【結果報告】
結論から言えば、今回の計画は成功に終わった。
“
“無限罪”ブラドはリュパン4世……峰 理子に一種の価値を見出しているらしく、彼女がイ・ウーの構成員となった今、彼を
“竜悴公姫”ヒルダは“鬼策”鬼蔵 隷示によって拘束はしたものの、彼女個人を構成員に加えることに対するメリットとデメリットを比較したところ、デメリットの方が目だった為開放することで相成った。
作戦の中心となった構成員、“殺人機”契と“鬼策”鬼蔵 隷示の二人に関しては今回の件もあってかより己の鍛錬を欠かさないようになっている。
“殺人機”契の方は“無限罪”ブラドとの戦いで己の“殺人欲求”の改善……否、改悪すべき点をいくつか見つけたようで、暗器術に磨きを掛けている。
“鬼策”鬼蔵 隷示は今まで通りに体術の鍛錬、及び『SLEC』を活かす方法を模索している模様。
峰 理子に関しては今後も“殺人機”契、“鬼策”鬼蔵 隷示、“万化教”天草 汐織らの上役“式神使い”土御門 蓮華に一任することで方針は決定された。
以上の事柄により、緋色の研究の感性は再び一歩近づいた。“条理予知”によって観測されている全ての事象により、今後懸念されるのは土御門 蓮華の元にいる“殺人機”“鬼策”“万化教”の三人の行動である。
この三名の動向は今後も最善の注意を払う必要があると思われる。
以上にて、報告を終了する。
手元の結果報告の書類を軽く読んで、土御門 蓮華は嘆息した。
「これで満足というわけですね?」
「その通り。僕としても彼を味方に引き込むことができたのは、今回の被害を差し引いてもお釣りがくるほどの収穫だよ」
鷲鼻に角ばった顎、黒い髪をオールバックにした現イ・ウーリーダー“教授”は、
「今回の件で『緋色の研究』はさらにフェイズが進んだ。これを喜ばずして、何をするというのだね、土御門君」
緋弾。“教授”の緋色の研究による最終到達地点のキーパーソン。
“教授”も何も理由なくイ・ウーのリーダーをしているわけではない。彼も彼個人としてのある目的があり、そのある目的を果たすための方法としてこのイ・ウー唯一無二の支配者として君臨している。
それが『緋色の研究』。“教授”が“教授”個人として果たさなければならない彼の目的。
土御門 蓮華は知っている。この緋色の研究のために、峰 理子という囚われの身だった少女は契によって救われ、ブラドという吸血鬼は“殺人機”によってねじ伏せられたことを。
「やはり、あなたは随分と自分勝手なのですね」
「そうだね、僕もそう思うよ」
呆れた皮肉に呆れた笑みで返される。
“教授”には“条理予知”というチカラがある。チカラがある、という表現はなんとなく超能力を連想させるが、しかし事実としてそれは超能力ではない。
“教授”の的外れな推理力、それが人間としての限界を超えるまでに磨き上げられ、そして予知が現在過去未来、全ての時間の方向へと伸びて行った本来ならばありえないはずのチカラ。
人間を超えた者。即ち『超人』である“教授”が超人育成機関のなれの果てたるイ・ウーの支配者になるのも、考えてみれば当然のことかもしれない。
「そうですね。緋色の研究以外についてはイ・ウーの構成員の育成に集中しているあなたにそれを喜ぶなと言うのも酷な話かもしれませんね」
蓮華は長椅子の無い聖堂を、少し不便だとか思いつつ“教授”に言う。
事実として、“教授”は『緋色の研究』が直接に絡む時以外は構成員の育成を行なっている。余裕に満ちた表情でバリツと呼ばれる戦闘術を直接指導することも多々あり、彼の人柄はまさに理想的なリーダーという色が非情に強い。
しかし、それは同時に彼が『緋色の研究』のステップを進める上で必要な人員を揃えているという見方もできるのだ。それこそまるで揚足を取るようなことで、言い方を少し工夫するだけでなんと言うこともできるのだ。
別に彼のやり方を否定するわけではない。そう、“教授”のやっていることはそれこそ等価交換と何ら変わりないことだ。
“教授”にもメリットがあり、そのメリットと同価のメリットを育成側は得る。そこに何の不十分もない。
だから、それを正しく理解したうえであえて、蓮華は質問する。
「あなたほどの腕と頭脳ならば、“無限罪”ブラドを一瞬で沈めることができた……いえ、彼を互いに無傷の状態でイ・ウーに引きこむことも可能だったはずです。でもあなたは、峰 理子という一人の少女を“無限罪”の元から奪い取り、ここにおびき寄せて、そして契くんに倒させた」
「……」
“教授”は黙って彼女の言葉に耳を傾けている。その目は意味深な彼女の様子を見て笑っているようだ。
「率直に訊きます。あなたが峰 理子……
そもそもの前提がおかしかった。なぜ『リュパン4世』というブラドのコレクションの一級品をわざわざ盗み、ボストーク号まで呼び寄せて契と
それを理解していけばこの結果に繋がる。ただ単純に、契が先ほどの書類で言う『駒』として順当に育ってきているかを確認するための、するためだけの演劇に過ぎなかったのだ。
蓮華が導きだした一つの答え。的を射たその答えを、しかし“教授”は完全に肯定せず、同時に完全に否定しなかった。
「君の着眼点は素晴らしいね。しかしそれは半分正解で半分不正解だと言っておこう。なにも、契君の“伊賀の里”を
“教授”は右手の人差指を立てて、
「一つ目は、契君のパートナーだ。隷示君や汐織君と共に行動する事が多いとはいえ、彼は自分と同等以下の相手とチームを組んだ経験は無い。そして何よりも、彼は
黙って聞く蓮華の様子を見て、そして中指を立てて言う。
「二つ目は――――」
教授の言葉が聖堂に響く。それを聞いた蓮華の様子が豹変した。
「……私のあなたへの評価を少し改めなければなりませんね、“教授”」
忌々しそうな口ぶりで、蓮華は言う。
「そんな方法は、ただの茨の道。“無限罪”をイ・ウーに置いたのもそのためですか」
「その通りだ」
短く帰って来た答えに、蓮華はしばしの歯噛みをする。
わかっていた。わかりきっていた。目の前の策略家は、一挙一動全てを計画として利用するかのような人間だ。
ならばおかしくはない。おかしいはずもない。他人にはできない『それ』を彼はたやすく行なってしまう。
彼がやると決めたことは、最早運命のようなモノだ。一枚岩ではないイ・ウーの構成員が全員結託し、彼の言った事象に全力で抗っても、それを変えることなど逆立ちをしても無理だろう。
土御門 蓮華は諦めている。“教授”に逆らうことならまだしも、彼の
土御門 蓮華は諦めている。“教授”はこの地球上のどこの誰よりも賢く強い。彼に勝つことなど、六年後に来ると自分で“条理予知”した彼の死に際にもあるかどうか怪しいところだ。
土御門 蓮華は諦めている。“教授”の下に就いた時に、彼への反抗は何の意味も為さないことを知っている。
だから土御門 蓮華はこう言うしかない。
「流石ですね。私にはあなたが悪魔のように見えますよ“教授”……いえ、ここはこう言った方が良いのでしょうかね――」
この世界で知らない者は誰もいないとされる、英雄とまで言われた一人名を呼ぶ。世紀の名探偵と呼ばれた、その名を。
「――シャーロック・ホームズさん?」
秘密結社イ・ウーのリーダー、“教授”シャーロック・ホームズは不敵に笑った。
翌日には二人の吸血鬼による襲撃など、誰の記憶にもないような、そんな雰囲気にボストーク号の艦内は包まれていた。
それもそのはず。秘密結社イ・ウーのメンバーは揃いも揃って異端者だらけだ。武偵高では私的な銃撃戦などが日常茶飯事だと聞くが、イ・ウーの場合銃撃戦などの範疇には留まらない。
今こそイ・ウーの絶対権力者である教授によって禁止されているものの、その昔はメンバー間での殺し合いなどが当たり前で一週間に十人の死人が出たこともあるとか。最も、そんな事実など一部の物好きがデータとして知っているのみであり、実際にその頃にいた人物など一握りにも満たないのだが……つまり何を言いたいのかと言うと、たった一つの
「見たか?」
「ああ、見た。マジかよ……」
……ただ、騒ぎ立てることの無いのが
今現在の具体例をあげてみれば、例えば人の心無しと言われて一種の畏怖の念としてイ・ウーの中に存在した“殺人機”が、一人の少女をまるで実の妹のように世話していることだ。
「……米粒ついてるぞ。もっと落ちついて食べろ。別に誰も奪いはしない」
“殺人機”契が仏頂面で右隣に座っている理子の口元についていた米粒を指の先でひょいと取る。その米粒をそのまま自分の口に入れるのはどことなく彼女を特別に扱っているからかもしれないが、しかしその自覚が彼にあるかどうかと言えば当然ないだろう、というのは真正面に座っている隷示と汐織の共通意見だ。
その言葉に実の妹のような理子は無言で頷くのみだ。汐織の見立てではすぐに元気になるだろう。聞けばジャンヌと同い年と言うし、二人を引き合わせるのも良いかもしれない、と少しばかり姉ぶってみてみたりもする。
「で、結局その“竜悴公姫”はそのまま開放したってワケ?」
「ああ、なんでもあの高慢ちきを捕縛したり仲間にしても大したメリットがないんだとさ。逃がすために拘束具外した瞬間に尻尾を巻いて一目散に逃げ出してよ。一矢報いたつもりなのか電撃浴びせられたけど特に意味は無かったし」
「私は貴方のその体質の方が気になるわ」
「生まれ持っちまったもんだ、しかたあるないだろ?」
当事者として二人の吸血鬼について議論をしている隷示と汐織。話こそ真面目な物だが目の前で繰り広げられている子育てパパのような姿の契からはついつい目が離せない。
つい今、理子が盛大に麦茶を零した。汐織が容易した簡素な白いワンピースが麦茶の茶色に染まる。
慌てた様子でそれを拭く契は持ち前の仏頂面を少しばかり困った顔をしている。
「……できるだけ、私たちでもこの子
「そう、だな」
この子たち……隷示と汐織が指し示しているのは理子はもちろん契のことでもあった。
ついさっき目の前の契と理子も含め、四人は自分らの上役である土御門 蓮華よりある事を聞かされた。
即ち、“竜悴公”または“無限罪”ブラドのイ・ウーへの入団を。
それを知った時の理子の顔は恐怖に歪んでいた。そしてそれを止めたのはやはり契であった。
理子といると、契は少しばかりか笑顔になる。それを隷示に行ってみた所、同感の言葉を返された。
きっと、契は理子と一緒に居れば……。
自分たちでも成し遂げることのできなかった一枚の壁を砕く要因となってくれるかもしれない。その期待と希望を込めて、隷示と汐織は彼らを見守り、そして時に手助けすることを決めた。
全ては二人の幸せのために。
自分たちと違い、自らの意思と関係なく闇に生きていかざるを得ない彼らへの、せめてもの救いのために。