緋弾のアリア-秘密結社の殺人機-   作:ちーたら

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第21弾:村正-muramasa-

「刀匠村正はそれはへんつくな人物だったと聞く」

 イ・ウー本拠地、巨大原子力潜水艦・ボストーク号の大聖堂。そこでイ・ウーの頂点に立つ指導者“教授”は意味深な言葉を土御門 蓮華に説いた。

「聞く、ということは貴方の“条理予知”ではない、ということですね?」

「ああ、その通りだ」

 “教授”は頷いてから、言葉を続ける。

「一世紀ほど前、ジキル君に紹介してもらった変わり者がいた。彼はとても気難しい性格でね。そしてなにより彼自身、人間ではなかったんだ」

 “教授”は懐から手帳を取り出した。随分と古ぼけたものだが、革製のそれはずいぶんとしっかりしている。

 そこから一枚の白黒写真を懐かしそうに眺める。

「ジキル君に紹介してもらったその変わり者の名前はデュラハンと言ってね。首無し男、と言えば蓮華君も知っているだろう?」

「ええ、一応は。元々はアイルランドで死期の迫った人間の近くに現れるという妖精だったと思いますけど?」

「その通りだ。しかし当人は趣味嗜好として人間が作り出す創作物に惚れこんでいてね。“死期の告知”というデュラハンという種族がやるべき義務を完全に放棄し、世界中をあてもなく放浪しては自分と思想を同じくする者を見つけては共に創作をするという、そう言う意味での変わり者だった。当人が言うには古代エジプトではピラミッド、夏王朝では銅爵、東ローマ帝国ではステンドグラスを作るのに協力したと言っていたね」

「それは、随分と話が壮大では?」

「そうだね。しかし事実かどうか知っているのは当人のみぞ知ることだ。ここではふれないでおこう」

 嘘か本当かなど、“条理予知”で解明できることだろうに、と蓮華は心のなかで言う。だが少なくとも問うべきなのはそのデュラハンという男が作成を手助けしたというピラミッドはオカルト要素の多い産物だし、銅爵は当時最高クラスの技術による作品、ステンドグラスが現在知られている中で最も昔に作られていたのは東ローマ帝国の寺院だ。話を聞く限り紀元前から生き続けていたであろう“死期の告知”を完全放棄したというデュラハン。こうして“教授”が話しているところを見て、それは事実であると認めることが一番なのかもしれない。

「それで、そのデュラハンが?」

「そうだ。刀匠村正もまた、あてもなく放浪していたデュラハンと出会って作品を創作した者の一人なんだ」

 言うまでも無い、妖刀“村正”のことだろう。

「彼が言うにはこうだ。『村正はカタナを作る上ではトンデモねぇほどにこだわるヤツだった。丹精込めて一つの角度から決まった数だけ鎚を振るい、炉に薪をくべるときにゃ薪の大きさや数、そして当時じゃ特定もできやしなかった温度にまで気を使う徹底ぶりでよ。そのくせ出来上がるカタナは他のよりどっか数歩劣っていやがった』、とね」

 丁寧にそのデュラハンの口真似を加えて、

「だが彼はその刀匠のひたむきな態度に自分と同じ物を感じ取ったらしい。彼はかの刀匠をいたく気に入り、共に刀剣の作成を持ちかけたそうだ」

 そこでしかし、と言葉を区切り、

「最初、刀匠村正はその持ちかけに良い顔をしなかったらしい。にべも無く断られ、それから数回の交渉を得てやっとの創作に掛かることができた、と彼は笑いながら言っていたよ」

 それから村正とデュラハンの二人は工房に籠って試行錯誤を繰り返したそうだ、と“教授”は語る。

 刀を打っては失敗し続けた、と。

 村正の刀に対する真摯かつ頑固な態度とデュラハンの持つ蓄積された膨大な知識、その二つが合致する刀の完成には十年以上の時を必要としたという。

 デュラハンと出会った時には若き刀鍛冶であった村正は、デュラハンとの合同作品にして他の刀よりより優れた刀剣“村正”の最初の一振りを完成させた頃には既に三十路に入っていた。

 デュラハンがこれまで一人の作成者と共に過ごしたのはそれが最初で最後だったという。最初は意見の対立の多かった二人もそれほどの時間を一つの目標を目指して進んだことから、互いに親友、いや、義兄弟とまで言える仲になっていたらしい。

「ただ少なくとも、幾度と失敗を繰り返し、それを糧にさらなる精進をし、ただ一つの結果を求めて進んだその十数年の日々は双方にとても充実していた、とデュラハンは語っていた」

 まあそうだろう、と蓮華は思案する。共通の目標を己自身の好きでやっていればそうなるのは必然だ。現代でもそういったことは当たり前のことであるし、なによりもそれが派閥などを作る原動力でもあるのだ。

「その後、デュラハンの意思で刀は“村正”という銘を名づけられた。デュラハンという一人の創作者のモットーとして自らの関与をあまり多くの者に知られたくないという傾向があるようでね。人間と言うものは作者の前だと作品を過大評価する傾向があるというのが彼の持論だそうで、世辞抜きの本心としての意見を聞きたがる変わり者らしい考え方だ」

 刀剣“村正”、その最初の一振りを、村正は自分の元から去るデュラハンに送ったという。

「彼曰く友好の証、だそうだ。今でも彼の隠れ家にはその“村正”が飾られている。十数年の時を共にした親友との時間の証としてね」

「そして、村正は一流の刀鍛冶になった、と?」

「ああ、その通りだ。デュラハンとの十数年の時を糧にした彼の刀は素晴らしき一級品と日本中に知れ渡った。時には幕府から将軍の刀を作成することを依頼されたこともあったようだ。だがしかし、村正とデュラハンの作り上げた名刀の複製品と言える“村正”たちは複製品とはいえ名刀ではあった。しかし、名刀故に大きな欠陥を持っていた」

「それが、妖刀と言われる物、と?」

「その通り」

 エクスカリバー、という剣が存在する。かつてブリテン島を治めるアーサー王が持つ名剣にして、アーサー王の血筋を、要する所の王に相応しき者を見定める剣。石に刺さったこれを抜くことができた者こそが王となる資格を持つとされる、自らの所有者を決める剣。

 それと同じ。名刀であった“村正”もまた、所有者を自ら決める刀であった。しかしエクスカリバーのように所有者以外の手に渡ることの無い、という一種のフィルターが存在しなかったかの名刀らは自らの意思とは関係なく人間の手に渡って振るわれ続けていたのだ。

「自ら所有者と認めない人間に振るわれ続けた無数の“村正”は拒絶反応を起こした」

 そもそも名刀が名刀と呼ばれるためには、それを手にした者が名刀を握る者に相応しいという前提が必要だ。言わば名刀の所有者が最初に存在し、その存在によって刀は結果として名刀となり、歴史を動かす。事実としてエクスカリバーという名剣はアーサー王という器が現れることで初めて名剣として力を発揮した。

 ところが、名刀“村正”はその前提と結果が入れ替わっているのだ。

「器に収まりきらず、許容量を大きく上回った名刀としての力は、杯から零れる水のようにあふれ続け、やがて一つの結果として所有者から漏れだして一つの結果を生みだす」

 “教授”の言葉に蓮華は察したようだった。“教授”はこくりと頷いく。

「それが“村正”の銘を持つ刀が妖刀と言われる理由だ。有象無象に振るわれる“村正”はその膨大な力をある種の暴走をさせ、人が人との命の争いをする上で最も必要な感情『殺意』を過剰なまでに助長し、その人間の思考をただ一点……“殺人欲求”へと変え、敵を殺しつくすだけの狂戦士へと変えるんだ」

「“殺人欲求”……ですか」

「ああ。だからこそ僕は、契君にその偵察任務を任せた。彼ならばきっと回収に尽力してくれるとわかっていたからこそ、そして何よりも彼ならば妖刀“村正”を強制的に支配下に置くと言うことも、ね」

「自分の『殺意』を、いや、その暴走状態に位置する“殺人欲求”を自らの意思でコントロールできる契くんだからこそ、器に満たない所有者たちを『殺意』の渦に巻き込んで妖刀と化した“村正”を使いこなせる、と?」

「その通りだ。最もそれらは複製品に過ぎないし、僕も“村正”に真に選ばれた者の前例を知らない。今はデュラハンが所有しているという一振りのオリジナルの“村正”の威力は皆目見当つかないし、“村正”は選ばれた者にどのような力を与えるのかさえ闇の中だよ」

 飄々とした態度の“教授”に、蓮華は訝しげな瞳を向ける。

 世界中を知りつくしたと言っても過言ではない“教授”。彼がこのようなことを言うのは些か不自然だと感じたのだ。

(まあ、言ってもはぐらかされるのでしょうけどね)

 そう諦めて、蓮華は自然な様子で(しかし“教授”のことだろうから諦めたことも見抜いているだろうとこちらも見抜きながら)話題を転換する。

「それで、“百鬼夜行”が絡んでくる、ということはどういうことですか?」

「簡単な話だよ。“百鬼夜行”はイ・ウーと同じく妖刀“村正”を広く収集している組織の一つでね。契君が作戦遂行前に隷示君に送ったという報告文を見れば、それは大きくあきらかなことだ。そもそも、星伽一族が妖刀を持っていると言うことはないはずなのだから」

 それも“条理予知”か、と最早反射的に物事の判断をして解決する。種明かしをする“教授”に対してはどうして知っているのか、という言葉は禁句だ。だらだらと長い文句を言うということが相場が決まっているからだ。彼女も昔、そう訊いてしまい数時間講釈に拘束されたことがるのだから。

「星伽一族には“禁制鬼道”と呼ばれる物があってね。超能力(ちから)の強い者はその強さを封じ布などによって抑制して隠す傾向があるんだ。しかし、妖刀“村正”はその性質上、身に着けるだけで器の許容量を超える超能力に近い“殺人欲求”を所有者に植え付ける。“村正”の怖い所はそれが超能力ではなく、名刀を選ばれし者以外が使っているという代償に過ぎないことだ。精神力が強い者だとしてもその代償の前には屈することがきわめて多い。そんな危険な爆発物を、表向きに神社としての体面を持つ組織が持ちたがると思うかい?」

「それは、まあ持ちたがらないでしょうね」

「そうだ。それ故に、星伽一族は別に敵対しているわけでもない“百鬼夜行”とは一種の繋がりを持っている。共に太古から怪異に通ずる所があったんだろう、星伽一族と“百鬼夜行”の間には不可侵協定と共にいくつかの利害関係が結ばれていてね。その中には妖刀“村正”の譲渡に関する項目がいくつかあるんだよ」

 これは最高幹部“八妖の蓮”の一角にして遊軍部隊の長である口の軽い男から聞いた話だけどね、と付け加える。

「ところがね、その話をその男に聞いた時、彼はこうも言っていたんだ。『ちょうど一年くらい前だねぇ。ぼくの戦友、“八妖の蓮”の一人の所の副官くんが、きみが欲しがっているっていう妖刀をある女の子にあげちゃったみたいでねぇ。しかもその娘、なんでもとっても強い“魔法少女”みたいでさぁ。契約した時にはもう家族はみんな殺されちゃったらしいけど、あの変わり者の副官くんが目にかけた娘をそうそう面倒を放棄するとも思えないし、なんか対応策も考えているみたいだったけどねぇ』とね」

 デュラハンの時と同様に口真似を交えて説明した。

 “教授”の話を聞く限り、その話した当人の言う戦友の副官とやらがその“村正”を勝手に持ち出した当人と考えて間違いなさそうだ。

 それを踏まえて“教授”は続ける。

「察しの良い君のことだ。あとはわかるだろう?その『副官くん』とやらが多大な才能を持つ“魔法少女”を、手っ取り早くどのように面倒を見ることにするか」

「“百鬼夜行”は数百年前のあれ(・・)から純粋な妖怪以外を組織から排除する傾向にありますからね。人間の少女を組織に入れることは難しいとすれば……」

「そう。まあ簡単に言えば、彼女は星伽一族に預けられた、と考えが妥当だろう。まあ確証は曖昧だった故に契君の腕試しを兼ねて宝探しのようにしてみたわけではあるけどね」

 趣味の悪いことだ、と蓮華は思う。

 結局の所今回は、否、今回も(・・・)彼の『緋色の研究』を最終フェイズへと進めるための手駒作りの一環でしかなかったわけだ。彼女自身イ・ウーでのこういった物事の経緯を台本と称してはいるが、ここまで手のひらの上だと変な笑いがこみあげてさえきそうである。

 いったい今回の台本で、どれだけの被害がでたのだろうか。

 ある一つの可能性としては、“百鬼夜行”の構成員が星伽一族の者に危害を加えるという極めて最悪なパターン(・・・・・・・・・・)が存在する。理由は簡単だ。その副官とやらが妖刀“村正”を星伽一族に預けられた“魔法少女”に与えたのは彼の独断であること。そしてそれを取り戻したいと当たり前の事を考えるであろう“百鬼夜行”。しかし不可侵協定によって奪い返すこともできないという行動の制限された水面。その状態の中に投げ込まれた第三者という石。そこか広がる波紋がどのような結果を招くかなど、難解などとは冗談にも言えないような簡単な現実だ。

(なるようになれ、なんて言うけれど、これはそんな状況じゃあないわよね……)

 星伽一族と“百鬼夜行”。日本列島の中の怪異を司る最大級の人間と妖怪の二つの組織。

 双璧を成すその二つの組織はその巨大さ故に不可侵協定を結んだ側面を持っているというのに……その協定が今回の事で破られることになったとしたら。

 考えるだけで恐ろしい結果になることなど、想像に難くないことだ。

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