さようなら竜生、こんにちは人生   作:スペ / 永島ひろあき
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クラウボルトの容姿を修正しました。


第二百三十八話

 現在、ベルン村を訪れているヴァジェ、ウィンシャンテ、クラウボルトら若き竜達を特訓相手に考えている、というレニーアの発言は、それを耳にしたクシュリ、アズナル、女竜の店員の精神に驚きの大波を起こさせ、その他の面子にはなるほど、という感想を抱かせた。
 クシュリ達以外の面々、シエラやネルネシア達は昨年のドランやフェニア達の特訓風景を知っているから、ある種感性が麻痺してしまっており、別に竜種を相手に特訓する事が突拍子もない事だという発想が出て来なかったのである。
 レニーアは腕を組んでふふん、と自慢げな顔つきをしており、後輩達がきょとんとした顔になっている事に気づいていない。いや、気付いているが問題視していない可能性もある。

「去年、私達の特訓相手を務めてくださった方々に比べれば雲泥の差だが、こちらもまた質の低下という意味では同じ事。ヴァジェらで妥協するほかあるまいよ」

 三体の竜種を相手にすると考えれば、決して出てこないだろうとんでもなく強気で命知らずの発言に、店員が少しだけ顔を青くして慌ててレニーアに問いただす。

「それは、御自分が何を言っているのか、理解しておられるのですか? ウィンシャンテは穏やかな気質の風竜ですが、ヴァジェなどはかなり短気な性格をしていますし、なにより竜種としての自分に強い誇りを抱いています。
 もし目の前でそんな事を言ってしまえば、何をされるか分かったものではありませんよ? ああ、いえ、でも貴女ならば私達は邪険に扱う事は躊躇われますね」

 女店員は同じ竜種を相手に傲慢極まりない発言をしたレニーアに対し、怒りよりも身を案じる言葉が出てくるのだから、相当に温厚な性格の主のようだ。
 それでも言葉を並べている途中で、ある程度ぼやかして伝えられていたレニーアの素性を思い出し、自分の考えを改める。
 他の皆は女店員の言葉の意味がわからず、首を傾げるか不思議そうな顔をするが、レニーアはそれを無視した。

「去年、私達の特訓にお付き合いくださった方々の中には、水龍皇龍吉に近しい者もいたからな。水龍皇当人やその近親者より強いと言える面子ではなかろう」

 実際には龍吉とその実娘、更には始原の七竜までもが参加するという空前絶後の特訓が行われていたが、魔法学院組の中でそれを知るのはレニーアのみである為、龍吉の名前を出したようだ。
 もちろん、地上最強の一角を担う龍吉の名前だけでもクシュリ達の気を引き締め、女店員の考えを改めさせるのには充分だ。

「確かに、その方々と比較すればウィンシャンテ達の方こそが、比較される事すらとんでもないと顔を青く変える事でしょう」

「そういう事だ。ヴァジェ達が食べ歩きしている地点も、話している間に探れた事だし、後は話を通すだけだ。ヴァジェが居れば話は通りやすかろう」

「貴女に望まれたら首を横に振るう事はとても難しいでしょうね」

「ふむ、私自身の功績ではないがな。さて、そういうわけだからクシュリ、アズナル、マノス、呑気に食べ歩きなんぞしておる竜達をとっ捕まえに行くぞ。それと女、お前とこの店の名前を教えてもらおう。後で贔屓にする故な」

「それは光栄なことです。私は水竜アオスイ。そしてこのモレス山脈竜種連盟店の店主を務めております」

 はにかみながらそう告げるアオスイは、まだまだ商売気のない顔で柔に笑んだ。
 こうしてアオスイと何とも遊び心のない名前の店と縁を結んだ後、ずんずんと人込みをかき分けて進むレニーアを先頭に、ガロア魔法学院一同はお腹の虫を刺激し、口の中に唾液の海を作り出す匂いの漂う方向を目指して進んでいった。
 クシュリとアズナルは未だに信じられないと、肝を潰した上にそれを丁寧にすり鉢ですり下ろされている気分のまま、必死にレニーアに食い下がる。

 まさかまさか成体の竜種を相手にするなど、自殺願望か愚かしい程の英雄願望の持ち主でもなければ喜びなどするものか!
 あ、いや、竜教団の信徒なら別か、とすれ違った竜教徒数名を振り返りつつ、クシュリは頬や額に冷や汗を垂らしながらレニーアに翻意を促す。

「ねえねえねえレニーア先輩、無理ですってば! どうして竜種を相手に特訓とか考えつくんすか!? しかも知恵ある竜の成体つったら、人類の限界突破しちゃった一部の英雄か、重装備の軍隊が必要な相手ですよ!
 アークレスト王国でもアークウィッチのメルルさんとか、国王陛下直属の近衛騎士団の団長さんとか、魔法師団の師団長とか、そういう一部の中の一部じゃねえとやりあえねえですってば」

「クシュリさんの言う通りですよ、レニーアさん。ドランさんのところのゴーレムさん達だけでも、ぼくらにとっては格上の特訓相手です。彼女達だけで十分に強化合宿の成果を見込めます。
 それなのに竜種を相手にそんな事を提案するなんて。竜種が人類種に対して穏和な対応をする傾向にあると知られてはいますが、流石に相手の矜持を刺激するような提案はいかがなものかと……」

「ファティマ先輩、イリナ先輩、シエラさんも黙ってないでレニーア先輩を止めてくださいよ!?」

 流石にまだ死にたくない、と必死なクシュリがネルネシアの名前を口にしなかったのは、そのネルネシアが爛々と目を輝かせて喜々としているからだろう。この様子ではレニーアに率先して賛同する言葉しか出て来ないのは明白だった。

「で、でも、ヴァジェさんは去年も特訓の相手をしてくださっていますし、フェニア先輩の事も大変気に入っておられましたから、今年も快諾してくださると思うよ?」

 会話の矛先を向けられた中で、一番に反応したのはレニーアの保護者とした自他共に認知されているイリナだった。
 後輩のクシュリやアズナル達に対してもどこかおどおどしてはいるが、それでも去年よりは生来の気の弱さが前向きに修正されていて、時折肝の太さが垣間見られるようになっている。まず、レニーアの無茶な行動に付き合った影響だろう。

「そ、そうですか。いえ、確かにそうかもしれませんが、これまで人間と全く接触の無かった竜種が二体いる事ですし、そのヴァジェさんが仲介をしてくださっても、早々事が上手く運ぶかどうか。
 それに場合によってはクリスティーナ様やこのベルン領にご迷惑をおかけしてしまうのではないかと、ぼくは思うのです」

「う~ん、確かにせっかく仲良くなれた竜種の人達ともめ事を起こしてしまったら、ドランさん達に申し訳ないけれど、レニーアちゃんはどう考えているの?」

「ふむ、本来であれば竜種の手を借りるまでもなく、ドランさんが居る以上、この地の繁栄は約束されたものだ。それでもドランさん達にとって、動かせる手は多いに越した事はあるまい。
 竜種ならば他国や他の領地からの要らぬちょっかいをけん制するのに、ちょうど良いからな。となればベルンとモレス山脈の竜種達の間に、要らぬ軋轢を招くわけにならん事になる。
 私とてむやみに竜種に喧嘩を売ったりはせん。おと――ドランさんにご迷惑をおかけする事は私の本意ではないのだから、言葉くらいは選ぶ。ヴァジェだけでもまあ構わんし、場合によっては竜宮城まで足を運べば良いだけだから、そう心配するな!」

 とはいうものの、これまでのレニーアの言動を浅くしか知らないクシュリとアズナルからすれば、まるで信用の置けない言葉である。
 しかも竜宮城に向かうとまで発言している。竜宮城の位置は地上のどの国家にも不明なのだが、いくらレニーアでも知っている筈はないとクシュリ達は思うが、同時に彼女ならばあるいはとも思えてしまい、不安で堪らなくなる始末。

 ネルネシアやファティマ達からしても、さてレニーアの交渉能力で果たして竜種達から了解を得られるか? と疑念を抱くものだが、ヴァジェがいれば良いとっかかりになってくれるだろう、という深紅竜への強い信頼が胸の内にあった。
 それにことドランに関しては慎重かつ繊細な対応を心掛ける――必ず成功するとは限らない――レニーアであるから、進んで失策は犯さないだろう。そう、自ら進んでは。

 クシュリとアズナルの慌てふためく声を振り切って、飲食関係の店が目立つ区画まで足を進めたレニーアは、一度だけ左右に視線を巡らして、ざわざわとした人の賑わいが一段と大きな場所で視線を止める。
 焼いて柑橘類の汁を絞った茸の串焼きや氷水で冷やしておいた果物を串に刺したもの、薄く焼いた小麦粉の生地で塩胡椒や、甘辛く味付けした兎や豚、鳥に羊など各種の肉を巻いた物、熱々に蒸かした芋にバターを乗せたものと、立ち並ぶ店舗で売られているものは実に様々だ。

 通りのあちこちに設置された長椅子やテーブルを多くの人々が利用し、そこかしこで注文をそれに応じる店員達の声が聞こえる。
 実に活気に満ちた、これからもこの熱量が、賑わいが、生命の躍動が続くのだと、足を踏み入れたものに確信させるその中に紛れた探し人を、レニーアの瞳は見逃さなかった。

 挽肉を楕円形にまとめて焼き、トマトの輪切り焼いたシャキシャキとした歯ごたえの葉野菜と、トマトケチャップを集めのパンで挟んだハンバーガーを紙袋いっぱいに買い込み、次々と口に放り込むヴァジェの姿を。
 昨年の競魔祭でドランが対峙した異世界から来訪した少年ハルトが発案し、アークレスト王国各地で絶賛流行中の食べ物の一つだ。

 ヴァジェの傍には薄緑色の癖の強い髪の毛を無造作に伸ばし、いささか威圧感の強すぎる目つきをした、見事な体躯の青年と、細身で長身かつ灰色の髪を無造作に伸ばした野性味の中に知性を感じさせる青年の姿がある。
 両名ともヴァジェ同様に背中から翼が、そして腰からは尻尾が伸びていて、衣装は薄緑色の髪の青年の方が、胸元が大胆に開いたシャツとバルーンパンツ、もう片方の青年は藍色のジャケットに加えて同色の長ズボンとなっている。

 そしてヴァジェに倣ってハンバーガーのみならずホットドックやタコスやらを、一人当たり数十人分以上は胃の腑に収めているようだ。どれもハルト発案の異世界料理をこちらの食材で再現したものだが、ヴァジェ達若い竜種の口に合ったようだ。
 三人とも稀にしか目撃例のないドラゴニアン――変化した姿は、だが――である事に加え、いずれも美男美女の美形である事と、その飽くなき食欲によって周囲の注目を集めている。

 いよいよヴァジェ達の実物を見つけてしまった事で、クシュリとアズナルは覚悟を決めた神妙な顔つきになる。
 口元を汚しながら、頬がパンパンに膨れるまでハンバーガーを口の中に詰め込んでいるヴァジェに、レニーアがこれまでと変わらぬ速度で歩み寄る。
 ただしその瞳にはヴァジェに対する侮蔑がちょっぴり含まれていた。彼女の目から見れば、ドランの近くにありながらかくも怠惰な姿を晒す愚か者と映ってしまったのだろう。

「おい、ヴァジェ!」

 深紅竜の成体相手にレニーアの開口一番がこれだったものだから、クシュリとアズナルの口から「ひえ」といういささか情けない言葉が出て来てしまったのも、無理はないと見逃してあげるべきだろう。
 レニーアの声を聞いたヴァジェは反射的に口の中の物を飲み下し、レニーアの姿を見てぎょっと目を見開き、その後ろにファティマの姿があるのを認めて、嬉しそうに目を細めた。
 既にレニーアの素性を聞いていた筈だが、それでもなおこの反応なのだから、レニーアの人望の無さとファティマの人徳の高さが伺えるというもの。

「んぐ、レニーアか? それにファティマにネル、それとイリナとシエラだな。そっちの三人は知らん顔だな」

 レニーアは古神竜ドラゴンが我が娘と認める相手だったが、同時に大邪神カラヴィスの娘でもある事に加え、ドラゴンとレニーア自身からこれまでと態度を変える必要はないと、これまでに何度となく伝えられた成果で、ヴァジェのレニーアに対する態度は過剰な敬意を抑えたものになっている。
 これには既に瑠禹を相手に喧嘩腰で接した後に水龍皇の娘である事が発覚した経験と、瑠禹以上に喧嘩腰で接していたドランがよりにもよって古神竜ドラゴンだった、というそのまま消えてなくなってしまいたい経験が活かされているからに他ならない。

「三泊四日の予定でちとこちらにな。しかし食べ歩き道楽とはいい趣味を見つけたものだな」

「いや、まあ、そのだなあ、あの山での食生活は単調なものになりがちなのだ。それに引き換え人間の街では日々、より美味いものを、より求められる料理を、と研鑽を積み重ねているだろう?
 だから食事情において一部の例外を除けばこちらで済ませる方が美味しいし、飽きが来ないのだ」

「自分で料理をすればよかろうに。人間等よりも遥かに長命な分、研鑽を積む期間を文字通り桁違いに長く取れるのだから、料理にハマった竜種の腕前が途轍もない事になっていると、何時だったか耳にした覚えがあるが?」

 ここでヴァジェがぶすっとケチャップに汚れた口をへの字に曲げた。完全に機嫌を損ねた子供の仕草であった。

「私は料理が出来ん。簡単な味付けと切るだの焼くだのは出来るが、作る方には情熱を燃やす性質ではないのだ。別に脅して料理を出させているのではない。きちんと対価を払った上での正当な取引で購入しているのだから、問題はなかろう」

「あの堅苦しい事この上ない名前の店で、自分の鱗なりを売り払ったお金か?」

「そうだ。あの名前が堅苦しくて遊び心の無い名前の店だ。分かりやすくはあるが、客を選んでいるのに分かりやすさを重視した名前を付けるのは、矛盾しているのではないかと思う店だな」

 ヴァジェの率直な本音に、その背後で聞き耳を立てていた二人が顔を見合わせて苦笑した。どうやらこの二体も店名に関しては、同意見のようだ。

「ふむん、若いお前達がその反応なら年長者組が店の名前を決めたか。頭の固いというか、遊び心のないというか」

「ここら辺では竜種以外の種族との本格的な交流が初の事だから、変に誤解されないように分かりやすい名前をと気を使ったのだ。そう悪く言ってくれるな」

「それもそうか。店の名前に私が口出しする資格はないからな。さて、余計な話が長くなったが、わざわざお前達を探しに来たのは、挨拶をする為だけではない」

「私だけならばともかく私『達』に用事か。ならば挨拶だけでは済むまいな」

「実はな……」

 実に不敵な……いやさ、頼もしい笑みを浮かべて、特訓の相手をしてくれと切りだすレニーアの背後で、クシュリとアズナルがこの世の終わりの訪れを知ったかのような表情で、膝から崩れ落ちるのだった。



ハルト経由でジャンクフードなどの一部が広まっています。