緋弾のアリア-秘密結社の殺人機-   作:ちーたら

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第13弾:星伽神社-hotogi shrine-

 日本の各地に分社を置く神社の一大派閥に、星伽神社という物がある。

 本社は青森の郊外にある(と隷示が言っていた)、下手を打って相手取ると面倒な一つの組織形態であるその神社。厳密に言えばそれの京都分社を目の前に、契と理子は簡単な作戦の最終確認を行なっていた。

「それで、ちょっと訊きこみ調査をしに行けばいいんだね?」

 隣に立っている理子が確認を取るかのように訊いてきた。契はそれに頷いて、

「そうだ。でもしくじるなよ。不自然な訊き方はダメだ」

「おーけー♪」

 ひらひらのフリルがたくさん付いたワンピース姿の理子は、「余裕だよ余裕!」と息巻いて白い歯を無邪気に見せる。

 妖刀“村正”の所在調査を始めて今日で17日目だ。理子に携帯ストラップを貰ったあの日の後も、西本願寺を始めとした目ぼしい社寺は殆ど全て巡り、そして無駄足と終わっていた。

 その結果。契(と遊び半分の理子)は、とうとう最後で最悪の『可能性』を検証せざるを得なくなったのだ。

 ……星伽神社の調査である。

 男子禁制を根幹に置き、“武装巫女”と呼ばれ、水面下の裏社会でもその名を轟かせる超能力者(ステルス)の才を持つ一族の神社。

 正直に言って、契は生きた心地がしない。いや、人間として既に終わっているような彼がそう感じるのは甚だおかしいのだけれど、ましてやその考え方が皮算用というか未だに星伽と争うと決まったわけではないのだけれど、しかしその『可能性』がある事が頭の片隅に浮かびあがると、どうも考えること自体を拒否したくなってくるのだ。

 別に契は星伽と直接戦ったことがあるわけではない。それこそ、人伝に聞いた情報しか知らない。だが、今回の妖刀“村正”の件を含め、中途半端な情報はかえって恐ろしいのだ。

 契は殺人のプロフェッショナルである。だがハンバーガーショップでの会議で自分で確認したように、その殺人の技術を今回の仕事では使うことができず、万が一星伽の“武装巫女”との戦闘に発展した時万全ではない状態で戦うことになる。

 この数年で殺し合い(たたかい)ではない戦闘方法(たたかいかた)を身に着けているとは言っても、たとえ実力が高いとは言っても、摩訶不思議で奇妙奇天烈な現象をあっさりと引き起こす超能力者による数の暴力に殺し無しで争うというのは分が悪いにも程がある。

 なので星伽神社に妖刀“村正”が奉納されていると判明した場合は、草木も寝静まる時間帯に星伽神社に単独で忍びこんで盗み出そうと契は画策している。

 しかしだからと言って、今までの社寺とは勝手が違ってくる。住職などに武偵制度導入以後、結構出てきた刀剣マニアのように「刀の観賞が趣味なので奉納されている刀があったら見せてほしい」とデタラメを言って確認するなどとは星伽神社の巫女に言えるはずが無い。だからと言ってあるかどうかも無い物を暗闇の中、即興で探し出すのも正直に言って部の悪い賭けで、契が一人ならまだしも共に理子が潜伏している以上軽率な行動をとることができない。

 なので、奉納品を保管していく蔵の場所の確認を含めて、軽率に動けなくさせている当の本人である理子に参拝(ていさつ)させに行くのだ。星伽神社が神社である以上、女である理子が参拝しに境内に入るのは何ら問題は無いのだ。

 ところで、どうやって妖刀“村正”とそうではない刀を区別しているのか、という話になるが、それは案外簡単な理由だったりする。

 この仕事に当たる際に、汐織から渡された十字架……超能力の専門家とも言える彼女が直々に作り上げた物だ……が、“村正”に対して反応を示すのだ。

 どうやって“村正”に反応する十字架を作ったのか、と疑問に思うかもしれないが、忘れないでほしいのが“村正”という妖刀は一振りだけではない(・・・・・・・・・)ということだ。

 “村正”という名前はより正確に言えば刀の名称ではなく、刀匠村正が作り上げたブランド名と言うべき物だ。あくまで“村正”という妖刀は無数に存在し、そして全てが同じ製法で作られた呪われた刀剣ということに変わりは無い。

 事実として、秘密結社イ・ウーの本拠地であるボストーク号には刀匠村正が作り上げた妖刀が数振り保管されている。使われているのは普通の金属ながらも、汐織曰く特殊な過程を得て加工されているらしく超能力に類似したチカラを持っているらしい。

 その正体は測りかねるが、ここで重要なのは『全てが同じそういったチカラを内に秘めている』という一点のみだ。つまりは、“村正”のチカラに反応する物を作ってしまえば、世界中の“村正”に近付けばそのことを察知することができる、ということである。

 とは言っても物体に特殊な能力を持たせるというのはそれはそれでかなりの技量が必要になると同時に、無理矢理物体に能力を定着をさせている関係上普通の(と言うのは少しおかしい気もするのだが)超能力と比べると当然かなり見劣りする精度になる。光源を例にするのなら、超能力者が懐中電灯で定着物が松明である。

 実際、契が汐織に渡された十字架の反応強度は距離にして僅か五メートル半だ。それだけの精度で奉納品の保管蔵に入らずに確認などできるはずがない。

 ……と、小難しい理由を並べたものの、まとめてしまえば理子が星伽神社京都分社で簡単な諜報活動を行い“村正”の有無を確認、あった場合は夜中に侵入して契が掻っ攫う、というだけの単純な作戦である。もっとも作戦立案が得意な隷示に言わせればこんな物は作戦の内に入らないのかもしれないが、元々盤上の駒でしかないような契がこうやって盤を操作するのだから、不確定要素が多いのもあたり前である。

「じゃあ言ってくるね、ぶい!」

 右手でブイサインを作り、意気揚々と鳥居へと続く長い階段をのぼっていく。

 吹いた風に、契の雪のような白い髪がなびく。

「……大丈夫だろうか」

 階段の途中で段差に躓いてコケそうになった自分の相棒を見て、契はそっと呟いた。

 

 

 

 

 

「ほえー」

 左右を杉林で挟まれた……正確には要塞のように建物を含めた全体が囲まれている……鳥居へ続く長い階段を上る理子は、思わずその神秘的な光景に感嘆の声を上げた。

 木漏れ日が少し自分に差してくるのを感じながら、大自然と言えるかもしれない木々を見惚れるかのように眺める。

 率直に言って、理子にこれから潜入捜査をするという緊張感は無い。自覚が無いというわけではないのだが、今の心境としては近所の友達の家に遊びに行く程度の気軽さと同等な物で、そして何よりもその足取りは軽い。

 長い階段を軽快に、しかし警戒の念など持たずに、半分スキップする気持ちで駆けるように登る。

 少しずつ見えてきた入口である鳥居。その両隣はよく時代劇で出てくる建物の壁に使われている漆喰でできた塀が城壁のように神社に強固な防御力をもたらしていた。

「うわー、話には聞いていたけどこれはすごいな~」

 思わず、無意識の内にそんな言葉が口から零れた。僅かに頬が引きつる。今日日、少年漫画の秘密基地にも見ることのできないいかにもな外見に、逆に心が躍ってきた。これほどの造りなのだ、もしかしたら巨大ロボットでも隠し持っているのではないかという、少し幼い考えが頭をよぎる。

 それはそれで面白そうで面倒臭そうだな……と、望むべきか望まざるべきか奇妙に曖昧な感覚を覚えながら理子は鳥居に到着する。

 別に投影された映像でもなければハリボテでもなかった白い塀を一瞥して、境内へ足を踏み入れる。

 

 ――と、その時だ。

 

「っ!?」

 首元に、嫌な感覚を感じ取った――刃だ。

 気が付いたら、首元に刃が突きつけられていたのだ。

 声を出すこともできない一瞬の出来事に、理子の頬を一筋の汗が伝う。

「……何者?返答次第では容赦しないけど」

 声がした方向を確認すると、理子に刃物を……より正確に言うには一振りの日本刀を片手で付きつけた巫女の姿をした少女がいた。

 歳は自分より契に近いだろう。前髪は目元を隠すどころか顎にまで届く程に長く、それに相反して後ろ髪はショート程度の長さだ。影の差している双眸の目つきは鋭利で、触れれば切れてしまうような雰囲気を醸し出している。まるで一振りの刀剣をそのまま少女の形に造り替えたかのような印象を持っていた。

「な、何者って……」

 一瞬、自分が諜報目的でここに来た事を分かった上で襲いかかってきたのかと慄いた理子であったが、彼女の口ぶりからすると別にそういったわけではないようだ。

 ギスギスとした、今にも張り裂けそうな空気が淀む。少し、喉に渇きを感じるのは気のせいではないだろう。目の前の“武装巫女”(であるだろう)刀剣擬人化巫女の迷いの無い剣閃のような視線に、そして何より正体不明である理子に向けて躊躇いなく刃物を向けたその一動に恐怖を感じた。

 ところがそんな状況にありながら、理子は自分で呆れてしまう程には冷静であった。

 皮肉なことに彼女は“無限罪”ブラドの監禁、及び相棒にして義兄とも言える存在である契と二人一組という関係にある。自分を家畜として虐待以上に酷い待遇で扱っていたブラド、イ・ウーで自分が最も信頼する契も“殺人欲求”という殺人技術に秀でた存在である。

 そんな二つの経験(?)から、僅か十一歳であるにも関わらず暴力や殺意の渦にはある程度は慣れてしまっているのだ。もちろんブラドの件に関しては今でもトラウマだし、契は“殺人欲求”を支配下に置いているので、目の前の巫女からの殺気(・・)の感覚とはまた少し違うのだが、

(……殺気?)

 そこまで思考して気付いた。目の前の巫女から発せられる、一つの気配。ざらざらした紙やすりを背筋に擦りつけられるような、悪寒とは少し違う恐怖にして、しかし同時になんと言うべきかもよくわからない、その感覚。

 理子にとって随分と近しく感じてしまうその突き刺さるような視線の主の巫女は、

「……もう一度訊く。お前は何者だ?」

 ぼそぼそとした声でもう一度質問した。蚊の羽の音とまでは行かないが、しかし小さくて少し訊き取りづらい声だ。一度水を絞った布から、さらに水を絞り取ろうとした結果絞り出された極僅かな水のようにか細く、そのくせ意思という名の芯が通った声だった。

「答える気は無いようだな」

 下手な動きをすることができない以上、どうするのが得策かと理子が戸惑い混じりに考えていると、それを黙秘と断定したのか巫女はチャキ、と日本刀を構え直した。

「……え?ちょっと待っ」

「問答無用」

 理子の静止の言葉を一蹴し、そのまま巫女は無慈悲に理子の喉に日本刀を突き立て――ようとして。

(みぞれ)ちゃん、急に飛びだしてどうしたの――ってちょっとちょっと霙ちゃん!?何やってるのすとっぷすとーーーっぷ!!」

 心の底から慌てた様子を体全体で表現して、一人の少女が星伽神社の何かの建物の向こう側から砂埃を上げながら駆けてきた。当然と言うか当たり前と言うか、その少女も巫女装束を召している。

 ぱたぱたとお世辞にも運動神経は良いとは言えなさそうな足取りで、だが全力疾走だったのか息を切らしながら日本刀を突きつけている霙と呼ばれた巫女に駆けより、その日本刀を理子の首元から離させる。

 比較的常識人のような二人目の巫女は霙と呼ばれた巫女に向けて、

「だ、ダメでしょ霙ちゃん!いつもいつも星伽の関係者以外が来る時に刃物突きつけて……この前も金一さんが来た時に返り討ちにあったばかりで、しかもその時にその癖を直しなさいって言われたでしょっ!?」

淡雪(あわゆき)五月蝿い。疑わしきは罰するのが常識」

「そんな常識は持ってちゃだめ!ご、ごめんね、大丈夫?」

 娘を叱る母親のように、淡雪と呼ばれた巫女は一喝して、そして理子の方に向き直る。

 艶やかな黒髪を伸ばした、大和撫子という比喩がよく似合う容貌に焦りと不安を入り混じらせた表情で、淡雪と呼ばれた巫女はぺたぺたと理子の頬や首筋を触り、顔を近づける。理子に怪我が無いか確認しているようだった。

「良かった、どこも血は出てないみたいだね……霙ちゃん、この子に謝らないとだめだよ!」

「嫌だ」

「んーーーもうっ!そんなんだから寵巫女(めぐみみこ)のみんなからも怖がられて避けられちゃんだから!もっと星伽の巫女としての……あ、ちょっとまだ話は終わってないよ何処にいくの!?」

 淡雪と呼ばれた巫女の言葉を無視するかのように霙と呼ばれた巫女はぷいと踵を返してその場を離れて行く。抜き身の日本刀を引きずりながら、奥に引っ込んでしまった。

 淡雪と呼ばれた巫女は、ぷくぅと不満そうに頬を膨らませてから、呆気にとられている理子に再び面を合わせ、

「ごめんね、霙ちゃんも悪い娘じゃないんだけど……珍しく参拝に来てくれた人がいたからきっと気が動転しちゃったんだよ」

 慌ててもう霙と呼ばれた巫女をフォローすべく、あたふたと言葉を繰り出す。しかし焦りが出た結果と言うか、全くフォローになっていないのはおそらく当人も気付いて無いのだろう。

「え、えーっと……大丈夫、気にしてないよ」

 とりあえず気を遣ってそう答えておく。目の前の大和撫子系の巫女さんを不憫に思ったのかどうかは理子自身にもわからないが、少なくともこれから調査を行なう上ではこうした方が良いのだろうと判断したのだ。

 客観的に述べるとしたらあきらかに不自然な会話の流れなのだが、どうやら淡雪と呼ばれた巫女はそれに気付かなかったようで、

「あ、そうなの……よかったぁ……」

 と、ほっと胸をなでおろした。それから、

「私はこの星伽神社の巫女の統括を任されている星伽(ほとぎ) 淡雪(あわゆき)。あなたの名前を教えてくれると嬉しいな?」

 年下の少女に接する態度で、理子に目線を合わせるように少しかがんで言った。

「え、え~っと、理子は理子って名前だよ?」

 とりあえず、名字の方は伏せておく。イ・ウーをそのまま井有と呼んで名字に偽造した契の妹という設定で京都に来ている以上、そうした方が良いと判断したのだ。

 傍から聞けば、これもまた不自然な会話であるのだが、淡雪はそれに特に言及する様子を見せずに、

「へぇ~、それじゃあ私も理子ちゃん、って呼ぶね?」

 にっこり笑って理子の頭を撫でる。契のそれとは違って元から手慣れている様子の技術(?)に、理子は「わ、わぷ!?」と奇声を上げてしまった。

 己の意図しない奇行に少し頬を赤く染めてから、理子は本題を切り出――

「あ、そうだ。丁度おいしいお菓子があるの。お詫びになるかはわからないけど、食べて行って」

 ――そうとして、淡雪に遮られてしまった。

「え、で、でも……」

「いいからいいから遠慮しないで。今回は私たちの方に問題があったんだから」

 有無を言わさない気迫で、理子の腕を引っ張って淡雪は境内の奥の建物……おそらく巫女の人たちが寝泊まりしているであろうに連れて行く。

「え、だ、だからーーー!」

 理子の困惑した声が、晴れた京都の空を飛翔した。

 

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