インフィニット・ストラトス―黒き叡智―   作:竜華零

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最後の更新です、今回の更新を最後に完結となります。
これまで、ご愛読ありがとうございました。
それでは、最後の更新です。


IFストーリー「その世界、平穏:後編」

午前中の競技が終わり、昼食の時間である。

本来、高校生の体育祭(運動会)に両親が観戦に来ることは少ないだろう。

しかし今回に限り、市のアリーナを使用していると言うこともあって許可されていた。

まぁ、つまりである。

 

 

「体育祭の弁当こそ至高、この意味がわかるか一夏・・・!」

「弾、俺はたまにお前がわからなくなるんだ」

 

 

そう、いわゆる「運動会のお弁当」イベント(命名:弾)が発生するのである。

観客席がガラ空きと言うこともあって、そこが各生徒及び父兄のための昼食スペースとして開放されている。

そのため、現在は至る所で家族連れやら友人同士の昼食風景が展開されている。

 

 

織斑一夏も例に漏れず、その1人だった。

まぁ違う点があるとすれば、海外出張中の両親と妹がこの場にはおらず、かつ弁当を作ったのは姉では無く自分であると言う点だろうか。

今日の弁当はサンドウィッチや中華、和食などの多国籍弁当(命名:一夏)である。

 

 

「随分とデカい弁当だな・・・」

「まぁ、たまには良いじゃん」

 

 

姉である千冬の呆れたような声に、一夏は頭を掻きながら笑った。

千冬はそんな弟の笑みを見て何を思ったのか、もう一度溜息を吐いた。

しかしそれが拒絶の溜息では無い事を知っている一夏は、照れくさそうに笑ったままだった。

 

 

「いっ・・・くぅ―――んっ!!」

 

 

その時、一夏の背中に長い髪の女性が突撃を敢行した。

篠ノ之姉妹の長姉、篠ノ之束その人である、この3校合同体育祭の特別協力者でもある。

豊満な女性らしいスタイルの身体を一夏にぐいぐいと押しつけて、一夏の広げた弁当に手を伸ばす。

 

 

「美味しそうだねぇ、いっくんの手作り? 束さんも食べたいなぁ食べたいなぁ、いやもういっそのこといっくんが食べさせええぇぃだだだだだっ!? ちーちゃんちーちゃんっ、そんなに束さんの頭を掴んだら中身が物凄いことにいいいいいいぃ―――――っ!?」

「そうか、良かったな。まともになれるぞ」

「なぁらぁなぁいぃよぉ~~~っ、と言うか身体が浮いてるよちーちゃんっ、人類の神秘!?」

「いや、腕力だ」

 

 

千冬が片手で束の頭を鷲掴み、しかもそのまま持ち上げて振り回し始めた。

ちなみに比喩でも何でも無く、本当に身体を持ち上げてぶん投げていた。

・・・一夏は、目の前の現実からそっと目を逸らした。

すると、どこかジト目の箒と視線がぶつかった。

 

 

「な、何だよ」

「別に・・・何でも無い」

「そ、そうか・・・お、おじさん達の方に行かないで良いのか? 何だかおじさんが物凄く寂しそうにこっちを見ているんだが」

「い、いや、ここで良い・・・・・・ここが良い」

「そ、そうか・・・」

 

 

その瞬間、少し離れた位置の座席に座っている箒の父親が一夏に殺気の籠った視線を向けたりしたが、それは楓が父親に「パパ、はい、あーん」を実行することで氷解した。

篠ノ之柳韻、末娘が可愛くて仕方ない父親である。

篠ノ之楓、姉の恋路のために父親を籠絡する策士である。

そしてそれを何となく理解しているのか、母親は柳韻の横で「あらあら」と頬に手を当てていた。

 

 

「い、一夏さん」

「ん? おお、蘭。来てたんだな」

「は、はい」

 

 

その時、そっと一夏に近付く少女がいた。

白のフリルワンピースとニーハイソックスで可愛らしさを前面に押しだしたその少女は、弾の妹、五反田蘭である。

現在中学生、一夏に対するそれとは裏腹に、箒と聊かキツい視線を向け合っている。

 

 

「お、蘭じゃん。一夏は篠ノ之さんと一緒だから邪「あん?」魔者の俺は隅で食べてまーす・・・」

 

 

蘭の気持ちに薄々気づいている兄、弾は蘭を一夏から遠ざけようと画策してあえなく失敗する。

それと入れ替わるように弁当箱片手に近寄って来たのは、鈴だった。

弁当の蓋を開けると、そこには彼女の手作り酢豚が詰まっている。

 

 

「ほ、ほら、一夏。アンタ酢豚好きだったでしょ? た、食べさせてあげるわよ」

「え、いや自分で食える「あーん」んだけ・・・「あーん」・・・あー」

「待て、一夏。私が肉じゃがを食べさせてやろう」

「いや俺今「ちょっと、割り込んで来ないでくれる?」「何を言う、一夏は中華より和食が好きなのだ」そうだったの!?」

 

 

自分でさえ知らなかった料理の好みに、一夏は愕然とした。

というか、何故に目の前で3人の娘が喧嘩しているのだろうか。

一夏は、本気でわからなかった。

 

 

「あ、一夏くん」

「あ、はぃ・・・むぐ?」

「うふ、おいし?」

「・・・むぐむぐ・・・あ、ダシが染み込んでて美味しいです」

「そう、良かったわ」

 

 

一夏に振り向き様にだし巻き卵を食べさせた後、楯無は颯爽と去っていった。

きっちり、3人娘にウインクするのを忘れずに。

・・・後ろから伝わってくる冷気に、一夏はゴクン、とだし巻き卵を飲み込んだ。

 

 

「「「一夏|(さん)?」」」

「え、いや、今のは不可抗力で!」

 

 

助けを求めて、一夏は弾の姿を追った。

すると・・・。

 

 

「あ、虚さん。隣・・・良いですか?」

「え、えぇ・・・どうぞ?」

「う、うす・・・」

「「・・・・・・」」

 

 

何故か顔を赤くし合って、虚と良い雰囲気になっていた。

裏切り者! と心の中で罵った後、今度は反対方向を向いた。

そこには束にアイアンクローを続ける千冬がいて。

 

 

「き、教官。私の作ったおでんを・・・その、食べてみて、ください」

「む、おでんか・・・なぜ串に? まぁ、良いが・・・頂こう、ちなみに先生と呼べ」

「は、はい、先生」

 

 

借り物競走以降、妙にラウラに優しい千冬がラウラの串おでんを食べていた。

・・・確実に、何かを間違えていると感じた一夏だった。

いずれにせよ、千冬は助けてくれないらしかった。

ならばとさらに視線を巡らせれば、そこには最後の砦シャルロットが。

 

 

「あ、あら? シャルロットさん? どうしたんですの?」

「せ、セシリア・・・このサンドウィッチ、何が入ってるの・・・?」

「日本の伝統、梅ですわ」

「う、梅サンド・・・って・・・」

 

 

・・・伏兵セシリアに、倒されていたらしかった。

万事休す、一夏には援軍は存在しなかった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

「おお~・・・修羅場だね~」

「あはは、そうだねー」

 

 

ほんわかと本音と笑い合いながら、楓は箒達に囲まれている一夏の様子を眺めていた。

父親の相手を終えた後は、本音と簪と昼食を共にしている。

食べさせあいっこなどをしながら食事を進めているので、減り自体は遅い。

しかし、親友に囲まれた楓は幸福だった。

 

 

「と、止めない・・・の?」

「えー、蘭さんだけならともかく、鈴さんは無理だよ。私なんて足ツボで一蹴されるもん」

 

 

簪の言葉にそう答えながら、鈴の足ツボマッサージを思い出す楓。

思い出しただけで足の裏が疼いた気がして、若干涙目である。

 

 

「というか、火に油・・・石油? を注いだのって楯無さんじゃん」

「お、お姉ちゃんは・・・もう」

「うーん、うちのお姉ちゃんは良い感じになってるねぇ~、お兄ちゃんができる日が近いかも~?」

 

 

ニヨニヨとした笑みを浮かべて、本音は弾とお弁当を広げている虚を見ていた。

実はこんな展開を期待して虚が自作のお弁当を作ってきていたことを、本音は知っているのである。

本音の言葉に、簪は顔を赤らめて俯く。

そんな簪の反応が可愛かったのか、本音は簪に抱き付いた。

 

 

「きゃっ・・・な、何? 本音」

「ん~、うふふ~、かんちゃんはかわゆいな~」

「そ・・・そんなこと、ない・・・」

「そんなことあるよ、ねー楓ちん~」

「うん、簪ちゃんは可愛いよ。もう物凄く可愛いよ、うん、可愛い認定!」

 

 

むぎゅ、両側から本音と楓に抱きつかれて、簪は顔を真っ赤にしてアワアワと慌てる。

内心は親友とくっつけて嬉しいのだが、それを表に出さない少女なのである。

まぁ、至近距離から見つめている2人にしてみれば、頬の筋肉が笑みの形に緩みそうになっているのがバレバレなので、ますますもって可愛いと思うのであった。

 

 

それにしても、と楓は思う。

なかなかの大所帯である、観客席の一部を占領していると言っても良い人数での昼食になった。

篠ノ之家、織斑姉弟、五反田兄妹、更識姉妹、布仏姉妹、セシリアたち留学生組。

皆、大好きで大切な人達だった。

 

 

「・・・えへへ」

 

 

幸せそうに微笑んで、楓は大切な親友を再び抱き締めた。

 

 

「簪ちゃん、本音ちゃん、大好き」

「えへへ~、私もね、かんちゃんと楓ちんが大好きだよ~」

「わ、私は・・・その・・・私、も・・・2人が、大好き、だよ」

 

 

3人で嬉しそうに笑い合って、むぎゅーっと抱き締め合った。

なお、一部の姉達及び父親は、妹達(シスターズ)のその様子を密かに、かつ大胆にカメラに収めていたと言う。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

午後に入り、いくつかの競技を経て最後の競技になった。

最後の競技は、各学年によるクラス対抗リレーである。

しかも男女混合、5人チームで600メートルを走る。

 

 

100メートルずつを最初の4人で走り、最後のアンカーが200mを走るのである。

一夏達1組のメンバーは走る順番に、一夏、弾、本音、箒・・・そして、楓である。

なお、メンバーはくじ引きで決まった。

 

 

「うぅ・・・自他共に認める女子高生最遅の足を持つ私に、アンカーなんて無理だよ・・・」

 

 

よって、昼食の時とは打って変わって絶賛落ち込み中の楓であった。

すでにぶっちぎりのビリになったかのような雰囲気を背負っている妹の肩を叩いたのは、姉の箒だった。

妹を元気づけるかのような笑顔で、箒は言う。

 

 

「何、たかが体育祭だ。そんなに気にすることは無い」

「箒姉さん・・・」

「例えこのリレーに勝てばウチのクラスが一位になれたとしても、何、責任など全く感じる必要は無いさ!」

「いろいろ台無しだよ箒姉さん!」

 

 

上げて落とすと言う姉の所業に衝撃を受けて、楓はますますもってプレッシャーを感じてしまう。

そして箒の言う通り、これまでの競技の結果的に、このリレーで1年生のクラス(欧米校含む)順位が決定されるだろうと言うレベルになっていた。

 

 

「あうぅ~、無理ー絶対むーりー!」

「むぅ、完璧に励ましたつもりだったのだが・・・・・・何故だ」

「それ本気で言ってるのか? 言ってるんだろうなぁ・・・」

 

 

首を傾げる箒に若干引きつつ、今度は一夏が楓を励まそうとサムズアップして笑いかける。

 

 

「大丈夫だ楓、負けても千冬姉が怒るくらいだぜ!」

「絶望的だよ―――――っ!!」

「・・・あ、あれ?」

 

 

地面に手をついて号泣し始めた楓に、今度は一夏が首を傾げた。

それを見て、後ろで弾と本音がコショコショと内緒話をする。

 

 

「あれ、本気で言ってるのかな~?」

「アレだよ、たぶん姉ちゃんに怒られんのがアイツの中でもうデフォになってんだよ」

「おぉ~・・・エムなんだね~」

「違うからな」

 

 

実は聞こえていた一夏が2人にそう突っ込んでいると、箒がもう一度楓の肩を叩いた。

涙に濡れた目で不安げに見上げてくる妹に庇護欲をそそられながらも、箒は言う。

自信に溢れた、魅力的な「姉」の笑顔でもって。

 

 

「心配するな、楓」

「箒姉さん・・・で、でも私、足遅いから・・・」

「大丈夫だ、ほら、立つんだ」

 

 

楓の手を取って立ち上がらせた後、箒は楓の頭を撫でながら言う。

優しく、そして力強く。

 

 

「私達に任せろ、お前が歩いてゴールしても勝てるくらいに差をつけてやるさ」

 

 

そう告げる箒の笑顔は、本当に魅力的で。

妹に向けるにしては、聊か本気に過ぎて。

楓は少しの間、不安を忘れて姉の笑顔に見惚れていた・・・。

 

 

「・・・・・・何アレ」

 

 

隣の列に並んで順番を待っていた鈴が、呆れたようにそう呟いたのだった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

>第1走者。

 

「とは言ったものの・・・」

 

 

1組の第1走者である一夏は、ストレッチで身体をほぐしながら呟いた。

先程は箒の言に乗った一夏ではあるが、自分以外の5人の走者を見ながら自信無さげに溜息を吐いた。

すなわち、2組から4組の3人と、欧米校の走者2人である。

 

 

アメリカ校の走者は、あの3組のエリスである。

この時点で3組の走者は戦力外になったかと言えば、そうでも無い。

何故ならば、他の走者の妨害(あくまでルールの範疇でだが)に走る可能性があるからである。

何しろあの束が関与しているイベントである、何があるかわかった物では無い。

 

 

「ふ、一夏・・・悪いが教か、先生へのアピールで負けるわけにはいかん。全力で行かせて貰うぞ」

「ラウラか・・・全力でやるのは当たり前だ、俺もやるだけやるぜ」

「そう来なくてはな、ではレースで」

 

 

欧州校の走者は、ラウラだった。

最初は女生徒相手に全力で走って良い物かと悩んでいた一夏だが、ラウラが相手となればそんな遠慮は必要が無かった。

何故ならばこのラウラ、50メートル走で手加減して6秒フラットである。

もう、どうして茶道部に所属しているのかと言いたくなるようなタイムだった。

そのラウラが「全力を出す」と言っているのである、女性相手だからと手加減できるわけがなかった。

 

 

「それでは、位置についてー・・・よーいっ」

 

 

再び虚の声に従って、それぞれにタスキをかけた6人の走者が一列に並ぶ。

なお、今回はスタート形式は自由である。

レーンなども無いので、コースアウトの心配はほぼ無い。

・・・コースその物から投げ出されない限りは、だが。

 

 

BANGッ!

 

 

やはりリアルな銃声が響き、スタートする。

一夏は自分ではまずまずのスタートを切れたと思っていたが、やはりというか何と言うか、2つの人影に抜かれてしまった。

 

 

「・・・ふ、先に行かせて貰うぞ」

「悪いね、『おにぃちゃん』」

「ぐ・・・!」

 

 

6秒フラットのラウラと、6秒3のエリス(藍越学園4月の体力測定より参照)。

ラウラが若干リードを奪い、エリスがそれに追随、一夏は3位である。

他の選手はスタート直後の時点でかなり離されている、その意味では一夏は遅いとは言えない。

とは言え、このままでは敗北は必至、何とかせねばならなかった。

そう思いつつ、50m地点を過ぎた時だった。

 

 

「・・・む!」

 

 

最初に反応したのは、先頭のラウラだった。

突如、コースの左右の地面から縦に長い長方形のような物体が飛び出して来た。

手足の生えたそれは、何と言うか・・・木の幹が自立稼働したかのような姿をしていた。

そして目の部分を黒き輝かせると、口の中から白い球体状の液体を発射し始めた。

 

 

「避けろ!」

 

 

反射的にラウラが叫び、後続のエリスと一夏も反応する。

ラウラは急減速すると跳躍、地面に手をついても勢いを殺すことなく側転を続け、華麗な動きで白い球体・・・ペイントボールから身をかわした。

距離にして10m程だろうが、瞬く間にペイントボールの雨が視界を覆い、ラウラは今さらながらに戦々恐々としていた。

 

 

「大変だ! エリスちゃんに白のペイントボールが!」

「何だって? おお本当だ! 俺達のエリスちゃんに白いペタペタしたボールが!」

「本当だわ! エリスちゃんに白い液体が・・・あら、はしたない」

「うるせぇぞ外野! クソヤロウ共は黙って見てろ!」

 

 

生徒席からの声援(?)に反応したエリス、しかしそれが不味かったのか最後の一歩でバランスを崩した。

しまった、そう思った時にはエリスの視界いっぱいに秒間3発のペイントボールが・・・。

 

 

「やらせはせん! 俺達のエリスちゃんをやらせはせんぞおおぉぉぉっ!」

 

 

そう言って飛び出して来たのは、4位に位置していた3組の走者(山田次郎、出席番号31番)であった。

彼はエリスの眼前に身を晒すと、その場で全てのペイントボールを浴びた。

瞬く間に無数のペイントボールを叩き込まれ、(物理的に)真っ白になる山田次郎。

 

 

「ヤマダ! お前・・・!?」

「ヘヘ、名前なんて覚えてくれなくて良いのさぁ・・・さぁ行きなぁ、俺みたいなモブは捨ててさぁ」

「ヤマダ・・・こ、このバカヤロウ―――――ッ!!」

「「「「山田―――――っっ!!」」」」

 

 

盛り上がる3組待機席、中には何故か泣いている生徒もいる。

今まさに、彼ら彼女らの心は一つになっているのだった。

 

 

「先に行っていいのかな・・・」

「放っておけ」

 

 

そしてその間、ラウラと一夏はエリス達を置いてレースを続行するのであった。

 

 

 

>第2走者。

 

予想通りと言うか何と言うか、レースは序盤から波乱を含んでいた。

その様子を次の走者として準備しながら、弾は見つめていた。

内心、かなり怖がっている。

 

 

「あんな仕掛けがあるとは・・・篠ノ之のねーちゃんはほんと意味不明だな」

 

 

一応、箒や楓とは幼馴染という関係の弾だが、それでも束の存在感には慣れないでいた。

まぁ、束の方も弾にはそれほど興味を持っていないようであるが。

あの性格さえなければ弾のストライクゾーンに入ったのかもしれないが、いかに魅力的な女性でもああなると手に負えない。

 

 

「お兄ぃ――――っ!」

「お、蘭」

 

 

その時、観客席の方から妹の欄が声を張り上げているのが見えた。

周囲の歓声をかき消して届くのだから、かなりの大声である。

妹に応援されるのは兄貴冥利に尽きるなぁ、と思いながら、弾が手を上げて応じようとすると。

 

 

「一夏さんの足を引っ張ったら、わかってんでしょ―――ねぇ―――っ!?」

「だと思ったよ畜生!!」

 

 

妹の有難い応援に涙しながら、弾はコースに出てタスキを受け取る準備をする。

するとちょうど、一夏がラウラの後を追う形でやってきた。

現在、2位・・・まずまずである。

しかしアンカーの楓の足が信用できない以上、ここで弾が男を見せる必要があった。

 

 

「弾、頼む!」

「応よ!」

 

 

幼馴染の親友からタスキを受け取り、先に駆け出していた欧州校の男子を追いかける。

幸い実家の出前で鍛えている弾の方が足が速かったのか、徐々に差を詰め始める。

蘭の声が聞こえる気がするが、兄の頑張りよりも一夏の頑張りに歓声を上げているような気がする。

兄貴って何だろう、そんなことを考えながら走っていると・・・。

 

 

『トラップカ○ドオープンッッ!』

 

 

突如、弾の耳にあの悪戯好きの「幼馴染のお姉さん」の声が響いた。

するとどうだろう、60m地点から80m地点にかけての地面が陥没した。

それに驚く間も無く、今度は何本もの杭が生えて来た、そしてそれ以外には水が張る。

すなわち、20m級の池が即席で完成したのである。

弾は慌ててスピードを緩めたが、欧州校の生徒は間に合わなかったのか池に落ちてしまった。

 

 

『篠ノ之博士! これは!?』

『簡単だよ! 杭を足場に池を渡ってね。落ちても失格にはならないけど、走れるのは杭の上だけだよ~・・・あ、言い忘れてたけど、昨日モグラ叩きのゲーム見たんだよね、だから取り入れて見たんだ』

『おお、なるほど・・・確かに、杭が一定間隔で出たり入ったりしてますね!』

「アンタらはゴールさせる気があるのか!」

 

 

割と本気で叫ぶ弾だったが、それ以上の文句は言わずに跳ぶ。

幸い運動神経は良い方なので、一定間隔で上下する杭の上を器用に渡って行く。

しかし一度水中に沈むと足場が濡れるので、かなりの注意が必要である。

 

 

「けど、この仕掛けのおかげでトップになったからな・・・意外とツいてるのかも」

 

 

しれないな、と呟いたその時、弾の横を通り過ぎる影があった。

長い黒髪にお嬢様然とした態度、遅れていたはずの1年3組のタスキをかける少女。

その名は、立道雪音。

 

 

「立道流歩法―――――『紫電(しでん)』」

 

 

1つどころか3つ4つの杭を飛び越えて、瞬く間に池の上を進む雪音。

その姿は、まるで池の上を駆けているかのようにも見えた。

さながら、湖上の妖精のように・・・。

 

 

「・・・って、何だよそれ! この学園の生徒はチートばっかか!!」

 

 

一瞬見惚れた弾だが、直後には理不尽な現実に抗議した。

しかしその抗議に返事をする者は、誰もいなかった。

 

 

「お兄のアホ―――ッ、役立たず!」

 

 

訂正、妹からの有難い激励の言葉だけがあった。

 

 

 

>第3走者。

 

先の2つの走者に課せられた課題を見て、不安な表情を浮かべない者はいない。

それは4組の走者である簪も同じだった、彼女もまたリレーの選手だったのである。

しかしただ1人、特に緊張を示すこと無く緩んだ表情でゆらゆらと揺れている走者がいた。

 

 

布仏 本音、その人である。

本音は袖の長い体操着―――半袖の中で唯一の長袖―――姿の彼女は、リレーの様子をぼんやりと見つめながら、相変わらず眠そうな眼差しを絶やすことは無かった。

その堂々さたるや、もはや称賛に値するだろう。

 

 

「ほ、本音・・・起きてる・・・?」

「・・・・・・はっ、寝てない~、寝てないよ~?」

「・・・寝てたよ・・・」

「は、ははは・・・凄いね」

 

 

訂正、ただ寝ていただけである。

同じく第3走者である欧州校のシャルロットも、これには苦笑いしかできなかった。

立ったまま寝ると言う偉業を平然と成し遂げた本音だが、味方の走者が近付いて来るとコースに出て待機する。

その様子たるや、とてもこれから走ろうと言う雰囲気では無い。

先にタスキを受けて走り出した3組の女生徒がその様子を見て油断したのも、仕方無いことだろう。

 

 

しかし、第2走者である弾が2組、4組の走者に追われながらもタスキを本音に渡した途端、変化が起こった。

一陣の風が、吹き抜ける。

一瞬、観客は本音の姿を見失った。

 

 

「な!?」

 

 

先を走っていたはずの3組の走者が、驚愕の声を漏らす。

自分がリードしていたはずが、いつの間にか隣に本音がいたからである。

姿が消えたかのように見えたのは、単純に本音が身を屈めながら駆けていたからである。

地を這うように駆け、両腕の袖を風にはためかせながら・・・目を開いて、駆けていた。

 

 

「ケーキ、ケーキ、ケーキ・・・!」

 

 

それは執念、勝利への執着だった。

彼女はアンカーたる親友のために全力を尽くす、そう、けして姉が提示した「頑張った後のご褒美」に釣られたわけではない。

彼女は純粋に、友情にかけて全力疾走しているだけである。

 

 

「きゃっ!?」

「・・・?」

 

 

隣を走っていた3組の生徒が、突然転んだ。

何事かを本音に確認することはできないが、後続の簪にはできた。

3組の生徒が、トリモチのような強い粘着性のある物体に絡め取られていることを。

 

 

「トリモチ・・・まさか」

 

 

嫌な予感がして、簪は上を見た。

するとそこには、無音で上空を旋回する小さな円盤のような物体が浮遊していた。

直径はそれ程でもないが、底に穴が開いて白い塊を落としている。

おそらくアレがトリモチだろう、しかも絶対に普通のトリモチでは無い。

小さいが数が多い、しかもトップの選手に集中して落とすようにプログラミングされているらしい。

 

 

「本音・・・!」

 

 

今はライバルだがそれでも親友、簪は本音のことを心配する。

本音は自分が上空から狙われていることに気付いているのかいないのか、代わらずに走り続ける。

目がケーキの形になっていようだが、それは別に関係の無い話である。

そしてそんな本音に、ついに無数のトリモチ弾が発射される。

 

 

「本音!」

 

 

簪が声を上げる、すると本音が上を見る。

そして開いた目を鋭く細め、そして。

 

 

「はいっ!」

 

 

ビシッ、長い体操着の袖が頭上に迫ったトリモチを撃ち落とした。

それも一度では無く、2度3度4度と連続して撃墜して行く。

しかもトリモチの破片(?)が飛び散り、それが簡易の罠となって後続の足止めにもなっている。

 

 

「はいはいはいはいはい―――――ッ!」

 

 

乾いた音を立てながらトリモチを弾き続ける本音、もはや無双状態である。

ただその分速度は落ちるので、後続は本音を壁にして進むと言う策を取った。

 

 

「ちょっとズルい気もするけど、これも勝つためだから。悪く思わないでね、本音さん」

 

 

シャルロットはそう呟きながらちゃっかりと本音の後に続き、簪もそれに負けじと足を早めるのだった。

 

 

 

>第4走者。

 

本音からのタスキを待つのは、いよいよ箒である。

しかし油断はできない、何故ならばライバルたる同じ第4走者には、鈴とセシリアがいるのである。

それぞれ2組と欧州校の走者である、油断のならない相手であった。

とは言え、2組は少し遅れているようだが・・・。

 

 

「ぬぐぐ・・・このままじゃ不味いわ!」

「ふ・・・悪いな鈴、先に行かせて貰おう」

「お生憎様ですわ」

 

 

歯がみする鈴に対し、それぞれトップグループの箒とセシリアが余裕を見せる。

だがしかし、鈴はセシリアに関しては心配していなかった。

貴族育ちのセシリアである、正直、自分とは基礎体力が違うと鈴は睨んでいた。

 

 

問題は箒である、幼い頃から剣道で鍛えている箒の基礎体力は侮れない。

それがそのまま走力に繋がるわけではないが、午前中の徒競争の様子ではかなり足が速い。

こうなると、第4走者用の妨害が何か、によって勝敗が別れる。

鈴はそう睨んでいた、そして実際、その通りになった。

箒はタスキを受け取ると、シャルロットからタスキを受け取ったセシリアを一気に引き離した。

 

 

「くぅ・・・ちょっと、お待ちなさい!」

「だが断る!」

 

 

そう叫んで、箒はセシリアを置いて行く。

しかしそこは束監修のリレー、そのまま楓の待つ第5走者ゾーンまで行けるわけが無い。

といって、これまでのように何か無茶な仕掛けが施されていただけではなかった。

コースの途上に置かれていたのは長机、そこにメモが置かれている。

 

 

・・・借り物競走、再びである。

箒は何だか拍子抜けな様子でメモを拾うが、その中に書かれていたことを読んだ後、その考えを改めた。

そこには、とんでもないことが書かれていた。

 

 

『好きな人の名前を叫んでみてね♪』

 

 

・・・箒の顔が、一瞬で真っ赤に染まった。

この筆致と語尾、間違いなく束である。

しかも「好きな人」の名前を叫べと来た、箒にとって・・・恋する乙女にとっては一大事である。

悶々と・・・そう、箒は悶々と悶えた。

 

 

(す・・・好きな人、だと? この好きはまさかそう言う・・・し、正気か姉さんは!? 何でここでそんなことを叫ばなくてはならないんだ!? そうだ、これは絶対におかしい。おかし過ぎて臍で茶を沸かせそうなくらいだ、む? 意味が違うか? いやそうではなく、そもそもこんな破廉恥極まりない要求をすること自体がデリカシーが無いと)

 

 

箒が悶々とメモと睨めっこしている間に、セシリアや鈴もやってきた。

他の後続も続々と追いついて来るが、皆一様にメモを見て言葉を失っている。

ちなみに、内容は全員同じである。

 

 

鈴は一人の少年を思い浮かべて「あああああ」と呻き、セシリアは「・・・いない場合は、どうすれば・・・?」と呟いていた。

その他の男女も、大体は鈴や箒と同じ様子で二の足を踏んでいた。

追いつかれたことには気付いている箒だが、だからと言って踏み出せなかった。

そこへ・・・。

 

 

「箒姉さ―――んっ!」

 

 

次の走者への受け渡しゾーンで、楓が箒を呼んでいた。

箒の双子の妹、最愛の妹である。

・・・最愛の、妹である。

その時、箒の脳裏に天啓が降りて来た。

 

 

「楓だ!」

「はぁ!?」

「私は妹が大好きだ! 愛している! と言うわけで、先に進むからな!」

「あ、ちょ・・・ズルいわよ箒ぃ――――!」

 

 

鈴が叫ぶが、箒はそれに構わず走り出した。

ルール上、特に問題は無いので(面白いので)束と楯無も何も言わなかった。

ちなみにこの後、箒は全校生徒からシスコン認定されるわけだが、それはまた別の話だ。

 

 

周囲からの生温かい視線を受けながら、箒は走る。

いきなり名前を呼ばれた楓は意味がわからず首を傾げていた。

しかし約束通り箒がトップで繋いでくれていたので、嬉しそうに笑っていた。

そしてタスキを受け取り、楓はゴールに向けて駆け出した―――――。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

ブクブクブクブクブク・・・檜造りの大きな湯船の中で、楓が膝を抱えて顔の下半分を湯の中に沈めていた。

唇から漏れる空気が泡を作るが、それがどこか哀愁を漂わせていた。

白い健康的な肌を湯の温もりで赤く染めて、楓は実家のお風呂で落ち込んでいた。

 

 

その湯船の側で身体を洗っていた箒が、桶の湯をかぶりながら妹の様子に苦笑している。

15歳とは思えないほど整ったプロポーションは、長年の鍛錬の成果でもある。

ただ筋肉質というわけでは無く、女性らしい柔らかさと艶やかさをしっかりろ備えている。

桶を置いて立ち上がると、瑞々しさに溢れた身体を控え目に手で隠しながら湯船に浸かる。

ふぅ・・・と、肩まで湯に浸かった後に、隣で未だに落ち込んでいる楓の頭を撫でる。

 

 

「・・・髪、洗ったばっかり」

「すまん。だがまぁ、そんなに落ち込むな」

「だって・・・だって」

 

 

・・・最後のリレー、楓はかなりのリードを貰ってタスキを受け取った。

だが結果は、ビリである。

楓の足が想像以上に遅かった、そしてその上、楓はゴール直前でコケたのである。

その間に、他の走者に抜かれてしまったのである。

一夏達は気にするなと言って笑ってくれたが、当の楓は気にしないわけにはいかない。

 

 

「だって・・・私のせいで一位になれなかったし・・・クラスだって・・・」

「そこはまぁ、結果論だな。他の競技だって負けていたわけだし、私だって100mでゴールできなかったしな」

「一位でゴールしなきゃダメだったのに・・・っ」

 

 

湯船に沈んだまま、楓はポロポロと泣き出してしまう。

悔しかったし、情けなかった。

自分がコケたりしなければ、もう少しでも足が速ければ・・・。

しかし、隣の姉からかけられた言葉は、意外な物だった。

 

 

「どうしてだ?」

「え・・・」

「一番になりたい、勝ちたいと言うのはわかるが・・・別に一位でなければダメなんてことは無いだろう? また来年もあるんだ、今から努力すれば良いじゃないか」

 

 

そう言って笑う箒は、楓にはとても眩しく見えた。

いつだって何でも出来て、優秀な次姉。

少し融通が効かない所があるが、しかしそれでも楓にとっては自慢の姉だ。

 

 

「今日のお前は、一生懸命やってたじゃないか。なら今の所は、それで十分だ。そうだろう?」

「・・・剣道全国1位の箒姉さんじゃ、説得力無いよね」

「それはそれ、これはこれだ」

 

 

誤魔化すように箒が楓の濡れた髪をグシグシと撫でると、楓はくすぐったそうに笑った。

楓がようやく笑ってくれたので、箒も嬉しそうに笑う。

 

 

『2人ともー、ご飯にするわよーっ』

「「はーい!」」

 

 

ちょうどその時、母親の声が聞こえてきた。

2人で揃って返事をして、では湯船から上がろうか・・・と、箒と楓が立ち上がった時だった。

ガラララララッ、と大きな音を立てて浴室のガラス戸が開かれた。

 

 

そこから飛び込んで来たのは、何故かアヒルさんの入った風呂桶を持った箒と楓の姉だった。

つまり、束である。

風呂に入るつもりだったのか、すでに衣服は着ていない。

下の妹達を遥かに上回るプロポーションを誇る身体を惜しげも無く晒して、しかし子供のような顔で束は言った。

 

 

「ズールーいーよ~! 箒ちゃん、楓ちゃん! どうしてお姉ちゃんも呼んでくれないの~!?」

「た、束お姉ちゃん!?」

「何故って、姉さんいつの間にか消えてたじゃ・・・」

「もんどーむよー! とりゃ―――――っ!」

「ふぇ!?」

「え、ちょ、ば・・・いきなり飛びつく・・・っ」

「「きゃああああああああああっ!」」

 

 

束に飛びつかれて再び湯船に沈む箒と楓、良い子はけして真似してはいけない。

その日、篠ノ之家の浴室からは笑い声と怒鳴り声、そして困ったような声が絶えなかったという。

ただ、どこか幸せそうだったという点では一致していた。

 

 

ちなみに浴室から突如響いた娘達の悲鳴に、「どうした!?」と浴室に飛び込んだ父親が阿鼻叫喚の地獄絵図に見舞われたりしたというが、それはまた別の話である。

篠ノ之家は今日も、(概ね)平和だった。




「IS―黒き叡智―」の長らくのご愛読、誠にありがとうございます。
皆様のご声援、ご支援を頂きまして、完結させることができました。
これもひとえに読者の皆様のおかげです、本当にありがとうございます。

それでは皆様、またお会いしましょう。
では、失礼致します。

かえで「ばいばーいっ(ぶんぶん)」

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