『聞こえる?』
『はい』
『そろそろお願い』
『では行きます。3・・2・・1・・撃ちます』
『撃って!!」
パンターの空砲と水樹の乗るパンターの砲撃音が重なって、黒森峰に響き渡った。
時として人は非情になるときがある。今回は勝負・・・いや勝利に対する認識不足を再周知させるため俺は後輩に非情になった。目の前で絶望している次期隊長候補へ指導する。
「水樹??」
「・・・・」
「どうした?試合開始前や試合中の威勢はどうした?」
「・・・・」
やはり相当堪えたか?
先の模擬戦のため俺は自信の体調管理が出来ない人間を数週間演じた。迫真の演技だったんだろ、家元が心配で突如来校する自体まで発展してしまった。流石にこれはマズイと思い、家元だけには事情を話した。「そこまでする必要があるのか?」と尋ねられたが、「指導の一環」で話を通した。実際本当に体調が悪く、演技半分と言ったところだ。
さてあの状況から俺が勝利した方法なのだが、
相手の狙う箇所を予測する。ティガーⅠを正面から抜くには、それこそ難しい。しかし難しいだけで不可能ではない。それを水樹は知っている。だから狙う箇所は分かる。今回は砲身を狙っていた。外から敵車両の砲身の角度を見れば殆どの隊員なら狙っている箇所が分かるように指導している。
相手の狙いが分かれば後は簡単だ。その車線上からこちらが居なくなれば言いだけの話だ。急速後退した際、車両前方は上方向に傾く。それを利用し砲撃直前に急速後退を行い回避するだけの話だ。おまけにこちらの砲身を下向きに狙いを定めておけば後退時に相手の装甲の薄いところに狙いが定まると言うわけだ。勿論地面がコンクリート、泥濘などを考慮する必要があるが、先ほど相手車両と戦闘した際ある程度地面の硬さは把握した。
そうなれば後は相手の砲撃がいつくるのか・・・こればかりは長年の経験から何とかするしかない。まぁ俺はこれを今まで外した事は無い。そういう事で俺は水樹に勝利した。
「水樹?」
「何でしょうか?」
「今日は油断したか?」
「はい」
「なぜ油断した?」
「霧島隊長が率いる部隊の動きが・・・その・・いつもと違ったからです」
「もっとはっきり行ってみろ?」
「はい。・・・素人のような・・まとまりの無い動き・・」
「それで」
「最初は罠かと思いましたが、逸見副隊長の小隊の動きをみて確信しました。霧島隊長と各小隊長との連携が出来ていない、命令系統が異常だと」
「そうだろうな。無線でも私への罵倒が凄かった」
「え?」
「演技と思った?あれは全て本当に指示していたんだよ」
「そんな!!どうしてそこまで!!」
「あなたの勝負への考え方を見るため」
「勝負への考え方?」
「そう、今日なぜ私との一騎打ちを承諾した?絶対勝てる状況から、負けられない状況へ自分自身を追い込んだのは何故?そしてその結果負けた・・・もしこれが公式試合なら責任は全てあなたにある」
「・・・・」
「勝負は、力で相手を上回る事でも、幸運を待つ事でもない。
そして勝つとは、負かす事、蹴落とす事、つまずいたヤツを踏みつぶす事、ドブに落ちたイヌを棒で沈める事、ぱっくり開いたキズ口に塩をすり込む事
勝ち残るとは屍を越える事だ。それが友であってもだ。そして勝つことは決して美しい事じゃない。むしろ残酷な事だ」
「もし私なら、今日相手の無線など無視して撃破していただろ。相手の体調なぞ知ったことではない。相手の命令系統?知るか
私は諸君らに絶対王者になれといっているが・・・私は水樹・・いや今後の隊長になるもの全てに伝えたい
常に頂点に居たいのであれば・・・『鬼』になれ」
「水樹・・・貴様は『鬼』になれるか?私はどうかな?貴様から見て鬼か?」
「霧島隊長は・・・『鬼』です」
「そうか。ならば最後は鬼らしく正義の味方に倒されるのか?」
「いえ、それは物語の中の話かと。「鬼」は『より強い鬼」に倒されるのが現実かと」
「では貴様は「より強い鬼」になると?」
「はい。そして私を倒す「より強い鬼」を育て上げます」
「それはいい心構えだ。しかしこれだけは覚えておけ。
一度折れた角は二度と生えない。そして角の折れた鬼は二度と恐れられない。
鬼とは強いから恐れられる。恐れられなくなった鬼は、ただの人になる」