「おはよう、よく眠れた?」
目が覚めた理瀬の視界には微笑むオルガマリーが居た。
「そのままでいいから。………すこし、お話しをしましょう」
………目覚めて早々、微笑みは本来威嚇から来ているという話を思い出した理瀬だった。
SM女王姿から元の恰好に戻ったオルガマリーは、ベッドに寝かされた理瀬を責めていた。
カーミラ姿のオルガマリーを見て「眼福だぁ」と思ったら『幻想の鉄処女』で意識もろとも吹き飛ばされて、そして目が覚めた矢先にこれだ。普通なら滅入るようなことではあるが、しかし、メンタル削って助けた甲斐があったと悦に浸っている今の理瀬にとってはご褒美ですらあった。元気なオルガマリーの姿を見れることは喜ばしい事である。
だが、あまり力の強くないアサシンのサーヴァントの力を身体に宿して―――『
「それじゃ、貴方からも説明してもらいましょうか」
「いや、俺に言われても………所長助けようと必死だっただけだし」
「~~~!! だからって、なんでこの私が―――前線に出て戦う事になってるのよ! 貴方の所為でこんな身体になっちゃったんだから!」
「………もう一回今の台詞、顔赤らめて言ってくれます?」
「え。―――はっ! 忘れなさい!」
「そう、ですか………」
「ちょっと、………なにも、そこまで落ち込む事ないじゃない」
落ち込んだフリをすると、オルガマリーはばつの悪そうな顔をする。可愛いなぁと一瞬思うが、そんな顔が見たかったわけじゃないのでおどけて見せると、安心したようにオルガマリーは胸を下ろした。と思ったら頬を赤らめて理瀬を睨んだ。表情が転々と変わるのがおかしくて、理瀬は少し笑った。
「………でも、自分が意図してやったことじゃない、っていうのはわかってください。それとも、もしかして所長は、―――あのまま死んだほうが良かったですか?」
「それは嫌よ。だから………はぁ。こうなるってわかってたら許さなかったってだけで………その、感謝はしてる」
髪の毛をくるくると弄ってオルガマリーはそっぽを向く。少し気恥ずかしかった。
「………ありがとうございます。そういって頂けるだけで、助けた甲斐があったってものです。………ただ、もしマシュみたいに戦うのが嫌だったら、俺も無理矢理にはお願いしませんし、他の皆にも言って特異点の調査・修復は所長抜きでやりますけど」
「それはやるわよ。―――………私だけ除け者みたいで嫌じゃない」
「やるってのは聞こえたんですけど、そのあと何か言いました?」
「ん、何も言ってない!」
ちなみに大嘘である。
Ξ-Ξ-Ξ-Ξ
一通り感情をぶちまけたオルガマリーは一つ胸をなでおろした。
サーヴァントと同じく宝具もまた実体を持つ。重さはその外見相応にあり、咄嗟の事だったとはいえ、そんなものをぶつけてしまって後悔したのだ。死んでしまったのではないか、と本気で心配した。ダ・ヴィンチに「すぐに起きるだろう」と言われたが、それでも彼が起きるまでずっと離れられなかった。
なんだかおかしなことをしていると自分でも感じていたが、それよりも今、動く彼を見て心の底から安堵している自分がいて驚いていた。
「………ところで所長、大丈夫ですか?」
「何が?」
「特異点から帰って来てから、ちゃんと所長の顔を見てなかったから分からなかったですけど、………すこし目が赤いなと。………化粧で隠されているようですけど、隈が出来ているみたいですし」
「っなんでもないわ」
そう指摘されて、オルガマリーは顔をしかめて見られないようにそらす。
「………もしかして泣いてたんですか」
「―――っ!」
オルガマリーは泣いていたことを知られたくなかった。
カルデアに帰ってきて思考の整理がようやっとできたため、考えたくなかった事実を認識したことだ。
レフ・ライノールが裏切ったという事実。いや、裏切っていたという真実。今まで見たこともないような形相を浮かべた彼に告げられた言葉を。己の死を。
堰を切ったように絶望が、涙があふれた。嗚咽し、嘔吐するが唾液を模した魔力しか出ない。その格は違えどサーヴァントと同じ存在になったオルガマリーには排泄という行為は存在しない。涙もいつの間にか空気に解けて消えていた。もう人間ではないのだと自覚したら、さらに何かは流出した。
信頼し、重きを置いていたレフはもう存在しない。仮に諸々の黒幕、特異点を引き起こしたあの男が、レフの偽物だったとしても本物が生きていると、あの偽物からすると到底思えない。彼は死んだのだと思えればどれだけ楽だったことか。その一時。感情の整理は泣くという行為でしかできなかった。
「所長? オルガマリー所長?」
「っなんでもないったら。………きにしないで」
………口に出しては言えないが、理瀬のお蔭で随分救われている。今、一番に信頼を置いていると言って良い。色々と腹が立つこともあるが、自分のことを案じてくれる。気にかけてくれる。だから、泣いていたことを知られたくなかった。何故かはわからない。だが、心配をかけたくないと思っている。
「魔術の魔の字もしらなかった一般人のことは頼れない?」
「………そう、ね」
嘘つきだと自分でも思う。しかし、そうでないと甘えてしまう。………皮肉にも、「目障りだ」と言ったレフによって分からされてしまった。
「そっか。―――じゃ、ちょっと強硬手段取らせてもらおうかな」
「そう………え?」
ふと頭によぎったが、それはないだろうと否定する。確かに己のマスターは理瀬だ。今はサーヴァントだと言っても、やるわけがない。やるとは思えない。
「令呪を持って命ずる。―――頭をなでさせろ、オルガマリー」
「んん!? え、嘘でしょ!? ちょっと………?!」
―――が、現実は非情である。三画ある令呪の一画は光った後、効力を発揮して薄れて消えた。
「マスター、マスター。起きられましたか? ロマニさんとダ・ヴィンチさんが………あらあら、まあまあ」
部屋に入ってきた源頼光が目にしたのはベッドの上で抱き寄せられ、赤い顔をしつつも抵抗することなく頭を撫でられているオルガマリー。対して理瀬はニコニコと心底楽しそうにして、その手を動かしている。
「あまり、見たくはない光景ではありますが………。………私としてはマスターの頭を撫でてあげたいですかね」
その時は膝枕もしてあげて。―――頼光は、今湧きおこったその嫉妬をぐっと堪えてマシュ、カーミラとダ・ヴィンチ、ロマニの居る元へと帰っていった。
令呪の効力がとっくに切れていることを指摘する無粋をすることなく、また撫でたい本人も黙ったまま。それは意外と心地よく、自身を抱き寄せている腕を中々外せない。
―――だから、もう少しだけ。
令呪で命令されたから、と自己弁護して30分ほどオルガマリーはされるがままになっていた。
Ξ-Ξ-Ξ-Ξ
「やあ、遅かったね。一体ナニをしていたのかなー?」
「所長に良い子良い子してました!」
「ちょっと!? は、ははは! 何を貴方は言ってるのかしら………!」
来て早々、あっさりと暴露して口角を上げつつ、ダ・ヴィンチにサムズアップをする。それに顔を赤くしたオルガマリーが抗議するが、墓穴を掘る行為だと気付いて声を荒げるのを抑える。しかし、周りからの温かい目に耐え切れず涙目になるのを手で隠して蹲った。
「ははは! ま、それはおいといてだ。―――なんだかんだですれ違いになっていたみたいだから改めて。初めまして、私はレオナルド・ダ・ヴィンチ。ダ・ヴィンチちゃんと親しみを込めて呼んでくれたまえ」
「はい、ダ・ヴィンチちゃん。どうして男だと伝わっているアナタがモナ・リザ似の美女なのか、察しがついたうえで俺は、アナタの事をダ・ヴィンチちゃんと呼びましょう」
「うんうん。順応が早くて大変好ましいね、君は。その洞察力含めてダ・ヴィンチちゃん的にポイント高いぞ」
ダ・ヴィンチは満足げに頷く。それをDr.ロマンは納得がいかないと二人を見た。
「特異点でも思ったけれど、君の洞察力はずば抜けて高いな。………うむむ。色々とツッコみたいのは山々なんだけど本題に入ろうか。………。オルガマリー所長、恥ずかしいのはわかりますが、そろそろ」
「………別に恥ずかしがってません。貴方に言われずともわかってます」
立ち上がって涙を拭って。オルガマリーは佇まいを正し、一度深呼吸する。幾分、落ち着いた。
「さて、この度の特異点の修復の功績は、貴方が一般人でしかなかったとはいえ、賞賛せねばなりません。ですが、赤く染まったカルデアスは、人理が焼却される運命を回避することは出来ていない。未だ窮地には変わりなく、カルデアの外は人類諸共世界が滅んでいる。2016年までにこの状況を打開せねば我々に未来はない。しかし、それについては………皮肉な事ですが、元職員のレフ・ライノールによってその解決策は示されました。―――冬木と同じく、発生した特異点を調査し修復する。………真倉田理瀬。こうなってしまった以上、人理は貴方の手に委ねられました。やっていただけますね?」
断ったら許さない、というか選択肢はないと威厳を見せつけつつ言外に訴える。それに対してニコニコと見つめて「頑張って覚えたんだろうなぁ」と叱られそうな、しかし、あながち間違いでもない想像をしていた。が、流石に締めるところは締めなければならないと知っている。理瀬は表情筋の緩みを引き締め、目を見据える。
「所長とイチャイチャできる未来があるなら」キリッ
「ぶふぅぅ!!」
理瀬の発言にダ・ヴィンチが吹き出すのをよそに、オルガマリーは顔を赤くして弁慶も泣くという人体の急所にローキックをお見舞いした。
時事だけど、所長をカレイドルビー凛ver.にさせたい………。
???「このカードを夢幻召喚して変身するフォウ!」
所長「!?!?」