緋弾のアリア-秘密結社の殺人機-   作:ちーたら

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第20弾:刺客-assassin-

「けはっ……!?」

 星伽 淡雪は最初、自分の身に何が起きたのか理解出来なかった。

 今の状況を振り返ってみれば、理子という少女を伴って霙が戦っているとある公園にやって来て、そこで霙から妖刀“村正”を奪取した白髪の男――理子の言葉を鵜呑みにするならば彼女の兄だ――を発見したことにより、彼女の絶界“神隠し”にて自分ごと閉じ込めた所で、“村正”の返還を持ちかけた時だった。

 喉を生暖かい液体がせり上がってきて口の中を満たした。耐えきれずに吐き出せば、“神隠し”によって視覚現象的には欠けて見える月の灯りに照らされた赤黒く鉄臭い液体が地面一面にぶちまけられていた。

「これ、が……全部、私、の……?」

 呆然として言葉を紡ぐ。それによって開けられた口からは再び水気を感じさせないどろどろした液体が溢れてくる。

 そうしてから、自分の体に異物が突き刺さっている事に気付き、同時に背後から刺されたことに気付いた。しかし気付いたその瞬間、狙ったかのように背中から穿たれた凶器は引き抜かれ、体にその反動が帰ってくる。痙攣するかのように足をもつれさせれば、耐えることもできずに地面に力なく倒れ伏すことしかできなかった。

 不自然な程にぼやける頭を必死に働かし、現状を理解しようと必至に努力する。が、その努力も虚しく視界は鮮明になるどころか霞み始め、倒れた地面に先ほど喉にこみあげてきた生暖かいモノと同じ液体が泉のように広がっていくのを肌で感じることができるのみだった。

 そして意識が暗転し、何もわからなくなった。

 

 

 

 

 

「あわ、ゆき……?」

 麻痺毒に体を侵された霙は、動かぬ体で絶界が解けていく(・・・・・・・・)のを感じとりながら、その光景を見ていた。

 糸の切れた操り人形のように力なく崩れ落ち、宙で模様を描いた黒い髪。巫女装束の白い布地を黒みかかった赤色で染めて淡雪は、霙の唯一無二の理解者は死に至る重傷を負っていた。

 彼女をそうしたそれ(・・)に目を向ける。それ(・・)は淡々とした様子で淡雪の血が纏わりついた槍の切っ先に布を当ててそれを拭きとっていた。

「一先ずは最も危険な相手の始末の完了であります。たかが(・・・)人間である以上、この重傷であれば一時間もしない内に絶命することは必至でありましょう――」

 それ(・・)の言葉は他人に向けられたものではなかった。自分で自分に言い聞かせるようなその言葉は軍人のような堅苦しい物で、その声の主の一部を除いた(・・・・・・)容姿から見れば不釣り合いなものだった。

 それ(・・)は中性的な風貌をしていた。堅苦しい口調は低くも女性のそれではあったが、そうでなくては性別の判別は付かなかったかもしれない。

 姿を見れば、すらりとした長い四肢と闇夜のような短く切りそろえた漆黒の髪を持ち、衣類として髪と同じ色を基調として彩られた山伏装束を身に着けていた。

 また淡雪に深手を負わせた彼女が携えていた槍はよくよくみればそれの前身となった長柄武器である矛であり、彼女の身の丈以上、二メートル程のであった。

 しかしそれ(・・)は常軌を逸脱した一部(・・)が存在した。

 翼だ。

 それ(・・)は人間の肩甲骨辺りからか、一対の黒い翼が第五、第六の腕かのように生えていた。前後の状況を見る限り、作り物のコスプレ衣装……というわけではなさそうだが。

「流石は人間……脆いでありますな――」

 彼女が口を開くとまたもや、それは他人に向けた言葉ではなかった。自分の中にある情報や知識を現状にある事実と照らし合わせるかのような口調で、陰鬱とまではいかないがなにか考え耽るような声であった。

 と、

 

 ガギィィン!!

 

 金属の激突音が響いた。欠けていた月は淡雪の意識の喪失による絶界“神隠し”の機能停止と同時に既に戻っており、雲ひとつない晴れた月の光によってかろうじて見えるその光景は激突音の示す通りに二者の激突であった。

「成程、十手でありますか。これはまたなんとも珍しくも懐かしい――」

「そうか」

 防いだ方……漆黒の翼を生やした異形の女と、防がれた方……残り少ない“暗器”の中から選び取りだした十手を右手に持って奇襲をかけた契。

 二人は互いの言葉を聞き、その言葉に秘められた意味を理解する前に武器を振るう。

 長さ四十センチ前後の十手と二メートル前後の矛。どちらかが有利かと聞けばそれはもちろん矛である。

 だがその事実に相反して、戦闘の優位に立ったのは契であった。

 右手に握った十手をまるで自分の手足かのように使い、相手の動きに合わせて隙を潰しながら攻めの一手を振るい続ける。

 幾度も響く互いの得物の衝突音だけが夜の中に響く。淡雪の傍にしゃがんでしかし何も持っていない故に応急処置もできない理子、淡雪をそうした存在に恨みがましい視線を向ける霙の二人の観客に見守られ、“殺人機”と異形の主は鎬を削る。

 と、異形の女の矛の振りに隙が生まれた。それを突くべく一撃必殺のために十手を大きく、しかし防御できない秒範囲に収まるように振りかぶる。

 

 そして、契の一撃必殺の攻撃は外れた(・・・)

 

 そして、契の目前に矛の切っ先が迫っていた。

 

 咄嗟の出来事ではあったが、契の対応は迅速であった。十手の棒と棒の間の窪みに矛の刃の付け根を挟みこみ、そのまま矛の刃をへし折った。

「……人間としてはなかなかやるようでありますな――」

 対し異形の女はそう呟いて即座に体を反転、遺された矛の柄を振り抜いて契に叩きつける。狙いはただ一点、契の右手だ。

「ですが――」

 びゅんっ、と風を切る音。木でできた矛の柄は精密な狙撃のように契の右手……それに握られている十手を自らの粉砕を引き換えに弾き飛ばした。

「――っ」

 その衝撃で契の右腕が後ろに弾かれた。大きく右半身を無防備に晒す。

 異形の女は背中の黒翼を広げ、地面を力強く蹴り飛ばした。滑空するグライダーを思わせる動きで契のガラ空きの右半身へと突撃。途中、腰に帯刀していた一振りの日本刀をばっと抜き放ち、

「これが、決定打であります――」

 それをそのまま、契の脇腹に深々と突き立てた。

 

 

 

 

 

 (なぎ)。それが異形の女、妖怪組織“百鬼夜行”が抱える最高幹部“八妖の蓮(はちようのはちす)”が一角、空中部隊が頭領、鴉天狗の個体としての名前だ。

 日本という妖怪が数多く存在する国家の中に点在する妖怪組織の中でもとりわけ構成員が多く、日々拡大の一途をたどっている組織、“百鬼夜行”。日本全国各地から集められた精鋭を多く抱え込むその組織戦力は一国家の軍隊以上の戦力を持つとまで言われ、オカルトの方面でのみを語るのならば星伽神社に匹敵するほどの影響力を持つと言っても過言ではないだろう。

 その中でも用途によって軍勢を率いる八者の頭領格“八妖の蓮”の構成員はくせ者揃いということで、いわゆる『水面下の社会』、その中でもオカルト方面に特化した方向で有名な話であるがしかし彼女は八者の中でも特に突出した所があるわけでもない普通の妖怪である。

 それは他の七者が皆選別された適任者の中から各役職に最も優れた者が選ばれている事に対し、彼女は他に適任者がいなかったという理由、さらに言えば八十年近く前に起こっていた一つの戦いで彼女の師が戦死したことによって生まれた一つの『穴』を埋めるという目的、要する所の数合わせとして“八妖の蓮”の構成員となった、という経緯の側面が存在する。

 他の“八妖の蓮”の構成員が百年単位……中には千年以上に職を全うしている中、彼女のみ“八妖の蓮”に就任してから百年も経っていない新入り中の新入りである。

 その事実もあってか彼女は歴戦の勇士たちのなかに未熟者が一人紛れ込んでいる、と解釈しているのだ。最高幹部“八妖の蓮”の構成員として、他の七者の顔に泥を塗らないようにと生真面目で石頭な彼女は考えているのだ。

 任された事の実行及び成功を第一に考えるのは、彼女の気質故である。石頭の上に生真面目な所は鴉天狗という妖怪種族の中で多く見られる共通点であるが、その中でも彼女のそれは筋金入りである。

 凪は任務遂行のためであれば手を抜くことを知らない。石頭で生真面目な種族の中で石頭で生真面目な性格に産まれてきた故の徹底ぶりに“百鬼夜行”に所属する者であれば誰も未熟者というレッテルを貼ることなどありえず、むしろ生まれながら人の上に立ち、見本を示すために産まれてきたとまでさえ言える模範的な存在ですらある。

 強き者にも弱き者にも、情、容赦、加減、区別、あらゆる『扱いの差』を敵に設けない堅物は、その一貫とした主義を必ず通すことで信頼を得ている。“百鬼夜行”の大部分を占める雑兵からも、その雑兵を束ねる最高幹部“八妖の蓮”の面々からも、そして彼らの補佐をする副官達からも。彼女への信頼は大きく大きく、その肩に重くのしかかっている。

 

 

 

 

 

「次は、貴殿であります――」

 彼女は“百鬼夜行”からの信頼を裏切らないために、今回も情をかけることも無く、容赦することも無く、加減をすることも区別もせずに二人の人間を仕留めた。

 黒い山伏衣装を身に纏った凪は白髪の男の脇腹から湧き出た帰り血で汚れた己の右手には目もくれず、次は淡雪の傍にいた金髪の少女に目標を据えた。

 その場にいる中でもっとも彼女の邪魔になりそうな者をその危険度の高い順番で後始末をする癖のある凪は彼女を次の標的にしたのだ。

「ちぎりん……」

 物悲しそうな声で親しかったであろう相手の名前を呼ぶその少女を可哀想だと思わないわけではない。しかし彼女の主義の辞書に、敵への攻撃に手を抜くなどという言葉は存在しないのだ。よって、なんらかの形で見逃すことなどできるはずがない。

 右手と同じように帰り血の浴びた日本刀を構える。一級品の業物というわけではないが、それなりに鍛えられた上等な一振りである。

 対し、金髪の少女の方も決死の覚悟を決めたようだ。太ももあたりに隠し持っていたと思われる一丁の拳銃を取り出した。ワルサーP99、ドイツのワルサー社製のオートマチック拳銃だ。

 金髪の少女は目の前の敵、凪へ向けて即座に引き金を引いた。大気を割る乾いた発砲音、しかしそれは無造作に振られた凪の日本刀に両断される。

「……他愛も無いであります――」

 どうやら目の前の娘は強者ではないようだ、と見切りをつける。そのまま反撃へと出て、黒翼を羽ばたかせて地上数十センチの所ぎりぎりを飛び急接近、そのまま日本刀を彼女めがけて振るった。

 

 しかし直後、予想だにしていないことが起こった。凪の日本刀が折られたのである。

 

「なっ!?――」

 彼女の日本刀は中ほどでぽっきりと折られていた、否、断ち砕かれていた(・・・・・・・・)

 数瞬、呆然とした所で遅れて痛覚が彼女の襲いかかってきた。直後、左目の視界が真っ赤に染まる。それが自分の額から流れた血であることに気付くまでさらに数秒の時を必要とした。

 そしてさらに数秒、自分の負傷に敵に不覚を取ったことに驚き、さらに数秒の時を使って、その傷がただの刃で斬られたものでないことを傷に残った微かな妖気によって知覚する。

「まさ、か――」

 そしてそこで思い当った。一つの可能性、自分が数秒で始末したはずの男が未だに意識を持っていた場合……それから考え得る、低くも決してゼロではない可能性。

 その考えが正しいことなど、目の前を見れば明らかなことだった。金髪の少女……理子を庇うように立ちはだかる、怪物の姿を。

 “百鬼夜行”が最高幹部“八妖の蓮”構成員、鴉天狗・凪は一つの思い違いをしていた。

 それは、この場にいた四人を全員『人間』と判断したこと。彼女の目的の二つ、とある“八妖の蓮”の副官が勝手に持ち出した一振りの妖刀“村正”を回収する事とその関係者の抹殺遂行の中で、イレギュラーの一人を脇腹を日本刀で刺したことによって戦闘不能に陥ったと人間の常識で考え、“村正”の回収よりも目撃者の抹殺を優先したこと。

 そしてなにより、一人の少女を殺そうとしたこと。

 彼女が石頭で生真面目な堅物で、任務のためには手を抜くことをしない、彼女の本質故であった。人間であって人間でない一人の怪物。それはその本能を剥き出しにして、自らの性質を非情に相性の良い一振りの妖刀を手に凪の目の前に立ちふさがった。

 月光が鈍く刀身を光らせる。

 妖刀“村正”。その性質は人が人を斬る上でどうしても必要な殺意(・・)を過剰促進させそれを喰い、刀剣としての切れ味を増させてゆくバケモノのような怪物刀である。

 

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