インフィニット・ストラトス―黒き叡智―   作:竜華零

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第69話:「その願い、終了」

Side 篠ノ之 箒

 

姉さんがいた艦の最奥、玉座のように豪奢な椅子に座っていた楓の指に『黒叡(こくえい)』の指輪を通す。

するとその時、自分の腕に違和感を感じた。

見れば、小さなリスのような何かが、私の腕に噛みついているのが見えた。

 

 

「・・・っ」

 

 

腕だけでは無い、紅の装甲で覆われている足や肩にも無数の機械仕掛けのリス(メカニカル・スクィレル)が噛みついていることに気付いた。

通常の方法では破壊できないISの装甲を、鈍く煌めく前歯でガリガリと削っている。

怖気が走るが、冷静に対処する。

 

 

『紅椿(あかつばき)』の展開装甲を開き、エネルギーを放出して私に群がっていたリスを全て吹き飛ばす。

そうしてリスを排除して息を吐いたのも束の間、今度は床に小さな穴がいくつも開いた。

そこから飛び出して来たのは、コードやケーブルが寄り集まって出来た触手のような物だった。

『紅椿(あかつばき)』の装甲ごと私の身体を縛り、締め上げてくる。

同時に、私の首に白く細い腕が回されてくる。

 

 

「貴様は・・・!」

「・・・」

 

 

触手に絡め取られた私に抱き付いて来たのは、「くーちゃん」だった。

「出て来た」ばかりなのか、生まれたままの姿でしめやかに私の身体に腕を回している。

それも1人では無い、首に加えて手足に2人、同じ容姿・表情の少女が裸で抱き付いて来ている。

無言で、貼り付けたような笑顔で。

展開装甲を開こうとして・・・触手が締め上げていて、出来ないことに気付く。

 

 

すると、足元の素材に異変を感じた。

先程まで高い硬度を誇っていたはずのそれが、まるで粘土のように柔らかくなったのだ。

そして触手と「くーちゃん」に引き摺り込まれる、流砂や底なし沼のように。

ズブズブと音を立てて、身体が沈んでいく。

 

 

「は、離―――・・・!」

 

 

ぺたり、と顔に白い手が張り付いて言葉を封じられる。

身体を捩って逃げようとするが、不思議と機体の出力が上がらない。

逃げられない、冷たい予感が私の心に入り込んでくる。

ぐ、うううぅぅ・・・っ。

 

 

 

「何をしている、馬鹿者が」

 

 

 

誰かが私の首に張り付いていた「くーちゃん」の頭を掴み、投げ飛ばした。

それから手足にしがみ付いていた「くーちゃん」を蹴り、あるいは殴って引き剥がず。

ピンク色に輝くナイフを振るって触手を斬り、私の腕を掴んで床から引き上げた。

 

 

「お、お前は・・・」

「こんな所で手間取っているんじゃない、一夏兄ぃとねぇさんの心労を増やすな」

 

 

朱色に染まった蒼穹の機体を身に纏った彼女は、不敵な笑みを浮かべてそこに立っていた。

その笑みが、口元が、眼差しが、態度が。

千冬さんにそっくりだと、こんな時にそんなことを考えた。

 

 

 

 

 

Side 織斑 一夏

 

いよぉしっ、『零落白夜(れいらくびゃくや)』のシールド無視能力自体は束さんにも有効だな!

『雪羅(せつら)』の荷電粒子砲をドカドカ撃ちながら、俺は内心で胸を撫で下ろしていた。

いや、箒に「行け」って言った割に攻撃が意味無かったら、死ぬほど格好がつかないだろ?

 

 

だけど、『白式(びゃくしき)』の単一仕様能力(ワンオフ・アビリティ)は問題なく束さんに通じた。

ここから導き出される回答は一つ、束さんはあらゆるISよりも強いけど、だからといって相手のISの能力の全てを封殺できるわけじゃないってことだ。

いや、もしかしたら出来るのかもしれないけど・・・今はしない、出来ない!

これが重要なんだよな、たぶん。

 

 

「『白式(びゃくしき)』のコアは元々、『白騎士(しろきし)』のだからね・・・束さんとしても、ちょっと扱いに困る部分は確かにあるよ」

「あ、やっぱり?」

「うん、でもねいっくん、困るだけなんだよ」

 

 

ですよ・・・ねぇっ!?

束さんの身体から迸った白いエネルギー―――確か、『天之尾羽張(アメノオハバリ)』とか言う奴―――が放たれて、俺は身体を捻りながら急速に回避運動を取る。

 

 

同時に束さんは物凄い数のミサイルポッドを召喚して、それを3連続で撃った。

『白式(びゃくしき)』のセンサーによると、小型高性能ミサイル500発。

・・・いや、500ってお前。

 

 

<回避行動を推奨>

「言われなくてもやるよ!?」

 

 

自分のISに突っ込みを入れると言う離れ技をやってのけてから、『雪羅(せつら)』の荷電粒子砲を連射しながら回避を続ける。

千冬姉達も、それぞれに迎撃だったり回避だりをしてる。

セシリアとシャルロットは回復したみたいだけど、クラリッサって人に抱えられた鈴は無理そうだ。

 

 

「しっかし・・・それにしても」

 

 

気のせいでなければ、楓、消えた・・・よな? うん。

人が消えるなんてこと、普通は起こらない。

千冬姉は平然としてるみたいだけど、俺は正直意味がわかってない。

 

 

たださっきの箒の表情と言うか顔つきを見るに、箒は何か知ってたんだろうな。

たぶんだけど、幼馴染の勘って奴だ。

じゃなきゃ、「行け」とか言わねぇって。

 

 

「・・・っと」

 

 

後ろのことばっか気にしてたら、後で鈴あたりにどやされちまうな。

少しだけ笑って、もう一度『雪片(ゆきひら)』を振りかぶる。

エネルギーは残り少ないけど、後一回くらいなら・・・!

ガシュンッ、と空気が抜けるような音が響いて、『雪片(ゆきひら)』の展開装甲を開く。

白い刃のエネルギーが放出するのを確認して、俺はまっすぐに束さんを目指した。

 

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」

 

 

難しい事は俺にはわからない、頭、悪いからな。

容量も悪いし、出来ることと言えば少ない。

だからこそ、その少ないことを最大限にやる。

この場にいる唯一の男として、それくらいの意地は張らせて貰うぜ、束さん!

 

 

そう気合いを入れて本格的に加速に入ろうとしたその時、予想外のことが起こって俺は動きを止めた。

俺が斬りかかろうとした束さんは、常時円形のバリアみたいな物を展開しているんだが・・・。

その円形のバリアにやたらにでかいミサイルが突き刺さって、爆発した。

な・・・何だ、どこから、誰が!?

俺の疑問は、すぐに氷解することになった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

篠ノ之束の放った攻撃に耐えた艦艇は、国連軍参加艦の中でも3割に満たない数に過ぎなかった。

その中には、奇跡的なことにアメリカ第7艦隊旗艦『スコット・ヴァスカーク』も含まれている。

そして残った全ての艦艇は自分達に群がる無人機を無視してひたすらに航行を続け、射程距離に収め次第、対艦・対空ミサイルの全てを放ち続けている。

 

 

「構わん、残りのミサイルでも大砲でもレーザーでも何でも、上空の対象に向けて全て放てぃ!! 戦闘機もISも全てだ! 残存戦力の全てを叩きつけろ! 味方には当てるなよ!!」

「提督、『スヴェルドロフ』及び『祟明島』と連絡が取れません! おそらくは撃沈された物と・・・」

「ならば残りの中国艦とロシア艦にも撃つように伝えろ! 文句は後で大統領(プレジデント)が聞いてくれる!!」

 

 

CICのディスプレイの中で無数のスタンダードSM-6ミサイルが垂直発射装置から吐き出され続けるのを見つめながら、第7艦隊のスピルアース中将は唾を飛ばして叫ぶ。

この期に及んでは、自艦を含めた残存艦を逃がすこともできない。

無人機にはいつか沈められる、ならばせめて沈められるまでの間に篠ノ之束に攻撃を集中させる。

 

 

艦隊損耗率75%、事実上の惨敗状態。

そんな状態からの、苦渋の決断だった。

しかし、その決断も。

 

 

「て、提督!」

「どうした!」

「み、ミサイルの一部が反転し―――――!」

 

 

その決断も、意味を成さない。

通信士からの報告が終わりスピルアース中将が対応せよと命令する間に、『スコット・ヴァスカーク』の艦体が大きく揺れた。

艦前方に着弾したミサイルが、艦首に致命的な損傷を与えたのである。

 

 

「て、提督―――――!?」

「総員、た・・・退艦しろぉ―――――ッ!!」

 

 

その直後、艦周辺に着弾したミサイルによって、『スコット・ヴァスカーク』の艦体は大きく傾いた。

艦底に無人機が穴を開け、凄まじい速度で浸水も始まる。

『スコット・ヴァスカーク』の撃沈が確認されたのは、その4分26秒後のことである。

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

Side セシリア・オルコット

 

このまま倒れるわけにはいきません、箒さんの援護のために放ったビットを戻しながら胸中でそう嘯きます。

鈴さんはラウラさんの部下に任せましたが・・・どうも、ISの保護機能が働いていないのか傷が塞がっておりませんでした。

すぐに治療が必要でしょうが、それ以上に嫌な予感がします。

 

 

『全員、束のビットには触れるなよ。コアを喰われるからな』

 

 

通信から響いた織斑先生の言葉に目を向きます。

現在、海上からのミサイル砲撃で爆炎に包まれている篠ノ之博士ですが・・・正直、あんな物でどうにか出来る相手だとは思えません。

効果云々では無く、相性の問題なのです。

 

 

いえ、それよりもコアが喰われるとはどう言うことですの?

先程の鈴さんの様子と何か関係があるのでしょうが、詳細は不明です。

その時、爆炎の中からいくつかの飛行物体が飛び出したことに気付きました。

そしてその内のいくつかは、私の方に向かってきていることも。

 

 

「『エインセル!』」

<了解、マダム>

 

 

両手に召喚した二丁拳銃を構え、左右それぞれの腕を動かして視線は変えずに上下左右に向けて撃ちます。

腰のミサイル・ポッドも射出して、私の周囲を旋回し近付いて来る見えない脅威を弾き続けます。

撃ち落とせない、何故かBTレーザーで破壊できないのです。

だから、延々と撃って弾き続けるしかない。

 

 

「・・・っ・・・く・・・っ」

 

 

両腕をせわしなく動かし、上、左、下、右、下、上、右上、背後・・・脇の下から撃つなど西部劇の主人公のような芸当までして、弾き続けます。

射撃ビットも自動制御で出し、撃ち続けられる限り撃ち続けますが・・・。

 

 

不意に、いくつかのミサイルが反転して艦隊に向かっていることに気付きました。

BTレーザー収束、射程距離を伸ばしてビットを走らせながら撃ちます。

そうすることでいくつかのミサイルを落とすことに成功しますが、それはすなわち私自身の防御力の減退を意味しています。

目前で漆黒の剣の形をとった敵ビットを目にした時は、冗談でなく息を詰まらせましたけれど。

 

 

「は・・・?」

 

 

突如として飛来した実弾の雨が、再びそのビットを弾き飛ばしました。

おかげでビットを戻せましたし、エネルギー残量を気にする以外は何とかなりましたわ。

しかし、今の実弾射撃は・・・シャルロットさんにしては控え目な射撃でしたが。

 

 

視界を巡らせると、その射線から撃った方を特定することができましたわ。

その機体は、シールドの代わりにライフルをマウントさせている独特な『リヴァイヴ』でした。

あの方は・・・。

 

 

 

 

 

Side 織斑 千冬

 

アデリタ達が来たか、どうやら残存戦力をここで使い切るつもりらしいな。

使い切ると言う言い方が正しいかどうかはわからんが、残りの無人機数千機を無視してでも親玉を潰しに行くと言うことだろう。

代償は、残存する国連軍全てだ。

 

 

まさに空を裂くような音を響かせて、フランスの『リヴァイヴ』隊が襲来する。

3機ずつで密集して死角を消し、中距離から実弾射撃を浴びせた後に離脱する。

その後方を射撃ビットのBTレーザーで三角形の弾幕を張って守るのはイギリスの『ティアーズ』隊、さらにフィンランドやスペインなどの部隊が続けて同種の攻撃を繰り返す。

欧州の部隊が多いのは、単純にアジア太平洋の戦力が過去の戦闘で枯渇したためだろう。

 

 

「・・・『山嵐(やまあらし)』・・・!」

「多殻徹甲弾、行きま―――すっ!!」

 

 

負傷したIS操縦者―――凰や更識姉、アイシャ達―――をイタリアの回収(テンペスタ)部隊に任せて、更識妹が再び48発のミサイルを叩き込む。

それに続くようにシャルロットが臼に似た短砲身の火砲を構えて放つ、406mmICM砲、放つ弾丸は25mm口径の多殻徹甲弾子を735発備え、一定距離を進むと炸裂する仕掛けになっている。

・・・気のせいでなければ、シャルロットの方がえげつないような気がするな。

ただ気持ちの入れようは更識妹の方が上だろう、姉のことに加えて篠ノ之妹のことを気にしているのかもしれん。

 

 

しかし、そんな連中の等距離・・・円の中心とも言う位置に浮かぶ束には一切の効果が無い。

海上からの砲撃は束が反転させたミサイルによってほぼ沈黙し、ノーモーションで放った『銀の鐘(シルバー・ベル)』にも似た攻撃によって近付いて来た戦闘機を軒並み排除した。

そしてISからの攻撃もほぼ無効化し、逆撃を加えて何機かを『黄泉醜女(よもつしこめ)』の餌食にしている。

そんな束の背後に小娘が1人いきなり姿を現した、おそらくは超長距離からの瞬時加速(イグニッション・ブースト)だろう。

 

 

「―――――秘剣・『紫電(しでん)』ッ!!」

 

 

振り下ろされるのはスーパーカーボン製の高周波ブレード、どこか形状が『雪片(ゆきひら)』に似ている。

身体ごと回して叩き込まれたそれは、しかし『黄泉津大神(イザナミ)』の障壁に阻まれて止まる。

その刀身に罅が入った時、小娘の顔が引きつるのを見た。

しかし束がそちらに視線を映す前に、見覚えのあるワイヤーブレードが小娘に絡みついて引き寄せるのを見た、ラウラあたりが助けたらしい。

 

 

ルナとかいうシャルロットの異母姉が手榴弾を投げてそれを支援し、集団戦が気に入らないらしいアワー・アルレート社の小娘(エリス)が悪態を吐きながらレーザーカッター・ビットで束の気を逸らそうとする。

その他、インド軍の『カーリー』やスイス軍の『エーデルワイス』、ブラジル軍の『イシュバランケー』や南アフリカ軍の『チ―タ』など、それまで前線に立っていなかった国々のIS部隊も続々と参集してきた。

 

 

「これが・・・」

 

 

そこにはまさに、世界の全てがあった。

10年前には存在しなかった世界が、そこには広がっていた。

それぞれに思惑はあるだろう、だがそれも良い。

それでも・・・。

 

 

 

 

 

Side 篠ノ之 束

 

「これが世界だよ、束」

「だから?」

 

 

ちーちゃんの言葉に、苛立ちながら答える。

世界だから何? 泣いて感動でもすれば良いの?

くだらない、こんな物は埃が肩に落ちてくるのと同じだよ。

 

 

実際、凡人共がいくら頑張った所で束さんにダメージは通せない。

くんっと右手を降れば、周辺に展開してた「ゴーレムⅤ」が反転して逆に凡人共を包囲する。

外側から「ゴーレムⅤ」の物量に押されて、凡人共の機体が墜ちていくのがわかる。

その時、不意に視界が遮られた。

システムとかじゃない、単純に人の手が私の目を覆おうとしてるだけ。

 

 

「御命(オイノチ)―――――」

 

 

そして同時に顎先にかかる負荷、ああこれアレだね、忍者映画とかで見る奴だ。

要するに、頭と顎を押さえてゴキッてやっちゃう奴だね。

まぁ、でも。

 

 

「―――――頂戴(チョウダイ)」

 

 

効かないんだけどね。

<女王(くーちゃん)>の疑似時間加速(タイム・アクセル)、後ろの凡人の腕から擦り抜けて避ける。

避けると言うか、「当たらなかった」ことになるって言った方が近いけど。

そして右側を見れば、後ろからコソコソと束さんを狙ってた馬鹿が1人。

 

 

「お、おお~? 消えたよ~?」

「ほ、本音!? 下がってっ!」

 

 

何だかのほほんとし雰囲気の馬鹿が、『打鉄(うちがね)』に良く似た機体を着てた。

束さんが右腕を掲げて黒い炎を出すと、慌てて逃げてったけど。

・・・つまんないの。

 

 

この黒い炎は、楓ちゃんの身体から『黒叡(こくえい)』のコアを抜いた技術でもある。

『黄泉津大神(イザナミ)』の単一仕様能力(ワンオフ・アビリティ)、『黄泉戸大神(よみとのおほかみ)』。

別に腕じゃ無くても、ビットでも何でも良いけど・・・触れた機体のコアを抉り出して、場合によっては支配したり吸収したり破壊したりできる。

ISの母たる<女王(くーちゃん)>ならではの技術だね、束さん的にはあんまりだけど。

 

 

「ほら、結局、何もできない」

 

 

ゴーレムに墜とされて、黒煙を上げながら海に墜ちていくゴミ共を見下しながら、束さんは言う。

あはは、人間がゴミだよ。

どれだけ頑張っても、結局は何もできない。

 

 

「最後には、束さんの思い通りの結果だけが残る。いつものことだよ、ちーちゃん」

「・・・本当にそうか、束?」

「ふん?」

「本当にこれは、お前の思い通りの結果なのか?」

 

 

ちーちゃんの言葉に、束さんは首を傾げる。

ちーちゃんは、何を言っているんだろう?

10年前だって今だって、結局は束さんが勝つ。

天才だからね、仕方が無いよ。

だからこれは、束さんの想定通りの・・・。

 

 

 

「ならばどうして、私達(せかい)は未だにお前の思い通りになっていないんだ?」

 

 

 

・・・はぁ?

束さんともあろう物が、ちょっと呆けちゃったよ。

何を言うかと思えば・・・。

 

 

「お前はいろいろと破天荒なことをしてきたがな、束。だがそれを経てなお、世界は何も変わっていない。ISという兵器がたかだか467機増えたぐらいで、いったい何が変わった? 軍事的な変革は起きたかもしれんが、それがいったい、日々の生活にどれだけ影響があると言うんだ? 女尊男卑? はっ・・・大した問題じゃ無いな、ISが登場する前から男は女に貢いでいたさ」

「千冬姉、話がズレてる」

「む、すまんな一夏。・・・で、この10年間で世界を見て回った結論として、束、お前のやったことは大した意味を持っていなかったよ。現にお前は宇宙船すら用意できず、あまつさえ妹に嫌われる始末、さぁ束、今のお前には何が残っているんだ?」

<私がいます、私がいる限り、世界の全ては束さまの物です>

 

 

ちーちゃんの言葉に反論したのは、意外なことにくーちゃんだった。

まぁ、別にそこは気にして無いから良いよ。

『大日孁貴神(おおひるめのむちのかみ)』はその気になればもういつでも飛べるし、楓ちゃんだってあんなのは一時の反抗期、麻疹みたいな物だよ。

それに、ちーちゃんが何を言った所で。

 

 

「凡人共は誰も束さんに触れもしない、この事実は動かしようが無いよね?」

「ならばその不可能、この私が打ち砕いてやろう!!」

 

 

突然響いたその声は、やけにちーちゃんそっくりな声だった。

だけどちーちゃんは束さんの前にいるから、後ろからは声がするわけは無いよね。

そう思ったら、誰かが束さんに後ろから抱き付いて来た。

 

 

 

 

 

Side 織斑 マドカ

 

三段階加速(トリプル・イグニッション)によって、他のISが知覚するよりも速く移動する。

私にしかできない技だ・・・ああ、いや、1人を除いて私にしかできない技だ。

少なくとも、デスクに齧りついて理論を考えている科学者には負けんよ。

 

 

<貴様・・・!>

「うん? その声は先程の小娘か? なるほど、確かに人間では無かったな」

 

 

直接接触しているからか、篠ノ之束の機体から聞き覚えのある声が聞こえた。

私が30人ばかし殺してやった女と同じ声だ、なるほど本当にISだったとはな。

まぁ、それは今はどうでも良い。

 

 

どちらにせよ、この化物のような女をどうにかする方が先だな。

とは言え、普通の手段ではこのイカれた天才をどうこうすることはできない。

なので通常の方法は取らない、これは亡国機業(ファントム・タスク)の・・・。

・・・大雨の名を冠していたあの女が、やるはずだった仕事だからな。

私が生き恥を晒したのは、思えばこの仕事を代わりにやってやっても良いと思ったからさ。

 

 

「・・・何をする気?」

「すぐにわかるさ・・・っ」

 

 

『サイレント・ゼフィルス』の全推進力で上へ、急速に上昇を開始する。

それはまさに流星、篠ノ之束を抱えた私が空へと昇る。

この機体を選んで奪ったのはこのため、リミッター解除状態での音速上昇能力を持つこの機体を。

すまないな、借り物の主人(マスター)だが・・・付き合ってくれ。

 

 

<是(イエス)>

 

 

・・・『サイレント・ゼフィルス』の返答に笑みを浮かべた瞬間、背中と腹部に違和感を感じた。

何のことは無い、篠ノ之束・・・あるいはコアの小娘がやったのだろう。

背中と腹に刺さったビットが身体の中を浸食するのを感じる、やれやれ・・・このまま大気圏まで連れて行ってやろうと思ったのだが。

ISでは大気圏を越えられない・・・成層圏を越えられない(インフィニット・ストラトス)、これもISに隠された謎の一つだ。

 

 

口の中を鉄錆の味が満たす、口の端から流れ出たそれは、赤かった。

人間のように赤かった。

それを知ったら、何だかおかしくなってしまった。

まるで人間だ、うふふ・・・。

 

 

「さて・・・最期の仕事だ、『サイレント・ゼフィルス』」

 

 

口に例の桃色の刃のナイフを咥えて、愛機に告げる。

すると愛機はどう言うつもりか、画面にあまり関係の無い物を映しだしてくれた。

それは、ねぇさんと一夏兄ぃだった。

ねぇさんと一夏兄ぃが、私を見上げている姿だった。

 

 

ねぇさんは表情は変わらないが、内心で驚き、怒り、哀しんでくれているのがわかった。

この2カ月間で、ねぇさんがどう言う人間なのかは十分にわかった。

冷たい海の中から引き上げられた時には、余計なことを言ったものだが。

それどころか、2カ月間の間に277回殺そうとして返り討ちにあったが。

それでも・・・本当は・・・。

 

 

「・・・ははっ」

 

 

そして、一夏兄ぃだ。

ああ、憎らしいなぁ・・・何でねぇさんの傍にいるのがアイツなのだろう。

いつも危機感の足りない馬鹿面で女に囲まれているだけの顔が、今はどうだ?

随分と、良い顔になったじゃないか。

 

 

・・・少しくらいは、哀しんでくれるだろうか?

もしそうなら、笑ってやろう。

心行くまで笑ってやろう、言葉の限りに馬鹿にして、見下して、そしてその後は。

・・・・・・ありがとうと、言ってやろう。

嫌がらせだ、それ以外には無いよ。

 

 

「さぁ・・・一緒に『サイレント・ゼフィルス』の最大収束射撃(フル・バースト)を受けて貰うぞ、篠ノ之束!!」

<疑似時間(タイム)・・・>

「『サイレント・ゼフィルス』・・・!」

 

 

周囲に展開した射撃ビットで、私ごと吹き飛ばす。

いろいろと考えたが、最終的にはこれが一番都合が良いと判断した。

さぁ・・・。

 

 

「勝利の瞬間を味わわせてあげたいけど・・・」

 

 

さぁ。

 

 

「―――――フルバーストッッ!!」

「・・・そうもいかないんだよね、ちーちゃんの出来損ない」

<加速(アクセル)>

 

 

さぁ、「生きる」ことを始めよう。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

黒ずんだ蒼穹の光の向こう側、そこに誰かがいるような気がした。

気のせいだとわかっていても、エムだともマドカだとも呼ばれたことのある名無しの少女は、手を伸ばさずにはいられなかった。

 

 

だがすぐに、それも意味の無いことだと気付く。

最初からそれは、見えていたのだから。

そう気付いてしまえば、少女にとっては簡単なことだった。

 

 

『・・・あら、やっと来たのね?』

『ああ? 何で来んだよ、ここは私らの場所だっつーの』

 

 

どこかの広場、どこかの木陰、金髪の女性がロングヘアーの女性を膝枕している。

その周りではやたらに身体能力の高そうな小さな子供達が駆け回っており、少女は溜息を吐いた。

またこの連中と一緒か、随分と皮肉な運命らしい・・・そう呟いて。

少女もまた、木陰の昼寝に加わった。

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

Side 織斑 一夏

 

『サイレント・ゼフィルス』の爆発を見た時、俺の中にはいろいろな感情が渦巻いてた。

怒り? 哀しみ? うーん、ちょっと違うと思う。

全く無いわけじゃないけど、たぶん、別の感情だと思う。

 

 

・・・綺麗だ。

 

 

そう、そんな感情だ。

俺はアイツのことが大嫌いだったし、哀しみを感じる程に深い仲だったわけでも無い。

だけど、何でかな。

今になって思う、別に憎んでたわけじゃないんだって・・・都合、良過ぎるけどさ。

 

 

「・・・マジか」

 

 

ISコアの全エネルギーを込めた爆発だったはずだけど、上空の爆煙の中から出て来た束さんは無傷だった。

相変わらずつまらなそうな、どこか退屈そうな顔をしてた。

むしろここまで来ると、もう神がかっていると言っても良い。

月を背景に立つその姿は、本当に女神か何かのようだった。

 

 

「一夏!!」

「・・・応!」

 

 

千冬姉の声に答えて、後に続いて飛ぶ。

風を切って音を超えて、上空の束さんに肉薄する。

俺が構えるのは、もはや馬鹿の一つ覚え・・・『雪片(ゆきひら)』、千冬姉の刀だ。

 

 

千冬姉は、左側面からの蹴りに始まる連続攻撃に打って出た。

それはどこかで見た覚えのある動きで、それを最大に加速して行っていた。

当然、束さんは反応できないけど・・・代わりに機体性能でどうにかしてる。

蹴りを障壁で防いで、千冬姉の拳を例の変な回避でかわす・・・はず、だった。

 

 

「・・・!」

 

 

束さんの猫のような目が、大きく見開かれる。

ちょうど束さんのヘッドギアの額の部分、白く輝く黒いコア(矛盾してるけど)の部分に千冬姉の拳が突き刺さる形になった。

だけど直接は当たって無い、拳と額は少し離れていて・・・何かが間に入ってるみたいな。

障壁か? いや、違う。

 

 

パキイィィインッ! と甲高い音を立てて、「それ」の光学迷彩が解ける。

そこにあったのは、桃色に輝くナイフだった。

あれは確か、アイツのナイフだ。

 

 

「このナイフは、元々『サイレント・ゼフィルス』の武装では無かったらしい」

 

 

ナイフの柄に拳を打ち込んだ形になった千冬姉が、そう言う。

そしてその声と同時に、ナイフの刃から桃色の光が移った。

それはまるで蛇か・・・鎖みたいな形になって、束さんの額のコアに侵入する。

一瞬だけ、黒いコアの向こう側で何かが縛られたみたいな音が響いた。

 

 

「・・・侮るなよ束、アレは私達の妹だぞ? みすみす何もできずにやられるわけが無いだろうが」

「・・・バインド・プログラム・・・ッ!」

「そう言うことだ・・・10年越しで弾けろ、『亡国の牙(ファントム・ファング)』」

 

 

次の瞬間、束さんの額のコアから飛び出した桃色の鎖みたいな物が、束さんを拘束した。

それはギッチリと束さんのISの動きを封じる、でもギチギチとヤバそうな音を立ててるからそうは持たない気がする。

 

 

「一夏!!」

 

 

千冬姉の声に応えたのは、意外なことに俺じゃなくて『白式(びゃくしき)』だった。

『雪片(ゆきひら)』の展開装甲が起動して、純白の輝きが放たれる。

そして俺はその輝きを振りかぶって、拘束された束さんに向けて振り下ろ―――――!?

 

 

横合いから、黒い刃を放つビットが『雪片(ゆきひら)』を襲った。

スパークを走らせながらも虚空を駆けたそれは、『雪片(ゆきひら)』の展開装甲部分を喰い破って破壊した。

ちょ、い、いいぃ―――――!?

しかも不運は続く、ここに来て『白式(びゃくしき)』のエネルギーが尽きた。

ガクン、と目に見えて悪くなる機体の動作に頭の中が真っ白になる。

 

 

「あは―――――」

「・・・」

 

 

束さんはそれを見て笑って、千冬姉は能面みたいに無表情になる。

や、ヤバい、絶対ヤバい、ヤバいヤバいヤバい!

慌てて見ても無い物は無い、エネルギーが無ければ『零落白夜(れいらくびゃくや)』は動かない。

そうこうする内に、今度は両側から4機のビットが迫って来てた。

 

 

『一夏さん!!』

「な・・・楓か!?」

 

 

突然響いた声に、狼狽しながら返事をする。

 

 

『その攻撃、何とかして! そしたら私と箒姉さんが間に合う!』

『そうだ、諦めるな一夏! 男なら何とかしてみせろ!』

「そ、そうは言ってもなぁ・・・!」

 

 

千冬姉は動けないから、俺が自分で何とかするしかない。

仕方無い、男は度胸だ! 何とか避けてやる!

・・・エネルギー無いから、スラスターも浮く以外には使えないけどな。

って、ダメじゃん―――――!

 

 

その時、俺の両側に迫ってたビットの動きが止まった。

止まったと言うか、止められた。

俺の両側に広がる、この微妙に歪曲した感じは。

 

 

「・・・自信を持って言うぞ、箒、楓・・・っ」

 

 

後ろから響いた声は、聞き覚えがある声だった。

どこか冷たくて、千冬姉に似せようとしてるみたいなその声は。

 

 

「・・・3秒しか、保たん・・・っ!」

『恩に着るぞ、ラウラ!!』

『3秒―――――!』

 

 

声と同時、誰かの手が『雪片(ゆきひら)』に触れる。

さらに腕を触られて、そこから熱が流れてくる・・・エネルギーが、流れてくる。

『白式(びゃくしき)』の全エネルギーが瞬時に回復、そして。

 

 

「それだけあれば・・・じゅうっ、ぶんっ、だよっっ!!」

 

 

通信じゃ無い肉声が、俺のすぐ傍で響いた。

 

 

 

 

 

Side 篠ノ之 箒

 

半ば抱えるようにして、楓を連れて戦場に戻った。

そして一夏の腕に触れて、単一仕様能力(ワンオフ・オビリティ)『絢爛舞踏(けんらんぶとう)』によって『白式(びゃくしき)』のエネルギーを回復させる。

 

 

ラウラが姉さんのビットを押さえている間の、3秒間。

その3秒間を、私は忘れることが無いだろうと思う。

何故ならその時間は、私の妹が・・・楓が。

限りなく天才(ねぇさん)に近付いた、瞬間だっただろうから。

 

 

「う、うおおおぉぉ・・・?」

 

 

一夏が呆けたような声を上げる、私も似たような気持ちだ。

何故なら私達の目の前で、楓が驚異的なスピードで砕かれた『雪片(ゆきひら)』を修復していたのだから。

いや、ただの修復では無く・・・折れた私の緋宵(あけよい)の刀身も組み込んでいる。

 

 

再び『黒叡(こくえい)』を展開した楓は、黒いナノマシンによってフレームを作ってしまった。

しかしそこからさらに内部機関の小さな部品までもナノマシンで出し、かつ腕が何本にも見えてしまう程に両腕を動かし、足の指まで使ってプログラムを構築して入力し、試行と設定と同時に済ませてしまう。

それはどこか、姉さんに似ていた。

楓の指先が魔法のように動き、私達の視界に破片や部品がマシンガンの薬莢のように飛び散って行く様を見ながら、そう思った。

 

 

「セシリア・・・シャルロット!」

 

 

背後のラウラが切羽詰まった声を上げると、両側の姉さんのビットが青いレーザーと実弾によって弾き飛ばされた。

そしてほぼ同時に、楓の作業が終了する。

 

 

私の『絢爛舞踏(けんらんぶとう)』によって無尽蔵にエネルギーを供給されるそれは、エネルギー切れを起こさない一夏の『零落白夜(れいらくびゃくや)』を完成させることになる。

純白の輝きは過去のどの場面よりも強く、激しく、信頼するに足る存在感を示していた。

それを構成するのは、黒き叡智。

すなわち、楓の『黒叡(こくえい)』の『 Trismegistus System 』―――――!

 

 

「『布都斯魂剣(フツノミタマノツルギ)』・・・!!」

 

 

その楓が名を与えたその剣には、実体の刀身に光輝く白い光が纏わりついていた。

それはまるで、白い雷のようにも見えた。

刀を持つ一夏の手に、私と楓が手を添える。

3人で持ったその刀は、3つのコアの共鳴によってさらに輝きを増した。

 

 

ふと、視線を動かせば・・・不思議なことに、姉さんは未だ桃色の鎖に拘束されていた。

いつもの姉さんであれば、すでに脱出していてもおかしくないのに。

今はただ、ぼんやりとした顔で私達を見ている。

穴が開いてしまいそうな程に、じっと見ていた。

・・・行くぞ、姉さん。

 

 

「「「いぃやあああああああああああああぁぁぁぁぁっっ!!」」」

 

 

無尽蔵のエネルギーを推進力に、姉さんに向けて突っ込む。

すると千冬さんが、ラウラが、セシリアが・・・皆が、まるで背中を押してくれるかのような感覚があった。

気のせいだと思うが、それでも信じたかった。

それが力になると、証明したかった。

 

 

そして、私達の刀が姉さんに届く。

姉さんを白く輝く刃が貫こうとした、その時。

1人の少女が、叫び声を上げた気がした。

 

 

 

 

 

Side 篠ノ之 楓

 

<ふざけるナアアアアアアァァァァァアアアァアアAAAAAAaaaaaAAAaaッッ!!!!>

 

 

それは、悲鳴を超えた絶叫だった。

たぶん私達だけじゃなく、この世界の全ての人間の脳裏に響いたんじゃないかってくらいの叫び。

くーちゃんさんの、もし身体があれば血の涙を流していたと思えるくらいの絶叫。

 

 

次の瞬間、数百枚の高密度エネルギー・シールドが1秒以下の短時間で展開された。

それは、私達の刀を止めようとする物だった。

刀の進みを止めて、束お姉ちゃんを守るための優しい力だった。

私達に反撃するんじゃ無くて、ただ束お姉ちゃんを守ろうとするために張られた物だった。

 

 

<―――――まだっ! まだです束さま、まだ機体もエネルギーも削られてはいません! だからまだやれます・・・・・・「続けられます」ッッ!!>

「―――――くーちゃん」

<まだ・・・束さまが、お望みの言葉を得るまで、まだ・・・ッッ!!>

 

 

・・・あの、言葉・・・?

・・・くーちゃんさんの障壁は、『零落白夜(れいらくびゃくや)』の前には意味を成さない。

シールド無視の斬撃が、くーちゃんさんが必死の思いで張ったシールドを意味の無い膜に変える。

くーちゃんさんの努力を無にしたのは、束お姉ちゃんの技術だった。

 

 

でもくーちゃんさんは、諦めなかった。

束お姉ちゃんを守るために、「絶対防御」その物の出力を上げた。

それはつまり、全てのダメージを自分が・・・ISが受けると言うことを意味していた。

私達の刀、『布都斯魂剣(フツノミタマノツルギ)』の白雷の切っ先が束お姉ちゃんのヘッドギアのコアに・・・<女王の心臓(ハート・オブ・ザ・クィーン)>に直撃する。

 

 

<あああぁぁあああaぁああAぁあAAaAあぁぁあぁあああああAAああああaAAAッッッッ!!??>

 

 

悲鳴が、絶叫が、くーちゃんさんの苦痛の叫びが響く。

涙が出てくる、くーちゃんさんは家族だった。

大好きだった、だから胸が張り裂けそうなくらいに痛かった。

頑張って、頑張って、頑張って・・・ひたすらに頑張って束お姉ちゃんを守るくーちゃんさんに、ごめんなさいって言いたかった。

 

 

<・・・るか・・・っ!>

「・・・ッ」

<やらせるか・・・やらせるか・・・束さまのお望みが叶うその瞬間まで、この私が守ってみせる。例えこの身の情報、全てを失ったとしてもッッ!!>

「な・・・!」

 

 

情報が、膨大な情報が刀を、ナノマシンを伝って流れ込んできた。

これは・・・DoS攻撃!? 規模とかが全く違うけど、こっちのISコアにくーちゃんさん自身の膨大な情報を叩き込んで、こちらのISを起動状態からダウンさせることを狙ってるんだと思う。

しかもくーちゃんさんだけじゃなくて、この場に残った5000機分の無人機のコアから同時多発的に。

 

 

その一瞬、『黒叡(こくえい)』のセンサー画面が明らかに乱れた。

対処する、でも手が足りない。

明らかにこちらの容量をオーバーする情報量に、『黒叡(こくえい)』を含めた3機のコアが悲鳴を上げてるのがわかる。

ナノマシンの出力が落ちて、『布都斯魂剣(フツノミタマノツルギ)』の刀身が揺らぐ。

―――――ダメ! 捌き切れない!! 心の中で悲鳴を上げる。

 

 

<大丈夫、お姉さんに任せて>

 

 

・・・カエデお姉さん!

『黒叡(こくえい)』の装甲が弾けて消える、その瞬間に箒姉さんが片方の手で抱き締めてくれた。

露出した『黒叡(こくえい)』のコアが輝いて・・・形を変える。

 

 

<『 Trismegistus System - copycat mode 』>

 

相手の情報を盗み、複写して活用するシステムが発動する。

今回、移し身にする対象は・・・<女王の心臓(ハート・オブ・ザ・クィーン)>。

くーちゃんさんをコピーして、流れ込んでくる情報をその身で受け止めた。

ギシリ、と何かが罅割れる音が確かに聞こえた。

 

 

<無駄なことを・・・移し身ごときで、この私の数千年の孤独が受け止められる物か>

 

 

嘲るようなくーちゃんさんの声に、私の脳裏にカエデお姉さんの世界が映る。

あの木漏れ日の・・・白い襦袢姿のおかっぱな女の子の世界が、黒く滲んで消えて行く様子が。

・・・カエデお姉さん!

 

 

<・・・ねぇ、楓。束お姉ちゃんは、何を待ってるんだろうね>

 

 

え・・・?

白雷の向こう側にいる束お姉ちゃんを見ると、相変わらず何もせずに私達を見つめていた。

何かを期待しているような顔には見えない、じゃあ、何を待ってるの?

 

 

<・・・思い出して、楓。私達の記憶の一番最初、私達は束お姉ちゃんに何て言った・・・?>

 

 

ギシギシと蝕まれていきながら、カエデお姉さんが言う。

最初・・・? 最初に、私達が・・・篠ノ之箒と篠ノ之楓が、言ったこと・・・?

何だっけ、私、何を言った・・・?

 

 

 

―――――楓、お外で遊びたい・・・。

―――――ふーん、そうなの。変なお願いだねぇ、ふぅーん・・・。

 

 

 

・・・違う、もっと前だ。

何でだろう、そんな気がする。

箒姉さんを見る、カエデお姉さんの声がちゃんと聞こえていたのか、同じように考え込んでる。

ふと、目が合って・・・それで。

それで・・・。

 

 

 

―――――「「おねぇちゃん」」―――――

 

 

 

脳裏に。

 

 

 

―――――「「○○○○」」―――――

 

 

 

「あの日」の、記憶に無いはずのあの日の言葉が、甦ってくる。

これは、誰の記憶なんだろう。

私の? 箒姉さんの? カエデお姉さんの? それとも・・・・・・。

 

 

あそんで。

 

 

・・・そう、そうだった、あの時だ。

初めて、束お姉ちゃんにお願いをしたんだ。

凄く凄く、小さかった時のこと・・・パパとママが神社の仕事で忙しくて、私と箒姉さんは退屈で。

退屈で仕方無くて寂しくて、1人でいた束お姉ちゃんのスカートの裾を掴んで、言ったんだ。

 

 

 

―――――おねぇちゃん、あそんで―――――

 

 

 

あの時からだ、束お姉ちゃんがやたらにテンション高く構ってくれるようになったのは。

いろいろな物を作ってくれて、見せてくれて、楽しませてくれて。

遊んで、くれたんだ。

・・・そして、きっと今も。

 

 

「・・・よ・・・」

 

 

確証は、無い。

でも、きっと・・・ううん、絶対。

 

 

「もう、良いよ・・・束お姉ちゃん」

 

 

もう、良いよ。

凄く、楽しかったから。

寂しくなかったから、貴女のおかげで毎日が光り輝いていたから。

 

 

目の前で罅割れて行く『黒叡(こくえい)』の・・・カエデお姉さんのコアを見ながら、私は言った。

はっきりと、頬を流れる水滴をそのままに。

たくさんの、感謝を込めて。

 

 

「・・・遊んで、くれて・・・」

 

 

箒姉さんの顔を見る・・・怒ってた。

そして、泣いてた。

でも、どこか笑顔だったような気がする。

きっと私も、同じ顔をしてる。

 

 

箒姉さんが『紅椿(あかつばき)』の装甲を解いて、露出したコアをカエデお姉さんの隣に並べる。

すると一夏さんが慌てて、片方の腕で私達2人を纏めて抱き寄せた。

刀には変わらず手を添えて、私と箒姉さんは指を絡めて手を繋いだ。

頭が良くて、テンションが高くて、困っちゃうけどでも優しくて楽しい、お姉ちゃんを見つめて。

そして、「その言葉」を2人で口にする。

 

 

「「ありがとう」」

 

 

私達の「その言葉」を聞いた途端、くーちゃんさんの圧力が消えた。

刀身が吸い込まれるようにコアにぶつかって、白い雷があたりを包み込んで。

真っ白に、染め上げる。

何にも見えなくなって、身体の感覚もあやふやになってしまう。

その中で・・・。

 

 

 

「そっかぁ」

 

 

 

束お姉ちゃんの嬉しそうな笑顔だけが、やけにはっきりと見えた。

いつもの笑顔とは違う、ほっとしたような・・・言うなれば、年の離れた妹と遊び終えた・・・。

―――――「お姉ちゃん」の、顔だった。

 

 

そして、全てが終わった。

光に包まれて、全てが飲み込まれて消える。

世界も、ISも、姉さん達も・・・そして。

そして・・・○○○も―――――。

 

 

・・・おしまい。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

―――――水平線の彼方に、太陽が顔を覗かせていた。

うっすらと日の光が伸びて行き、戦場の跡を照らしだしている。

海底へと沈んでいく巨大艦、生存者を引き上げる船、そして・・・砂浜。

 

 

どこかの島の砂浜には、いつもと変わらない波の音が響いていた。

森の中からは鳥の歌が聞こえ、白く美しい砂浜では小さな生き物達が活動を始めている。

そして、その波打ち際の砂には・・・小さな小さな、しかしはっきりとした足跡が1つ、残されていた。

少し深めに出来たその足跡の先には、2人の少女がいた。

どうやら、1人がもう1人の少女をおぶっているようだった。

耳を澄ませば、少女達の会話が聞こえてくる・・・。

 

 

「・・・皆、大丈夫かなぁ・・・」

「さぁな、まぁ、大丈夫だろう。殺しても死なないような連中ばかりだからな」

「・・・千冬姉様とか、その筆頭だよね・・・」

「ああ。だが本人の前で言うなよ、出席簿が飛んでくるぞ」

「・・・うふふ、そうだね・・・」

「はぁ・・・しかし、どこまで歩けばいいんだろうな? ISは使えないし、地図も無いのだが」

「・・・ごめんね、私、重いかも・・・」

「うん? ふふん、この姉を甘く見るなよ。妹の1人くらい、軽々とおぶって歩けるさ」

 

 

1人は、どこか凛とした美しさを持つ少女だ。

結んでいた髪は解けて、白を基調に黒のラインの入ったISスーツ姿で砂浜を歩いている。

その身体には、いましがた泳いできたかのように水滴が滴っていた。

自分と同い年くらいの少女を背負っているが、その足取りはしっかりとしていて頼もしい。

 

 

そしてもう1人は、おぶられている肩先程の長さの髪の少女だった。

自分を背負ってくれている少女とは、髪の色や顔立ちがどこか似ている。

眠るように目を閉じて、自分を背負ってくれている少女の肩に頭を甘えるように乗せている。

服装は場違いな程にフリル過多の黒いドレス、そして左手の指には「罅割れた」黒い指輪を嵌めている。

右腕を姉の首に回して、左手は姉の胸元で力無く揺れている。

 

 

「・・・えへへ、おぶって貰うの、久しぶりだよね・・・」

「そうか? ふむ、そうかもしれないな。だが子供の頃は良くこうして、お前を運んだな」

「・・・そうだっけ・・・」

「ああ、お前は覚えていないかもしれんな。何しろ、真冬に日射病で倒れるとは思わないからな」

「・・・あー、ごめん・・・」

「良いさ、私もお前をおぶれて嬉しかったんだ」

「・・・うん、私も姉さんにおんぶされるの、大好きだよ・・・」

「そうか、それならこれから、いくらでもおんぶしてやるさ」

 

 

ざっ、ざっ・・・と、砂浜に足跡が増えて行く。

口調は軽い、だが重くないはずが無い、疲れていないはずが無い。

それでも、姉と呼ばれる少女は歩みを止めない。

妹をおぶって、広い砂浜をただ歩く。

 

 

「4月になれば新学期だな、長い冬休みもようやっと終わるわけだ」

「・・・学校、行けるかなぁ・・・」

「行けるさ、ずっと行きたがっていただろう? 何、誰にも文句は言わせない」

「・・・カッコ良いね、姉さん・・・」

「妹の前だからな、格好をつけたいのさ」

「・・・ふふ、何それ・・・」

「誰かに苛められたら言うんだぞ、私が成敗してやる」

「・・・乱暴は、ダメだよー・・・」

 

 

くすくすと笑う妹に、姉は頬を綻ばせる。

その際に少しズリ落ちてしまったので、後ろ手に妹のお尻を押し上げて背負い直す。

んしょっ、と可愛らしく吐息を漏らして、妹をおぶる。

 

 

「・・・運動会とか、出たいな・・・」

「ああ、お前は一度もまともに参加していないからな。でも今度は、ちゃんと出れるさ」

「・・・うん、そうだと良いな・・・」

「他にも修学旅行とか、就業体験なんてのもある。そうだ、あと2回も学園祭ができるんだぞ」

「・・・楽しかった、ねぇ・・・」

「ああ、それにきっと友達もたくさんできる。それにアレだ、お前には早いかもしれないが」

「・・・恋、とか・・・」

 

 

とりとめも無い話が、続く。

その時、不意に「パキリ」、という音が響く。

妹をおぶった少女が、足を止める。

 

 

「・・・恋と言えばね、姉さん・・・」

「何だ、まさか好きな人でもいるのか? 私よりも強い男でないと認めないからな」

「・・・一夏さんと、上手くいくと良いね・・・」

「大丈夫だ、ちゃんと気持ちは伝えるさ。それに、お前だって手伝ってくれるのだろう?」

「・・・一夏さん、朴念仁だから・・・」

「はは、違いないな。でも、まぁ、何とかするさ。ライバルは多いが」

「・・・一夏さんと恋人になっても、遊んでくれる・・・?」

 

 

少女の足元に、指輪「だった」物体が転がっていた。

砂の上で、黒い菱形の枠の中の黒い宝石が割れてしまっていた。

それを見つめながら、姉と呼ばれた少女は、妹のいじらしい「お願い」に声を震わせる。

 

 

「は、ははは。し、しょうの無い奴だな、お前は」

「・・・うん・・・」

「お、お前は昔から、甘えん坊だったからなぁ。手間がかかると言うか何と言うか」

「・・・ごめんね・・・」

「何を謝る、私が好きでやっているんだ。子供の頃に決めたんだ、お前を守るために強くなると」

「・・・うん、ごめんね・・・」

 

 

・・・立ち止まっていると、幼い頃の記憶が甦って来る。

目を閉じれば、今でも鮮明に思い出せる。

実家の道場に来ていた男子に、病弱な妹が苛められていたあの頃を。

 

 

―――――なんだこいつ、なまっちろくてきもちわりーっ。

―――――おれしってるぜ、それっておばけがきるふくなんだろー?

―――――やーい、おばけ、おばけー!

 

・・・ちがうよぅ、おばけじゃないもん・・・こほっ、こほっ・・・。

 

―――――わー、こいつしんじゃうぞっ。

―――――やーいっ、おばけのくせにないてやんのー!

―――――おもしれー・・・あっ、やべっ、おとこおんながきたぞ!

 

こらぁっ、いもうとをいじめるなーっ! ・・・つぎにやったら、しないでたたくからな!!

・・・ぐすっ、ねぇさぁん・・・けふっ、えふっ・・・。

もうだいじょうぶだぞ、あんなやつら、わたしがやっつけてやるからな!

 

 

少女にとっての、原点。

妹を守ることが、少女にとっては誇りだった。

何者にも汚すことのできない、少女の聖域だった。

 

 

「・・・箒、姉さん・・・」

 

 

そしてそれは、妹にとっても・・・宝石のような思い出だった。

 

 

「何だ、楓」

 

 

徐々に重さが増す妹の身体に、少しずつ首から離れて行く腕に、失われていく温もりに。

震える声で、篠ノ之箒と言う名の姉は応じた。

そして。

 

 

 

「・・・・・・だいすき・・・・・・」

 

 

 

篠ノ之楓と言う名の妹は、とても小さな声でそう告げた。

それは確かに、姉の耳に届いた。

そしてそこで、長かったような短かったような会話が止まる。

姉の唇が戦慄くように小さく動いて、妹と同じ言葉を紡ぐ。

 

 

しかしそれは、声にならなかった。

声にならない、声だった。

だけど、世界中の何よりも・・・尊い声だと、そう思えた。

 

 

 

 

 

・・・・・・白い砂浜に、延々と続く足跡が一つ。

砂浜で、声にならない声が聞こえる。

世界中に響き渡るような声が、永遠とも思える時間、響き続けている。

 

 

その少女達に・・・少女に、無数の足音が近付いてきた。

それは精悍な顔立ちの少年であったり、ツインテールの小柄な少女であったり、高貴そうな金髪の少女であったり・・・。

あるいは水色の髪の眼鏡の少女であったり、どこか眠そうな目をした少女であったり・・・。

だが、彼女らが少女の下に辿り着くのはもう少し先のお話。

 

 

それまでは、1人になってしまった少女の声にならない声だけが響く。

響き、続ける・・・。

ずっと、ずっと・・・・・・ずっと。




新登場兵器・IS:
406mmICM砲:伸様提案。
「カーリー」「エーデルワイス」「イシュバランケー」「チータ」:
黒鷹商会様提案。


篠ノ之 楓:

たくさんの人に、ありがとう。

ほんとにほんとに、皆、ありがとう。

見守ってくれて、ありがとう。

助けてくれて、ありがとう。

ありがとう、ありがとう・・・ありがとう。

悲しいこと、たくさんあったよ。
苦しいこと、いっぱいあったよ。
嫌なことも辛いことも、あった。

でも、皆のおかげで楽しかったよ。
嬉しかったよ、幸せだったよ。
たくさんよりもいっぱい、いっぱいよりもたくさん・・・幸福を貰ったよ。

私を見てくれていた皆に、貰ったんだよ。
貴方が、くれたんだよ。

だから、たくさんの、いっぱいの気持ちを込めて。

ありがとう。

ありがとう・・・・・・そして、ばいばい。


だいすきだよ。
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