第0弾:惨劇-tragedy-
熱気が建物を、集落全体を支配する。壁は砕かれ瓦礫と化し、肉を潰して鮮血を辺り一帯に広げている。物言わぬ肉は不快な異臭を放ちながら焼け焦げて、当たりの森林と共に火の手を広げる糧となる。
そんな惨劇の中に、十歳ほどの少年はいた。
肩甲骨あたりまで伸びた黒髪を頭と首の境目で一つに括り、未だに少年の域を出ない幼い顔立ちには似つかわしくない、二振りの血にまみれた日本刀を両の手に握りしめ、無機物をも超える冷たい目で、かろうじて崩れていない壁を背もたれにしている男に相対していた。
「―――――――――」
男の口が動く。全てを焼きつくす炎が立てる音によってその声は第三者から捉えることはできない。しかしそれでも少年には十分聞こえたようで、少年の口も同様に動く。
「――――――?」
「――――――――、―――!!」
どうやら少年の言葉に男が激昂したようだ。立場なら通常は逆であるべきだろうに、それは年端もいかない子供に大人が食ってかかるという、言うにも奇妙な状況だった。
「――――。――――――、―――――――」
そんな自分の何倍も生きているであろう男に凄まれた例の十つほどの少年も、状況とは同じほどに奇妙ではあった。
普通の少年くらいの年頃の子どもは、大人の威圧を受ければそれが正論であろうがなかろうが立場が弱くなる物だ。それは大人が圧倒的に子供より強者であるからであり、またそれは世の中の常識でもあった。
だが、まだ反抗期の年頃でもない少年にはそんな様子は見ることはできなかった。それはまるで長い時を生きた老人かのように、少年は歳不相応に達観しすぎていたのだ。
現に少年は……この惨劇をたった一人で演出した少年は……、この状況に顔色一つ変えていない。周囲に倒れる、自分を殺そうとした男も女も、全員を彼は返り討ちにして命を奪っているのだから、なお驚きだ。まるで人を殺すことに何のためらいも見せることが無く、事実としてなにも感じていない彼は、何も感じることが無いのだから顔色を変えることなどあり得ないのだ。
「―――――――――。――――――――――、―――――――?」
「――!!――――!!――――!!」
少年と男の問答が続く。内容は火の手によって遮られてはいるが、男の勢いのある言葉を少年が暇つぶしと、くだらないとばかりに一蹴していることは確かなことだった。
子供と大人の立場の逆転。奇妙な状況を一言で表すにはこれほどぴったりな言葉は他にはなかった。
そして、その時はあっさりとやってきた。
身動きの取れない男の額に、少年の持っていた日本刀が突き刺さった。頭蓋を、脳を、豆腐に箸を刺すかのように何の抵抗も無く貫通する。
男の全身から、力が抜けた。直前に少年に向けて伸ばしていた右腕は力なく地面に墜ち、恐怖に開いていた瞳からは焦点が消え、彼は呆気なく絶命する。
木々を燃やしつくす大火は、その場所であった惨劇を全て喰らうかのようにその全てを屠っていく。
その全ての元凶である少年は、それを意にも介さずにその場所を立ち去っていた。
1997年・1月7日・午前三時五十七分。正月気分が完全に抜けきる前、三重県のとある山林より出火、大規模な山火事へと発展した。
地域の消防署から消火のために全てのポンプ車が駆り出され消火に当たったものの、それを完全に鎮火するには丸一日に近い時間を有し、その山林の約七割が消失した大惨事。
出火の原因は不明。事件から半年経つ今の技術でもそれを解明することはできていない。
また特筆すべき点として、山中の一部に奇妙な焼け跡が発見された。
まるで人々が集まって住んでいたかのような七十以上の小屋らしき残骸。木々の焼け跡もあり正確には断言することはできないが、そこに『何か』が建っていたのは確かなことだろう。
しかし仮に人が住んでいたとしても奇妙な点がいくつかあり、特に焼死体が『一つも見つからなかった』ことがそれに挙げられる。
出火の謎を解明する過程であの山中に住んでいた者がいないかと調べたものの、それに該当する人物は日本を含め全世界のどこにも存在しないことを先日確認した。
さらに奇妙な点を糾弾するとして、いくつか不自然な痕跡を見ることができた。
その中の一部として地面に不自然な何かを引きずったような跡や、無反動砲に使われる銃弾を回収することができたことがある。
しかし、そのような証拠を用いてもそこで何があったかは闇に包まれている。
これ以上の捜査によって、真実を突きとめることが不可能と判断。この事件の捜査はこれにて打ち切りとする。
半年間、事件解決のために尽力した全ての者に敬意を称する。
公安零課 武装検事 遠山金叉