ネクロマンサーぷらす   作:すすりじた

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共犯のお誘い

「それで?ネクロマンサーがボク達になんの用だい?」

 

 テーブルを挟んで二体のドールが敵愾心に満ちた目で睨みつけてくる。一応は用意した席に座ってはいるが、いつでも武器を手に取って戦闘が出来るように身構えている。如何にも熟練されたドールらしいムーブだがそれは愚かな行為としか言いようがない。愛娘たるアルファが同席しているこの場において、既存の物理法則に縛られたドール如きがリョーコに危害を与える事などできるはずがないのだから。

 

「そんなに怖い顔しないでほしいわ。私にはあなた達と喧嘩するつもりはこれっぽっちもないのに。」

「ハッ!ネクロマンサーのいう事なんか信じられるもんですか。」

 

 まったくもって正しい物言いだ。リョーコだって他のネクロマンサーに出会った時、その言葉を信用したりはしない。

 

「でもお話を聞いてくれはするんでしょう?少なくともそっちのコートちゃんは。」

「……対話は大切だからね。だけど、そちらの用事を聞く前に一つ聞いてもいいかな?」

「構わないわ。」

 

 ひきがねコートの、答えによっては戦闘突入も辞さないような凄味のある表情。並みの、つまりはリョーコの席の後ろに立っているゾンビクイーンのようなサヴァントだったらその気迫に押されて狼狽えてしまうレベルの顔だ。背後のゾンビクイーンの視線がオロオロとひきがねコートと自分間を行き来しているの感じながら、リョーコは全く動じず微笑みを浮かべている。

 

「それじゃあ質問だ。後ろの彼女、ゾンビクイーンはキミのサヴァントなのか?」

「その通りよ。」

「へぇ?それじゃあアイツを私達に散々けしかけてきたのはアンタって事ね?」

 

 ジャラリと鎖が音を立てる。

 リョーコは微笑みを崩さずに小さく息を噴き出した。ついさっきネクロマンサーのいう事など信じられないと言っていたのに、早速言葉を鵜呑みにしているすてねこオートマトンが滑稽だったからだ。流石は程度の低いネクロマンサーの作った『失敗作』。散々見飽きた出来の悪さではあるが、新世界に来てからというもの後日談の世界で飽き果てたはずのもの全てに新鮮味を感じて面白いのである。

 

「あぁやめてやめて。暴力反対ですわ。誤解なのよ。」

「何が誤解だっていうんだい?彼女達には昔散々な目に合わせられたんだ。今となっては敵意はないけど、その黒幕に対する恨みはまだまだ健在なんだけどね?」

 

 それはリョーコも知っている。ひきがねコート達ドールを起動するにあたってその記憶は全て閲覧済みだ。ゾンビクイーンとその取り巻きによって彼女達姉妹が被った物理的、精神的被害は決して少ないものでは無い。そこから生じるネクロマンサーへの憎悪の程もリョーコはよく分かっていた。

 だから、この話の展開は予想通りだった。

 

「あなた達が出会ったゾンビクイーンとこのゾンビクイーンは別物……失礼。別人なの。ね、ゾンビクイーン。あなたはこの子達を知っているかしら?」

「ひゃい!?あ、えっと、知らないですわ。今日初めてお会いしましたの。」

「……一体どういうことだい?」

 

 声を掛けられたゾンビクイーンがおずおずと、しかしはっきりと答える。どこからどう見ても嘘を言っているようには見えない。

 ひきがねコートの表情に困惑と同時に悲痛な感情が浮かぶ。黙って見ていたすてねこオートマトンも怪訝そうに眉を顰めた。

 

「私はネクロマンサーだからね。あなた達を修繕して起動させる前に記憶を見せて貰ったわ。あなた達と交流していたゾンビクイーンは私が作ったものではないし、もう何処にも居ないの。」

「何処にも居ないって、何があったんだい?」

「あなた達が例のネクロマンサーに敗北した後、サヴァント4体で私の領地を放浪してたんだけど、その内精神崩壊してね。あとは変異昆虫とかの餌食っていうありがちなパターンよ。後ろのゾンビクイーンはその子の姿を見てデザインとコンセプトが気に入ったから自作してみたわけ。だから別人。自我も記憶も肉体も全く別のね。」

 

 説明を受けてドール達は必死に考えを巡らせているが、もちろんこれはリョーコの嘘だ。

 後ろに控えているのはリョーコの作品ではない。正真正銘、ひきがねコート達の知るゾンビクイーンに他ならない。

 

 そんなゾンビクイーンの記憶がないのは後日談の世界でリョーコの娯楽につき合わされた結果だ。元々ゾンビクイーンには記憶を忘れるというアンデッドとして珍しい特性が付与されていた。それは永遠を生きるために必須ともいえる能力。完全に記憶が消えるわけではなく、その実感が薄れ他人事になってしまうという製作者の悪意の透ける様な細工のせいで、当時のゾンビクイーンのドール達との大切な楽しい記憶は無味乾燥なものになっていた。

 記憶の閲覧中にたまたまそれを知ったリョーコは、あえてその記憶を鮮明化させゾンビクイーンに思い出させた後に意識のある状態で徐々に消去するという遊びに興じた。嫌がって泡をふきながら必死にやめてと懇願し半狂乱に陥るゾンビクイーンの顔が可愛かったのでリョーコは似たような事を何回か行った後、同じ遊びに飽きて彼女を凍結封印していた。

 

 現在、リョーコを自身の造物主であると仰ぐゾンビクイーンはそんな過去の出来事を覚えてはいない。同じ自我を持っていても、同じ記憶がなければそれは同一人物と言えるのだろうか?様々な記憶を戯れに弄られ冒涜された彼女は、リョーコの言う通りひきがねコート達の知るゾンビクイーンとは別人と言ってもいいかもしれない。嘘だらけのリョーコの発言の中でそれだけは本当だった。

 

「質問には答えたわ。私のお話を聞いてくれるかしら?」

「まだ疑問はあるけど……聞こう。」

「それじゃぁ単刀直入に。私と手を組まない?」

「ハァ!?」

 

 すてねこオートマトンが何言ってんだテメェ?とでも言いたげに口を歪めて睨んでくる。猛烈に不機嫌な様子だがリョーコは相変わらずの笑顔のままだ。なにせ、この提案、というより話し合いは絶対に成功する茶番なのだから。

 

「一体どういうつもりかな?ボク達の記憶を盗み見たなら、ボク達がネクロマンサーに組する事はありえないと分かっているとおもうのだけど。」

 

 正直な所、リョーコはこんなドール相手の茶番はめんどくさくて仕方がない。しかし、それ以上に面倒な事があったためにこんな手段を取っていた。

 

 リョーコがドールを味方につけようと思うのなら、サヴァントと同じようにネクロマンサーへの絶対的な忠誠心を植え付ければ済む。凍結封印された無抵抗なドールを相手にするならば、なんの障害もありはしないしお手軽で確実な手段と言える。現状戦力も作業の手も足りていないのだから、そうするのが正しい判断だろう。

 にもかかわらずそうしないのは、本来の精神のままザヴァント達やこの新しい世界と触れ合っていくドール達を観たいというリョーコの趣味と遊び心でしかない。未知に怯える一方でこうした遊びを見せるのは傲慢であり度し難い油断だ。しかしリョーコはこの欲求をどうしても我慢できなかった。

 

 これもネクロマンサーのサガか、と自嘲しつつそれなりのメリットを出そうとした結果がこの茶番劇だ。

 話し合いの結果、ドール達が自ら協力を決心するという流れを作る事には申し訳程度の理由があった。

 まず、そうした過程を挟むことで一人のネクロマンサーの下でサヴァントとドールが手を取り合っている、という前例ができる。一々精神崩壊させたドール達の記憶や自我を破綻が無いように丁寧に処置していくとあまりにも時間が掛かりすぎるし酷く面倒なもの。

 この前例があれば、後から目覚めるドール達のネクロマンサーへの不信はある程度和らぐだろう。そうなれば最低限の記憶処理を行って深層意識にリョーコに対する好意を潜ませれば面倒な作業無しで比較的簡単にドール達の協力が得られるだろう。

 そして自発的に協力を約束したのをきっかけに、ネクロマンサーにとって都合のいい暗示を発動させれば精神性はそのままのドール達がリョーコの手駒として手に入るというわけだ。

 そうして手駒にされたドール達はネクロマンサーへの強い忠誠心はなくとも、反乱の心配のない信用できる部下となる。正気と狂気の狭間で揺れ動くその可憐な心をそのままに。

 

 大変非効率的ではあるが、ネクロマンサーが遊び心を無くすわけにはいかない。

 様々な葛藤と妥協の末に出来たのがこの回りくどい洗脳手順だった。どうにも本末転倒な煩雑さで、しかも穴だらけの考えと言える。しかしネクロマンサーであるリョーコがそれでいいと思っているのだから、全て問題はないのである。どうせ趣味の遊びであるし、失敗したらその時はネクロマンシーに物を言わせて精神と肉体を手籠めにしてしまえばいいだけなのだから。

 

「状況は大きく変わっているのよ?まぁ話を聞いてちょうだい。私はあなた達の豊富な冒険の経験を高く評価しているの。」

 

 ありのままの少女の心で、この美しい世界を舞台で活躍してほしい。そして、後日談の世界で掴めなかった幸せを掴んでほしい。

 手にした幸福をいつか破滅させるのを前提に、リョーコは自らの愉しみのため心底そう願いながらドール達の説得に取り掛かった。

 

 

 

 

 

 

 それから数日後、オペラハウスでは増えたドール達とサヴァント達の騒々しい声が彼方此方で聞けるようになった。

 しかし最深部にあるリョーコのアトリエにはそんな華やかな雰囲気は一切無い。相変わらずの陰鬱な気配漂う室内では首筋にコードを刺したリョーコが執務机の上で鼻歌を歌っている。

 

「♪~♪~。いい感じに情報が集まってきてるわね。」

 

 虚空を見つめるリョーコの網膜には液晶モニタが表示されており、そこには複数視点からの映像が映し出されている。連日連夜の作業の甲斐あって構築された監視網からの映像だ。カルネ村周辺にある村の殆どを監視可能としているが、言ってしまえばそれっきりの範囲しかカバーできていないという事になる。この監視網をより高度化し、より広範囲に広げるのがこれからの課題だった。

 

「それにしても長閑ね。どの村も寝ても覚めても農業ばっかり。農業用アンデッドとそう変わらない生活ぶりだけど、あの人たち生きていて楽しいのかしら?」

 

 アンデッドとそう変わらない生活なら、死んでもらってその体をアンデッドにしたい。そう思うのはカルネ村の村民たちの体を弄りまわしている時に発見した新事実のせいだった。

 

 この世界の人間は、人間ではない。正確に言えばホモ・サピエンス・サピエンスではないよく似た別種なのだ。

 後日談の世界の人間とこの世界の人間の筋繊維の能力を比較すると、同じ長さ、同じ太さにも関わらずこの世界の人間の方がより優れた結果を出す。血管も、心肺も、ほぼ全ての肉体能力が後日談の世界の人間に比べて優れているのだ。

 しかも不思議な事にこの世界の住人同士でもそういった肉体能力の違いが生じている。同等の筋繊維を使った比較実験で確かめたから間違いはない。

 一体この違いはどこから生じているのか?大いに興味がそそられていた。もしかすると今までより高性能なアンデッドを作成可能になるかもしれないのだから。

 

「素材としてこの世界の人間は魅力的なのよね。もっとサンプルが欲しいのだけれど……。」

 

 とはいってもむやみやたらに村を襲撃しては軍隊が出動する羽目になるかもしれない。そうなっては面倒極まりないので今のところは自重するしかない。

 

「あーあ。なにかこう、都合よく殺してもいい人間が現れないかしら?死体が欲しいよぉー!」

 

 執務机の上に安置された「パパ」の生首をかき抱くと、リョーコは机の上を右へ左へ転がりながら足をバタつかせる。と、そんな時リョーコの体がぴたりと停止し、次いで勢いよくその身を起こした。

 

「なになになんなのこいつらは?」

 

 網膜にうつる映像の一つに、看過しがたい物が映り込んでいた。それは複数の騎兵の姿。その動きは統制されており、彼らが訓練された兵士であることを物語っている。

 

(軍が動いた?それとも警備のための定期巡回?)

 

 ばれる様な事はまだしていないはずなのになぜ?疑問に思うリョーコだったが、すぐに思い違いである事に気づく。彼らの装備が村民の知識にあったリ・エスティーゼ王国兵士の物と異なっているからだ。

 全身を完全に覆う鎧、腰に差しているロングソード、そして決定的なのは胸元に描かれている紋章だ。それはバハルス帝国の紋章。リ・エスティーゼ王国のものでは無い。

 

「バハルス帝国の騎士?時々王国に侵略戦争を仕掛けてくるらしいけど……少数で、しかもこんな辺鄙な場所になんの用なのかしら?」

 

 首を傾げながらもリョーコは自分の心が高ぶり始めるのを感じていた。戦争になれば死体が沢山出来るからだ。

 

「これはチャンスね。」

 

 カルネ村とその下にあるオペラハウスが巻き込まれるのをうまく避けつつ、死体をちょろまかす。

 まだ彼らバハルス帝国騎士達の目的は不明だが、その動きに注目しておくべきだろう。 そしていつでも死体を回収できるように準備を整えておく必要がある。

 

「掘削機のメンテは終わっているし、リフトバイスもそれなりの数がある。やっぱり地下から回収したほうがいいわよね。」

 

 リョーコの言う掘削機とは、彼女がオペラハウスを増築する際に作成して使用した掘削用アンデッドだ。変異昆虫の中で最大の巨体を誇る『シデムシ』をアンデッド化したもので、非常に高い効率で地下にトンネルを掘ることが出来る。パーツの損耗が激しく替えのパーツを取るためのシデムシのストックがない状況では些か使用を躊躇ってしまうが、目先の欲に駆られたリョーコは使用を決断した。

 掘削機で作った地下トンネルを使ってリフトバイス――有機エンジンで半永久的に稼働する事の出来る作業機械。装備されたキャタピラで不整地でも走行可能。――を現場に送り込み死体を回収する。

 ぱっと思いつく限りでは一番発見されにくく、追跡もされにくい方法だった。

 

「早速準備しなくちゃ!」

 

 リンクしている粘菌コンピューターを介して掘削機とリフトバイスの出動準備を整えていく。そんなリョーコの耳に電子音が飛び込んでくる。執務机に置かれた液晶パネルをのぞき込めば、着信を知らせるマークが点滅していた。その下に表示されているのは「ネメシス」の文字。リョーコは作業を続行しながらその表示を指で弾いた。

 

「どうしたのネメシス。なにかあった?」

「失礼します司令。お時間よろしいでしょうか?」

 

 聞こえてくるのはボーイッシュな少女の声。その口調はまるで軍人のようであり、子供が軍人ごっこをしているような微笑ましさがある。声の主の名前は「ネメシス」。変異パーツも無ければ奇怪な改造も施されていないクセのない少女らしい外見を持つ汎用兵士型サヴァントだ。拳銃の扱いと刃物を使った体術に熟練しているが、その戦闘能力は高いとは言えない。だが、低級アンデッドを効率的に動かす『死人指揮』を得意とするため優先的に復活させ、バルキリーがいない今は監視網の責任者として働かせている。

 

「構わないけど、帝国の騎士が近隣の村に近づいているっていう報告ならいらないわよ。こっちでも把握してるから。」

「それ以外にもう一つ報告する事があります。」

「あら。なら聞くわ。どうしたの?」

「サーマルビジョン搭載型マガドリが草原を移動する45名からなる一団を発見しました。通常カメラに映らなかった事から、光学迷彩を使用しているものと思われます。」

 

 マガドリとはアンデッド化した鳥の群れで、レギオンタイプに属するアンデッドだ。リョーコはこの低級アンデッドに各種カメラやマイクを仕込んで監視網の一要素として使用している。なるべく怪しまれないように外見を取り繕われ、最小単位である5体からなる群れで行動する彼らは上空からの偵察要員として非常に優秀だった。

 

「光学迷彩ねぇ。この世界の文明レベルでそんなものを作れるとは思えないけど……これはやっぱり魔法なのかしら?」

「判断しかねます。それで、彼らにはどう対処しましょうか?」

 

 リョーコは作業を続けつつサーマルビジョン搭載型が送信してくる画像に目を通し、ネメシスの言っていた一団の映像を拡大表示する。なるほど、確かに45名の人間が整然と陣を組みながら移動している。その行軍の様子は非常に高い練度を予想させるものだ。身に着けている装備の詳細は不明だが、おそらくは特殊部隊かそれに相当する精鋭に違いない。

 

「帝国の潜入作戦を専門とした特殊部隊かしら?そうするとあの騎兵達は陽動という事になるわね。」

「王国が配置した隠密部隊の可能性もあります。」

「帝国の侵攻を予想して王国が配置してたって事?まったくありえない話ではないだろうけど……うーん。」

「それか、スレイン法国の諜報部隊かもしれません。」

「45人もの大群で?それはちょっと微妙ね。でもスレイン法国の手の者って可能性もあるのかぁ……現状じゃ判断つかないわね、これは。」

 

 では?と聞いてくるネメシスに対して、リョーコはつまらなそうな顔をして答えた。

 

「現状維持。マイクで会話を拾いたいけど発見されると厄介だわ。歯がゆいけど遠巻きからの監視を続けなさい。」

「了解しました。何か動きがあったら連絡します。」

「そうしてちょうだい。じゃあね。」

 

 軽快な電子音を立てて通話が終了する。会話の途中に行っていた掘削機とリフトバイスの出撃準備を終えたリョーコは首に刺さっていたコードを引き抜くと勢いよく執務机から飛び降りた。

 

「騎士もそうだけど、あの45人も捕らえたいわね。」

 

 どこの国に所属しているかは不明だが、彼らの持っているだろう情報は非常に魅力的だ。さらに姿を隠している手段も非常に興味深い。光学迷彩ならそれはそれで、魔法による効果だったなら魔法を解析する機会が得られる事になる。

 リョーコはこの侵入者たちを捕らえたくて捕らえたくて仕方がなかった。

 

「でも焦っちゃだめ。注意深く観察して、チャンスを待ちましょう。」

 

 重火器で武装したレギオンタイプのアンデッドの総数はかなりの規模になっている。ネメシスかゾンビクイーンにそれらを指揮させれば、近接武器しか持ってなさそうな騎士達なら制圧する事は可能だろう。しかし姿を隠した45人は魔法の使い手の可能性が高いので迂闊には手を出せない。

 ここは忍耐の時だと自分に言い聞かせて、リョーコは注意深く網膜に映った映像を見つめるのだった。

 

「隙を見せたら絶対殺して持ち帰ってやる。」

 

 ドロドロとした執念と欲望に満ちた声がアトリエ内に静かに染み渡り、それを聞いていたマリスが床の上で小さく震える。そしてリョーコの胸に抱かれた男の生首は、細い腕の中でほんの一瞬だけ悲しげに顔を歪めた。

 

 

 

 

 

 

「なるほど。そんな事があったんですね。」

 

 結局のところ、リョーコはモモンガに大まかな流れを全て伝えていた。

 拠点ごと転移した事。その直上にあったカルネ村の住人を保安上の理由でアンデッド化した事。周囲に監視網を敷いている事。そして試しの意味を込めて戦力の回復中であることも包み隠さず伝えた。

 これでこちらへの態度を変えるようならば、それ相応に利用した後で寝首を掻くよう謀略を張り巡らせる事になるだけだ。

 自然な微笑みの裏でリョーコはモモンガの表情のない顔を油断なく観察していた。

 

「軽蔑する?」

 

 それはカルネ村の住人に対する仕打ちについての問いだった。多くの人間はリョーコの所業を責めるだろう。特に自分の父親のように正義感の強い者なら激しく怒りを露わにするはずだ。そんな相手でも利があるならばリョーコは様々な妥協をしてでも付き合いを続けようと思っている。しかしその場合は付き合いを長く続けるつもりはない。

 

「いいえ。殆ど事故のようなものですし、私だって同じ状況になれば情報を得た後に魅了の魔法か何かを使って村人達を都合のいい操り人形にしてたかもしれません。拠点を守るためなんですから仕方のない事だと思いますよ。」

 

 そう言うモモンガの表情は相変わらずの骸骨で感情を読み取るのは難しい。だがリョーコはこの手の人物に慣れている。ようはオートマトンのドールのようなものなのだ。

 すてねこオートマトンのような例外は居るが、基本的にオートマトンのドールは表情もなく、心を押し殺しているから感情を読み取りにくい。しかしそんな彼女達だって感情が全くないわけではなく、むしろ表に出さないだけでその心は他のドール達同様に瑞々しい少女のものだ。

 そんなオートマトン達が放つ雰囲気とモモンガは非常によく似ている。常に感情を押し殺しているが、ふとした時に抑えられない感情の波がやってきて表面に噴出してしまう。そんな在り方は見慣れたオートマトンと同じであり、同じであるから何気ない仕草や口調に含まれた感情を読み取ることが出来る。

 

 そんな熟練ネクロマンサーたるリョーコの眼から見て、モモンガに嘘は見つからなかった。

 

「よかったぁ。サっちゃんに嫌われたらどうしようかと。でもお友達なんだから隠し事はいけないと思って……打ち明けてよかったわ。」

「必要な事をしただけなのに嫌いになったりしませんよ。」

「でも嬉しいわ。ありがとうサっちゃん。」

 

 友好関係を崩したくなくてこちらに合わせている気配は皆無。つまりモモンガはそうする必要があるならば残酷な仕打ちを行ったとしても気にしない人物という事だ。ネクロマンサーであるリョーコの協力者としてはとても都合のいい相手と言える。いや、魔法の使い手である事を考えればほぼ最高の相手だった。

 リョーコは転移してからの自分に舞い降りた幸運の数々を思い、心の中で高笑いを上げた。その感情がリョーコの微笑みを大輪の花が咲くような笑顔に変える。

 そんなリョーコの『輝く表情』をモモンガは静かに見つめていた。 

 

「ん?どうかした?」 

「いえ、なんでもありませんよ。さて、リョーコさんの事情を聴いたからには今度は私が話をする番ですね。」

 

 一瞬目が泳いだのを目ざとく見つけたリョーコだが、それについては心の中で「やっぱりこの子可愛い!」と思うだけで一切触れない。

 そのかわり、視界の隅に浮かんだデジタル時計の数字を確認したリョーコは片手を上げて話し始めようとするモモンガを制した。

 

「ちょっとまって。サっちゃんの話には物凄く興味があるんだけど、それはまた後にしましょ?」

「それは構いませんが、どうしたんですか?」

 

 リョーコは意味深な笑みを浮かべると椅子から立ち上がると、トテトテとモモンガに接近する。そしてつま先立ちをして口をモモンガの耳元に寄せると、悪い笑顔を浮かべて囁いた。

 

「先に話しておかないといけない事があってね。実はあともう少しでこの村にリ・エスティーゼ王国戦士長率いる戦士団が到着するの。そしてそしてそれを狙うスレイン法国の部隊が攻めてくる。……これってチャンスだとは思わない?」

 

 ――リョーコと一緒にwin-winしようよ。

 

 そして薄暗い部屋の中、骸骨と少女の悪だくみが始まった。

 




ドール達はコート&オートマトン→アリス→ホリック→ジャンク→ソロリティの順に再起動してます。コートとオートマトンを最初にしたのはゾンビクイーンへの未練があって恭順させやすいから。

色々と書きたいシーンはあるけどそれを上手く繋ぐことが出来ずに悶々とする今日この頃です。
そして今さらながら気づきましたが、ネクロニカのルルブを持っている人でも各種サプリメントまで持っている人は多くないんですよね。
『歪曲の舞踏』のネタが多いのに説明不足だった事に気づいて反省中です。用語解説は暫くそれ関係でやっていきますね。


用語解説
【アルファ】
オペラハウス00にて製作されたアンデッド被検体にして、初のESP制御を成功させた個体。
その肉体の来歴には不明な点が多く、オペラハウス00では外部から搬入された記録は残されていない。
そのため彼女の親は施設内の職員であるとも、肉体をゼロから調整されて生まれたとも言われているが、その真偽は不明。
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