アイドルマスターシンデレラガールズIF 〜シンデレラの絵本〜 作:松前正樹
最高にロックな2人をご覧ください。
それは、考えてみれば私にとって初めての経験だった。
CDでは聞いたことがあったけど、ライブハウスはなんというか……ちょっと怖くて行ったことがなかった。
そんな私はあの日、大きな期待とちょっとの不安を抱えて、あの階段を一歩ずつ降りていった。薄暗い通路に貼られた、新しかったり少し色褪せたりしている様々なポスターに目移りしながら。
辿り着いた場所、暗がりの中にある大きな扉に私は手をかけ、恐る恐るそれを開く。
目の前に広がっていたのは、今まで見たことのない、はじめての光景。
眩しいスポットライトの中で、一際激しくビートを刻むギター。静かに、それでいて身体の芯まで響くような重低音を放つベース。思わず飛び跳ねたくなるような、強烈なリズムを叩くドラム。
そして、その中央で観客を最高に沸かせる、心を鷲掴みにして放さないボーカル。その姿は、私の目にはキラキラと輝いて写って、上手く言えないけどなんというか……
これ以上ないぐらいに、ロックだったんだ!
×××
「えっ! 私がなつきちと新曲を!?」
思わず口から出たその驚きに、プロデューサーは首肯して答えた。
なんでも、一ヶ月後に開催されるロックフェスから私、多田李衣菜と、なつきちこと木村夏樹ちゃんにオファーが来たらしい。それだけでもびっくりなのに、その時に初披露する新曲を作って欲しいと頼まれたのだ。
「なつきちは、なんて言ってるんですか?」
私は驚きを隠し切れず、少しおどおどしながらプロデューサーに聞き返す。プロデューサーはその問いに口を開き……
「OKしたよ。なんか面白そうだからな」
「な、なつきち!」
突如背後からかかった声。振り向くとそこにいたのは、長い前髪を上手にリーゼントにして、爽やかに笑う女の子。紛うことなくなつきち本人だった。
「だりーと曲を作る機会って今までなかったからな。乗ってみるのも悪くないと思って。だりーはどうなんだ?」
「う、うん! 私もやってみたい!」
なつきちの言葉に、私は即座に了承した。イベントに出られるってことも勿論嬉しかったんだけど、なつきちと一緒に、しかも曲を作るっていうことは、何か特別な感じがして心の底からワクワクする感じ。
要するに、凄くロックだと思った。
「よし、じゃあ決まりだ。まー、改めてこれからよろしくな、だりー」
「うん! よろしく、なつきち!」
高鳴る思いを胸に、私は差し出された手を握った。
これから、何か楽しいことが始まりそうな予感!
×××
ここは、346プロの事務所に併設されたカフェ。私となつきちは、早速新曲の構想を練るために会議を開こうとしていた。緑も生い茂りそろそろ夏本番とも言える季節で、いくらパラソルで日陰があると言ってもやっぱり暑い。
「お待たせしましたー! アイスコーヒー2つでーす! ごゆっくりどうぞ〜」
メイド服のウェイトレスが、元気な声と共にお盆を持って現れる。
……奈々ちゃん頑張ってるなぁ、私も頑張らないと。
運ばれてきたのは、キンキンに冷えた真っ黒の飲料、すなわちアイスコーヒーだ。勿論ブラック。なんか、ブラックコーヒーってロックだよね。
私は大人な気分でストローに口をつけ、グラスの中のコーヒーをクールに……
「ゲホゲホッ!」
飲めなかった。むせちゃった。
「はははっ! だりーコーヒー飲めないのかよ! それなら無理して飲まなくてもいいのにな」
「うぅ……砂糖があれば飲めるもん!」
前チャレンジした時も無理だったしなぁ。おとなしくガムシロップ入れよう。
私がコースターの横に置かれたガムシロップに手を伸ばす様を見て、なつきちは少し苦笑いを見せる。
「まあそれはさておき。どうするよ、今度の新曲。アタシ的には2人で作詞して、2人で作曲してみたいんだけど、どうだ?」
「2人で作詞かぁ……懐かしいな……」
私はストローでグラスの中の氷を弄びながら呟いた。
脳裏に浮かんだのは、Asteriskとしての初めての曲。その作詞の時のことだった。最初はその……音楽性の違い? みたいなもので、みくとは喧嘩ばっかりしてたけど、寮に泊まったり、毎晩一緒に詩を考えたりして少しずつお互いを理解していった。
当時はかなり大変だったけど、そうしてできた『φωφver!!』は、今でも大切な私たちの絆だ。
「そういえば、だりーはAsteriskで1回経験してるんだったな。どんな感じだったんだ?」
なつきちはそんな私を見て、今思い出したのかそう尋ねてくる。
「うーん、最初は衝突も多くてさ。やってられるかー! って感じだったんだけど、徐々お互いを理解していって……なんだかんだで楽しかったなぁ」
「そうか……そういうのっていいよな。ぶつかり合って、最後には分かり合う。凄くロックな事だと思うぜ」
「そ、そうかな?」
なつきちは穏やかな笑みを浮かべ、澄んだ眼差しで私を見つめてくる。素直にそう言われたのと、真っ直ぐな視線がどこか恥ずかしくて、少し照れてしまった。
——なつきちはズルいよね、いつもクールでさ。
私は照れ隠しにそんなことを思ってみたりする。でも、何故かそれが口を突いて出ることはなかった。
「よし、じゃあアタシも頑張らないとな。みくに負けないようにここは一つ解散を提案して……」
「わわっ! そんなところで張り合わないでよ!」
「はははっ! 冗談だよ、冗談。そうだなぁ……お、そういえば」
悪戯っぽい笑みを浮かべるなつきちに、私はびっくりして思わず大声を出してしまった。恥ずかしい。
そんな私を見て心底面白そうに笑ったなつきちは、ふと何かを思い出したようにポケットから小さな手帳を取り出した。手帳を開くと軽く目を通し、満足気に口を緩めると手帳をポケットにしまう。
「……どうしたの?」
なつきちの挙動を不思議に思った私は、隣に座るなつきちの顔を覗き込んだ。手帳をしまった後、目を伏せたままだったなつきちは私の方を向き、そして応える。
「なあ、だりー。今週末の土曜日って空いてるか?」
その唐突な問いに、私は今週の予定を思い出す。雑誌の撮影にインタビュー、歌番組に……うん、土曜日は確か何もないはず。
「……うん、確か何もないはずだけど」
「よし、じゃあ決まりだな」
なつきちは私の答えに軽く頷くと、急に席を立ち上がった。勿論何もわかっていない置いてけぼりの私は、そんななつきちに慌てて問いかける。
「ちょ、ちょっと待ってよ。一体何が……」
「実はな、今週の土曜日にちょっと予定があってさ。それにだりーも一緒にどうかなって」
「予定……? それって何の?」
どうも概要が掴めない私。度重なる私の問いになつきちは、ニカっと清々しく笑う。
「それは当日のお楽しみだ。ほら、ぶっつけ本番ってのもロックでいいだろ?」
だりなつって、いいよね(しみじみ)