緋弾のアリア-秘密結社の殺人機-   作:ちーたら

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第6弾:襲来-invasion-

 それ(・・)は現れた。

 何が、という質問はしなくても良いだろう。月明かりに照らされた満月の夜、その月光に照らされた二つの影のシルエット、その両方ともが人間としてはありえない姿ということは見るに明らかなことだ。

 二つなのだからそれら(・・・)というのが正しいのかもしれないが、しかし人間とは一線を画しているのは事実だ。

 一つはオオカミに似た頭部を持つ二メートルを超す巨体、もう一つは背から一対のコウモリに似た翼を広げる人間程の女体。

 竜悴公(ドラキュラ)、そして竜悴公姫(ドラキュリア)。“無限罪”の二つ名を持つブラドとその娘、ヒルダである。

 二人……とは言っても人間ではないのだけれど……が立っているのは船上だ。

 海面に顔を覗かせた、原子力潜水艦ボストーク号。秘密結社イ・ウー……ブラドのコレクションを掠め盗った組織の本部の入口たるその場所で、ブラドとヒルダに対峙するのは毒々しささえ感じさせる程に重度に染色された金髪の男、鬼蔵 隷示だ。

「“竜悴公”ブラド、そして“竜悴公姫”ヒルダ。よく来たな。秘密結社イ・ウーの代表としてここに挨拶をさせてもらおう」

 隷示が口を開いた。ブラドとヒルダ、吸血鬼という自分より十倍近く生きている怪物に対して物怖じする様子も無く、不敵な笑みを浮かべる余裕さえ見せて歓迎の言葉を贈る。

「御託はどうでもいい。俺たちがここに来た理由など、問うまでも無いのはわかっているだろうな?」

 質問するブラドの声は、既に怒を含んでいた。

 当然だろう。吸血鬼たる自分に、まるで対等であるかの様子で相対する隷示が気に食わないのだ。器の小さい男だ、と隷示は内心そう思った。

「俺たちが、わざわざここまで来た理由を、知らないとは言わせないぞ」

「ああ、そこは理解している。リュパン4世たる理子を奪い返しに来たのだろう?」

 怒気に怯む様子など微塵も無い隷示は冷静に返答する。口元には悪戯めいた笑みさえ浮かべ、なによりも心底楽しそうな様子で。

「別に先に進んでもらって構わない。だが進むのならば“無限罪”一人だけだ。娘さんはここで待っていてもらおう」

「あら、人間如きが私に命令すると言うの?」

 隷示の言葉に面白そうな顔をして、金髪の美女……ヒルダがわらう。だがその『わらい』は笑いではなく嘲笑の意味での『わらい』だ。身の程を知らない自分たちへの態度に対して、呆れを通り越して無知を嘲笑ってでもいるのだろう。

「命令?そうだな。これは命令であるが、それと同時にこれはこちらからの提案でもある」

「なんだと?」

 隷示はそんな様子を見て、しかし口調を変えることなく言葉を続ける。

「この提案を貴様たちが呑むと言うのなら、俺は先に進むことを、“無限罪”ブラドがこのイ・ウーの本部に入ることを邪魔しないということだ。もちろん、“無限罪”単体で行くのが条件で、その場合、“竜悴公姫”にはここにいてもらうことになるがな」

「……いいだろう」

「お父様!?」

 ブラドの選択に驚愕の声を上げるのは娘のヒルダだった。

「構いはしない。元より人間如きの組織など俺一人で十分潰すことのできる有象無象の一つに過ぎないのだからな」

「決まりだな。なら、ここから入ると良い」

 隷示も道を開ける。ブラドを邪魔する様子など微塵も見せず、イ・ウーの内部へ通じる耐圧扉を開け放ち、その中に招き入れた。

 ブラドがボストーク号の中に消える。

「……さて、では貴様はどうする?」

 隷示はボストーク号の上に残されたヒルダに向けてそう言った。

「どうする、というのはどういう意味かしら?」

「どういう意味とはそういう意味だ。実を言えば、イ・ウーの中には“無限罪”のみを入れて良いことになっていてな、その後の貴様の扱いについては特に言及されてはいないのだよ」

 隷示は問う。

「もう一度訊こう。貴様はどうしたい?」

「まずは、その無礼な口調を直したらどうかしら?私たち偉大なる吸血鬼に、そのような口のききかたは私たちへの侮辱と取れてしまうわよ?」

 そうか、と隷示は自嘲気味に笑い、

「どうやら、俺の考えは伝わっていたようだな?」

「……ッ、貴様!!」

 バチバチバチッ!と、ヒルダの周囲に稲妻が瞬く。

 それはヒルダを煽る、安い挑発だ。

 そんなことは彼女自身もよくわかっている。

 だが、彼女の“竜悴公姫”としての、現代に生き残っている唯二の吸血鬼としての高貴なプライドが、身分を弁えない人間からの挑発を許すことなどできなかった。

「あなた、よほど私に殺されたいのね」

 周囲に撒く電光を少しずつ増幅させながら、ヒルダは怒りに顔をゆがませる。

「いいわ、なら私が直々にあなたを殺してあげるわよ!!」

 そう言ったヒルダに、隷示はニィ、と歯を覗かせて悪戯に笑う。

「そうこなくっちゃな。わかってるじゃねーか“竜悴公姫”」

 隷示は短くそう言うと、腰から提げられている数十個の警察官が警棒を携帯するために使っているような布製のホルスターから、いくつもの金属棒を取り出した。

それを一瞬で全て連結し、その先端に刃を付ける。

「名乗らせてもらうぜ」

 まるで曲芸のように組み立てられた槍……否、全長三メートル近い『大薙刀』を手足のように縦横無尽に振り回し、切っ先をヒルダに向ける。

「秘密結社イ・ウー構成員、鬼蔵 隷示。教授より頂いた二つ名は“鬼策”。偉大なる先祖より受け継がれた大薙刀、その銘は『岩融(いわおとし)』。さあ、貴様を排除する!!」

「ほほっ、私に立てつくなど、身の程を知りなさい、下等種族!!」

 稲妻と大薙刀が激突する。

 海の上での、二人の『鬼』の闘いが始まった。

 

 

 

 イ・ウー本部、ボストーク号に乗り込んだ“無限罪”ブラドを出迎えたのは、彼をここに来るように指示をした白衣の女性だった。

「あら、この間ぶりね“無限罪”。隷示くんの言った通りに行動してくれて助かったわ」

 呑気に近くの手すりに腰掛けてコーヒーカップを口元で傾ける彼女を、忌々しそうにブラドは口を開……こうとして、しかしそれは白衣の女性によって遮られた。

「あら、残念だけれどあなたの意見は訊いていないの。あなたにはあなたの『役割』があってね――その『役割』を全うさせるためだけに、イ・ウー(ここ)に招いたのよ?」

 そこで区切り、白衣の女性はコーヒーカップを器用に手すりに置いてからブラドに言う。

「だから、あなたが私と闘う必要性は無いの。あなたがどうしたいとかは関係無しに、ね?」

「それも『あの方』とやらの脚本とでも言うのか?」

「正解よ。伊達に百年単位で生きているわけでもないのは本当のようね?」

 そうか、とブラドは言い、

「ふざけるな!!身の程知らずの下等種族が、俺を駒にするだと?」

 確認をして、改めてムカついたのだろう、と白衣の女性は思考する。

 なんて自己中心的なのだろう。いや、この場合は吸血鬼中心的、とでも言うのだろうか。

 兎にも角にも、人間に踊らされているという事実を否定しようとしている目の前の吸血鬼に、白衣の女性は少し哀れみさえ感じていた。

(哀れね。彼自身は優秀なのだけど、優秀すぎるのだけれど……その優秀さを利用されると言うのは)

 それこそ自分と同じだ。ただし、彼と自分では決定的に違うところがある。

 諦めたか、否か。

 端的に言って、彼女は諦めた。抵抗などをして諦めたのではなく、抗おうとする事を最初から諦めていた。自分より有能な者の下に就くことは世の中の道理だ。だから、彼女は現イ・ウーのリーダー、教授の下に居る。彼女とて彼女の実家の家業では当主という立場になれるほどには優秀な存在なのにも関わらず、だ。

 だが、目の前の吸血鬼は違う。自分より上手の存在である教授という存在を知っても、それを必死に否定しようとしている。

 ああ、哀れだ。悲しい程に哀れだ。身の程を知らない下等種族とやらである教授に敗北すると言う未来は、哀れと言う以外他には無い。

 さらに言えば、教授は自らの手を下すことも無いのだ。相手にもされないという事実はどれほどまでに、“無限罪”ブラドに、“竜悴公”ブラドにとって屈辱なことだろう。

 ……どれほど無様なことだろう。

 白衣の女性はブラドの焦げ茶色の体に刻まれた、三つの白色の目玉模様を見る。場所は右肩、左肩、右脇腹の三か所。その昔、バチカンから送り込まれた聖騎士(パラディン)によって付けられた弱点を示す地図。

 吸血鬼には、個体によって違う場所にある『魔臓』という内臓がある。吸血鬼が吸血鬼と呼ばれる所以の一端を担うその器官には、たった一つで傷を癒す回復能力が備わっている。事実上、吸血鬼を倒すには体に四つあるその『魔臓』を同時に……とまではいかないまでも一秒ほどのタイムラグで壊さなければならない。

 強靭な回復能力を持つ吸血鬼に対する唯一の攻略方法。それを実行して完遂できる者など、このイ・ウーには俗に『幹部陣』と呼ばれている(俗称でありイ・ウーに幹部という役職は存在しない)面々のみだろう。

 正攻法では(・・・・・)

「ついてきなさい」

 ブラドにそう言って、イ・ウーの玄関の螺旋階段を下りてゆく。途中、ブラドの拳が風を切ったが、それを白衣の女性は白衣の懐から出した数枚の『防』と書かれた和紙の札を使って防いだ。

「無駄よ。この潜水艦の中には、私の施した結界が何重も重ねて張られている。いくらあなたが私を殺そうとしてもそれはジリ貧よ。まあ、私は攻撃分野は専門外だからあなたを倒すこともできないのだけどね」

 困ったような様子での彼女の言葉に、ブラドは考えを改めたのだろうか。命乞いとでも思ったのだろうか。それは定かではないが、その言葉以降、何かをするわけでもなく借りてきた猫のように大人しくなって彼女の後を歩いてきた。

(まあ、そうでしょうね。彼は優秀なのだから、やるべき時も弁えているのは当たり前か)

 ――だったら、これから始まる戦いは――

 扉を開ける。ラテン語の文字が彫り込まれた大理石の床、複雑な模様が入り組まれたステンドグラス。カトリック・ネオゴシック様式と呼ばれる、大聖堂の入口から最も離れた最奥端に、不自然なまでに純白で、そして背筋に悪寒という寒さを感じさせる程に純白な、腰辺りまで伸びた長い髪を一つに括った、モノトーンの衣服を纏った少年が立っていた。

「さあ“無限罪”。見せて頂戴な。あなたの絶対的な力と言う物を。身の程知らずの下等種族に、その力を、ね?」

 ――正攻法では無い、惨劇を生みだす殺し合い(たたかい)だ――

 

 




……ブラドとヒルダの口調g(ry
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