「まさか“殺人人形の姉妹たち”に生き残りがいたとは予想外でした……それでも、あなたにとっては隷示くんが彼女を連れ帰ってくる事全てを含めて予定調和なのでしょう?」
「さあ、それはどうだろうね」
秘密結社イ・ウー本拠地原子力潜水艦ボストーク号。その中の一角、大聖堂。
土御門蓮華の確信に近い問いを“教授”は意味深な態度ではぐらかす。
そのいつも通りの振舞いを流れ作業的に肯定と見なし、土御門蓮華は言葉を続ける。
「彼女もまた、あなたの“緋色の研究”に必要な存在なんですか?」
えらく直球的な質問に、“教授”は少し笑う。経験則でいえば、彼女がここまで断定していることは、至極的を射ている事が極めて多いのだ。
それを踏まえたうえで、“教授”は言う。
「“殺人人形”。アメリカの“人工天才”を打倒するために作られた戦闘用の人間、いや人形。殺戮兵器としては申し分ない破壊力を持つ存在だね。人為的に殺人に特化した人間を作り出し、作った者がその人間を傀儡として操る。人間らしさの欠片も無いそれはいくら壊れても代わりがきく、一種の消耗品だ」
そこまで言って“教授”は笑みを含んだ表情でこう繋げる。
似ていると思わないかい、彼と。
「……ええ、とても似ていますね。契くんに」
いや、似ているというのは間違いな気もする。そもそも“殺人機”にしろ“殺人人形”にしろ、下敷きとしての力の根源は“殺人欲求”なのだ。
契とK‐79の違いなど超能力者か否かというだけに過ぎない。契とてイ・ウーに来る前はK‐79のように人を殺すための代行機としての生命でしかなかったのだから。
「本人の言う通り強いという一点のみで神崎・H・アリアを隷示くんに任せると言うのは違和感が大きかったです。それも彼の性格や生き方を考えた上でなら、途中で現れる“死神ジャック”にして“殺人人形”のあの子をイ・ウーに引き込むことも造作も無いことですから」
さらに言えば、隷示は契の“殺人欲求”をよく知っている人物の一人だ。
ただ殺人しかできない、主人を失った従者である“殺人人形”。それを一蹴することなど彼にとっては朝飯前で。
(……本当、食えない人)
土御門蓮華は思う。K‐79と
それはきっと……
弟分、“殺人機”契と性質が良く似た存在であること。かつての契がそうであったように、命令だけを実行するのを根底におかれた操り人形のような存在。
一度目の対峙の時には少しばかり存在が頭に引っかかっただけだった。故の調査で訪れた港での二度目の対峙にて、その引っかかりが欠けたパズルのピースが埋まって行くように一つの結論へと辿りつかせた。
灰色の髪の少女が、以前話の噂で小耳に挟んだ“殺人人形”であることに。そして“殺人欲求”を抱えた彼女こそが、例の連続殺人犯“死神ジャック”の正体だということに。
まったくもって救われない存在。自分の役割に忠実に生きているだけの人形。
それを見て、昔の自分を見ているようで、そのことに対して鬼蔵隷示は複雑に思い。
だから彼は、K‐79と呼ばれていた“殺人人形”の少女をボストーク号に連れ帰った。
「というわけで、俺がこいつを義妹という形で引き取るようになったってことだ」
「いやいや、それならより一層あんたが自分で面倒見るべきでしょ」
秘密結社イ・ウー本拠地、原子力潜水艦ボストーク号。たびたび学校に例えられるその中で一部の物好きが料理を振る舞う空間『食堂』。
そこに呼び出された少女……というよりは少しばかり大人びている気もするが、一応はまだ少女の年齢である……天草汐織は目の前の金髪サングラスの言葉にじろりとにらみを利かせた。
「もちろん放置したりはしないさ。でもな、この子だって女の子なんだ。俺みたいな野蛮人が面倒みるよりお前みたいに気配りのできるイイ女の方が良いと思うんだ」
「こんな時ばかりおだてたって意味は無いわよ」
ぴしゃりと蚊を手で払うかのような言葉に、金髪サングラスこと鬼蔵隷示はうぐ、と言葉を詰まらせる。
鬼蔵隷示、天草汐織というイ・ウーの中では知らぬ者のいない二人が話している内容は、隷示がつい数時間前にイ・ウーに連れ帰ってきた一人の少女が原因である。
件の原因そのものである少女、K‐79と呼ばれていた“殺人人形”の少女はその伏し目がちな瞳をぎょろりと自分の隣に座る鬼蔵隷示、その対面上にいる天草汐織の前身を舐めるように観察した。
シャンパンゴールドの二つ結びにした長い髪に簡素で動きやすそうな服装。傍らにあるのは十字架を模したレイピアである。
「というか、なんで捨てられた犬や猫を拾ってくる感覚で連れて帰って来たのよ。そして連れ帰った責任を持って自分で面倒見なさいよ」
「それこそ犬猫と同じにしたらいかんだろ?感情は欠損している所が多いとはいえ、契の例もあるんだからよ。ほら、この通り!伏してお願いします神様仏様汐織様!」
「あんたがやるとかなーり胡散臭いのよね……」
しかしながら、汐織とてそこまで頑固な人間ではない。彼女もまた契や隷示同様味方にはかなり甘い性格なのだ。
「はぁ、わかったわよ。とりあえずこの子の面倒は私が見るわ。見るけど、あんたも手伝うのはわかってるわよね?」
ため息交じりの少し怒気を孕んだ声に隷示は歯を見せてサムズアップする。
「モチのロンだぜ!さすが汐織!俺たちにできないことを平然とやってのけるッ!そこにシビれる!あこがれるゥ!よっ大統領!」
「五月蝿い」
「マジすんません」
調子に乗った隷示を言葉だけで黙らせる。実の所契の言刃の似たようなものである。
と、そこに丁度雪のように不自然な白い頭こと契がやってきた。今日も今日とてその傍らには金髪の童女こと理子が金魚のフンのようにひっついている。
まず先に反応をしたのはやはり理子だ。
「あ、れーじん帰ってたんだ。おかえりー」
ふりふりのひらひらなワンピース姿で元気よく手を振ってくる。
そして、隷示の隣にいる少女を見つけて、
「あれ?ねーねーれーじん、この子誰?新入りさん?」
「ああ、そうだぞ」
「へー、なんかお人形さんみたいだねぇ」
何故か感嘆する様子を見せる理子。その様子をぎょろりと目玉を動かして再び観察する少女。
しかしながら、彼女の視線はすぐに理子からその隣にいる契に向けられる。
じとっ……と、モノトーンで一式揃えられた契の服装やその不機嫌そうな仏頂面を見て、そしてなによりもその男の在り方を見て。
同時に契もまたじろりと少女を睨むように、その容姿の奥底にある本質を、同類として見抜き見る。
“殺人欲求”。あらゆる思考を殺意に帰結させる精神構造。
「……隷示。その子……」
「?」
今度は睨みを効かせて隷示に目を向ける契に、なぜ契がそうしたのか疑問顔の理子。隷示は契の様子と言葉の色から、見抜いたことを確信し、また汐織もその事を察した。
後で話す。
そう少し口パクで契に言葉を伝える隷示。契は不満げに眉をひそめ、しかしこのことを理子にはあまり聞かせられないか、と少し思いなおして小さく頷いた。
「ねぇねぇれーじん。この子の名前、なんていうの?」
「そういえば私も知らないわね。当然、つけたんでしょ?この子に名前」
汐織は理子の話題を転換させる言葉に便乗する形で話を別方向に誘導する。女性陣二人の質問に、隷示は汚れた金色の髪を揺らして答える。
「ああ、もちろんだ。ちゃんと考えて、そして本人に了承をとってある」
「なになに教えて教えて!」
幼心のままに瞳を輝かせる理子。その様子に少しばかり気圧されながら、隷示は言う。
「こいつの名前は――」
勇者は魔王を斃した後、故郷へと帰り平穏に暮らした。ヒーローは次は守ることではなく、人助けとなることをはじめた。
鬼蔵隷示は破壊の能力を人のために使っている。
そして、その殺しの技術すらも別の意味に使える。そう説いた。
今までのお前は忘れろ。
今までのお前は死んだと言っていい。
今までのお前とは別の人間のつもりで生きろ。
“殺人人形”でもない。
“死神ジャック”でもない。
K‐79でもない。
そんなお前に俺は名前を送ろう。
今から始まるお前の人生と言う名の枝に、少しでも多くの葉っぱが茂りますように。
そして今、やっとついた一枚の葉っぱを祝して。
はじめまして、そしてこれからよろしく。
俺の新しく唯一な家族よ。