今回の内容のアリアの言葉・設定には作者の独自解釈が含まれます。
ご了承ください。
(面倒くせぇ……)
と。
何重にも髪を染めたサングラスの男、鬼蔵隷示が素直にそう思った事は実を云えば彼の人生ではそんなに無かったりする。
見た目チャラ男、根はかなりの兄貴分、という正直言って無理して悪ぶっている節のある彼の根本的な精神構造を見れば、自分より下の者……それは年齢や力の強弱など複合的な事である……に対してはかなりの世話好きという側面が存在する。
故に、様々な意味意味合いで自分よりで弱ければどんな相手でもお節介するし……そう考えれば『面倒くせぇ』と考えるのは彼にお節介を焼かれる方で、本来ならば鬼蔵隷示という人間はそう思われる側の人間のはずだ。
だが。
「ねぇちょっと!ちゃんと聞いてるの!?」
耳元で躾のなっていない仔犬のようにキャンキャン喚く金髪碧眼の少女……彼女の現状をから『面倒くせぇ……』という感情を湧きださせないことなど、どこのお人よしにできようか、否、できないだろう。
あんまりにもうんざりしたので、とりあえず隷示は煙草を吹かしながら、耳からの騒音をシャットアウトして現状を確認することにした。
現在、隷示と件の少女……神崎・H・アリアの二人はとある部屋にいる。そこは隷示が寝泊まりしている貸しアパートメントの一室で、広さ的には日本の六畳一間と変わらない程の広さだ。
当然、数日前にイギリスに来たばかりの隷示が資金(中国の人身売買組織からちょろまかしてきたモノ)を用いて間借りした場所だ。経歴書不問なだけあって高くつくが、ホテルなどよりかは幾分かマシだろう。別に、二つ名が裏社会的な場所で知れ渡っていようが、特に隷示自身の素性が割れているわけではないのであるが……用心に越したことは無いのだ。
ちなみに仮の住まいとはいえ隣人がいたりするが、元々隷示はアリアを救出した後一回ここに連れてくるつもりだったので他の住民には『少々うるさい姪が来るから勘弁してほしい』という根回しをあらかじめ終えている。短い期間しかここにいないので会いに来てくれるとちょっとした嘘を吹きこんでみたら流石は紳士の国である。あっさり了承してくれた。なので、壁が薄いわけではないが防音されているわけでもないここでもアリアがある程度喚いてもある程度は大丈夫なのだ。きっと、久々の再開にすこしばかりはっちゃけてると思われているだろう。
まあようするに港のコンテナ庫で戦闘を行なったあとにここまで神崎・H・アリアを連れて来て、そこで目を覚ましたアリアが騒いでいる……というだけの話なのだが。
家具も何もないアパートメントで、あぐらをかいた隷示は現状を確認し終わると、キーキー騒いでいるアリアに目を向ける。
「で、なにか言ったか?」
「聞いてなかったの!?」
苛立ちを言葉に上手く乗せた、契の殺意を乗せた言葉を聞き慣れている隷示が感心してしまうほどに絶妙な憤慨であった。
「ああ、聞いてなかったな。あとご近所さんに迷惑だからなるべく静かにお願いするぜ。お隣の住人の方々には迷惑をあまりかけたくないのでな」
煙草の火を携帯灰皿で擦り消しながら、隷示はサングラスの奥の瞳をアリアに向ける。
そこで思ったのは見れば見る程に美少女である、ということだった。
もちろん隷示にそのような趣味があるわけではない。ただ客観的な第三者としての見てくれを判断する領内で、神崎・H・アリアと言う少女の容姿は造形が整っていて、そしてなおかつどこか気品と言うか優雅というか……イ・ウーにやってくる前は極貧の貧乏暮らしであった隷示からすればあの頃の自分では見ることも叶わないような上流階級の、言うなれば雲の上の存在のようなそれこそ肩書きである貴族が似合っているといえるだろう。
「ちょっと、なにじろじろ見てんのよ。風穴開けるわよ!」
(……言葉使いはともかく、と最後についちまうがな)
やれやれと肩をすくめる。
まあ、ここまでが
そして隷示は、その普通からさらに伸びる、非普通にへと思考を変える。
イ・ウーの“幹部陣”と呼ばれる中でも“教授”の企みを少しばかり他の者より多く聞き及んでいる隷示からすれば、目の前の少女が背負うと言う一つの運命と言う名の事実となる未来、それは――
「無視するなぁーッ!!」
そこでだった。頭の中で物事を延々と考えていた隷示の思考が一瞬で現実に引き戻される。アリアの声をなるべく外に漏らさないように締め切っていた煙草の煙の臭いが残る部屋にアリアの甲高い声が反響を繰り返す。
一度聞けば忘れることはまずできない声。未来に彼女と出会う一人の少年が『アニメ声』と形容する良くも悪くも特徴的な声に貫かれて、思わず『仕事モード』な隷示も顔を顰めた。
サングラスの奥の瞳がアリアを見抜く。マジックミラーと同じ素材で作られている故に相手側からは隷示の瞳を窺い知ることはできない。
だが、アリア自身はH家という特殊な家柄の娘であることは確かな事だ。なにか……それこそ、なにとはわからないが、とにかく『なにか』が自分に向けられていることを直感的に察知したのだろう。パーティー用と見られるドレス姿で少し怖気づいたような様子を見せながらも威勢よくこちらを睨みつけている。
(……なるほどな。この歳で既にここまでの闘争心を持ち合わせている、か)
少し目を伏せ(無論それはアリアには伝わることはないだろう)、
「少女よ。その眼光はどのような色を持っている?」
「色……?」
訝しげに単語を反復するアリア。隷示は歯を見せて悪戯に笑い、
「そう、色だ」
と、言葉を繋げる。
「長年傭兵生活をしている俺から見れば、その眼には……なんだろうな。簡単にまとめることは難しいが、そう、まるで親の仇を見るかのような敵愾心が見てとれるぞ」
「テキガイシン……?どういう意味よ、それ」
割とシリアスな言葉を語っていたはずだった……が、急に質問をされて話しを腰を折られる。
見れば、首を傾げる金髪碧眼の少女がいる。
(……イギリス暮らしで、日本語を学んでいるとしてもこんなことはあるもんなのか?)
日本語かドイツ語があれば通じるイ・ウー内で人生の半分近くを過ごしてきた生粋の日本人である隷示には少し想像のつかないことだった。
「あー……まあ敵愾心ってのは闘争心。つまり争い闘う心ってこった。ここまで噛み砕いて言えばわかるか?」
「トーソーシン……つまり、あたしがあんたをぶっ飛ばそうとしているように見える、ってこと?」
「そういうこと」
「なら、あたしの心の気持ちは伝わっていたようね」
ぎりりと歯軋りをして、おまけに青筋をびっきびきにたててアリア嬢はそんなことを言っていた。なんか子供なのにどこか雰囲気がおっかない気がするのは気のせいではない気がする。
おそらく、そういった所が“教授”が彼女を次期のイ・ウーのリーダーに指名した所に起因しているのだろうと解釈して、そして彼女が成長して自分たちを導くと云うことに現在の思考回路を考えて少し不安な気持ちを抱きながら隷示は言葉を続ける。
「まあ俺をどう思おうと勝手なことだがな。でも、俺はお前さんのその敵愾心の中に、どこか別種の色も感じとっている」
「違う色、ですって?どういうことよそれ。あたしはあんたに怒りしか感じてないし、向けてないわよ!」
目を吊り上げて憤怒するアリア。随分と短気なようで……時々契をからかうときにやっている煽り文句を吹っかけてみようか、とか考えてそれが火に油どころかニトログリセリンを放り込む行為だということに気付いて考え直す。
「落ち付けよ少女。すぐにイライラすんのはカルシウムが足りてない証拠だ。だからこのうんまい牛乳を呑みたまえ。そして落ちついて話しの続きをしようじゃないか」
「誰がちびは牛乳を呑めですって!?」
「うん、そうは言ってない。だから落ち付け」
どうどうどうと手を噛み砕こうとする獅子をあやすサーカス団の猛獣使いみたいな会話を数回交わすと、流石にアリアも考え直したのか隷示がクーラーボックスから出した牛乳をぐいっと一飲みした。
「さて、話しの続きだが……正直な話、君はどこか悩みか何かを抱えているのではないか?」
「悩み?」
「そう、悩み。なんでもいい。学校の成績が伸びないことや、周囲の環境に馴染めないこと……そういった負の要素があってそれに自分が不満している、ある種の不安でもあるかもな」
「不安……」
アリアはその単語に反応した。
「やっぱり、なにかあんのか?」
「あ、あんたには関係ないじゃない!」
「ああ、関係ないな。それこそ今聞いても散歩歩けば忘れるだろうし」
だが、とそこで隷示は付け加えた。
「人に鬱憤ぶつけるだけでも気分くらいは変わるもんだぞ?俺にも嫌ってほど経験があるしな。別にそれで揺すってどうこうしようとも思わねーし、言うだけ言ってみたらもんだ?それなりの回答は保障するぜ」
極めてやる気の無い様子で言う隷示。その立ち話の世間話のレベルで悩みを聞かれたアリアは少しムッとなったが、しかし隷示の言葉にも一理あると思ったのだろうか、やがて小さな口からぽつりと言葉が出て来始めた。
「……あたしって、失敗作なのかな?」
いきなり重い言葉から始まった。なんとも云えない空気が六畳無いアパートメントの部屋を包み込む。
しかし隷示はそれを茶化したりしない。やって良い時と悪い時、その線引きぐらいはできているつもりだ。
「みんな、あたしのことはH家の恥さらしだ、失敗作だって言って……そのせいでママも色々言われて、毎日毎日馬鹿にされて……」
曰く、そのH家とやらはアリアの祖母の代にデイムというなんかすごい称号を承った家でリアルな貴族であるらしい。
H家は代々優秀な人材を輩出してきており、アリアの母親もそういった筋で優秀な人を選んでアリアの父親と見合い結婚をしたとのことだ。
ところがその娘である第一子、件の神崎・H・アリアは先祖から受け継いでいる才能を受け継がなかった……とのことで一族の繁栄を望む、古い言い方だが急進派のような存在からは煙たがれている、とのことらしい。
やれやれ、と肩をするめる。
話し終わったアリアは半分泣きそうな……否、既に泣きべそ、号泣五秒前という様子だ。
なにやら込み入った話であるし、それこそ彼女の価値観、視点の話だからどうするべきか、すこし考え。
「そりゃ、お前がうじうじ考え過ぎてるだけだ。そんなことで悩んでると根暗に見えるぞ」
肩をすくめ、くだらねぇと言外に示す。
アリアが俯いていた顔を隷示に向け上げた。その驚きに唖然としてるかのような顔に、隷示は言う。
「そうだな。俺の知り合いの話をしようか。『そいつ』はとある武人の子孫として生まれた。生まれつきある種特別な体質を持っていて、物心ついたときには人一倍怪力を持っていることになっちまっていた」
紙面に描かれた原稿を淡々と読むニュースキャスターのようだ、という感覚をアリアは隷示に抱いた。さっきまであった彼とは全く別の、なにかを押さえこんだ様子の彼の語りに口をつぐんで聞き入るように耳をそばだてる。
「怪力……そう、怪力だ。『そいつ』は五歳になっている時には大の大人がやっと動かせるような重量物を持ち上げることができていた。それこそ、力持ちという範疇からは逸脱した程の『怪』だった。そしてなによりも、それが『怪』であることに幼い『そいつ』は自分で気付くことができなかったんだ」
どうなったと思う?と隷示はアリアに訊く。
アリアが首を横に振ると、苦笑気味に口元をゆるめて、
「『そいつ』は、異物として扱われたのさ」
百円ライターを取り出して煙草に火を付ける。煙を肺の中に吸い込んで、言葉にするのも忌々しそうに口を動かし続ける。まるで用紙を吐きだし続けるコピー機かのように。
「最初は大人たちの陰湿な陰口から始まった。自分が浮いてる事にすら気付けてねぇガキだった『そいつ』が自覚できちまったんだからそれは相当なもんだ。特に、よくいるいじめっ子の親たちは子供に『そいつ』を見かけたら石を投げさせたもんさ」
続ける。
「石をぶつけられて『そいつ』は人並みに怒った。まあ本人は自分の事を普通と思っていた時だったからな。結果、『そいつ』といじめっ子、一対五の殴り合いになって、まだ小学校に入る前のクソガキ同士のいざこざで……『そいつ』はいじめっ子全員を完膚なきまでに叩きのめした」
続ける。
「顔の形が変形する程にまで腫れているやつもいた。骨にヒビが入っているやつもいた。体中が青痣だらけのやつがいれば額から血を流してるやつもいた。一種の大惨事の出来上がりさ」
続ける。
「その出来事が発端となって、とうとう『そいつ』と唯一の家族で会った母親はその街から追い出されることになった。元から異色の存在だったんだ。そうなるのも仕方ねぇって話だな」
そこで言葉を終わらせる。
「さて、これを聞いたお前さんはどう思う?」
「どうって……?」
質問の意味を理解しかねるアリアに隷示は一つ頷いて言う。
「そう、どう思うか。『そいつ』は悪いと思うか?突き詰めて言っちまえば、正義だと思うか、悪だと思うか?」
「……」
隷示の言葉にどう答えるべきか言葉に詰まるアリア。
彼の言う『そいつ』がやったことは人に大怪我を負わせるという結果になった。それだけを見れば『悪』だろう。しかしそれは自己防衛でもある。石を投げられたから反抗した、という事実もあり、だがその原因は『そいつ』が人並み以上の怪力を持っていたことを気味悪がった大人たちの結果であり、『そいつ』は望んだわけではないとは言え常軌を逸脱した力を持っていた。
その実年齢より若干幼い容姿の眉間に皺を寄せて、数分の後に答えを出す。
「……わからない」
その声は、答えを導き出せなかったことを恥じてるかのようだった。
全体的に見れば、『そいつ』は被害者になることが多いだろう。しかし被害者だからと言ってなんでもして良いというわけではない。それこそ結果からみれば力の押さえ方を知らなかったであろう『そいつ』は完全な加害者にもなったわけだし、そもそも被害者が何でもして良いのなら過剰防衛なんていう言葉は生まれない。
その事を、武偵の勉強をしている故に理解ある、変な所で歳不相応な雰囲気を見せた少女に隷示は若干の苦笑を浮かべ、答えを言う。
「そうだ、わからないんだ。つまりはお前さんの正解だな」
予想外の言葉に驚くアリア。隷示は悪戯に成功した少年のような笑みを浮かべて、
「結局のと所正しいか正しくないかとか、善いか悪いかとか、そんな答えなんて存在しないのさ。だからこそ人間は自分の意思で物事を選択する。広義的には悪も個人にとっては正義かもしれない……そんなもんさ」
隷示は鼻で笑っていた。
「『そいつ』は今でも答えを見つけだせていねぇよ。あの時どうすれば正解だったのか、なんてずっと後悔してるのさ」
「……その人は、どうなったの?」
「さぁな。それを知ってんのは当人のみってところか。まあつまりだな、俺が言いたいのは……」
ぽん、とアリアの小さな頭の上にその大きな右手を置いた。
「お前さんは家の奴らの考えに左右されるな。お偉いさんたちがいくらお前を否定しようとも、お前という存在は生きている限りそこにあり続ける。ならば、それでお前なりの正義を……信念を貫いて見せろ。才能が無ければ別の何かで補えば良い……他人の正義を躾けのされた犬みたいに従って行動するなんて、そんなの人形でしかないぞ?」
「……っ!」
少女は、その言葉にはっと目を上げた。驚いている様子を満足したのか隷示は煙草を携帯灰皿に押し付けて火を消す。
「さてと……とまあ、しがない通りすがりの傭兵さんのシミッタレタカウンセリングは以上を持って閉講。そろそろ頃合いだ。お前さんを家まで送り届けて行くぞ?」
「……頃合いってなによ」
至極真っ当な質問をされたが聞こえないフリをしてアパートメントの部屋を立ち去る。
そして、
さて、すこしばかり未来の話をしよう。
通りすがりの傭兵を名乗る男の話を聞いたとある貴族出身の少女は、自分の価値を見出すために
自らの存在理由を証明し続けるために戦う彼女はその隠されていた才覚を発揮し、一躍天才武偵としてロンドン武偵局の正規構成員として名を連ねることになった。
……その契機となる出会いから半年と数ヶ月後のとある晩餐会の会場にて、彼女は正体不明の相手から狙撃されることになる。
そしてそれから間もなくして、彼女の母親、神崎かなえが無数の重罪を押しつけられる形で服役中の身となる。
手術にて取り出せない位置に埋め込まれた弾丸、そして母親の無実の罪での投獄。
それがいったいどんな意味を持つのか……それを彼女が知るのは、もう少し先の話になる。