この物語は「もしも」ストーリーです、本編とは厳密な意味で関係がありません。
本編との変更点は以下の通りです。
・束さんがISを作らなかった世界です。
(故にISもIS学園も存在しません)
・一夏達は全員、私立藍越学園の生徒です。
・いろいろご都合です。
・何より、ギャグテイストです。
以上の点にご注意頂いて、どうぞ。
―――――長い物語は、終焉を迎えた。
長姉から譲り受けた黒き叡智、次姉との触れ合い、かけがえのない友人達との出会い。
それは1人の少女が駆け抜けた、波乱万丈の一代記であった―――――。
『やふー、束お姉ちゃんだよん! 今日もらぶりぃ?』
「・・・・・・ぅゆ?」
薄暗い和室、質素ながら可愛らしい小物の置かれた和机やぬいぐるみの並べられた棚。
障子の向こうからは柔らかな日の光が漏れて、室内には涼やかな空気が満ちている。
その部屋の真ん中に敷かれた布団の枕元には、何故か女性の声で部屋の主を起こそうとする巨大なクマのぬいぐるみが置かれていた(どうやら目覚まし機能を有しているようだ)。
「・・・むぅ・・・」
むくり、と布団の上で上半身を起こしたのは、肩先で切り揃えられた黒髪の少女だった。
細い身体に白い襦袢を着て、所々寝癖のついた頭をゆっくりと振りながら、眠たげに目を擦っている。
そしてその少女・・・篠ノ之神社の末娘、
「・・・ちゅうになゆめ、みちゃった・・・」
まさかの夢オチである。
そんな彼女の呟きを聞いていたのは、ぬいぐるみ達だけであった。
◆ ◆ ◆
「・・・って言う夢を見たんだよ」
「はは、そうかそうか。楓は将来は作家先生だな」
「あらあら、楽しみねぇ」
朝食の席で夢の内容を報告する楓に対して、微笑ましそうな顔を向けるのは楓の両親である。
大きめの卓袱台の上に並ぶのは、白米、味噌汁、納豆、卵焼き、焼き魚、そしてお漬物という和風な朝食の代表例のような食事である。
楓は白米の乗ったお茶碗を片手に持ちながら、卓袱台を囲む他の家族に今朝見た夢の内容を話している所だった。
そして末の娘の話に味噌汁片手に厳格そうな顔を綻ばせているのは篠ノ之
その横で柔和そうに微笑むのは、どことなく楓に似た雰囲気を持つ妙齢の女性である。
その名は篠ノ之
「えー、そう? そうなっちゃう?」
「・・・馬鹿なこと言ってないで、さっさと食べろ。父さんも母さんも適当なことを言わないでください、楓が本気にしたらどうするんです?」
「はは、まぁ良いじゃないか」
「そうだよ箒姉さん、夢を持つのは大事だって束お姉ちゃんも言ってたもん」
比較対象がおかしい、そう思いながら味噌汁を啜るのは楓の姉、篠ノ之
長い黒髪をポニーテールにして、凛々しさと厳しさを内包させる美しさを備えた少女である。
楓と同じく私立藍越学園の制服を着ており、楓の双子の姉である。
ちなみに次女、篠ノ之三姉妹としてご近所でも有名だが・・・その大半は長姉が原因である。
「箒ちゃん、楓ちゃん、おっはよ――――――っっ!!」
その時、居間の襖をドバーンッ、と開けて登場した女性こそ、篠ノ之三姉妹の長姉である。
年の頃は20代半ば前後の美しい女性だが、アリスとウサギが同居したようなワンピースと頭の上にはウサ耳のヘッドギア、そしてタレ目のせいで実年齢より大分幼く見える。
篠ノ之
彼女は妹達を見つけると、脇目もふらずにタックルと言う名のハグをかました。
「おっはよーっ、箒ちゃんおはよう! 今日も可愛いなぁ可愛いなぁっ、むむ? 朝だからかおっぱいがいつもより大きく・・・!?」
「ちょ、何、どこ触・・・ええい! 鬱陶しい! 離れてください味噌汁がこぼれる!?」
「むぃ、箒ちゃんのいけず・・・と見せかけてとりゃーっ、楓ちゃんおはよ~っ! 今日もフカフカだねぇ、でもおっぱいちっちゃいから抱き心地はイマイチ」
「朝から酷い事を言われた!?」
姉妹達が毎朝の恒例行事を済ませている中、父である柳韻はソワソワとしていた。
ワクワクとも言える、それに気付いたのか、妹達を抱き潰していた束がふと顔を上げた。
そして父と目が合うと、それまでの笑顔を消して。
「何、こっち見ないでくれる? 気持ち悪いんだけど、あとウザい」
「ぐはあっ!?」
「父さん!?」
「パパが吐血して倒れた!? 今の一瞬で何が起こったの!?」
「うう・・・母さん、娘が冷たいんだ・・・」
「はいはい、年頃だから仕方ありませんよ」
篠ノ之家の朝は、今日も平和である。
いつもならこの平和な時間はもう少し続くのであるが、今日は少し様子が違った。
それに気付いたのは母であって、娘・・・箒と楓に向けて言う。
「2人とも、今日は早く行かないといけないんでしょう?」
「あ・・・そうだった! 楓、遅刻するぞ!」
「ち、ちょっと待って箒姉さん、まだ卵食べてな・・・」
「それは良いから!」
ドタバタと慌ただしく用意をして学校に行こうとする妹達に対して、姉である束はふむふむと頷いた。
それから考えること数秒、瞳の中にLEDライトを点灯させて、妹達に告げる。
「大丈夫! お姉ちゃんに任せて!」
妙に自信満々な姉の言葉に、次女は嫌そうな、三女は興味深そうな表情を浮かべた。
◆ ◆ ◆
篠ノ之束は、ご近所でも有名な発明家である。
その大半は誰にも理解されない物だが、ごく稀に新型の介護ロボットであったり、証券取引システムであったり、コンピュータウイルス駆除プログラムであったり、世の中の役に立つ物を開発する。
特許料やら何やらで、実は家事手伝いでありながら篠ノ之家随一の稼ぎ頭であったりする。
そのため妹達から尊敬されるわけだが、次女に関しては尊敬より苦手意識の方が高い模様である。
「こんなこともあろうかと、箒ちゃんと楓ちゃんのためにこんな物を作っておいたんだよ!」
どどーん、そんな擬音と共に玄関先に用意されていたのは、言うなれば一人乗り用立ち乗り二輪車だった。
平行に配置された2つの車輪にプレートが渡され、そこから上部に向けてハンドルが突き出している。
それが2台あるのだが(1台は赤で1台は黒)、それに対する2人の妹の反応は対照的だった。
「知ってる! 私コレ知ってるよ束お姉ちゃん、セグウ○イ! セ○ウェイだよねコレ!?」
目を輝かせて興奮するのが、姉からいろいろと仕込まれている(技術的な意味で)楓であり、束はその反応に満足そうに腕を組んで「むふーっ」と鼻息を荒くしている。
そして「ちっ、ちっ、ちっ」と指を振り、自慢げに説明する。
「ただの立ち乗り二輪車じゃないんだよー、束お姉ちゃん特製なんだから!」
「・・・これ、いったいどうしたんだ・・・?」
どこか嫌そうな、胡散臭そうな表情で見つめるのが箒である。
束はその態度が気に入らなかったのか、不満そうに唇を尖らせる。
「もー、テンション低いよ箒ちゃんー。ほらほら、もっと素直にお姉ちゃんを褒めてみてー?」
「・・・姉さんの発明品には、良い思い出があまり無いので・・・」
「えぇ―――!?」
がーんっ、とショックを受ける束だが、箒は昔から束の作る発明品とは相性が悪かったのである。
良くも悪くも目立つ姉の存在は、箒にとっては何と言うか、恥ずかしい物だった。
もう少し大人しくしてほしいと思う、切実に。
「お姉ちゃんお姉ちゃんっ、これ、どうやって使うの!?」
「んー? むふふー、楓ちゃんはせっかちさんだなぁ。まずは乗る、そしてハンドルの赤いボタンを押す!」
「こうー?」
「あ、バカ! 楓、そんな不用意に押したら―――――」
箒の忠告も虚しく、楓は何も疑わずにハンドルのボタンを押した。
・・・・・・何も、起こらなかった。
楓が不思議そうに首を傾げ、箒が少しだけほっとしたその時。
立ち乗り二輪車の底がばかっ、と開き、ジェット噴射が始まった。
繰り返して言おう、ジェット噴射である。
「ふぇええええええええっ!?」
「燃料は空気中から取るから、火とかは出ないから超安全だよー。そして藍越学園の校門にマーカーが置いてあるから、そこまで一直線! たぶん5分くらいでつくんじゃないかなー」
「ふ・・・ふぇえええええええええええぇぇぇぇぇ―――・・・・・・!!」
遠ざかる楓の悲鳴、空へと上がって行く妹に、束は笑顔で白いハンカチを振っていた。
白い飛行機雲のような煙が青空に吸い込まれて行き・・・きらーんっ、と輝いた。
おそらく、太陽の光的な何かを反射したのだろう。
ジェット噴射の余波が去り、スカートを押さえたままの体勢で呆然と楓を見送る形になった箒。
その隣では、一仕事終えたような晴れやかな表情で額の汗を手の甲で拭っている束。
そして、空へと消えた末の妹。
「あ、箒ちゃんも行かなくて良いの? 学校」
「か・・・かか、か・・・」
「お?」
ワナワナと震え始めた箒に、束が不思議そうに首を傾げる。
そして箒は、楓の鞄と自分の鞄をひっつかむと、オリンピック選手もびっくりな速度で走り出した。
それはもう、必死の形相で。
「楓ええええええええええええええええええええええええぇぇぇぇっっ!!??」
「いってらっさ~い」
そんな愛すべき妹に対して、束ははんにゃりとした笑顔で手を振って見送った。
◆ ◆ ◆
「よーっす、弾」
「おーっす、一夏」
私立藍越学園、学費の安さと就職率の高さがウリの高校である。
最近では留学生も積極的に受け入れており、にわかに国際化モデル校としても有名になりつつある。
そんな学校の校門の前で、いつもより早く登校して来た
一夏は黒髪の精悍な顔立ちの少年であり、弾は赤く長い髪をバンダナで上げている少年である。
「今日、晴れて良かったなぁ」
「そうだな、なんつっても今日は体育祭だもんな!」
「テンション高いなぁ、お前」
弾の様子に苦笑しながら、一夏は今日の学校行事について考える。
体育祭、要するに運動会であるのだが、どうも今年は去年までとは違うらしい。
どう違うのかと言うと、規模が違うのである。
と言うのも・・・。
「・・・ん?」
「どうした?」
「いや、何か・・・」
周囲を同じ制服姿の少年少女が歩く中、ふと一夏は立ち止まっていた。
何かが気になるようで、キョロキョロとあたりを見回している。
「・・・・・・ぇ―・・・・・・」
「ほら、やっぱり」
「何がだよ」
「いや、声が聞こえるって言うか・・・」
「・・・てぇ―・・・!」
不意に気付いて、一夏は背後を見た。
いや、より正確に言うと、後ろの空を見た。
するとどうだろう、良く見なければ見えないが・・・だんだんと近付いて来るアレは。
「そこ、どいてええええええええええええぇぇぇぇっっ!!」
「うお、一夏! 空から女の子が!!」
「て言うか、アレ・・・楓じゃね?」
子供の頃から顔見知りの幼馴染の一人である、見間違えるはずがなかった。
その楓と言う名の女の子が、何故かセグ○ェイらしき物体に乗って空を飛んでいた。
しかもあろうことか、自分達に向かって急降下してきていた。
「・・・なんでさ」
そう呟いた次の瞬間、一夏は物凄い交通事故に巻き込まれた。
具体的には、空から降って来た女の子と正面衝突した。
おそらく、人生で一度あるか無いかの体験だったと、後に一夏は語っている。
◆ ◆ ◆
「本当にすまない! ウチの愚姉が・・・!!」
「あーいや、大丈夫だって箒。タンコブで済んだし」
「むしろアレをタンコブ一つで乗り切るお前がすげーよ・・・」
1年1組の教室、HR前の喧騒の中で箒が一夏に頭を下げていた。
あまりに高速で頭を下げたため、ポニーテールの毛先が鞭のようにしなる。
それを笑いながら許しているのは窓際最後列の座席に座る一夏であり、そんな一夏を弾は恐ろしい物を見るかのような目で見ていた。
「うぅ・・・ゴメンねぇ一夏さん、私がドンくさいばっかりに~」
「おお~・・・」
「うぅ、タンコブつつかないでよぉ、本音ちゃん~」
「いやぁ、漫画みたいなタンコブなんて初めて見たから~」
そんな一夏の斜め前の座席に座る楓も、一夏に対して別の角度から謝っている。
そして楓の頭にぷっくりと出来たタンコブをつついているのは、どこか眠たそうな顔と袖の長い制服が特徴的な少女、
楓の親友であり、小学生から同じクラスと言う腐れ縁の少女だ。
・・・まぁ、つまりは一夏や箒とも付き合いが長いと言うことだが。
「楓も、姉さんの渡す物をホイホイ使うんじゃない! あの人が作る物は9割が面倒事を呼んで来るんだから!」
「うぅ、でも~・・・」
「でもじゃない! 一夏が頑丈だったから良かったような物の、普通の相手だったら死んでるぞ!?」
「あれ? ひょっとして俺って人間扱いされてないのか?」
一夏が自信なさげに首を傾げた時、ガラガラと教室の扉が開いた。
そこから現れたのは各クラスに3人はいると言う留学生、1組に所属する3人だった。
ちなみに2組には中国人、3組にはアメリカ人がいたりする。
「何だ? 朝から騒々しいな・・・HRまで後5分だぞ」
「全くですわ、もう少し品性という物を気にして頂きたいですわね」
「あ、あはは・・・まぁまぁ、良いじゃない。僕は好きだよ、楽しそうで」
1人目は銀髪に赤い瞳の小柄な少女、2人目は高貴さを感じるウェーブがかった金髪の少女、3人目はストレートの金髪を後ろで纏めている少女だった。
名前はそれぞれ、ラウラ・ボーデヴィッヒ、セシリア・オルコット、シャルロット・デュノア。
ドイツ、イギリス、フランスからの留学生である。
おそらく、留学生の寮から共に登校して来たのだろう。
「おはよう、3人とも」
「あ、一夏。校門前で事故にあったって聞いたけど大丈夫?」
「あうぅ・・・」
シャルロットの何気ない気遣いに、楓は机に突っ伏して唸った。
その頭を本音によしよしと撫でられている楓だが、事情を知らないセシリアやラウラは首を傾げていた。
「はーい、ちょっと早いけどHRを始めますよー。皆さん、おはよーございまーす!」
「「「おはよーございまーす!」」」
今朝の「事故」についての話を一夏達がしていると、1組の副担任である山田真耶がやってきた。
魅惑的なスタイルとほんわかした雰囲気のギャップが、男子生徒に大人気の教師である。
しかしその後から入って来た担任の方は、男女問わず大人気なわけだが・・・。
「あ、千冬姉だ」
「千冬姉様だね」
「千冬さんだな」
「お前達、後で職員室に来い」
「「「すみませんでした」」」
額に青筋を立てながら一夏と篠ノ之姉妹を睨んだのは、1組の担任であり一夏の姉である織斑
完璧なプロポーションと怜悧な美貌、黒いスーツをきっちりと着こなす姿はオオカミを思わせる。
真耶とは別の意味で男女共に人気の高い、この学園の名物教師である。
趣味はスポーツと海外旅行、その筋では有名らしいが弟である一夏も詳しくは知らない。
ちなみに束の同級生であり、当然だが箒や楓のことも幼い頃から知っている。
そのため、箒や楓にとっては「もう一人の姉」というようなイメージである。
真耶が出欠を取った後、話題はいよいよ今日の体育祭のことになる。
「はーい、事前に説明していた通り、今年の体育祭は特殊な形で開催されます。と言っても皆さんは1年生なので、今年が初めてなのでいつもと違うっていうイメージは無いかもですね」
「先生、質問です。例年はどのような形で行われるのでしょうか」
「あ、はい、えーと・・・去年までは学校のグラウンドで普通にやってたんですけど・・・」
1組の質問役(暗黙の了解)であるラウラが手を上げて質問をすると、少し慌てながら真耶が答える。
男子生徒はその際の真耶の可愛らしい仕草に興奮するが、そう言う生徒は基本的に千冬によって撃墜される。
ある意味、バランスの取れた担任と副担任であった
◆ ◆ ◆
3校合同体育祭、その名の通り藍越学園の海外姉妹校2校との3校での合同体育祭である。
アメリカは私立のイレイズド・アカデミー、欧州は正確には学校では無く、欧州連合の特別留学制度登録校をまとめて1校として扱っている。
ただそれだけの規模になると藍越学園のグラウンドでは手狭なため、今年に限り市のアリーナを使用する。
そしてその市のアリーナまで生徒達をバスに乗せて運んできた千冬は、バスから下りて溜息を吐いた。
HRでもそうだったが、バスの中でも生徒達は大騒ぎだったのである。
無論、千冬によって駆逐されたわけだが。
そして生徒達を少しの間バスに残し、それを真耶に任せた上で・・・千冬は先に来ていた他の2校の引率の教師達に挨拶に向かった。
「正直、気は進まないがな・・・」
そう呟きながらも千冬はこれも仕事と割り切って歩みを進める、そしてホテルと契約している地元のバス会社の大型バスに近付いて行く。
紺色の駐車場の上、バスの中から飛び下りて来た金髪の女が大きく手を振って来た。
その時、千冬は何とも言えない表情を浮かべていた。
「いよぉ~、チフユ~!」
「何でお前がここにいるんだ、ジーナ・・・」
「私もいるぜ!」
「イーリスもか・・・」
想像はしていたが、できれば当たってほしく無かった。
そんな顔をしながら、千冬はアメリカの友人達(少なくとも、向こうはそう思っている)の顔を見た。
千冬が顧問をしている部活の関係でジーナ達の学校に世話になり、その流れで交友関係が生まれたのだ。
「何だよ何だよ、私らに会えて本当は嬉しいくせによ!」
「私それ知ってるぜ、ツンデレって言うんだろ? 日本の文化なんだよな!」
「・・・よろしく頼む、ナタル」
「ええ、よろしく」
「「私ら無視すんなよ!?」」
ジーナとイーリスを無視する形で、もう1人の引率であるナターシャ・ファイルスと握手をする千冬。
アメリカの友人の中では、ナターシャ(愛称、ナタル)だけが千冬の心の支えだった。
それから、もう一つ・・・欧州校の面々と顔を合わせる。
こちらも部活関係で知り合った仲だが、千冬にとっては特に心配する必要が無い。
「今日はよろしくお願いします、ウルスラ先生、レディア先生、アデリタ先生」
「こちらこそ、オリムラ教諭」
「よろしく」
「よろしくお願いしますね」
がっしりと握手を交わしたのは欧州連合特別留学制度登録校のドイツ校の教師、ウルスラ・ルーデル。
千冬の教え子であるラウラの母国での教師であり、そのストイックさが千冬には好ましかった。
そしてもう2人は、スペイン校のアデリタ・ポルティージョ・ラザロとイタリア校のレディア・アルミス、いずれも真面目な女性教師である。
「さて、では生徒達をアリーナへ入れる順番ですが・・・」
「ええ、まずはアメリカ校の生徒達から・・・」
「昼食は日本校の方式で・・・」
この後にアリーナを借り切って行われる合同体育祭に向けて、最後の確認である。
ちなみに、留学生たちは人数の関係で母国の学校の生徒として参加する。
それぞれの学校にとって、史上最大の規模の体育祭が始まる。
◆ ◆ ◆
陸上競技も行われる市立アリーナ、そこでは3つの高校(厳密には違うが)による合同での体育祭(もしくは運動会)が行われる。
アリーナにはもちろん、それぞれの学校・クラスごとに整列しているが・・・観客席にいるのは、基本的に生徒の家族などの関係者なので人の入りはまばらであったりする。
一応一般客も入場可能ではあるが、高校の体育祭にわざわざ来る一般人など少ない。
『はい、皆さんこんにちは。外国から来た人も普段から知ってる人もよろしく、藍越学園の全生徒の長である生徒会長、
しかしそこは高校生、気にすることも無く行事を進めて行く。
今は主催である藍越学園の生徒会長による開会の挨拶の最中である、3校の生徒が居並ぶ前で堂々とした挨拶を見せるその女性は、藍越学園の生徒会長(2年生)である。
水色の髪に赤みがかった瞳、華やかな印象を受ける美人だが嫌味な所は無い。
むしろその身から溢れる若さと勢いはカリスマとなり、その支持率は実に98%を超えていた。
「はぁー、会長さん相変わらず美人だなぁ。これでブルマであってくれれば・・・」
「お前はいったい、何を目指しているんだ」
本気で悔しがる弾に、一夏は呆れたような視線を向ける。
ちなみに、藍越学園の女子体操着は普通に短パンである。
今日び、ブルマなど女子生徒が希望しない限り存在しない。
「弾さん、イマドキあんな恥ずかしいの着る人いないよ・・・」
「いやいや楓ちゃん、それは偏見だ。そもそもアレには男子のロマンが・・・・・・オーケー箒ちゃん、俺が悪かった、だからその竹刀をしまってくれ。殺気が尋常じゃないんだ」
「弾、お前そう言うのやめろよ。虚さんに言いつけるぞ」
「おまっ、虚さんは関係無いだろ!?」
虚と言うのは、本音の姉で生徒会会計の3年生女子の名前である。
現在、壇上で生徒会長である楯無の傍に控えるように立っている眼鏡の女生徒が、その布仏(のほとけ) 虚(うつほ)だ。
弾がちょっぴり、気にしている女性でもある。
『ほらそこ! 楽しみなのはわかるけど静かに! まったく、これから特別協力者を紹介しないといけないのに・・・』
「特別協力者・・・誰?」
『良い質問ね、一夏くん』
「何で聞こえんの!?」
『生徒会長だからよ』
生徒会長関係無いよ、その場にいる人間の気持ちが一致した瞬間だった。
その時、傍らに控えていた虚が楯無に何事かを囁く。
それに頷いた楯無は、懐から扇子を取り出して開くと、そこに書かれている文章を読み上げた。
『さぁ皆、大空をご覧あれ!!』
「「「「「???」」」」」
首を傾げながらも空を見上げる一堂、素直である。
するとどうだろう、空の一点が狙ったかのように「キラーンッ」と輝いた。
そしてその輝きが、どんどんとアリーナに近付いて来る。
「あ・・・あれは、鳥か?」
「飛行機か!?」
「いや・・・ニンジンだ!!」
律義なリアクションを取る生徒達、そんな彼ら彼女らの目の前に何かが着弾する。
想像以上に巨大な爆発と爆風に、生徒達はおろか女性教師達も悲鳴を上げる(千冬除く)。
先程まで楯無達が立っていた壇を破壊して地面に突き刺さったそれは、デフォルメされたニンジンだった。
楯無達自身は直前で避難しており、ケロリとした表情を浮かべている。
そして煙が晴れると同時に、そのニンジンがバカッと真っ二つに割れる。
その中から出て来たのは・・・。
「じゃじゃーんっ、皆のアイドル、束さんだよーんっ!!」
篠ノ之束、その人であった。
指二本でカッコ良くサインを決めて、身体中から星のエフェクトを飛ばしている。
突然の闖入者の登場に静まりかえる会場、そして次の瞬間には大歓声に包まれた。
「篠ノ之神社の巫女三姉妹の長姉」の存在を知らない人間は、少なくともこの街にはいない。
何故ならば、現在邦銀の大半で使用されている決済システムや太陽光をエネルギー源とする次世代型自動車など、数々のイノベーションの裏に彼女がいることは公然の秘密だからである。
・・・そして、時折街で起こる不可思議な事件の原因であることも。
そのせいか、一部にコアなファンがついていたりするとかいないとか。
束の登場に、楓は目を輝かせて、箒は頭を抱えてしゃがみ込んだ。
『えー、この度この合同体育祭の特別協力者に就任して頂きました、篠ノ之束さんです』
「ちーちゃんといっくんと箒ちゃんと楓ちゃんの学校生活の写真集で手を打ちました! ちぇけら♪」
「お姉ちゃん何してるの!? それ犯罪だからね!?」
『大丈夫よ簪ちゃん、学園側の許可は取ったから』
1年生の列から声を上げたのは更識
楯無の実の妹であり、本音の幼馴染であり、楓の親友でもあり、共に『シスターズ』なる団体を組織している少女である。
趣味は機械弄り、最近、姉の暴走に頭を痛めているという点で箒と仲が良かったりする。
そして楯無の言うように、教師陣は驚きはしているが口を出そうとはしていない。
むしろアメリカ校の面々などは興味深そうにしており、逆に欧州校の面々は眉を顰めている(特にルーデル女史)。
そして真耶は苦笑いし、千冬は頭痛を堪えるようにこめかみに指を添えていた。
「た、束さんが特別協力者か・・・」
「・・・楓、頭痛薬持ってないか・・・」
「箒姉さん? 顔色真っ青だけど大丈夫!?」
呆然と呟く一夏の肩に手を置いて身体を支えるようにしながら、頭を抱える箒。
そして愛する姉の突然の体調悪化に悲鳴を上げる楓、三者三様の反応である。
そんな様子を知ってか知らずか、束の横で楯無が宣言する。
『さぁ! 合同体育祭、始めちゃうわよ―――――っ!!』
「「「「「おおお―――――――っ!!」」」」」
とにもかくにも。
3校合同体育祭、開始である。
◆ ◆ ◆
アリーナを使用すると言うことで、陸上の大会でもできる設備が整っている。
100メートル走にもなれば、クラウチングスタートが当然である。
カーブの差などを反映し、スタート地点が違っていたりもする。
はたして、今日のためにいくら注ぎ込んだのだろうか?
「しかも姉さんが関与しているとか、胃が痛くて仕方無いんだが・・・」
「ご、ごめんなさい・・・うちの姉が・・・」
「い、いや、簪が謝ることじゃない。それにウチの姉こそ迷惑を・・・」
「私のお姉ちゃんが・・・」
「こちらの愚姉が・・・」
「・・・・・・アンタら、何でペコペコ頭下げ合ってんの?」
そして徒競争競技の一つ、女子100メートル走である。
学年・クラスごとに順番を待つ中で、箒は偶然に同じ組になった簪と、お互いの姉の暴走について謝罪し合っていた。
それに対して首を傾げているのが、2組の走者である
小柄な体躯にツインテール、箒達とは小学校高学年からの幼馴染だったりする。
「ま、落ち込んでんならそれでも良いけどね、一等賞になって一夏に自慢しにいくんだから」
「む・・・」
その鈴の挑発的な言葉に、箒が頭を下げるのをやめて鈴を睨む。
鈴はふふんと笑って胸を張るが、特に胸を張っているわけでもないのに圧倒的な格差を生む箒の身体の一部分と自分のそれを見つめた後、苦虫を100匹は噛み潰したかのような表情を浮かべた。
「頑張りましょうね・・・簪!」
「な、なんで私に・・・」
「何となくよ!」
鈴の態度に納得がいかない、簪であった。
一方で箒はと言うと・・・。
「箒姉さ―――んっ、頑張れ―――――っ!」
1組の待機メンバーの中から自分を応援する妹の姿に、和んでいた。
束の陰に隠れているが、箒もまた結構なシスコンであった。
そうこうする内に箒達の番が来て、それぞれにクラウチングスタートの体勢を取る。
「位置について、よーい・・・(BANGッ!)」
虚の構えるやたらにリアルな音がするスタート用の銃が鳴り響き、1組から4組の走者が一斉に駆け出す。
最初の20m、小柄な体格に似合わずスタートダッシュに成功した鈴が有利な体勢になる。
簪は出遅れた形になったが、一番内側のレーンを走る箒は背後から迫る鈴の気配を感じていた。
「くっ・・・!」
「この勝負・・・貰ったわ!」
そうはいかない、妹の声援に応えるためにも一夏に一等賞を報告するためにも、負けるわけにはいかない。
そう自分に気合を入れて、いよいよ箒が本気でスパートをかけようとしたまさにその時。
「―――そいつはどうかしらね―――」
「「な!?」」
第3レーンから、2人をあっという間に追い抜いて行った女生徒の存在に、箒と鈴は絶句した。
誰かと思えば・・・。
「「「・・・誰?」」」
箒や鈴はおろか、簪までもがそれが誰かわからなかった。
別クラスの生徒を全て知っている・・・とまでは言わないが、それでも何となく見覚えくらいはあるだろうと思っていた。
しかしそこでいきなりトップに躍り出た第3レーン―――つまり1年3組―――の走者は、はっきり行って誰だかわからなかった。
黒髪黒目、特徴が無い事が特徴になっているかのような女生徒だった。
「私の名前は田中理恵・・・1年3組出席番号17番!」
「いや、本当に誰よ!?」
「私達3組に、個人の名など不要!」
「名乗ってたのに!?」
60メートル地点で、すでにその差は明らかであった。
陸上部でも無い平均的な女生徒が、もはや他の三者を明らかに引き離していたのである。
「私達3組の勝利は・・・エリスちゃんのために!」
エリス・シール・・・アメリカからの留学生である。
所属は1年3組、口の悪さで有名だが何故か3組のメンバーに溺愛されている。
そのせいなのか、1年3組は他クラスと比較して妙な結束力の高さを誇っている。
現在はアメリカ校の生徒として行事に参加しているが、明日になれば3組に戻ってくる。
だからこそ、3組メンバーは敗北するわけにはいかないのである。
「エリスちゃんのために走り、エリスちゃんのために駆け、エリスちゃんのために勝つわ!」
「意味分かんないけど・・・やけに速いわね本当!?」
「ふ・・・想い無き人間の走りなど、私達3組の前にぱっ!?」
突如、横から放たれた巨大なゴムボールによってコースアウトさせられる田中理恵。
人一人分はあるだろう大きさのゴムボールの乱入に、会場はおろか走っている最中の選手達も唖然としてしまった。
それどころか、70メートル地点に入ったあたりで無数のゴムボールが乱射され始めた。
コース脇の地面の下からギミック感たっぷりに出現した、どこかのゲームに出てくるような丸みを帯びた大砲によって。
「「「な・・・何――――――!?」」」
ニュアンスは違えど、箒も鈴も簪も驚愕の声を上げる。
そしてその声に応えるように、会場のスピーカーから返答がある。
『あー、出ましたね。篠ノ之博士の「撃てるんです」君、撃ち出される弾はNASAでも採用される特殊な柔らか素材を採用しています。流石の完成度ですね博士』
『まぁ、30秒くらいで作ったんだけどねー。あ、箒ちゃん頑張れ―――♪』
『ちなみに、ボールに当たってコースアウトしたら失格だからねー。数ある障害を乗り越えて、ゴールを目指せ! 走者!!』
「それは障害物競走だろうが!!」
生徒会長と長姉の言葉に、箒は突っ込まずにはいられなかった。
なお、誰もゴールできなかったという。
◆ ◆ ◆
200mや長距離走など、いくつかの徒競争種目を消化していく午前。
選手が走るコースの外縁に設置された生徒の待機席で、一夏達は上級生のクラスの生徒達が走っているのを見ていた。
「あの欧州校のサラ・ウェルキンって人、足速いよなぁ。確かセシリアの先輩だっけ?」
「いやいや、やっぱフォルテ先輩のあの脱力ぶりとスタイルが・・・」
「だからお前、虚さんに言いつけるぞ?」
「お前は男子として、見る場所を間違えてんだよ。あと虚さんには絶対にチクんなよ」
座席に座ったまま、男同士の会話をする一夏と弾。
その横には箒もいるわけだが、100m走のダメージから未だ回復していなかった。
楓が心配そうな顔をしているが、それに対しては笑顔を浮かべて大丈夫だと告げるあたり、姉である。
そんな時、次の競技に参加する生徒を呼び出すアナウンスが流れた。
『借り物競走に参加する生徒は、すぐに入場門に集合してください。繰り返します、借り物競走に参加する生徒は・・・』
「虚さんって、気が付いたら何でもやってる人だよな・・・」
先程話題に上った虚のアナウンスに、一夏はどこか感心したようにそう言った。
事実、虚ほど博学多才という言葉が似合う人間を一夏は知らない。
束や千冬、楯無なども万能性では負けていないが、虚と違って一夏はそれぞれの弱い部分を知っている。
その点、虚に関しては会話の機会が少ないのも手伝ってか、一夏は虚が困っている所を見たことが無かった。
「やっぱ、あの人が困ってる顔、一度見てみたいよな」
「お前な」
一夏が弾の言葉に苦笑していると、1組で借り物競走とやらに参加する生徒がゾロゾロと立ち上がっていた。
そしてその中には、何と楓と本音が含まれていた。
「え、お前ら借り物競走に出るのか?」
「うん、借り物競走ならそんな距離走らないし・・・」
「借り物によると思うけどな」
しかも「あの」束が関与しているのである、碌な要求がされない気がしてならなかった。
それは箒も同じなのか、楓の手を両手で握って何事かを言い聞かせている。
「良いか楓、無理難題を押しつけられたらすぐに棄権するんだぞ」
「いや、それはどうなの箒姉さん」
「箒って本当、シスコンだよなー」
「いや、お前も大概シスコンだと思うけどな、一夏」
「そうかぁ?」
シスコンは自覚している奴が少ない、首を傾げる一夏を見て弾はそう思った。
そして自分の交友関係をいろいろ考えてみた結果、シスコン率の高さに頭を抱えることになった。
>ラウラ・ボーデヴィッヒの場合。
やはりと言うか何と言うか、碌な「借り物」が存在していなかった。
借り物競走の前半を振り返って見て、一夏はそう思った。
もちろん中には「眼鏡」やら「ぬいぐるみ」やら普通な物があった、が、それだけでは無い事も確かだった。
最も困難な「借り物」を要求されたのは現在、1年3組の立道雪音だろうか。
ゴールの際に「借り物」の内容をマイクに向けて全校生徒に宣言するルールなので、誰の目にも「借り物」の条件を満たしているとわかるわけだが・・・。
「友達以上恋人未満な相手(同性可)」である、どうしろと言うのであろう。
「どうしろと!?」
事実、雪音もそう叫んでいた。
お嬢様然とした大人しい和風美少女が叫ぶくらいだから、よほど無茶な要求だったのだろう。
結局、ゴールはできなかった。
ちなみに、一夏は欧州校のセシリアに連れて行かれた。
男友達か何かだと思ってホイホイついていった一夏だが、ゴール地点での「借り物」の申告において。
「この通り、年上好きの殿方ですわ」
「どの通りだってんだよ!?」
普段は女性に対して怒鳴るなどしない一夏だが、その時は叫ばざるを得なかった。
おかげで凄まじい誤解が発生し、今現在も隣から箒に疑惑の眼差しを向けられているのである。
ちなみに、一夏自身に年上好きと言う認識は無い。
「いや、しかし4月の自己紹介では理想のタイプは千冬さんだと・・・」
「いや、それは確かに千冬姉は俺の理想だけどさ」
「そ、そうか・・・」
「・・・?」
何故か落ち込む箒に不思議そうな視線を向けて、一夏は首を傾げた。
この時、弾は気付いていた。
一夏の言う「理想」は生き様とか能力とかのことであって、箒の考えている女性の好みと言う意味での「理想」では無いと言うことに。
面白そうなので、あえて指摘はしないが。
「あ、それよりも・・・ラウラだ。借り物競走に出てたんだな・・・」
一夏の視線の先には、小柄な銀髪の少女が借り物のメモを地面から拾った所だった。
ラウラ・ボーデヴィッヒ、現在は欧州校の生徒として行事に参加しているが、1組に在籍する留学生である。
千冬が仕事の関係でドイツの学校に行った際、知り合ったらしいが・・・詳しい事は一夏も知らない。
ただ悪い娘では無いので、友人関係は結べていると思っている。
そのラウラは、メモの内容をその赤い両目で冷静に見た後、迷うことなく駆け出した。
向かった先は教員席、姿勢よく誰かを呼んでいる様子だった。
すると・・・。
「あ、あれは千冬さんじゃないか?」
「本当だ」
箒の指摘に一夏は頷く、確かに千冬がアメリカ校の教師らしき金髪女性に冷やかされながら出て来た。
何だか微妙な表情を浮かべているが、ラウラが何かを告げると苦笑しながら頷いていた。
そしてそのままラウラに手を引かれて駆け出す、その姿は親子のようにも見える。
さて、メモには何と書いてあったのだろうか。
それは現在、この場にいる全員が間違いなく気にしていることだろうことだった。
アリーナの生徒達が固唾をのんで見守る中、ゴール直前の申告ゾーンにてそれが明かされる。
そこに来てラウラはどこか恥ずかしそうに、無表情に頬を染めながら。
「・・・お、お母さんになってほしい人、です・・・」
あの時の千冬の顔を一生忘れない、一夏はそう決意した。
何しろ、あれ程までに引き攣った千冬の顔を一夏は見たことが無かったのだから。
>エリス・シールの場合。
アメリカ校からの留学生にして1年3組のアイドル、それがエリス・シールである。
腰まで伸びた薄青混じりの白髪に青灰色の瞳、小柄だが女性らしい丸みを帯びたプロポーション。
可愛らしい外見だが、どこか粗野な雰囲気と悪態癖のある口調のせいでなかなかそうは見えない。
「「「エリスちゃーんっ!」」」
「うっせぇぞクソヤロウ共が!!」
そのエリスがスタート地点に立った段階で、1年3組の席のあたりが騒がしくなった。
他のクラスは引いてたりするわけだが、千冬流に言えば「馬鹿が出来るのは今だけ」である。
そして応援されているエリスはと言えば、自分のクラスメート達の声援に罵倒を返している。
しかしクラスメート達はその罵倒を受けて大盛り上がり、エリスのこめかみに怒りマークを作り、ゴール地点で待機する雪音は目立たないように縮こまっていた。
「・・・あの子、苦労してそうだな」
「え、何だよ一夏。ああ言う子が好みなのか?」
「そ、そうなのか!?」
「いや、そう言うわけじゃないけど・・・特に箒、誤解だから落ち着いてくれ」
そんな雪音を見て漏らした一夏の呟きに弾が反応し、さらに箒が過剰に反応する。
ただ一夏としては、雪音が苦労してそうだと思っただけである。
気持ちは良く分かる、彼もまた1組で苦労しているからである。
しかしそうした接点から一夏が「落とす」ことを知っている箒は、油断なく彼を見つめていた。
そうこうする内に次のレースが始まり、嫌でも皆の注目を浴びるエリスがメモを拾う。
するとメモの内容を見たエリスの顔が、青くなった後に赤くなった。
それから何やら周囲を見渡した後に地団太を踏み、アメリカ校側からの声援を受けた後に何かを諦めたように項垂れた。
「何だ何だ?」
「3組の方に行くみたいだな」
それほど離れていない場所に駆け寄って来た―――随分と迷っていたようだが―――エリスは、3組の待機席の前に立った。
そして何事かと集まってくる3組の面々に向かって。
「つ、つつつ・・・ついてこい、このクソヤロウ共が!」
「「「???」」」
「お前ら全員だバカヤロウ! さっさとついて来れば良いんだよ!!」
何事かわかっていない面々を引き連れ、最終的にゴール地点にいた雪音まで呼び出して・・・エリスはゴール直前の申告ゾーンまで来た。
そしてマイクを突き出してくる係員に対し「ど、どうしても言うのか・・・?」的なお伺いを立てていた。
ちなみにこの時、引き攣れている3組メンバーは雪音を除いてエリスの容姿に和んでいるだけだった。
そして問答の末、後続が来たことで観念したのか。
「ふ・・・
顔を真っ赤にしてモゴモゴと言うエリスに対し、3組メンバーが歓声を上げたのは言うまでも無い。
>シスターズの場合。
「わ~、盛り上がってるねぇ」
「だね~」
「う・・・うん・・・」
体育座りで大人しく待っているのは、それぞれ1組、4組の走者である楓、本音、簪である。
この競技は1年生の場合、各クラス2名ずつで走るので3人一緒になったのである。
この3人は姉がいると言う共通項から「シスターズ」と言う認識を一夏達から持たれているが、実の所その定義は曖昧である。
ただ語感が気に入ったのか、3人も「シスターズ」と名乗ることもある(特に楓と本音)。
「どんな借り物が当たるかな~」
「うーん・・・・・・宇宙進出用のパワードスーツ、とか?」
「な、何で・・・そんな限定的な物を・・・?」
「今日、夢で見たから」
「そ、そうなんだ・・・」
何とも言えない表情で頷く簪、おそらく冗談だと思ったのだろう。
ただ楓としては、長姉たる束であればひょっとして作れるのではないかと思っていたりする。
まぁ、特にお願いしたりはしないが。
その後も適当に借り物の予想などを立てながら待っていると、いよいよ次が楓達の番と言う段階まで来た。
本音などはワクワクしているようだが、楓などは束が何を仕込んだのかを気にしている。
まさか本気で、核爆弾を要求されるわけも無いだろうが。
「お友達とかだったら、楓ちんとかんちゃん連れてくね~」
「・・・選手を連れて行くのは、アリ、なの・・・?」
「え、さぁ・・・どうだろ? でも私も、本音ちゃんと簪ちゃんを連れて行きたいな」
「えへへ~、ありがとー楓ちん。かんちゃんつめたーい~」
「べ、別に嫌なわけじゃ・・・無い・・・もん・・・」
顔を赤くして俯く簪に本音と楓がニヨニヨした顔を向けていると、「次の人ー」と呼ばれた。
出番である、簪を宥めつつ立ち上がってスタート地点に並ぶ。
そして例によって本物としか思えないような銃声(あいず)が放たれ、一斉にスタートする。
偶然なのかそれとも友情なのかはわからないが、楓達3人は後続グループとしてほぼ同時にメモを拾った。
半ばワクワク、半ばソワソワしながら、楓達はメモを開く。
そこに書かれていたことは・・・。
「「「・・・」」」
3人は、何となく顔を見合わせた。
そして視線で問いかける、「ひょっとして同じ?」「うん・・・たぶん」「私も~」。
何となく笑い合って―――実は他の走者は混乱しているが―――3人は、それぞれの場所に散る。
楓はそれほど速くも無い足で駆け、自分のクラスの所へと戻った。
「箒姉さん、来て!」
「む、な、何だ? 私か?」
「そうだよ、速く!」
「あ、ああ・・・」
「ははっ、頑張れよ箒!」
一夏の声援を背に、楓に手を引かれながら箒が走る。
楓の足が速くは無いので、箒としてはゆっくりとした足取りだった。
「おい、楓・・・なんて書いてあったんだ? 変なことじゃないだろうな?」
「ん? うふふ、内緒~」
にんまりとした笑みを浮かべる楓、可愛らしいが若干の不安を抱かせる笑顔だった。
そうこうする内に申告ゾーンまでやってきた2人だが、どうやら先客がいるようだった。
そこには本音と簪がいて、それぞれ虚と楯無の手を引いている。
箒は何となく先輩2人に会釈しつつ、わざわざ待っていたらしい楯無達に聞く。
「えと、これは何の借り物かご存知ですか?」
「いえ、私達も聞いてはいないので・・・」
「んー、なーんか気になるわよねぇ?」
虚は冷静な表情で、楯無は困ったような顔でそれぞれ手を繋いでいる妹を見た。
しかし妹達(シスターズ)はそれをあえて無視して、「せーの」と言う形で申告する。
「「「大好きなお姉ちゃんですっ」」」
異口同音に、そう告げた。
その声を耳にして、そして意味を理解した姉3人は、妹可愛さの余りにその場で抱き締めてしまった。
結果として他の参加者に血縁の姉がいなかったためにビリにはならずに済んだが、そうでなければ確実にゴールが遅れてビリになっていただろう。
ちなみに、今回のレースでは全てのメモが「大好きなお姉ちゃん(血縁限定)」だった。
仕込んだ人物の名前は篠ノ之束、篠ノ之姉妹の長姉である。
なお、「お姉ちゃんって言ったら私でしょ楓ちゃん!?」と、大層ご立腹だったようである。
◆ ◆ ◆
騎馬戦、普通は紅白に別れて集団を組み、ハチマキなり帽子なりを3人ないし4人で組んだ騎馬同士で奪い合う競技だろう。
しかしところがどっこい、この3校合同体育祭では少し事情が違う。
文字通り3校合同、3校のそれぞれの学年でまさに「騎馬軍」を編成し、共通の敵を打倒すべく動くのである。
まぁ、「いわゆる集団競技(生徒会長・更識楯無談・・・取材・黛薫子)」である。
「・・・なぁ、箒」
「言うな、聞きたくない」
1組の男子と女子にそれぞれ担がれた一夏と箒は、どこか呆然とした表情を浮かべていた。
一夏が呆然と声をかけるも、一方の箒は話すことを拒否した。
そんな2人の様子を見かねたわけでもないだろうが、別のクラスの騎馬が一騎駆け寄って来た。
言わずと知れた、鈴である。
「ちょっと一夏! 弾! アレどう言うことよ!?」
「いやぁ・・・」
「俺達に言われてもなぁ・・・」
一夏と、一夏の騎馬の1人である弾は幼馴染の言葉に首を横に振ることしかできなかった。
そんな彼ら彼女らの視線の先には、3mはあろうかと言う人型ロボに薙ぎ倒される生徒達の姿だった。
ちなみに現在、1年3組のメンバーが千切っては投げ千切っては投げされている。
ともすれば戦乙女のように見えなくも無いデザインのそのロボ達は、一様に胸に名札を着けていた。
そこにはこう書かれている、<ごーれむ・わん>と。
「ごーれむ・わん、じゃないわよ! 可愛さでも演出したつもりなの!? 何よアレ!」
『鈴ちゃん、良い質問ね。アレは篠ノ之博士が災害救助用に開発した新型ロボットだそうよ・・・ですよね、篠ノ之博士?』
『え? あー・・・うん、箒ちゃんがそうした方がウケが良いって言ってたからね』
「言ってません! 大体どうして災害救助用ロボが人を投げるんですか!? ハチマキとれば良いでしょう!? そしてウケが良いって何だ!?」
楯無と束のボケに対し鈴と箒、2人の突っ込みが冴えわたっていた。
なお、投げ飛ばされた生徒達は束特製の安全ネットによってソフトかつ無傷で受け止められているので、怪我人はゼロである。
それがまた、箒達をイラッとさせている要因でもあった。
しかしそれはそうと、戦況は最悪である。
ロボの数は生徒数の10分の1とは言え、1機で10人分は動いている。
ただの高校生が相手にするには、なかなか厳しい物がある。
「うろたえるな!!」
その時、救世主が現れる。
その救世主は小柄な体躯で空を飛び、ロボの1機に飛び蹴りを喰らわせた。
バランスを崩した無人機の頭部から素早くハチマキを奪い、肩を蹴ってさらに跳躍する。
「地面に落ちたら失格だぞ!」
誰かが叫ぶ、その救世主の跳躍した先には何も無いアリーナの地面が広がっている。
しかし着地する数秒前、滑りこむように3人で組んだ騎馬が姿を現す。
外国人特有の金色の髪を靡かせて滑り込んだ騎馬乙女達の上に、ロボからハチマキを奪った銀髪の少女が降り立つ。
「ちょっとラウラさん! いきなり跳ばないで頂けます!?」
「間に合わないかと思ったよぉ・・・」
「間に合ったから良いではないか」
騎馬となっているセシリア、シャルロットが文句を言い、上に乗っているラウラは悪びれずにそう言った。
それは欧州校大将騎の騎馬だった、騎馬の上で仁王立ちしている銀髪の少女は雄々しさすら滲ませて周囲の味方を鼓舞するように叫んだ。
「うろたえるな! 敵は強大だが少数だ! 3騎1組で1機を墜とせば勝てる!」
「お・・・」
「おぉ・・・?」
「欧州校、ヨーロッパの誇りを忘れたか! アメリカ校、いつものデカい態度はどうした! 日本校、慎ましさだけが美徳だと思うなよ! 訓練校時代を思い出せ!!」
「訓練校って何だよ」
一夏のささやかな突っ込みは、誰の耳にも届かなかった。
「お前達の勇猛さを・・・この私に見せてみろ!!」
「「「「おおおおおぉ―――――っっ!!」」」」
生徒達の士気が一気に高まり、ラウラ達を先頭にロボ集団へと突撃を敢行した。
もちろん一夏達も引き摺られるように戦闘(?)に参加することになり、それぞれに戦果を得ることになった。
ちなみに・・・。
「ふぇ~、だ、誰かぁ~・・・」
「たすけて~」
楓・本音騎は、戦場(アリーナ)の隅でひたすら逃げ回っていたと追記しておく。
そして午前中の競技を終えて、体育祭は波乱の午後へと移って行く―――――。
IFストーリー版・篠ノ之(巫女)三姉妹。
長女:篠ノ之束。
三姉妹の一番上、この世の非常識を背負って生まれて来た女性、町内では良い意味でも悪い意味でも有名な発明家。
家事手伝いと言う身分にも関わらず、神社収入よりも高額の所得を得ていると言う無茶苦茶な人。
座右の銘は「問答無用」、下の妹達が可愛くて仕方が無い。
次女:篠ノ之箒。
篠ノ之姉妹の常識担当、でも実は本人も割と非常識。性格が真面目なので姉の破天荒ぶりについていけない、でも別に嫌いなわけじゃない。大人しくしてほしいだけ、切実に。そして下の妹も目が離せない、ともすれば姉の影響を受けそうなので必死で防ごうとしている。でも手遅れかもしれないと最近諦め気味。でも妹が可愛い、妹を苛める奴は刀の錆になると町内でも有名、剣道全国優勝者。
三女:篠ノ之楓。
両親と2人の姉から猫っ可愛がりされている末娘、姉が自分に甘いことを知っているので、いろいろと我儘を聞いて貰ったりしている。実は篠ノ之家の頂点に君臨しているのかもしれない、でも母親には勝てない運命。箒の一夏への恋を応援しているが、鈴の足ツボマッサージの前には無力。最近、機械弄りに興味がある。親友の簪と本音のことが大好き、いつも一緒に遊んでいる。