アイドルマスターシンデレラガールズIF 〜シンデレラの絵本〜 作:松前正樹
「今日は楽しかったね、なつきち」
「そうだな。久々にだりーとライブに行けてアタシも楽しかったぜ」
夜も更け、駅へ向かう道のりで言葉を交わす私たち。ホントは涼ちゃんとも一緒に帰りたかったんだけど、まだ片付けがあるらしいので、残念ながら今は2人だ。
私は重い足取りで前に進む。
「今度のロックフェスも、あんな感じのカッコいいステージにしたいなぁ」
「それにはまず最高に熱い新曲を考えなきゃな」
目を輝かせていたであろう私を見て、なつきちは手を後ろに組み空を見上げてそう応える。
その言葉に、私は素直に同意することができなかった。
私の中に、一抹の不安が生まれたから。
「新曲……新曲ね……」
「ん? どうかしたか?」
「う、ううん。なんでもないよ!」
不思議そうに聞いてくるなつきちに、私はわざと空元気を出して答える。
今の私、上手く笑えてるかな?
「……そうか。ところで——」
なつきちはそう返し、再び今日のライブへと話題を戻した。どうやら気づかれてないみたいで一安心だ。
その後も、私たちはライブのことで盛り上がった。何曲目のサビのギターが良かったとか、あそこのメロディは熱かったとか。なつきちが私にわかるようになるべく抽象的に話題を振ってくれていたことは感じていたけど、今日はその優しさに甘えることにした。
しかし、そんな楽しいひと時の中でも、私の中から不安が消え去ることはなかった。
「じゃあ、アタシは停めておいたバイクを取ってくるけど、だりーはどうする? 後ろ、乗ってくか?」
なつきちは笑みを浮かべてそう尋ねる。しかし、胸の痛みを抑えながら、私はその誘いを受けることはしなかった。
「うーん、今日はいいや。ほら、もう遅いしさ、なつきちにも迷惑かけたくないし」
「……わかった。じゃあまた明日、フェスについて話そうぜ」
「うん! また、明日……」
なつきちは私に背を向けて、右手を上げてひらひらと振りながら一歩、また一歩と遠ざかっていく。1人、私よりも先の道を進んでいく。
「……私も帰ろう」
その後ろ姿を見送った私は、ポツリと呟いて駅の中へと向かう。
——今の私の背中は、なつきちの目にどう映るんだろう。
×××
自分の部屋のベッドの上、私は1人考える。
不安を持った理由を。胸の痛みの原因を。心の奥底から急に溢れ出てきた感情は、酷く濁っている。
これは、みくと詩を考えた時とは違う痛みだ。あの時は、2人の感情がぶつかり合った、相互的な痛みだった。しかし、今回のは違う。私が、私に対して感じる独り善がりな痛み。
私が自分に植え付けた、嫉妬や卑下、そして一番は、なつきちに対する負い目。
私が本当になつきちと新曲を作って良いのだろうか。ギターは上手く弾けず、曲なんて作ったこともない。詩を書く才能もある訳じゃない。
涼ちゃんはあの時、自分が楽しいようにやることがホントのロックだと言った。
しかし私はともかく、なつきちは楽しいと思えるのだろうか。私みたいなやつと曲を作って、自分のロックを表せるのだろうか。足を引っ張るかもしれない。呆れられるかもしれない。
もしかしたら、嫌われるかも——
「あっ……」
思わず声が漏れた。そうか、私は結局、誰かに嫌われるのが嫌なのか……違う、そうじゃない。なつきちに嫌われたくないんだ。私の憧れに、私の輝きに。
彼女を、失望させたくない。
それはひどく独善的で、わがままな願いだ。そしてそんな自分が酷く不快に思う。
「ズルいのは私だったのかも……ね」
枕に顔を埋め、頭の中に蔓延するモヤモヤを振り払おうとするが、それが敵うことはない。手で掴めない負の感情が、鎖のように繋がりあってぐちゃぐちゃに絡み合う、抜け出せないスパイラル。
深い暗闇に沈んでいく私の意識、しかしそれは突如現実に引き戻された。
「ん……?」
甲高いメロディを奏でるのは私の携帯。机の上に置いてあるその筐体から流れてくる音は、直接脳に響いてくるような不快感を帯びていた。今の私には、それが酷く鈍く聞こえる。
私はベッドから起き上がり、重い足取りで机の前へと進んだ。画面も見ずに電話に出ると、携帯を耳元に近づける。
「……もしもし」
『あっ、もしもし李衣菜ちゃん? ごめんね、夜遅くに』
「みく……」
スピーカーから聞こえてきた声は、意外な人物のものだった。いや、頻繁に聞いている声の筈なのだが、なぜか意外に感じた。
「別に大丈夫だよ。それより、何か用?」
私はベッドに座り、みくにそう投げかける。早く終わって欲しいという思いが胸を駆け巡り、急かすような言葉になってしまったように思う。
『えーっと、特に用があるってわけじゃにゃいんだけど、ほら、李衣菜ちゃん確か夏樹ちゃんと新曲を作るんでしょ? どんな感じかにゃって思って」
「……』
みくは、少し焦った風にそう告げる。それは、私が今最も考えたくない内容で、最も考えてしまう内容だった。
突然胸めがけて飛んできた針に、私は何も言えず黙りこくってしまう。
『……李衣菜ちゃん? どうかしたにゃ?』
「いや、別に何も……」
ないわけがない。そんなこと自分が一番良くわかっている。でも、こんなこと言えるわけが……。
『もしかして悩み事? だったら言って欲しいにゃ! みくは李衣菜ちゃんのパートナーなんだから、力になりたいにゃ!』
「……!」
みくから唐突に投げかけられた言葉。
その言葉を、私はよく覚えてる。過去に一度、全く同じ言葉を貰った。めいっぱい優しさが込められた、暖かい言葉。
しかし過去の私は、その言葉を拒絶した。寝不足だとか適当な理由をつけて、その優しさから逃げた。
「私は……」
考える、返す言葉を。どうするのが一番良いのだろうか。私にとって、みくにとって、そしてなつきちにとって。私は今、何と言えば良いのだろうか。
『なーんて、流石にわかるにゃ。李衣菜ちゃんは今、確実に悩んでる。どれだけ一緒にいると思ってるにゃ?』
みくは憤慨したように言う。しかし私はそのことよりも、みくの鋭さに驚いていた。
『だから、みくに話して欲しいにゃ。力になりたいっていうのはホントだし、また同じ失敗をするのは嫌だから。図々しいと思われたって、みくは李衣菜ちゃんの心が知りたいにゃ』
力強い語調。強い意志のこもったその言葉に、私の中の暗雲が霧散していく感覚を覚えた。
私は、いつもこんなみくに助けられていた。自分の思いを押し込めて鍵をかけた私に、手を差し伸べてくれる存在。一度振り払ったその手、今は一回り大きく、私の心に届いていた。
……そうか、みくは前に進んだんだね。
「……わかった。話すよ、私の心。ちゃんと聞いててね」
それなら私も進まなくちゃいけない。隣に並んで一緒に進む。それが私たち。それがAsterisk。
君と、さあ進もう。
×××
『全く、李衣菜ちゃんは大バカにゃ!』
「そんなストレートな!」
カッコよく締めたはずなのに、どうしてこうなった。
私は今日会ったことを全てみくに話した。なつきちと涼ちゃんのライブに行ったこと。そして私がどういう感情を抱いたのか、その理由が何なのか。
そしたらこうなった。
『いい? まず夏樹ちゃんはそんなことで李衣菜ちゃんを嫌いになったり、失望したりしないにゃ! 夏樹ちゃんがそんなことすると思うの?』
「いや、でも……なつきちが私と新曲を作って楽しいかどうかはわからないし……」
みくの怒涛の口撃にたじたじの私。親に叱られる子供のようにしゅんとする私を電話越しで察したのか、みくは語調を変え、諭すように私に語りかける。
『まずそのマイナス思考を直すにゃ。大丈夫、みくにとって李衣菜ちゃんは最高の相棒なんだから、自信を持つにゃ! それに少なくとも、みくは李衣菜ちゃんと作詞ができて良かったって思ってるよ』
「みく……」
思わず涙が溢れそうになるが、私はそれを必死に抑える。前を見るには目が霞んでいてはダメだから。
「うん……私、明日なつきちと話してみるよ。それで、自分の中で踏ん切りつけてやる!」
『それでこそ李衣菜ちゃんにゃ! 自分のロックを貫くにゃー!』
こうして、真夜中の相談会は幕を閉じた。私の中に強い覚悟を芽生えさせて。
×××
「……そうか」
俯く私。目を瞑るなつきち。
ここは346プロの駐車場。なつきちが来るのを待ち構えていた私は、いつものようにバイクに乗って現れたなつきちの隣に並び、初めてロックの話をした時のような構図の元、話を切り出した。
「そんなことで悩んでたのか。全く、だりーは心配性だな。というか、私が信頼されてないのか」
「そ、そういうわけじゃ! 別になつきちを信頼してないわけじゃなくて……なんというか、なつきちは私が初めて感じたロックだったんだ。だから、そんな存在に迷惑はかけられないと思って……でも、今は違うよ」
昨日決めた覚悟を、私はぶつける。
みくと共に進んだ証を、私の憧れに示す。
「私は、私のロックを目指すよ。なつきちと一緒に、いや、なつきちを追い抜くつもりで。最高にロックな私で、なつきちを最高に楽しませてあげる!」
真っ直ぐ目を見つめて言い切った私を、なつきちは真剣な眼差しで見つめ返す。そしてフッと一つ笑うと、
「また大きくでたな、だりー。でも私のやることは変わらないさ。自分の魂の響くまま、好きなことを好きな通りにやるだけだ」
そう言って、私に目配せをする。私はその意味にすぐに気がついた。頬の緩みを感じながら大きく息を吸う。これは私のモットー。そして私たちの誓いの言葉。
「「自分がロックだと思えばそれがロック!」」
「だからな!」
「だよね!」
やっぱり、Asteriskもいいよね(しみじみ)
次回は後日談のようなものになる予定です。