扇谷秋子の追想録   作:長谷川光

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二人の絆

ある男が居た。

その頃の彼は海軍中佐へと進んだばかりで、海軍の重責を十分に担い始めていた彼は後に歴史を大きく改変する力を蓄えることになるが、その頃はただの海軍軍人であった。

既に年は壮年と呼ばれる年になっていたが、妻帯しておらず彼の友人たちをヤキモキさせていた。一方で、男の本心を知る親友たちは苦笑ばかりしているのだが。

 

そんな彼が上気したように、ただ一人の女を熱心に口説いている。

何度も、何度も飽きることなく。

手を変え品を変え、事ある毎に口説こうとしていた。

 

周りからみれば、普段はお堅い男が女に執心しているようにしか見えない。

その様子を見てアイツもついに本気になる女ができたのかと揶揄い、笑い飛ばしていたのだが。

 

しかし、二人の間にはそのような艶めいた雰囲気は皆無であった。

 

「ですから、残念ながらお答えする気持ちは毛頭もございません」

そう、釣れなく返答する女を男は仏頂面で睨む。

「悪くない話だと思うのだが」

低く底冷えした声で、それでも女に縋る男。

「申し訳ありません」

容赦なく叩き切る女。

それらは二人の間ではすでに、ルーチン化したストーリーと成りつつあった。

 

女について語ろう。

その女は艦娘という存在だ。

艦娘とは、深海棲艦と呼ばれる突如として人類への敵対勢力として降って沸いた存在に対抗する半ば兵器として扱われる存在である。

帝国海軍では彼女たちは士官並みの扱いを受けており、男の立場とは形式的にはほぼ同格。しかし、実際の処は海軍士官の方が艦娘よりも上位に立つ場合が殆どである。

 

にも関わらず、女はにべもない。

いや、男が彼でなく他の士官や将官であれば態度も違ったのであろう。

二人は共にとある事案を上層部からの圧力にめげることなく完遂した戦友であり、心置けない友人であると双方が認めているからこその態度なのだ。

 

男女は今、佐世保鎮守府という帝国海軍が内地で持つ西方の一大拠点に軍命の下に籍を置いている。

女は次の作戦で南方戦線に向かうことが内々に打診されており、艦娘としての役割を遂行するためにこれに従おうとしている。

一方で男は、自らがこれから組織しようと考えている『チーム』に女を参加させるために、艦娘ではなく士官としての道を進んでくれと頼んでいた。

 

艦娘は士官としての道を用意されることは滅多にない、滅多に無いのだが過去に事例が全くないのかといえば一、二件ほど存在した。逆は皆無であるのだが。

 

とは云え、女性海軍士官とは海軍軍属まで含めて1%程度のレアケース。

その様な立場になりたくないと、女は主張する。

 

男は説得を一時的に諦めた、あくまでも一時的であり気が向いたなら来てくれと続けることを忘れなかった。

そんな男に、苦笑してみせながら女は答えた。

「もし、気が回ったらね」

それが彼との友誼のために彼女が示しうる、最大限の社交辞令だった。

 

 

 

それから幾つもの満ちた月が闇を照らした

 

男は海軍大佐に就任し、海軍省第一局の局長としての立場にまで出世していた。

そして、念願の『チーム』を組織し、優秀な人材をかき集めていた。

『チーム』の仕事は、地味ながら軍内部に確かな影響力を確立しつつあった。

そんな中、男の下に衝撃的な事実が入ってきた。

『女が死亡した可能性有』と。

 

直ちにその懸案の詳細を調べ上げようとした男の下に、遅れて一通の手紙が送られてくる。

 

それは女から、男に『チーム』への合流を打診したものであり、また自らの痕跡をカヴァーストーリーで包み隠して欲しいという依頼でもあった。

 

男は『チーム』への合流は唯々一時的に自らの力を、女が利用したいが為の方便だと理解していた。

しかし彼は女を受け入れた。

文面には表れていないものの、手紙に現れる文字から漏れ出してくる彼女の暗い感情を認めてしまった彼に女を捨ておくという選択肢は取れなかった。

 

カヴァーストーリーを用意し、元から士官として海軍に存在していたかのように彼女の経歴を作った。

 

それらは全て、女の暗い感情の原因を読み取るため。

そして、もし『万が一』があれば自らの職務にかけて彼女の暴走を食い止めるため、そして最悪の事態に陥ったならば自らが彼女を裁くために。

 


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