緋弾のアリア-秘密結社の殺人機-   作:ちーたら

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第15弾:発見-finding-

 目の前を剣閃が煌く。かろうじてある街灯の灯りによってそれが視界に入ると同時に、後ろにバックステップを踏むように身を翻し、地面に敷き詰められている砂利が宙を舞い、それを避ける。

 相手はそれを逃がそうとしない。振り切られた刃と峰の位置が逆転し、下方向から上に昇る形で再び振り抜かれた。

 胸を張るように体を反らせると同時に、剣閃が襲いかかった右半身を半歩後ろへずらす。が、その攻撃は完全に避けることができずに右肩を刀身の切っ先が引っ掻くように肌に傷を産む。

 傷の痛みを感じて表情を変える間もなく、契は下から上へ昇った刀身を両手に持っていた二振りの太刀で相手の手元から打ち払うように打突する。

 ギィン!

 金属同士が接触する甲高い音が響いた。

 伊賀流忍術「(ハナレ)」。相手の武器(主に刀剣類)を自分の得物、あるいは握り拳などでの打突によって手から離れさせ、攻撃手段を奪う技である。敵の戦力を削りつつ同時に次の攻撃モーションに移ることができる、伊賀流忍術の中で割と使われる傾向にあった忍術だ。

 元々のこの技自体がかなりの威力を持っているという点もあり、これを受けた武器は必ずと言ってよい程に手から離れる。移動用高機動の忍術と言える伊賀流忍術「瞬」同様、“伊賀の里”の伊賀忍者の間ではそれなりに重宝されていた忍術でもある。

 ……のだが。

(――――!)

 直後、上方向への打突を実行した二振りの太刀が、真っ二つに砕かれた……否、断たれた。断ち砕かれた。無数の刃の破片を周囲へ撒き散らしながら、断ち砕いた方である振り下ろされていた(・・・・・・・・・)剣閃は、狡猾な蛇のように契の喉笛を掻っ斬ろうとして空を薙ぐ。

 契は断ち砕かれた二振りの太刀と両腰のその鞘を放り捨てる。少しばかり身軽になった契を、追跡者たる断ち砕いた方は逃がさまいとする様子で足音を立てて近づいてくる。

(……またか)

 契は四つん這いに近い、体の重心をできるだけ低くしながら思考する。

 おかしい。そう、ここはどこかおかしいのだ。

 目を配らせるとすぐにわかる。どこか、風景が歪んでいる(・・・・・)のだ。

 蜃気楼や陽炎といった、様々な条件が合致したことで起こり得る自然現象ではない。というより、歪む、という表現には、ねじ曲がり、渦を巻き、そして波紋を生んでいるという、常識的には存在しえない現象を引き起こしている事が含まれていると言う意味合いを持つ。単なる自然現象ではないと言うことを暗に示しているのだ。

 ガンガンガンガンガンガン!!

 懐から取り出した二丁の拳銃、ジェリコとM686が叫びを上げる。足音の聞こえる方向へばらまかれる鉛の雨。

 弾切れを起こしたジェリコとM686を地面に落とす。正体が不明な相手だ。元々戦いの途中に弾丸を装填し直すのは契の戦い方ではない。ブラドの時は相手の正体がわかっており、そして何より姿を見せていたからM686の弾丸を装填できたのだが、今自分の命を狙っている者(?)はそうではない。正体がつかめないというより、その正体を見せない……つまりは、相手の姿を契は見ていないのだ。

 おかしい、と契は考える。先ほどの周りの風景と同時に、そのおかしさは、不可解な事実は契の行動をより慎重なモノに変えている。

 契は、元忍者だ。正確には“殺人欲求”を動力源として無慈悲な殺戮機械“殺人機”であったとはいえ、彼には“殺人機”を生み出すための基礎能力、基盤として既に顔も覚えていない師によって忍者としての技術が叩きこまれている。

 その中で、隠密に秀でて動くために多くの忍者が真っ先に鍛え上げられるのは忍術でも体術でもなく、感覚器官だ。その中でも、視覚と聴覚は最重要項目である。

 目で見て、耳で聴く。その二つの感覚器官により、自分の置かれている状況を瞬時に割り出し、分析し、次の一手を打つ。それができなければ忍者としてはすぐに死んでしまうのだから、その二つを集中的に鍛えるというのは忍者の世界での道理だ。

 契はその点、隠密とはまた違った点で育て(つく)られたためそういった分析力に欠けるところがあるのだが、しかしそれでも殺すための“技術改悪”によって研ぎ澄まされた視覚と聴覚は、人間の限度内ではあるがそれなりの精度を誇る。

 結論を言えば、契はこういった暗闇の中での戦闘には常人以上の心得がある。夜目はきくし、相手の足音も聞き逃すことは無い。

 そう、だからこそおかしい。

 確かに今は深夜だ。午前の十二時を回っている故に、辺りも真っ暗だ。

 しかしそうだとしても、本来なら……そう、本来ならばこの程度(・・・・)の暗闇に自分の視界が封じられるはずが無いのだ。

 ましてや、申し訳程度に街灯は灯っているのだ。なのに、元忍者である契の視覚が封じられている。

 同時に、聴覚もそうだ。現に、

 コツッ

(――後ろ)

 四つん這いに近い体制の契は上半身を右方向に捻り、右腕のワルサーPPKの弾丸を湯水の如く使い切る。

 そして、

 コツッ

(今度は、前――)

 足音のした方向へ聴覚だけを頼りに、左手のコルト・コブラを向けて引き金を引く。

 しかし契の銃声が止み、弾切れの銃を捨てると、また今までと違う方向(・・・・・・・・)からローファーの足音が聞こえるのだ。ましてや、その音の中には微かな砂利の音も混じっている。聴き間違いはあり得ない。

 堂々巡りだった。

 契が戦闘に入ってからずっとこの調子。発信源の繋がらない足音と、頃合いを見計らうように繰り出される斬撃。

 近くまで接近して、その刃を契に向けて振り下ろし、振り上げているはずなのに視界に移らない体。

 歩くという線の行為が、まるで点の行為になったかのような、距離や位置を完全に無視したかのような足音。

 剣閃が煌いた。契はその第一斬撃目を上半身を腰で折るように低くして避け、第二斬撃目を刃渡り二十センチから三十センチ程の直刃の忍刀を両手の逆手に構えて、鎬同士をカチ合わせて防御する。

 ラスベガスの違法カジノの時に戦った二メートルほどの巨体の黒服男の拳撃を思い出させるような重たい剣撃に、二振りの忍刀は先ほどの太刀と似ながら非なる形で、破片を撒き散らさずにただ折られた爪楊枝のように刀身と柄が別れた。

 耐久性は太刀以上にならあったはずの忍刀だった残骸を放り捨て、懐から取り出した勢いで短剣を投擲する。ダーツの矢のように直進するということだけで熟練された技術だと理解することのできるその技は、しかし空を切ったようで、カランカラン、と金属が地面に落ちる音を立てただけだ。

 懐から無数の短剣の柄を指の間に挟み込み、左右合わせて八つの刃をストックする。警戒を怠らないように舐めるように辺りを見回し、耳を澄ませ、一挙一動に過剰な程の精神を研ぐ。

 コツッ……という右方向からのローファーの音が耳に入ると同時――と言うわけではないが零コンマ秒の後に――短剣を二本投擲、そして金属の落下音でそれが命中したわけではないようだ。

 そこで、不意を突く剣閃が契の背後から現れた。短剣を投擲したのとは真逆の方向から振り下ろされる刃に、短剣を投擲したばかりの右腕の肩口が少し抉られる。掠る、ではなく抉られるという、この数年間で初めて受けた斬り傷に、苦悶の表情を浮かべた。

 機械的に反撃しようと左手にストックしてあった四本の短剣を同時に至近距離から投げ放つが、機能的に聞こえてきた金属音から察するにそれもまた空ぶったようだ。

 幻覚か、という想像が契の頭の中をよぎる。しかし契ほどの感覚器官を持つ人間がただの幻覚などには、自信過剰と貶されるかもしれないが掛けられた時点で気付くはずだ。それこそ、今ではイ・ウーの精鋭の中で最速の名を冠せられているのだから、その鋭利な察知力があってこその最速なのだから、その考えは間違ってはいないと考えられる。

(なら……)

 隙を見せた……ように見せた(・・・・・・)契は、背後から迫る刃が空気を裂く音を拾って、瞬時に踵を返すと右手のストックの残りの二本を投擲した。

 契の右頬に刃が掠る。ピッ、と一筋の鮮血がはねるが、同時に目の端に刀剣の……いや、さらに正確に視認すると日本刀の……鍔が見えた。

 そして三度外れた金属落下音、そこにいるはず(・・)の刀剣の主に当たるように投擲した短剣の落下音に、一つの確信を持つ。

 相手も何かを察知したのか、刀剣が、日本刀が霧散するように掻き消えた。

「……成程」

 契は口に笑みを溢す。まるで戦いを求める狂戦士のような、不気味に、引き裂くように歯を見せる。元より鋭い方である目を三白眼に剥き出し、

正体(トリック)は解明できた……か。まぁ、その程度ならまだなんとかなるかな」

 ぶつくさ独り言を呟いて……これは理子と接するうちについてきた癖なのだが……、契は一つの装飾品を取り出した。

 妖刀“村正”の探知用の物とは別に、と言うより数年前に汐織から渡されていた十字架だ。

 無論、ただの十字架というわけではない。超能力の専門家である彼女御手製の十字架なのだ。何らかの仕掛けがあるのは当たり前だろう。

「……“偽装十字”開放」

 機械的に、必要なだけだと言わんばかりな棒読みの台詞に十字架が返答した。

 四方と中央にあしらわれた無数のクリスタルのような輝きを持つ小さな石が、オーロラのようにはっきりしない色彩を彩り、手のひらサイズの十字架が絶対的な変化を産み落とす。

 中央から伸びる中で一番長い辺、つまりは十字架の下へと伸びる所が柄となり、左右に伸びる辺の中央と繋がる根元からは上へと伸びる辺の方向へ水晶のような細い刀身が、非科学的な方法で形作られた。

 元々は隠れキリシタンが幕府の役人に捕まったりした時、その役人ごと吹っ飛ばして仲間の事を隠ぺいするために十字架を爆弾として扱う目的で作られた超能力的技術だったと汐織が言っていた。

 時代が進むごとに偽装する物が進化していき、今や特殊な能力を持つ武器を十字架に偽装することで持ち運びを楽にして隠ぺい能力も高いのだ、と本来の目的から外れているとかも言っていたような気もするが、ここでは関係ないので置いておこう。

 問題は、その“偽装十字”……これの場合は“偽装十字剣”である……に、如何様な能力があるのかと尋ねれば、それは次の契の行動で顕著に表れることだろう。

「まあ、そんなわけだから……これ(・・)を殺させてもらう」

 この世界(・・)にいるであろう誰か(・・)に、返事を求めるわけでもない独り言と全く変わらない台詞を投げ捨てて一角に近付いていく。他でもない、その誰か(・・)が契を近づけさせないために剣閃によってその方向へ行くのを防ぐために攻撃をしていた、この不可思議な現象の核となる物、もしくはその弱点、あるいはその両方を備えているのであろう方向へ。

 すると、やはりというか剣閃が襲いかかってきた。その進行方向へ行かせまいとする攻撃の中に、その剣撃の主が焦りを抱いている感覚を感じ取る。姿の見えない……否、体の無いその剣撃の主は、契がその方向へと進むごとに日本刀の刃を契に叩きつけるように振るってくる。刀剣の扱いは素人なのか、実戦に慣れていないのか、はたまたこの謎の空間ではそういう仕様になるのか。それは定かではないが、進むごとにそれを止めようとする姿無き刀剣の主の攻撃はかなり単調な物で、幼児がプラスチックのおもちゃの刀を振り回しているのと大して変わらない。それを避けることなど、先ほどまでの応酬と比べれば赤子の手を捻る程度には容易なことだった。

 そんな幼稚ともとれる殺しの手を掻い潜って進むと、暗い視界の中で見つけることができた。自分の足跡が不自然な程に残っていない個所を。砂利という、ただ走ったりするだけで足跡が残る場所で、しかしそれが無い所を。

 “偽装十字剣”にはめ込まれた水晶もそれを証明している。いくつかの種類がある(らしい)“偽装十字”、その中でさらに様々な種類に別れている“偽装十字剣”。その中でも特異な状況を覆されるためだけに作られたレイピアのような刀身を持つそれをすっと横薙ぎに振るった。

 直後、空間が裂ける(・・・・・・)。一般人が見れば腰を抜かしたかもしれない、それこそトンデモ超科学の世界やあり得ない程にオカルトチックな世界を舞台にした創作物でしか見れないような光景が、現実の物として現実に引き起こされた。

 むろん、その隙間に吸い込まれて別世界に行く、などということにはならない。あくまで、この裂け目は一つの世界……それも、超能力者の手によって作られた、外と中を切り離すだけの世界を終わらせるだけという、ただの超能力のチカラと超能力のチカラがぶつかって引き起こされた結果に過ぎない。

 パキパキパキ……と、まるでガラスにヒビが入るような音がした。ねじ曲がり、渦を巻き、波紋を生んでいた風景にヒビが入る。どうやら、その風景は……世界はドーム状になっていたようで、夜空にまでヒビが入った光景はそうそう見れる物ではなさそうだと契に思わせた。

 バリン、といくつもの結晶が割れた窓ガラスのように降ってくる。その中で、契はその姿を、自分から三メートルほど離れた所に見つけた。

 少女だった。服装は、まるで乱暴を受けた直後かと見間違う程にボロボロで、スカートにチャイナ服のスリットのように、しかしギザギザの形をしている点ではそれとまた違う切れ込みが入ったセーラー服だった。女性的なふくらみはそう富んだ物ではなく、腹チラとでもいうべきか腰周辺を露出していて、どこか時代錯誤を思わせる、一昔前の不良ドラマでよく見るようなスケバンをミニスカートにしたらこうなるのではないか、といった風貌だ。

 だが、そんなスケバン少女でももっと他に目を引く点はあった。詰まる所、右手に握られた刀剣、日本刀だ。刃渡りは少し遠いので正確に測ることはできないが、大太刀に近いだろう。そしてどこか禍々しささえ感じられるその日本刀は一つの現象が裏付けしたことによって、契の求める物であることを理解する。

 汐織に渡された、探知の十字架にはめ込まれた水晶が、反応を示している。

「……妖刀、“村正”」

 そのセーラー服の少女は、やけに長い前髪(・・・・・・・)の奥から敵意むき出しの吊りあがった視線をこちらに突き刺している。

 手元にあった“偽装十字剣”が、音を立てることなく分解されていくのを触覚で感じとる。超能力的結界を破壊することのできる能力を持つその“偽装十字剣”は超能力者以外の人間が使用すれば、一度の仕様で壊れてしまうらしい。最も、無制限で使うことができるなど都合の良い美味しい話があるはずもないのだから、仕方ない。

 砕け、塵になった“偽装十字剣”のことを脳の中から追いやって、今は目の前の少女が持つ日本刀に注目する。

 ギラリとした血に飢えたような瞳を“村正”に向け、契はその手に暗器の中の一種、H&K P7とS&Wチーフスペシャルステンレスモデルを瞬時に取り出した。

 緊迫した空気が、本当の世界を包み込む。

 どことなく吹いた風の音が、やけに大きく感じた。

 

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