今日もご飯がおいしかった。
「ふー、満足満足。けふっ」
爪楊枝で並びの良い歯と歯の間に詰まった青海苔を取りつつ、
彼を一言で表すなら不良だ。何度も重ねて染色された毒々しさすら感じさせる人工の金髪に黒いマジックミラー製で四角形のレンズのサングラス、胸板を大きく露出させるシャツとハーフパンツという服装。その姿を見て、彼に良い第一印象を持つ者など世界中探してもほんの一握りもいないだろう。
無論、左目を横断するように右上から左下にかけて残る一筋の生々しい一生消えることのない無残な傷跡を見れば、ただの不良で無い事は明白だろう。
「隷示、人が食事している時に汚い真似しないでよ」
そんな隷示の真正面で味気の無さそうな葉野菜のサラダを口に運んでいた
彼女はシャンパンゴールドの肩甲骨切りまで伸びた髪を首元で二つに結び、勝気な雰囲気の瞳にスレンダーな体躯の持ち主だ。服装はというと隷示とは対照的に長袖のブラウスにジーンズという露出度の少ない物で、どこかのファッション雑誌のモデルのようだ。
もちろん彼女も彼女でただのオシャレ好きな少女というわけではない。胸元で光る十字架のネックレスなどが良い例で、隷示のように姿形で示す物は無いが事実として彼女は普通の人間とは少し違う。
「おう、そりゃ悪かった。次辺りからは気をつけられるように努力してみるぜ」
「貴方この前もそのまた前も同じこと言っているじゃない。毎度毎度注意や不快な思いをする私の身にもなってみなさいよ」
「はいはい。お前は俺の母ちゃんかよ」
「貴方の方が私より年上でしょうが……」
不毛な言い合いは互いの疲弊で打ち切られる。そもそも隷示には大食いチャンピオンもびっくりなほどに積み上げられた皿の処理があるわけだし、汐織は汐織でサラダ(だけ)の食事が終わっていないのだ。
「つーか、いつも思うんだけどそんなんで体もつの?菜食は健康にいいかもしれないけど、肉とかのタンパク質の栄養が行きわたってないんじゃね?」
疑問の表情で隷示が訊く。彼の記憶では、目の前の菜食主義の少女がハンバーグやら生姜焼きやらの肉系統に属する料理を食べている姿はどこにもない。それこそ自分のように朝っぱらから肉料理ばかりを取り過ぎるのも健康に悪いのだろうが、取りすぎないのもそれはそれでダメでは無いのだろうか。
「仕方ないじゃない、自分の体型に気を遣っているんだから」
「ダイエットか?太ってるようには見えねぇけど」
デリカシーもあったものではない隷示の質問に、汐織は拳で返事をした。彼女は基本的に己の肉体を武器にする武闘派だ。実戦ではそれだけではないのだけれど、やはり基本を押さえるのは大事だ。彼女が無理に体型などに気を遣うのもそれが関係していたりする。
「体型に気を遣っているのとダイエットをイコールで結ぶのは男として最低よ」
「ソ、ソウデスカ……」
殴られて赤く腫れた頬を押さえながらの隷示の片言での返事に嘆息し、汐織はその話題を終わらせた。所詮、隷示の空気の読めないデリカシー皆無の発言はいつものことなのである。
「……そういえば、今日はまだ契を見かけてないわね。何か知ってる?」
ふと、本当にたった今思いついた様子で汐織が隷示に問う。しかし話題の人物である契によく絡みに行く隷示も「あー」と言った後、
「言われてみればそうだな。いつもなら規則正しく飯を食う時間を統一してんのに、今日はいねぇな」
自分が朝食を摂ったあとの食堂を見渡す。
ここは、秘密結社イ・ウーの本拠地……原子力潜水艦ボストーク号の艦内に設けられた、一部の物好きが趣味でやっている食堂だ。たびたび『学校』に例えられるイ・ウーの中では『学食』という名が通称であり、大抵のイ・ウーのメンバーがここで食事を摂ることが多い。
ここでたった今食事を終えたばかりの隷示やサラダをちまちま食べている汐織はもちろんのこと、二人とよく三人一組で行動することのある残りの一人の契もこの『学食』を利用している中の一人である。
ちなみに隷示と汐織は、他人と関わることに疎遠である契にしては珍しい、良好な関係にある。汐織は契の一つ上で隷示はさらにその二つ上ということで歳が近いということや上役の人物が同一人物ということが関係しているのかもしれないが、同年代で契の事を良く思わない連中もイ・ウー内にはそれなりにいるのでやはり歳の問題は関係なく上役の彼女が関係しているのかもしれない。最も、二人にはどうでもよいことなのだけれど。
「あー、そう言えば昨日土御門の姐さんが、教授から直々に命令を受けてルーマニアに契と行くとか言ってたぜ?でも日にちが変わる前には帰るとも言ってたんだけどなぁ……」
「土御門さんがそう言うなら間違いは無いでしょう?大方、疲れて寝入ったりしているんじゃないの?」
「いや、契って表情硬い癖に無駄に生活習慣が整いまくってるからなぁ……」
と、そこまで無駄で意味の無い討論を続けていると、『学食』の入口でどよめきの声が上がった。ざわざわとした様子に二人の目も自然とそちらに向けられる。
そのどよめきの中心に、よくよく見知った不自然なまでに冷たさを感じさせる雪のような純白の頭を見つけた。
「おお、来たな……つーかなにやってんだ、契のヤツ」
隷示が無意識のうちにそうぼやいた。
「そうね。契って普段は自分から目立とうとしないものね」
まあ戦う時は別だけど……と、汐織も小声の中の小声で小さく呟く。
すると、どよめきの人混みの方から一人の少女(とは言っても隷示や汐織などの年齢からは一回りほど下なのだ)が、こちらの方に歩いてくるのを発見した。
辺りを見回して誰かを探すような素振りを見せるその少女を、汐織は呼びとめる。
「ねぇジャンヌちゃん。契が何かやったの?」
「汐織さんか。丁度良い」
今年九歳だっただろうか。つまりは十歳も行っていないながらも堅苦しい口調で話す少女は、薄く透き通るような銀色の髪をしていた。瞳はサファイア色で、幼いながらも凛とした面持ちを持っている。
ジャンヌ・ダルク30世。二つ名はまだないが、先代など一族が受け継ぐ二つ名は“銀氷の魔女”らしい。
彼女はフランスにて祖国のために軍を勝利に導いた戦乙女、ジャンヌ・ダルクの子孫だ。世界史の教科書では十代で火刑に処されたと書いてあるのだが、なんでもそれは日本で言う影武者だったらしい。曰く策士の一族とかで、その程度の工作は朝飯前だったとか。
「契が汐織さんを呼んできてほしいと私に言伝をしたのだ。なんでも早急に、と」
「貴女って契と仲悪いんじゃなかったっけ?」
「……殺気がすごかった」
なるほどね、と汐織は少し苦い笑いを浮かべてジャンヌの頭に手を置く。契の殺気を受けるのは彼と接し馴れている自分や隷示もキツイ。
そんな役回りをやらされたジャンヌを少し撫でてから、
「ありがと。じゃあちょっと行ってくるわ」
「んじゃ、人混みを掻きわけるのは俺に任せんさい。怪力が俺の取り柄だしな」
じゃあよろしく、と短く返答してから二人は人混みの中に突撃する。人という人の波を掻きわけ、その中心にいるはずの契を探す。
思っていたのより随分と早く人混みは突破できた。というより、契はイ・ウーの中でも厄介な奴で彼にあまり自分から近づきたくないというのが多くのメンバーにとっての共通事項で、普通の人混みより人の数が少ないからなのだろうけど。
兎にも角にも、そうやって契を見つけた。見つけたのだが。
「「……は?」」
隷示と汐織、二人の口から同時に同じ呆けた声が漏れた。二人とも口はぽかんとだらしなく開いており、比喩するならば目は点になっている。
「やっと来たか、汐織。というか隷示は呼んでないんだけど」
契の汐織と隷示に対する扱いの差はいつも通りだ。服装もいつも通りのモノトーン系の衣類だし、両越しに帯刀した日本刀、頭と首の境目で結んだ腰まで伸びる白い髪、少し不機嫌そうな目つきにそれ以外には無表情な顔。それら全てはいつも通りだった。
……だが。
「おいおい契……その、お前の服の裾を握っているその幼女は一体全体どうしたんだよ……?」
驚愕の色を顔に浮かべ、隷示が震える声で指を指す。その先には、きょろきょろと怯えた様子で自分たちを取り囲むイ・ウーの面々を見回しながら、しかししっかりと両の小さな手で契の服の裾をぎゅっと握り閉めている女の子……契がルーマニアで救出してきた峰 理子の姿があった。