緋弾のアリア-秘密結社の殺人機-   作:ちーたら

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第22弾:共闘-joint struggle-

 “百鬼夜行”最高幹部“八妖の蓮(はちようのはちす)”が一角、鴉天狗・凪は目の前の怪物に思わず身を一歩引いた。妖刀“村正”を抜刀した白髪の男は、複数の重傷と呼べる傷から血を失っているはずの、人間としては瀕死の状態に値するはずのその男はそれを意に介さないように凪を睨みつけている。

(馬鹿な……まだ、動けるのでありますか――?)

 その思考で流れるのはただ純粋な驚愕であった。“八妖の蓮”の面々に見劣りするとはいえ、彼女とて数百年の時を生きた妖怪である。妖怪としてはまだ若い方ではあり、妖怪戦国と言われた時代を知らない若人であったとしても、多くの戦場を駆け巡ってきた猛者だ。

 八十年程前のあの(・・)戦いでも、当時彼女“八妖の蓮”として任に就いている役職を担っていた彼女の師の副官として、壮絶な戦争に参加していた。

 先鋭部隊、遊撃部隊、後詰部隊、空中部隊の四つの枠組みの攻勢部隊と共に多くの敵を屠ることを経験し、空中部隊の頭領の副官として数多くの戦場を見てきた彼女の戦況眼は本物だ。

 だからこそ、その戦況眼が語っていたからこそ、目の前の男がただならぬ者だということを彼女は悟った。

 断ち砕かれた日本刀の柄を地面に落とす。両手を開けて、目の前の怪物に正々堂々と相対する。

「参考程度に聞かせてほしいであります――」

 目の前の白髪の男に向けて、真摯な眼差しを向けて問う。

「何故、貴殿は私の前に立ちはだかるのでありますか――?」

 それに、白髪の男は端的に回答する。それ以外に理由などないと言った様子で、心の奥から思うことを短い言葉で紡ぐ。

「……当然のことをしただけだ」

「貴殿は、その娘を守ることが当たり前、と――?」

「……それ以外になにがある」

 感情の起伏を感じさせない口調に、凪は眉をひそめた。それは、彼女がある会話を聞いていたからに他ならない。

 つまり、星伽 淡雪が震える声で少女――彼女の言葉の中では『理子』と呼ばれていた――に刃を突きつけていた時の、白髪の男の言葉。

 ――「理子をどうにもしようともお前の自由だ」――

(あの言葉は、彼女を見捨てた言葉であったはずであります――。彼女を見捨て、手の中の妖刀“村正”を優先させたはず……なのに、何故いまさら――?)

 別にどうなっても構わないと言った少女がいざ命の危険にさらされ得た瞬間、それを庇うために立ちはだかるという、言動と行動の完全なる矛盾、あるいは剥離。繋がることの無い、相反した事実。そしてそこから導き出される一つの回答。

「先ほどの星伽 淡雪への言葉は完全なる嘘、でありますか――」

 白髪の男は答えない。その沈黙は肯定か否定、どちらかによるものだろう。だが、その男の後ろで彼の背後に隠れるようにしてこちらを見ている件の理子という少女を見ればそれが真実かどうかなどはっきりとしたことである。よほど大切にされていなければ、人間の子供はあそこまで人と一緒にして安心されたような表情を作らない。これは、数多くの人間の生死を見てきた数百年分の彼女の経験からの知識だ。

「成程――。貴殿の戦う理由は『それ』でありますか――」

 自分に言い聞かせるように呟き。事態を考察し。凪は次の行動へ移る。風を巻き起こしながら一対の黒翼を大きく広げ、足が大地を蹴り空中へと飛翔する。

 月を背後に置いた彼女はそのまま両翼を羽ばたかせる。

 と、

「……!」

 契が“村正”を振る。軽い金属音が連続し、契と理子、二人の足元に何かが落下した。

「ちぎりん……?」

「理子、そこから動くな」

 短く理子にそう言って契は“村正”を構え直す。

 理子は足元に落ちている物を見て、確認する。それは何の変哲もない、無数の真っ黒な羽根であった。

「それで防ぎきったつもりでありますか――!」

 そんな言葉が聞こえた。それと同時、先ほどとは比べ物にならない数の羽が竜巻のような軌道を描き、その巨大な口を開けて迫ってきた。

「ち、ちぎりんっ!!」

「……くっ」

 契は彼としては珍しく舌打ちをして、右腕の脇に理子を、そして反対の左肩に倒れている淡雪を抱えあげて移動する。まるで瞬間移動のように虚空へと掻き消えたかのような動きから一秒もしない内に彼らがいた場所を黒羽根の気流が抉り取った。

 砂利を巻き上げ、自らが打ち倒した“武装巫女”星伽 霙のすぐ隣の空間に姿を現す。

「――、淡雪!」

 地面に伏している霙が慌てたように声を上げた。青い顔の淡雪をすぐそばで見て、霙の顔から血の気が引いていく。

「理子……今言った通りにしろ(・・・・・・・・・)

 それだけを言い残して、契は姿を消す。次の瞬間には鴉天狗の目の前に現れ、“村正”を振るっていた。伊賀流忍術『瞬』を使用し、極限までに機動能力を高めた瞬間的加速による接近だ。

 その契の姿を見送った理子はうつ伏せに倒れている霙の元にやってくると、その体を仰向けに横たえる。

 そしていつの間にか持っていた……ついさっき、契から渡された金属製の小さなウイスキーボトルのキャップを外し、それを霙の口元に持っていく。

「少し酷い味らしいけど、とりあえず飲んで」

 その正体や意図を掴めない霙の意思など関係なく、中の液体を彼女の口の中に注ぐ。焼けつくような感覚が喉を満たし、電流が走るかのような痛みが体中を走る。胃袋はまるで焼け石を呑んだかのように熱くなる。

 次の瞬間、喀血しながら霙は起き上がった。喉に自然と両手が行き、体から感覚を吐きだすように荒い息を吐く。

(この子供、なんてものを……!?)

 すぐ横にいる理子に掴みかかろうとして、そこで気付いた。

「体が、動いている……?」

 ついさっきまで“魔球の蠍”とやらが作った毒によって体が動かなかった霙の体が未だに不完全とはいえ動いている。体をじんじんと蝕むような熱さは未だに残ってはいるが、それも数秒の内に和らいでいくのを感じた。この感覚は確かに本物だ。

「……お前、何が目的で……」

「知らないよ」

 霙の言葉に理子が答え……否、遮って、怒りをぶつけるような声質で彼女に言う。

「ちぎりんから伝言だよ」

 彼女は、自分の最も慕う青年の言葉を復唱する。

 彼に頼まれたままに、何よりも一番最初に聞いた自分が驚きを隠せない作戦を……いや、そうではない、契から霙への一方的な命令を。

 理子は伝令する。ただ一つの、“二人一組”の片割れから任された仕事として。

 

 

 

 

 

 妖刀“村正”が特有の、殺意が変じて生まれ得る重圧を感じる妖気を刀身全体に纏って伊賀流忍術『(ダン)』として振るわれる。難なくその攻撃を避けるも、しかし大気が裂けるような感覚が凪の体全体の肌をびりびりと威圧する。

 黒翼を羽ばたかせ、凪は脇差として帯刀していた小太刀“小烏丸”を抜刀する。先ほど断ち砕かれた刀剣とは違い、彼女の師の形見にして遺品、同時に偉品である業物だ。

 直後、妖気と妖気が激突した。

「はぁぁぁ――!」

 鍔迫り合いを引き起こす妖刀“村正”と小太刀“小烏丸”が互いの鎬が削り合う。

 契の“殺人欲求”によって湧き出る無限の殺意を貪りその力を増大させる“村正”と、生粋の妖怪として生まれ持つ妖気を自在に操ることに長ける者の手にある“小烏丸”。片方の斬撃はもう片方の斬撃によって止められ、火花を散らして交錯する。

 鎬が離れる。宙に放り出される契に、凪は黒翼を一度羽ばたき黒翼の羽根の刃を打ちだした。

対し、契はそれを空を蹴って回避する。足場の無い場所で俊敏な動きをするための伊賀流忍術『(マイ)』である。

 その名のように、空中で舞踏をするかのような動きで黒羽根の攻撃を躱し、地面に足がつくと同時に『瞬』で地面を縫うように走り、数秒もしない内に凪の元へ移動、再び“村正”の重圧ある剣撃を放つ。

「貴殿は随分と、回りくどい人間でありますな――」

 幾度か目の激突に乗じ、凪が言葉を投げかける。霙の時と同様にだんまりを決め込む契は顔の筋一つ変えることはしないが、その光景を予測していたのか、あるいは元々気にするようなことではないのか凪は構う様子も無く言葉を続ける。

「守りたい者があるというのなら、堂々とそれを守れば良いはずであります――。しかし貴殿は星伽 淡雪との対話で、まるで金髪の童女を気にかけないような素振りを取ったであります――」

 互いの刀身のせめぎ合いが離れると同時、凪は言葉を切って黒羽根の刃を放つ。それを伊賀流忍術『舞』による空中舞踏で躱し『舞』で地面に着地、直後に『瞬』で凪の目前に接近して反撃の斬撃を叩きこむ。

「おそらく貴殿は、金髪の童女が助かる算段が既についていたのでありましょう――。しかし――!」

 直後、ぞわりとした感覚が契の体を舐めまわした。その感覚に目を少し見開くとほぼ同時に“村正”の刀身が“小烏丸”に押し返される。

「その油断が、取り返しのつかない事を引き起こすこともあるのであります――!!」

 ガギン!と、ひと際大きな鈍い金属音。契の手元から“村正”が離れようとしている。

「貴殿の中には油断しかないであります――。現に、貴殿の戦い方には大きな隙が生まれ得ている――!」

 凪の言葉は核心を突いている。“殺人機”として最高の武器である『殺害』を“教授”の命令によって許されていない現状、契は自らの力の真価を発揮できていないといえる。

 それが、彼女の言う『油断』だ。実際にはそうでなくとも、結果的には油断と全く同じことになっているのだから意味は同義だろう。

 その時であった。戦いを始めてから口をきかなかった契が、口を開いて言葉を漏らした。

「油断……か」

 次の瞬間、契は自らの手元から離れ始めていた“村正”の柄を左手で握り込み、そのまま刀身の切っ先を凪に向けて投擲した。

「な――!?」

 黒翼を翻し、それを回避する。空を切って落ちていく“村正”を見……と同時に、彼女が移動した位置に物体が二つ投げ込まれた。

 ピンを抜かれた手榴弾だ。

 直後、一瞬で手榴弾は爆裂する。爆風と破片の刃が縦横無尽に撒き散らかされ、凪に周辺の空間ごと襲いかかる。

 破壊の狂風に巻き込まれながらも、凪はすんでの所で体勢を立て直した。細く長い四肢や漆黒の双翼には無数の傷が生まれているものの、その意識や闘争心はまだ保たれている。

「くっ、無茶苦茶な――!しかし、その程度で私を倒せるとでも……」

「思ってはいない」

「――!?」

 意地に似た感覚での独り言に近い言葉を律義に返されて凪は、自分のすぐ目前に契がいることに気付いた。両手には何も持っておらず丸腰だというのに、どこか危険な雰囲気を感じ取る。

 そう、まるで彼の一挙一動が凪の命を狩りとってしまうかのような。

「なに、を――!?」

 直後、契の掌が凪の鳩尾に吸い込まれるように突き刺さった。

 一拍の間の後に凪の体は地面に突き落とされる。

 しかし、彼女も空の妖怪である。そうそう簡単に空中で負けるわけにもいかない。墜落の中で体勢を立て直し、そのまま両の足で地面に着地する。

 その場所のほんの数メートル前に契が同じく着地した……瞬間、彼は膝を折った。ただの人間が、深い傷を負った後にあのような戦いをしていればそうなるのは必至である。

「……なかなか、やる人間だったでありますな――ですが」

 凪は“小烏丸”を両手で握り、

「この戦いは、私の勝利であります――」

「……いや」

 凪の言葉に、契は返す。

「俺たち(・・)の勝ちだ」

 直後、凪の背筋を殺気が貫いた。反射的に振り返ると、背後には一つの影が立っていた。

 長い前髪で瞳に影を落とす、ぼろきれと見間違う程のセーラー服を身に纏う“武装巫女”の少女だ。

 凪は彼女がなぜ動けるのかとその現実を疑い、そしてその後ろに倒れている星伽 淡雪のすぐ傍にいる理子を見て戦況眼故に瞬時に理解をする。自分が白髪の男と鎬を削っている間に、彼女が何らかの治療を施したのだろう。

 “武装巫女”の少女は、そしてまた同時に“魔法少女(マッキーナ)”である星伽 霙は剣道で言う下段の構え、その刀剣を斜めに構え直したフォームで“村正”を握りしめる。

「――斬LL(きル)

 一筋の剣閃。自分の最も大切な存在である淡雪を傷つけられた怒りを源とした殺意によって、“村正”の所有者たり得ない彼女の不完全な力の発現は爆発的な力を生むことになる。

「小癪な――!」

 身を翻し、“小烏丸”を“村正”に打ちつけて相殺する。

 ……が。

 しかし、手ごたえは無く。

 目の前に、刃があった。

(これは……“感撹乱”――!?)

 “八妖の蓮”が一角の内の副官の一人、彼女を“魔法少女”にした張本人から“感撹乱”の話は聞いたことがある故に、凪は知っていた。

 対象者の五感をしっちゃかめっちゃかに引っ掻き回し、感覚を狂わせる技“感撹乱”。それによって霙は凪の視覚に干渉し、“村正”と“小烏丸”の位置関係を誤認させたのだろう。

 まっすぐ、凶刃は凪の首元へと吸い込まれる。

(くっ……不覚――!)

 歯を噛みしめ、直後に襲いかかる意識の断絶を覚悟する。

 彼女をはじめ、妖怪は基本的に首を落とした程度では死にはしない。が、一部の再生能力の持つ者を除き、頭部と体を結ぶ首という部位は人間と同様に急所であり、再生するのも数年単位で及ぶこともある。先陣部隊の長である“八妖の蓮”の一角は片腕を切り落とされて、二年近く隻腕で過ごしたことさえあった。

 ましてや、霙の持つ刀剣は“村正”。真の者ではない者に振るわれることによって器から零れ出る負の力によって力を増す妖刀である。首を飛ばされでもしたら、十年近く再生を待つかもしれない。

 彼女がそんな気持ちを抱いたのは決して保身からではない。自分が自分の不注意で負傷したことで他者に迷惑をかけることに対しての自責の念だ。ただでさえ能力が一歩劣っている自分のせいで“八妖の蓮”の他の七者、権威不相応に自分がまとめる空中部隊、ましてや最終的には“百鬼夜行”全体に迷惑をかけるということは彼女にとっては自らの身を斬られるよりも苦痛である。

 ……しかし同時に、その馬鹿謙虚な所は彼女が他者から認められる一因でもある。

 結果から言えば、彼女の首は刎ねられなかった。

 咄嗟に彼女が身を翻し、右翼を犠牲に首を庇ったのだ。

「ぐぅ……ぬぅぅぅ――!!」

 地面をごろごろと転がりながら、凪は傷ついた右翼を見る。幸い、切断などはされてなく、深く斬られただけのようだ。首を刎ねる力量での斬撃故に、翼を完全に着ることはできなかったのだ。

(状況は……最悪、でありますな――)

 “小烏丸”を構える手にも力が入らない。鴉天狗という種族にとって翼は自らの最も大事な部位と言っても過言ではない。この傷も数ヶ月もしない内にふさがるだろう。

(ここは、致し方ない――。撤退で、ありますな――)

 激痛を耐え、凪は両翼を羽ばたかせる。漆黒の羽根の竜巻を発生させ、自らの周りを突風で包み込む。

 次の瞬間、寒空の下に一迅の風が吹いた。

 その戦いの唯一の観客であった理子が寒風から顔を腕で庇い、数瞬目を離すと、つい先ほどまでいた鴉天狗の姿はどこにもなかった。

 

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