理子を居住舎の客間に引っ張り上げた大和撫子系巫女の星伽 淡雪は、少し引っ込んだかと思うと十秒も経たない内に大量の菓子類を理子の前に広げた。
「理子ちゃん、遠慮せずに食べてね。霙ちゃんのことについては本当に申し訳なく思ってるんだから」
そんなことを言った様子から、どうやら誠意を菓子類で表現しているらしい。断ろうとした理子ではあったが、目の前に広がる有名菓子類の花畑に目移りしないのかと言えばもちろん年頃の子どもなのでそれはないことだった。気が付いたら八つ橋を頬張っていたという。
「ほんとう、ごめんね……霙ちゃん、この頃少し気が立ってて……」
「もきゅもきゅんくっ、あの人、どうかしたの?」
星伽神社は神社としての表向きの顔とは別に、イ・ウーと同じく水面下の組織といった側面も同時に持っている。
そう考えるのならば、理子に日本刀を突きつけた星伽 霙とやらはその水面下での、言わば裏の顔が色濃く出た結果であるのだろう、と理子は解釈する。表向きの星伽神社で裏の顔を堂々と誇示するかのように振舞って日本刀を突きつけたのだから、淡雪が焦る気持ちもわからないでもない。なんとなく、星伽神社に参拝客が多くない根本的な理由を見つけた気がした。
一方、聞かれた淡雪は重ね重ね謝りながら、
「霙ちゃん、ほんとうはほんとうにすごく優しいのよ?でも不器用と言うかなんというか……」
一生懸命に霙とやらをフォローしようとしている淡雪に、理子は少し不思議な感情を抱いた。警察にお世話になってしまった娘を迎えに行った時の母親、と言うべきなのだろうか。そのへこへこ謝る姿には霙が裏の顔を示したことによる星伽という組織での失態を謝るのではなく、自分がこうしなければならないといった義務感に近い物が垣間見ることができる。
……それはまるで、霙が理子にしたような粗相が、全て自分が悪いかのように。
「ん~……まあ大丈夫だよ。別にケガとかはなかったし、ああいった刃物は
お兄ちゃん、とは言うまでも無い、大量の刀剣類を暗器として持ち歩いている契のことである。半分本音で半分嘘の言葉を真実として単純に解釈したらしい淡雪は「そっかぁ、よかった……」と心から安心した様子で一息吐いた。
「あ……そういえば」
と、淡雪がたった今思いだしたような口ぶりで、
「理子ちゃんはここまで一人で来たの?星伽神社って山奥の方にあるから、理子ちゃん一人だと暗くなってからじゃ帰れないんだけど……」
「うん、それは大丈夫。鳥居の階段の麓でちぎ……お兄ちゃんが待ってるから」
ちぎりん、とついつい言いそうになってしまったのをこらえて、そして丁度良いタイミングだとばかりに理子の目的を問い訊く。
「んーとね、それでさ、その待ってるお兄ちゃんが大の歴史マニアでね……」
そこで理子は
「お兄ちゃんが京都の伝説について調べていて、古いお寺の住職さんとか神社の神主さんたちにお話を聞いて回ってるの。男子禁制の星伽神社には入れないからって私が代わりに訊きにきたんだけど……」
「そうなんだ。なんていう名前の伝説なの?私でよければ知ってることを話すよ?」
淡雪が、世話好きの姉のような表情を作り、理子に言う。
厚焼き煎餅を丸かじりしながら、理子はその伝説の題名を答えた。
「うん、『妖刀“村正”伝説』っていうんだけど……」
「……、」
理子の言葉に、淡雪が少しぴくりと揺れた。
「……淡雪お姉ちゃん?」
理子は小首を傾げる……フリをする。今の一動作で、悟ったのだ。
……目の前の巫女は、妖刀“村正”に近しい何かを知っている。
「え、あ、ううん、なんでもないの……『妖刀“村正”伝説』、かぁ……有名だよね。ほら、ゲームとかにもよく使われてるじゃない?」
慌てて誤魔化そうとしているのが目に見える。あはあはは……と、笑い声はとても乾いていて薄っぺらく、そしてとてもわざとらしい。これが嘘をついていると断定することなど、幼児にもできることだろう。
きっと彼女はとても正直な人間で嘘の付き方を知らないのだろう、と理子は自分で納得する材料を挙げて、そして勝手に納得する。星伽 淡雪という人間については嘘をつこうとして失敗していると見て差し障り無いことだろう。
ようするに星伽神社は妖刀“村正”と何らかの関わりがある、ということだ。
これは大収穫と言えるだろう。この半月、掠りもしなかった妖刀“村正”について、関係性があるということだけでも確認することができたのだ。やはり、多少のリスクを負ってでも、契は最初にここを調べるべきだったのである。
(これは、ちぎりんの慎重さが裏目に出たんだね)
別に契を責めようとは思わないし、そもそも根本的なところで責められるのならば勝手についてきた自分なのだろうということもわかって……理解した上で、同時にこうも思う。
(私に遠慮しなくてもいいのに……)
目の前では、淡雪が未だに言いわけを並べている。正直聞く価値などないのだから右から左に聞き流す。
契の過去は、断片的にではあるけれど聞き及んでいる。“殺人欲求”が心の中に生まれるような育て方をされたと言うのだから、自分なんかよりよっぽど酷い扱いを受けていたのかもしれない。彼が自分からそれを語ることは無いが……極論、彼は自分以外の人の死にかなり敏感だ。きっと今回の調査も、理子がいなければリスク――彼自身が戦いの果てで絶命すること――などを排除して星伽神社への侵入及び調査を行なっていたかもしれない……いや、むしろ彼ならば自分の命を顧みずにそうしていただろう。
契に今回の任務を与えた張本人である“教授”に対する彼の忠誠心には目を見張る物がある。あるいは忠誠心よりも信仰心と言った方が正確かもしれないそれは、変わり者だらけのイ・ウーの中で突出した変わり者であるのを同時に意味していた。
イ・ウーには共通の思想などない。ジャンヌのように騎士道精神を重んじる者がいれば、隷示のように策略で相手を出し抜くのを第一目標とする卑怯者もいて、汐織のような人格者もいる。
だがそれらの事を踏まえ、共通することがあるとすれば構成員の殆どが“教授”を畏怖こそするが、別に彼の命令をなんでもしよう、という考えの持ち主ではない。
つまり、契のように“教授”への忠誠心の高い存在は例外中の例外だ。事実として、“教授”自身も命令を受ける側にメリットのある仕事を基本的に回すように配慮している節があるのだから、その考えは間違ってはいないだろう。
(さてと……あとはちぎりんに報告するだけだね)
それは契に貰った百円玉を賽銭箱に投げ入れれば済む話だ。たかが賽銭に百円玉を入れるというのには抵抗があるが、契が渡してきたのだからそうするしかあるまい。
「え、えっと……どうしたの理子ちゃん?も、もしかしてやっぱりどこか怪我でもしちゃった?」
「え……?ううん、大丈夫だけど……」
「やだ、私ったらやっぱり見落としが……?ちょ、ちょっともう一回だけ確認させてちょうだい!!」
理子が今後の行動を考えている様子を体調不良と勘違いしたのだろう。慌てて、心の底から心配する様子で淡雪が理子の方に寄ってくる。
「だ、だから大丈夫……」
「隠さなくても大丈夫よ……治療費は全額星伽神社が持つからっ」
あーもうっ、と、理子は心の中で頭を抱え込む。
契の過去だの“殺人欲求”だの百円玉だの妖刀“村正”だのと言う前に、とりあえずこの目の前の心配性の巫女さんをどうにかしないといけなさそうだ、という面倒な事実に気付く。
彼女の受難は、まだ始まったばっかりだった。
理子が帰ってきたのは、送り出してから実に二時間が経過してからだった。
「……随分と遅かったな」
「うん、まぁね……」
嫌味とかそういうわけでなく、ただ事実として思ったことを言う契に、理子は彼女としては珍しいことに苦笑いを浮かべてそう答えた。
普段の天真爛漫と言うべきか、ともかく騒がしいアホの娘っぽさはどこにもない。それこそとことん疲れたような様子で……実際にとことん疲れていたのだが……ふらふらとした病的ではないにしろおぼつかない千鳥足で契に合流した。
合流された方である契はと言うとそんな様子を少々心配しながら(彼は理子に対して少し過保護なのである)も、それを内心に押し留め、理子が星伽神社に参拝と言う名目で行なった偵察について訊こう……として、そこでそれに気付いた。
「偵察の報告の前に、それについて訊きたいのだが?」
すっと理子を指さす。いや、理子が
理子が腕の中に抱えている物……それは、よく駄菓子屋などで売っている一本十円のスナック菓子の業務用の詰め合わせだった。
「うん……なんか貰った」
理子の短い返答に仏頂面をしかめ、眉間のしわをさらに浮き彫りにして、契が訝しげな表情になる。星伽神社とお菓子の袋詰めに何の関係性があるのか、という疑問を言外に態度で示していた。
「貰った、とはどういうことだ?」
「貰った物は貰ったんだよ?すごく無理矢理持って行かされたんだけど」
いや……と契は眉間を押さえる。
別に理子が物を貰うことに問題があるわけではない。現に数日前に契が初めて付けた携帯ストラップも理子が貰った物を契がさらに貰った物だし、それ以外にも林檎やら梨やらを旅館の女将から貰っていた記憶がある。
別にそれがどうしたというわけでもない。ないのだが。
(相手が相手だぞ……)
そう、それが一番の問題だ。
今回、この菓子の詰め合わせを理子に与えた人物は、この星伽神社の人物だ。
多少純粋な“殺人機”の時よりは丸くなり人間くさくなったとは言え、その事実に警戒をしないほど契は平和ボケしていない。
「……どうしたものか」
はぁ、とため息をつく。別に何か仕掛けが施されているとは考えづらい。それこそ、理子は星伽神社にとってただの参拝客であるわけだし……しかし逆に、ただの参拝客にお菓子を渡すのか、という点で契はこのお菓子の詰め合わせに何らかの意図が隠されているのではないか、と疑っているのだ。
ましてや、星伽は
……事実として、そんなことは理子に迷惑をかけたと本気で思いこんでいる星伽 淡雪がどうにかしようと思うはずが無いのだが、そのやりとりを契が知るはずもない。
「どうしたもこうしたもないんじゃない?せっかく貰ったんだからちぎりんも一緒に食べようよ」
理子がそんなことを言ってくる。どうやら彼女には当然警戒の念がないようで……もっともらしく言えば、彼女は星伽 淡雪の人間性を考慮した上なのだから当然と言うのは少しおかしい気もするのだが……先ほど顔が引きつっていたのは星伽神社で菓子の詰め合わせを貰うと思っていなかったという理由があるのだろう(事実としてこの理由は的を射ている)。
「……そうだな」
契も理子の様子を見て、変に疑っていた自分を笑う。
そうだ。そもそもこんな人畜無害(に見えるだけで実際は爆弾をバカスカぶっ放すバイオレンス少女)な理子に、何を仕掛けると言うのだ。
もし理子の目的を見抜いていたとしても、回りくどいことをしなくても星伽の“武装巫女”にかかればその場で取り押さえて、そこから契のことを訊き出して奇襲を仕掛けるといったこともできたはずだ。
ここで理子が無事に契と話している時点で、星伽がこちらに気付いている可能性はどこにもないのである。
「それじゃあ、一回旅館に戻るか。報告はそれから聞こう」
「うん、わかった了解~☆」
小脇に菓子の詰め合わせを抱え、その反対の開いた手を契の手に絡めて先を急ぐ子供のように(実際子供なのだが)、理子は契を引っ張る。
……結局彼らは、その様子を見ていた一対の視線に最後まで気付くことは無かった。