緋弾のアリア-秘密結社の殺人機-   作:ちーたら

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第7弾:吸血鬼1-vampire1-

 稲妻と大薙刀が激突する。

 顔を苦痛に歪めたのはもちろん隷示の方だった。数回、一足飛びを繰り返してヒルダから距離を取る……とは言っても、ボストーク号の海面に顔を出した部分、限られた足場での戦闘なのでそう長い距離をとることはできない。

(やっぱり近接戦は不利、か……)

 体に走った電流からの痺れを振り払い、大薙刀を構え直してヒルダの一挙一動から目を離すことなく隷示は思案する。

(まったく、相性は最悪ではないか。長柄であるとはいえ俺を雷使いに差し向けると言うのはとことん『上』は俺に意地悪をしたいらしい)

 よくよく思い返せば、自分が請け負ってきた『仕事』は基本的にこんな役回りばかりだったような気もする。たった一人の統治者によってまとめられている事を除けば異端者のバーゲンセールであるイ・ウーで平等も民主制もへったくれもあった物ではないのは順々承知だが、しかし一人の人間としては腑に落ちない。無法地帯のイ・ウーでそれを求めるのは甚だおかしいのだろうけど。

「もう終わり?ただの人間の癖して私とお父様にあんな堂々とした態度を取ったのだから、少しは期待したのだけど」

「ほう、期待はしてくれたのか。侮辱した相手にそんな敬意を払うとは、これは吸血鬼という種族に対して少々考えを改めなければならないかもしれん」

 皮肉を言いながらも、頭の中では思考を巡らす。率直に言えばこの皮肉は時間稼ぎだ。生憎と、会話を引き延ばす術は心得ている。

「あら、私はある程度人間を認めているのよ?能のある者は下僕として取り立ててやっても良いほどにはね」

「意外だな。吸血鬼というのは意味も無く高慢ちきな奴らだとイメージがあったのだがな」

 冷静に返答する。態度を変えてはならない。今は彼女を攻略するための方法を頭の中でシュミレートしなければならない。そしてそれをヒルダに悟られてはならない。

「とことんムカつく奴ね、貴方は」

「よく言われるよ。特に汐織あたりにはね」

 自嘲気味に笑う。それこそ文字通りの自分への嘲りだ。

「自覚はあるのね?」

「ああ、もちろん」

 表層上の態度を変えず、皮肉屋の仮面でヒルダと言葉を交わす。

 隷示とヒルダがこのように話せているのは単に隷示が会話を引き延ばすのを得意としているだけが理由では無い。そもそも臨戦態勢には互いに入っているのだけれど、しかし両者共にその均衡状態を崩さないのだ。

 それは、傲慢……隷示の言葉を使うなら『高慢ちき』なヒルダの性格を利用しているのだ。

 この手の、言うなれば『人外』である者が『人間』を見下す理由は大抵がその『人外』としての能力が『人間』より優れているからだ。

 吸血鬼を例に出せば、人間より圧倒的に長い寿命や肉体再生の永久機関と言える魔臓などがこれに当てはまる。圧倒的に『人間』を、他者にできる限界を超えた者がそれを誇らない道理などどこにもない。それが、世界に二人しかいないとなればなおさらだ。

 ……そして、その傲慢に隙は生まれる。

(……ま、これが一番無難な方法だな)

 頭の中に元々あった自分のできる行動の選択肢からパズルを組み立て、対ヒルダ用の戦闘マニュアルを作りだす。数回の確認を零コンマの秒数で終わらせる。

 それらの行動を全て終え、完遂した時、ニヤリと悪戯な笑みを浮かべた。それは子供が悪戯を成功させたような、しかしそこには子供のような純粋な心はない。汚くて狡い大人の、不敵な笑みだった。

 そして……隷示が消えた(・・・・・・)

「――っ!?」

 不測の事態がヒルダの体を貫いた。決して比喩などではなく、ただ事実として背後から胸を刺されたのだ。

「な、にが…………?」

 視線が下に向く。月明かりで鈍く光る刃が嫌でも目に入った。

 ヒルダがその事象に対して手を打つ前に、その刃が真横に振り抜かれる。胸の中心から右に、体が抉られる。

「――っぁ!!――――!!!!」

 声にならない悲鳴が闇に響く。口からは鉄臭い赤い血が泉が湧くように喉を逆流し、複数の肉片の塊がビチャリと気分を害する音を立ててボストーク号の壁面に付着する。

 目眩がした。ふらりと足を絡ませて体勢が崩れる。しかし倒れようとしたヒルダの右肩を、次は衝撃が襲う。大薙刀・岩融の柄で殴打されたのだ。

 力の入っていないヒルダにその攻撃をこらえて耐えることができるはずがない。腕の骨がイカレて折れ砕ける音と同時に二転三転とボストーク号の上を転がり跳ねる。

 赤い斑点をボストーク号に付着させながら摩擦で静止した頃には、しかしヒルダの体は魔臓の機能によって修復されていた。あれほどの、人間であれば生死に関わる大怪我も時間が経てば吸血鬼にとってなんともない。その事実を己の目で確認した隷示の頬を冷や汗が伝う。

(さて、俺のシュミレートが正しいと仮定するなら、ここからが……)

 バチバチと、世界が弾ける音がする。夜に目立つ、雷の球体が作られてゆく。

「ふふっ、ふふふふふふ」

 不気味な笑い声を上げながら、ヒルダが糸に操られた人形のように立ち上がる。

(……正念場、だな)

 岩融を構える。狂気の笑みを満面に浮かべて笑うヒルダが、こちらを向いた。

「一つ訊くわ。いったい、どんな手を使ったの?まさか瞬間移動の超能力者(ステルス)には見えないけど?」

「瞬間移動か……。生憎とそんな便利な物は持ち合わせていないし、そもそも俺は超能力者ですらない」

 超能力者(ステルス)。読んで字の如く超常現象を能力として引き起こす者の総称だ。時代が少し前なら胡散臭い絵空事として扱われていたであろうその事象は、今や観測できる一つの学問として確立しつつある。武偵の養成学校、武偵高校もその研究科を設立することが最近大きく報じられたのは耳に新しい。

 イ・ウーではナンバー2の“砂礫の魔女”パトラが世界的に強力な超能力者の一人だ。

 しかし隷示は超能力者ではない。事実として彼は少し特異性のある生身の人間であり、超能力の分野に関してはそれこそ同僚の天草 汐織の専門だ。

 本来なら言うべきではないのだろうけれど、しかし目の前の事象への対抗策の候補を上げて絞るには時間が必要だ。話を引き延ばすために、隷示は白状する。

「そもそも、イ・ウーとは何のための組織だ?」

「何のための、ですって?」

 ヒルダの口調は訝しげなものだ。どうやらイ・ウーの来歴は何も知らないらしい。

 当然だろう。彼女にとっても(おそらく)ブラドにとっても、イ・ウーとは理子という一人の少女(コレクション)を盗んだ一組織に過ぎないのだ。

 話を続ける。

「イ・ウーは超人育成機関を前身としている。元々は第二次世界大戦中に作られたらしいが……俺も詳しい所はよくは知らない、というか知る気も無いし知る意味も無い」

 もったいつけるように、言葉を瞬時に選んで台詞を長くする。

「だがイ・ウーの存在意義は、その超人を人工的に作ることは今も同じだ。それこそ思想も宗教も何もないが、その一点のみを法律としてここは存在し続けている」

「なにが言いたいの?」

 胡散臭い表情だ。深夜のテレビショッピングを暇つぶしで見ている自分の顔はあんな感じなのだろう、隷示は思う。

「単刀直入に訊こう。超人が超人である理由はなんだ?先祖や生まれなどの先天的な物ではなく、生まれた後の後天的な物で、だ」

「……まさか」

 隷示の言葉で、一つの事実に行きついたようだ。

「そう。イ・ウーは超人が超人であるための後天的な理由、『技術』を共有する場だ。学校(イ・ウー)では構成員は皆、生徒にして教師。古今東西、あらゆる『技術』を教え、教えられ、そして万能の兵士を作り上げるためにイ・ウーは存在している」

 絶句した。ヒルダとて水面下の闇に生きる者だ。イ・ウーという組織の存在は知っていた。

 だが、そこで行なわれている非現実的な事など知る由も無かった。イ・ウーは他に類を見ない武力を持つ組織という程度の見解だった。

 それが……これほどまでとは。

「現在、イ・ウーには超能力を共有するまでの技術は存在しない。だが、鍛錬を積むことによって身に着けることのできる『技術』はその範疇には無い。爆弾の作成から武術まで、それは多岐にわたる範囲に及んでいる」

 岩融を肩に担ぎ直す。

「さっきのは、伊賀流忍術『(マタタキ)』。とある“殺人機”から直接技術提供を受けた物を本来の形に仕立て直した物だよ」

「仕立て、直したですって?」

「ああ」

 隷示は笑う。侮蔑するわけでもない、悪巧みするわけでもない。それはやれやれといったような呆れの笑みだ。

「ある意味、お前は幸運(ラッキー)だよ。このイ・ウー史上にして最狂最悪のバケモノを相手にせずに済んだんだからな」

 まあ、そのバケモノはお前さんの親父が戦ってんだけどな、と付け足す。

「どういう意味……?」

 雷球を生成しつつも、聞ける情報は全て聞く様子だ。高い思考能力のある生物(と言えるのかは定かではないが)としては至極真っ当な賢い考え方に、少し感心する。

「そのままの意味だよ。“竜悴公”が相手しているのは随分と厄介な奴だってことだ」

 少し考えるように数秒の間を置いてから、

「少なくとも俺は、あいつを敵に回すぐらいなら自分に非が無くとも泣いて謝るだろうよ。あいつのリミッターが全て外れたとなればなおさらだ。戦い方も戦い方と言うのも間違いだ。あいつの中に戦いという言葉は存在しない。なにせあいつは――」

 

 

 

 

 

 ――ただ『殺す』だけなんだからな。

 

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