いつの間にか書き始めて一年が経ってしまいました。書き始めた当初、一年あれば原作の三巻くらいまではいけるな余裕、とか思ってましたが、まだ隷示編が終わってません(汗)
不定期更新で一ヶ月に一度更新があれば良い方な本作ですが、気長に待ってもらえると嬉しいです。
それでは、第28弾、どうぞ。
神崎・H・アリアを件のH家の邸宅に送り届け(無論彼女の隙をついて姿を晦ました)、隷示の目的は完遂した。
……と、言いたいところだが。
「まあ、放っておくこともできないわな」
肺に入れた煙草の煙を口から吐き出して一人呟く。
隷示がイギリスにやってきた理由……神崎・H・アリア誘拐事件は解決し、彼女には軽い掠り傷程度の被害で済んだ。それだけを見れば、完遂だろう。
だが忘れてはならない。
誘拐犯たちを残虐を尽くして殺していたのは、いったいどこの誰なのだろうか。
あの時、隷示は誘拐犯の逃走車を追ってコンテナ港へと足を踏み入れていた。組織の連中に気付かれることなく倉庫の中に忍びこめたのは契がイ・ウーに伝えた伊賀忍術の恩恵の一つである。
そうやって襲撃の期を窺っていたのだが、しかしいざしかけようとした次の瞬間、例の小柄な少女が襲撃者として誘拐犯たちを惨殺し始めたのだ。
彼女がいったい何者なのか……それはわからなかった。見た所髪の形状を変化させて武器として扱っていたようだが、しかしあきらかにそれだけではなかった。銃器による射撃やロケットランチャーによる爆破に対して無傷でいられた、その事実から鑑みるに
……というわけで、隷示がイギリスに来た本来の目的とは外れたサービス残業のようになってしまうが。
「一先ず、とりあえずいざこざがあったコンテナ倉庫まで戻って来てみたものの……やっぱりそりゃあの規模の殺し合いがあれば武偵局が動くことになるわな。“死神ジャック”の件もあるのにご苦労様なこった」
隷示がアリアを救出した後に何かあったのか、コンテナ倉庫に通じる道の途中で閉鎖されていた。関係者以外の立ち入りを禁止にするテープが数本倉庫に繋がる道を塞ぐように張ってあり、そこにはロンドン武偵局の徽章を付けた男が二人一組で見張りとして立っている。
(さてと、どうやって奴らを突破するかね……)
サングラスの奥の瞳を細めてしばし思案する。
(奴らをタコ殴りにして黙らせる……てのが手っ取り早いけど、それは無しの方が良いな。銃器も持っているし、なにより素人ではない。二対一では勝つ負ける以前に分が悪いし、何より援軍を呼ばれると二人倒してもわらわら出てこられたら対処のしようが無い。それこそ事件の痕を見に来たのにそれをじっくりと見れずに終わっちまうしな)
ようするには。
条件一、二人を何らかの方法で分断する。
条件二、どちらにも悟られることなく無力化をする必要がある。もう片方に気付かれるのもNG。
(……なんだ。こんな簡単なことなのか)
頭の中で組み上がったパズルの絵柄を確認して、それを指でなぞるように小さく復唱する。そして作り上げたパズルを元にどのように動くべきかをマニュアル化し、複数回のシュミレーションを脳内で行い、そして行動に移行する。
ロンドン武偵局に所属する武偵、アンドリュー=レストレードとサイラス=グレグスンの二人は夜の静寂の中、一発の銃声が上がるのを聞き逃さなかった。
「……聞こえたか?」
「なにを言っている。当然だろう」
アンドリューとサイラスはロンドン武偵局の中ではある程度名が通ったコンビの武偵である。
とくに突出した才能を持つわけではない。しかし彼らは武偵局総本部にもリストに名を連ねているのは至極単純、“
……と聞こえは良いかもしれないが、成功は引き立てた者の名誉となり、失敗は自分たちに重きが置かれる……そんな貧乏くじばかりである。
もっとも、当の本人たちは出世欲もなければ他者より上に行こうとすることも無いのと、その精神から成る純粋に他者を支援する能力から上層部に高く評価され、今では各々BランクでありながらAランク上位からSランク中位級の給料を貰っているので世間一般から見ればそれなりの『勝ち組』というやつなのだろう。
だがしかし、彼らの才覚が発揮されるのはあくまで『他者を支援する』ということのみ。実際問題ではあるが、この警備の仕事は専門外も同然である。
その才能を買われ、彼らは遠くない未来において一人の少女をSランク武偵に見合うまでに育て上げるという功績を残すのだ。
二人組の内、痩せている人の良さそうな雰囲気を持つアンドリューはショルダーホルスターに収めていた愛銃ベレッタを取り出しながら相棒のサイラスに言う。
「まったく、とんだ日だな。“死神ジャック”の一件で人員が出払ってるから突っ立ってるだけでいいって話だったのにさ。結局問題が転がり込んできてるじゃん」
「まあまあ、そう言いなさんな。どこのだれかは知らんが、こんなところで銃をぶっ放すってことはそれなりの理由があるってこったろ?現に一発以降後続は無いようだし……殺しかあるいは……」
対し、少しいけ好かなさそうな亜麻色の髪の美男子ことサイラスは少し言い淀む。
「あるいは、なんだよ」
「やれやれ、気付かないのかお前は。とりあえず一発ってことは撃ちあっているわけじゃないから殺し合いってわけじゃない。誰かが一方的に殺されたのかもしれんが、銃声は近い割に血の匂いも漂ってこない」
「相変わらずのすごい嗅覚なことで」
そう言うとアンドリューズは銃声のした方へ近づいていく。
「とりあえず様子を見てくる。お前は持ち場を離れるなよサイラス。どっちかがいないと職場放棄になっちまう」
「わかってるよ、俺も減給は勘弁だ。唯一の楽しみに金が使えなくなるのはとても痛い」
「女遊びばかりしてるとそのうち刺されるぜ色男」
「ほっとけ三枚目」
武偵高時代からの悪友同士、お互いにいつものやり取りをしてアンドリューは銃声のした辺りのコンテナの影に入りこむ。
「誰かいるのか!」
帰ってくるのはただの沈黙。最悪、どこからか撃たれてもおかしくないのを念頭に入れて、アンドリューは軍用懐中電灯で辺りを照らして……
「ん……これは?」
そこで、一発の弾丸が落ちている事に気付いた。
「.500S&Wマグナムか、こりゃ?」
そこに落ちていた、一発の銃弾を拾う。
.500S&Wマグナム……実質的な、世界で最大かつ最強の威力を持つ銃弾である。
「……つーことは、使われた拳銃はS&WのM500かレイジングブルってところか?」
世界最大級の威力を持つこの銃弾、無論使える拳銃にも限りがある。有名どころでの二種類の拳銃の名前を思い浮かべたところで、
「……!」
すっ……と。目の前のコンテナの間の通路を通りぬけた影に気付いた。
「待て、動くな!」
ベレッタを両手で構え、通った人影の方に声を投げる。反応が無いのを理解し、警戒しながらアンドリューは人影が通った方向へと歩き始める。
コンテナの角からそっと奥を確認する……無論、謎の人影の様子を探るためだ。一発の銃声に謎の人影、その二つが関係していないなどとはまず考えられないことだろう。
「……」
息を殺して、コンテナの影から躍り出る。いざとなればすぐにでも引き金を引くことができるように十分に警戒をしながら――
アンドリューに背を向けていた
「……子供?」
アンドリューは呆然とした様子で言葉を漏らした。
ツインテールとポニーテールを同時にやっている……と言えば分りやすいだろうか。
「おいお嬢ちゃん、いったいこんなところで何をしているんだ?」
「…………」
アンドリューの問いかけに、
しかし放っておくわけにもいかない。今は“死神ジャック”の件もあって夜間外出禁止令が敢行されているのだ。にも関わらずこんな所で十つに満ちているかも微妙な少女が一人でいることなど、一武偵として見過ごすわけにはいかない。
なのでアンドリューは手元のトランシーバーに手をかけて、
「サイラス、銃声の正体はわからなかったが、女の子がいた。年齢は十歳かそこら、身長は百三十程度、髪は灰色……おい、サイラス?」
あらかた情報を喋ったところで、いつもなら聞こえる相棒の皮肉的な嫌味が聞こえない。
いや、むしろ通信相手、サイラスの声がまったく聞こえないのだ。
「おい、サイラス、サイラス?聞こえてんのか、おい、おい!!」
くっそ……!と、心の中で毒づきながらアンドリューは今まで来た道を振り返る。月明かりに照らされたコンテナ群の路地。その自分が曲がってきた交差点の個所まで戻ってきて、そして件の少女の事をすっかり忘却の彼方へと追いやっていたことを思い出し、
「おい、君!ちょっとこっ――」
次の瞬間、アンドリューの眼前には三つの結ばれた髪を触手のように操る少女が襲撃者と化して、彼の意識を暗転させた。
計画を簡単に箇条書きにするならば。
・敵の片方を銃声で呼び寄せる(プロならば片方が持ち場に残り、片方が様子見に行くので銃声を利用する)。
・持ち場に残ったもう片方を隙を突いて襲撃、無力化する(この時殺害はしない方が後々の騒ぎの大きさにある程度の歯止めがきく)。
・様子見に行って来た片方が倒れている残っていた方を発見、本部に連絡をとろうとした所を襲撃、無力化(注釈は上記に同じ)。
というわけでまずコンテナの方で空に向けて愛銃であるトーラス・レイジングブルを発射。すぐにその場を離れて別の物影から二人組の片方が銃声の正体を見に行くために別行動をとるのを確認。
視界から完全に消えた所で隷示は速攻に出た。
視線を真逆の方に向けた瞬間、隷示はその持ち前の馬力の強さを誇る身体能力で残っていた見張りの片割れに襲いかかる。
隷示に気付いた少しいけすかない顔立ちの美青年の鳩尾に一発キツイのを入れる。剛力として知られた武人の子孫である隷示の怪力からくる一撃に見張りの武偵の青年は一瞬目を見開いたかと思うとその意識を飛ばした。
「まずは第一目標を達成、てところか。あとはもう一人が帰ってくるのを適当な所で隠れて待つだけ。さっさと退散しますかね」
一人呟き、倒れている武偵、サイラス=グレグスンから離れる隷示。自分が近くに立っている所を
……と、思ったその時だった。
『サイラス、銃声の正体はわからなかったが、女の子がいた。年齢は十歳かそこら、身長は百三十程度、髪は灰色……おい、サイラス?』
ザッ、という音と主に少しくぐもった声が聞こえる……もう一人の武偵、アンドリュー=レストレードの物だ。
目を向ければ、サイラス=グレグスンの腰にトランシーバーが提げられている。緊急時に即時に連絡ができるように常に電源を入れておいたのだろうか。
しかしながら、隷示の注目点はそこではない。
もう一人の武偵、アンドリュー=レストレードの言う、女の子の
年齢は十歳そこら。
身長は百三十程度。
髪は灰色。
『おい、サイラス、サイラス?聞こえてんのか、おい、おい!!』
返答が無いサイラスへの声。しかし隷示はそれを脳外へと放棄する。
……まさか。
思い当たった時だ。
『おい、君!ちょっとこっ――』
ざしゅっ、と。
突如トランシーバーの奥の声が断絶する。そして、“殺人機”という青年と共にシゴトをした時に嫌に聞き慣れてしまった音に、鬼蔵隷示は即座に反応した。
……これは、まさか、ではない。間違いない、だ。
隷示は己の腰のベルトに提げられている無数の警棒大の棍棒を引き抜く。それらを全て接合部で繋げ、一本の三メートルにも及びそうな長さを誇る大薙刀“岩融”へと組み上げて。
そこに、襲撃者がやってきた。