「………ねぇ、レフ。あの遅れてきた子いったい何なの? 怖かったのだけれど」
「嗚呼、彼は48番目の一般から選出されたマスターだね。名前は確か
「む、私の話を聞いてなかったのはともかく。いえ、それも問題ではあるけど。私が言いたいのは、―――なんであんな目になっていたの………?」
「疲れているんだろうさ。きっと。多分。………さ、無駄話は此処までにしてファーストオーダーに向かう彼らに激励の言葉を贈ってあげてきたらどうだい、オルガ」
「………そうね。そうする。シバの調整で忙しいところ、ごめんなさいねレフ」
「構わないさ。君のメンタルケアも………っと、これはロマニの仕事だったな。彼の仕事を奪ってはいけないね」
「そうね。あのサボり魔の取り柄がなくなっちゃうわね」
管制室を出て行くオルガマリーの背中を見送って、レフ・ライノールは顔をしかめる。
「48番………何故あの子は私に敵意を向けた―――?」
若干のしこりを残して、レフ・ライノールはかねてよりの計画を最終段階に進めた。
Ξ-Ξ-Ξ-Ξ
レフ・ライノールの計画通り、事件は起こった。想定外だったのはオルガマリーが死んだ後、彼女が霊体となって特異点Fへレイシフトしたことだろう。皮肉なことだ、とレフは愉悦を表情に浮かべた。
その後もレフは自らの持つ聖杯によって、48番目のマスターとデミ・サーヴァントになったマシュ・キリエライトの両名と、お荷物になっているオルガマリーを観察していたが、どうにも彼らが不可解だと感じた。
正確には一般枠で選ばれたあのマスターが不可解だった。
彼にとっては初めての経験だろう。争い事とは無縁の世界に生きていたはずだ。だというのに戦闘には無感情に的確な指示を出し、何事もなく進んでいく。
そして倒した骸骨兵から骨をもぎ取ると、即席の背負い籠を作ってせっせと集めていく。さながら歴戦の傭兵のような貫禄さえ感じた。
………さらに不可解なのはサーヴァントを召喚したとき。オルガマリーに40の聖晶石で都度10回の英霊召喚を試みて、9個の礼装とカーミラを呼び出したとき、非常に残念そうな表情を浮かべた。しばらく二人への受け答えもままならなかったが、戦闘の指示だけは的確であった。
そして次に彼が呼び出したのは源頼光。己も目を疑ったが、史実では男である頼光が
その後は実際に嬉々として敵性体に向かっていた。オルガマリーとマシュ・キリエライトとの交流も深めていたようで、オルガマリーが心を許し始めた事には些かレフも焦った。
承認欲求で出来ているようなオルガマリーが、あのように簡単に心を解くとは考えられない。何か魔術の類が使われたわけでもない。ただ単純に、オルガマリーの求めていることをしただけ。これも不可解だが、悪感情を抱かせるような態度しかとっていなかったオルガマリーの事を二日に満たない時間でどうやったら理解できるというのか。それも禄に話も聞かない印象しか無い彼が此処まで豹変する訳が分からない。
疑問を募らせるレフの視界にはアーサー王の座す大空洞へと足を踏み入れた一行が映っていた。
Ξ-Ξ-Ξ-Ξ
オルガマリー・アニムスフィアにとって、真倉田理瀬という男は失礼千万な奴である。
施設を総括する上司のスピーチの際に居眠りするわ、かといって対面して話をすればまるで聞いてないような返事をするわ、まともに返事をしたかと思えば小馬鹿にしてくるわ………と、それはもう散々であった。挙句にはデミ・サーヴァントになったマシュ・キリエライトと契約を交わしていたという。どれだけ堪忍袋の緒に切れ目を入れれば気が済むのか、オルガマリーには理解できない。
様子が変わったのは初めて影のサーヴァントと戦闘があった前だろうか。いや、より正確には彼が特異点で集めた聖晶石を使って呼び出したサーヴァントが来てからだろう。
彼が呼び出したサーヴァントは源頼光。詳細を聞けば日本における神秘殺し。魔王を斬り、悪鬼を斬り。果てにはその逸話から、キャスター以外のクラスで召喚できるのでは、とロマニの憶測が飛ぶ。唯一の疑問はバーサーカーとして召喚されたこと。狂化値は規格外のEX。幾らどの英雄にもそのクラスが当てはまるとしても、オルガマリーには規格外評価が付いていることに違和感があった。召喚された本人も始め、セイバーで呼ばれたと勘違いしたぐらいである。
だが、彼女のマスターになった彼にはその訳が分かっているらしい。それを踏まえたうえで、彼も彼女と契約を交わした。それも嬉々として。涙して。ようやく出会えた、というような達成感や幸福感をその表情に露わにしていた。というよりも感情が戻ったと言うべきだ。その喜びようを見て、今まで彼の感情という感情が死んでいたのではと思わされる。初めて人間らしい様子を見た。
あと、頼光に女として圧倒的な敗北感を味わったとはオルガマリーとマシュとの共通認識である。
サーヴァントにおける問題はさておき。
真倉田理瀬というこの男の自身に対する対応が変わったのは事実。いや、この特異点で合流してからずっと、彼は自身が危ない目に遭う前には注意を呼び掛けてきたり、さりげなく身体を引っ張ったりして助けてくれていた。だから正確にはその気づかいに思いやりを感じた。オルガマリーからすれば、気味が悪い純粋な好意を。
そんな彼だが、何気ない時に自身が行った、それこそ上に立つ者として当然のことをしたとき、何を思ったのかマスター適性の無い自身のことを労ってくれた。
一瞬巡視し、一般人でしかない彼に何が分かるのかと一度は憤慨した。
だが、―――父親が失踪し、人類の未来という重責を背負わなければならなかった身になったこと。それに伴って起きた様々な苦悩は想像するに容易いが、それでも所詮それは他人の想像。だから本質を知ることはできないかもしれない。それでも、誰かが貴女のことを労ってあげるべきだと。「所長は凄いです」と。
ふざけた態度からうって変わって、そのような事を言われては返す言葉がない。何故かはわからないがちゃんと事情もわかっての発言だった。
褒められ慣れていないから困惑した。『一般人のくせに』だとか『所長に対して』だとかを言っても僻みにしか聞こえず、実際彼の言葉の通りオルガマリーは重圧に潰されそうな状況に居た。自身を取り巻く体裁を気にして、当たり前だと言い訳のように強がった。
しかし、次に出てきた言葉は「それでも、同年代の女の子が頑張っているのを黙って見てはいられない」………そう言われてしまったら本当に何も言えない。ただオルガマリーは黙るしかなく、喉まで出かかった彼に対する罵倒も引っ込んでしまった。
さらに「だからレフさんだけでなく俺やマシュ、他の人のことも頼ってください」と懇願までされてしまう。ずるいと思った。
オルガマリーの心労は減るどころか、この男によって増える一方。………だが、それでも。少しだけ肩の荷が下りた。心のしこりも取れた気がする。一番に信頼するレフの次に頼りにしてもいいのではと思った。
冬木の聖杯戦争。その大本である大聖杯がある大空洞。デミ・サーヴァントであるマシュに、仮契約したキャスターのクー・フーリン。そしてカーミラと源頼光。彼らを率いて―――彼はあのアーサー王を打倒した。
これで人理は継続される。見る事しかできなかったオルガマリーも安堵した。
―――所長、行ってはダメです。
残された聖杯。そこへ現れた、死んだと思われたレフ・ライノール。一番の信頼を置く彼が生きていた事に喜び、駆け寄るオルガマリーを真倉田は引き止める。
レフが生きていた。今すぐにでも駆け寄って、彼の存在を確かめたい。生身で特異点に放り出されて怖かった。少ないとはいえ怪我もした。私は頑張った。
―――だから私はレフに褒めてもらいたいだけなのに。
何故引き止めるのか。何故レフが危険だと言うのか。何故、周りのサーヴァントたちも敵意をレフに向けているのか。彼は仲間のはずだ。どこもおかしなところはないはずだ。今にもこの手を引きはがして、レフの元へ駆け寄りたい。
しかし、何がそれを阻むのか。己を制して懇願する彼の手を、オルガマリーは引きはがすことが出来なかった。
五話完結を予定。続け(願望)