緋弾のアリア-秘密結社の殺人機-   作:ちーたら

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第12弾:契と理子-Chigiri and Riko-

 物事はそうそううまくいかないものだと、契は身を持って体験した。

「……ここも、か」

 契は京都の観光マップに赤いボールペンで印を点けながら、今日回った所を一つ一つ確認して塗りつぶす。改めて見れば、観光マップは撃墜マークのような赤いインクが少しずつ浸食していた。

 ハンバーガーショップでの会議から二週間が経過した。その期間、毎日一度もサボることなく行なっていた妖刀“村正”の所在調査にこれといった進展は無い。怪しい社寺を初日の宣言通りに虱潰しに探してみたはいい物の未だに手掛かりはゼロだ。なにぶん、京都も京都で随分と広く、旅館に帰る事や調査をする時間などを含めると一日に数ヶ所しか回れないのだから時間はかかるのを覚悟はしていた。だが、“村正”の『む』の字どころか『む』の『M』も見当たらないというのは、さすがの契でも少し堪えてくる。

 金閣寺こと鹿苑寺、銀閣寺こと慈照寺、清水の舞台で有名な清水寺、庭園で有名な龍安寺、霊亀山の天龍寺、苔寺で知られる西芳寺、十円硬貨に刻まれた鳳凰堂でおなじみの平等院、挙句の果てには武器の貯蔵が少しあるという話を聞いて、二条城など……とりあえず怪しい個所は社寺ではなくともダメ元で片っ端から当たってはみたものの、やはりというか空振りで終わった。

 そっと部屋の中を見渡す。この旅館に滞在して既に二週間も経ってはいるが、未だにこの空間に慣れることはできない。二人用の部屋のはずなのだがやけに広く感じ、普段小部屋とも形容できてしまう自室で過ごしている契には随分と居心地が悪い。

 別段、ここが悪いということでもないのだけれど、契の生活空間は過去も現在もかなり特殊だった故か、こういった『人を泊めることを前提にために作られた部屋』で寝起きするというのは彼の生き方的には割に合わないのだ。それこそ、理子がいなければ契は野宿でもしていたかもしれない。

 その件の理子の方は、この広い空間に大はしゃぎで今も旅館の温泉に入浴しに行っている。年齢的には小学生である彼女はこの素敵空間だけでなくこの旅館自体が気に入った様子で、二週間経っても飽きもせずに未だに朝起きて夜寝るここで楽しんでいる様子だ。

 どうやら彼女は今回の仕事を完全に観光と割り切っているようで、自重と言う物をする気配が無い。最初の内はどうにかしようとした契ではあるけれど、三日目くらいからか、既に諦めモードに入っていた。

 金閣寺がきらきらだった、銀閣寺はぎらぎらしてなかった、などと国際通話できる携帯電話でボストーク号にいる(であろう)ジャンヌや汐織に報告している姿を最近よく目にする。

 契の個人的な意見としてはもう少し緊張感を持ってほしいのだが、“無限罪”ブラドに監禁されていてこういった娯楽の経験の少ない(であろう)彼女にそれを要求するのは野暮な話かもしれない、とこの数日は考えるようになっていた。案外、契は身内に甘いのだ。

 最悪の場合は自分がなんとかしようと思うのは別に悪いことではないだろう。もちろん、そんな思考は自分には似合わないと自覚はしている。

 と、頃合いを見計らうかのように携帯に通話がかかってきた。契にはドコモだかソフトバンクだかという、携帯を始めとして電子機器の種類やら何やらにこだわりはない。強いて言えば使いやすいやつが良いというくらいで、必要最低限の機能さえあればよかったという理由で入手した携帯ストラップすら付いていない、高齢者など機会の扱いに疎い人に好まれる操作が簡単なタイプの二つ折りの携帯を置きっぱなしにしていたテーブルの上から掴みあげると、着信画面に並んで列挙された電話番号と名前を確認して通話ボタンを押す。

「……なんだ、隷示。定時報告には少し時間が早い気がするが?」

『なんだよつれねーな契ぃ。定時報告でなきゃ俺が電話かけちゃいけねぇって理由もねぇはずだが、そこんとこをもう少しお前と話し合ってみたいかもしれねぇな』

 鬱陶しそうに、そして事実として鬱陶しく思いながら電話口に出た契の皮肉は、そんな苦笑交じりの言葉で切り替えされた。

「別に電話をかけるのはいけないとは言っていないが、理由も無いのにかけるというのもそれはそれでおかしいのではないか?」

『あー、相変わらず頭がカッチカチだなお前は。そりゃ携帯電話っつーもんは用事がある時にどこでも連絡を取るために作られたもんで用も無く使うためのもんじゃねぇけどよぉ、だからってせっかくあるんだから使わない手はねーだろ』

 ケラケラと軽い様子で隷示は言葉を続ける。

『それに正直なところ、俺はお前が上手くやれてるか少し不安だ。こー見えても、俺って結構心配性よ?』

 少し、ほんの少しだが契は笑みをこぼした。自分の事を心配してくれる仲間、というのはなかなかに良い物だと苦笑する。普段は空気を読む気配など無い隷示がこうやって契のことを心配して電話をかけてきたことに、少し感動を覚えた。

 ……覚えたのだが。

『あー、マジで心配だわ。そりゃもう、理子と一緒に同じ部屋で寝泊まりとか契の理性が崩壊しないかスッゲェ心配だわ~』

「……」

『だってさぁ、汐織を酔わせて聞いて裏付けとったんだけど、理子って小学生の年齢でちびのくせにやけに発育いいじゃん、主に胸部あたりがさぁ。そんな将来有望で地味~に色気出し始めているであろう理子と一つ部屋の中で、しかも初めての旅行でテンション上がってる契ならその解放感でこう、しゅっと疑似兄妹から一気に男女の仲まで行っちまうんじゃないかって――』

 前言撤回だ。ついさっきまで軽い感動を覚えていた自分を殺したい。未だにぺちゃくちゃとくだらない妄想を氾濫させている電話口の向こうの金髪グラサン野郎のニヤニヤ顔が嫌でも脳裏に浮かび上がる。

「……隷示」

『――で、そこで契はそっと理子の浴衣を……ん、どうした契?もしかして俺の華麗なる妄想(すいり)はもしかしなくても大正解だったりするワケ?』

「覚悟はできているな?」

『――っ!?』

 スピーカーの向こう側で最大限の殺気を込めた言刃(ことば)がさっくり刺さったらしい。隷示が息を呑む様子が実にわかりやすくこちらにまで伝わってくる。

『ア……アハハハ、モチロンジョウダンニキマッテルジャイカー』

「なら、こっちも冗談だ」

『……いや、ちっとした悪戯心だったんだって……ほんとマジでやめてくれよ今のお前の殺気とかかなりガチだったぞ冗談には聞こえなかったけどなー隷示お兄さんちょっと軽くトラウマ覚えてるよちょっとそこんとこはっきりさせてよいやほんとお願いします嘘だってもっと信じられる口調で言って下さいこのままじゃ不眠症になっちまうぜ俺!?』

 三歳も自分より年上のはずの大男の、年上の威厳などあったものではない情けないマシンガントークばりの大音声での泣きごとに、少し耳を押さえる。下手をすれば一番騒がしい時の理子よりうるさいかもしれない隷示の焦った声に契は呆れた様子で言葉を返す。

「なら、このことは汐織と理子に判断を任せることにする」

『え、ちょっと理子はともかく汐織にだけはほんと勘弁を……理子の胸囲的な話を聞きだした時にしこたま酒飲まして未成年だのなんだの三時間近く説教くらったんだぞ俺今度こそもう命ないのと同じじゃね!?』

「自業自得だ」

 あー、待ってやめていぃぃぃやぁぁぁ……と、大の男が気色悪い悲鳴を上げた所で通話を切る。なんだかこれ以上話していても時間の無駄になるのではないかと思ったのだ。

 あの金髪グラサン野郎は真面目な時は生真面目に見える程真面目なのだが、真面目で無い時はとことん真面目では無くなる。ようするにふざけまくっているという意味なのだが、そのくせふざけながらも物事の確信を突いたりしてくるのでそこの所はよくわからない。

 端的に言って、隷示の考えていることが理解できるかと聞かれればそれは当然否であった。

(何を言ってるんだか……)

 そう思いながら、ジェリコやM686を始めとした拳銃類の手入れをする。“暗器術”の暗器として多数の拳銃を隠し持つ契の武器の手入れはそれなりに時間がかかる。武偵制度の導入により旅館などにも武器の持ち込みが可能な今の世の中、旅館の部屋で武器の手入れをすることなどよくあることだ。中には一つの部屋に一つの手入れ用のセットを置いている所もあるというのだから、時代の流れというものは不可思議な物だ。

 特にそういった物を置いているわけでもないこの旅館で、契は荷物(とは言っても必要最低限の着替えと暗器の手入れ道具しかないので一般的な大きさのバッグだ)として持ってきた手入れ道具で数多の拳銃を磨いていく。分解して一つ一つの部品に丁寧な手つきで手を加え、そしてそれを元の銃の形に組み直す。

 こういった黙々とした単純作業をしていると、仕事が進まないことによる後ろ向きな気分も少しは晴れてくる。

 どうも昔から契にとって暗器の手入れは気分転換の一つである気もする。それも習慣となった趣味、といった感じだろうか。生憎とその判断基準を契は知らないのでなんとも言うことができないが、隷示や汐織からはそんな感じに言われているのでそうなのだろう。

 銃の手入れが終わると、次は刀剣類の手入れを始める。刃が反らずに真直ぐな忍刀、世間一般的にはダガーと呼ばれる短剣。双方にそれぞれの役割を持つ刀剣の暗器を磨き、並べていく。

 忍刀、短剣、そして太刀。刀剣類の手入れを終えた丁度その時、まるでその瞬間が来るのを待っていたかのようなタイミングでドタドタと廊下を駆ける足音が聞えて来た。

 それぞれの鞘に刀剣類を収めていると、乱暴に……というよりは興奮した様子で部屋の入口のドアを開け放ちながら、理子が突入してきた。

「ねぇねぇちぎりん、見て見てこれ!」

 とても嬉しそうな声色で、抱えるようにして持っていたそれら(・・・)を契の目の前に差しだしてくる。

 理子の手の中にあったのは、布で作られているストラップのような物だった。見た感じではよく神社などに売っているお守りのような物で、そこらに売っている物とは少し違う気もした。

「なんかねぇ、ニシジンオリ?っていうのを気楽に手にとってもらえるようにっていう新しいお土産の試作品なんだって。なんか偶然手に入ったからって女将さんがくれたんだ~」

 どうしたんだそれ、と契が訊く前に理子が自慢げに言った。

「そうか……」

 契も詳しくは知らないが、西陣織は着物などによく使われる京都の伝統工芸品の一つだったはずだ。

 正直、西陣織とそれ以外がどのように違うのかはわからない。が、イメージとしては西陣織の着物とそれ以外の着物では格が違うといった気もする。俗世から離れまくっていた契でそうなのだから、きっと一般人などはもっとそうなのだろう。

「でねでねちぎりん、そんなわけだから携帯貸して」

 どういうわけだ、と訊き返す前にさっき隷示との通話の後にテーブルの上に無造作に放っておいた携帯を置き引きするかのような手つきでその手で引っ掴む。そしてどういうわけか、契に背を向けるとなにかごそごそとし始めた。

「なにをしているんだ?」

 疑問をそのまま口に出すと、理子は「ちょっと待ってて」と明確な返答をせずに手を動かし続ける。

 自分だけしか知らない暗証番号を設定しているし、万が一見られてもまずいデータが入っているわけでもないので契も理子から携帯を取り上げようとはしない。

 なので理子が帰ってくる前までやっていた刀剣類の後片付けを再開する。一つ一つ丁寧に鞘に納めていると、

「できたー♪」

 奇行(?)を繰り広げていた理子が達成感溢れる様子でそんなことを言った……というか叫んだ。

「で、なにができたのだ?」

「ふっふーん、知りたい?どうしよっかな~」

 もったいつけるように口を猫のようにニヤつかせる。どこか隷示に少し似ているのはきっと気のせいではないだろう。少なからず、彼の影響も理子は受けているのだ。

「言わないのなら、携帯を返して欲しいのだが?」

「あーもう、ちぎりんはほんとにノリが悪いんだから~」

 ぶー、と三の口で文句を言いつつ、理子は後ろ手に隠していた契の携帯電話を契に差し出し、それと同時にもう片方の手で自分の携帯を見せびらかすように取りだした。

「じゃーん!」

 右手に持っていたのは契の携帯。左手に持っていたのは理子の携帯。飾り気の無い契のシンプルすぎる物と違って理子の携帯は飾り気たっぷりのピンク色の携帯で、色々と理子本人によって飾られている。

 もちろんのこと全く共通する個所など無い……いや、この場合『無かった』というのが正しいのだろう。

「えへへ、なんとりこりんとお揃いだよ!」

 白い並びの良い歯を見せて笑う。契の数分前まで飾り気の皆無だった携帯は、西陣織の携帯ストラップが付いていた。

「そうか」

 短く返して、理子の手から自分の携帯を拾い上げるようにして取る。揺れる青系色の携帯ストラップに、少し目を細めた。

「……色違い、か」

「うん、そうだよ」

 理子の携帯にぶら下がっている赤系色の携帯ストラップを見やる。ピンク色によく合う色だ、と率直な感想を抱いた。

「でもよかったのか?折角貰ったのだから、両方とも付ければよかったろうに」

「ぶー、ちぎりんわかってなーい。ピンクに青なんて全然合わないよ~」

「そうなのか?」

 にらめっこするかのように携帯ストラップを見ている契の相も変わらない仏頂面に少し苦笑する。

 苦笑したのに気付いたらしい契は、

「……どうかしたのか?」

「なんでもなーい♪それよりそれ大事にしてよ?なんかレアっぽいし」

 きっと仏頂面で「ああ」とでも言うのだろうと思いつつ言う。

「もちろんだ。折角理子に貰ったのだからな、大事にしないわけがないだろう?」

 そして、ぽんと理子の頭に手を置いた。

「ほえ?」

 思わず呆けた声を出してしまう。返事をした時の契の表情に、驚いたのだ。

 ……笑顔だった。

 いつも眉間に皺が寄っているほどの仏頂面の契とは思えないその表情。未だに少し固いが、しかし仏頂面とは全く違う顔。二年間も一緒にいて、見ることのなかったその表情に驚かないわけがない。

「……?」

 今度こそ断言できる程の理子の奇行に、契は頭の上に疑問符を浮かべる。どうやら、『自分』の変化に気付いてないようだ。

「大丈夫か?そういえば随分と長い間風呂に行っていたが、のぼせでもしたのか?」

 実際は風呂上がりからは結構時間が経っているのでそれはない。というか、そもそも理子はのぼせてもないのだが、彼にはそういった考えは無いようだ。

「え……あ、うん。大丈夫」

「そうか、なら良いのだが」

 既にいつもの仏頂面に戻った契は携帯をテーブルの自分に一番近い場所に置くと、再び刀剣類の後片付けに入る。

 理子は自分の頬をそっと撫でる。少し熱い。

 暑さではないだろう。なら、これはなんなのだろうか……。

 もやもやするのを胸中に抱えながら、夜は更けて行く。

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