第1弾:学校‐school‐
機械の駆動音が目覚まし時計と言うのは、いかがなものだろうか。
多くの人々が言うとするならばそれは随分と趣味の悪い物なのだろうが、その当の本人にとってはどうでもよいことだ。
兎にも角にも、少年は機械の駆動音を目覚まし時計として起床したのだから、それ以外に何か言うことはできない。
無意識のうちに、少年は欠伸をして髪を掻く。部屋着の紺色のタンクトップや、無造作に伸ばされた腰あたりまで伸びる不自然なまでに純白の髪、寝起きからか若干機嫌が悪そうと見られるであろう目つきは生まれつきだ。
その少年は自分が体を横にして預けていたベッドから降りると、タンクトップを脱ぐ。そこには筋肉隆々……とは行かないまでも、しなやかさを持ち合わせた細身の鍛えられた肉体が存在していた。
自分の部屋として割り当てられている小部屋の、決して大きくは無いクローゼットを開けてその中にある衣類を掛けたハンガーを手に取る。そして『いつも通り』の手順で『身につけるべき物』を全て『身につけて』、ベッドの傍らに置いてあった二振りの太刀を左右の腰に一振りずつ差す。最後に二丁の拳銃『ジェリコ941』と『S&W M686Plus』を両肩に着けたショルダーホルスターに収めて準備は完了した。
灰色を基調としたモノトーンの衣服を身に着けた白髪の少年は、廊下へと繋がるドアを開ける。
時間帯としては朝のはずの、天井にある蛍光灯に照らされていた廊下はしかしどことなく消灯前ギリギリの時間の病棟のようなイメージを持っている。いつも通りに少しジメジメとしていて、更に言うなら幽霊でも出そうな雰囲気を持つ通路を、運用性にのみ特化した飾り毛などどこにもない黒い靴で音もたてずに歩く。自分と同じように個人スペースとして使われている数多の小部屋のドアの前を通り過ぎ、やがて俗称として『男子寮』と呼ばれている居住スペースを抜け、大きな大広間のような空間へと足を踏み入れた。
まず目に飛び込んでくるのは二足歩行の恐竜、ティラノサウルスの全身骨格標本だ。その脇にはトリケラトプスやらステゴサウルスやらメジャーな恐竜や、プテラノドンを始めとする翼竜、フタバスズキリュウを始めとする首長竜の、同じく全身骨格標本が悠然とそびえたっていた。
しかし、彼にとってこの景観は毎朝見ている物である。初めてこの『学校』に来た時には見入ったものだが、既に五年以上の月日で毎日見ていれば飽きてくると言ったものだ。美術館の展示物を美しいと思うのはたまに身に行くからであって、空気を吸うのと大差ない程に目にしていれば感情の起伏など無くなるに決まっている。
時代の変化を動物の標本で示した廊下を進む。ナウマンゾウの体毛のついた皮膚の断片、ニホンオオカミやオオツノジカ、ドードーを始めとした既に絶滅した動物の剥製、その真正面にある人間の進化の過程を小道具と共に示した模型。どこかの一流博物館のような光景に、しかし少年は目もくれない。
そういった、そこにあるだけでそれ相応の価値があると思われる品々を並べた展示スペースを抜けると、その先にあるのはこの『学校』の『実習室』だ。
その『実習室』の一つ、『射撃場』の錆ついた扉を開いて、少年は的の中の一つの前に立つと、ジェリコを抜き、引き金を立て続けに引く、引く、引く。
乾いた破裂音が幾重にも重なり、空気を切り裂く。人の形を簡略化して模していた的の、人間であたる目や左胸、脇腹などの人体の急所を的確に、塗り絵を絵具で塗りつぶし科のように銃弾の雨霰を降り注ぐ。
ジェリコの装弾数は16+1発。ガチンッ!という派手な弾切れの音を何度か鳴らし、手持ちの弾倉をいくつかからっぽする頃には少年が使った的はボロボロのスクラップになり果てていた。
無言のままジェリコを降ろす。弾倉を代えて、ショルダーホルスターに収めて一息つくと、
「おや、今日も随分と早いね、契君」
「
射撃場に入って、いや、今日起きて初めて少年は声を上げた。
少年の後ろに立っていたのは、一人の男。オールバックに整えられた黒髪に、端正ながらも強者の風格を漂わせている、二十代前半(に見える)彼はこの『学校』の『教授』であると同時に『校長』でもあった。最も、この『学校』にいる『学生』の多くは彼を『教授』と呼んでいるのだからやはり『教授』と呼ぶのが一番なのだろう。
「おはようございます、教授」
「ああ、おはよう」
少年……
「うん、良い心がけだ。まだ君の表情は固い方だけれど、それでもだいぶ柔らかくなってきたと僕は思うよ?僕の予想だと、あと数年で君はもっと人間らしくなれるはずだ」
「ええ。貴方が言うのならばそうなのでしょう」
しかし、少年の返事はそんな他人事のような物だった。感情の起伏に乏しい……というよりかは、自分がどうなるかについて無関心といった感じだ。まるで自分の知らない所で見知らぬ誰かが何かをしているといったような、突き詰めれば街ですれ違う人の出生や職業を気にすることが無いということと同じといった様子である。
「ふむ……」
教授はそんな様子の彼を見て、顎に指を当てて少しの時間思考する。困ったものだ……といった様子では無く、契の日々の変化をじっと見つめ、観察するかのような様子だ。
「……それで、俺になにか用ですか?」
「ん、ああ。君に用が無いと言えば嘘になるが、今すぐに言わなければならないというわけではない。続けるのだろう?僕はここで君の腕の上達っぷりを見ていよう」
「はぁ……」
教授の意図の正体を理解できない契は、呆けたような声を出した後、スクラップになった的に向けて次はM686で銃弾を浴びせる。ひとつひとつ、獲物を逃がさない狡猾な狐のようにスクラップを潰し、鉄屑に変えていく。
契が射撃訓練を終える頃には、的だった物はステンレス製の欠片となっており、鉛玉がその周辺に散乱していた。
使った弾倉をまとめ、持参したビニール袋に入れる。残しておいた弾倉をジェリコに、七発の銃弾をM686に装填しショルダーホルスターに収めると、その期を見計らうように教授が契に声を掛けてきた。
「ふむ。一ヶ月前よりも命中率が上がっているね。腕の角度も引き金を引くタイミングも悪くない。いつも言ってはいるが、契君の進歩は目を見張るものがある」
「……そうですか」
他人事のような素振りに教授は肩をすくめ、やれやれといった仕種を取る。
思えばこの少年のこのような所は彼をこの『学校』に『入学』させてから変わらない所だった。もちろん何を言ってもやっても表情をぴくりとも変えない、来たばかりのころからすれば良い方向へ改善しているのだが如何せんまだ無表情の域を出ない十五歳と言う、世間一般では反抗期真っ盛りの年頃にしては随分と歳不相応な少年だ。
「どうだい?みんなとはうまくやっているかい?」
「教授なら、訊くまでもないでしょう。この世界の事象を一番知っているのは貴方なのだから」
訊いても答えることの無かった頃に比べればマシか、と教授は思いつつ、
「そうだね。蓮華君の話も統合するからに、ジャンヌ君とは馬が合わないようだけど、それに比べれば隷示君とは仲が良いみたいだね」
「それはあいつが一方的につきまとってくるだけです」
「前までは相手にしていなかったようだけど、今は世間話する仲なんだろう?君としてはなかなか仲が良いと言えるんじゃないかな?」
「……」
黙りこくった契に、教授は少し笑みを浮かべる。契は自分に都合の悪いことを言われるとこうやって黙り、黙殺するのだ。
やはり六年前、彼をここに入れて正解だった、と教授は内心ほくそ笑みながら、彼が契、がいる場所をわざわざ『推理』してまで会いに行った理由の用事を話すことにした。
「契君、君に折り入って頼みたい事が出来たんだ。より正確には、君に伝えれば早くに蓮華君に伝わると思ってね」
「……?」
怪訝そうな顔をする契に、教授は極めてまじめな表情と口調で言った。
「怪物に囚われている、ある女の子を助けに行って欲しいんだ」