緋弾のアリア-秘密結社の殺人機-   作:ちーたら

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第34弾「だけど、お願い。私にあなたたちを守らせて」(中編)

 ――南西。

 “偽装十字団”の別働隊、栖本班を追撃する“百鬼夜行”先陣部隊。その大将、“剛巨兵”狒々は部隊を引き連れる形で先頭に立ち進軍している。

 二メートルを超す山のようで鎧に見紛う巨体。それをつぎはぎだらけの着物で覆うその姿はまさに剛の者にして巨兵。腹に響く腹から出す低く威圧感のある怒声に似た声は、彼が戦友と称する部下たちの士気を高揚させるのに一役どころか二役も三役も買っている。

 その肩に乗るのは少年か少女か見分けがつかない着物姿の子供。遠くを見据える目をしており、実際に遠くの人間の動向を探っている。

「標的の散開はこっちの撹乱のためみたいだネ。どうやらある程度ボクらとの距離を開くことができたら、また合流する……いや、今さっき合流したみたいダ」

 “剛巨兵”狒々の副官、人の思考を読む妖怪、サトリ。“百鬼夜行”屈指の変わり者で規則や規律といった決めごとを嘲笑うかのように破り続ける問題児である。今や“八妖の蓮”の一角となった空中部隊の司令官、鴉天狗・凪とは彼女の副官時代からの犬猿の仲である。

 此度の追撃戦の理由の一つの要因ともなる貴重な刀剣“村正”を勝手に他者に貸し与えるなどその行動には“百鬼夜行”という組織全体を騒がせることも暫しあるが、しかしながらサトリが“百鬼夜行”から追放されないのはその能力が非常に強力かつ有力であり、先陣部隊の数々の戦果に貢献してきたからだ。

 だからこそ。

 この追撃戦に於いてもその能力を遺憾なく発揮する。

「狒々、今だヨ。目の前向けてぶっ放しちゃエ」

 遠くに逃げ惑う栖本班の行動を、彼女らの思考を通して読み取り、そして自分を担ぐ数百年来の盟友に相図を送る。

「応さ、しっかり捕まっておるのだぞ」

 狒々はその巨体からなる重い声で応じると、その巨大な拳を握りしめた。

 怒号と共に攻め入る先陣部隊がほんの数瞬の間だけ静寂に包まれる。

 そして一喝。

 次に巻き起こったのは破壊。

 鬱蒼と生い茂る木々を薙ぎ倒し、無数の烈風を走らせ、なによりも狒々が前方に突き出した巨体から成る巨大な拳の延長上へと暴虐の限りの破壊を巻き起こす。

 “覇戦頂(はせんじょう)”。“剛巨兵”狒々の持つ唯一の術式にして、自らの妖力を一点に集中させて前方に打ち出す破壊の御技。

 そして、障害物を失くして先陣部隊の眼下に晒されるのは、おかっぱ頭の女性とその仲間たち。

「進めぇ!我が戦友たちよ!!敵陣を踏み潰せぇ!」

 オォォォォォォ!!

 狒々が戦友たちへと支持を下し、雄叫びが木霊する。

 栖本班の面々へと、暴力の塊が殺到する。

 ――南。

 新和慎之介を含めた新和班へと襲いかかったのは、自分たちが起動した“濃霧迷宮”の濃霧に見紛う程に濃い煙であった。

「なん……」

 いきなり降って湧いたように立ちこめてきた煙に疑問の声を上げ、そして直後に起こった異変に悪寒が体中を駆け巡る。

「――“煙群増境”だ!みんな――」

 新和がそう言った所で、新和の足がもつれた。

 ばたりとその場に倒れ伏す新和……否、その仲間たちも同様に力が抜かれたように一人、また一人と倒れていく。

(く、そ……周辺の“爆導縛”の反応が無いからって油断した……俺の失策だ)

 “煙群増境”。“煙軍師”煙々羅の操る術式にして、自らの力を戦場の境界内へと拡散させ、そこにいる全て(・・)の者に干渉を加える御技。

 即ち味方を強化し、敵を弱化させる術。

 そしてなによりもそれと同時に、その境界内の自軍の兵を自由自在に座標転移させることができる盤上の駒を操作する棋士のような性質を持つ。

 それから導き出される戦況の答えは一つ。

「やれやれ、手こずらせてくれましたな」

 そう言ったのは不気味な程に二頭身の人型の妖怪、鬼一口であった。そしてその奥から地面を滑るように進んでくるのはガスマスクの顔に軍用ヘルメットの頭部、ゴーグルの目を持つ“廃材の案山子”である。

「……王手だ」

 平坦な声で言う煙々羅に、全身の力を奪われた新和は目を向けることしかできなかった……苦し紛れに睨むことすらできなかった。

「……本渡航、彼奴の作戦はここまでか。否、突然の遭遇からの逃亡戦で、逆にここまでよくもった、と此度は“偽装十字団”を褒めるべき、か」

(ちく、しょう……本渡さん、団長、すまねぇ……)

 ――駐屯地。

 そこで起こった出来事は、“偽装十字団”本隊である本渡班含む七つの班の構成員たちを絶望へと叩き落とすことになった。

 突然巻き起こった煙の竜巻。“煙軍師”煙々羅の術式“煙群増境”を用いた座標転移。

 その奥から現れた、一つの巨大な影。

 全長は十メートル近い。無数の白い棒がいくつも折り合いを成し、湾曲したそれらが一つの生物……人間の白骨の形を成している。

 それはまるで巨大な骨格標本を見ているようで、しかしあきらかにそれと違うのは左目の部分に充血した眼玉がフランス人形のガラス玉のように嵌まっている事、そしてなにより、腰から下の下半身が靄かかっていて存在しないことだろう。

 駐屯地の防衛の指揮を取っていた本渡は、目の前に広がる絶望的な状況を信じたくは無かった。

「……間違いないっす。状況は最悪をカンストして絶望的っす」

「あ、あわわわわ……」

「くそっ、たかが刀剣一本のためになんでこんな怪物が出張ってくるんだよ……しかも、物理的距離を無視して奇襲っつー形でよ」

 “百鬼夜行”最高幹部“八妖の蓮”の一角、単騎戦力“矛盾”の矛、“骸合怨”がしゃどくろ。“百鬼夜行”にて単体で戦場を焼け野原にさえする膨大な戦闘能力を持つ妖怪にして、数々の人間の怨霊が集まり生まれた、人間の存在から生み出された“百鬼夜行”唯一の妖怪。

「あァァ~ぁあーあぁぁ」

 がしゃどくろは目玉をぎょろぎょろと動かしながら、駐屯地を見回す。

「煙々羅殿に聞いていたとぉ~りいですねぇえェぇ。“偽装十字団”がぁァ、“否境巡り”にて逃げようとぉしていィる」

 しゃれこうべの空白から漏れる声は、老若男女入り混じった声。まるで街の雑踏にいる人間全員の声を一つにしたかのような、怨嗟の塊。

 三半規管を直接抉り削られるような声。今すぐにでも耳を塞いで逃げ出したくなるような声。この世にいながら地獄を覗き見たかのような声。

 “偽装十字団”の面々が苦痛に顔を歪ませる中、ぎょろりと目玉で“否境巡り”の術式の展開率を見たがしゃどくろは、細長い白骨の腕を乱雑に振り上げて、それをそのまま叩きつけようと腕を振り下ろす。

 直後、その攻撃は二人の人物によって防ぎ弾かれた。

 御所浦薫(ごしょうらかおる)河浦玲(かわうらあきら)。本渡や牛深らと同じく初期の“偽装十字団”の構成員の末裔で、幹部としての役割を持ち、倉岳と同じく結界術に特化した才を持つ人物である。

「おゥう?」

 御所浦、河浦ら二人が自分の体の前に突き出した十字架、“偽装十字”は半透明上の水晶のような輝きを持つ防壁へと変貌し、がしゃどくろの一撃から“否境巡り”を守ったのだ。

 そして直後。

 二撃三撃と無数の光の塊ががしゃどくろに着弾する。

「あ~ァァアぁア?」

 自らを襲う爆風混じりの攻撃に、素っ頓狂な声を上げるがしゃどくろ。

 それによって生まれた僅かな空白の隙に、本渡が動く。

「“偽装十字”開放――展開、“偽装十字剣”」

 本渡は手にした十字架にチカラを込める。直後、十字架は光に包まれ水晶質の刃を持つ巨大な両手持ちの西洋剣へと変貌した。

「久玉、牧島、木場!」

「「「了解!」」」

 そして本渡の呼びかけに三人の構成員が答え、本渡と同じく水晶質の“偽装十字”の兵装を実体化させる。

 久玉の斧、牧島の槍、木場の鎚……そして本渡の大剣。各々の得物を構え、四人は自らの持てる全力で超能力的エネルギーを目の前の怪物に叩きこむ。

 ゴウン!!と。

 高密度に圧縮された超能力的エネルギーの衝突。ただ個人個人の攻撃が集合したわけではない、“偽装十字”を使う上で互いにエネルギーの循環をネットワークで繋げることにより相乗効果で通常の一斉攻撃よりも何倍もの破壊力を生みだす術式“共盟陣(きょうめいじん)”による集中砲火である。

 が。

 本来であればそれなりに通用するこの術式も、目の前の怪物相手には足止めにしかならない。

 そのことを正しく理解しているからこそ、本渡は周りの仲間に向けてこう叫ぶ。

「これよりこの駐屯地を放棄する!各自散開、逃げ伸び生き残ることだけを考えろ!」

 本来であれば、“否境巡り”を展開しているここは是が非でも守らなければならない場所である。

 だが、そんなあたり前の選択肢などできない程に、目の前の怪物は恐ろしい。

 単騎戦力……“百鬼夜行”の一対の“矛盾”。本来であれば軍勢を率いる“八妖の蓮”の面々ではあるが例外的に“矛盾”の二者は自らの部下を持たない存在である。

 理由など簡単。“偽装十字団”と同じく集団戦法を根底に置く“百鬼夜行”であるが、しかし“矛盾”の二者、“骸合怨”がしゃどくろと“賢硬盾”大百足のみは、軍勢を率いた方が弱くなる、即ち単体で強すぎる存在なのだ。

 そんな片割れたるがしゃどくろ。広域殲滅に最も特化した“八妖の蓮”の一角を相手取るなど、今の“偽装十字団”には不可能なことである。

 故に、本渡は苦渋の選択をせざるをえなかった……術式の展開から起動まで六時間弱の時間を必要とする集団座標転移術式“否境巡り”を放棄せざるを得なかった。

 そうしなければ、がしゃどくろに皆殺しにされることは目に見えていたから。

 全滅は免れないから。

 その意図をしっかりと理解した“偽装十字団”の面々はそれに従うように、顔を俯かせながらその場を離れる。

 

「無ぅウ駄ですよぉオオぉォォ?」

 

 ……ことができなかった。

「なっ……」

 本渡の顔が驚愕に満ちる。まるで、足を糸で地面に縫い止められたかのように動くことができない。

「さすが、さすがァとしか言いよぅがありませんねェええ。この状ぅ況で、真っ先に逃げるのぉをォ最善とする戦況ぉ眼!さすが煙々羅殿がここでェ潰す価値有りとしぃた人間でぇすぅウ!だからこぉそ、煙々羅殿は私ィにそれを封じさせぇる術をお渡しなさぁあいました」

 そして本渡はそれに気付く。

 いつのまにか。そう、いつのまにか自分たちを囲うように屹立している存在。

 ……“廃材の案山子”。

 無数の鉄パイプで体を構成している物。割れた電球を目玉にしている物。一輪車の外装をそのまま体にしているものや、鳥の木箱が含まれている物もある。

「“煙群増境”……かよ」

 “廃材の案山子”。煙々羅が、自らが他者とのコミュニケーションを取るために使用する、通信端末のような役割をしている偶像。煙々羅の意思によって時には一つに、時には複数に意思を憑依させることのできる、煙々羅にして煙々羅でない存在。

 そして何より、“煙群増境”を使用するにあたってチカラの起点にもなる役割を持っていると言うのは、結成以来幾度かの“百鬼夜行”との抗争をしてきた“偽装十字団”だからこそ記録に残る稀有な情報だ。

「煙々羅殿ぉの話によるとぉ、この“廃材の案山子”でェはあなた達を無力化はできぃないですけれェど、あなたたちが逃げるくらいならぁあアあ、防げるということですねェえ」

 そう言うと、がしゃどくろは顎を大きく開いた。そして、そこに力が集約される。

「“犠獄咆”、っすか……」

 有明が歯を軋ませながら言う。

 “犠獄咆”。人間の怨霊より生まれた存在、がしゃどくろ。それが持つ人々の怨嗟を高密度で圧縮し、専門用語で言う所の“レーザービーム”へと変換して放出する、がしゃどくろ唯一の術式にして御技。

「あ……あ、……」

 牛深がぺたんと腰を抜かして地面に座り込む。倉岳は苦し紛れになろうとも防御結界を張ろうと術式を展開しようとする。

 だが、それらが間に合う事は無い。

 そして。

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