『穿牙(うがち)』を起動させようとするが、いらない心配だった。
私が反応するよりも圧倒的に速く、無数の火線が私の道を開いてくれたからだ。
それはビームであり、レールカノンであり、実弾の掃射でもあった。
無人機の防御を抜けないまでも、足止めはしてくれた。
『まぁ、せいぜい弾代くらいの仕事はしてほしい物だ・・・』
『カノン・ホーゲル』と言う名前の機体の砲撃らしい攻撃の後、今度は後ろから無人機に追われる形になった。
しかしそれは、48発のミサイルと青いBTレーザーを吐きだすいくつかのビットによって防がれる。
網の目のように張り巡らされたBTレーザーに、金色の髪の友人の不敵な笑みが浮かんだ。
「いいや・・・っ」
多くの人に助けられて、私はそこに降り立った。
今や崩れかけていたが、それでも海上にしっかりと浮かんでいるそれに。
穴の開いた天井から侵入し、誰にも阻まれることなく辿り着く。
階段の上、大きな椅子の上で。
力なく椅子に深く座りこんでいるその少女の前に、膝をついた。
「肉体なら・・・・・・ここにあるっ!!」
黒いフリル過多の西洋風なドレスに、キメ細やかな青白い肌を彩る薄化粧。
まるで身体を縛るかのように黒と白のリボンで飾られたその小さな身体、その手に、私は自分の手を添える。
場違いながら、それはまるで。
まるで、姫君に求婚する騎士のようだった。
左手の指に、そっと漆黒の指輪を嵌める。
―――――
篠ノ之 箒:
いろいろなことがあった。
嬉しいことがあった。
嫌なことがあった。
楽しいことがあった。
悲しいことがあった。
叶わない願いがあった。
叶ってしまった願いもあった。
届かない祈りがあった。
届いてしまった祈りがあった。
伝えたい想いがあった。
伝えていない想いが、あった。
それは昨日のためでも、今日のためでも無い。
明日のために、用意された物だったんだ。
だから。
私は、迷わずに進むよ。
そして、いつか。
いつか―――――・・・・・・。
<―――――次回、決着>