緋弾のアリア-秘密結社の殺人機-   作:ちーたら

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第25弾:鬼蔵隷示は思案する

 今日の昼食はまずかった。地雷を踏んだ感が拭えない。

「なんつーか、最悪だなオイ」

 ロンドン。イングランド、スコットランド、ウェールズ、そして北アイルランドの四国によって構成されるグレートブリテン及び北アイルランド連合王国、通称イギリスの首都。

 そんな街の表通りの一角に店を構えるとあるカフェテラスにて、一人の男性が日本語で愚痴をこぼした。

 他でも無い、秘密結社イ・ウー構成員“鬼策”鬼蔵隷示である。

 隷示はたった今食べ終えた魚料理の乗っていた皿を一瞥し、深く大きくため息をつく。

「イギリスのメシは不味いと聞いてはいたんだがなぁ……まさか、ここまで酷いとは思わなかったぜ……」

 ついにも虚しい独り言を呟いてしまう。曲りなりにもそれなりにメシの美味い日本の出身である隷示にはこんな料理は料理とは思えなかった。今にも食べた物を吐きだしてしまいたいとさえ思う酷さなのだ。それも、他ならぬイギリス人自身が自虐ネタで笑い話にするのもう頷ける。

 この惨状で日本円換算千三百円というのがなお驚きだ。ぼったくりもいい加減にしてほしい。

 しかし食ったもんは払わなければなるまい。しぶしぶといった感じで、隷示は会計を済ます。会計係の担当が美人だったことが唯一の救いだっただろう。

 兎にも角にも、今度からは朝食を三回食おうと心に決めて(もしくは全国チェーンのハンバーガーショップにでも行こうと思って)カフェテラスを後にし、隷示は表通りを歩く。

 と、黒いスーツ姿を着た、毒々しさを滲ませている自分のものとは違い100%天然物の金髪頭の男が数人、隷示とすれ違う。

(ロンドン武偵局の連中だな。そりゃこんだけ事件が横行していりゃ、連中が動くのも無理ねぇか)

 ライターで煙草に火をつけて吹かしながら、辺りの壁に貼ってあるロンドン武偵局が発行した手配書を見る。

 手配書は監視カメラの映像の静止画が使われていた。マントのような黒衣で体全体を覆い隠した姿が夜の中に半ば溶け込むような構図で映っている。

 “死神ジャック(Jack the Reaper)”。

 闇夜と共に現れ、道行く人の命を無差別に刈り取っていく犯行を西洋の死の権化である『死神』に例え、さらに十九世紀で同じくロンドンで起こった売春婦連続殺人犯、“切り裂きジャック(Jack the Ripper)”を連想させることからロンドン武偵局がコードネームとして正式登録した連続殺人犯である。

 とはいってもその姿は先ほど隷示が見た手配書に使われている、事件現場周辺の監視カメラに偶然映り込んだものしかない。しかも見るからに不鮮明である。画面の端にちらりと映り込んだのを無理矢理引き延ばしたのは明白だ。

 現在、ロンドン武偵局のメンバーが総出で正体の捕捉を急いでいる大犯罪者であり、その尻尾がつかめていないという。事件があった現場周辺では夜間外出禁止令が出されているとも聞く、深刻な事件だ。

 しかし。

(ま、俺にゃ関係ねぇな)

 鬼蔵隷示が今回ロンドンを訪れたのは他でも無い。中国の人身売買組織跡で見つけた、犯罪計画の描かれた文書のターゲットを守るためだ。

 神崎・H・アリア。

 年齢は2005年11月3日現在で13歳。特徴と言えば歳相応から少しばかり小柄の身体に金髪碧眼という出で立ちだろう。見るからにどこかの人形のようでいて、強く握れば壊れてしまいそうなほどに繊細な面持ちを持っている、というのが容姿だけを見た隷示の第一印象だ。

(まさか、あんなガキンチョが後のイ・ウーのねぇ……)

 煙草を一服吹かし、数日前の出来事を思い出す。

 

 

 

 

 

「――と、いうわけなの。隷示くん、一つ頼まれてくれるかしら?」

 そう言ってきたのは隷示の上役を務める白衣姿の女性、土御門蓮華であった。

 秘密結社イ・ウー、その個人派閥の一つ、土御門一派。その諸連絡などを行なう部屋での出来事だ。

 柔和な顔を少し緩ませている目の前の上司に、隷示は思わず彼女からの『指令』を復唱する。

「はぁ……神崎・H・アリアの護衛、ですか……」

 ほんの前日に中国から大量の金品と例の犯罪計画書を持ちかえった隷示は思わず対応の早さに関心さえしてしまった。

 隷示は一応秘密結社イ・ウーにおける“幹部陣”の一員だ。そもそもに幹部という役職の存在しない(即ち明確な判断基準が存在しない)“教授”天下のイ・ウーに於いて、幹部とはそれ即ち“教授”に認められた、または他の構成員から格上と見られている、ということに他ならない(前者の理由では“殺人機”契、後者では“万化教”天草汐織が幹部陣の一員となっていると言える)。

 そんな、普通の構成員(イ・ウーに居る時点で普通とは言えないのだろうけど)の中でも飛び抜けた存在である隷示が直々に出ることになろうとは、というのが彼の意見だ。

「そもそも、俺が行く必要があるんですか?どっちかと言うとこういうことは汐織の方が向いている気がする気がするんですが」

「そうね。確かに護衛とかは汐織ちゃんの方が向いていると私も思うわ。でもこれは、“教授”直々の指名なのよ?」

「ということは、やっぱり」

「ええ。対象が『あの子』であるというのも理由の一つなのよ?」

 『あの子』……神崎・H・アリア。

 端的に言えば、彼女は今後のイ・ウーに於いていなければならない人物である。

 イ・ウーを大きく二つに分かつ勢力、『主戦派(イグナティス)』と『研鑽派(ダイオ)』。

その中で研鑽派が“条理予知”によって予見された四年後の“教授”の『死』に際し、彼に変わる新たなリーダーとして見出した人物……それが神崎・H・アリアという少女なのだ。

「俺は必要あろうがあるまいが物をぶっ壊すことに特化しすぎちまった人間です。そんな奴が護衛なんて事をできると思いますか?」

 隷示の辞退の言葉に、蓮華は笑顔で返した。

「ええ、できると思っているわよ。こういうことにはドが付く程に生真面目な隷示くんならね?なんだったら豪傑と呼ばれた先祖のように自分の体を盾にして立ったまま死ぬことすらあるんじゃないかしら?」

 隷示は言い返せなくなった。普段は悪ぶっている物の、やはり彼女に口で勝つことは不可能のようだ。

「仕方ありませんね……わかりました」

「ええ、隷示くんは物わかりが良くて助かるわ。オルクスは既に用意してあるからそれに乗って行って頂戴ね?」

 蓮華の言葉に頷いて部屋を後にする……と、部屋を出てドアを閉めた所で、近くの曲がり角から見知った顔がやってくるのが見えた。

「お、今日も相変わらず能天気に元気そうだな、理子」

「ちょっと!それってどういうこと!?」

 隷示の半分冗談の(つまりもう半分は本気な)挨拶に頬を食糧過多のハムスターのように膨らませるのは隷示の弟分の妹分、峰理子だ。ついこの前まで弟分こと契の任務に同行して日本の京都で妖刀“村正”の入手に参加しており、今は休暇に近い状態のはずだ。

「で、何か蓮華さんにでも用があるのか?あるんだったらさっさとした方が良い。あの人、随分眠そうにしていたぞ。大方、また新しい札でも考えついて徹夜したんだろうな」

 現に、土御門蓮華の両目の下には濃い隈があった。彼女の下に就いてからもうかれこれ十年近く経っているのだ。案外わかりやすい行動パターンなら察することなど朝飯前だ。そろそろ机に突っ伏し始めている頃だろう。

「え、それ本当?ちぎりんにお使い頼まれてて……じゃあまた後でねれーじん!」

「その呼び方はなんとかならないのか……」

 ドアにさっさと入ってしまった理子には今の言葉は聞こえなかっただろう。

(まあ致し方なし、か)

 そう心の中で呟いてから、隷示は自室に戻る。

 

 隷示が超速小型潜水艇オルクスに乗ってイギリスへと向かったのはそれから僅か二十分後の出来事である。

 

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