アイドルマスターシンデレラガールズIF 〜シンデレラの絵本〜 作:松前正樹
リアルやらイベントやらLIVEやらに押し潰されてましたorz
コツコツと大理石の床に響く足音。煌々と光るシャンデリアの下、私は赤い絨毯が引かれた階段を一歩、また一歩と進んでいく。
ここは346プロの事務所の中。私はやたらと大きなエントランスを慣れた足取りで通過し、目的の場所へと向かう。階段を上りきり、曲がり角に差し掛かる。
すると突然、その角から見慣れた女性が現れた。緑の制服に、底の知れない笑みを湛えた我らが事務員さん。
「あら、凛ちゃん。どうしたんですか? 今日はお休みのはずでは?」
千川ちひろ。私たちの部署を担当する事務員さんだ。一瞬の驚いた表情の後、再びいつもの笑みを浮かべるちひろさん。彼女のいきなりの登場に少し面食らった私だったが、そんな素振りは表に出さずに答える。
「さっきプロデューサーに呼ばれて。折角未央と卯月と3人で買い物してたのに水さされちゃったよ」
「ふふふっ、それは災難でしたね」
そう笑うちひろさんにつられてか、私も思わず笑みが溢れる。
「そうですか……となるとやっぱりあの話ですかね……」
「えっ、ちひろさん心あたりあるの?」
「ええ、一応は。でも、こういうことはプロデューサーから聞いた方が良いですから。私は敢えて口をつぐむことにします。では私はこの辺で。頑張ってくださいね、凛ちゃん」
そう言って、ちひろさんは結局笑みを浮かべたまま去って行った。やはり彼女からはどこか恐ろしさを感じてしまう。それに最後の「頑張って」という言葉はどういう意味なのだろうか。そのまま応援の意味ならば嬉しいが、それだけじゃないような気もする。
「まあ、考えても無駄か」
私はそう呟き、腹をくくった。そしてまた歩みを再開する。角を曲がり少し進むと、そこには見慣れた扉。
『アイドル事業部』
小さな文字プレートが貼り付けられたその扉は、アイドルとしての私が初めてくぐった最初の門。私の始まりであり、日常だ。
私は一つ息を吐き扉を開けた。橙の陽光が差し込むその部屋は、変わりなく私の所属する事務所だった。誰が持ち込んだのかわからない物から、誰が持ち込んだのか大方の見当がつく代物まで、色々なアイテムが散乱する個性的な部屋。
いつもなら何人かアイドルがいてもおかしくないのだが、部屋の中には誰もいない。皆仕事なのか、それとも家で夏休みを満喫しているのか。
「プロデューサーは……こっちかな」
見たところ、どうやらここにはプロデューサーはいないらしい。私は部屋の中にあるもう一つの扉の前に立ち、ノックをした。
「どうぞ」
扉の奥から聞こえてくるのは、紛れもなくあの人の声。
「入るよ、プロデューサー」
仕事熱心だなと感心しつつ、私は扉を開けた。
そこにいたのは、黒いスーツに身を包んだ冴えない男性。これといって特徴もない平凡な彼は、私のプロデューサーであり、私にアイドルとしての姿を与えてくれた恩人だ。
「凛か。突然呼び出して悪いな」
申し訳なさそうな声でそう告げるプロデューサー。どうやらまだ仕事が終わらないらしく、忙しなくパソコンのキーボードを叩いている。
私はそんなプロデューサーに一つため息をつく。
「それで、わざわざ私を呼び出しておいてパソコンと睨めっこ?」
「ごめんごめん、この仕事今日中に終わらせなきゃいけなくて……昼も食べてないんだけどな」
そう言って、頭を掻きながら取り繕うように笑うプロデューサー。よく見ると随分疲弊した顔をしている。
「もう……プロデューサー、行くよ」
私はプロデューサーに近寄ると、キーボードを叩く右手を掴む。
「えっ? 行くってどこに? って、ちょ、わかったから引っ張らないで!」
プロデューサーがうだうだうるさいので、少し強行手段に出てみたがうまくいったようだ。仕事する手を止め、渋々といった風に椅子から立ち上がった。
「うん、素直な人は嫌いじゃないよ」
満足した私は、再び部屋の扉を開けて外に出る。プロデューサーも私についてきているようだ。
私はプロデューサーを引き連れて、まだ暑さの残る夕方の街へと降り立った。
これは、今日の終わりの話。
私の長かった1日の、終着点だ。
×××
私たちは今、事務所の近くにある喫茶店に来ていた。昼から何も食べていないと言うプロデューサーを、私のお気に入りの喫茶店に連れてきた形になる。事務所の下にもカフェはあるが、あそこは食事には向かないだろう。ここは、綺麗で小洒落た店という訳ではないが、こじんまりとしていて懐かしい、どこか落ち着くような雰囲気がある。私はあまり頼まないが、軽食メニューもあったはずだ。
「さっ、適当に好きなの頼んじゃって」
席に着くなり、物珍しそうな目で辺りを見渡すプロデューサーに促す。するとプロデューサーは少し神妙な顔で、
「すまん……。変な心配かけさせて」
そう言って頭を下げる。
「いや、そんなに気にしないでよ。ただ、ご飯はちゃんと食べないと作業効率も下がるし良いことないから」
「はい……」
私の言葉を肯定することしかできないプロデューサー。
……そうだ。
その姿を見て、私はある作戦を思いついた。
「じゃあ今日はコーヒーでも奢って貰おうかな」
「はい……って、え?」
ほら、やっぱり引っかかった。
ぽかんとした目で私を見るプロデューサー。その顔が酷く面白くて、思わず吹き出してしまう。
「ふふっ、ありがとう、プロデューサー。じゃあご馳走になろうかな」
「……ははっ、そうだな。凛にお礼もしなきゃだし、ここは俺が持つよ」
そう言ってプロデューサーは店員さんを呼ぶ。私はアイスコーヒー、プロデューサーはオムライスを注文すると店員さんはにこやかに笑って裏に消えていった。
「……なんか、意外だったな」
2人になったことを確認して、私は静かなトーンでそう切り出す。
「まさか……プロデューサーがオムライスを頼むなんて。案外子供っぽいんだね」
意味深そうに、全く意味の持たない話を。
「いやいや、オムライスは老若男女問わず愛されてるから。子供だけの食べ物じゃないんだよ。凛も好きだろ? オムライス」
どうやらプロデューサーはオムライスが相当お気に入りらしい。これは心外とばかりに言葉を紡ぐ。
「うん、まあ今日も食べたしね。あ、そういえば……」
オムライスの話で思い出した。確か加蓮が今日連れて行ってくれたファミレスって……
「プロデューサー、加蓮においしいファミレス教えたんだって? なんでもライブの労いに連れて行ったとか」
「うっ、なんで凛がそれを……」
私の質問にあからさまな反応を示すプロデューサー。どうやら図星らしい。
「今日一緒に行ったんだ。奈緒と加蓮と3人で。本当に美味しかったな。プロデューサーも中々粋なことするよね」
私は素直な感心を込めてそう言った。日頃頼りないプロデューサーが、そんな気の利いたことをするなんて思ってもみなかったからだ。
「あの時は加蓮もレッスン頑張ってたからな。最初の単独ライブっていうのもあってか、あいつ体力ないのに無理してずっと練習してて。だから、頑張った加蓮へのちょっとしたご褒美みたいな感じだったんだよ」
照れ臭そうに笑いながら言うプロデューサー。その顔は先ほどまでの疲弊したものとは違い、どこか嬉しそうな、その当時を懐かしむような、優しい笑みだった。
「やっぱり、プロデューサーは良い人だね」
プロデューサーの笑顔を見て、私も思わず笑みをこぼす。するとプロデューサー、今度は怪訝そうな顔で、
「……それは都合の良い人って意味とかじゃないよな?」
そんな勘繰りを口にする。
「そんな訳ないでしょ。心外」
「いや……凛が俺を褒めるって中々ないから」
「私だって褒め言葉の一つや二つ口にするよ。私をなんだと思ってるんだか」
そんなくだらないやりとりをしていると、一杯のコーヒーとオムライスが運ばれてくる。一先ず閑話休題。プロデューサーはオムライスを目の前に満足気な笑みを浮かべ、スプーンを握った。
……やっぱり、ちょっと頼りないよなぁ。
プロデューサーの子供のような様を見てそう思う私。でも、この人は私のプロデューサーで、私に別の世界を見せてくれた人。なんだかんだ言って、頼りになる時は頼りになる人だ。
私は冷たく水滴を纏ったコップにストローを刺し、中のコーヒーを飲む。コクの深い苦味に心の中で顔をしかめながら、平然と、冷静に。
手持ち無沙汰な私は、都会の喧騒からかけ離れた静かな喫茶店のソファの上でコーヒーを啜りながら、目を閉じて今日を思い出す。
朝から加蓮と奈緒と映画を見て、昼は3人で他愛もない話をしながら美味しいご飯を食べた。その後は未央と卯月と合流して、結局は振り回される形にはなってしまったが、ショッピングもした。そして今、紺と橙のグラデーションを映し出す空の下、プロデューサーと静かな時間を過ごしている。
すると、ふと思った。
悪くないと思えるこんな日々も、永遠に続くことはない。いつか、必ずどこかで終わりを迎える。
それは今日、ところどころ感じていた違和感の答えだった。皆と別れる時、心に残った一抹の寂寥感。その正体が、今ようやく見えた気がした。
「……ねぇ、プロデューサーはさ」
その言葉は自然と溢れていた。激しい感情のうねりだとか大きな心境の変化だとか、そんなものはなく、ただ何の気なしに呟いていた。
するとプロデューサーはスプーンを止め、口の中身をゴクリと飲み込む。ちゃんと話を聞こうとするあたり、やっぱり彼は良い人だ。
「この時間、終わって欲しくないなぁ、とか思ったりする?」
我ながら、かなり真剣味に欠けた雰囲気だと思った。本気の相談というより、それとない雑談のような、そんなトーンで私はプロデューサーに問いかける。
「うーん」
悩んだ風に顎に手を当てるプロデューサー。数秒の後に、彼は一つの結論を出した。
「確かに偶に思うことはあるけど……俺は間に合ってるかな」
「ふーん、どうして?」
「だって、その時間が終わらなかったら次に進めないだろ?」
プロデューサーは私と同じように、特に気もなくそう言い放った。
彼にとっては他愛もない会話の1ページのつもりなのだろう。しかし、その言葉は確実に、私の翳りを徐々に消し去っていく。
「楽しいことが続くのは勿論嬉しい。でも、次にもっと楽しいことが待ってるかも知れないのに、そこで止まったら勿体無いよ」
「……その先に辛いことがあったとしても?」
「……そうだな、やっぱり進まないと見えないこないモノもあるからな。今は前だけ見て、何かあったらその時後ろを振り向けばいいんだよ」
そう言ってニカッと笑うプロデューサー。やはりその雰囲気は和やかなままだ。
「……うん、そうだね。ありがとうプロデューサー。なんか気が抜けたよ」
「それちゃんと礼になってるのか……?」
「なってるなってる。さぁ、ごめんねプロデューサー。冷めないうちに食べちゃってよ」
私はプロデューサーに笑顔を見せた。ちゃんと笑えているかはわからないが、多分大丈夫だろう。
進まないと見えないモノもある。
その言葉は、私が忘れかけていた大事な何かを思い出させてくれた。
ずっと強く、あの場所へ走りだそう。
私の、アイドル渋谷凛としての初めての曲。その曲に詰め込んだ私の想いは、時を重ねることで劣化していたようだ。
加蓮や奈緒、未央に卯月。それに事務所の皆。彼女たちとかけがえのない日々を過ごすうちに、置き忘れてきたモノ。それは、彼女たちとの日々と同じぐらい大切だった、私のアイドルとしての決意。
何かあったら後ろを振り向いて……か。
私は思わずクスリと笑いを零す。不思議そうな目でプロデューサーは見つめてきたが、なんでもないよと誤魔化しておいた。
彼に私の弱い姿はあまり見せたくないしね。
私はストローに口をつけ、ふと窓から空を見やった。橙は身を隠し、辺りには夜の帳が姿を現している。まるでこのコーヒーのような、暗くて鮮明な黒。
目を閉じ、そして思う。
今日という1日は私にとって、徹頭徹尾、いい1日だったと。
×××
「ふう、お腹いっぱい」
俺は思わずそう呟いた。
ここは俺の仕事場、346プロダクションのアイドル事業部事務所だ。凛との食事を終えた俺は、紛れもない充足感を胸に再びここへ戻ってきた。
さて、凛にお世話になったことだし、仕事頑張るか。
俺は自分自身に気合いを入れ、俺の仕事部屋の扉を開けた。すると。
「プロデューサー、お疲れ様です。仕事を放り出して外出とは余裕ですね」
そこに立っていたのは、邪悪な——訂正。穏やかな笑みを浮かべる我らが事務員さん、千川ちひろだ。
「ち、ちひろさん。いや、違うんですよ。凛が1日ご飯を食べてない俺を喫茶店に連れてってくれて……」
我ながら酷い言い訳だ。自己管理能力不足が原因だというのに、あまつさえ凛の所為にするとは。
「あら、でしたらあの話、凛ちゃんに伝えたんですね」
「あの話……?」
ちひろさんにそう言われ、俺は自身の記憶を辿っていく。凛にしなければならない話……今日、凛をここに呼んだ理由……。
俺の頭に浮かんできたのは、たった一つの、それでいてとても大切な、あの話。
「……あ、ドラマの件……」
「忘れたんですか……ホントしょうがない人ですね」
ちひろさんの言葉が痛い。
だが、そう言われるのも無理はない。アイドルを休日に呼び出して、挙句お茶をして大事な話もせず解散とか、ブラック企業にも程がある。
俺は強い自責の念に駆られながら、机の上に置かれた資料を見る。
『STORY』
コピー用紙にでかでかと印刷されたその5文字を見て、そして呆れるちひろさんの顔を見て、俺は心の中で凛に強く謝罪した。
今回でしぶりん編は終わりになります。
重ねて、間が開いたことを深くお詫び申し上げます。
言い訳をするなれば、LIVEの準備と私の担当のなつきちのイベントが来たのが一番大きな要因でした、はい。
次作の構想はありますが、リアルの関係上遅くなるかもしれません。
何卒、よろしくお願いしますm(_ _)m