サラside
はぁ……
マダム・ポンフリー先生から、治療呪文についての簡単なアドバイスを受けたあと、私は遂にアズカバンの近くへと姿くらましをしました。
アズカバンは想像していた以上に、酷いところなようです。今日は、遠くから吸魂鬼に見つからないように、そっと見ているだけでしたが、とてつもない冷気でした。
もし、計画が失敗して、あれほどの吸魂鬼に囲まれた場合、私一人で対処出来るのでしょうか?
ですが、早くアズカバンへの侵入ルートを確定させなければなりません。
あそこには、御母様をはじめとした、御父様に最も忠実だった死喰い人達がいるのですから。
今日の目的が達成された後は、流石に魔力を使いすぎてしまいましたので、念のため一回お城に戻り休憩を取ってから、ちょうど今、ホグワーツの天文台に戻ってきました。天文台は、授業が行われない日以外は殆ど誰も近づきませんので、姿現しのポイントにしています。明日の朝にホグワーツに戻ってきても良かったのですが、消灯時間の後に寮から抜け出しているのをハーマイオニーに見つかると、ハーマイオニーがうるさくなって仕方がないので、今日中に戻ることにしました。
とは言っても、もう間もなく真夜中になるところなのですが…
慎重に行う必要のある、他の誰にも気付かれないほどの精密な忘却呪文は、まだ自信が無いので使いたくはないのですが、今日は使わざるを得ないかもしれませんね。
さて、そろそろ戻らないと行けませんね。
夜のホグワーツ城を探索しながら、戻ることとしましょうか。
フィルチさんに見つかってしまったら、その後が面倒ですので、『目眩まし術』を使いましょう。私の動物擬きの形態はホグワーツ内での移動には向いていませんからね。私のとっておきの『あれ』を使っても良いのですが、遭遇してしまったらそれはそれで面倒ですので、やっぱりやめておきましょう。
私が下へと降りていくと、トロフィー室が月の光をうけて幻想的な雰囲気を造り出していました。
そっと中に入って、飾ってあるカップや、盾、賞杯、像などを見ていると、御父様の名前だけが彫られた綺麗な盾が飾られていました。
これが、あの、ルシウス叔父様がおっしゃっていた、御父様が『「マグル生まれ」を初めて粛清した時』に頂いたという、『ホグワーツ功労賞』なのですね。
御父様の強さにはとても憧れていますが、なぜ、多くの人を殺していったのでしょうか…
他に、方法は無かったのでしょうか…
私も、いつかは、誰かを殺さなければならなくなる時が来るのでしょうか…
この事については今までに何度も考えましたが、未だに答えが出せていません。
もっとも、私を捕まえようとしたり、殺そうとしたりしてくる闇払い達に対しては、手加減などをするつもりは全くもってないのですが…
私が、御父様の盾を見ながら一人で悩んでいると、四人の男女の声が聞こえてきました。
ここから、随分と近い距離にいるようです。
私は盾をそっと戻すと、念のため杖を構えて、彼らの声を聞き取ろうと耳を澄ませました。
耳を澄まして声を聞くと、どうやら相手は生徒のようです。大人の声では無いようです。あの四人組が誰なのかは分かりませんが、不注意にも程があります。ホグワーツを徘徊しているのは、生徒だけではないはずです。フィルチさんに、そのペットの猫も、夜に寮を抜け出している生徒を見つけようと行動しているのです。あんなに、声を出していれば見つかるのも時間の問題です。彼らには、それが、分からないのでしょうか。しかも、よりによって彼らは私がいるトロフィー室へと近づいてきています。
彼らがここに入ってくれば、呪文をかけてから、静かにしてもらいしょう。
ハリーside
僕は今、ロンと一緒にマルフォイと待ち合わせているトロフィー室へと向かっている。後ろからは、僕達二人を止めようとして、寮から出てから戻れなくなり、かなり苛立っているハーマイオニーに、寮の合言葉を忘れて外に閉め出されていたネビルの二人がロンと喧嘩しながら付いてきている。
本当は止めるべきなんだろうけど、今、僕の頭の中はサラの事でいっぱいだからちょっと無理かな。
今日の飛行訓練で、サラがいなくなってからは大変だった。
サラがネビルを助けて、マダム・フーチ先生と保健室に向かった後、マルフォイと、マルフォイの奪ったネビルの落とした思いだし玉や、サラの事を巡って、箒に乗って争った。
箒に乗ることは、とても簡単で、素晴らしかった。
マルフォイの投げた思いだし玉を16メートルもダイブして掴んだ後、それを見ていたマクゴナガル先生に、呪文学を受けていたクィディッチのキャプテンウッドと共に連行された。そして、連行された教室で言われたのは、クィディッチのメンバーへのスカウトだった。
その事を、夕食時にロンに言うと、信じられない、といった表情で僕を見てきた。
フレッドと、ジョージの二人もウッドからこの事を聞いたらしく、二人揃ってやって来て、そのあとすぐに揃ってどこかにあるらしい秘密の抜け道に向かっていった。ちなみに、二人はビーターというポジションらしい。
「ポッター、最後の食事かい?マグルのところに帰る汽車にいつ乗るんだい?」
フレッド、ジョージの二人が消えるやいなや、会いたくもないマルフォイが、気取った態度でクラッブとゴイルを従えてやって来た。どうやら、サラはマルフォイ達とは別行動を取っているらしい。
「地上ではやけに元気だね。小さなお友達もいるしね。」
クラッブとゴイルは誰がどう見たって小さくはないが、先生達がズラリと揃っているここでは、二人は握り拳を鳴らし、睨み付けることしかできなかった。
「僕一人でいつだって相手になろうじゃないか。君が望むなら今夜だっていい。杖だけで戦う、相手には触れない、魔法使いの決闘だ。もっとも君は魔法使いの決闘なんて聞いたこともないんじゃないか?」
「もちろんあるさ。僕が介添人をする。」
ロンが口を挟んだ。
「そうか。なら、僕はクラッブだ。真夜中にトロフィー室にしよう。」
という訳で、今僕達はトロフィー室へと向かっている。
一日で二度も校則を破ることに抵抗は感じたけど、行かなかったらマルフォイにせせら笑われるような気がしたし、何よりサラにその事を伝えられる気がしたから、マルフォイを一対一で倒せるチャンスだと思って行くことに決めた。
そして、なんとか、ロンと一緒にフィルチに見つからずにトロフィー室の扉が見えるところまでやってこれた。
そして、
ロンが荒々しくトロフィー室の扉を開けた次の瞬間…
僕は、舌が無理やり口蓋にくっつけられたような感覚に見舞われた。
ロンを見ると、目を大きく見開いて驚いていたし、後ろにいる、ハーマイオニーやネビルも同じような反応を示していたから、皆も同じような状況なのだろう。
そして、喋ろうとしても喋れないことに気づいた。
誰かに呪いをかけられたのだろうか?
でも、不思議なことにトロフィー室の中にもその回りにも人の姿が見えなかった。
ネビルは恐怖からか震えているし、ロンもハーマイオニーもさっきまで喧嘩していたことを完全に忘れていたようだった。
ネビル以外は全員杖を取り出して、ゆっくりとトロフィー室の中へと入っていった。
トロフィー室の中は、トロフィー棚のガラスがところどころ月の光を受けてキラキラと輝き、カップ、盾、賞杯、像などが、暗がりの中で時々金銀にきらめいていた。
僕達が、ゆっくりと壁に沿って歩き始めた瞬間、トロフィー室のドアがひとりでに閉まって、そのすぐ後に僕達の杖が、僕達の手から離れてクルクルと弧を描いてある一点に向かって飛んでいき、そして空中に浮かんだ。
ネビルは完全に顔が真っ青になっていた。
「あらあら、ハリーでしたか。」
そんな中、杖が浮かんでいる辺りから綺麗な透き通った声がした。
そして、サラがその場所から現れた。
サラside
「はい、杖をどうぞ。」
ハリー達に何をしたのかを軽く説明したあと、再び、喋れるように呪文を解いて、杖を返してあげました。
「これからは、夜出歩くときはもっと静かにすることをおすすめしますよ。」
「うん!サラ、ありがとう!」
私の忠告にハリーは、笑顔で頷いてくれました。
私が『目眩まし術』を解いたときも、ハリーだけは目を輝かせてくれました。ネビルはほっとした様子で、ハーマイオニーは腰が抜けたような感じでした。
一方、ロンは未だに私に対して、あからさまな敵意を向けていますが。
「今日、ここに来るのはマルフォイだったはずだぞ!なんで、君がいるんだい!不意討ちなんて汚ーー」
ロンがそう私に向かって怒鳴った瞬間に、ハリーがロンを殴って黙らせました。
「サラ、ロンがごめんね。ロンは、さっきまで喧嘩してたから、気が立ってるんだ。」
「いえいえ、ハリーが気にすることではありませんよ。」
私がそう言うと、ハリーはほっとしたようでした。
「ところで、ハリー。本当にドラコはここに来るというのですか?」
私は、どうも嫌な予感がしてきましたので、ハリーに聞いてみました。
「うん。ここで真夜中に待ち合わせしてるんだ。」
「何故なのですか?」
私がハリーに再び質問すると、ハリーは途端にもじもじとしはじめました。私が、ハーマイオニーに視線を向けると、私の恐れていた答えが帰ってきました。
「貴女が飛行訓練でいなくなったあと、ハリーとマルフォイが喧嘩して、その続きをここでやるんですって。まったく!一日に二度も校則を破るなんて、信じられないわ!」
ハーマイオニーは、私の目を見て答えてくれたので、ちょうど彼女の言っている事が、彼女の記憶と一致していることが分かりました。嘘ではないようです。
恐らく、ドラコはここには来ないのでしょう。真夜中から、すでに5分以上もたっています。あの、ドラコがここまで遅刻をするなんて有り得ません。
考えられることと言えば…
私が、ドラコの作戦を推理し終わったちょうどその時、隣の部屋で誰かの声がしました。5人ともそれに気付いたようです。
「いい子だ。しっかり嗅ぐんだぞ。隅の方に隠れているかもしれないからな。」
フィルチさんが、愛猫に話しかけています。
その時、私の腕を誰かが掴みました。
私が、呪いを放とうと杖を振り上げかけたとき、相手が誰なのかが分かりました。
ハリーです。
ハリーは、他の3人に向かって手を激しく振り、自分に付いてくるように手招きしました。そして、一番後ろにいたネビルがトロフィー室から出た瞬間に、フィルチさんが反対側の扉からトロフィー室へと入っていきました。
私たちはゆっくりと、音をたてないように、長い回廊を進んでいきました。さすがにこの人数では、付き添い姿くらましも出来そうに有りません。『目眩まし術』をかけるにしても、全員にかけ終わるまでにフィルチさんに追い付かれてしまいます。
私がどうするべきなのかと考えていると、ロンとネビルがものすごい音と共に鎧にぶつかってしまいました。
その瞬間、ハリーが「逃げろ!」と叫び、私の腕を強く引っ張って走り始めました。
ハリーが止まって、私の腕を放してくれると同時に、私は、あまりの息の苦しさに床に倒れこんでしまいました。
どうやら、ここは「妖精の呪文」の教室の近くのようです。
他の皆も、息は上がっていましたが、無事に付いてこれていました。
「サラ、大丈夫?」
ハリーが私を気遣うように話しかけてきました。周りを見渡すと、ネビルが咳き込んでいたり、ハーマイオニーが胸を押さえていましたが、私以外は全員立っているようです。それに比べ、私はまだ立ち上がることも、話すことも出来そうに有りません。
私が首を振ると、ハリーが背中をさすってくれました。
「ハリー、ありがとうございました。」
私は、なんとか立ち上がれるまでに落ち着くと、ハリーにお礼を言いました。
「ううん。別にいいよ。ねぇ、それよりも、サラってさ、今まで走ったことあるの?」
ハリーは、不思議そうな顔で私に質問してきました。
「そんなのありませんよ。走ったのは今日が初めてですよ。今まで、転けたら怪我をしてしまうからと、走らないように言われてきましたし、そもそも、今まで生きてきた中において、走らなきゃならないような機会が有りませんでしたから。」
私がそう告げると、ハリーだけではなく、ハーマイオニーも、ネビルも、それにロンまで口をポカンと開けてしまいました。
「…あの、どうかしましたか?」
「「「「はぁーーー!?」」」」
しばらく時が止まったような感じになった後、四人の声が一斉に重なって、辺り一帯に響き渡りました。
「ここが廊下っていうことを忘れていませんか?」
私がそう言うと、全員がしまった、という顔になりました。
その瞬間、私はまたハリーに腕を捕まれ、全員が一斉に走り出しました。
廊下の突き当たりの鍵のかかったドアで、私たちは止まってしまいました。ハリーは、私が倒れないように支えてくれています。
だんだんと、フィルチさんの足音が大きくなって聞こえてきます。
ハーマイオニーがとっさに魔法で鍵を開けてくれたので、私たちは一斉に中になだれ込みました。
耳を澄ますと、フィルチさんが騒ぎを駆けつけてやって来た、ポルターガイストのピーブスと口論をしているのが、聞こえてきます。
ですが、それよりも私は気になる生き物を発見してしまいました…
ネビルも気づいたようです。
私たちの入った部屋に待ち構えていたのは、怪獣のような、頭が三つもあり、それぞれの口から黄色い牙を剥き出しにしていて、ヌメヌメとしたヨダレが垂れ下がっている、三頭犬でした。
三頭犬の下には、隠し扉のようなものが設置されているようです。何かの番犬として置かれているのでしょう。
確か三頭犬というのは、音楽を聴くと眠るという性質があったはずですが、ここで音を鳴らせば、フィルチさんに気づかれてしまうでしょう。
これは、困りましたね…
ハリーや、特にネビルの前では使いたくなかったのですが仕方ありませんね。
(インペリオ!服従せよ!)
私が無言で呪文をかけると、強い制御の感覚が、私の心から流れ出て、血管や筋肉を通って杖に伝わり、三頭犬に流れていく感覚がしました。
三頭犬はすぐにとろんとした表情を浮かべると、一歩後ろに下がり、静かになり眠りはじめました。
どうやら、三頭犬でさえも私の『服従の呪文』は破ることが出来なかったようです。
「サラって、すごいよね。この犬眠っちゃったね。」
ネビルは、私が『服従の呪文』を使ったことに気づかなかったようです。念のため心を覗いて見ましたが、ネビルは私が『服従の呪文』を使ったことには気付いていないようです。
ネビルの声で、それまで扉に耳をくっ付けて外の音を聞いていたハリー達も、三頭犬のことに気付きました。
「ねぇ、これって眠ってるの?」
「えぇ、今さっき眠って貰いました。もう、私は走れそうにありませんしね。」
ハリーとロンは三頭犬に目が釘付けのようでしたが、ハーマイオニーは違ったようです。しっかりと、隠し扉を見ています。さすが、というところですかね。
「ハリー?もう、フィルチさんはいなくなったのですか?」
「ああ、うん。もう、いなくなったみたいだよ。」
「そうですか。良かったです。さて、そろそろ寮に戻るとしましょうか。」
私たちはその後、ゆっくりと、周りに気を付けながら寮に戻っていきました。太った婦人の肖像画には不思議がられましたが、合言葉を言うと通してもらえました。
ハリー、ロン、ネビルとは、談話室で「お休みなさい」と言ってから、別れました。
「貴女が、今日夜抜け出していたことは気に入らないけど、さっきはありがとう。おかげで、みんな殺されずにすんだわ。それに、退学にもならずにすんだわ。ありがとう。」
ハーマイオニーに、寝室の前で声をかけられました。
「ハーマイオニーこそ、扉を開けてくれてありがとうございました。」
「それくらいのこと、お礼を言わなくてもいいわよ。それじゃあ、お休みなさい。」
「お休みなさい。」
私とハーマイオニーは互いに挨拶をすると、ゆっくりと寝室に入っていきました。
「それから…
余計なことかもしれないけど、貴女少しは運動とかしたらどうかしら?貴女のその持久力のなさは、もはや問題よ。それに、今まで走ったこともない貴女が、今日あれだけ走ったのだから、明日の朝は覚悟しといた方がいいわよ。」
ハーマイオニーにそんなことを言われてから、私の長かった一日は終わりました。
その次の日の朝、私はハーマイオニーの言葉を、身をもって、思い知ることになりました。