アーチャーが最後に覚えるスキルに感銘を受けて作りました。
あの剣に込められた長い長い物語について、主人公が知り得ないのが残念でなりません。
Pixiv様にも掲載させて頂いております。
思い返してみれば、アーチャーの話にはよくアーサー王が登場していた。
別に物語としてのアーサー王伝説を読んで聞かせてくれたわけではなく、いわゆる英霊いわゆるサーヴァントなるものを語るとき、彼がよく例えに出すのが彼の騎士王だったのだ。
「英霊とは、実在した過去の人物が名声や信仰を糧に死後人間以上の高みに昇った存在のことをいう。基本的に、有名であれば有名であるほど強力な英霊になる。ギリシアのヘラクレス、ブリテンのアーサー王くらいになると、最上級と言えるだろう」
「真名とは、文字通りその英霊の真の名前のことだ。そしてそれは可能な限り秘せられるべきものでもある。真名はその英霊の正体や生い立ちのみならず、生前に苦手とした弱点、死に至った要因までもを明らかにしてしまう。もしアキレスという名の英霊と戦うことになれば、君とて踵を狙わずにはいられまい? まぁそこまで直接的なのは少ないが、他にもたとえば彼の騎士王相手ならば、竜の血を引く存在であるため竜殺しの属性を持つ武器が効果的……などと有利な戦術を組み立てることができるわけだ」
「宝具とは、その英霊の象徴とも言える武器や防具を指す。英霊最大の切り札で、大概どれもが一撃必殺の威力を秘めている。真名同様、これもみだりに見せびらかして良いものではない。宝具の正体を暴かれることは、その英霊の真名を暴かれることに等しいからだ。たとえばの話、一見して正体不明の騎士がいたとして、その人物の持つ宝具がエクスカリバーという名の剣であると判明すれば、その騎士の真名はもう知れたものだろう?」
こうして思い返してみると、結構な頻度だ。当初は英霊というものを分かりやすく説明するため、あくまで代表例として引き合いに出しているのだと思っていたが、どうもそれだけではないらしいことがここ最近判明した。
「マスター、また一つスキルを取り戻したぞ」
つい先日、そう言って彼が投影してみせたのは一振りの黄金の剣だった。それを目にした瞬間、体に震えが来たのを今でも覚えている。彼が言うには見る影もないくらい劣化したものらしいが、それでもなお輝かしい神聖さと美しさにその剣は溢れていた。
エクスカリバー・イマージュ。星の聖剣。たとえ紛い物であるにしろ、言うまでもなくそれは古代ブリテンで勇名を馳せ、後世にもその名を轟かす王の剣そのもの。アーチャーの体内に存在する無限の剣、その中でも正真正銘、最強最後の一振り。これをもって、アーチャーは名実共にすべてを取り戻した事になる。ついにここまで来たのだ。
それにしても。
アーチャーの力とは、視認した剣を固有結界内に複製・貯蔵しておくこと。ならばこの剣をアーチャーが持っているということは、過去にこの剣を直接目にした事があるということに他ならない。つまり彼は、過去にアーサー王本人と会ったことがあるはずなのだ。
以前に聞いた限り、アーチャーは極めて近代の英霊のはずだった。それこそ彼の原型となる存在が、いま現在の地上に存在していてもおかしく無いくらいに。アーサー王の時代と接点があるはずもない。これはどういうことなのだろうか。
「その推察は正しい。私は過去に、この剣の持ち主に会ったことがある」
思い切って尋ねてみると、案外呆気なくアーチャーはそれを認めた。別に隠し立てするようなことでもないらしい。
にしても、いったいどういう経緯で?
「なに、ちょっとした縁に縁が重なってというやつだ。当時私は、出会ったばかりの頃の君と同等かそれ以上の未熟者でね。それがいかなる奇跡か、ふとした切っ掛けで尊顔を拝する機会を得たのさ」
英霊と魔術師見習いの邂逅。そんな奇跡があり得るのだろうか。いや、いま自分が体験している聖杯戦争だって、そんな奇跡のオンパレードだ。この聖杯戦争と似て非なるものが、彼の生前にも起こったということだろうか。
それからアーチャーは、当時のことのいくつかを聞かせてくれた。どこか途切れ途切れに、すっかり散らばってしまったモザイクの欠片を拾い集めるように。
出会ったその瞬間に、アーチャーの命を救ってくれたこと。
騎士王の称号に違わず、誰よりも強く勇ましい騎士であったこと。
ほんの短い期間ではあったけれども、彼の剣の師であったこと。
その出会いを切っ掛けに、英霊というものに対する憧れがアーチャーの中に生じたこと。
「思えば、随分と遠い出来事になってしまったように思う。あれから年月が経って、面影は霞み声も遠くなった。それでもこの剣だけは常にオレの中にある。これを投影するたび、あまりの不出来さに叱責の声が聞こえてくるような気がするよ。『まだまだ甘い。もっと精進しなさい』、とね。いつか本物に劣らぬ聖剣を造り出す事ができれば、是非とも本人に突きつけてやりたいものだ」
そんな事を言うアーチャーは、これまでにないほど悪戯っぽく、それでいてどこか若々しい、夢見るような表情をしていた。まるで、私のさほど歳の変わらない少年のように。きっと指摘すればアーチャーは不機嫌になるだろうから、見て楽しむだけに留めようと思う。
ただ一つ残念に思うのは、今回の聖杯戦争では月の表にせよ裏にせよ、アーサー王と出会う機会は無さそうだということだ。彼をこんな顔にさせる人物に、私自身、是が非でも会ってみたかった。
「会えなくて正解だ。正直、勝つ自信は全くないのでね」
アーチャーは当たり前のようにそういうけれど、でもやっぱり私は残念に思う。
会いたかったし、会わせてあげたかった。
時折どこかその言動の端々に、過去の自分・生前の自分を卑下するような気配を見せる彼を、一目見てあげて欲しかった。
なんなら、私の方から見せびらかしに行くことも吝かではない。胸を張って堂々と彼を紹介しよう。
栄光ある騎士王よご覧あれ。我が背に控えるは、自慢のサーヴァント・アーチャーなり。
一時期あなたの足を引っ張ったようだけど、そんなのは遠い昔のこと。
今なら貴方にだって負けやしない。
私にとって、「誰よりも強く勇ましい騎士」とは彼のことなのだから。
それでも強大な敵を相手にアーチャーは大苦戦するものの、優秀で可憐なマスターの指示のもと見事に打ち破ってみせて(それは相手マスターの死を意味するけど、まぁ今は深く考えないことにして)、そのあと何か一言、「腕を上げましたね」とでも口にしてくれれば、きっとアーチャーは大いに喜んで、そしてそれを何時もの澄まし顔の下に押し隠そうと四苦八苦するだろう。
そして彼はまた一つ、過去の自分、これまでの自分を肯定する材料を手に入れるのだ。
私が世界で一番信頼する彼を、彼自身が、また一つ好きになってくれる。
こんなに嬉しいことはない。そしてその機会を逃したと思うと、やっぱり残念でならない。
それにしても、少し安心した。
「なにがだね? なにやら妄想に浸っていたようだが」
アーチャーのこと。
ここのところ、なんだかんだいって生前は正義活動にかこつけてのガール・フィッシングに精を出してたんじゃないかって怪しんでいたのだけれど、まさか憧れの師匠がいただなんて。男らしくて、とても良いと思う。そういう意味で、少し安心した。
「……?」
アーサー王といったら、やっぱり壮年の厳しい感じの人なのだろうか。師弟ならば、そう考えた方がイメージとしてはしっくりくる。それとも金髪碧眼の麗しの騎士といった感じだろうか。それだったら男同士の友情といった方が似合うのかもしれない。
「…………」
アーチャーは答えず、しばしのあいだ難しい表情で視線をあたりに彷徨わせていた。そうしてふと顔を上げる。なにやら挙動不審だ。例えるならそう……まるでこれまでの会話を振り返って、一つ致命的な勘違いの元を見つけてしまったかのような。なんだというのだろうか。
「いいや、なんでもない。アーサー王か。無論、男だとも。女のわけがあるまい。そう、まさしく王と言わんばかりの威厳のある壮年かつ長身の男だったよ。ヒゲも濃かったかな」
やはりそうか。
ライダーといい、緑アーチャーといい、これまでのサーヴァントは若い人が多かったけど、そういうタイプの英霊もいるのか。
いまさらだけど、王様というのには少し憧れる。やはり是非とも会ってみたかった。
「ああ、私も会わせてやりたかったよ。いやはや、全く持って残念でならないな」
そんなアーチャーの、妙にうさんくさい同調をもって今日の雑談は終わった。
ダンジョン攻略前の、マイルームでもほんのちょっとした一幕だった。