環境利用型大結界“迷森”はその分類名の通り、周囲の環境を利用して……言い方を変えれば周囲の環境に依存して、効力を始めて発揮する結界術式である。
言うまでも無く、名の通り無数の木々の生い茂る森の中で使うことにより、敵手を木々でできた自然の迷路に閉じ込め、方向感覚を狂わした撹乱、及び足止めを行なうことができるのだ。
無論、広大な森林の一定範囲を術式内に組み込むことが前提条件であり、そこまでの広範囲に及ぶ規模の術式を個人で維持することはほぼ不可能と言ってよいだろう。
“迷森”が超能力界隈ではそれなりに有名であるにも関わらず、しかしその術式を使用する者が殆ど居ないのは、この“迷森”の術式自体が多くの手間と人員を必要とするからに他ならないのと、大抵の場合、物理的に迷わせる“迷森”はそれこそ遊具としての迷路には使えるものの、実戦に於いては超能力者であればそれを破ることができる脆い場所を見つけるのがそう難しくないのである。
しかしそれではなぜ、廃材の案山子、百鬼夜行最高幹部“八妖の蓮”の一員にして超能力に長けている煙々羅がその“迷森”にて立ち往生をしていたのかと聞けば、それはただ単にもう一つの大結界、妨害型大結界“濃霧迷宮”の効力の影響である。
数メートル先の状況すら正確に視覚できないほどに濃い霧が立ち込める“濃霧迷宮”は、五感の一つである視覚を濃霧と言う単純な現象で奪うだけでなく、その効力によって霧の中での超能力を妨害するのである。
超能力的な破壊活動も、遠距離通信も、それらすべてが靄がかかったように正常に機能しなくなる……それこそ、一旦間違えば超能力の暴発にて自滅が懸念されるような状態へと塗り替えるのである。
しかしながらこの“濃霧迷宮”もまた“迷森”同様、それなりに有名で強力でありながら使う物が殆ど居ない。“迷森”と同じように維持に人員が必要であったり、大規模でありながら超能力しか妨害できない所が割に合わなかったりと理由は様々で、特に一番目立つのは“濃霧迷宮”という結界自体にそれほどの耐久性がない所だ。
最悪、妨害の濃霧の容量を超える形で超能力的なエネルギーを周囲に放出すれば、簡単に結界を崩すことができるのである。
しかしながら、事実として煙々羅が足止めをせざるを得なかったのは二種類の大結界を結界という点で結び合わせ、“迷森”の物理的な突破のための弱点探しを“濃霧迷宮”で、“濃霧迷宮”の耐久性の無さを“迷森”によって補強するという形それぞれ組み合わせて補い合うことによって、“偽装十字団”は強固な大結界へと造り替えているのである。
無論、このような使い方をする上では前もっての準備……否、それ以前にそれこそ“百鬼夜行”の一部隊に匹敵する数の術者を用意し、なおかつそれを以心伝心以上に無数の術のタイミングや動作、様々な要因を合わせなければこのような無茶な結界などすぐに瓦解してしまう。
数メートル先にある針の穴に糸を通すような輪を掛けた繊細な術式。言ってしまえばそれは、術を後詰部隊に仕掛けることに成功した“偽装十字団”の特異性、個人間の連携を最も得意としている点を現しているような物である。
もっとも。
連携による細い棒の上で一本足で立っているような繊細すぎる奇跡のような術式を壊す方法など、元より煙々羅は無数に用意してある。
“迷森”と“濃霧迷宮”の中、煙々羅が“偽装十字団”を追う為に無数に分けた小隊の一つ。その指揮を任された副官株の妖怪は、自らの傍らにあった西洋甲冑の頭部を持つ
同じく二重の結界の中、小隊長を任されたとある妖怪は角の折れた鎧兜を頭に、鬼面を顔とした鎧武者が十字架に磔にされたような不格好な
またそれとは違う場所。能面にフードがついたマントのような黒い出で立ちの、やはり
そして。
ある所では般若面を顔にした巨大な松明にとてもよく似ている、一本の巨木のような
またある所では幾何学模様のような模様が描かれた西洋の仮面を顔とした棺桶のような巨大な箱を体の一部に加えた
無数の歯車やボルト、釘などで顔のような形を象った、給水タンクのようなアンバランスな形の
電子レンジやトースターなどの電化製品をコンセントのコードで縛り纏め上げられた、ヤカンを頭部のようにしている
暗幕のような布を纏った物もあれば纏わぬ物もあり、大きな物もあれば小さな物もある。
千差万別の姿形をした歪な廃材の案山子が、廃材の案山子が、廃材の案山子が、廃材の案山子が、廃材の案山子が………廃材の案山子たちが。
どれもこれも嫌に特徴的すぎる造形の同じ物の無い廃材の案山子達が一斉に、同じ動きをし始める。
廃材の案山子の頭部。様々な面や物体が付けられ、被せられている顔部分から感情を読ませない覆物が剥がれおち。
その奥から姿を見せたのは、落ち窪んだ人間の頭部の人骨。
それらしゃれこうべは申し合わせたように全て別の場所で同じタイミングに同じ動作で顎を下げ、口を開いた。
そして直後、その空洞の口に赤黒い『何か』が収束し始める。
まるで毛糸の塊が集まっていくかのような光景。それを見ている小隊の構成員たちは、一種の歓声に近い感嘆の声を上げる。
そして、その『何か』が一定値まで溜められた。
しゃれこうべたちは一斉に空を見上げ、その『何か』が放たれて。
二重になっていた大結界、“迷森”と“濃霧迷宮”がいともあっさりと、粉砕された。
「なっ……」
追手の行動を観測し、状況に変化があればそれを逐一報告するのを役割としていた少年、有明幸樹は起きた状況に対してそんな呆然とした言葉を上げるしかできなかった。
一瞬の出来事。自分たちがいる森全域をカバーできるように展開されていた大規模な結界“迷森”と“濃霧迷宮”が一瞬にして破壊されたのだ。
最初は自分の使っている術式の間違いだと思った。が、目の前の結界内での出来事を書き記す役割を持っていたコンパスが宙を舞って落ちたのだ。
即ちそれは、有明少年の使う術式“
なによりも、“記し詩”など見なくても、外で起きた大規模な空気の変化を見ればそれを察することなど容易いことである。
丁度ついさっき一休みしようと腰を落ちつけた本渡が飛び跳ねるようにテントから出てくる。いつもは飄々としている彼であるが、今の彼にはそのような気配などどこにも無い。
彼はテントの傍で“記し詩”の解除に驚愕していた有明に目を向ける。
それだけで有明は次の行動に移れた。
「“
慌てて懐から“記し詩”とは違う二つのコンパスを取り出す。ルーズリーフが置かれた、有明が抱えたクリップボードに自動的に文字が刻まれていく。
有明がそうした作業を行なっている間に、同じく異変に気付いた仲間たちが続々と行動を開始していた。
「久玉はテントの撤去、亀浦、牧島、木場の三人は現状監査の有明のサポートをしろ!それ以外は周囲の警戒だ!」
「押忍!」
「まかせて」
「おっけーよ」
「……応」
強面でガタイの良い大男の
有明はそんな三人へと振り返りながら、自分の脇から無数のフィルムケースが入った袋を取りだして言う。
「“
その言葉に従い、三人はぶつぶつと言葉を紡ぐ。
上手く聞きとれない詠唱、他者に存在や行動を気取られないことを最も重要視する“偽装十字団”の術式の基本的な所である。
亀浦、牧島、木場の三人が両手に無数に持ったフィルムケースがふわふわと浮き始めた。自動的に浮力を持つ形で空に散って行く……有明の周囲を探索する監視型術式“綴り語”の詳細化に必要なソナーのような要素を持つ術具“語り部筒”である。
直後、断片的で大雑把だった“綴り語”の内容が細かく鋭敏になって行く。そこに背後から来たのは本渡である。
「どうだ、周りの状況は?」
濃い隈にやつれた頬が痛ましい彼の言葉に、有明は言葉を少し詰まらせながら言う。
「まだ“綴り語”の方は結果が完全に出てないので何とも言えません」
「そうか……“迷森”と“濃霧迷宮”はなんで破壊されたんだ?」
「簡単にはなんとも言えないっすけど、二つの結界の崩壊の直前に、森中……散らばっている煙々羅が分隊したと思われる集団一つ一つからそれぞれ巨大なエネルギー反応がありました。今“調べ節”で解析してるっす」
そういって違うクリップボード、“記し詩”による状況が文字で刻まれていたルーズリーフに円を描いて回るコンパス、“調べ節”。
と、そこでタイミング良く“調べ節”の解析が終わる、その結果が同紙面上に刻まれ書かれる。
それを見て。
「おい、これって」
そして同時に、“綴り語”による状況実況が一時の完結を迎える。
「最悪、っす」
二つの紙面上にはこう書いてある。
環境利用型大結界“迷森”及び妨害型大結界“濃霧迷宮”を破壊したのは後詰部隊より分隊したそれぞれの小隊に一つ、必ずあった煙々羅の
現状、“偽装十字団”本隊が駐屯する座標より南西より“百鬼夜行”攻勢部隊、“八妖の蓮”の一角“剛巨兵”狒々の率いる先陣部隊が接近。北北東の方角、“百鬼夜行”最高幹部“八妖の蓮”単騎戦力“矛盾”が矛“骸合怨”がしゃどくろが同じく接近。南の方角にて“百鬼夜行”攻勢部隊、最高幹部“八妖の蓮”の一角“煙軍師”煙々羅率いる後詰部隊、本中隊と十数に小隊が同じく接近。
意図的に作られていた膠着状態はあっさりと破られた。
“
一方的な進撃が幕を開ける。