緋弾のアリア-秘密結社の殺人機-   作:ちーたら

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第8弾:吸血鬼2-vampire2-

 血飛沫が舞う。切り裂かれた傷口からにじみ出てくる血はまるで泉を連想させた。

 肉塊がぼとりと大理石でできた床に落ちる。どくどく流れる血は床に彫り込まれたラテン文字に溜まり、真っ白な床に真っ赤な文字を浮かばせ、すぐに赤い激流によって塗りつぶされた。

 肉塊……否、肩口から切り落とされた焦げ茶色の右腕が痙攣するかのように少し動いた。しかし、それをこの聖堂で激突する二つの影が気にすることはない。余裕が無いのではなく、両者共にどうでもよいのだ。

 腕を奪われた方……“無限罪”の二つ名を持つ“竜悴公”ブラドは人間を超越した種族、吸血鬼の最後の生き残りの一人だ。その体に四つある特殊器官・魔臓の効力でどんな重傷を負おうともその肉体は常に再生を続ける。現に、切断された右腕は再生を始めており、数秒の内に五体満足の状態にもどることだろう。

 腕を奪った方……秘密結社イ・ウーの構成員、“殺人機”契は血にまみれていた。しかし事実として彼の体のどこにも傷は無く、白色の長い髪を赤く染めているのも、モノトーンの配色の服に跳ねている斑点も、全てがブラドの返り血である。両手に握る二振りの太刀も既に血だらけで、少し振ればそれにこびりついた赤い液体が大理石の床に飛び散った。

 ブラドの腕が再生した所で、契が動いた。その長い足を動かし、ブラドに急接近する。

「遅い」

 それに反応して迎え討とうとしたブラドに冷たい言葉を投げかけて、姿が消える。まるで瞬間移動のような光景の直後、ブラドの首の後ろに太刀が深々と突き立てられた。

 首の骨まで到達した左の太刀は、その切っ先を骨と骨の間に侵入する。脊髄を、神経を切断した凶刃にブラドの体がぐらりと揺れた。その隙を突いて、契は空いた左手で懐のM686を抜き、後頭部に七発の銃弾を撃ち込んだ。

 肉を切って骨も断つ。伊賀流忍術『瞬』……それを殺人の方向に改悪した技でブラドの首の付け根を跨ぐようにして肩に乗るように移動し、的確な殺しの技術を持って契はブラドの命を奪ったのだ。

 体勢を崩してよろけたブラドの体から飛び降りて距離を置く。弾切れを起こしたM686の銃弾を詰め替える。

 空薬莢を放り捨てた音とは別に、同じ数だけ大理石の床に金属が落ちる音が鳴る。ブラドの脳死を引き起こした七発の銃弾が体内からその道筋を辿って排出されて落ちた音だ。的確に命を奪われたブラドが、再び動き出す。

(喋る余裕も無い、か……まあ、無理な話よね)

 その二人の戦い――否、事実としてブラドを一方的に契が殺しているだけなのだが――を見て、白衣の女性は傍観者の、第三者の立場で考察する。

 既に彼らが激突を始めてから数十分は経っている。最初の内は余裕を見せて喋り、笑っていた“竜悴公”は今や何かを言おうともしない。

 いや、言おうともしないというのには語弊がある。より正確には言おうとしても言えないのだ。

 何かを言おうとすればその隙を突いて殺される。何かを言わなくても殺される……言葉を発するという行為によって生まれる隙が無くとも殺されてしまう立場にある以上、そういった余裕はどこにも生まれない。生まれ得ない。

 今の契は“殺人欲求”の一部を開放している。目の前の存在、ブラドを殺すという点に関してのみ、その殺意を刃に、銃弾に乗せ変えてぶつけるのだ。

 ブラドの左胸、心臓に契の太刀が突き刺さった。ブラドが今日何度目かもわからない絶命をする。直後に太刀が作りだした刺し傷はビデオのスロー逆再生をするかのように傷口が塞がり心臓は鼓動を再開する。

 数秒にも満たないその間の出来事。生物の常識ではありえない事実に、しかし契は驚く様子も見せない。元々感情を表情に出すことの少ない彼なのだから、それは当たり前と言えることだけれど。

 ブラドが羽虫を潰すかのように剛腕を振るう。常人なら避けることなどできないそれを、しかし契は『瞬』でそれを回避し、手首からそれを切断した。

 その時、ブラドの口から腹に鉄球を落とすような声が聖堂に響く。衝撃波ともとれる轟音に契が身を低くした。

 手首のある方の剛腕が空を引き裂いた。リーチの長い巨大な腕が契を襲う。先ほどの轟声に耐えるべく体勢を低くして防御の構えを取っていた契はこれを避けることはできなかった。

 戦局が動く。ただ一方的な殺戮から、はじめて反撃の狼煙を上げたブラドの攻撃は契を数メートル先の聖堂の壁まで砲弾のように吹き飛ばした。

 聖堂の壁に砲弾(ちぎり)が着弾した。壁に亀裂が走り、粉塵が上がる。

「ゲゥ、バハハハハハハハ!!」

 ブラドが大声を上げて笑った。

下等種族(ニンゲン)にしてはよくやったと褒めてやろう!だがこの俺、“竜悴公”ブラドを討ち破るには至らなかったようだな!」

 オオカミのような裂けた口を大きく開き、大声を出して嘲笑う。

 そもそも、何度殺そうと自分を倒すことなど魔臓を全てほぼ同時というタイミングで壊す必要がある。そんなことを目の前の人間一人にできるはずがないし、そもそも魔臓の四か所目を、彼は知らない。

 彼に勝利条件など無い。ただ消耗戦をしているだけなのだ。

 しかし、その根拠のある嘲笑()みは、目の前の光景に干上がった。

 着弾によって砕かれた聖堂の粉塵の煙の中から、立ち上がる一つの人影に、干上がざるを得なかった。

「……っ!」

「脇腹に甚大なダメージ……肋骨も数本折れたか……。でも問題ない。最後の魔臓の位置は確認した」

 契は刀身が真っ二つになった太刀を一瞥する。ヒビが入り、刀として機能しなくなったそれを契は放り捨てた。

「バハハハハ、武器を捨てたか……どういうつもりだ?」

 契の行動を不気味に思い、ブラドは震える声で問う。

「……使えなくなった。手元にあっても邪魔な物は捨てるのが当たり前だろ?」

 契はそう言って、両腰の鞘も外して放り捨てる。軽い音を鳴らし、聖堂に転がっていく鞘を名残惜しそうに目で追うことも無く、ただ機械的に捨てた。

「それに、あれがなくなった所で問題はない」

 契は懐に手を入れると、そこからジェリコとM686を抜き、ブラドに向ける。

 その次の瞬間には銃声が幾重にも重なって聖堂に木霊した。右手のジェリコの16+1発、左手のM686の7発、合計24発の銃弾がブラドに殺到した。

 ブラドが顔を守るように腕を交差して防御の体勢を取る。両腕や腹部に着弾する。

 ブラドはその銃撃を耐える。元々致命傷にはなりえないし、そもそも湯水の如く撃っていては弾切れを起こすことは必至だ。そうなればリロードするだろう。その隙に襲いかかれば何の問題も無いのだ。

 銃声が止んだ。弾切れだ。

「ゲバゲバゲバ!!」

 人間には到底出すことのできない笑い声を上げて、遅いかかるべく行動を起こす。

 しかし、そうはならかった。さらなる銃弾がブラドを襲ったのだ。

「な、に……?」

 銃弾を使い切り、弾切れを起こしたジェリコとM686を、契は使い捨てるように手放していた。聖堂の床にジェリコとM686が落ちている。そして契は、その二つとは別の銃口をブラドに向けていた。

 『ワルサーPPK』及び『コルト・コブラ』の二丁拳銃。

「……言ってなかったけど、見ての通り俺は暗器使いだ。体中に武器を隠してる。折れた刀もジェリコもM686も武器の一種類でしかないから。もちろん、PPKもコブラも切り捨てて何の問題も無い」

 PPKとコブラを手放し、それが落ちた時には別の銃を構えていた。『H&K P7』と『S&W M60』(チーフスペシャル)だ。

 銃声が鳴った。ブラドの目が潰れる。

「グギバァァァァァ!!!」

 生物としての急所に突き刺さったことで、ブラドが初めて絶叫した。もちろん魔臓の力で銃弾は来た道を逆らって再生を始める。

 しかし再生をして視力を取り戻したブラドが見たのは、すぐ目の前で右手に忍刀を逆手に持った契の姿だった。

「なにをっ――!」

 ブラドが言い終わる前に契はブラドの体を駆け上がり、そのまま忍刀をブラドの下顎から力任せに突き刺した。

 下顎から上顎まで一気に貫通する忍刀。刺し傷から流れてくる血を浴びながら、しかし契は殺し(こうげき)の手を緩めない。

 何かが引き抜かれる音がした。手榴弾のピンを、契が噛んで抜いた音だった。

 それをそのままブラドの右胸に投げる。手榴弾はその破片を撒き散らし、ブラドの右肩と右脇腹、魔臓のある二つの目玉模様をまとめて吹き飛ばした。

「――――ッッッ!!」

 絶叫するも、忍刀によって縫い合わせられた口は開かない。結果的にくぐもったそれに構う様子など見せず、契はそのまま左肩の目玉模様に腕を伸ばした。

 伸ばされた腕の袖口から短剣が顔を覗かせた。取り出した短剣、その柄の低辺を掌に当ててそれをそのまま左肩の目玉模様に突き刺す。

 じゅぶり、と肉を刺す音がした。その瞬間、全ての時が止まったような感覚に襲われた。

 ブラドの動きが止まった。より正確には、右胸ごと吹き飛ばされた右脇腹と右肩の再生が止まっていたのだ。

「ガァ……」

 ブラドの呻き声。契は忍刀を引き抜くとそのままブラドから離れる。

 ぐらりと巨体が傾いだ。右腕のない巨体は轟音を立てて聖堂に倒れる。

 地面が揺れる。倒れた拍子に開いた口、その中に伸びる舌に、それはあった。

 第四の目玉模様。ブラドの弱点である四つの魔臓の内、唯一場所がわからなかった最後の弱点。

 それは、契によって的確に破壊されていたのだ。

「あら、残念だったわね“無限罪”」

 倒れ伏したブラドに、傍観者を決め込んでいた白衣の女性はやる気の無さそうな声でそう言った。

「教授の書いた脚本通りの展開ね。やっぱり、あなたじゃその運命を変えることはできなかった」

 白衣の女性はそう言うと、契の方を向く。

「契くん、お疲れ様。今日はたっぷりと休んで頂戴な……と、言いたいところだけど、たぶん理子ちゃんがあなたの帰りを待っているだろうから、シャワーを浴びてあの子の所に行ってあげて欲しいのだけど、大丈夫かしら?」

「問題ありません。大丈夫です」

 即答する契に、白衣の女性は微笑んで、

「じゃあ、お願いするわ。汐織ちゃんと待っているだろうから、早く安心させてあげてね」

 こくり、と小さく頷いて、契は踵を返した。そしてその姿が一瞬ぶれるとそこに既に契の姿はなく、視認できない誰かによって聖堂の入口の扉が開けられて、その反動で再び閉まった。

 

 

 

 

 

 ボストーク号で俗称として『女子寮』と呼ばれている居住区の、同僚である天草 汐織の部屋を訪ねてノックしてから入る。

すると扉を開けた瞬間、理子が腹部に突撃してきた。

 折れている数本の肋骨に鈍い痛みが走る。圧倒的な勝利を収めたとはいえ、契も無傷では無い。理子に少し離れるように口を開こうとして……気付いた。

 

 理子の体がぶるぶると小さく震えている。

 

 理子にとって、ブラドは大きなトラウマだ。何年も暗い牢屋に閉じ込めて、満足な衣食を与えられずリュパン5世を生むための器としてのみ生きながらえさせられた、最悪の相手だ。

 そんな存在と契が、命の恩人で自分が今現在一番安心して接することのできる相手が殺し合ったのだ。

どんな気持ちだっただろう。少なくとも契には到底理解することのできない気持ちだったのは明らかだ。

 人間は殺されれば死んでしまう。対して吸血鬼は殺されても死なない。結果的に契にとって“殺人欲求”を開放して良い有利な理由となったその事柄も、理子にとっては心の重圧にしかならないのだ。

 契は無言で理子の頭に手を置いた。凝固し始めている、ブラドの血。不器用で不格好に、慣れない手つきで理子の頭を優しく撫でる。

 人を殺すことのみを生きる意味としていた契にとって、それは専門外にも程がある行為だ。他人とこのようなやり取りなどしたことはない。それこそ、下手に加減を間違えれば理子の小さい頭は一瞬で壊してしまうだろう。

 でも、契はそれをやめなかった。細心の注意を払い、はじめて他人と離す幼子のようなたどたどしさで、それこそ簡単にやめることのできる事を、理子のためにやめようとは思わなかった。

「ぐすっ……」

 理子は鼻をすする。目から零れおちる雫は頬に痕を残して落ちて行く。汐織が用意した子供服や長い金髪が血で汚れるのも厭わない様子で、契の服を握りしめる。

 兄が妹にするように、理子の小さな体に手を回して抱きしめる。何かを言える程、契に人間らしさはない。だから無言でしかめっ面のまま、理子が泣き止むまで待つことにした。

 この部屋の主である汐織もそれがわかっているようで、それを止めさせようとはしない。

 隷示と共に数少ない自分の理解者である彼女には頭が上がらないなと思いつつ、契はそのまま理子の体を静かに優しく抱き包んでいた。

 

 

 

 

 

 理子は泣き疲れて眠ってしまった。汐織の部屋のベッドに布団を掛けて寝かそうとすると、その手は契の血だらけの服を決して離さんとばかりに握りしめていた。

「えらく懐かれたものね、本当」

 やれやれといった様子で、汐織はそう言った。皮肉のように聞こえるかもしれないが、汐織にそのような様子は微塵にもない。呆れた様子でもあるが、彼女は契に人間としての教育を施す一端を担った一人でもある。

「……ああ、俺もそう思う」

 対し、契はやはりというか慣れない様子だ。やはり子供に懐かれる……というか子供と接するという機会自体が皆無であった契にとって、理子のように接されるのは経験が無いのだ。

「じゃあ、少しは否定できるようにしなさい。ただでさえ貴方はしかめっ面の無愛想人間なのだから、少しは人と接する機会を多くつくらないといけないわよ」

「……わかっている」

 険しい表情を崩さないまま、眉間に皺を寄せた契はそう返答した。への字に曲がっている口を小さく開いてぼそっとした声で言った。大方、そうならなければならない図星の痛い所を突かれたのにムッとしたのだろう。

 黙殺されないだけマシか……と、汐織は心の中で呟き、

「それじゃあ、理子ちゃんは貴方に返すわ。生憎血まみれの様子を悪いけど、その手を無理矢理解こうとするほど、私は勝手では無いのだからね」

「ああ……理子のこと助かった」

 いつもの無愛想な表情で堅苦しくそう言うと、契は汐織の部屋のドアノブに手をかけて捻って開ける。

「ええ。……そういえば土御門さんから明日話があるとか言ってたけど、理子ちゃんはどうするの?なんでも“無限罪”絡みらしいし」

「理子にも話を聞かせようと思う。ブラドの事は理子には関係無しにできないことだ」

 そう、と汐織が言うと、今度こそ本当に契は汐織の部屋を出た。

「…………ありがとう」

 最後に羽虫の羽音のような大きさでそう言ったのを汐織は聞き逃さなかった。

「まったく、やればできるじゃない」

 歳は一つしか違わないが、契の成長を汐織は姉のようにそう思った。

 

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