「雪精討伐……ですか?」
過酷な環境を生き抜き、狂暴性を増したモンスターたちの討伐依頼が掲示板を埋め尽くす冬の冒険者ギルドの掲示板。冒険初心者の街と呼ばれるにもかかわらず依頼書に描かれている大量の髑髏マーク。そんな鬼畜難易度を示す依頼書の中に紛れていた唯一暴力的でなさそうな物を請けるかどうかプチ会議が行われています。
「一匹討伐する毎に十万エリスってかなり気前がよさそうな依頼なんだが、雪精ってなんだ?名前からしてそんなに強そうに聞こえないんだけど」
「雪精はとても弱いモンスターです。雪深い雪原に多くいると言われ、クレールが軽く殴るだけでも霧散させることができそうなくらい脆いです。ですが……」
「雪精の討伐?雪精は、特に人に危害を与えるモンスターってわけじゃ無いけど、一匹倒すごとに春が半日早く来るって言われるモンスターよ。この仕事請けるなら、わたしは準備してくるわね」
めぐみんさんは何か言いかかていましたが、アクアさんに遮られて黙ってしまいました。アクアさんはというと「ちょっと待ってて」と言ってどこかに走り去っていきました。
カズマさんは借金返済と生活費を稼ぐためにと了承、めぐみんさんも特に異論なし、アクアさんが乗り気なのは見た通り。私も特に反対意見などはないのですが、普段強いモンスターとの戦闘を進んで引き受けようとするダクネスさんが少し嬉しそうなのが怖いです。……何かいるんでしょうか?
◆◇◆
街からかなり離れたところにある平原地帯。というか雪原ですね。アクセルには雪は降っていませんが、この地域はやけに深く雪が積もっています。
さて、先ほど私は”かなり離れたところ”と表現しましたが、軽く見積もったとしても10数キロくらいの地点です。馬車に乗ってくればなんということもないのですが、現在節約できるところはとことん節約していかないと借金返済が追い付かないので歩いてきました。何が言いたいのかというと……
「…はぁ……はぁ……」
疲れました。ここに来るまで何度か休憩をさせてもらいましたが、やっぱり辛いです。エリンディルにいたときよりも弱くなってるような……いえ、気にしてはいけません。
……帰る時も大変ですね。うぅ……。
「おいクレール。大丈夫か?」
大丈夫じゃないです。大丈夫じゃないですけど大丈夫って伝えます。たとえ体が動かなくても頭が動くなら大丈夫です。というわけで息も絶え絶えにカズマさんに笑顔で返答します。
多分ぎこちない笑顔でしょうけど。
「……無理すんなよ?それよりお前、その恰好はどうにかならんのか」
カズマさんはこちらにひと声かけてからアクアさんのほうを向きました。
アクアさんの今の格好は捕虫網と小さな瓶を抱えた「今から昆虫採集に行ってきます」という子供のような格好です。
アクアさんによると今回の目標の雪精を捕獲し小瓶にいれ、飲み物と一緒に保存することで冷蔵庫の代わりにしようということでした。
「それ、私が【クリエイト・ウォーター】と【フリーズ】を組み合わせて氷で直接冷やせるようにしたほうが楽じゃないですか?雪精が温度の変化で溶ける可能性もありますし」
「勝手にさせとけばいいんじゃないか?本人はそれがいいと思ってるんだし。俺らは氷で直接冷やして酒なり水なり飲もうぜ。……ダクネス。お前鎧はどうした」
「修理中だ」
カズマさんが今度は黒のタイトスカートと黒シャツのみという見ているだけでこちらが寒くなる格好をしているダクネスさんに話を振りました。
「……こないだ魔王の幹部にボロボロにされてたもんなぁ……雪精は攻撃してこないみたいだが、鎧もつけずに私服姿の大剣だけで大丈夫か?」
「大丈夫だ、問題ない。確かに少し寒いが、我慢大会みたいでそれもまた……」
「このパーティーで我慢大会したとしてもダクネスさんには勝てる気がしませんね」
「全くだ」
私とカズマさん、それにめぐみんさんはいつもの服装に二、三枚上着を着て防寒対策はきちんとしてます。薄着なのはダクネスさんだけですね。……常に興奮してるから体温が高いんですかね?
◆◇◆
「めぐみん、ダクネス!そっちに逃げたの頼む!くっそ、チョロチョロと!」
雪精は周辺にふわふわと浮いている雪玉のような印象ですが、攻撃しようとすると突然素早く逃げはじめ、討伐が非常に困難になります。
カズマさんは一匹ずつ確実に仕留めてから次の標的に。アクアさんはもはや討伐する気ゼロ、適当に捕虫網を振りまわして今四匹目の雪精を捕獲しました。
めぐみんとダクネスさんは協力して雪精を倒そうとしていますが、不器用なダクネスさんはともかくめぐみんさんまでも雪精を捉えることができないでいます。
私はそもそも物理攻撃なんて当てれる気がしませんし、魔法攻撃も一度【ティンダー】を使って山火事寸前に、【クリエイト・ウォーター】で凍死寸前に追い込まれたので諦めてそこらにあった岩に腰かけて温かいコーヒーをいただいています。
ギルドカードには雪精の討伐数が13匹とあるので、検討したほうではないでしょうか。
私が銀世界を堪能しつつコーヒーブレイクを満喫していると、めぐみんさんの【エクスプロージョン】によって目の前の銀世界が吹き飛ばされ、爆風の被害を多少受けました。熱いです。
めぐみんさんは「八匹!八匹やりましたよ!」と喜び勇んでいますが、いつも通りぐったりしているのでカッコよさも半減です。
これで合計二十一匹。報酬は二百十万エリス。かなり稼げてはいますが、この依頼を受けたというほかの冒険者さんがいないのがすごく気になります。こんなに狂暴なモンスターが増える冬に、こんなに簡単に稼げる依頼があるのなら皆さんがここに集まる気がするのですが……。
――そんな私の疑問に答えるかのように、それは突然現れました。
「…………」
「……ん、出たな!」
先ほどまで大喜びで戦果報告をしていためぐみんさんはうつ伏せのまま死んだふりを始め、ダクネスさんは嬉々としてそれを見ました。
「……カズマ。なぜ冬になると、冒険者たちがクエストを受けなくなるのか。その理由を教えてあげるわ」
冷や汗が浮き出るのを感じながらそれの動きを注視していると、遠くにいるはずのアクアさんの声が不思議なほど鮮明に聞こえてきます。
「あなたも日本に住んでいたんだし、昔から、この時期になると天気予報やニュースで名前ぐらいは聞いたでしょう?雪精達の主にして、冬の風物詩とも言われている……そう。冬将軍の到来よ」
「バカッ!このクソッタレな世界の連中は、人も食い物もモンスターも、みんな揃って大バカだ!!」
全身を白く染め上げた重厚な鎧姿に白い総面を付けた鎧武者が発する存在感と、今まで幾度となく味わった強敵たちの発する強大な威圧感を全身で受け、頬が引きつる感覚を久しぶりに感じました。